大樹のほとり

自作小説を掲載しているブログです。

2011年01月

エッジ完結

タイトルの通り、2年越しでようやく完結しました。
ギリギリ年内に間に合わなかったのも以前と同じ……。

私にとって初めてのバトル物となるこの『The edge』、如何でしたでしょうか。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
基本はリョナ小説ですし、バトル物としては物足りなさを覚える方もいらっしゃると思いますが……ご勘弁を><


以下、裏話というか割とどうでもいい話。
楽屋裏ネタが苦手な方はエスケープしてください。



個人的に悠里は、物凄く動かしやすい主人公でした。
思想とかが結構私自身の偏った考えを投影してたりして、自分の分身みたいなもので。
このキャラの基本は、いつか書いたかもしれませんが、ストリートファイターに出てくる『ユーリ』。
ベガ親衛隊の一人です。
あるいは、『龍虎の拳』のユリ・サカザキもイメージの隅にあったかもしれません。
お下げ髪ですし、奔放な空手家ですし。

さらにイメージという点で言えば、
・To Heartの来栖川綾香
・ロマサガ3のエレン・カーソン
・『なつきクライシス』の貴澄なつき
辺りの影響は間違いなく入っています。どれも私の大好きなキャラですので。
ちなみに「天真爛漫で男勝りな、腕っ節の強い美人」って共通点があります。

これらのイメージをごちゃまぜにした結果、ようするに私の好みの結晶が悠里という訳です。


さて、この悠里。
『総合の女王なのに、寝技できないのは不自然では?』
という疑問は当然出ると思います。
現実世界では、寝技を知らないストライカーが常勝などというのは有り得ないのですが、
そこは創作物なのでファンタジーを入れています。

以下、悠里の寝技について。
設定的な話と、メタ的な話があります。

まずキャラ設定的な話。
悠里は、本当に全く寝技の防御を知らない訳ではありません。
知識としては知っていますし、素人やちょっと齧った程度の人間が寝技を掛けてもまず掛かりません。
しかし、実際にリングで悠里に対して寝技をかける人間というのは、柔道全国優勝の青葉であったり、
バリバリ実戦派の軍人であったりします。
そういう人間に対しては、あまり寝技の才能がない悠里が足掻いても無駄です。
だから寝技の防御よりは、そもそもグラウンド自体を避ける事に重点を置いているのです。

次に身も蓋もない、メタ的な話。
この物語はリョナ小説です。
ぶっちゃけ作中世界は「いかにヒロイン悠里を嬲るか」を基準に成り立っております。
そしてやっぱり最大のリョナとは、気高い女が関節技でギリギリとやられる事だ、と私は思っています。
ゆえに、悠里さんがあっさり関節技を喰らってくれないと困る。
でも絶対王者にはしておきたい。
そこであそこまで立ち技がチートなのです。
重撃系ストライカーの方が主人公として映えますし。

……とまぁそういう訳で、悠里は寝技はしません。才能もないという設定です。
リョナ小説の主人公である以上、そこは諦めてもらいましょう。


ともかく、これでThe edgeはおしまいです。
今まで応援してくださった方々、好きだと言ってくださった方々、本当にありがとうございます。
バトル物はどうせまた書くと思いますので、その時にはぜひともよろしう~


では。お休みなさい ノ

The edge ep.11-5

1.

リングの二箇所が轟音と共に踏み抜かれた。
僅か50kgほどの女性が立てたとは思えない音。
その音を後ろへ置き去りにし、2つの影がぶつかり合う。
すでに双方が満身創痍。
顔は血に塗れ、手足は朱紫に染まり、骨も随所が砕けている。
受けに回っては勝ちはない、ゆえに攻めるしかなかった。
ペース配分も、息を吸う事さえも度外視し、残った力の全てを叩き込むだけだ。

「はぁあああッッ!!!!」
悠里が振りかぶっての右拳を叩きつける。
「せぇアああッッ!!!!」
茜も腋を締めた緩みのない突きを放つ。
巻き藁突きで岩をも砕くほどに鍛えられた2つの拳。
それは吸い込まれるようにリング中央でぶつかり合った。
ゴギン、と鈍い音が響く。
しかし女達の顔に変わりはない。
腕を引きながら、喜怒哀楽の入り混じった表情で攻勢を繰り広げる。

