※スカトロや痛い拷問、蚊責めなど注意。
「まさか、屋敷内はおろか寝間の真上にまで入り込まれるとは……屈辱ですよ」
男は静かに告げた。
藍色の小袖の上に黒八丈を羽織り、本多髷を結った、さぞや金回りも良かろうという風貌だ。
顔に湛えた柔和な笑みなどは七福神の大黒天を思わせる。
しかしこの男の本性は、柔和などとは程遠い。
紀嶋屋相之丞。
奥末藩藩主の御用商人でありながら、敵方である士沼諸藩との密通が疑われている男。
否、正確には“疑われていた”男か。
(不義者め…………)
くノ一・翠(すい)は、相之丞の侍衛達に取り押さえられたまま鋭い眼光を放っていた。
美しい女だ。
忍らしくキリリと鋭い面立ちに、後ろで一つに結われた艶やかな黒髪。
肌色は白く、身体はよく引き締まって健康的な美に溢れている。
胸と尻の膨らみは十分に女らしく、すらりと細長い脚線は異人の血でも入っているかのよう。
奥末藩の密命を受けたこの翠にとって、相之丞は怨敵だった。
屋敷に忍び込んだ彼女が天井裏から見たものは、士沼の姫と同衾する相之丞の姿。
密通はもはや確定となった所で報告に戻ろうとした矢先、翠は屋敷に仕掛けられた罠に捕らわれてしまう。
主に砦や城内戦を想定した城に用いられる、屋敷内ではまずあり得ない類の罠だ。
相之丞にはよほど痛い腹があるらしい。
事実、相之丞の黒い噂には枚挙に暇がなく、様々な商人が株を奪われて自殺に追い込まれたともいう。
「さて。この女には、何処の手の者かを白状して貰わねばなりません。
そのための拷問は、私自らが行います。さもなくば腹の虫が収まりそうにないのでね」
相之丞が人懐こい糸目を細く開き、狡い瞳を覗かせながら告げる。
翠はその視線を受け止め、射殺すような眼光で睨み返す。
美しきくノ一は心に決めていた。
必ず機を見て脱出する。そして奥末藩の力を以って、この卑劣な古狸に天誅をくれてやる、と。
※
尋問部屋に笞打ちの音が響き渡る。
相之丞の持つ箒尻が唸り、今一度翠の背を打った。
両手首と腰の縄で万歳をするように縛られた翠には、それを防ぐ術などない。
「ッ……」
翠は奥歯を噛みしめて痛みに耐える。
忍装束は背の部分が大きく裂け、柔肌からも血が噴き出しているに違いない。
背の全体が焼け爛れたように痛む。しかし痛みそのものであれば、指先の方が上だ。
翠の視界に映る左右の十本指には、一つ一つに棒状のものが突き刺さっている。
およそ裁縫には使えぬような極太の針だ。
笞打ちで翠が気を失うたび、指の肉と爪の間にその極太針を突き刺して気付けが行われた。
最初に針を打たれた右手中指の血はすでに固まっているが、最後の左手小指からはなおも血が滴っている。
膝下の痛みも相当だ。
翠はこの笞打ちの前に石抱き責めを受け、伊豆石を三枚積まれて問責されていた。
足の骨が残らず砕けたように思え、今でも縄の支えがなければ、立つことすらままならない。
背、指先、脛。その全てがボロ屑のように成り果てた現状。
それでも、翠には余裕があった。
彼女はくノ一として拷問の訓練を積んでおり、痛みには慣れている。
さらに、痛みによる疲弊と、自白して楽になろうとする心を、頭の中で分かつ心得も身につけている。
痛みによって自白する事はまずあり得ない。
「中々に強情ですな。こうまでされて、ろくに声も上げんとは」
彫りの深い顔立ちをした男が、腕組みをしたまま言った。多少名の通った火付盗賊改だ。
拷問に不慣れな相之丞が相手を責め殺さぬよう、頃合いを測っているらしい。
彼のような番方すら懐柔している所が、豪商たる相之丞の恐ろしい所だ。
「なに、声を上げさせるぐらいは簡単ですよ。……寄越しなさい」
相之丞は少々の苛立ちを見せながら汗を拭い、近くの下男に声を掛ける。
下男はその言葉に応じて手にしたものを慎重に主へ渡した。
今まさに炭火から抜かれたばかりの火熨斗。
相之丞は片手で翠の足首を掴み上げ、その火熨斗をゆっくりと近づけていく。
「!」
足裏に迫る熱気に気付き、翠が足元を見やった。
真っ赤に熱された平らな鉄が視界に入り、ぞくりと悪寒を走らせる。
永遠にも思える数秒。
その後に、ジウと何かの焦げる音がし、悪臭が立ち込め、そして……熱さが翠を襲った。
「ふッ、ぬ゛ぅうううう゛う゛ッッ!!!!!」
如何なくノ一とて、これには声を堪える事が出来ない。
翠は反射的に涙を零し、下唇をきつくきつく噛みしめて苦痛に耐え忍ぶ。
すでに幾度も噛みしめていた下唇からはついに血が滴り、顎の下を流れ落ちていく。
相之丞は苦しむ翠を冷酷に観察しながら火熨斗を離した。
そして下男の差し出した壷に手を差し入れ、たっぷりの塩を掴み出すと、それを紅く焼けた翠の足裏に塗りこめる。
「いッ、っぎぁああぁあああッッッ!!!」
翠はたまらず叫んだ。
一気に背筋を寒気が駆け上り、脳に達して警鐘を打ち鳴らし始める。
身体が震え始め、内股をなま暖かい奔流が流れていく。
「ふん、失禁ですか。品のない」
相之丞は汚らしそうに告げながら足の裏から手を離した。
そして汗と涙に塗れた翠の顔を掴み、目元に血に塗れた塩を塗りつける。
「どうです、話す気になりましたか」
翠は数度瞬きして視界の涙を払いながら、きっ、と相之丞を睨みつけた。
「自分の胸にでも聞いてみろ、外道が」
乾いた喉を絞るようにして恨み節を吐き出す。
相之丞は細く開いた眼の中に苛立ちを浮かべながら、深く嘆息した。
「…………なるほど、残念です。では望みどおり拷問を続けましょう。
あなたには素直になるまで、水責め、痒み責め、色責めと、あらゆる苦難を味わって頂きます。
けして死なず、さりとて生を感じられないほどの過酷さでね」
冷たい表情のまま、淡々と紡がれる宣言。
そこには自らの地位を脅かす者に対する、病的なほどの敵愾心が見て取れた。
※
「まだ、白状する気はありませんか」
相之丞が大黒のような笑みを浮かべて尋ねた。
その視線の先で、翠は後ろ手に縛られている。
両手首を一つに縛った縄尻は太い木の枝に結わえつけられ、逃走を封じていた。
かろうじて膝立ちにはなれる高さであり、肩が抜けることはない。
格好は丸裸だ。
男好きのする身体を男達に晒すがままになっている。
場所は深い藪の中であり、周囲には不快な羽音が絶え間なく飛び交っていた。
何をされるのかは想像に難くない。
それでも、翠の瞳には微塵の恐怖もなかった。
「可愛気のない瞳だ。……やりなさい」
相之丞は大黒の笑みから下卑た瞳を覗かせ、下男に命じる。
すると、下男達が手に持った桶の中身をそれぞれ翠に浴びせかける。
酒だ。
「さて、では私達は一旦退散することにしましょう。蚊に噛まれでもしたら大変だ。
この辺りの蚊は特別に痒みが強くてね、普通の倍は腫れる。
たった一箇所脛を刺されただけでも、寝付けず夜中まで掻き毟ってしまう塩梅ですから」
相之丞は翠に聴こえるように告げると、踵を返して藪の中から去っていく。
藪には、酒の匂いを漂わせた翠だけが取り残された。
耳障りな羽音が翠を取り囲む。
「っ!」
顔に取り付こうとした数匹を、翠は頭を振って追い払った。
しかし同時に内腿へと別の蚊に付かれる。続いて首筋、肩口へと。
それらの蚊が離れてしばらくすると、猛烈な痒みが沸き起こった。
「ううっ!!」
相之丞の言葉は大袈裟ではない。普通の蚊よりも痒みが強く、寝付けないほどだ。
指で掻き毟りたくて仕方ないが、両手を木に括りつけられた翠はただ身を捩らせるしかない。
蚊の群れはそんな翠の周りを飛び交い、無慈悲に白い肌へと取り付いていく。
