※ 腹責めモノ、ややハードな暴力表現あり
サイボーグ開発が滞り始めた頃、その実験は水面下で俄かに影響力を増していった。
電磁式超兵士……通称“エレクトリカル・ソルジャー”。
人間の体に特殊な薬品と電気ショックを施す事で、一時的にではあるがその身体能力を劇的に強化する計画だ。
この計画には未だ改善点も多く、現在はまだ初歩的段階での実験に留まっている。
その実験には、しばしば性的な趣向が加えられた。
同じ実験をするにせよ、ただ淡々と作業を進めるよりも、関係者やスポンサーの目を愉しませた方が得だからだ。
実験のサンプルは、主として捕虜になった若く美しい女兵士。
最近は専ら、内乱で暴れ回った威勢のいい女ゲリラに人気が集まっている。
何故か。簡単なことだ、単純に見目が良い。
彼女……フィア・マフェリーは、捕らえられてから僅か一昼夜で62人の兵士に犯された記録がある。
これこそ、彼女が男の目を惹くものであった証拠となるだろう。
肩を覆うまでに伸びた、上質な木を思わせるダークブラウンの髪。
直視が躊躇われるくっきりとした強い瞳、すっと通った鼻筋、ハキハキと物を喋りそうな赤い唇。
胸はさほどある訳ではないが、肩や手足の肉付きや、細く絞り込まれて健康的な腹直筋を浮かび上がらせたボディは、
戦う女の美しさというものをその気のない者にさえ目覚めさせる。
およそ戦場の最前線で出会う女に、あれ以上の物はあるまい。それが輪姦した兵士達の共通認識だ。
フィアは今日も丸裸のまま、分娩台を思わせる拷問用の椅子に拘束されていた。
その周りを、下卑た笑みを湛えた研究員達が取り囲んでいる。
彼らの視線は一片の容赦もなくフィアの裸体へと注がれていた。
フィアはその屈辱的な状況にありながら、しかし視線を傍らに投げたまま無反応を貫いている。
意地を見せているのか、あるいは連日の実験で羞恥すら麻痺してしまったのか。
「…………ほう、これが例の実験体か。
兵士共のマドンナだというから期待して来たが、なるほど征服欲をくすぐる女だ」
実験の出資者の一人、ロニー・バルフがおもむろに姿を現す。
片手に髭を撫でつけ、もう片手を腰に当てて、人を見下す態度が板についているものだ。
しかし事実それなりの権力はあるようで、研究員達は一様に彼に敬礼の姿勢を取る。
ロニーはフィアの視線へ先回りする形で拘束台を横切り、噂の女ゲリラの顔を覗き込む。
そして、それでも態度を崩さないフィアに満足げな笑みを向けた。
「ふふ、まるで氷の女だな……面白い。
早速実験を始めてくれ。早くこの女の狂乱する様が見たい」
ロニーの指示が飛ぶと、待ちかねたとばかりに研究員達がフィアの手足や腹部の各部に電極を取り付ける。
そうして物々しいコードでフィアの身体を覆い尽くすと、いよいよ機械のスイッチが入れられる。
巨大なレバーを手前に引き、さらにスイッチの要領で強く押し込む。
その瞬間。
「あ゛あ゛あああああぁぁぁああああ゛あ゛あ゛っっ!!!!」
日常生活ではおよそ耳にしないような、非日常の悲鳴が響き渡った。
先ほどまで平然としていたのが嘘のように、フィアは目を剥き、大口を開けて狂乱していた。
身体は跳ね上がっている。
手足は台に強く拘束されている為、ブリッジをするような格好だ。
首の筋と鎖骨周り、腹筋に腿の筋肉が、肉体標本さながらに盛り上がっており、異常性を増している。
「お、おお……こ、これは……何と言うやら、凄まじいな。オカルトめいた物さえ感じる。
あの気丈な女でも、電気を流されればこう成らざるを得んという訳か」
ロニーは、筋肉を強張らせたまま痙攣と絶叫を繰り返すフィアを、呆然と眺めていた。
一旦電流が切られると、フィアの肉体が大きな墜落音を立てて台に沈む。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!!」
フィアは目を見開いたまま、小刻みに息を発していた。
その顔に余裕などと呼べるものは全くない。
良く見れば、顔といい身体といい、至る所が霧吹きで吹きかけたような汗で濡れ光っていた。
「もう一度だ」
研究員の一人が告げ、再度電流のスイッチが入れられる。
「っあ゛あ゛あぁああはああぁあ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!!!!」
再度響き渡る奇声。
艶かしい女の肉体が反り返り、身体中を緊張させながら電気の命じるままに悶え狂う。
それはある種、一人の女が電気に陵辱されている様に等しかった。
「24……27……30%エキストラクト」
研究員の一人は計器の数値を読み上げ、ある一人は微細に電流を調整し、またある一人は面白そうに実験体の顔を覗き込む。
その異様な実験は、幾度にも渡って、嬲るように長い時間続けられた。
「オール・エキストラクト。実験成功です」
計器を観測する研究員が告げると共に、電流のスイッチが切られた。
もう何度目になるのか、重々しい音で台に落下するフィア。
改めてその肉体に視線を這わせ、ロニーは生唾を飲み込んだ。
雪のようだった肌が、湯上りのような桜色に上気している。
乳首ははっきりそれと解るほどの円筒状に勃ち上がり、秘部もしとどな蜜に濡れている。
そしてその筋肉は、始めに目にした小娘の身体からバルクアップし、女らしくありながらも逞しく張っていた。
まるで人間の持つ官能と肉体美が、極限まで引き出されたかのようだ。
この身体を前にしては、ミロのヴィーナスでさえ無駄の多い俗物にしか映らない。それほどの逸品だった。
「なんだ、乳首が隆起しているな。あれで感じおったのか」
「……さて、どうでしょうかな。
要は筋肉を極限まで活性化させる訳ですから、マッサージの要領で快感を得る可能性はあります。
まぁ電流で自律神経がバカになり、闇雲に性的反応を示しているだけでしょうが」
ロニーと研究員の一人が語らいながら、フィアの顔を覗き込む。
涙や鼻水、涎、その他ありとあらゆる体液に塗れたフィアは、それでも刻一刻と元の気丈な瞳を取り戻していた。
「ご気分は如何かな?愛蜜まみれの超兵士殿」
ロニーは嘲りを含めた口調で問いかけながら、フィアの顎を摘みあげる。