「ふっ!ッシ、シイィッ!!」
茜は悠里の懐へ潜り込み、小回りの利く身体を利用して猛烈な連打を仕掛けた。
突き蹴りを上下に打ち分けつつ、顎をかち上げてさらに連打。
肋骨を損傷した腹を、だ。
「ぐあ゛っ……!!!」
負けず嫌いな悠里も、これには顔を顰めざるを得ない。
ドンッ! ドンッ!!
悠里の腹を茜の拳が抉る。小柄な身に似合わず、一発一発が大砲のようだ。
悠里の樹の幹を思わせる腹筋も、その突きをまともに喰らっては堪らない。
じりじりと悠里の身体が後退してゆく。
「……う゛、んごおお゛っっ!!!」
ついに悠里が目を見開き、頬を膨らませた。
観衆の誰もが嘔吐を予期する。
しかし……王者の意地か。悠里は無理矢理にそれを飲み下した。
そして退がり続けてきた足を踏みしめ、やおら茜の道着の襟を掴む。
反撃。
「……らぁあああああッッッ!!!」
悠里は茜の襟を掴んだまま猛然と駆けた。
押し込まれた分を巻き返すように茜を引き摺り、その勢いのまま単純な腕力でもってコーナーポストに叩きつける。
「はぐっ!?」
茜が呻き、コーナーは轟音と共に大きく揺れた。

その力任せな荒業は、もはや格闘ではない。まるで路上の喧嘩殺法だ。
モデル然とした悠里には本来似つかわしくないはずだが、しかし、そこには妙な魅力があった。
「……すごい……すごいよおねーさん!!プロレスでも星になれるよ!!」
莉緒がはしゃぐ。
観客も皆がその豪快な技に目を奪われた。

『お、王者、茜選手を豪快に叩きつけたぁ!!なんと乱雑で、しかしなんと爽快な事か!!
 私達は、今改めて教えられたようです。
 悠里に似合わぬ物などない!およそ戦いである限り、あの女帝は何をやっても似合うと!!』

実況が叫ぶ中で、悠里はコーナーに磔となった茜へ追撃の後ろ蹴りを放つ。
「っ!」
しかし茜は身を捩ってそれを避けた。
コーナーが先ほど以上の轟音で軋み、ロープを震わせる。
一方の茜は、回避と同時に責めに回っていた。
コーナーにめり込む悠里の脚とロープを足がかりに跳び上がり、コーナーポストを蹴っての三角蹴り。
「ぐうっ!」
それは悠里の側頭部に叩き込まれ、彼女を大きくぐらつかせた。
おおおおおっ、という観客の驚きがアリーナを包む。

茜は自分でも驚いていた。あり得ないような動きをしている。
いつか悠里と香蘭との闘いで見た動きを。
自分には絶対に出来ないと思っていた事が、この大舞台で出来ている。
すべては悠里を目指して日々鍛錬を積んだから。
そして今悠里と戦い、自分の限界を超えつつあるからだ。

もっと、もっと知ってみたい。自分の行き着ける先を。



茜はよろめく悠里に再度のラッシュを仕掛ける。
顔面と腹を叩いて上を意識させ、その長い脚を向けてローキックを放つ。
悠里ほどではないにしろ、空手で鍛え鍛えた下段蹴りだ。効かせる自信がある。
しかし、そのローキックは空を切った。
読みか、それとも勘か。悠里は下段を避けるように身体を円転させていた。
そして同時に、茜へ蹴りを放ってもいる。
胴廻し回転蹴り。
そのアクロバティックな技を、悠里はこの段にきて何の躊躇いもなく放つ。
しかし、それが避けられない。
「…………ッ!!!」
声にならない悲鳴と共に、リングに三度轟音が響き渡る。

肩を押さえて蹲る茜と、尻餅をついて頭を押さえる悠里。
しかし2人は休息を選ばなかった。
体力が尽き果てる前に、何としてもここで決める……とばかりに手を休めない。
「茜ええぇッ!!!!」
「悠里いぃッ!!」
互いの名を叫び、服の襟を引っ掴み、膝立ちになっての殴り合い。
それはまさしく女の戦いだ。
アリーナで最高の実力を有する女2人の“女闘”。

