大樹のほとり

自作小説を掲載しているブログです。

2012年07月

澄んだ肖像 9話(後編)

■  1  ■

智也は腰掛ける格好のまま、寝台に横たわる澄泉を見下ろしていた。
幾度となく生唾を呑み込む。
まるで濃厚な粘り気を嚥下するがごとく、その“現実”の受け入れには時間を要した。

「……感動しちゃうな。あの澄泉ちゃんの裸なんだよね、今見てるのって。
 澄泉ちゃんってあんまり可愛いから、トイレしてる姿が想像できないって、
 クラスの皆が噂してたんだよ」

智也はかすかに震える声で告げた。
自分が何を言っているのかは、上空を漂うような意識でしか解らない。

「そうみたい、だね……ラウラから聞いたよ。ちょっと特別扱いしすぎだけど。
 私だって、皆と同じようにトイレくらいするよ」

澄泉は和人形のような愛らしさに、やや恥じらいを浮かべてはにかむ。
よく見れば見るほどに、現実からかけ離れた容姿だ。
どちらかといえば吊り気味な、宝石と見紛うばかりに深い黒を内包する瞳。
極上の生地からほんの少しつまみ出したような鼻梁。
品のよさと大人しさを感じさせる、ごくごく小さな唇。
それら逸品の数々が、まろみを帯びた顎へ繋がる輪郭の中、絶妙に配置されている。

全体には下寄りの配置。子供の顔の特徴だ。
けれども澄泉の顔を見て受ける印象には、妹のような愛らしさだけでなく、
母性とでも表すべき厳かさもある。
まるで男が惹かれる要素を計算し尽くし、神が悪戯で作り上げたかのように。
澄泉が不幸な体験をしてきたのは同情すべきことだが、けれどそれも仕方がない、と智也は思う。
世のほとんどの男にとって、ここまでの容姿の持ち主と関われる経験はまずないだろう。
であれば、何かしらの働きかけをしてみたくなるのが本能というもの。
色恋に極めて消極的な智也でさえ、それは痛いほどに理解できた。



長い時間を経て、ようやく智也の中に現実感が戻ってくる。
彼は静かに左手を伸ばした。
一旦伸ばしかけ、少し躊躇ってから、再び伸ばして澄泉の頬に触れた。
触感を以って、目の前のものが現実であると確信するために。

 ( うわ……すごい、ふくふくのほっぺた。赤ちゃんみたいだ )

澄泉の頬を軽く摘むと、それだけで衝撃が走った。
絹のような肌触りと、つきたての餅のようにふわりとした肉。
それは指先にえもいわれぬ至福をもたらす。

「ふふっ」

小さな笑い声がし、智也を見上げる澄泉の瞳が和らいだ。

「ご、ごめん!」

智也は何が悪いのかも解らぬままに謝罪を口にし、手を引っ込める。
澄泉の薄い微笑みは変わらない。

「……いいよ。もっと……触っても」

澄泉の腕が動き、シーツに乾いた音を立てた。
つられてそちらに目をやった智也が捉えるのは、澄泉の肢体。
月明かりだけの暗い部屋でなお、その肌の白さが解る。
天使のように華奢な身体つきだ。
けれどもこの裸体は、垢抜けた服で着飾っていた時より肉感的に見える。
けして無機質ではなく、二の腕や太腿のふっくらと柔らかな肉付きは、十分に智也の情欲をそそった。

「澄泉、ちゃん…………」

本能の赴くまま、智也は澄泉に顔を近づける。
そしてひとつ生唾を呑み込んで、ゆっくりと唇を奪う。
憧れの澄泉とのキス。
それは拒まれることはなく、柔らかい唇で迎え入れられた。

爽やかな香りが鼻腔を抜ける。
唇よりやや弾力のある舌を探し出して、絡めさせる。
舌へ纏わりつく澄泉の唾液は、無味無臭であるはずなのに甘く感じた。
造りのいい鼻から漏れる吐息は、口づけが長引くほどに荒ぶっていく。
生きているのだ。この人形のように美しい少女も。

智也は唾液の糸を引きながら、澄泉の唇を解放する。
そして次には、細い首へと口づけを触れさせた。

「ふっ」

澄泉の喉が強張るようにうごめく。
それを舌先に感じながら智也は、少女の鎖骨、さらにその下へと舌を這わせていく。
産毛さえないような肌。しっとりとしていて、暖かい。
胸骨の辺りを嘗めていると、左右の手に柔らかいものが触れた。
乳房だ。見た目にはさほど膨らみがないものの、実際に触れてみると間違いなく柔らかい。
白い丘の頂点に芽吹いた突起を摘むと、澄泉の身体が震える。

「んっ……!」

澄泉のその反応は、その蕾が間違いなく女性の性感帯なのだと智也に知らしめた。
そうなれば俄然興味が湧いてくる。
右手で胸の肉を摘むように盛り上げ、頂上の蕾を口に含む。
左手も同じように胸の肉を搾り出しながら、指の腹で蕾を挟む。
そうして左右の突起を、慈しむように優しく転がしはじめた。

「あ、うんんっ!!ん、んんっ……!!」

反応は確かなものだ。
智也が見上げると、澄泉は軽く握った手を口に当てて智也を見下ろしていた。
嫌がる素振りはない。
それを悟って、智也は胸への刺激を再開する。
押し殺したような澄泉の声が何度も上がり、細い身体が震えた。
その結果として、胸の突起は次第に、次第に、その硬さを増していく。
はじめは慎ましかった見た目が、いつしか赤らんで尖りはじめる。

 ( 気持ちいいんだ、これ )

澄泉の小刻みな吐息を間近に感じ、智也は確信する。
胸の小さな女性は、遮蔽物の無いぶん感度がいい。
いつだったか金髪のクラスメイトから聞いた話が脳裏に浮かんだ。
智也もまた、自分が澄泉に快感を与えているという事実が心地良い。

智也の舌はさらに澄泉の身体を下り、極上のベッドのような腹部を過ぎて、
とうとう恥じらいの部分に至る。
風呂場で手入れしたのか、薄めの茂みは綺麗な逆三角だ。
そしてその下に、ほんの僅かに淡い桜色が覗いている。
智也の興味が『そこ』へ達した事に気付いたらしく、澄泉はゆっくりと脚を開き、膝を立てる。

ついに露わになった、澄泉の性器。
智也は夢の中で、あるいは妄想に耽りながら、何度その部分を思い描いただろう。
かくしてそれは、希望を壊すことはなく、慎ましい出で立ちをしていた。
さすがに思い描いていたような、縦一文字にぴっちりと閉じているということはなく、
何度も使用されたと思わしきやや花開いた秘裂ではあったが、色合いはなお淡い桜色だ。
智也はもう何度目になるのか、息を詰まらせて凝固したような生唾を呑み込む。
古地図に描かれた財宝へ辿り着いたような興奮が沸き起こる。

「さ、触るよ」

智也は宝の持ち主に了承を求めた。可憐なその主は、口に手を当てたまま小さく頷く。
暗くてよくは判らないが、その顔はかなり紅潮しているように見えた。
智也もまた頬を赤らめながら、ゆっくりと澄泉の花弁に触れる。
柔らかかった。
頬に触れた時と同じような快感が、指先に走る。
その柔らかな花弁を両の親指で押し広げると、中からはより淡いピンクが覗いた。
内臓の色だ、けれども、なんと鮮やかなのだろう。
しかもその鮮やかな肉は、かすかに何かの液で濡れ光ってもいた。
そのてかりは、智也から理性を奪う。

まるで引き寄せられるように、智也は顔を澄泉の恥じらいの部分に近づけていた。
一舐めする。澄泉の内腿がぞくりと反応するが、構わず舌を這わせる。
鼻腔に流れ込む、澄泉の根源の匂い。
全くの良い芳香という訳でもない。
これほど美しい少女でもやはり人間なのだと解る、生々しい匂いだ。
けれどもそれは、智也の野性を的確にくすぐる。

智也は澄泉の柔らかな腿に手を掛けたまま、秘部に舌を這わせ続けた。
獣になった気分で何度も舐め上げ、舐めまわす。
しかし、今ひとつ愛撫の仕方というものが解らない。
舌だけというのも面白くないと、おもむろに2本指を捻じ込もうとすると、
今までにない勢いで澄泉の身体が跳ねた。

「いっ……!!」

澄泉の顔が明らかな苦痛を示している。

「えっ!?」

智也は狼狽するばかりだった。
十分に濡れているように見えたし、秘部もかなり使われている筈なのに、あれで痛いのか。
申し訳ない事をした。怒らせてしまった。
少年が瞳を惑わせていると、澄泉が静かに彼の瞳を覗きこむ。

「ごめん、ビックリさせちゃったね。智也くん……こういうの、初めて?」

逆に澄泉から気遣われるような格好になり、智也はばつの悪さを感じる。
けれどもその問いには、正直に答えることにした。

「う、うん。実は……初めて、なんだ。ごめん」

また意味もなく謝ってしまう。本当に澄泉と話していると、ペースが狂いっぱなしだ。
けれども澄泉は、その愛らしい顔に穏やかな笑みを湛えるだけだった。

「わかった。じゃあ、任せて」

澄泉は諭すようにそう囁くと、身を起こして智也に圧し掛かるようにした。
少女の細身ながら、智也はベッドの上で簡単に体勢を崩されてしまう。

「緊張しなくていいよ。私、ちょっとは慣れてるから」

澄泉は照れ半分、慈しみ半分の柔和な表情で、智也の顔を抱くように見下ろしていた。
窓からの月明かりが後光に差すその光景を、きっと智也は、いつになっても忘れないことだろう。