しかしその瞬間、フィアの眉が吊り上がった。
そして間髪入れず、口内に溜まった唾液をロニーの顔面へと吐きかける。
「ふぬ゛っ!!」
突然の事に反応できず、左目に唾液を浴びるロニー。
彼は数秒の間呆然としていたが、すぐに血管を浮き立たせながら拳を握りこんだ。
「…………き、貴様ッ!女の分際で、男の顔に唾を吐くか!!!」
プライドのみで生きる男の放心は、すぐに激怒へと変わり、拘束されたフィアへ殴りかかる動きとなる。
「お、お止めください!!」
研究員が静止するが、怒り狂うロニーに止まる気配はない。
「何そう慌てるな、ただの性能実験よ。仮にも強化兵士を作る実験だ、この程度で悶絶していては話にもならん。
スラムに放り捨ててくれるわ!!」
怒りに震える唇を歪に曲げ、言葉を搾り出すロニー。
その拳は、充分な溜めを伴って振り下ろされた。拘束され逃げ場もない、フィアの腹部へと。
そして一瞬の後、拳と腹筋が触れ合う。
ごりっ、という音がした。
それは人間の皮膚と皮膚が触れ合ったにしては、あまりに異質な音といえた。
手の甲の半ばまでが腹部にめり込んだロニーの拳。
しかし凄絶な笑みと共にロニーがその拳を引き抜いた瞬間、その真に意味する所が明らかになる。
ロニーの拳は、指の根元からがひしゃげていた。
腹筋に拳が埋没していたのではなく、腹筋はその形を変えぬまま、拳の方が押し潰されていたのだ。
「ふぁぐあああっ!?」
事情を呑み込めぬままに拳を抱えて蹲るロニー。
その彼を、ほんの一瞬嘲笑を浮かべた後に研究員が抱え起こす。
「大丈夫ですか……ですからお止め下さいと申しましたでしょう。
実験段階とはいえ、遊びではない。貴方の仰る通り、これは強化兵士を作る実験なのです。
今この女の筋肉は、鉄にも等しい耐久性を有している。
仮に我々の誰かがショットガンを手に相手をしても、生身のこの娘に敵うか疑わしいものですよ」
研究員はどこかに誇らしげな響きを含ませながら、ロニーを諭した。
ロニーは先ほどまでの怒りが消えうせ、自らの身を以って知った女兵士を恐ろしげに見やる。
その彼を尻目に、フィアは他の研究員によって拘束を解かれていた。
「へへっ、相変わらず実験後は筋肉パンパンだな。動物の背中触ってるみてーだぜ。
流石にチチだけはやらけーままだけどな」
「さ、強化テストも無事終わったんだ、早速いつもの模擬戦といくか。
ここまでいい調子で勝ってるが、今度ばかしは厳しいかもなぁ。
何せ今日の相手は、こないだ捕まえた特殊部隊所属のスパイだからよ。
ただ誰が相手にせよ、一度でも負けたらゲリラのお仲間を殺すって条件は同じだ。
せいぜい頑張らないとなあ、オイ?」
フィアの身体中を弄くり回しながら、研究員達が囁いている。
フィアは明らかな憤りを瞳に宿しながらも、ただされるがままになっていた。
今や超人的な力を得ている彼女が、その力を以ってしても覆せない弱みを握られており、
そしてその弱みによって恒常的に戦いを課せられている事は、もはや疑う余地もなかった。
※
模擬戦の施設は、全面が強化ガラスでできた水槽のような場所だった。
扉は二箇所の通用口にしかなく、そこも試合開始と同時に閉ざされるため、逃げ場所はない。
そこへフィアが姿を現す。
肩にかかるダークブラウンの髪を靡かせ、桜色の肌を晒したままで。
見れば見るほどに、良く引き締まった素晴らしい身体つきだ。
立った状態で見れば、腹筋から太腿、ふくらはぎへ至る筋肉のラインが本当に芸術的だ。
蹴りを放てば強かろうし、抱けば鮮烈な締め付けが味わえる事だろう。
しかしながら、フィアの対面に当たるドアから姿を現した女も、いかにも並ではなかった。
全体にエジプト系の女を思わせる。
後ろで短く纏めた黒髪に、褐色の肌。目の色は碧で、何とも感情が読みづらい。
胸は男の心を躍らせるほどに豊かで、ボディラインもベリーダンスを期待してしまうほどに素晴らしい。
そしてそのどこか踊るような足捌きは、魅惑的であると共に底知れない武の経験を匂わせていた。
「……あの女も、只者では無さそうだな」
手の治療を終えたロニーが、ガラス越しに女二人を見やりながら呟く。
研究員が深く頷いた。
「彼女……カーリーは格闘のスペシャリストと言って差し支えない存在ですからね。
素の戦闘力で言えば、所詮アマチュアに過ぎないフィアでは及びもつかんでしょう。
とはいえ、あっさり試合が決まらないよう、カーリーには関節技・絞め技の全般を禁じています。
それに初陣のカーリーに対して、フィアはこれでもう十三戦目。
強化兵としての戦いには、彼女に一日の長があります。
彼女の抱えている事情を鑑みても、一戦たりとも落とす事は許されませんしね。
……もっとも、だからこそ負けた時がミジメなんですが」
研究員はそう言って低く笑う。悪魔じみている、という形容が相応しい笑みで。
一目で相手の力量を悟ったのか、険しい表情で臨戦態勢を取るフィア。
逆にオーソドックスに構え、一切の感情を見せないままのカーリー。
その二人が睨み合う中、引き締まった裸体の構えを充分にギャラリーが堪能した所で、
開始の合図であるブザーが鳴り響く。
「はッ!!」
先手必勝とばかりに飛び掛ったのはフィアだった。
目にも止まらない速さで踏み込み、相手の顔面の位置を拳で打ち抜く。
しかしカーリーはそれを瞬きもせずにかわし、逆に鋭い膝蹴りをフィアの腹部へ見舞う。
グッ、という低く硬質な音が響いた。
しかしフィアは、膝という硬い部位で腹を打たれたにも関わらず、それを全く問題としない。
「シッ!!」
懐へ入り込んだ位置をそのままに、鋭いフックを放つ。
ガラス内部の音を拾うスピーカーは、そのフックがバットのスイングと同じ音をさせている事実を示した。
人間の限界ともいえる背筋や腹筋を以って放った一撃は、それほどの威力を得るのだ。
しかしカーリーは、その豪打を全く問題としない。
巧みにフィアの攻撃をかわし、いなしながら、着実にその腹部に打撃を叩き込んでいく。
その都度、ゴグ、ゴグ、と石を打ち付けあうような音が響く。
「生身の人間の戦いとは思えん音がしているな……。
妙な迫力はあるが、しかしあれは決着がつくのかね?