「はぁああああっ!!」
悠里の拳が茜の柔らかな頬を抉る。
「せィあああああッ!!!」
茜の拳が悠里の整った顔立ちを歪ませる。
殴って、殴り返し、殴って殴り返し。
バチン、バチンッと肉の弾ける音が響き渡る。
膝立ちから徐々に身を起こしながら、2人の拳の応酬は延々と続く。
汗と血飛沫が舞い、整った美貌が損なわれてゆく。
その中で、しかし観衆達は瞬きをしない。
ただ、ただ圧倒されていた。

「……あいつら……」

一人から、ぽつりと言葉が漏れる。

「…あいつら、なんて……楽しそうなんだ…………!」

茜と悠里。
2人の女神は、殴りあいながら笑っていた。
全力で殴りあう顔がたまたま笑みに見えるのかもしれない。
しかし見る者の瞳には、2人が心の底から歓喜しているように映っていた。


『……“命短し、恋せよ乙女”。古くから伝わるその名言の下で、私達は育ってきました。
 しかし今ここに、新たな真理を見出す事が出来そうです。
 女の闘い。これはもはや、単なるイロモノなどでは断じてない!!
 誰よりも美しく、誰よりも強く、そして誰よりも気高く!
 乙女は今こそ、その刃を研いで闘うべきなのです……この麗しき女神達のように!
 ああ、願わくばこの美しい戦いを、いつまででも見ていたいっ!!!!!!』


実況の言葉に、歓声が沸きあがった。
男からも、そして女からもまた。
ヴェラ、青葉、アルマ、莉緒、早紀、沙里奈、麻耶……リングの2人に関わってきた女達も、それぞれの思惑を胸に頷く。

全ての観衆の叫びに乗り、新たな時代の風が吹きつけていた。




2.

 ( …………ありがとう ございます………… )

茜は掌底を悠里の右頬に叩き込みながら思う。
会心の一打。にもかかわらず、悠里を止めきれない。
掌を押し戻すようにして艶やかな黒髪が迫る。
美しく鍛えられた腹筋が捩れ、パンと張った腿が強張り、そして伸びやかな膝下が飛んで来る。
震え上がるような衝撃と共に、茜はリングの端にまで吹き飛ばされた。

 ( ありがとうございます……先輩。こんな私に、本気になってくれて。
 本当のあなたを、カーペントレスの力を見せてくれて。私は、……幸せです )

茜は立ち上がり、一度よろけながら悠里に向けて旋風脚を繰り出した。
それは悠里の身体を一瞬ぐらつかせたが、倒すには至らない。
悠里の力任せの振りほどきで距離を空けられ、逆に左右の連打を浴びせられる。

『左右左右、左イィーーーッ!!!!ここへきて王者、ボクサーの如き猛ラッシュ!!!!!』

実況の声が遠くで聴こえた。
ロープに詰まったまま、痛烈な突きの雨を顔面に受け、茜の意識は泥に沈む。
これがカーペントレス。
これが化け物と形容される王者。
熱に浮くような意識の中、茜は改めてそれを認識する。
パワーもスピードも豪快さも、何もかもが超一流。
同じ人間とは思えない。雷や竜巻といった天災だと思った方が気が楽だ。
何も世界最強でなければならない理由もない。
この異常な人間一人を避け、生き延びて、他で勝ちを稼ぐべきではないか。
普通の格闘家ならばそう思えただろう。それが茜でなければ。

 ( 私の……命を捧げてもいい。あなたほどの人にとっては、
   ほんのちっぽけな物だろうけど。
   私の武…………歩んできた…道を、どうか…見て……ください  )

すでに視界は暗黒に閉ざされている。平衡感覚も失われている。
その状態で、茜は悠里に向かって飛び掛かった。
死を賭した人間の為せる業か。
それは力強い踏み込みで、それは淀みのない溜めで、それは神速の膝蹴りだった。

「…………!!!」

茜の覚悟を、悠里は本能で感じ取ったのだろう。
油断なく構え、そして一切の情け容赦を捨てて茜を迎え撃つ。
膝蹴りを胸への前蹴りで封じ込め、足を引き、逆の左足でのミドルキック。
茜の体がくの字に曲がる。
その状態で、さらに右フック。返す動きで左上段蹴り。右下段、中段、上段蹴り。
茜の身体を蹴り付ける反動と腰の切りで、目にも止まらぬ円状の連打を叩き込む。
一撃で脚の骨を砕くような蹴りをダースで浴びせる。
死。
場の誰もがその言葉を脳裏に思い浮かべた。
悠里は全てを賭した茜を完膚なきまでに叩き潰すつもりなのだ。
それが『カーペントレス(木こり娘)』が挑戦者に送る、最大級の賛辞なのだから。


 茜。
 ……茜。
 …………茜!!!!