「……く、くっ……っ、あああぁあああ゛っ!!!くあ、あぐうっ!うああぁぁッアアああ゛ッッ!!!!」
やがて翠は忍耐の限界を迎え、叫び声を上げた。
近くで相之丞達が聞き耳を立てているであろう事は知っていたが、理性で抑えられる痒みではない。
汗が噴きだし、涙が滲む。
「か、痒いっ!!あア゛、痒い、痒いぃっ!!止めろッ、来るな、来るなぁッッ!あぐ、ああ゛あ゛っッ!!!」
必死に身を捩っての抵抗を試みる。後ろ手の縄が手首に食い込み、ついに血を滴らせ始めた。
縄尻が結わえられた太い枝は、軋みこそすれど折れる気配はない。
「ふ、っくぐうううぅうっ!!!!」
歯を食い縛る翠。
全身を痒みが覆い、寒気と刺すような痛みを覚えるまでになっている。
薄目を開けると、涙で滲んだ視界にはつねに蚊の姿がある。
蚊が自らの肌に取り付き、止まり、離れていく。その箇所に痛烈な痒みが生まれる。
すでに全身至る所に赤い跡があり、中には刺された部分をさらに刺されて赤黒く変色している部分さえあった。
「はーーっ、はっ、はっ、はぁっ……」
息が切れる。一日で十里を走るほどの翠の息が。
全身から汗が滴り、口元からは止め処ない涎が溢れている。
放置されてからどれだけの時間が経ったのだろう。そしてこれから、どれだけ続くのだろう。
一睡もできず、神経を磨り減らすこの地獄が。
「…………おやおや、酷い有様だ」
翌朝、相之丞が翠を一目見て告げた。
翠はそれを遠くに聞きながら、朦朧とした意識の中を漂う。
ようやく虫でないものに会えた、その安堵を噛みしめながら。
※
捕らわれて以来、翠に休息らしい休息はなかった。
著しく心身を消耗させる拷問の合間にも、絶えず何らかの緩やかな責めが加えられた。
今、翠は後ろ手胡坐縛りに縛られたまま、乳房を二つの木の板で挟み潰されている。
板の両端は麻縄で幾重にも縛りあわされるため、ちょうど女の豊かな乳房を搾り出すような形だ。
その上で乳房の敏感な部分へと針を刺されている。
針先はごく細い。
太い針よりも刺突自体の刺激は小さいが、それを延々と突き刺されると、それはそれで神経を侵される。
さらに相之丞は、針を刺す前に必ず唐辛子入りの壷に針の先を漬けていた。
それにより、針を刺されると同時に焼けるような痛みが翠を襲う。
「…………っ、…………っっ…………!!」
翠の鼻から吐息が漏れた。
乳房を鷲掴みにされたまま、柔な乳首や粟立つ乳輪へと針を打ち込まれる。
責め手は相之丞本人だ。翠は責めを受けながらも、相之丞の顔を真正面から睨みすえている。
一方の相之丞は、その視線を受けながらも涼しい顔だ。
「胸の先が尖ってきましたよ。あなたは、こんなもので気持ちが良くなるのですか」
相之丞が翠の乳首を摘みながら言う。
翠がちらりと視線を落とすと、確かに胸の尖りははじめよりも円錐型にしこり勃っている。
度重なる刺激を脳が快感と誤認識したのか。あるいは本当に心地良いのか。
いずれにせよ、怨敵に性的な反応を見られることは女忍の恥だ。
「くっ……!」
翠の視線が一層鋭さを増す。
相之丞はその顔を嘲笑うように眺めながら、針を置いてキセルに持ち替えた。
高価な品として知られる銀延べキセルだ。
相之丞はゆっくりと煙を吸い込むと、さも美味そうに煙を吐き出した。
煙は正面に座る翠の顔へと浴びせかかり、その美貌を歪ませる。
噎せる翠を眺めながら、相之丞はさらに一服した後、おもむろにキセルを翠の太腿へと近づける。
そして先を反転させ、剥きだしの白い腿の上で燃えさしを棄てた。
「ぬ゛っ!!!」
乳首と顔ばかりに意識が向いていたところへ、突然の腿の熱さ。
これには翠とて反応が遅れ、生々しい反応で胡坐縛りの太腿を震わせた。
「灰落としが動くな」
相之丞は本性を露わにしたような低い声で、翠に語りかけた。そしてまた唐辛子の壷と針を手に取る。
相之丞の憂さ晴らしとも言えるこの責めは、そこからまた何刻かに渡って続けられた。
※
「さぁ、もう一度です」
相之丞が命じる。
折檻役が翠の黒髪を掴み、水の湛えられた盥へと頭を沈める。
もう幾度目になるだろうか。
「ぶはっ!!げほっ、げほえほっ!!……っはぁ、はあ……はぁっ…………!!」
水から引き上げられた翠は、酷く苦しみながら咳き込み、酸素を求めた。
どれほど訓練を積んだとて、人が水中で息ができるようはならない。
長時間水に漬けられれば、忍といえど苦悶に満ちた生々しい表情を晒すしかない。
「……どうだ、水責めの味は」
相之丞は責められる翠の前へと回り込み、疲弊した翠の顎を持ち上げた。
濡れた前髪が額に貼りつき、何とも艶めかしいものだ。
しかしそこはくノ一。相手が相之丞だと知れるや否や、口を窄めて唾を吐きかける。
唾は相之丞の目の下を打つ。
相之丞は一瞬怯んだものの、すぐに薄笑いを浮かべながら目の下を拭った。
「威勢のいいことです。ですが、それもいつまで持つものか。
こんなものは、水責めの中でのほんの小手調べ。ここからが地獄ですよ」
相も変わらず穏やかな口調で、冷酷な言葉を発する。
翠は屈強な男達に引き立てられながら、そんな相之丞を睨み続けていた。
次の水責めは水車を利用して行われた。
水車は相之丞の屋敷がある村の中ほどに備わっている。
村の人間達が何事かと集まる中で、丸裸の翠は逆さ吊りのようにして両手足の首を水車へと括りつけられていく。
この村人達は、相之丞を国主の如く慕ってはいるが、彼の不義に関わっている訳ではない。
奥末藩に縁のある善良な民であり、翠が憎しみを向けるべき相手ではない。
実際のところ翠にしてみれば、こうした無関係な村人の前で恥を晒す事がもっとも辛い。
相之丞へ対するように鋼の心で抗うことができない。
丸裸で水車に括り付けられながら、翠は恥じらいに胸を締め付けられていた。
やがて水車は、軋みを上げながら回り始める。
相之丞子飼いの男達が水車を引き、人力で回しているのだ。
村の人間に乳房と茂みを晒す格好から、翠は次第に円に沿って上へと運ばれていく。
水車の頂点を越えたあたりで、村の男達から歓声が上がった。
大股開きになった秘所が、彼らからは丸見えになっているのだろう。
足を閉じる事も叶わない翠は、恥辱にただ耐えるしかない。
そして、恥らってばかりもいられなかった。
目の前にはすでに、こんこんと水の流れる用水路がある。今からそこへ潜ることになるのだ。
足の先から順に冷たさが這い登り、ついに乳房までが水に隠れる。
「はぁっ」
翠は大きく胸を膨らませ、息を吸った。その数瞬後、ざぶりと顔までが水の中に浸かる。
ごぼごぼと鳴る水音。水車の軋みが煩いほど大きく響く。
視界に映るのは暗い水底と、揺れる濃緑色の藻、そして木製の水車の車輪。
息苦しさがわずかに肺へ溜まる。
水車の回転はわざと遅くされているようだ。より長く苦しめようというのだろう。
くノ一として潜水にはある程度自信があるが、これが幾度も繰り返されては流石に厳しい。
次第に視界が明るくなり、揺れる水面の向こうに村人達の姿が見えはじめる。
男達は水から出た翠の身体を指差して盛り上がっているようだ。
そして、ついに顔が水面から出る。
「ぶはっ!!」
翠は当然のこととして酸素を求めた。その翠の顔を、また男達が好色そうに眺める。
その視線に耐えながら、翠は再び水車の回転にそって引き上げられていく。
それが幾度か繰り返された時だ。
暗い水底を抜け、ようやくまた酸素が吸えると翠が肺を緩めた時。突然相之丞の声がした。
同時に水車の回りが止まり、翠は首から上が水中に没したままで留められる。
(しまった…………!!)