まるで大岩同士をぶつけ合っているようなものだ。それはその内には壊れるかもしれんが、何時間先になる?」
ロニーが疑問を投げかけると、研究員の一人が面白そうに試合を凝視したまま答えた。
「……確かに、今の彼女達の手足は金属のように強固で、並大抵では壊せません。
たとえ、同等の硬さを持つものでもね。しかし、それは手足に限っての話。
実のところ、これが現状一番の課題なのですが……実は、腹筋の強度に関しては絶対ではないのです。
生身の人間でも、試合で疲労が溜まると腹筋がウィークポイントとなりがちですが、強化兵士もまた然り。
試合が長引いてスタミナが切れてくると、決まって腹をズドンとやられて悶絶してしまうのです」
研究員は自らの腹部を殴る真似をし、二人の女へ指を向けて続ける。
「フィアは今までの経験からそれを知っていて、当然腹筋を狙っている事でしょう。
しかし面白いのは……初陣のカーリーですが、あれもどうやらフィアの腹筋破壊を狙っているようです。
生身の人間への対処が偶然当てはまったのか、あるいは事前に試合を目にしていたのか……。
いずれにせよ、狙いが同じで戦闘力に差があるこの状況は、フィアにとって哀れという他ありませんな」
研究員の言葉通り、二人の女の狙いは共に互いの腹部のようだった。
しかしながら、攻防の技術に差がありすぎる。
フィアの鋭いストレートを紙一重でかわし、カーリーの膝蹴りが腹部へ叩き込まれる。
「っ!!」
一瞬息を詰まらせたフィアは、それでもやや距離の空いた位置から後ろ回し蹴りを狙った。
カーリーは冷静に屈んでそれを避け、ガードの空いたフィアの腹部へ腰の入った拳撃を叩き込む。
「グ、ぼッ……!」
フィアが、ここでついに左目をしかめた。
先ほどまで、どれほど硬い部位で殴られても眉一つ動かさなかったというのに。
「おやおや、フィアの方は体力が無くなってきたようですよ。所詮、ゲリラの小娘ですからね」
研究員が面白そうに言う中で、カーリーの膝がまたしてもフィアの腹部を狙っていた。
フィアはかろうじてそれを避け、膝蹴りが模擬戦場のガラスに激突する。
瞬間、厚いガラスには放射線状の亀裂が走った。それを見て、ロニーが顔色を変える。
「……馬鹿な……あ、あれは、グレネードランチャーの直撃にも耐える防弾ガラスだぞ……。
俺が予算を出したから覚えてる、間違いない!」
ロニーはこの時ようやくにして、ガラスの中で戦っている裸体の女が人間兵器である事を認めた。
砲撃にも勝るほどの一撃を数限りなく応酬して、それがあの硬く重い音だったのだ。
ではそれを、強度の落ちた腹部で受ければどうなるのか。
フィアが脇腹を押さえながら苦しげに美貌を歪める理由を、ロニーは充分に理解した。
しかし、フィアにはこの試合に勝たなければならない理由がある。
強化兵士としていくつもの模擬戦を勝ち抜いてきた、先達としての意地もある。
ゆえにフィアは逃げ続ける事をしなかった。
「せあッ!!」
決死の覚悟でカーリーに向かってハイキックを見舞おうとし……、その蹴り足を、掴まれた。
「遅い……」
カーリーはそう呟き、片腕でフィアの膝裏を抱えたまま大きく持ち上げる。
それにより、フィアは右膝を曲げた上下開脚をする格好になる。当然、恥部も丸見えだ。
「ぐっ……!!は、はなっ…………!!」
流石に羞恥が勝ったのか、もがくフィア。
しかしカーリーはそのフィアを容易く御し、片脚立ちのままでガラスへと押し付けた。
更には殴りつけようとするフィアの左手をも右手であっさりと掴み上げ、完全に抵抗を封じてしまう。
そして、空いた左手を握りこんだ。
「お゛っ!!」
フィアの口から苦悶の呻きが漏れる。
その腹部には、カーリーの拳が深々と突き刺さっていた。
ロニーの場合とは違い、今度は腹筋が引き攣れて内へ捲くり込まれている様がよく見える。
カーリーが拳を引き抜くと、硬質なフィアの腹部にはっきりと赤い陥没が出来ていた。
その同じ場所を狙い、カーリーは今一度深く拳を抉りこむ。
そして素早く引き抜き、また抉りこむ。
引き抜き、抉り込む。
女の細腕が繰り出す打撃ながら、その一発の威力は自家用車が高速で衝突するに等しい。
それを受けるフィアの肉体も鉄の塊のようなもので、彼女が背をつけるガラスには、霜が降りたような細かなひび割れが見え始めていた。
「あ゛っ!!がはっ!!ごえ、ぐふぅう゛っ!!!」
痛烈な一撃を幾度も見舞われて悶絶するフィア。腹部はあちこちが痛々しく赤らんでいる。
それでもその瞳は、まだ死んではいない。
「あああっ!!」
一瞬の隙を突き、彼女は背後のガラスを蹴りつけた。
そしてその反発力を利用し、カーリーの身体を一気に押し戻す。
カーリーは足裏でガラスを削り取りながら、場の中央でその突進を止める。
そのまま二人は、両の手を互いに握り合わせ、腰を深く落としての力比べに入った。
凄まじい力のやり取りがなされている事が、互いの腕の痙攣で見て取れる。
カーリーは静かな瞳のまま、フィアは目を剥いて歯を食いしばる決死の形相で。
体力を削る根競べ。
次第に、二人の肉体は電流責めの時と同じような汗で濡れ光り始めた。
「ぐぐ、あううううっぐっ…………!!」
ここでペースを掴もうと必死に力を込めるフィアだが、カーリーの表情は変わらない。
誰の目にも明らかに、体力の限界を迎えているのはフィア一人だけだ。
そして、彼女は競り負ける。
歯を食い縛っていた口は苦悶にゆがみ、その手の平は、カーリーの握力に負けてへし曲がるように開かされてしまう。
「うあ゛!!」
フィアの口から悲鳴が漏れた瞬間。
カーリーの蹴り上げが、まともにフィアの腹部を打ち抜く。
その瞬間、ギャラリーには彼女の肉体が数センチ浮き上がったのが見て取れた。
「……っか…………!!」
呆然と目を見開いたまま力なく着地し、内股を閉じた『女の子立ち』になるフィア。
膝からぺたりと地面にへたり込み、前に突っ伏して噎せ返る。
「う゛っ、げぼっ!!げほっ、えおオ゛っ!!げあ、あえ゛ろ゛……ア゛ッ!!!