「あ、あああ……あっ!!」

智也は、声が抑えられなかった。
彼はシーツに仰向けに寝る格好で、澄泉に逸物を舐め上げられている。
初めての『フェラチオ』は、想像を遥かに凌ぐ心地の良さだった。
小さな口が深々と智也の逸物を咥え込み、その奥で舌がチロチロとカリ首を舐めまわす。
吸引するように口を窄めて上下され、小さな手でも玉袋や肉茎を弄ばれれば、たちまちに漲ってしまう。
快感で刻一刻と逸物が大きさを増しているのを感じるが、澄泉の口戯に滞りはない。

「ふふ、足がピクッてしてる。気持ちいい?
 ……智也くんのは、舐めやすくていいな。やっぱり日本人の口には、日本人のサイズが合うみたい」

言外に外人の物を咥えた経験談を含ませながら、澄泉は問うた。
智也には答えるような余裕はない。
物理的な気持ちのよさに加えて、視線を下ろせば澄泉の顔がある。
憧れの相手に奉仕されているという事実がもたらす精神的快感は、最も危険だった。

「あ、あ、くあぁあぁああっ!!!」

もう射精してしまうから一旦止めて。
その想いを声に出そうと決めた次の瞬間にはもう、智也の逸物は猛り狂って澄泉の口から外れた。

「わっ!!」

澄泉の驚きの声がした直後、逸物の尿道口が開いて白い飛沫が噴き上がる。
それは幾度にも渡って放出され、澄泉の顔を白く汚した。

「あ、ご、ごめんね!」

思わず謝罪を口にする智也だが、澄泉は冷静にそれを受け止める。
そして傍らのティッシュを一枚抜いて顔を拭った。

「やっぱり若いね、凄い。……それに、まだいけそうだし」

澄泉はようやく射精を終えた逸物を摘みながら苦笑する。
そこは射精を経験してなお、限界の勃起状態を保っていた。
自慰の際にはありえない事だ。
恐らくは澄泉と裸体を寄せ合っているという、極度の興奮がそうさせるのだろう。
澄泉はその逸物を手で握りながら、横たわる智也の身体へ跨るようにして背を向けた。

「今度は、智也くんも私にしてみて」

澄泉はそう言いながら腰を後ろへずらし、智也の顔の付近へ秘部が来るようにする。
今一度、智也の胸が高鳴った。心臓が張り裂けそうで、今日でかなり寿命が縮むのではと思えた。

改めて間近に晒される、澄泉の恥じらいの部分。
先ほど目にした時よりもさらに、いやらしく濡れ光っているように見える。
そして、眼に映るのは性器だけではない。その後ろ、肛門までもが丸見えだった。
そこも開発されたのであろう事は一目で解る。
慎ましかったであろう蕾は、今や手の薬指ならば悠に通りぬけそうな大きさに開いている。
菊輪の色にしても、秘部よりやや色濃く、小豆の色をやや控えめにした程度。
それは、何とも淫靡な“性器”だった。
智也はその禁忌に惹かれ、尻穴に指を掛けて押し開く。
澄泉の身体が強張った。

「あ……や、やだ、お尻も見えちゃうんだよね、しまったなぁ……。
 そこ、開いちゃってるよね。だいぶ使われちゃったから。
 小さな女の子の腕くらいなら、入ったんだよ」

澄泉は衝撃的な言葉を口にする。
今さらながらに、智也はその異常性に気がついた。
あまりに淫靡だから指を掛けたとはいえ、そこは排泄の穴だ。
膣を犯されるならばまだしも、そんな場所まで用いられていたのか、澄泉は。

「おしり……も……?そ、そんなの、痛くない?」

智也が間の抜けた問いを投げると、澄泉はやや寂しげな表情で振り向いた。

「痛いっていうか、ショックだったな、初めは。凄く不愉快だった。
 うんちの穴に、絶対入りっこないって大きなアレが入って、無理矢理出し入れされて。
 でも……いつの間にか、それで感じちゃってた。
 お尻から無理に引き抜かれる時の感じとか、ものすごいし。
 子宮をトロトロに蕩かされてる状態で奥まで犯されると、薄皮越しに刺激が来て堪らないの。
 排泄する、出すための穴なのにね……誤魔化しようもなく、感じちゃった。
 前と後ろで挟み込まれて犯されると、身体がカラッポになってアレに満たされてるみたいで、抵抗する気が失せちゃうんだ」

澄泉はそう呟き、それ以上は語らないと言いたげに顔を伏せて逸物を咥えた。
智也はそれにぞくりと反応しながら、肛門から指を離す。
そして指を滑らせるように前へ移動させ、秘裂を割り開いた。
やはり、蕩けている。
智也の顔へ跨る格好なので、正面からの時よりも脚が開いており、それゆえ舌の挿入も容易かった。
柔らかな秘肉を掻き分けて、奥へと進む。濃厚な匂いが再び鼻腔を満たす。
今度はより丹念に舌を這わせた。
心地よさを与える事を目的に、秘部の周りから奥へと舌を蠢かす。
知識としてだけ知っていたクリトリスも、あまり強くせず舌や指で転がせば良い反応が返ってきた。

「ん、ふうんんっ……!!す、すごい、うまい、よ……!!」

澄泉は時おり逸物を吐き出し、荒い息と共に智也の愛撫を褒める。
それに気をよくして、さらに智也は一度目には為しえなかった指の挿入を果たした。
今度こそは充分な潤滑があり、挿し入れた中指は滑り込むように内へと入り込む。
暖かく、ぬめった不可思議な空間。
指で円を描くと容易に膣壁に触れられ、かなり狭いのが解る。
さらに人差し指も含めた2本を挿し入れれば、それだけである程度の締め付けが感じられた。
まるで初物を思わせるようなきつさだ。
澄泉の態度などからは、かなり執拗な情交が窺えるが、それでこれほどの締まり具合とは。
いや、だからこそ飽きられることがなかったのかもしれない。
智也はそんな事を考えながら、指と舌でひたすらに澄泉の秘裂を刺激し続けた。

やがて、澄泉の恥じらいの部分がいよいよ乱れてくる。
ぽたぽたと智也の顔へ滴るほどに蜜が垂れはじめ。
顔の横で踏ん張っている脚から時おり力が抜けて、顔面へと強い圧力が加わり。
澄泉のような華奢な身体でも、腰の重さは相当なものだった。
柔らかで芳しい秘肉が密着し、窒息しそうになる。だがそれはそれで良いか、とさえ思える。
ともあれ澄泉の方も、長い前戯を経ていよいよ昂ぶってきたようだった。

「はっ、はっ、はぁっ……だ、ダメ、腰が……もたない、姿勢戻すね」

澄泉は肩で息をしながら智也の上を跨ぎ、ベッドの上に腰を下ろす。
そうしてしばし呼吸を整えた後で、抱きしめるように智也の顔を腕で挟み込み、唇を重ねた。
ちゅっ、と音のする、ごく浅いキス。
けれどもそれは、今一度、智也の心に甘酸っぱい気恥ずかしさを灯らせる。

澄泉は一旦身体をベッド脇に伸ばし、コンドームの入った袋のひとつを拾い上げた。
そしてそれを慣れた手つきで破り、智也の勃起した逸物に被せる。

「じゃ、始めよっか。」

澄泉は再び智也に覆い被さる。
少年の視界いっぱいに白い裸体を晒し、開いた脚の間に智也の分身を宛がう。
そして熱さが、智也の先端を包み込んだ。



「う、うあっ!!うああ、うああ、ああああっっ!!!」

智也は何度も声を上げ、脚を強張らせる。
ベッドが軋みを上げ、彼の体の上では、澄泉の柔らかな肉が揺れている。
澄泉のセックスの技術は高かった。
華奢な身体で少年の上に跨り、腰を前後左右に揺すりながら、絞り上げるように膣を絞める。
智也はその一連の動きで幾度も射精直前にまで導かれ、暴れそうになるが、
澄泉に完全に動きをコントロールされて殆ど身動きも叶わない。
快感だけが、腰から湧き出ては逸物の中を巡っている。
噴出すれば只事ではないと重々解っているにも関わらず、解き放てない。溜まっていく。
智也はただ、腰を揺らす澄泉を見上げることしか出来なかった。

 (ほんとうに、天使か妖精みたいだ)

切迫した射精感がある一方で、そうした澄泉への賛美も脳に浮かぶ。
顔は勿論、身体つきも愛らしい。
腰を遣いながらこちらを見下ろしてくる視線は、やはり少々生意気そうだ。
角度によっては悪戯っぽくも見え、小さな淫魔のようにも思えてしまう。
いずれにせよ、ただの少女とも、また成熟した女性とも違うものを持っている。
その彼女に『征服される』この状況こそが、最も強く智也の情欲を煽るのだった。

