大樹のほとり

自作小説を掲載しているブログです。

二度と出られぬ部屋 プロローグ 消えた記憶と、5人の少女

■プロローグ 消えた記憶と、5人の少女


 気付くと俺は、エレベーターの中にいた。
 でかいエレベーターだ。20人は乗れそうな広さと、どうやっても手の届かない高さ。蜂蜜色のランプで照らされた空間は薄暗く、レトロな雰囲気と共に、仄かな恐怖を感じさせる。
 俺は何故こんなものに乗っているんだろう。どうしてかそれが思い出せない。いや、それどころか、自分に関する事の一切が不明瞭だ。
 名前は。歳は。住所は。…………何も、思い出せない。

 賑やかな笑い声がする。エレベーターの操作盤の前に、女子の集団がいるようだ。
 ブレザータイプの制服姿。ミニのチェックスカートと紺ハイソックス、そしてそれに挟まれたむちりとした脚が眩い。おまけに顔立ちときたら、アイドル集団かと見紛うばかりの美形揃いだ。
 可愛いというよりカッコいいという感じの、黒髪ショートの子。茶髪をツインテールに纏めた、ひどく愛嬌のある子。生真面目そうな三つ編み娘に、凛とした雰囲気のポニーテール少女。それぞれが実に個性的だった。
 でもそういう雑多な個性は、瞬く間に背景と化す。俺の意識は、グループ内のある一人を視界に入れた瞬間、“吸い寄せられた”。
 異質な、一人。
 比較的きっちりと制服を着こなす集団の中にあって、一人だけブラウスの首元を大胆に開いている。他の少女が灰色のカーディガンを内に着込んでいる中、一人だけピンクのカーディガンだ。スカートは周りよりもさらに数センチ短いマイクロミニで、なぜかハイソックスではなく黒いニーソックスを穿いている。そしてその際どすぎる下半身の装いでもって、寄りかかる壁に片方の靴底を押しつけてもいた。つまり、今にも下着が拝めそうなポーズ、ということだ。
 品がなく、恥じらいもない“ビッチ”。記憶のない俺でも、自分の理想が慎ましやかな大和撫子であることは本能的に理解できる。そんな俺にとって、あんな恥知らずなど、本来唾棄すべき存在のはず。けれども俺は、なぜかその“ビッチ”から視線を外せずにいた。
 数瞬遅れて、理解する。
 絶妙なんだ。確かに首元をはだけてはいるものの、ピンクのカーディガンを合わせているせいで、色気と愛らしさの調和が取れている。扇情的な雰囲気がありながら、髪留めをつけた長い黒髪はド直球のお嬢様風。そして極めつけは、その脚線美だ。身長こそ周りの子と大差ないものの、腰の位置がまるで違う。そのモデル級の等身が、マイクロミニのスカートと黒いニーソックスでいよいよ決定的に印象づけられる。挙句に美脚を曲げ、壁を踏みつけるスタイリッシュなポーズまで取っているんだから、目も奪われようというものだ。
 一見自然体に見えて、全てが計算尽く。あれは世に溢れるビッチじゃない、男を惑わすサキュバスだ。俺がそう考えた、まさにその瞬間。黒髪のサキュバスは、俺の視線に気がついた。そして、
「────ふっ」
 目を細めて、そう笑ってみせたんだ。
 普通に考えれば、年頃の少女の嘲笑。だが今の俺にはそれすらも、淫魔の誘いにしか思えない。
 ゾクッとした。本気で、うなじの毛がささくれ立った。

 まずい。何か他の事を──そうだ、今は何時だ? 
 淫魔の眼から逃れるように、腕時計へと視線を落とす。俺の嵌めている時計は、金属製らしくずっしりと重かった。サファイア色をしたダイアルは積算計のせいで狭苦しく、肝心の時刻が見やすいとは言い難い。
 いざ意識を向ければ、時計のみならず、スーツにしろ革靴にしろ、服飾の全てがいかにもな高級品だ。内ポケットを弄ると、やはり極上の手触りのハンカチがあった。どうやら少し前までの俺は、金回りのいい人物だったらしい。