フィアはきつく目を閉じ、口から涎と僅かな吐瀉物を吐きこぼす。
へたり込む時、垂れ下がった彼女の手足はガラスに当たって重く硬い音を鳴らした。
その手足は、今も変わらず鋼鉄兵のそれだった。
けれども腹部は、彼女の臓腑を護る装甲は、もはや鋼鉄ではない。
破城槌の数撃で打ち砕かれる、木の柵に過ぎない。
「ぐう、うっ……!!」
それでもフィアは、諦める事をしなかった。
瞳をぎらつかせながら、手足でガラスを殴りつけて無理矢理に身体を起こす。
しかし肝心の腹部に力が入らず、腰から折れるようにして再び這い蹲る格好となる。
「ははは、まるで生まれたての小鹿だぜ!」
「プリプリの尻突き出しやがって、さっさと負けてぶち込んで欲しいって意思表示かよ」
研究員達はバドワイザーを片手に頬を染め、その姿を笑いものにした。
そしてカーリーにも容赦はなく、なおも立ち上がれずにいるフィアの腹部を横から蹴り上げる。
「う゛ぶっ……!!」
目を見開いたまま胴を頂点にくの字に折れ、ガラスへと胸から叩きつけられるフィア。
その姿にまた、研究員の嘲笑が集まった。
ゲリラの一兵士と、特殊部隊の女。
それは多少のハンデを着けたところで、初めから勝負になどならない事は明らかだった。
幾度にも渡って、残る力を振り絞ったフィアの攻撃は空を切り、カーリーの痛烈なカウンターがフィアの腹部を抉った。
フィアはその都度凄絶に顔を歪め、腹部を抱えて悶絶した。
しかしその度に、震える脚を叱咤して立ち上がる。
「ぐうっ…………ま、負け、る……訳に……は…………」
目も虚ろなまま、ガラスに片手をついて堪えるフィア。
それを見つめるカーリーの瞳は、相も変わらず冷ややかだ。
彼女は硬い音を鳴らして踏み荒らされたガラスの上を歩み、フィアに近づく。
そして反射的に放たれたフィアの右腕を、無造作に打ち払った。
「あ……」
その瞬間、フィアの目が見開かれた。
右腕の肘が、何かに巻き込まれたようにあらぬ方向へ折れ曲がっている。
「はぐぅあああああっ!!!」
フィアは腕を抱えて崩れ落ちた。
カーリーがその身体を蹴りで上向かせ、上から覆い被さる。
太腿を固定するように尻を乗せ、無事な左腕を片手で押さえつけて。
「 ……お疲れさま、お役御免のロートル・ソルジャー 」
カーリーは表情ひとつ変えずに呟き、もう片手を高く振りかぶった。
「や、やめ……っ!!」
右腕の痛みに涙を零すフィアは、その動作を絶望的な瞳で捉えていた。
彼女の腹部は、散々に蹴りつけられたトタン板のような有様だ。
そこへ、力の限り振りかぶった鋼鉄兵の一撃を見舞われれば、とても耐えしのげる道理はない。
しかし、これは戦争のシミュレーションだ。
フィアはこれまで、生き残るために相手に容赦は『しなかった』し、当然『される事もない』。
一撃は無慈悲に振り下ろされた。
地上遥か高いビルの屋上から、鉄骨が滑り落ちたような絶望感を伴って。
衝突の音は、もう硬質ではなかった。
むじゅり……という、血の通う何かが決定的に損傷した音が響いた。
「あ゛あ゛ぁああぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!」
男好きのするフィアの肢体が跳ね上がり、腹部のみを釘打ちされた裏返りの傘のようになる。
太腿が暴れるが、カーリーの両脚はガラスに突き刺さったかのように微動だにしない。
そのまま、さらに豪打の雨が降る。
むちゅり、みちゅりと肉を叩き潰す音が響き、肉感的な身体を跳ねさせる。
「ああああ゛あ゛ぁ゛っ!!!はあぁあああああぁあ゛あ゛っっ!!!」
フィアは散々に叫び、暴れていた。初めは折れた右腕で弱弱しく抵抗もしていたが、
その右腕が連打に巻き込まれて三重に折れると、両の手をガラスに横たえたまま、ただ胸を上下させて嗚咽する。
健康的に腹直筋の盛り上がっていたその腹部は、拳が叩き込まれるたびにクレーターを形成していた。
拳が引き抜かれる瞬間、その溝の淵から赤い血がかすかに吹き出ているのも視認できた。
その痛みを訴えるかのように、フィアの口からかすれた叫びが上がる。
ロニーはそれらの状況を見るうちに、膝が笑い始めていた。
強化された女兵士が殴りあう、そこに興味を覚えてぶらりと見物に来ただけだったからだ。
「お、お、おい、あれは……流石に、ま、まずいだろう……大丈夫なのか、おい!