「ふふ、智也くん可愛い、感じちゃってるんだ。膣の中でも、ずいぶん暴れてる。
 それに、その眼……私、特別扱いされてるのかな」

澄泉は微笑を湛えながら、智也の上で腰を振る。
自分の姿が映り込む、澄み切った少年の瞳を覗いて。
少年の身体は、何度も射精の欲求に見舞われて強張っているが、
少女の身体もまた、刺し貫くような刺激を受けて幾度も震え上がる。

少女は、快感の中にいた。



■  2  ■

初めて『濡れた』のは、少年が自分の為に泣いてくれたのだと気付いた時。
愛液こそ分泌されなかったが、心が快感を覚えるという意味で『濡れた』のはこの時だ。

その後の、身体のあちこちを少年に舐められた際の快感も強かった。
何しろ、心が開いているのだ。
ニノに初めて抱かれた際も、その後の地下室でも、ペッティングを受けた事はある。
けれどもその時は不快感しか起こらず、早く終わって、と屈辱に耐えるだけだった。
しかし今回は違う。
今まで触れてきた男とは違う、純朴そのものの少年の舌は、澄泉の快感を素直に引き出す。
キスの際には心臓が高鳴った。
乳房を舐められていた際には、本来ならばもっと大きな喘ぎを漏らしたいところだった。
そして、秘部。
智也が生唾を呑んだのと同じタイミングで、澄泉もまた息を呑んでいた。
多少とはいえ好意を抱いた男に秘部を晒すのが、こうも緊張することだとは。
いつしか男に秘部を見せる事が当然となっていた澄泉にとって、衝撃的な心持ちだった。

不快ではない。
彼に意識されることは、何も不快ではない。
むしろ、心地良い。彼に快感を与える事も、その時の顔を見る事も心地良い。
けれども、それは単純な色恋ではないのだ。
肉欲を前提とせず、心で繋がっているから。
澄泉の不遇を自分の事のように感じ、泣いてくれる智也だから、愛せる。
欲情を超えた友情、そしてそれをさらに超えた愛情。
澄泉が追い求め続けてきた、この世で最も尊く美しい関係だ。
それが築けた今、澄泉の快楽を邪魔するものはない。

一突きごとに快感が押し寄せてくる。
智也の逸物は、大きさこそ今までの経験より小さいが、それでも小柄な澄泉の子宮口を突くには充分だ。
かつてないほど精神的快感で準備の整った子宮口を。
そうなれば快感も凄まじい。
少年の透き通るような瞳に見つめられながら、澄泉は腰を蠢かす。
憧れそのものの視線を浴びながら、絶頂の予感に冷や汗を垂らす。

 (あっ!だめ、本当にいきそう……っ)

澄泉が性感の淵ギリギリの所で腰を止めようとした、その瞬間。

「ああ、もう!!もう、射精るっ!!!!!」

あろうことか智也が限界を迎え、澄泉の腰を強く引きつけながら射精に及んだ。

「あ、あっ!?だめっ、今そんな……あ、ああ、くああぁぁっっ…………!!!!」

予想外の行為で表面張力を破られた澄泉に、もはや絶頂を止める術はない。
膣の深くで薄いゴム越しの射精を感じながら、澄泉もまた後ろへ仰け反って快感に打ち震える。
仰け反ったおかげで顔は見られていない筈だが、身体の震えが明確な絶頂を訴えている。

ひとしきり未知の快感に打ち震えたところで、澄泉は姿勢を前に戻した。
すっかり息は上がり、汗が額から滴り落ちる。

「澄泉ちゃんも、イッたの?」

同じく汗を掻いた智也が尋ねてくる。
澄泉は気恥ずかしさで眉を顰め、一度視線を逸らしてから横目に少年を見下ろす。
一種の照れ隠しなのだが、他人からはさぞかし生意気な目つきに見えることだろう。

「……うん。いっちゃ……った」

まず言葉で認め、次に頭で理解する。
勿論、地下室での度重なる調教で感じやすくさせられている事も影響しているだろう。
けれどもその無理矢理達する時とは明らかに別次元の心地よさが、今の絶頂にはあった。
充足感。至福。そのような言葉が脳裏に浮かぶ。

澄泉は一旦腰を上げて智也の逸物を抜き出し、精液塗れになったゴムを取り去る。
さすがに二度続けて射精した今は半ばほどの勃起具合だが、手で扱いた感触はまだいけそうだ。
何より、少年の煌めく瞳は、まだ澄泉から興味を失っていない。
すぐに勃起しない事を残念がっている風にも見える。

「ちょっと休んだら、またしよっか」

智也の気持ちを汲み取って澄泉が告げると、少年の瞳にさらに輝きが宿った。




シーツに包まりながら他愛のない話をし、リビングから熱い紅茶を運んで飲み、
気分が昂ぶれば身体を交える。
まるで付き合い始めた恋人のように、その一夜は濃厚に過ぎていった。

何度身体を重ねても、澄泉の奥底に流れる心地よさは変わりない。
今までの行為が嘘に思えるほどの、心の底から満たされるセックスだ。
少年の瞳の中で踊る澄泉の姿は、最初とは見違えるほどに活き活きとしている。
最初の頃は、本当に寂しい瞳をしていた。
まるで全てに絶望するような、哀しい瞳。

 (……そういえば、あの眼って…………)

そこで澄泉は、かつてそれと同じ瞳に出遭った事を思い出す。
澄泉を女にした相手。
今と同じように、朝まで交わり続け、しかしついに最後まで絶頂を迎えなかった、あの男。
あのニノの瞳は、まさにかつての澄泉と同じものだった。
愛を知らない瞳。あるいは、愛を失った瞳。

何故、あのような瞳をしていたのか。
今さらになって、澄泉にはそれが気に掛かり始めた。
どのみち、ケジメをつけなければならない相手だ。
ニノという存在から逃げた所で、澄泉の未来に光はない。





「……何か、吹っ切れたように見えるよ」

翌朝。
洗濯した服に身を包み、玄関口に立つ澄泉を見送りながら、智也は微笑む。
一夜の楽しい夢は終わった。
名残惜しい気持ちはあるが、けれども澄泉に良い影響を与えられたなら、それに越したことはない。
智也の夢は、澄泉といつまでも共にある事ではない。
澄泉という幻想的な美少女と、時に語らいながらも、その眩い輝きを見守っていくことだ。

「うん、智也くんのお陰。こんな愛し方があるなんて、今まで全然知らなかった。
 セックスって、皆がただ快楽の為にする野蛮な行為だと思ってたけど……
 やっと、その本当の意味が解った気がする」

澄泉はもはやはにかむ事をせず、真っ直ぐに智也に笑みを送る。
それは朝の光に包まれ、今までで一番の笑顔として智也の記憶に刻み込まれた。
カメラで写すように、鮮明に。

「……でも、それをまだ知らない人間もいるみたい。
 私は、その相手にもう一度会わないといけない気がするの」

澄泉がそう告げると、智也が口を開く。

「ニノ先生の、事?」

その言葉に、澄泉は驚きを隠せない。
けれども黙って視線を交わすうちに、その驚きも納得に変わっていく。
そう、この少年も、人の心を鋭く観察して読み取る感性の持ち主だ。
その感性によって澄泉も救われたのだから、何も驚くことはない。

澄泉は静かに長い睫毛を閉じ、そして力強く開いた。
かつての智也が一目で心を奪われた、凛とした少女らしく。

「本当に、色々ありがとう。智也くんのこと、どうなっても絶対に忘れないよ」
「うん、僕もだ!」

澄泉が智也の手を取ると、少年は力強く頷いた。
多くは語らず、けれども心で通じ合って、2人は手を握りしめる。

「…………行ってきます!」

そして和人形のような少女は踵を返す。
太陽が燦燦と降り注ぐ、外へ。

道端の四十八手

道端に捨ててあるエロ本なんぞ、いい年をして普段は見もしないものだが、
『それ』だけは妙に目を引いた。
裸の男と女が絡み合っているオーソドックスな写真の本ではあるが、
その体位が異常に豊富なのだ。

表紙を見れば、納得できた。
『大江戸四十八手 完全マニュアル』と記されている。
大江戸四十八手とは、現在に伝わる四十八手の元祖と言われるもの。
これは、その大江戸四十八手を事細かに解説しているマニュアル本のようだ。
改めて本の中身を見てみると、確かにそれはマニュアル本らしくあった。
均整の取れた身体つきの男と女が、殺風景な部屋の中、やや無機質に体位を実践している。
女性が見てもさほど抵抗はないような淡白さだ。
しかしそれゆえに、一般的なエロ本にはない妙な興奮があるのも事実。

男優も女優も、いわゆるAVに出てくるようなタイプではなく、
まるで運転免許の教則ビデオに出てくるような真面目そうなタイプだった。
特に女優の方は、性格だけでなくそれなりに育ちもよさそうな顔つきをしている。
そんな女が素っ裸で四十八手を行っているというのだから、これは大した拾い物だ。
俺は俄然その本に興味が湧き、周囲に人がいない事を確認して家に持ち帰った。