そう考えた時にはもう遅く、酸素を吸う準備をしていた灰から空気が漏れ出す。
貴重な酸素が泡となって浮かび上がり、代わりに水が翠の喉へと入り込んだ。
その苦しさに、またガボガボと泡を吐いてしまう。そうして完全に酸素を失ってからが、苦しみの始まりだった。
水車に括りつけられた身体が暴れる。苦しみと恐怖で表情が引き攣る。
村人達は、そうした翠を嘲笑った。
中には気の毒そうにしている子供もいたが、彼らにとって翠は、いや相之丞に楯突く者は敵なのだ。
十分に翠が苦しんだところで、ようやく水車が再び回り始める。
溺れた人間特有の無残な顔をした翠が表れ、周囲の笑いを誘う。
こうした責めが、さらに幾度も続けられた。その度に翠は苦しみもがき、ついには失禁さえも晒して笑い者にされ続けた。
水責めはまだ終わらない。
二度の水責めで水への苦手意識を植えつけたところに、とどめの三度目が行われる。
それに気付いた瞬間、翠は内心で震えた。本当に容赦がない。
尿道と肛門にきつく栓が嵌め込まれ、水の逃げ場を失くす。
その上で、檜造りのの巨大な手桶と、なみなみと水で満たされた二抱えほどの酒樽が翠の前に置かれた。
手桶で勢いよく水が汲み出され、口に流し込まれる様が容易に思い描ける。
「……水責めというものはね、本当によくできた拷問なんですよ。
気が狂うほどの苦痛だそうですが、実際に狂ったという話は聞かない。外傷は残らないし、後遺症もさほどない。
ただ、確実に大人しくなる。どんな人間でも反抗する気概を失い、水を見せるだけで怯えて言う事を聞くようになる」
折檻役が翠の鼻を摘み、口広の漏斗を深く咥えさせるのを見ながら、相之丞は告げた。
翠は瞳を惑わせつつ、必死に彼を睨み上げた。
遥か上下に落差がついた、二つの視線がぶつかり合う。
折檻役が翠の鼻を摘んだまま、手桶の水を漏斗の中に流し込む。
一人が流し込めば、すぐに逆から別の一人が、その次にまた別の一人が。
その交替制により、翠の口には絶え間なく水が流れ込む。
鼻を摘まれて呼吸を封じられたた翠は、その水を飲むしかない。
白い喉が幾度も上下する。
「む、んん、んっ…………んんもぉエ゛ッ!!!!」
えずくような音がし、翠の腹部がにわかに蠢きはじめた。
同時に首を振り始め、なんとか水を呑む苦しさから逃れようとする。
しかしそれで許すような折檻役ではない。
むしろより強固に翠の頭と身体を押さえ込み、手桶で水を呑ませてゆく。
「え゛っ、あごぐっ……!!ゴバッ、ぃあんんんォっ…………!!!」
整った顔が口周りを中心に歪にゆがむ。
全身が細かに痙攣をはじめ、そしてついに、翠の眼球はぐるりと天を剥いた。
そこへ来て、ようやく折檻役達は一旦漏斗を抜き出す。
「ッげほっ、げほえっ!!えごほっ、ごぼっ、え゛げろ゛っっ!!!」
嘔吐を思わせる音で水が吐き出された。
盥の時よりも、水車の時よりも格段に苦しげな音だ。
「どうです、自分の素性でも思い出しましたか」
相之丞は手に扇子を遊ばせながら、憎らしいほどの余裕をもって問うた。
「…………地獄、に、堕ちろ」
翠は息も絶え絶えに答える。相之丞が手を振り上げた。
再び折檻役が翠の鼻を摘み、漏斗を咥えさせる。
翠の瞳に一瞬、明らかな恐怖の色が浮かぶ。
そしてまた水が注がれ始めた。
「ああああ゛っ!!!おえぇげぼっ、も゛ぅンぐっ!ぶっ、ッげぐぼァ゛ああ゛っ!!!」
艶かしい身体が暴れ回り、黒髪を鷲掴みにされたまま首を振りたくる。
呑ませては吐かせ、また呑ませては吐かせ。
すべてを吐ける訳でもない為、その繰り返しで翠の細い腹部はゆっくりと膨れてゆく。
肌の色が土気色に変わり、唇は紫色になり。
やがて本当の本当に限界と見られた所で、漏斗が引き抜かれた。
「いい加減に答えろ。貴様、どこの手の者だ!」
折檻役が、水風船のように膨れた腹部を強く鷲掴みにする。翠は激痛に顔を顰める。
「ごおお゛ぇっ、ぶぐふっ!!!」
翠の口から勢いよく水を吐き出された。
そしてようやく酸素を得られたとばかりに激しく喘いだあと、再び水を吐く。それを繰り返す。
最後の水には鮮血すら混じっていたが、完全に白目を剥き痙攣を繰り返すくノ一が、素性を明かす事はついになかった。
「痛みでは駄目、苦しみでも堕ちず…………ですか」
陥落する事のない忍を前に、相之丞は苛立ちを露わにする。
しかしその一方では、冷静に次の一手を案じている風でもあった。
※
翠は布団の上に寝かされ、大の字に手足を拘束されたまま色責めに掛けられていた。
翠の上に覆いかぶさっているのは、村の娘だ。
天上人たる相之丞から屋敷に招かれたのみならず、くノ一への責めすらも任された。
その大任に胸躍らせ、嬉々として責め立てている。
「………………」
娘から執拗に唇を貪られながらも、翠は毅然とした態度で天井を睨み上げていた。
口づけはなされるがまま。
しかし、内心では興奮が刻一刻と高まり続けている。
同性に口内を貪られる事もひとつ。
そして娘の片手は、傍らの壷から゛秘薬”を掬い取りながら、翠の淡いへと沈み込んでいく。
同じ女ゆえに、その責めは洗練されていた。昂ぶるように、膣の中の弱い部分を的確に責め立てた。
それを一方的に受け続ければ、いかなくノ一とてまったく感じないという訳にはいかない。
「ねぇくノ一、気持ちいいんでしょう。女陰の奥がどろどろになってきているわ。