あの呼吸や苦しみようは、肋骨も内臓も、潰れてるんじゃないか。
死ぬぞ、じきに壊れるぞあの様子では。いいのか、貴重な実験サンプルだろう!?」
「……おや、自分の顔に唾を吐きかけるような実験体に同情ですか?寛大ですな」
震えながら問いかけるロニーに、研究員が冷ややかに答える。
彼はバドワイザーを呷りながら試合を眺め、時おり記録紙に何事かを書き入れていた。
「別に構わんでしょう、あの娘がどうなった所で。
たしかにゲリラの民兵にしては、ここまで十二勝と予想外の戦果を残した。
しかし、もうデータとしては充分なのでね。
あれは所詮プロトタイプ、これからはあの馬乗りになっている“後継機”の時代ですよ。
カーリーこそは本当の逸材だ……ゲリラ女なぞとはモノが違う」
フィアの絶叫が音割れさえ起こしてスピーカーから鳴り響く。
彼女はもう、深紅に染まった腹部を相手の爆撃に晒しながら、口から血と吐瀉物を溢れさせるのみだった。
その視点はすでに定まらず、まるで本当の無機物のように、虚空を眺めるばかりとなっている。
「…………そろそろダメですな、あれは。
いい加減身体にも飽きが来ましたし、手足の筋力だけを奪って、ストレス解消のサンドバックにでもしましょうか。
どうです貴方も。筋肉の硬さは様々に変更できますし、殴った娘が悲痛な叫びを漏らす様は、色々と満たされますぞ」
研究員は記録紙をファイルに綴じながら、ロニーに向けて微笑んだ。
END
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サイボーグ開発が滞り始めた頃、その実験は水面下で俄かに影響力を増していった。
電磁式超兵士……通称“エレクトリカル・ソルジャー”。
人間の体に特殊な薬品と電気ショックを施す事で、一時的にではあるがその身体能力を劇的に強化する計画だ。
この計画には未だ改善点も多く、現在はまだ初歩的段階での実験に留まっている。
その実験には、しばしば性的な趣向が加えられた。
同じ実験をするにせよ、ただ淡々と作業を進めるよりも、関係者やスポンサーの目を愉しませた方が得だからだ。
実験のサンプルは、主として捕虜になった若く美しい女兵士。
最近は専ら、内乱で暴れ回った威勢のいい女ゲリラに人気が集まっている。
何故か。簡単なことだ、単純に見目が良い。
彼女……フィア・マフェリーは、捕らえられてから僅か一昼夜で62人の兵士に犯された記録がある。
これこそ、彼女が男の目を惹くものであった証拠となるだろう。
肩を覆うまでに伸びた、上質な木を思わせるダークブラウンの髪。
直視が躊躇われるくっきりとした強い瞳、すっと通った鼻筋、ハキハキと物を喋りそうな赤い唇。
胸はさほどある訳ではないが、肩や手足の肉付きや、細く絞り込まれて健康的な腹直筋を浮かび上がらせたボディは、
戦う女の美しさというものをその気のない者にさえ目覚めさせる。
およそ戦場の最前線で出会う女に、あれ以上の物はあるまい。それが輪姦した兵士達の共通認識だ。
フィアは今日も丸裸のまま、分娩台を思わせる拷問用の椅子に拘束されていた。
その周りを、下卑た笑みを湛えた研究員達が取り囲んでいる。
彼らの視線は一片の容赦もなくフィアの裸体へと注がれていた。
フィアはその屈辱的な状況にありながら、しかし視線を傍らに投げたまま無反応を貫いている。
意地を見せているのか、あるいは連日の実験で羞恥すら麻痺してしまったのか。
「…………ほう、これが例の実験体か。
兵士共のマドンナだというから期待して来たが、なるほど征服欲をくすぐる女だ」
実験の出資者の一人、ロニー・バルフがおもむろに姿を現す。
片手に髭を撫でつけ、もう片手を腰に当てて、人を見下す態度が板についているものだ。
しかし事実それなりの権力はあるようで、研究員達は一様に彼に敬礼の姿勢を取る。
ロニーはフィアの視線へ先回りする形で拘束台を横切り、噂の女ゲリラの顔を覗き込む。
そして、それでも態度を崩さないフィアに満足げな笑みを向けた。
「ふふ、まるで氷の女だな……面白い。
早速実験を始めてくれ。早くこの女の狂乱する様が見たい」
ロニーの指示が飛ぶと、待ちかねたとばかりに研究員達がフィアの手足や腹部の各部に電極を取り付ける。
そうして物々しいコードでフィアの身体を覆い尽くすと、いよいよ機械のスイッチが入れられる。
巨大なレバーを手前に引き、さらにスイッチの要領で強く押し込む。
その瞬間。
「あ゛あ゛あああああぁぁぁああああ゛あ゛あ゛っっ!!!!」
日常生活ではおよそ耳にしないような、非日常の悲鳴が響き渡った。
先ほどまで平然としていたのが嘘のように、フィアは目を剥き、大口を開けて狂乱していた。
身体は跳ね上がっている。
手足は台に強く拘束されている為、ブリッジをするような格好だ。
首の筋と鎖骨周り、腹筋に腿の筋肉が、肉体標本さながらに盛り上がっており、異常性を増している。
「お、おお……こ、これは……何と言うやら、凄まじいな。オカルトめいた物さえ感じる。
あの気丈な女でも、電気を流されればこう成らざるを得んという訳か」
ロニーは、筋肉を強張らせたまま痙攣と絶叫を繰り返すフィアを、呆然と眺めていた。
一旦電流が切られると、フィアの肉体が大きな墜落音を立てて台に沈む。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!!」
フィアは目を見開いたまま、小刻みに息を発していた。
その顔に余裕などと呼べるものは全くない。
良く見れば、顔といい身体といい、至る所が霧吹きで吹きかけたような汗で濡れ光っていた。
「もう一度だ」
研究員の一人が告げ、再度電流のスイッチが入れられる。
「っあ゛あ゛あぁああはああぁあ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!!!!」
再度響き渡る奇声。
艶かしい女の肉体が反り返り、身体中を緊張させながら電気の命じるままに悶え狂う。
それはある種、一人の女が電気に陵辱されている様に等しかった。
「24……27……30%エキストラクト」
研究員の一人は計器の数値を読み上げ、ある一人は微細に電流を調整し、またある一人は面白そうに実験体の顔を覗き込む。
その異様な実験は、幾度にも渡って、嬲るように長い時間続けられた。
「オール・エキストラクト。実験成功です」
計器を観測する研究員が告げると共に、電流のスイッチが切られた。
もう何度目になるのか、重々しい音で台に落下するフィア。
改めてその肉体に視線を這わせ、ロニーは生唾を飲み込んだ。
雪のようだった肌が、湯上りのような桜色に上気している。
乳首ははっきりそれと解るほどの円筒状に勃ち上がり、秘部もしとどな蜜に濡れている。
そしてその筋肉は、始めに目にした小娘の身体からバルクアップし、女らしくありながらも逞しく張っていた。
まるで人間の持つ官能と肉体美が、極限まで引き出されたかのようだ。