帰宅して改めて表紙を見ると、一見全くいやらしい本には見えない。
まるで参考書のようなお堅い表紙。
付録として、撮影の様子を記録したDVDが付属している事だけが記されている。
DVD。俺は興味をそちらに半ば以上奪われながらも、本の写真にざっと眼を通す。
本当の楽しみは、こうして多少の『タメ』でも作ったほうが盛り上がるというものだ。

よく観れば、写真は女の方は全て同じ女優だが、男優は複数人を使い分けているようだった。
体位によって使用する筋量や、行いやすい体格が違うからだろうか。
男優は複数で、女優は一人。
このせいで、四十八手の後ろへいくにつれ、男優と女優の疲弊の度合いが明らかに違っている。
最初の一枚『岩清水』では、男女共にマネキンのように無表情を作っているが、
例えば四十枚目『帆かけ茶臼』などになると、男優は軽く汗を掻く程度なのに対し、
女優はしなびた前髪を額に貼りつけ、薄く開いた唇からだらしなく涎を垂らすという有り様だ。
顔といわず胸といわず、体中が汗で濡れ光っているのも生々しい。

どうやらこれら一連の写真は、ぶっ通しで撮影されたもののようだ。
となれば、その崩落の過程が知りたくなってくるのが男のサガ。
俺は付録のDVDを手に取り、軽く興奮で震えながらデッキに差し込んだ。





見覚えのない書店のロゴが表示された後、映像が始まる。
マニュアル本だけあって、AVのようなインタビューは一切ない。

『第一手 岩清水
 
 岩清水とは、クンニリングスの一種である。
 仰向けに寝た男性の顔に、女性が腰を下ろした状態で秘部への愛撫を受ける。
 上になった女性の局所から、愛液が湧き出す様が岩清水に例えられる』

堅い説明が表示された後、画面が切り替わって裸の男女が映し出される。
本にあった写真の一枚目と同じだ。
横になったまま秘部を舐める男も、その男の顔に跨って愛撫を受ける女も、
マネキンのような無表情を保っている。
唯一、腰が動くたびに揺れる女優の乳房だけが人間らしい。

マニュアル本ではあるが、プレイの内容は模擬ではなく実演だ。
男の舌は間違いなく女優の膣の中に入っており、また繁みを舐め上げている。
作り物では決してない、クンニし始めの頃の音も聴こえてくる。
それでも女優は品のある顔つきを崩さず、ピンと背筋を伸ばしたまま前だけを見つめていた。
一見すれば何でもなさそうだが、実際に秘部を舐められて全くの無反応もないだろう。
となれば、次の1シーンにも期待が掛かろうというものだ。

第二手は『浮き橋』。
男が横向きに寝ている女を膝の上に乗せ、後ろから挿入する体位だ。
男の膝の上でグラグラと揺れる女体が『浮き橋』に似ている事が由来らしい。
尻側からほぼ直角に挿入することになるため、相当な摩擦が生まれると解説にはある。
そしてそれは、実際に女優によって“実演”された。

女優は肘をついて横たわったまま、男の腰に尻を乗せて片膝をシーツに下ろす格好だった。
そうしてしばらくはゆらゆらと揺れていたのだが、やがて膝をついた片脚に変化が起きる。
男が挿入するたびに、内腿にはっきりとした溝が浮き上がるのだ。
女優の顔は肘をついた影になってよく解らないが、特に乱れているようには見えない。
体勢も変わってはいないのに、片脚の内腿部分だけが、明らかに挿入に対して反応している。
いかにも清楚で真面目そうな女のその変化は、男女問わず観る者を興奮させるに十分だ。



そうして徐々に、徐々に、女優は『変化』していった。
男優の方は体位ごとに入れ代わっているにもかかわらず、女優の身体にのみ変化が蓄積する。
体位一つごとに役者と体勢が変わり、それに伴う小休止が入ってはいるようだ。
しかし数分だけ責めては放置し、全く違う体位で責め立てる、というサイクルでは慣れが生じない。
結果としてそれが、効率よく女優を昂ぶらせる事につながっているらしかった。

その積み重ねが初めて弾けたのは、第十手。
『こたつ隠れ』という、向かい合って炬燵に入った状態でのセックスだ。
ビデオでは実際に炬燵が用意され、その双方で裸の男女が状態を蠢かす、という図だった。
しかし流石というべきか、その本来映さない場面でさえ、結合は行われていたらしい。

「うっ……!!あっ、っあ!!」

こたつ隠れの実演に入った時点で、すでに女優は声を殺せなくなっていた。
炬燵布団に隠れているとはいえ、おおよその体位の想像はつく。
男優はしっかりと女優の脚を掴み、炬燵の熱の中で深々と貫いているのだろう。
炬燵の天板に手を突いたまま悶え、腰を引こうとして失敗する女優を見ていれば容易に思い浮かぶ。
その果てについに、女優は歯を食いしばって天板を抱き寄せた。
丸まった背中が細かに痙攣し、最後に額から流れた汗が天板に落ちる。
ああイッたな、とあからさまに解った。
そして俺のその心の声に応えるかのように、画面が暗転してテロップが入る。

『この時点で女優が絶頂に達した為、一時撮影中断』

無機質なその記述が、今は何とも残酷だ。
四十八手を丁寧に行えば、僅か十手でこれほどに昂ぶるんですよ、という風に捉えられなくもない。
実際、ここまでを見たカップルは双方共に、かなり心拍数が上がっていることだろう。
しかし俺にしてみれば、ただの良いオカズだ。



やや暗転が続いた後、何事もなかったかのように第十一手が始まる。
しかしその十一手は、よりにもよって『理非知らず』。
女性の両手両腿を紐で縛り、完全に自由を奪った上で陵辱するように犯すプレイだ。
イッたばかりの女優にとっては、最もまずい。

「あっ、ああっ、あ、ああああううっ!!!!!」

女優はもう声を殺す事もままならなかった。
膣内深く挿入され、子宮入口周辺をペニスで突かれているのだろう。
大柄な男優が腰を打ち付けるたび、腰を気持ち良さそうにうねらせている。
縛られた姿がまた扇情的だ。
そしてその結合部からは、ついににちゃにちゃと水音がしはじめていた。
女優としての演技などではなく、一人の女としてしっかりと濡れてしまっているようだ。

そこからの数手でも同様だった。
交わる中でたまに覗く秘部はドロドロで、相当に気持ちがいいのだと解る。
「いっ、いくっ、いく!!」
上下前後、様々な角度から愛され、布団の上で乱れながら女優はメスの声を上げていた。
クポクポという、水気のあるものが空気を抱き込んでかき回される音がマイクに拾われてもいた。

「はああああっ!!ああ、あ、いやああっ、ふあああああはああああああっ!!!!!!」

三十手を超えた頃にはもう達し続けとなっており、揺れる女優の身体からは、
汗と愛液が光りながら飛び散った。
写真でも見たとおり、艶やかな黒髪が次第に海草のようにしなびていく様子は見物だった。

男優にしても容赦はなく、第四十六手『椋鳥』、
つまり男が上のシックスナインにおいても手を抜かない。
すでに蕩けきっている秘部を徹底的に舐め上げながら、自らのいきり立った逸物を喉奥深く咥え込ませる。
女優が苦しがって逃げようとしても、膝で巧みに頭の逃げ道を塞いで咥えさせる。
その太いものを無理矢理咥えさせられる瞬間、大股開きの脚が暴れるわけだが、
なまじ秘部が蕩けているだけに、それがまた何とも気持ち良さそうに見えてしまうのだ。



続く第四十七手、実質の最後は『流鏑馬』。
男の首に紐をかけ、それを手綱として女が腰を振る、実に珍しい女主導の体位だ。
けれどもそのせっかくの主導も、さんざん達させられた女優にはつらいものでしかない。
まるで初めて馬に乗った姫君のように、右へふらり、左へふらりと傾いでは、
疲弊しきった顔を歪めながら達してしまう。

悠に十分以上も流鏑馬が続いたところで、女優は力尽きたように布団へ倒れ込む。
最後の一手、『寄り添い』では字の如く、倒れた女優に男優が寄り添い、
限界を迎えた女体を指と舌でさらに燻らせる後戯となった。

「ん、んん……」

すでに拒絶する事もままならない状況で、眉を顰めて艶かしく喘ぐ女優は実に官能的だ。
その様子をしばし映した後、画面は完全に暗転する。

終わったか。
俺は若干の寂しさを覚えながらDVDを取り出し、元の本に戻そうとする。
けれどもその瞬間、俺は見落としていた新たな事実に気がついた。
この一枚目のDVDは、元の所有者が予め袋とじを破いていたために発見は容易だった。
しかしその破かれた下……まるで二重底のようにして、もう一枚、厚紙の袋とじがある。
俺は急いで厚紙を破り去った。

『おまけ 実践編』

相も変わらず無機質な字体で、そう記されたDVDがある。
題名の下には、小さな字で<本編と異なる作風の為、注意>と但し書きがあった。
だがともあれ、あの女優は出ているのだろう。
であれば、そちらのセックスも是非とも見ておきたい。
俺は迷わず隠されたDVDを取り出し、デッキへと差し込んだ。