わたしの指をしっとりと咥え込んで、流石、いやらしいのねぇ」
村娘が指を蠢かしながら囁く。
彼女に指摘されるまでもなく、座敷にはもうかなり前から濡れた音が繰り返されている。
出所は翠自身の秘所だ。
翠が問いに答えないのを見て、娘が再び唇を奪う。
年を疑うほど妖艶な舌遣いで歯茎を舐め、上顎をなぞり、舌を絡ませて。
ぞくぞくとする無防備な昂ぶりが、翠の脳裏をくすぐった。
「…………お願いだ……こんな事、もうやめてくれ…………」
口が離された瞬間、翠は娘にだけ聴こえるように小声で囁きかけた。
部屋の隅で盃片手に見ている相之丞には気付かれないように。
しかし、娘は面白そうに目を見開いた。
「はっ、ねぇ相之丞さま!この女、今弱音を吐きましたよー!もうやめてくれ、ですって!あははっ」
鬼の首を取ったかのように、相之丞を振り仰いで叫ぶ。
それを聞き、翠はやはりこの村娘も敵方の人間なのだと心寂しくなる。
奥末の忍である自分が、同じ奥末の民に虐げられるとは。
「そうか、そうか。ならば続けよ、折れさせれば好きに褒美を出すぞ」
相之丞は機嫌よく娘に答える。
その言葉を聞き、娘はいよいよ目を輝かせて翠に覆い被さった。
「あははっ、お乳でてきた」
娘が翠の胸の尖りを摘んで叫ぶ。
針で散々に乳腺を刺激された胸の先は、再度の興奮によって確かに白い雫を零している。
とろりと、何とも心地よさげに。それは翠自身の心のようだった。
娘によって、翠はなお散々に嬲られていた。
豊かな胸を揉まれ、秘裂に秘薬を塗り込められ、さらにはその上の赤い蕾にすら秘薬をつけた筆でなぞられて。
「はぁ、はっ……はぁっ……はぁっ……あっ、はーっ…………」
全身に汗を掻きながら、翠は激しく胸を上下させていた。
性感の極みまで押し上げられ、しかしそのまま寸止めという生殺しの状態を続けられているのだ。
寸止めは相之丞の命令だった。
昂ぶりきっている。
毅然とした態度で天井を見つめていた翠の瞳は、いまや色に蕩けて濡れたようになっていた。
秘裂からは蜜が止め処なく流れ、娘の指に絡みながら敷布団に滴っていく。
「…………よし、そろそろ良いでしょう。存分に果てさせておやりなさい」
翠の状態を見守っていた相之丞が、扇を開きつつ言う。
すると娘は、待っていたとばかりに桐箱から責め具を取り出す。
凹凸のついた、極太の張り型。
「さぁ、いくわよくノ一」
猫のような瞳で翠の目を覗き込み、娘の手にした張り型が秘裂を割る。
「ぐっ!!」
思わず声が出た。張り型の太さもあるが、それ以上に快感が凄まじい。
膣内の膨らんだ襞を張り型が通り抜けた瞬間、翠は軽い絶頂を迎えた。
そして張り型の先が蕩けきった膣奥を突くと……脳内が白く染まる。
全身を巡る甘い電流。足指の先までがぴんと伸び、断続的な快感に腰から脊髄までが打ち震える。
この快感は、まずい。そうはっきりと感じられた。
しかし、拒めない。拒む術がない。
「んん、んあっ!!ああ、あはっ、あぐうううっ!!ひっ、あぁああっ!!!」
和室に女忍びの嬌声が響き渡る。
村娘の手で容赦なく張り型を叩き込まれながら。
幾度も幾度も腰が跳ねる。子宮を中心に身体中が痙攣を繰り返す。
「どう、ぶち込まれて堪らないでしょう!ほらっ、知ってる事全部吐きなさいよ、ほら!!」
村娘はいよいよ嬉々として翠を責め立てる。
「おごほぉぉおおお゛っっ!!」
翠は事実たまらなかった。
絶頂につぐ絶頂で呼吸すらままならず、口からは涎はおろか泡すらも噴いてしまっている。
頭の中が快感で煮崩れしていくようだ。
自我を保てなくなる恐怖と、底無しの快感に惹かれる危うさ。
今までの責めでも、もっとも強い警鐘を脳が鳴らしている。
生物が本能的に求めていることだからこそ、手に負えない。
「あはっ、あ、ああっ、ああっ。ひあぁああああふっ!!!」
翠は極限状態に置かれながら、後頭部を床に打ち付けてかろうじて正気を保つ。
頭の中でぷつりと糸の途切れる音がし、視界が黒く染まって気を失う瞬間まで。
何とか、耐え切った。
暗い意識の底に沈む瞬間、翠は安堵した。しかし同時に解ってもいた。
次はどうなるか解らない。次の責めで、『くノ一・翠』は壊れてしまうかもしれない、と。
※
「うわ、何あれ……双子孕んでるみたい」
「あれってあの、細くて、ちょいと綺麗だったくノ一だろ。腹が膨れあがると、醜くなるもんだねぇ」
村人達がどよめきながら畦道に群がっている。
その中心にいるのは翠だった。
手首足首をそれぞれ一纏めにし、大股を開く格好で二本の木に結わえ付けられている。
その腹部は醜く膨れ上がっていた。過食責めの影響だ。
囲炉裏鍋二つ分作られた下剤入りの粥を、手で掬って無理矢理に食べさせる責め。
液状のものに対して苦手意識を植え付けられた翠は、粥を口に近づけられるだけで怯えを見せた。
しかしそれに構わず、手で口を覆って塗りつけるように食べさせる。
翠は幾度も嘔吐した。
液状のものを口にする恐怖と、単純な食べ過ぎによる戻し。
しかしその吐瀉物すら掬い、恐ろしく長い時間を掛けて残さず平らげさせられた。
その結果の蛙腹だ。
ぐりゅるるる、ごぉうるるるるるぅ、と不穏な音が響く。
下剤の効果と腸の限界以上の圧迫による腹鳴り。翠の苦しさの象徴。
それでも、翠は村人の前で恥辱を晒したくはなかった。
「はっ、はっ……はぁっ、はっ……あああ……ううううっ、ああっ…………!!」