この身体を前にしては、ミロのヴィーナスでさえ無駄の多い俗物にしか映らない。それほどの逸品だった。
「なんだ、乳首が隆起しているな。あれで感じおったのか」
「……さて、どうでしょうかな。
要は筋肉を極限まで活性化させる訳ですから、マッサージの要領で快感を得る可能性はあります。
まぁ電流で自律神経がバカになり、闇雲に性的反応を示しているだけでしょうが」
ロニーと研究員の一人が語らいながら、フィアの顔を覗き込む。
涙や鼻水、涎、その他ありとあらゆる体液に塗れたフィアは、それでも刻一刻と元の気丈な瞳を取り戻していた。
「ご気分は如何かな?愛蜜まみれの超兵士殿」
ロニーは嘲りを含めた口調で問いかけながら、フィアの顎を摘みあげる。
しかしその瞬間、フィアの眉が吊り上がった。
そして間髪入れず、口内に溜まった唾液をロニーの顔面へと吐きかける。
「ふぬ゛っ!!」
突然の事に反応できず、左目に唾液を浴びるロニー。
彼は数秒の間呆然としていたが、すぐに血管を浮き立たせながら拳を握りこんだ。
「…………き、貴様ッ!女の分際で、男の顔に唾を吐くか!!!」
プライドのみで生きる男の放心は、すぐに激怒へと変わり、拘束されたフィアへ殴りかかる動きとなる。
「お、お止めください!!」
研究員が静止するが、怒り狂うロニーに止まる気配はない。
「何そう慌てるな、ただの性能実験よ。仮にも強化兵士を作る実験だ、この程度で悶絶していては話にもならん。
スラムに放り捨ててくれるわ!!」
怒りに震える唇を歪に曲げ、言葉を搾り出すロニー。
その拳は、充分な溜めを伴って振り下ろされた。拘束され逃げ場もない、フィアの腹部へと。
そして一瞬の後、拳と腹筋が触れ合う。
ごりっ、という音がした。
それは人間の皮膚と皮膚が触れ合ったにしては、あまりに異質な音といえた。
手の甲の半ばまでが腹部にめり込んだロニーの拳。
しかし凄絶な笑みと共にロニーがその拳を引き抜いた瞬間、その真に意味する所が明らかになる。
ロニーの拳は、指の根元からがひしゃげていた。
腹筋に拳が埋没していたのではなく、腹筋はその形を変えぬまま、拳の方が押し潰されていたのだ。
「ふぁぐあああっ!?」
事情を呑み込めぬままに拳を抱えて蹲るロニー。
その彼を、ほんの一瞬嘲笑を浮かべた後に研究員が抱え起こす。
「大丈夫ですか……ですからお止め下さいと申しましたでしょう。
実験段階とはいえ、遊びではない。貴方の仰る通り、これは強化兵士を作る実験なのです。
今この女の筋肉は、鉄にも等しい耐久性を有している。
仮に我々の誰かがショットガンを手に相手をしても、生身のこの娘に敵うか疑わしいものですよ」
研究員はどこかに誇らしげな響きを含ませながら、ロニーを諭した。
ロニーは先ほどまでの怒りが消えうせ、自らの身を以って知った女兵士を恐ろしげに見やる。
その彼を尻目に、フィアは他の研究員によって拘束を解かれていた。
「へへっ、相変わらず実験後は筋肉パンパンだな。動物の背中触ってるみてーだぜ。
流石にチチだけはやらけーままだけどな」
「さ、強化テストも無事終わったんだ、早速いつもの模擬戦といくか。
ここまでいい調子で勝ってるが、今度ばかしは厳しいかもなぁ。
何せ今日の相手は、こないだ捕まえた特殊部隊所属のスパイだからよ。
ただ誰が相手にせよ、一度でも負けたらゲリラのお仲間を殺すって条件は同じだ。
せいぜい頑張らないとなあ、オイ?」
フィアの身体中を弄くり回しながら、研究員達が囁いている。
フィアは明らかな憤りを瞳に宿しながらも、ただされるがままになっていた。
今や超人的な力を得ている彼女が、その力を以ってしても覆せない弱みを握られており、
そしてその弱みによって恒常的に戦いを課せられている事は、もはや疑う余地もなかった。
※
模擬戦の施設は、全面が強化ガラスでできた水槽のような場所だった。
扉は二箇所の通用口にしかなく、そこも試合開始と同時に閉ざされるため、逃げ場所はない。
そこへフィアが姿を現す。
肩にかかるダークブラウンの髪を靡かせ、桜色の肌を晒したままで。
見れば見るほどに、良く引き締まった素晴らしい身体つきだ。
立った状態で見れば、腹筋から太腿、ふくらはぎへ至る筋肉のラインが本当に芸術的だ。
蹴りを放てば強かろうし、抱けば鮮烈な締め付けが味わえる事だろう。
しかしながら、フィアの対面に当たるドアから姿を現した女も、いかにも並ではなかった。
全体にエジプト系の女を思わせる。
後ろで短く纏めた黒髪に、褐色の肌。目の色は碧で、何とも感情が読みづらい。
胸は男の心を躍らせるほどに豊かで、ボディラインもベリーダンスを期待してしまうほどに素晴らしい。
そしてそのどこか踊るような足捌きは、魅惑的であると共に底知れない武の経験を匂わせていた。
「……あの女も、只者では無さそうだな」
手の治療を終えたロニーが、ガラス越しに女二人を見やりながら呟く。
研究員が深く頷いた。
「彼女……カーリーは格闘のスペシャリストと言って差し支えない存在ですからね。
素の戦闘力で言えば、所詮アマチュアに過ぎないフィアでは及びもつかんでしょう。
とはいえ、あっさり試合が決まらないよう、カーリーには関節技・絞め技の全般を禁じています。
それに初陣のカーリーに対して、フィアはこれでもう十三戦目。
強化兵としての戦いには、彼女に一日の長があります。
彼女の抱えている事情を鑑みても、一戦たりとも落とす事は許されませんしね。
……もっとも、だからこそ負けた時がミジメなんですが」
研究員はそう言って低く笑う。悪魔じみている、という形容が相応しい笑みで。
一目で相手の力量を悟ったのか、険しい表情で臨戦態勢を取るフィア。
逆にオーソドックスに構え、一切の感情を見せないままのカーリー。
その二人が睨み合う中、引き締まった裸体の構えを充分にギャラリーが堪能した所で、
開始の合図であるブザーが鳴り響く。
「はッ!!」
先手必勝とばかりに飛び掛ったのはフィアだった。
目にも止まらない速さで踏み込み、相手の顔面の位置を拳で打ち抜く。
しかしカーリーはそれを瞬きもせずにかわし、逆に鋭い膝蹴りをフィアの腹部へ見舞う。
グッ、という低く硬質な音が響いた。
しかしフィアは、膝という硬い部位で腹を打たれたにも関わらず、それを全く問題としない。
「シッ!!」
懐へ入り込んだ位置をそのままに、鋭いフックを放つ。
ガラス内部の音を拾うスピーカーは、そのフックがバットのスイングと同じ音をさせている事実を示した。
人間の限界ともいえる背筋や腹筋を以って放った一撃は、それほどの威力を得るのだ。
しかしカーリーは、その豪打を全く問題としない。
巧みにフィアの攻撃をかわし、いなしながら、着実にその腹部に打撃を叩き込んでいく。
その都度、ゴグ、ゴグ、と石を打ち付けあうような音が響く。
「生身の人間の戦いとは思えん音がしているな……。
妙な迫力はあるが、しかしあれは決着がつくのかね?