悠里は心中で叫びながら、愛する後輩に全力の蹴りを浴びせ続ける。
戦う前から解っていた事だ。
人を壊すために研ぎ澄まし、磨き上げた肉体を持つ2人は、日本刀と戦斧のようなもの。
そのぶつかる先にあるのは、“斬る”か、“斬られる”かだ。
茜と斬り合うのは本当に楽しかった。
その時間が永遠に続いてほしい。そう切に願いさえした。
しかしそれももう終わる。この、一撃で。

悠里は蹴りの雨を止めた。

『  ・・・・・・・・・・・・っ !!!!!!!  』

最期の瞬間を悟り、実況も観客も、誰もが声を抑えて凝視する。

悠里は脚を揃えて踏みしめた。数多の敵の骨と戦意を断ち切ってきた、戦斧。
必殺のローキックだ。

「これで…………終わりよッッ!!!!!」

最後の一撃をまさに放とうとしたまさにその瞬間、ぞくり、と悠里に悪寒が走る。
茜の、とうに意識が飛んでいるはずの瞳が活きていた。
湖の底を思わせるように静かで、荘厳な瞳。
その瞳で悠里を捉えたまま、茜は突きの動作に入っていた。
腰を落とし、脚を踏みしめ、小指から折り曲げるように固く拳を握り。
彼女が何千……いや何万と繰り返して来たであろう、基礎の基礎、正拳突き。

その動きを察しながらも、すでに蹴りの動作に入りつつあった悠里は止まらない。
止まる気もなかった。
茜の拳と、悠里の蹴り。それら自らの最も信頼する技こそ、決まり手とするに相応しい。
茜と悠里、2人の腰がうねり、迷いのない攻撃が繰り出された。

ドンッ!

リングの上で音が交錯する。
悠里も、茜も、拳足を交えた格好のまま動かない。





「…………が、はあっ…………!!!!!」





やがて、息を吐き出す音がした。
悠里だ。
彼女は茜の脛からその強靭な脚を離し、ゆっくりと後ろ向けに倒れる。
リングに重々しい音が響く。
その腹部には、拳の形に抉られた跡があった。

『………………倒…………した………………!?』

実況が恐る恐るといった風で声を上げる。その直後。

「……ぐほっ、ごぼおッ……!!!!」
悠里は数度噎せ帰り、そして血を噴き上げた。
血にまみれる中、その美しく強靭な身体は痙攣し、それ以上の行動を起こせない。

『…………た、倒したあぁッ!!!
 こ、今度こそ、本当にあのカーペントレスが…………倒れましたっ!!!!!
 皆さん、ご覧下さい!!今この瞬間が、歴史的一瞬!!!!
 あのカーペントレスに一対一で勝った、正真正銘、
 最強王者の  誕生ですッッ!!!!!』

実況も、観客も、声を震わせる。
死闘決着。
カーペントレスを制したのは、空手の最も基本である突きだった。
ただし、練磨に練磨を重ねた正拳突き。
それは研ぎ澄ました刀のように悠里の腹筋を刺し貫き、臓腑を抉り抜いた。
直線を行く突きと、孤を描く蹴り。
そのほんの僅かな差で茜の突きが先手を取り、悠里の蹴りの威力を失わせる。
最後に茜の足を叩いたそれは、“神の斧”が見る影もない軽い一撃だ。

それが茜の勝利を、悠里の敗北を、何よりも雄弁に物語っていた。




「………………せん…………ぱい…………?」

茜は倒れた悠里を見下ろしながら、目が醒めたかのように驚きを表す。
無想の一撃だったのだろう。
そして事態を把握した瞬間、彼女は悠里に駆け寄った。
悠里を抱え起こし、気道を確保する。
「せ、先輩!!大丈夫ですか、先輩っ!!?」
悠里はげほげほと血を吐きながら、茜を見上げた。