それは男優と女優、そして監督らしき男が素を出して後日談に花を咲かせているDVDだった。
女優は前の映像でのクールな雰囲気と一変し、まるで現役の女子高生のような幼さを見せている。
しばしのビデオ撮影の苦労話。
しかし実践編とあったこのビデオが、それで終わるはずもない。

『テスト!女優は散々学んだ体位を、いくつ覚えているのか!?』

急にポップな文体となったテロップが表示され、女優の引き攣ったような笑みが映される。

「え、えっ……!?」

何も聞かされていない、と言いたげな様子のまま服を取り去られる女優。
男優が取り囲む中で布団に寝かされ、半ば強制的に四十八手の『復習』が始まった。
様々な体位を男優が取らせ、これは何かと質問する形式だ。
クイズ番組のように、視聴者にだけはテロップであらかじめ答えが表示されている。
女優が正解すれば小休止を挟んで次に移り、間違えたならば10分の『勉強』。
以前の地獄が脳裏をよぎるのか、女優は表面的には人懐こい笑みを浮かべながらも、
ふとした時の表情は真剣そのものだった。

とはいえこの女優、中々に覚えはいいらしく、初めのうちは余裕だった。
Sっ気さえ覗かせ、腰を捻って男優を責める様子さえ見せた。
男優を早く射精に導いておくことが、後々自分を楽にすると踏んだのかもしれない。
しかし、数をこなしていくとそうもいかなくなる。
気丈だった女優も次第に疲れ、問いに悩むようになりはじめる。
男優の方も強かだ。

「ああ、すっげぇな。今の顔すっげぇかわいいよ」
横たわったまま背後から抱きしめるような体位で、男優が耳元に囁きかける。
すると女優は困ったように眼を細めた。
「やめてよ……そういう事言われると、すぐ濡れちゃうから」
そうしたやり取りを数多く経て、次第に、次第に、女優は追い詰められていく。
そして、ついに。

「あっ、これ、何だったかな……だめ、いくっ!!!」

女優は現在の体位……第三十五手『百閉』を答えられず、代わりに絶頂を宣言する。
彼女はもう湯上りのように興奮しきっていた。
乱れた前髪が顔にかかり、いやらしい。
それはきっちりとして清楚そうだった女優が乱れた事実を、端的に表している。
「おーお、ついに不正解だ。10分じっくり責めてやるよ」
監督らしき男が嬉しげに言い、相手をしていた男優も嬉々として女優を抱き始める。

「ん、ぐんんんっ……!!!」

女優は指を噛み、必死にその10分を耐え忍んでいた。
しかし耐えられても、しっかりと昂ぶらされる事には違いない。
状況は刻一刻と、女優にとって厳しくなっていた。


そこからまた何度も女優は正解し、そして何度も答えを外した。
四十八手というものは、男と女のどちらが上か、物に手をついているかいないか、
それだけで名称が全く違ってしまうものだ。
快感に襲われてふわりとした意識で、それを全て冷静に正解など出来るはずもない。

間違えるたびに施される、10分の『教育』。
それは着実に女優を昂ぶらせ、また絶頂に導いていった。
特に2連続で不正解となった暁には、実質ぶっ通しで都合20分の責めとなる。
こうなっては女優も脚をぴんと伸ばし、布団を握りしめながら大声を上げてしまうしかない。
この番外編のビデオは一枚目とそう日を隔ててはいないのか、
女優はしっかりと子宮を開発された状態を保っているように見受けられた。
乱れさせられ、次第に女優は焦る。
蟻地獄で足掻くように、深みに嵌まっていく。

男優は女優に胡坐を掻くように脚を組ませ、顔を見合わせる形で挿入する。
「さて、この体位は何だ?」
「ひっ……き、きつい……!!
 座禅転がし……じゃない、ああ、何だっけ、何だっけこれ!
 やだこれっ、もうされたくない!」
女優は戸惑いを露わに首を振った。

答えられないのも無理はない。
その体位は『洞入り本手』といい、四十八手には違いないが、
彼女が教わったものには含まれていないものだ。
しかし似たような体位ならばあるので、その体位が存在しなかったと断じる事もできない。
中々に意地の悪い問いだ。

「いやああああっ、やめて、やめてぇ!!
 これ、これ凄く締まっちゃうから、
 ひどいくらい変な感じ方しちゃうからあああっ!!
 ああああっ、やだああっ、足首絡まって、抜けない、逃げらんないいいっ!!!」

汗まみれで目を見開き、首を起こして結合部を無理矢理見ようとする女優。
そうするのも無理はない。
濡れきった結合部からは、じゅぷっ、ぎゅぷうっと只事ではない音が立ち始めているからだ。

そしてこれは、音だけが派手という“見せ掛けの”体位ではない。
脚を絡めて複雑に締まった膣を、無理矢理に蹂躙される。
それを受ける女優の生脚は、胡坐を組んだ状態のまま腿と脛の筋肉を脈動させ、快感を訴えていた。
一瞬開いた足指の間から汗が流れ、足の裏を伝っていく映像が異常なほどいやらしい。
女優の表情もまた、深く皺の入った本気そのものの官能顔だ。
息ははぁは、はぁは、ふうっ、はは、はっ、はぁは、というハイペースで荒いもの。
ちょうどマラソンで息が切れた時に、人はそういう呼吸になる。



「これ、ふかいあらぁあっ、ものすごくふかくはいっちゃうからぁっ!!
 足がとれそうれ、奥が、きゅんきゅんしれうううっ!!
 ひょ、ひょっとやすむらほうらいいあらぁ、あ、やぁっ!!
 ふむ゛ううぅううんんあああああはぁあああっっっ!!」

息の切れた状態で訴えるため、哀願も全く言葉の体を為していない。
女優が相当に“キテいる”事を理解しながらも、男優は責めの手を緩めない。
監督共々、生粋のサディストだろう。

「これは?」

男優は、オーソドックスな後背位を試みながら問う。
テロップには後櫓とある。

「ああああ、わ、わかんあいいっ!!
 ……ら、らにが、らんのたいいが、あっらっけ……。
 せ、せっくす、おまんこ!!おまんこ、してます、こ、こえで、かんべんしれえっ……!!」

「おいおい、こんなの基本中の基本だぞ。っつうか、最初はちゃんと答えてたじゃねえか。
 お前、苛めて欲しくって、わざと間違えてるんじゃねえか?

「ちがううううっ!!!!
 いっ、いきすぎて、酸素、たんなくてぇ……もぉ考えが、まとまんあいいい……!!
 子宮ぐちが、おりてるのほぉ、突かれると、も、イくしかなぐってぇ、あひゅいいよおっ!!!
 もぉ、もぉうぜんぜん、耐えられてなひぃいい……っっ!!!!
 お、ぉねがひぃ、み、みんな、か、顔、見ないで……!!よ、涎、止まんらくて。
 わ、わらひ、びじんでとおってるのに、こ、こんなの撮っちゃ、だめえぇっっっ……!!!」

もはや鳴き声とも嬌声とも取れない声をしばし張り上げ続け、女優は気絶した。
それとほぼ同時に、入り込んだままの逸物の根元へ向けて水が噴き出される。
潮吹きか、あるいは失禁なのかは判別がつかない。ただいずれにしても相当な量だ。
おーい、おーい、と男優他数人が声を掛けても、女優が眼を覚ます気配はない。
男優が閉じた瞼を開くと、見事なほど白目を剥いた瞳が露わになった。

どうやら完全に気を失っているようだ。
四十八手はまだ三十手も終わっていないが、これ以上の続行は無理だろう。
横たわったまま片膝を立てる格好になった女優の脚を、男優が横に倒す。
そして晒されるがままになった秘部を接写。
俺はそれを見て、思わず雑誌にある初めの頃の写真を見返した。
その最初に比べれば、別物と見紛うばかりに拡がってしまっている。
そしてそのしおれた花びらに縁取られた暗がりからあふれ出すほのかに白い愛液は、
まるで女優の身体の中にあった淫靡な血汗が溶け出したかのようだ。

そこで長い映像の終わりを迎え、最後に白いテロップが映し出される。
その言葉が、なぜか妙に俺の記憶に残っていた。



『 四十八手とは、男女の野生を引き出す、究極にして根源の法である 』




                              終わり
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澄んだ肖像 9話(前編)

※予想以上に長くなった為に分割。エロ成分は今回少なめです。


■ 1 ■


『お願い、せめてカーネも、カーネも一緒に連れていってっ!!』
澄泉は自分の手を引くラウラに乞う。赤毛の少女も澄泉を呼んでいる。
しかしラウラは、無慈悲にも澄泉だけを引き寄せた。
澄泉とカーネ。互いが互いにとっての心の支えである事を、重々承知しているにも関わらず。
『……ま、負けないで!諦めちゃだめよ、カーネ!!!』
澄泉の最後の叫びを断ち切るように、薄暗い地下への扉は閉ざされる。


数ヶ月ぶりの新鮮な空気、降り注ぐ陽光。
長く地下生活を送った澄泉には、それすらつらく感じられる。

往路と同じくラウラの車に揺られ、イタリアへ。
牧草の香りが風に混じり、車窓からの景色も見慣れたものに変わってゆく。
何もかもが行きと同じ。
ただ一つ違うのは、澄泉自身の肉体だけだ。