荒い息を繰り返しながら、翠は耐える。耐え忍ぶ。
しかし……本当の限界は覆らない。
吊られた手足が震え、尻肉が幾度も引き締まり、その末に、とうとう尻穴から飛沫が上がる。
「うわっ、出した!!」
「おいおい、汚ねぇなあ。しかもすげぇ匂いだ!」
「こら、見るんじゃありません!!」
村の人間から悲鳴に近い反応が沸き起こった。
ある男は下卑た視線を寄越し、
ある女は心の底から軽蔑したように冷笑し、
ある母親は子供の目を必死で覆って非難の目を向け。
それらの反応が、翠の心を切り刻む。しかし、排泄は止まらない。止められる訳がない。
飛沫は奔流に変わり、腹部の張りを解消しながら地面に叩きつけられていく。
臭気が身を包み込む。
「…………見るな…………見るな、…………見るな、見るな…………見ないで、くれ………………っ!!」
脂汗を流して排泄を続けながら、翠は小さく繰り返した。
「これが最後です。どうです、何か話しますか」
尻肉から汚物を垂らすままの翠に、相之丞が問う。いつになく柔らかな口調だ。
翠は一瞬心が靡きかけるのを必死に堪え、怨敵を睨みつける。
「そうですか。ならば…………もう、いい」
相之丞は首を振り、折檻役達に木の縄を解かせた。
両手足の縛りはそのままに、翠の身体は抱え上げられる。そしてそのまま村外れへと運ばれた。
明らかに妙な一画へと辿り着く。
周囲よりも数段低く掘り下げられ、家屋も無く、林に遮られて昼なお薄暗い土地。
「棄てろ」
相之丞の一言で、翠はその中に投げ込まれる。
「ぐっ!!」
肩を地面に打ちつけた翠は、ふと妙な匂いを嗅ぎ取った。
まるで何年にも渡って水浴をしていないような、濃厚な体臭。それが匂ってきている。
はっとして顔を上げれば、そこにはもはや人と呼んでよいのかも解らないものがいた。
全身が垢で覆われて浅黒く、腹だけがぽこりとでた餓鬼体型。
そして女に飢えているらしく、目をぎらつかせながら裸の翠ににじり寄る。
「よせっ、止めろ!来るな!!」
本能的な恐怖から翠は叫んだ。しかし、大股開きで手足を縛られていては逃げられない。
男達はたちまち翠に群がり、やおら女陰へと勃起した逸物を捻り込む。
ぬるりとした感触が翠の中を滑る。
しかし、翠はその小汚い性交にすら快感を得ていた。秘薬のせいだ。
「ーーーーーっ!!!」
つねに蕩けているような膣奥を乱暴に貫かれ、天を仰ぎながら声ならぬ声を上げる。
その翠にまた別の一人が貼りつき、挿入を試みた。
塞がっている膣以外のもうひとつ……後孔へ。
「なっ!?よ、よせっ、後ろはっ!今、そんな事をされたらっ…………!!」
翠の哀願も、飢えた男達には通じない。
男は迷うことなく翠の肛門へと怒張を宛がい、一息に貫いた。
「あうううっ!!!」
翠が顔を歪める。その歪みは、怒張が肛門を攪拌する中で、ますます歪になっていった。
「あっ、ああ、あっ!!や、やめろ、やめてくれ、聴こえてるんだろう!!
私は大量に下剤を飲まされてるんだ、まだ半分も出し切れていない!!
もう解るだろう、そんな状態で後ろを……あ、され…………たら、う、んうううっ!!!」
翠が必死の説得を続ける間にも、背後の男は動きを緩めない。
どれほどの女日照りだったのだろうか。
腰を鷲掴みにし、腰よ壊れよとばかりに力強く叩きつける。腸の奥の奥まで。
「やめ、やめろっ、ほんとうにもう……ぬ、ぬいてくれ、後生だ…………っ!!!!!」
その言葉の直後、ついに翠の肛門から第二の噴出が始まる。
腸の深くにあった下痢便が、怒張の抜き差しの刺激で下ってきたのだ。
「うわあああぁあああっ!!!」
これには翠も絶叫した。
本来性交に用いるべきでない肛門を犯されるのみならず、脱糞まで晒す。
くノ一である以前に、女としてこれ以上はない恥だ。
「うわぁー、すっごい。やってるやってる」
「ひぇえ、どっちも腰から下が糞塗れ……。もう人間じゃないね、ありゃ」
低地を見下ろす形で村人達が集まり、口々に翠をなじる。
尋問役や相之丞もそちら側にいる。
それを見上げるうち、まるで翠は、自分が人間でない下等生物になったように感じた。
垢まみれの人間に押し倒され、孔という孔を好き勝手に使われる畜生。
吐き気のする体臭と、自らの漏らした汚物の匂いに満ちた空間で這いずる蟲。
汚れていく。
垢にまみれ、地面にまき散らされる汚物の中を転がって。
人間としての尊厳が………………、折れる。
「たすけて……助けてください。私は、わたしは、お、堕ちたくない。人間で居たい!!」
翠は、ついに涙を流した。
それまでの凜とした声ではなく、弱弱しい声。
くノ一としての尊厳を砕かれ、無力なひとりの娘に成り下がった瞬間だった。
しかし。相之丞は反応しない。
大黒天のような慈愛に満ちた笑みの隙間から、蔑みきった瞳で見下ろしている。
まるで興味が失せたとでも言いたげに。
「……さて、帰りましょうか。アレは、あまり見るものではないですよ。目が腐ります」
黒八丈を翻しながら、相之丞の姿が遠ざかっていく。
村の人間達も、それぞれ翠に哀れみの一瞥をくれながら踵を返す。
翠の視界から、“人”が消える。
「ま、待って、待って下さいっ!!置いていかないで、出自を話しますっ!!
私は、奥末藩藩主永長から直々に任を受けた忍びです!
相之丞殿が士沼と関わりがあるとの噂を調べに参りました!
すべて奥末の行く末を思えばこそ任務なのです、ですから、お慈悲をっ!!