まるで大岩同士をぶつけ合っているようなものだ。それはその内には壊れるかもしれんが、何時間先になる?」
ロニーが疑問を投げかけると、研究員の一人が面白そうに試合を凝視したまま答えた。
「……確かに、今の彼女達の手足は金属のように強固で、並大抵では壊せません。
たとえ、同等の硬さを持つものでもね。しかし、それは手足に限っての話。
実のところ、これが現状一番の課題なのですが……実は、腹筋の強度に関しては絶対ではないのです。
生身の人間でも、試合で疲労が溜まると腹筋がウィークポイントとなりがちですが、強化兵士もまた然り。
試合が長引いてスタミナが切れてくると、決まって腹をズドンとやられて悶絶してしまうのです」
研究員は自らの腹部を殴る真似をし、二人の女へ指を向けて続ける。
「フィアは今までの経験からそれを知っていて、当然腹筋を狙っている事でしょう。
しかし面白いのは……初陣のカーリーですが、あれもどうやらフィアの腹筋破壊を狙っているようです。
生身の人間への対処が偶然当てはまったのか、あるいは事前に試合を目にしていたのか……。
いずれにせよ、狙いが同じで戦闘力に差があるこの状況は、フィアにとって哀れという他ありませんな」
研究員の言葉通り、二人の女の狙いは共に互いの腹部のようだった。
しかしながら、攻防の技術に差がありすぎる。
フィアの鋭いストレートを紙一重でかわし、カーリーの膝蹴りが腹部へ叩き込まれる。
「っ!!」
一瞬息を詰まらせたフィアは、それでもやや距離の空いた位置から後ろ回し蹴りを狙った。
カーリーは冷静に屈んでそれを避け、ガードの空いたフィアの腹部へ腰の入った拳撃を叩き込む。
「グ、ぼッ……!」
フィアが、ここでついに左目をしかめた。
先ほどまで、どれほど硬い部位で殴られても眉一つ動かさなかったというのに。
「おやおや、フィアの方は体力が無くなってきたようですよ。所詮、ゲリラの小娘ですからね」
研究員が面白そうに言う中で、カーリーの膝がまたしてもフィアの腹部を狙っていた。
フィアはかろうじてそれを避け、膝蹴りが模擬戦場のガラスに激突する。
瞬間、厚いガラスには放射線状の亀裂が走った。それを見て、ロニーが顔色を変える。
「……馬鹿な……あ、あれは、グレネードランチャーの直撃にも耐える防弾ガラスだぞ……。
俺が予算を出したから覚えてる、間違いない!」
ロニーはこの時ようやくにして、ガラスの中で戦っている裸体の女が人間兵器である事を認めた。
砲撃にも勝るほどの一撃を数限りなく応酬して、それがあの硬く重い音だったのだ。
ではそれを、強度の落ちた腹部で受ければどうなるのか。
フィアが脇腹を押さえながら苦しげに美貌を歪める理由を、ロニーは充分に理解した。
しかし、フィアにはこの試合に勝たなければならない理由がある。
強化兵士としていくつもの模擬戦を勝ち抜いてきた、先達としての意地もある。
ゆえにフィアは逃げ続ける事をしなかった。
「せあッ!!」
決死の覚悟でカーリーに向かってハイキックを見舞おうとし……、その蹴り足を、掴まれた。
「遅い……」
カーリーはそう呟き、片腕でフィアの膝裏を抱えたまま大きく持ち上げる。
それにより、フィアは右膝を曲げた上下開脚をする格好になる。当然、恥部も丸見えだ。
「ぐっ……!!は、はなっ…………!!」
流石に羞恥が勝ったのか、もがくフィア。
しかしカーリーはそのフィアを容易く御し、片脚立ちのままでガラスへと押し付けた。
更には殴りつけようとするフィアの左手をも右手であっさりと掴み上げ、完全に抵抗を封じてしまう。
そして、空いた左手を握りこんだ。
「お゛っ!!」
フィアの口から苦悶の呻きが漏れる。
その腹部には、カーリーの拳が深々と突き刺さっていた。
ロニーの場合とは違い、今度は腹筋が引き攣れて内へ捲くり込まれている様がよく見える。
カーリーが拳を引き抜くと、硬質なフィアの腹部にはっきりと赤い陥没が出来ていた。
その同じ場所を狙い、カーリーは今一度深く拳を抉りこむ。
そして素早く引き抜き、また抉りこむ。
引き抜き、抉り込む。
女の細腕が繰り出す打撃ながら、その一発の威力は自家用車が高速で衝突するに等しい。
それを受けるフィアの肉体も鉄の塊のようなもので、彼女が背をつけるガラスには、霜が降りたような細かなひび割れが見え始めていた。
「あ゛っ!!がはっ!!ごえ、ぐふぅう゛っ!!!」
痛烈な一撃を幾度も見舞われて悶絶するフィア。腹部はあちこちが痛々しく赤らんでいる。
それでもその瞳は、まだ死んではいない。
「あああっ!!」
一瞬の隙を突き、彼女は背後のガラスを蹴りつけた。
そしてその反発力を利用し、カーリーの身体を一気に押し戻す。
カーリーは足裏でガラスを削り取りながら、場の中央でその突進を止める。
そのまま二人は、両の手を互いに握り合わせ、腰を深く落としての力比べに入った。
凄まじい力のやり取りがなされている事が、互いの腕の痙攣で見て取れる。
カーリーは静かな瞳のまま、フィアは目を剥いて歯を食いしばる決死の形相で。
体力を削る根競べ。
次第に、二人の肉体は電流責めの時と同じような汗で濡れ光り始めた。
「ぐぐ、あううううっぐっ…………!!」
ここでペースを掴もうと必死に力を込めるフィアだが、カーリーの表情は変わらない。
誰の目にも明らかに、体力の限界を迎えているのはフィア一人だけだ。
そして、彼女は競り負ける。
歯を食い縛っていた口は苦悶にゆがみ、その手の平は、カーリーの握力に負けてへし曲がるように開かされてしまう。
「うあ゛!!」
フィアの口から悲鳴が漏れた瞬間。
カーリーの蹴り上げが、まともにフィアの腹部を打ち抜く。
その瞬間、ギャラリーには彼女の肉体が数センチ浮き上がったのが見て取れた。
「……っか…………!!」
呆然と目を見開いたまま力なく着地し、内股を閉じた『女の子立ち』になるフィア。
膝からぺたりと地面にへたり込み、前に突っ伏して噎せ返る。
「う゛っ、げぼっ!!げほっ、えおオ゛っ!!げあ、あえ゛ろ゛……ア゛ッ!!!