「いいわね澄泉、ニノ先生にお会いするのよ。そしてたっぷり抱いて頂くの。
 その為に身体を開発したんだからね、逃げたりしたら承知しないわよ」

ニノの屋敷前で車を止め、ラウラが告げる。
そして降りる澄泉を目で追いつつ、薄笑いと共に続けた。

「……もっとも、嫌われ者のあなたには他に行くアテもないでしょうけど。
 じゃ、ご機嫌よう。またいつか会いましょう」

ラウラはその言葉を残し、ぬかるみを散らしながら車で走り去る。

小雨が降り始めていた。
澄泉は俯く。

また辱められると解っていて、ニノの元へ戻るのは癪だ。
しかし他に行く当てがないのも事実。
かつて棲んでいた寮には帰れない。
無断で数ヶ月も外出していた事になる上、仮に規則で赦されたとしても、
寮生達はそのほとんどが澄泉を疎んじている。
恐らくは、ニノの元へ戻るよりも悲惨な目に遭わされるだろう。
かといって街を彷徨おうにも、この小雨だ。そのうち身体が冷えて死んでしまう。

ニノの元へ戻るしかないのか。

( …………嫌だ…………。今は、あの男に会いたくない。
   抱かれたく……ない )

澄泉は手を握り合わせた。
ニノの様々な辱めが頭をよぎる。
磔にされ、ラウラの手による痴態を隅々までスケッチされた事。
筆洗いに小便をさせられた事。
秘部にローターを入れられたまま、裸婦画のモデルをさせられた事もあった。
なんと屈辱的だったことだろう。
今でもはっきりと、級友の下劣な視線が思い起こされる。
女は浅ましいと蔑み、男は犯したいと欲望を露わにしていた。
誰も彼も、1人残らず…………


(…………1人、残らず…………?)


澄泉はそこで、ただ一人の例外に思い至る。
澄泉の正面にいた、同じ日本人の少年。
彼だけは、まるで天使の絵を見るような純真な瞳をしていた。
あの時だけではない。
いつでもあの少年の視線にだけは、不快さを覚える事がなかった。
そして澄泉は、彼の家だけは知っている。
写真の現像を頼みに、何度か訪れた事があるからだ。

降りしきる雨と耐えがたい寒さの中、ただ一つ示された逃げ道。
迷惑を掛ける事になる。
これまで無愛想な態度を取り続けておいて、虫のいい話だとも思う。
それでも、頼るしかない。
澄泉は唇を一文字に引き結んだ。



■ 2 ■


「ふぅ……」

フィルムの現像作業も一段落し、智也は暗室から外に出る。
今ひとつ調子が出ない。
集中すべき所でも、長きに渡って休学中の澄泉の事をつい考えてしまう。

最後に見たのは、教室の机に1人突っ伏す姿。
一晩中ニノと交わり続けたのだろう、とクラスメイト達が噂していた。
そしてそれは事実だ。
智也はニノの屋敷で、浴室に隠れ、その性交を終始に渡って目撃している。
澄泉が女になる、決定的瞬間を。
その結果、澄泉が休学したとあっては、気にするなという方が無理な話だ。

「……まさか、自殺とか」

智也はそう呟き、すぐに縁起でもないと首を振って打ち消す。
あれほどに誇り高い澄泉が、自殺などするものか。
いや、しかし誇り高いがゆえに、純潔を失って世を儚む事もあるのでは。
実際、最後に見かけたあの表情は、到底普通ではなかったではないか。
もう何十度と繰り返した自問自答が、彼をカーペットの上で忙しなく歩き回らせる。

控えめな音でチャイムがなったのは、ちょうどその時だった。



「……す、澄泉、ちゃんっ……!?」

智也には、一瞬それが現実なのか解りかねた。
目の前にいるのは紛れもなく、今の今まで頭の中にあった澄泉本人だ。
華奢という言葉がまず頭に浮かぶ体格。
手で梳けば柔らかく解れるだろう、きめ細やかな黒髪。
和人形のごとく奇跡的なまでに整った顔立ち。

ただ……彼女は酷くやつれていた。
普段の、他者を寄せ付けまいとする、静電気でも発するかのような刺々しさがない。
小雨に降られて前髪から雫の滴る様は、捨てられた仔犬を思わせる。

「……急に、ごめん……。
 雨が止むまでで良いから、ちょっと休ませて……貰えないかな」

澄泉はいつになく弱弱しい声色で告げた。
縋るように智也を見上げる視線とその声色は、彼女がどれほど辛い目に遭ってきたのかを物語る。

「う、うん、いいよ、上がって!そんなに濡れたままじゃ冷えちゃうよ」

智也は快く玄関の扉を開け放ちながら、目の前で歩を進める澄泉が幻ではない事を実感する。
胸の高鳴りだけが唯一現実らしい事だ。
叶うなら頭を整理するために壁に寄りかかりたい所だが、澄泉の前で無様は晒せない。

智也の浅い夢のような夜は、こうして始まった。



「タオルと着替え、ここに置いとくよ」
智也は浴室の前でそう呼びかけた。
「……ん、ありがとう」
シャワーの音が続く中、少女特有の、澄んだ声色が返ってくる。
自分の家の風呂を、憧れだったあの澄泉が使用しているという事実。
俄かには受け入れ難い話だが、浴室の中から響く声は、紛れもなく聞き慣れた彼女のものだ。

どくり、どくり、と現実が智也の中に浸透していく。

去り際に覗き見た擦りガラスの向こうには、肌色のほっそりとしたラインが見えた。
澄泉の裸体そのものは、かつて裸婦画の課題の際に目にした事がある。
けれどもそれはあくまで『芸術の対象』としてのものであり、
目の前で湯を浴びながら脚を組みかえるこの生々しい動きとは、まるで興奮の質が違っていた。

(あ、あんまり見ちゃあ……)

智也は息を荒げそうになりながら、足早に浴室前を立ち去る。
ガラス越しとはいえ覗き見た事を、澄泉に悟られたくない。
彼は否定しようもないほどに、澄泉のことを魅力的に想い、好意を抱いていた。

(彼女、ずいぶん身体が冷えてそうだったよな……。
 たっぷり栄養が取れて、身体の温まる食事でも作っとこうか)

粘りつく煩悩を振り払うようにして、智也は使い古したエプロンを手に取る。
その決意もまた下心からに違いなかったが、何もしないでいるよりは心地良い。



年季の入った土鍋に水を張り、昆布を漬けておく。
冷蔵庫にあった人参や白菜、大根の皮を剥き、なるべく均等になるよう短冊切りに。
手馴れたものだ、と智也は我ながら思った。
芸術家肌で旅ばかりしている両親のせいか、自炊も当たり前のようになってしまった。

きしり、と背後で木床の軋む音がする。

「お鍋?」

その声に智也が振り向くと、そこには風呂から上がったばかりの澄泉が立っていた。
来訪してきた時よりも明らかに血色が良い。

「うん。そろそろ夕飯時だし、身体を内側からも暖めた方が良いと思って」

智也は問いかけに答えながら、不自然にならない程度に澄泉を観察する。
いつも垢抜けた服でばっちりと決めた姿ばかり眼にしていたが、
シャツ一枚にパジャマのズボンという格好も中々に愛らしい。
この家で唯一の女物である母の古着を身につけているが、サイズはまるで合っておらず、シャツの肩口が危うく滑り落ちかけていた。
その様はまるで、恋人のシャツを着てみた少女のようで、否応なく智也の動揺を誘う。

「ごめん。それ母さんのお古なんだけど、サイズ合わないよね」

ちらりと覗く白い肩から視線を引き剥がしつつ、智也が告げる。
澄泉は小さく首を振った。

「ううん、十分。……でも今さらだけど、いいの?ご家族の方は……」
「大丈夫。うちの父さんと母さん、この時期はほとんど家にいないから。
 今はスイスの方を巡ってるんだろうし、少なくともあと一週間は帰ってこないよ」

智也がそう答えると、澄泉は明らかな安堵の表情に変わる。

「そう……仲の良いご両親なのね」

言葉を紡ぎながらも、最後の方は欠伸を交えたようなものになってしまう。
智也は思わず頬を緩ませた。

「支度が出来るまでまだ時間があるから、少し休んでていいよ」

そう言って居間にある炬燵を指し示す。
澄泉はそちらを見て眼を見開き、ありがとう、と小さく呟いた。


トントントントン、と包丁がまな板を叩く音。
胸に心地よく響くその音を聞きながら、澄泉は炬燵布団を手繰り寄せる。
ひどく懐かしい暖かさと安心感に包まれる。

「……ふぁ、あふ…………」

母の胸に抱かれるようなその感触の中で、いつしか澄泉は、蕩けるような眠りに落ちていった。





『おとうさん、あそぼー。』



幼い少女の声がする。
彼女は様々な色の絵の具が散乱するアトリエで、父親に抱きついていた。
キャンバスに向かっていた父親は、困ったように眉を下げ、
愛娘を絵の具から遠ざけるように抱き上げる。