「…………ふふっ、あの時とは立場が逆ね」

悠里のその言葉に、茜は一瞬訝しげな顔をし、そして思い出す。
初めてリングで戦った、あの日。
あの時は、ボロボロになった茜を悠里が介抱したのだった。
それを今は、自分が出来ているのだ。
「……っ」
悠里を抱いたまま、茜の拳が思わずガッツポーズを作りかけた。
しかし腕の中の悠里に気付き、それを止める。
悠里が笑った。

「バカね、素直に誇りなさい。…………この私を倒したのよ?」

悠里にそう言われ、茜はふいに顔を顰めた。
不満を表す顔ではない。それは今にも、泣き出しそうな顔。
涙を見られるのを嫌がってか、茜は俯いた。
そして悠里の身体を降ろし、くるりと後ろを向いて肩を震わせる。
その震えは、少しずつ、少しずつ大きくなり、やがて明らかな嗚咽に達した。



「………………ゃ、……ぃやったあああああああああああぁぁぁっっ!!!!!!!!」



茜の叫びが、アリーナに木霊する。
今まで抑えつけて来た全てを解放するような、朗らかな勝どきの声。

拍手が起こった。
茜と、敗者である悠里さえも心から労い、称える万雷の拍手。

「よくやったぞー、茜ーーーっ!!!」
「悠里も、凄かったぞーーー!俺はこれからも、お前のファンだからなーーーー!!!!」
「すげぇ戦いだったぞ、お前らーーー!!!!」

叫びが飛び交う。叫ばずにはおれないという風に、観衆が総立ちになって賞賛を送る。

立って光を浴びる茜を見上げながら、悠里は腹を撫で下ろした。
至高の突きだった。
痛みや重みよりも、胸がすかっとような気持ちが大きい、不思議な一撃。
輝かんばかりの刀身で刺し貫かれたようだ。

おそらくそれは、茜のひたむきな修練の賜物だろう。
迷わずに、ただ純粋な強さだけを求めて走り続けているゆえに放てるもの。
自分にそれが放てるか、と考え、悠里は一人首を振った。
今の自分では無理だ。
今よりもっと戦いを楽しみ、視野を拡げていかなければならない。
女王でなくなったこれからも、自分には限りない未来があるはずだ。

悠里は口の端に笑みを浮かべ、次期女王への歓声に沸くリングを後にする。
その後姿は、敗者とはとても思えぬほどに、誇らしげなものだった。




3.




「ふっ…」
小さく息を吐くと、女は開脚したまま腰を落とす。
長い両脚は抵抗なく真一文字に伸びきる。
合間にひとつの音すら立たない。驚くほどしなやかな筋肉。
幼少時から鍛え、股割りに慣れなければ出来ない動きを顔色ひとつ変えずにこなす。
「はっ!」
気合一閃、伸び上がるように脚を揃えて立つと、体勢を整える事もなくバク宙に繋ぐ。
1度、2度、3度身体を円転させ、片手首を支えに静止する。

その動きに、影から見守る男は息を呑んだ。
それはいつか見た、先代女王の動きと瓜二つであったから。

「……どうしました?私にご用でしたら、遠慮なくどうぞ」

女は床に座し、男のいる方に声を掛ける。
細身ながらに無駄なく鍛えられた身体、何事にも動じることのない瞳。
悠里とは系統が違うが、彼女もまた、王の風格を纏っている。

「……失礼しました。そろそろ、試合の準備を始めて頂けますか」
男はひどく懐かしい想いを抱きながら、次代の女王に声をかける。
「解りました。すぐに準備します」
女は静かに答え、正座から立ち上がった。
そして継接ぎだらけのサンドバックに正対し、構えを取る。

ドッ、ドンッ!!

幾重にも補強されたサンドバッグに重音が響きだす。


女の名は神崎 茜。
アリーナの王者として、数多の強豪を倒し続けている裏格闘技界の女王だ。
彼女はある人物を待っている。
かつてこのアリーナで無敗を誇り、『カーペントレス(木こり娘)』の名で親しまれた王者を。

欧州で裏の大会に出ていた、
北の雪国で知るものぞ知る暗殺者に命を狙われていた、
彼女についてのそうした噂話は山のようにある。
そんな中、茜はいつか来る日のために、想い出のアリーナを護り続けていた。


アリーナの名は 『 The edge 』。
女達が己の刃をもって、最強を目指す場所。




様々な思いを胸に、彼女達の物語は続いてゆく……。





                       ~ THE END ~
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