「これから何すんだろうねー、あたしら。どうせなら座学じゃなくて、身体使う系がいいな」
 ショートヘアの女子高生が、頭後ろで手を組みながら呟いた。どうやら根っからの体育会系らしい。
「なんかさ。こう地下深くだと、裏カジノとかありそうじゃない?」
「ははっ、いいなカジノ! ベガス的な?」
「もうっ、馬鹿言わないの。授業の一環って聞いたでしょ」
 ツインテールの子がはしゃぎ、ポニーテール娘が同調し、三つ編み少女が窘める。ツインテールの方は天然で、ポニーテールの方はあえてそのボケを拾っている感じだ。一方で窘めた三つ編みの子は、身長こそグループ内で一番低いものの、保護者のような落ち着いた雰囲気を纏っていた。
「あ、あたしここだ。うわぁ、いざとなったらダルぅ……」
「へっへっへ。“ユウ様”、いってらし~」
「バーカ、お前も他人事じゃないだろ。じゃ、お先」
 そんな会話と共に、まずは地下15階でショートカット娘がエレベーターから降りていく。その後も、地下16階でツインテール娘、地下17階でポニーテール娘が姿を消した。
 それにしても、随分と下りるものだ。地に潜れば潜るほど、日の当たる場所からは遠ざかる。つまりアンダーグラウンドな性質が強まるということだ。揃って顔立ちがいい以外、ごく普通の女子高生達が、そんな怪しい場所で下りるものだろうか。

 ( ────夢なんじゃないか、これ? )

 思わずそう思ってしまうほど、薄暗い密室には現実感がない。
 ただ、夢にしては生々しいのも事実。下るエレベーターの、細かな音や振動にしてもそう。エレベーターの扉が開く際、吹き付ける風の冷たさもそう。そして何より、地下18階で三つ編み少女が下りた後、例の『サキュバス』と2人きりになってからの緊張感は、この上なくリアルだった。

 彼女はずっとスマホに視線を落としていて、俺を意識している様子はない。ただただ俺が一方的に、彼女を視姦しているだけだ。
 見れば見るほどに、稀有。
 なんというスタイルの良さ。なんという理想的な脚。なんという端整な横顔。
 おまけに彼女は無防備だ。俺さえその気になれば、ほんの少し後ろに突き出た尻に触れることも、肩幅に開いた脚の合間を覗くことだって出来そうに思える。その一方で、誘いに乗ったら最後……という破滅の香りもする。まさに、人を狂わせる魔性。
 その後、地下19階でついに彼女はエレベーターを下りた。俺には一瞥をくれることもなく。その後姿を見送り、俺は大きく息を吐く。いくら可愛いとはいえ、小便臭い小娘一人にこれほど心を揺さぶられるなんて、普通じゃない。
 一人残ったエレベーターは、とうとう最下層の地下20階に達する。左右にドアが開くと、視界に広がるのは、煌びやかなエントランス。まるで超一流のホテルだ。
 恐る恐る一歩を踏み出した俺に、タキシード姿の男が近づいてくる。警戒ではなく、歓迎の笑みを湛えて。
「お待ちしておりました」
 どうやら俺は、招かれざる客というわけではないらしい。


            ※


俺が記憶を失くしている事を、『そこ』のスタッフはすでに承知していた。むしろそれを前提として、施設内での療養を勧められたほどだ。
 大浴場で温まり、レストランで腹を満たし、与えられた個室で眠る。一日に一度、医者が血圧を測りに来るが、それ以外は常に自由。

 時間はいくらでもあったから、俺は適度にリラックスしつつ、記憶を取り戻せるよう努力した。
 テレビを見た限り、全ての記憶がないわけではないようだ。少なくとも、『自動車』や『旅客機』、『銀行』といった一般的な名称は理解できている。ただ、そこをもっと掘り下げた部分……たとえば、自動車メーカーの○○や△△、というレベルになれば、知っているものと知らないものが分かれてくる。零細メーカーを知らないなら不思議はないが、なぜか俺の場合、シェアトップの超有名企業だけを知らない、というケースが多かった。まるで、一部の記憶だけが抜き取られてでもいるように。