誰か、お願いです、誰か聞いて下さい、誰か、ねぇ、誰かぁあぁああああ゛っ!!!!」
空しい叫びが空に消え、翠の頭は垢まみれの手に押さえつけられた。
そして男達がそうするのと同様に、自らの排泄した養分を口元へと近づけられる。
気丈だったくノ一の切れ長な目尻は、泣くように垂れ下がった。
終
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「まさか、屋敷内はおろか寝間の真上にまで入り込まれるとは……屈辱ですよ」
男は静かに告げた。
藍色の小袖の上に黒八丈を羽織り、本多髷を結った、さぞや金回りも良かろうという風貌だ。
顔に湛えた柔和な笑みなどは七福神の大黒天を思わせる。
しかしこの男の本性は、柔和などとは程遠い。
紀嶋屋相之丞。
奥末藩藩主の御用商人でありながら、敵方である士沼諸藩との密通が疑われている男。
否、正確には“疑われていた”男か。
(不義者め…………)
くノ一・翠(すい)は、相之丞の侍衛達に取り押さえられたまま鋭い眼光を放っていた。
美しい女だ。
忍らしくキリリと鋭い面立ちに、後ろで一つに結われた艶やかな黒髪。
肌色は白く、身体はよく引き締まって健康的な美に溢れている。
胸と尻の膨らみは十分に女らしく、すらりと細長い脚線は異人の血でも入っているかのよう。
奥末藩の密命を受けたこの翠にとって、相之丞は怨敵だった。
屋敷に忍び込んだ彼女が天井裏から見たものは、士沼の姫と同衾する相之丞の姿。
密通はもはや確定となった所で報告に戻ろうとした矢先、翠は屋敷に仕掛けられた罠に捕らわれてしまう。
主に砦や城内戦を想定した城に用いられる、屋敷内ではまずあり得ない類の罠だ。
相之丞にはよほど痛い腹があるらしい。
事実、相之丞の黒い噂には枚挙に暇がなく、様々な商人が株を奪われて自殺に追い込まれたともいう。
「さて。この女には、何処の手の者かを白状して貰わねばなりません。
そのための拷問は、私自らが行います。さもなくば腹の虫が収まりそうにないのでね」
相之丞が人懐こい糸目を細く開き、狡い瞳を覗かせながら告げる。
翠はその視線を受け止め、射殺すような眼光で睨み返す。
美しきくノ一は心に決めていた。
必ず機を見て脱出する。そして奥末藩の力を以って、この卑劣な古狸に天誅をくれてやる、と。
※
尋問部屋に笞打ちの音が響き渡る。
相之丞の持つ箒尻が唸り、今一度翠の背を打った。
両手首と腰の縄で万歳をするように縛られた翠には、それを防ぐ術などない。
「ッ……」
翠は奥歯を噛みしめて痛みに耐える。
忍装束は背の部分が大きく裂け、柔肌からも血が噴き出しているに違いない。
背の全体が焼け爛れたように痛む。しかし痛みそのものであれば、指先の方が上だ。
翠の視界に映る左右の十本指には、一つ一つに棒状のものが突き刺さっている。
およそ裁縫には使えぬような極太の針だ。
笞打ちで翠が気を失うたび、指の肉と爪の間にその極太針を突き刺して気付けが行われた。
最初に針を打たれた右手中指の血はすでに固まっているが、最後の左手小指からはなおも血が滴っている。
膝下の痛みも相当だ。
翠はこの笞打ちの前に石抱き責めを受け、伊豆石を三枚積まれて問責されていた。
足の骨が残らず砕けたように思え、今でも縄の支えがなければ、立つことすらままならない。
背、指先、脛。その全てがボロ屑のように成り果てた現状。
それでも、翠には余裕があった。
彼女はくノ一として拷問の訓練を積んでおり、痛みには慣れている。
さらに、痛みによる疲弊と、自白して楽になろうとする心を、頭の中で分かつ心得も身につけている。
痛みによって自白する事はまずあり得ない。
「中々に強情ですな。こうまでされて、ろくに声も上げんとは」
彫りの深い顔立ちをした男が、腕組みをしたまま言った。多少名の通った火付盗賊改だ。
拷問に不慣れな相之丞が相手を責め殺さぬよう、頃合いを測っているらしい。
彼のような番方すら懐柔している所が、豪商たる相之丞の恐ろしい所だ。
「なに、声を上げさせるぐらいは簡単ですよ。……寄越しなさい」
相之丞は少々の苛立ちを見せながら汗を拭い、近くの下男に声を掛ける。
下男はその言葉に応じて手にしたものを慎重に主へ渡した。
今まさに炭火から抜かれたばかりの火熨斗。
相之丞は片手で翠の足首を掴み上げ、その火熨斗をゆっくりと近づけていく。
「!」
足裏に迫る熱気に気付き、翠が足元を見やった。
真っ赤に熱された平らな鉄が視界に入り、ぞくりと悪寒を走らせる。
永遠にも思える数秒。
その後に、ジウと何かの焦げる音がし、悪臭が立ち込め、そして……熱さが翠を襲った。
「ふッ、ぬ゛ぅうううう゛う゛ッッ!!!!!」
如何なくノ一とて、これには声を堪える事が出来ない。
翠は反射的に涙を零し、下唇をきつくきつく噛みしめて苦痛に耐え忍ぶ。
すでに幾度も噛みしめていた下唇からはついに血が滴り、顎の下を流れ落ちていく。
相之丞は苦しむ翠を冷酷に観察しながら火熨斗を離した。
そして下男の差し出した壷に手を差し入れ、たっぷりの塩を掴み出すと、それを紅く焼けた翠の足裏に塗りこめる。
「いッ、っぎぁああぁあああッッッ!!!」
翠はたまらず叫んだ。
一気に背筋を寒気が駆け上り、脳に達して警鐘を打ち鳴らし始める。
身体が震え始め、内股をなま暖かい奔流が流れていく。
「ふん、失禁ですか。品のない」
相之丞は汚らしそうに告げながら足の裏から手を離した。
そして汗と涙に塗れた翠の顔を掴み、目元に血に塗れた塩を塗りつける。
「どうです、話す気になりましたか」
翠は数度瞬きして視界の涙を払いながら、きっ、と相之丞を睨みつけた。
「自分の胸にでも聞いてみろ、外道が」
乾いた喉を絞るようにして恨み節を吐き出す。
相之丞は細く開いた眼の中に苛立ちを浮かべながら、深く嘆息した。
「…………なるほど、残念です。では望みどおり拷問を続けましょう。
あなたには素直になるまで、水責め、痒み責め、色責めと、あらゆる苦難を味わって頂きます。
けして死なず、さりとて生を感じられないほどの過酷さでね」
冷たい表情のまま、淡々と紡がれる宣言。
そこには自らの地位を脅かす者に対する、病的なほどの敵愾心が見て取れた。
※
「まだ、白状する気はありませんか」
相之丞が大黒のような笑みを浮かべて尋ねた。
その視線の先で、翠は後ろ手に縛られている。
両手首を一つに縛った縄尻は太い木の枝に結わえつけられ、逃走を封じていた。
かろうじて膝立ちにはなれる高さであり、肩が抜けることはない。
格好は丸裸だ。
男好きのする身体を男達に晒すがままになっている。
場所は深い藪の中であり、周囲には不快な羽音が絶え間なく飛び交っていた。
何をされるのかは想像に難くない。
それでも、翠の瞳には微塵の恐怖もなかった。
「可愛気のない瞳だ。……やりなさい」
相之丞は大黒の笑みから下卑た瞳を覗かせ、下男に命じる。
すると、下男達が手に持った桶の中身をそれぞれ翠に浴びせかける。
酒だ。
「さて、では私達は一旦退散することにしましょう。蚊に噛まれでもしたら大変だ。
この辺りの蚊は特別に痒みが強くてね、普通の倍は腫れる。
たった一箇所脛を刺されただけでも、寝付けず夜中まで掻き毟ってしまう塩梅ですから」
相之丞は翠に聴こえるように告げると、踵を返して藪の中から去っていく。
藪には、酒の匂いを漂わせた翠だけが取り残された。
耳障りな羽音が翠を取り囲む。
「っ!」
顔に取り付こうとした数匹を、翠は頭を振って追い払った。
しかし同時に内腿へと別の蚊に付かれる。続いて首筋、肩口へと。
それらの蚊が離れてしばらくすると、猛烈な痒みが沸き起こった。
「ううっ!!」
相之丞の言葉は大袈裟ではない。普通の蚊よりも痒みが強く、寝付けないほどだ。