『こーら、澄泉!お父さんのお仕事の邪魔しちゃ駄目って言ったでしょ』

背後からも母親の困った声がし、澄泉を父親から受け取って部屋を出る。

『やーあ、やあ!!』

駄々を捏ねる幼い澄泉の視界に映るのは、この世の物とは思えないほど美しい父の絵。
父も、母も、偉大な画家だった。
世間からはまだ碌な評価を受けていないようだが、天才である事は間違いなかった。
その父や母の仕事を邪魔するのが良くない事だとは、幼い澄泉も解っている。
それでもなお甘えたいほどに、彼女は父と母が好きだった。

大好きな おとうさん と おかあさん 。

その2人は、自分の魂を削るようにして様々な作品を残していった。
けれども描けば描くほどに、その頬はやつれ、健康は損なわれていった。

『……ごめんね』

身体に薄緑の斑点が浮き出し、鶏ガラのような手足で横たわる両親は、
泣きじゃくる澄泉の頭を撫でながら謝罪する。

『ごめんね、澄泉。父さん達、澄泉よりも絵の方を優先してしまってた。
 今さら間違いに気付いたけど、もう、遅いみたいだ』

訳もわからず泣き喚く澄泉を残して、両親は静かに息を引き取った。
葬儀の際に噂された所によると、絵を描く際に特殊な塗料を繰り返し用いた末の中毒死だという。



芸術家を名乗って家に篭り、絵ばかり描いていた澄泉の両親は、親戚間の評判も芳しくなかったようだ。
その娘である澄泉も当然腫れ物扱いだった。
数人の間を盥回しにされた挙句、一つの家族に迎えられる事になったが、
それもけして善意からではない。
ルックスだけは人形のように整っていた澄泉を、叔父に当たる人間が下心から引き取ったのだ。

男は既婚者であったため、直接澄泉に手を出す機会はなかった。
その代わりに同居する特権として、澄泉の着替えや入浴を偶然を装って何度も覗いた。
当然、居候の身である澄泉がそれを拒める筈もなく、恥辱の覗きは思春期の数年に渡って続けられた。

男の妻にしても、ただでさえ厄介者である上、夫が色目を遣う澄泉を快く思うはずもない。
彼女は幼い澄泉を召使いのように働かせ、さらにはその優れた容姿をも嘲りの対象とする。

『口を開けば美がどうのと言うあのバカ夫婦の娘だけあって、男好きのする顔ねぇ。
 将来は風俗嬢にでもなったらどう、低俗な相手にならずいぶんと稼げそうよ』

義父からは連日のように覗きを受け、その妻からは唯一の財産である見目を嘲られる。
それだけならまだしも、大好きな両親さえも貶められる日々。
その中で澄泉は、次第に他者との間に殻を作るようになっていった。
父と母の血統である自分の“美”を十二分に自覚した上で、それを誇り続ける。
どれほど生意気と蔑まれ、疎まれようとも。

義務教育を終えた後、澄泉はイタリアへの留学を願い出た。
それまでの数年間、身を粉にして叔父夫婦の手伝いをしてきたのだから、
そのぐらいの見返りはあっていいはずだと主張して。
かねてより澄泉を視界から消し去りたいと思っていた義母は、この提案を快諾した。
義父は澄泉を『喰う』機会がなくなる事を渋りはしたが、妻の手前、認めざるを得なかった。

こうして澄泉は、誰も頼れる者のない異国へ単身渡る事になる。
周りがどんな環境になろうとも、澄泉は身につけた処世術を変える気はなかった。
男は自分を性的な目で見るだけの生き物。
女は自分に嫉妬し、蔑むだけの生き物。
それを大前提として、必要以上に人と関わらない生き方を貫く。

馴れ合いなど必要ない。
自分の目的は、ウフィツィをも沸かせるような偉大な画家になること。
自分が世に認められる事で、その自分を生み出した父と母をも世に認めさせることだ。
若くして『芸術史の一柱』とされるニノが教鞭を振るう学校で学べば、きっとその夢も叶う。
澄泉はそう自分に言い聞かせ、ひたむきに研鑽を積んでいた。
その未来は、いつか必ず明るくなる……はずだった。


夢は悪夢に変わる。
希望の一端であったはずのニノに篭絡され、純潔を散らされた瞬間に。
鉄骨のような腕や、狂乱する澄泉を宥める声は、今でもはっきりと思い出せる。
彼は教師の面を被りながら、常に澄泉に冷笑を向けていたのだ。
親友だと思っていたラウラも同じく。
錯乱したままで彼女に付き従った先に待っていたのは、まさしく女の地獄だった。
ニノによって塗りつけられた灰色の上に、さらに茶色や鳶色を、汚く重ねられていくような。

あの掃き溜めで死んだ眼をしていたカーネという少女は、もう一人の澄泉だ。
度重なる不遇で覇気を失い、誇りをなくした末に待っているであろう澄泉の姿だ。
だからこそ余計に、澄泉はカーネを救いたかった。

カーネを助けるために、随分な無茶をしたものだ。
カーネが犯される機会を極力減らそうと、地下室を訪れる男を一手に引き受け、
丸2日に渡って5、6人の相手をし続けた末に、高熱を出して寝込んだ事さえある。
当然その高熱の間も容赦なく犯されるのだから、澄泉にとっては辛いどころの話ではない。

逆にカーネへ手を出さないための交換条件として、無茶を要求される事もあった。
澄泉の腹が膨れ上がるまで精液入りのコンドームを直腸に詰め込み、
さらにその尻穴をペニスバンドを装着したカーネに犯させるという催しがそうだ。
カーネの腰の動きが止まるたび、その幼い尻肉を革のパドルが打ち据える。
その痛々しい音を嫌って、澄泉はカーネに腰を止めないよう哀願する。
けれどもカーネは、尻穴を抉るたびにコンドームが破れて血のように白濁が溢れ出る様子、
そして限界以上の圧迫から澄泉が少量の嘔吐を繰り返している事実から、
どうしても躊躇してしまう。
互いを想いあいながら、それでも傍目には澄泉が快感を貪っているように映る滑稽さ。
観衆はそれを笑うのだ。

あの人間達は、本当に悪魔のようだった。
悪魔の中には、親友のラウラもいた。
そしてその場にいないはずのニノまでもが、蜃気楼のように薄らぐ意識の中で嘲笑う。
義父も、義母も。
その果てには実の両親さえも、穢れていく澄泉へ蔑むような視線を落とす。

『…………やめて
  ………………やめて……………………』

澄泉はそれら全てへ向けて叫んだ。


『もうやめてえええええええっっ!!!!!!!』




「……ずみちゃん、澄泉ちゃん!!」

肩を揺すられる動きで、澄泉は意識を覚醒させる。
寝ぼけ眼に映るのは、純和風の居間。そして自分の肩を掴む、必死な顔をした少年。

「良かった、目が覚めたんだね。普通じゃない位うなされてたから、心配したよ」

智也は心底安堵したという様子で、澄泉から手を離す。

「そう……なんだ。ごめんね」
「ううん、何ともないならそれでいいんだ。それより、ちょうど鍋ができたよ」

智也はそう言って、炬燵の上に乗せられた土鍋を差す。
鍋の中には、長葱や人参、椎茸、白菜に大根といった色鮮やかな野菜が所狭しと並べられ、
いい具合に煮立った豚肉と混ざり合って暖かな湯気を立てていた。
ごくり、と澄泉の喉が鳴る。

「お腹減ってるでしょ。さ、食べよ」

智也は取り皿を分け、その中にたっぷりと大根おろしを入れてからポン酢を注ぐ。
続いて箸を渡された澄泉は、まるで引き寄せられるように鍋へと手を伸ばした。
白菜と人参の絡まった肉を取り、タレにつけて口へ。
イタリアの料理とは違う、日本人の心に訴えかけるような味わいが舌へ染み渡る。
じゃく、しゃくと噛みしめると、そのダシを基調とした旨味はいよいよ深さを増していく。

「おいしい……。」

その言葉は、自然と澄泉の口をついて出た。

「素材の味をちょうど活かすように出汁が効いてる。それに野菜の切り方も、お洒落」

几帳面に均等な短冊切りにされた人参を摘みながら、澄泉は続ける。
智也ははにかむような笑みを見せた。

「うん。出汁にしても野菜の切り方にしても、妙に拘っちゃうんだ。
 母さんには神経質すぎるって時々怒られちゃうけど。
 やっぱり、絵とか写真が好きな人間特有なのかな、こういう変な拘りって」
「あ……それ、ちょっとわかる。私も変な所に拘っちゃうから」

澄泉もつられたように薄い笑みを見せ、会話を始めた。
異性、それも同年代の相手と心を割って話すのは、いつ以来だろう。
この智也という少年は、少なからず澄泉に好意を抱いているらしい。
今も、世間話の域を出ない何気ない会話にも関わらず、
まるで夢見心地という風に目を煌めかせている。
澄泉と身近な距離で話せることが、この上なく嬉しいといった様子だ。