 一部が抜き取られるといえば、部屋に届いていたスーツケースにも怪しい点がある。
 俺の私物らしきスーツケースの中には、なぜか個人の特定に繋がるものは一切なかった。免許証や保険証、パスポートもなし。その代わり、『時代をリードする男たちの共通点』『世界に通じる経営者の鉄則』といった実用書や、独特な香りのボディコロン、整髪料、手鏡などが詰め込まれていた。
 自分の名前がわからないというのは、かなりのストレスだ。名は体を表すともいう。名乗れる名前がない事は、存在がない事に等しい。少なくとも俺は、そう感じてしまっていた。
 ただ、名前はわからずとも、どういう人間だったのかを推して知ることはできる。
 風呂上がりに鏡で確認したところ、体はよく鍛えられていた。特に大胸筋や腹筋の発達具合は、『見せる』ことを目的に作り上げたことが明らかだ。その事実とスーツケースの中身を併せ考えれば、人物像はかなり絞られる。
 他人の目を強く意識する、上昇志向の強い人間。そして、人を『使う』立場にあるか、少なくともその野望を抱く男。おそらく、それがかつての俺だ。
 立派なものだと思う。社会にはそういう人間が必要だとも。しかし。

( ……めんどくせぇな )

 つい、そう思ってしまう。
 行動力を支える信念が消え去った今、俺の心はすっかり俗物に堕ちている。実際、ここ数日の俺は、風呂に入り、飯を貪り……あとは、自室で自慰に耽っているだけだ。
 エレベーターで乗り合わせた、あの女のことが忘れられない。スカートとソックスに覆われた、モデル級の脚線美。俺にほんの一瞬向けられた、誘惑するような笑み。それらが網膜の裏にこびりつき、逸物に血を漲らせる。
「う、うっ! ……ふうっ……」
 たぶん自分の半分ほどしか生きていない小娘に執着し、猿のようにマスをかく。それはいかにも病的に思えたから、恥を忍んで医者に相談したほどだ。すると彼は、俺を軽蔑するどころか、嬉しそうに膝を叩いた。
「おお、素晴らしい! 毎日射精できるということは、健康な証です!」
 彼女への執着が肯定された。俺はそれに安堵しつつも、ほんの少し、気味の悪さを覚えもした。

 たぶんそれは、俺の本能が発した警告だったんだ。

今年も一年、ありがとうございました。

皆様、お久しぶりです。燻製ねこです。

早いもので、もう2019年も終わり。オリンピックイヤーが来てしまいますね。

今年は『緋色の首輪』を書いたり、『止まらないカメラの向こうで』のDL販売をしたり、
『深淵に響く命の歌』の後編を発売したりして、そこそこ充実できていたのではないかな、
と思っております。

来年もまた頑張っていきます……と、その前に、年内最後の新作の前半部分を投下します。
プロローグ+本編6章+エピローグという構成で、今回は一章ずつ投下してみようかな、と思います
(これの間に余計なものを挟みたくないがために、ここで年末の挨拶をしていたり……)。

ともあれ、今年も一年、有難うございました。
燻製ねこが頑張れるのは、皆様のおかげです。

来年も、何卒よろしくお願いいたします!!

『緋色の首輪』のDL販売を予定しています。

いつもありがとうございます。燻製ねこです。
『深淵に響く命の歌(後編) 』はじめ、DL作品を沢山お買い上げいただき、感謝の極みです。

『幕を引くのは』や『止まらないカメラの向こうで』と同様に、『緋色の首輪』もDL販売を予定しています。
つきましては、上記二つと同じく、追加でちょっとした加筆を検討中です。
それにあたり、追加シチュ希望があれば、当記事のコメント欄や、twitter(@kunsecat)へのリプライ・DM、メール(kunsecat@gmail.com宛)等で教えていただけますでしょうか。

予定しているのは『ちょっとした』追加ですが、別エンド案などあれば検討したく思います。
現状どうすれば別エンドに辿り着けるものか悩ましいので、なるべく具体的であれば嬉しいです。
11月一杯までリクエストを受け付けておりますので、よろしくお願いします!!
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