指で掻き毟りたくて仕方ないが、両手を木に括りつけられた翠はただ身を捩らせるしかない。
蚊の群れはそんな翠の周りを飛び交い、無慈悲に白い肌へと取り付いていく。
「……く、くっ……っ、あああぁあああ゛っ!!!くあ、あぐうっ!うああぁぁッアアああ゛ッッ!!!!」
やがて翠は忍耐の限界を迎え、叫び声を上げた。
近くで相之丞達が聞き耳を立てているであろう事は知っていたが、理性で抑えられる痒みではない。
汗が噴きだし、涙が滲む。
「か、痒いっ!!あア゛、痒い、痒いぃっ!!止めろッ、来るな、来るなぁッッ!あぐ、ああ゛あ゛っッ!!!」
必死に身を捩っての抵抗を試みる。後ろ手の縄が手首に食い込み、ついに血を滴らせ始めた。
縄尻が結わえられた太い枝は、軋みこそすれど折れる気配はない。
「ふ、っくぐうううぅうっ!!!!」
歯を食い縛る翠。
全身を痒みが覆い、寒気と刺すような痛みを覚えるまでになっている。
薄目を開けると、涙で滲んだ視界にはつねに蚊の姿がある。
蚊が自らの肌に取り付き、止まり、離れていく。その箇所に痛烈な痒みが生まれる。
すでに全身至る所に赤い跡があり、中には刺された部分をさらに刺されて赤黒く変色している部分さえあった。
「はーーっ、はっ、はっ、はぁっ……」
息が切れる。一日で十里を走るほどの翠の息が。
全身から汗が滴り、口元からは止め処ない涎が溢れている。
放置されてからどれだけの時間が経ったのだろう。そしてこれから、どれだけ続くのだろう。
一睡もできず、神経を磨り減らすこの地獄が。
「…………おやおや、酷い有様だ」
翌朝、相之丞が翠を一目見て告げた。
翠はそれを遠くに聞きながら、朦朧とした意識の中を漂う。
ようやく虫でないものに会えた、その安堵を噛みしめながら。
※
捕らわれて以来、翠に休息らしい休息はなかった。
著しく心身を消耗させる拷問の合間にも、絶えず何らかの緩やかな責めが加えられた。
今、翠は後ろ手胡坐縛りに縛られたまま、乳房を二つの木の板で挟み潰されている。
板の両端は麻縄で幾重にも縛りあわされるため、ちょうど女の豊かな乳房を搾り出すような形だ。
その上で乳房の敏感な部分へと針を刺されている。
針先はごく細い。
太い針よりも刺突自体の刺激は小さいが、それを延々と突き刺されると、それはそれで神経を侵される。
さらに相之丞は、針を刺す前に必ず唐辛子入りの壷に針の先を漬けていた。
それにより、針を刺されると同時に焼けるような痛みが翠を襲う。
「…………っ、…………っっ…………!!」
翠の鼻から吐息が漏れた。
乳房を鷲掴みにされたまま、柔な乳首や粟立つ乳輪へと針を打ち込まれる。
責め手は相之丞本人だ。翠は責めを受けながらも、相之丞の顔を真正面から睨みすえている。
一方の相之丞は、その視線を受けながらも涼しい顔だ。
「胸の先が尖ってきましたよ。あなたは、こんなもので気持ちが良くなるのですか」
相之丞が翠の乳首を摘みながら言う。
翠がちらりと視線を落とすと、確かに胸の尖りははじめよりも円錐型にしこり勃っている。
度重なる刺激を脳が快感と誤認識したのか。あるいは本当に心地良いのか。
いずれにせよ、怨敵に性的な反応を見られることは女忍の恥だ。
「くっ……!」
翠の視線が一層鋭さを増す。
相之丞はその顔を嘲笑うように眺めながら、針を置いてキセルに持ち替えた。
高価な品として知られる銀延べキセルだ。
相之丞はゆっくりと煙を吸い込むと、さも美味そうに煙を吐き出した。
煙は正面に座る翠の顔へと浴びせかかり、その美貌を歪ませる。
噎せる翠を眺めながら、相之丞はさらに一服した後、おもむろにキセルを翠の太腿へと近づける。
そして先を反転させ、剥きだしの白い腿の上で燃えさしを棄てた。
「ぬ゛っ!!!」
乳首と顔ばかりに意識が向いていたところへ、突然の腿の熱さ。
これには翠とて反応が遅れ、生々しい反応で胡坐縛りの太腿を震わせた。
「灰落としが動くな」
相之丞は本性を露わにしたような低い声で、翠に語りかけた。そしてまた唐辛子の壷と針を手に取る。
相之丞の憂さ晴らしとも言えるこの責めは、そこからまた何刻かに渡って続けられた。
※
「さぁ、もう一度です」
相之丞が命じる。
折檻役が翠の黒髪を掴み、水の湛えられた盥へと頭を沈める。
もう幾度目になるだろうか。
「ぶはっ!!げほっ、げほえほっ!!……っはぁ、はあ……はぁっ…………!!」
水から引き上げられた翠は、酷く苦しみながら咳き込み、酸素を求めた。
どれほど訓練を積んだとて、人が水中で息ができるようはならない。
長時間水に漬けられれば、忍といえど苦悶に満ちた生々しい表情を晒すしかない。
「……どうだ、水責めの味は」
相之丞は責められる翠の前へと回り込み、疲弊した翠の顎を持ち上げた。
濡れた前髪が額に貼りつき、何とも艶めかしいものだ。
しかしそこはくノ一。相手が相之丞だと知れるや否や、口を窄めて唾を吐きかける。
唾は相之丞の目の下を打つ。
相之丞は一瞬怯んだものの、すぐに薄笑いを浮かべながら目の下を拭った。
「威勢のいいことです。ですが、それもいつまで持つものか。
こんなものは、水責めの中でのほんの小手調べ。ここからが地獄ですよ」
相も変わらず穏やかな口調で、冷酷な言葉を発する。
翠は屈強な男達に引き立てられながら、そんな相之丞を睨み続けていた。
次の水責めは水車を利用して行われた。
水車は相之丞の屋敷がある村の中ほどに備わっている。
村の人間達が何事かと集まる中で、丸裸の翠は逆さ吊りのようにして両手足の首を水車へと括りつけられていく。
この村人達は、相之丞を国主の如く慕ってはいるが、彼の不義に関わっている訳ではない。
奥末藩に縁のある善良な民であり、翠が憎しみを向けるべき相手ではない。
実際のところ翠にしてみれば、こうした無関係な村人の前で恥を晒す事がもっとも辛い。
相之丞へ対するように鋼の心で抗うことができない。
丸裸で水車に括り付けられながら、翠は恥じらいに胸を締め付けられていた。
やがて水車は、軋みを上げながら回り始める。
相之丞子飼いの男達が水車を引き、人力で回しているのだ。
村の人間に乳房と茂みを晒す格好から、翠は次第に円に沿って上へと運ばれていく。
水車の頂点を越えたあたりで、村の男達から歓声が上がった。
大股開きになった秘所が、彼らからは丸見えになっているのだろう。
足を閉じる事も叶わない翠は、恥辱にただ耐えるしかない。
そして、恥らってばかりもいられなかった。
目の前にはすでに、こんこんと水の流れる用水路がある。今からそこへ潜ることになるのだ。
足の先から順に冷たさが這い登り、ついに乳房までが水に隠れる。
「はぁっ」
翠は大きく胸を膨らませ、息を吸った。その数瞬後、ざぶりと顔までが水の中に浸かる。
ごぼごぼと鳴る水音。水車の軋みが煩いほど大きく響く。
視界に映るのは暗い水底と、揺れる濃緑色の藻、そして木製の水車の車輪。
息苦しさがわずかに肺へ溜まる。
水車の回転はわざと遅くされているようだ。より長く苦しめようというのだろう。
くノ一として潜水にはある程度自信があるが、これが幾度も繰り返されては流石に厳しい。
次第に視界が明るくなり、揺れる水面の向こうに村人達の姿が見えはじめる。
男達は水から出た翠の身体を指差して盛り上がっているようだ。
そして、ついに顔が水面から出る。
「ぶはっ!!」
翠は当然のこととして酸素を求めた。その翠の顔を、また男達が好色そうに眺める。
その視線に耐えながら、翠は再び水車の回転にそって引き上げられていく。
それが幾度か繰り返された時だ。
暗い水底を抜け、ようやくまた酸素が吸えると翠が肺を緩めた時。突然相之丞の声がした。
同時に水車の回りが止まり、翠は首から上が水中に没したままで留められる。
(しまった…………!!)