フィアはきつく目を閉じ、口から涎と僅かな吐瀉物を吐きこぼす。
へたり込む時、垂れ下がった彼女の手足はガラスに当たって重く硬い音を鳴らした。
その手足は、今も変わらず鋼鉄兵のそれだった。
けれども腹部は、彼女の臓腑を護る装甲は、もはや鋼鉄ではない。
破城槌の数撃で打ち砕かれる、木の柵に過ぎない。
「ぐう、うっ……!!」
それでもフィアは、諦める事をしなかった。
瞳をぎらつかせながら、手足でガラスを殴りつけて無理矢理に身体を起こす。
しかし肝心の腹部に力が入らず、腰から折れるようにして再び這い蹲る格好となる。
「ははは、まるで生まれたての小鹿だぜ!」
「プリプリの尻突き出しやがって、さっさと負けてぶち込んで欲しいって意思表示かよ」
研究員達はバドワイザーを片手に頬を染め、その姿を笑いものにした。
そしてカーリーにも容赦はなく、なおも立ち上がれずにいるフィアの腹部を横から蹴り上げる。
「う゛ぶっ……!!」
目を見開いたまま胴を頂点にくの字に折れ、ガラスへと胸から叩きつけられるフィア。
その姿にまた、研究員の嘲笑が集まった。
ゲリラの一兵士と、特殊部隊の女。
それは多少のハンデを着けたところで、初めから勝負になどならない事は明らかだった。
幾度にも渡って、残る力を振り絞ったフィアの攻撃は空を切り、カーリーの痛烈なカウンターがフィアの腹部を抉った。
フィアはその都度凄絶に顔を歪め、腹部を抱えて悶絶した。
しかしその度に、震える脚を叱咤して立ち上がる。
「ぐうっ…………ま、負け、る……訳に……は…………」
目も虚ろなまま、ガラスに片手をついて堪えるフィア。
それを見つめるカーリーの瞳は、相も変わらず冷ややかだ。
彼女は硬い音を鳴らして踏み荒らされたガラスの上を歩み、フィアに近づく。
そして反射的に放たれたフィアの右腕を、無造作に打ち払った。
「あ……」
その瞬間、フィアの目が見開かれた。
右腕の肘が、何かに巻き込まれたようにあらぬ方向へ折れ曲がっている。
「はぐぅあああああっ!!!」
フィアは腕を抱えて崩れ落ちた。
カーリーがその身体を蹴りで上向かせ、上から覆い被さる。
太腿を固定するように尻を乗せ、無事な左腕を片手で押さえつけて。
「 ……お疲れさま、お役御免のロートル・ソルジャー 」
カーリーは表情ひとつ変えずに呟き、もう片手を高く振りかぶった。
「や、やめ……っ!!」
右腕の痛みに涙を零すフィアは、その動作を絶望的な瞳で捉えていた。
彼女の腹部は、散々に蹴りつけられたトタン板のような有様だ。
そこへ、力の限り振りかぶった鋼鉄兵の一撃を見舞われれば、とても耐えしのげる道理はない。
しかし、これは戦争のシミュレーションだ。
フィアはこれまで、生き残るために相手に容赦は『しなかった』し、当然『される事もない』。
一撃は無慈悲に振り下ろされた。
地上遥か高いビルの屋上から、鉄骨が滑り落ちたような絶望感を伴って。
衝突の音は、もう硬質ではなかった。
むじゅり……という、血の通う何かが決定的に損傷した音が響いた。
「あ゛あ゛ぁああぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!」
男好きのするフィアの肢体が跳ね上がり、腹部のみを釘打ちされた裏返りの傘のようになる。
太腿が暴れるが、カーリーの両脚はガラスに突き刺さったかのように微動だにしない。
そのまま、さらに豪打の雨が降る。
むちゅり、みちゅりと肉を叩き潰す音が響き、肉感的な身体を跳ねさせる。
「ああああ゛あ゛ぁ゛っ!!!はあぁあああああぁあ゛あ゛っっ!!!」
フィアは散々に叫び、暴れていた。初めは折れた右腕で弱弱しく抵抗もしていたが、
その右腕が連打に巻き込まれて三重に折れると、両の手をガラスに横たえたまま、ただ胸を上下させて嗚咽する。
健康的に腹直筋の盛り上がっていたその腹部は、拳が叩き込まれるたびにクレーターを形成していた。
拳が引き抜かれる瞬間、その溝の淵から赤い血がかすかに吹き出ているのも視認できた。
その痛みを訴えるかのように、フィアの口からかすれた叫びが上がる。
ロニーはそれらの状況を見るうちに、膝が笑い始めていた。
強化された女兵士が殴りあう、そこに興味を覚えてぶらりと見物に来ただけだったからだ。
「お、お、おい、あれは……流石に、ま、まずいだろう……大丈夫なのか、おい!
あの呼吸や苦しみようは、肋骨も内臓も、潰れてるんじゃないか。
死ぬぞ、じきに壊れるぞあの様子では。いいのか、貴重な実験サンプルだろう!?」
「……おや、自分の顔に唾を吐きかけるような実験体に同情ですか?寛大ですな」
震えながら問いかけるロニーに、研究員が冷ややかに答える。
彼はバドワイザーを呷りながら試合を眺め、時おり記録紙に何事かを書き入れていた。
「別に構わんでしょう、あの娘がどうなった所で。
たしかにゲリラの民兵にしては、ここまで十二勝と予想外の戦果を残した。
しかし、もうデータとしては充分なのでね。
あれは所詮プロトタイプ、これからはあの馬乗りになっている“後継機”の時代ですよ。
カーリーこそは本当の逸材だ……ゲリラ女なぞとはモノが違う」
フィアの絶叫が音割れさえ起こしてスピーカーから鳴り響く。
彼女はもう、深紅に染まった腹部を相手の爆撃に晒しながら、口から血と吐瀉物を溢れさせるのみだった。
その視点はすでに定まらず、まるで本当の無機物のように、虚空を眺めるばかりとなっている。
「…………そろそろダメですな、あれは。
いい加減身体にも飽きが来ましたし、手足の筋力だけを奪って、ストレス解消のサンドバックにでもしましょうか。
どうです貴方も。筋肉の硬さは様々に変更できますし、殴った娘が悲痛な叫びを漏らす様は、色々と満たされますぞ」
研究員は記録紙をファイルに綴じながら、ロニーに向けて微笑んだ。
END
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