その事実は、澄泉にとっても気分の悪いものではなかった。
ただ、彼女は心のどこかで寂寥を感じる。
智也が好いているのは、あくまで“昔の澄泉”なのだろう。
彼はあれから、澄泉がどれだけ穢れたのかを知らない。
公然で排便を晒し、肛門を貫通され、膣性感を徹底的に仕込まれた。
何人もの男に群がられて性欲処理の人形とされ、嫉妬に狂った女の脚を舐めさせられた。
来る日も来る日も肉体に裏切られ、女ならぬ声を上げ、絶頂の海に沈んだ。
その大嫌いな自分の現在を、智也は知らない。

もしも澄泉の変遷を知ったならば、この一見人畜無害な少年も獣になることだろう。
すでに穢れている、都合のいい性欲処理の相手と見なすことだろう。

結局のところ、男はそうなのだ。
それが男なのだ。

澄泉は目の前の少年に笑みを見せながらも、心の中で反芻する。



■ 3 ■

智也は布団に入った後も、興奮冷めやらずにいた。
本当に、今日の出来事は夢のようだ。

幻想的なほど整ったルックスを持ち、いつでも澄ました態度で他者と距離を置く澄泉。
高嶺の華で憧れてはいたものの、彼女と親しくする事など一生ないと思っていた。
彼女がごく稀に家を訪れ、写真の現像を頼んでくるだけで、舞い上がるほどに嬉しかった。
その彼女と、何時間にも渡って話が出来るとは。
それだけではない。今もその澄泉は、隣の部屋で布団に包まって寝息を立てているはずだ。
そう考えると、自然と智也の動悸は早まる。
勃起しかけている事が自分でも解り、そっと堅い部分に手を触れようとした、その瞬間。


「智也……くん。もう、寝た?」
「わっ!!」

突如、背後からかけられた声に、智也の動悸はさらに早まった。

「い、いや、まだ起きてるよ……」

そう告げて振り返った瞬間、彼は目を見開く。
そこには、澄泉が立っていた。
幻想的なほど整った顔はそのままに、しかし、身体には一切の服を纏っていない。
裸……?
何故、どうして?
声も出せず硬直する智也の元に、澄泉が歩み寄る。

「泊めてもらった、お礼。朝まで私の事、好きにしてくれていいよ」

澄泉はそう言って智也の手を取り、自らの胸に触れさせた。
絹のような肌触りと、暖かさ、そして速めの動悸が智也の手の平に伝わる。
それが智也を現実に引き戻した。

「ちょ、ちょっと待ってよ!何でいきなり、そんな……!!」
「何でって、智也くんも男じゃない。本当は私のこと、抱きたいんでしょ?
 ここも、もう堅くなってるし」

澄泉は智也の下半身に手を伸ばし、屹立した部分を握る。
智也は首を横に振った。

「やめてくれ、わ、訳わかんないよ!!僕は、別にそんな事……」
「素直になればいいのに。智也くんが私のこと好きなのは、知ってるよ。
 智也くんだけじゃない、男の人は皆そう。
 ……あの場には何人もいたのに、一人だって私を助けてなんてくれなかった。
 それどころか、皆本当に嬉しそうに金を払って私を買ったわ。
 智也くんだって良いんだよ、本当にお礼なんだから。一晩中、したいようにして」

澄泉はそう言って、智也の眼前に顔を近づける。
無機質にさえ思えるほど、和人形のように整った顔。
しかし間近で観るその瞳は、何の光をも宿してはいない。

「ねぇ、抱いてみて。私の身体って随分具合が良いそうだし、
 智也くんもきっと、私に良くした甲斐があったって思えるよ。
 馬鹿でプライドだけが高い私だけど、性欲処理の人形としてなら、使い物に……」

死んだ魚のような瞳で続ける澄泉に、智也はとうとう眉を吊り上げた。

「いい加減にしろよっ!!」

澄泉の肩を掴み、智也は声を荒げる。

「何で、何でそんな事言うんだよ!本気で思ってもいない癖に、自分が傷つくような事!!」

智也の憤りを受けて、澄泉は一瞬虚を突かれたような表情をした。
だがその表情は、すぐに苦々しげに歪められる。

「……どうして怒るの……だって、事実よ!
 もう私は、どこも綺麗なんかじゃない。
 今が昼か夜かも解らない地下室で、ずっと、犯され続けたんだから。
 初めは嫌だったし、絶対に屈するもんかって頑張ってたけど……無駄だった。
 毎日毎日、穴という穴を使われて調教されるうちに、気が付いたら感じてたんだよ。
 あそこを突き上げられて、うんちの穴まで犯されてるのに、声を上げちゃってた。
 “いく”って言葉、通じるかな……男の人なら射精する事で、
 女の子なら身体の奥がじんわり痺れて震えちゃうような事なんだけど、
 その状態が一日に何度も何度も来て……キモチイイ以外は何も解らなくなっちゃうの。
 最後には犯してる相手の腰に脚を絡ませて、自分から腰を振っちゃうんだよ?
 そんなのもう、立派な売春婦だよね」

澄泉は眼を見開いて訴えた。
その瞳は強い意思を秘めてはいるが、普段の凜としたものとは明らかに違う。
まるで心を掻き乱されて狂乱する幼子のようだ。
この時、智也は知ってしまった。
ニノに処女を奪われたあの瞬間から、澄泉がどれほど辛い目に遭ってきたのかを。
想像を絶する恥辱と屈辱に塗れ、セックスを強要され続けたのだろう。
他者に頼らず、自力で生きようと健気に踏ん張っていた、あの澄泉が心折れるほどに。
そう考えるうちに、智也は無意識に涙を流していた。
どんな時も常に澄泉を意識し、彼女という人間を理解していたが故に、涙を止められなかった。

「っ…………?」

それは、澄泉にとって完全に予想外の事だったのだろう。
涙を流す智也を前に、澄泉は驚きを隠せない。

「……どうして、智也くんが泣いてるの?おかしいよ?」
「し、知るかよ……自分でも、よく解んないよ!でも、何でか泣けてくるんだ!!」

手の平で目元を拭いつつ、それでも続けて溢れる涙に苦心する智也。
見開かれていた澄泉の瞳が、微かに揺れる。

「なんか………………ごめんね」
「謝るなら僕じゃなくて、自分に謝れよ……。
 どれだけつらい思いをしたのかは解んないけど、自分を追い込むなんて間違いだ。
 昔から澄泉ちゃんは、頑張って生きてきたじゃないか。あんなに、一生懸命だったじゃないか。
 何が……一体、何が悪いっていうんだよ…………!!」

智也は肩を震わせながら声を絞り出す。
心の底から澄泉の事を想い、まるで自分の事のように苦しんでいる。
それは明らかに、澄泉が今まで触れてきた男達とは異質だった。

『男と女の間に存在する、性欲を超えた愛情こそが本物だ』

かつて標榜していた考えが、澄泉の脳裏に浮かぶ。
地獄のような日々の中で、所詮は綺麗事に過ぎないのだと自ら嘲笑うようになっていた考えだ。
しかし目の前で涙に咽ぶこの少年は、それを十分に満たしうる。

とくん、と澄泉の中に鼓動の音が甦った。
それと同時に、急に気恥ずかしくなって晒したままの乳房を手で覆い隠す。
相手の変化に気付いたのか、智也も涙を拭いて顔を上げた。

しばし、言葉のない視線の交錯が続く。
それはただの沈黙ではない。言葉にしないだけの、かつてないほどに深い会話だった。
物言わぬ静物を描写し、撮影する事を常としている彼らだからこそ、
瞳を覗くだけでも伝わる事がある。

やがて、澄泉は喉を鳴らした。
そして初めに誘った時の比ではないほど張り詰めた表情で、智也を見つめる。

「……あ、あの、ね。ありがとう。私のために、泣いてくれて」
「う、ううん。何だかよく解らない感じで取り乱しちゃって、ごめん」

澄泉がそう告げると、智也は表情を崩して笑顔を見せる。
それは以前と同じ柔和な顔だったが、澄泉にはひどく頼もしい男の顔に見えた。
とくん、と再び鼓動の音がする。
恋と呼ばれるものかは解らないが、少年に対して並ならぬ好感を抱いている事は間違いなかった。

「………………智也、くん」
「何?」
「今度はお礼とかじゃなくて、純粋なお願いなんだけど……
 わ、私とセックス、してくれないかな」

微かに頬を染め、俯きがちに言葉を漏らす澄泉。
それは紛れもなく本心からの言葉なのだと、雰囲気で感じ取れた。
そうなれば、智也もまた鼓動が早まってくる。
こうして同じ部屋に一緒にいる事さえ奇跡のような憧れの相手から、
今度こそ間違いなく誘われているのだから。
眼前の、乳房を手で覆い、桜色の肌を晒している澄泉が眩いほどに思えてくる。
今までは意識していなかったが、少女独特のふわりとした甘い香りも漂っている。
その状況で拒むなどという選択肢は、少年にはつらすぎた。

「い、いいの?」
「うん……。さっきは男の人を貶すような事言ったけど、智也くんは違うみたい。
 あなたとしてみれば、きっと……新しい事に気付けると思うの。
 だから、お願い」

少女が答え、少年が喉を鳴らす。
互いの鼓動さえ聞こえそうな張り詰めた空気の中で、2つの細い影は、ゆっくりとその距離を縮めた。
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