そう考えた時にはもう遅く、酸素を吸う準備をしていた灰から空気が漏れ出す。
貴重な酸素が泡となって浮かび上がり、代わりに水が翠の喉へと入り込んだ。
その苦しさに、またガボガボと泡を吐いてしまう。そうして完全に酸素を失ってからが、苦しみの始まりだった。
水車に括りつけられた身体が暴れる。苦しみと恐怖で表情が引き攣る。
村人達は、そうした翠を嘲笑った。
中には気の毒そうにしている子供もいたが、彼らにとって翠は、いや相之丞に楯突く者は敵なのだ。
十分に翠が苦しんだところで、ようやく水車が再び回り始める。
溺れた人間特有の無残な顔をした翠が表れ、周囲の笑いを誘う。
こうした責めが、さらに幾度も続けられた。その度に翠は苦しみもがき、ついには失禁さえも晒して笑い者にされ続けた。
水責めはまだ終わらない。
二度の水責めで水への苦手意識を植えつけたところに、とどめの三度目が行われる。
それに気付いた瞬間、翠は内心で震えた。本当に容赦がない。
尿道と肛門にきつく栓が嵌め込まれ、水の逃げ場を失くす。
その上で、檜造りのの巨大な手桶と、なみなみと水で満たされた二抱えほどの酒樽が翠の前に置かれた。
手桶で勢いよく水が汲み出され、口に流し込まれる様が容易に思い描ける。
「……水責めというものはね、本当によくできた拷問なんですよ。
気が狂うほどの苦痛だそうですが、実際に狂ったという話は聞かない。外傷は残らないし、後遺症もさほどない。
ただ、確実に大人しくなる。どんな人間でも反抗する気概を失い、水を見せるだけで怯えて言う事を聞くようになる」
折檻役が翠の鼻を摘み、口広の漏斗を深く咥えさせるのを見ながら、相之丞は告げた。
翠は瞳を惑わせつつ、必死に彼を睨み上げた。
遥か上下に落差がついた、二つの視線がぶつかり合う。
折檻役が翠の鼻を摘んだまま、手桶の水を漏斗の中に流し込む。
一人が流し込めば、すぐに逆から別の一人が、その次にまた別の一人が。
その交替制により、翠の口には絶え間なく水が流れ込む。
鼻を摘まれて呼吸を封じられたた翠は、その水を飲むしかない。
白い喉が幾度も上下する。
「む、んん、んっ…………んんもぉエ゛ッ!!!!」
えずくような音がし、翠の腹部がにわかに蠢きはじめた。
同時に首を振り始め、なんとか水を呑む苦しさから逃れようとする。
しかしそれで許すような折檻役ではない。
むしろより強固に翠の頭と身体を押さえ込み、手桶で水を呑ませてゆく。
「え゛っ、あごぐっ……!!ゴバッ、ぃあんんんォっ…………!!!」
整った顔が口周りを中心に歪にゆがむ。
全身が細かに痙攣をはじめ、そしてついに、翠の眼球はぐるりと天を剥いた。
そこへ来て、ようやく折檻役達は一旦漏斗を抜き出す。
「ッげほっ、げほえっ!!えごほっ、ごぼっ、え゛げろ゛っっ!!!」
嘔吐を思わせる音で水が吐き出された。
盥の時よりも、水車の時よりも格段に苦しげな音だ。
「どうです、自分の素性でも思い出しましたか」
相之丞は手に扇子を遊ばせながら、憎らしいほどの余裕をもって問うた。
「…………地獄、に、堕ちろ」
翠は息も絶え絶えに答える。相之丞が手を振り上げた。
再び折檻役が翠の鼻を摘み、漏斗を咥えさせる。
翠の瞳に一瞬、明らかな恐怖の色が浮かぶ。
そしてまた水が注がれ始めた。
「ああああ゛っ!!!おえぇげぼっ、も゛ぅンぐっ!ぶっ、ッげぐぼァ゛ああ゛っ!!!」
艶かしい身体が暴れ回り、黒髪を鷲掴みにされたまま首を振りたくる。
呑ませては吐かせ、また呑ませては吐かせ。
すべてを吐ける訳でもない為、その繰り返しで翠の細い腹部はゆっくりと膨れてゆく。
肌の色が土気色に変わり、唇は紫色になり。
やがて本当の本当に限界と見られた所で、漏斗が引き抜かれた。
「いい加減に答えろ。貴様、どこの手の者だ!」
折檻役が、水風船のように膨れた腹部を強く鷲掴みにする。翠は激痛に顔を顰める。
「ごおお゛ぇっ、ぶぐふっ!!!」
翠の口から勢いよく水を吐き出された。
そしてようやく酸素を得られたとばかりに激しく喘いだあと、再び水を吐く。それを繰り返す。
最後の水には鮮血すら混じっていたが、完全に白目を剥き痙攣を繰り返すくノ一が、素性を明かす事はついになかった。
「痛みでは駄目、苦しみでも堕ちず…………ですか」
陥落する事のない忍を前に、相之丞は苛立ちを露わにする。
しかしその一方では、冷静に次の一手を案じている風でもあった。
※
翠は布団の上に寝かされ、大の字に手足を拘束されたまま色責めに掛けられていた。
翠の上に覆いかぶさっているのは、村の娘だ。
天上人たる相之丞から屋敷に招かれたのみならず、くノ一への責めすらも任された。
その大任に胸躍らせ、嬉々として責め立てている。
「………………」
娘から執拗に唇を貪られながらも、翠は毅然とした態度で天井を睨み上げていた。
口づけはなされるがまま。
しかし、内心では興奮が刻一刻と高まり続けている。
同性に口内を貪られる事もひとつ。
そして娘の片手は、傍らの壷から゛秘薬”を掬い取りながら、翠の淡いへと沈み込んでいく。
同じ女ゆえに、その責めは洗練されていた。昂ぶるように、膣の中の弱い部分を的確に責め立てた。
それを一方的に受け続ければ、いかなくノ一とてまったく感じないという訳にはいかない。
「ねぇくノ一、気持ちいいんでしょう。女陰の奥がどろどろになってきているわ。
わたしの指をしっとりと咥え込んで、流石、いやらしいのねぇ」
村娘が指を蠢かしながら囁く。
彼女に指摘されるまでもなく、座敷にはもうかなり前から濡れた音が繰り返されている。
出所は翠自身の秘所だ。
翠が問いに答えないのを見て、娘が再び唇を奪う。
年を疑うほど妖艶な舌遣いで歯茎を舐め、上顎をなぞり、舌を絡ませて。
ぞくぞくとする無防備な昂ぶりが、翠の脳裏をくすぐった。
「…………お願いだ……こんな事、もうやめてくれ…………」
口が離された瞬間、翠は娘にだけ聴こえるように小声で囁きかけた。
部屋の隅で盃片手に見ている相之丞には気付かれないように。
しかし、娘は面白そうに目を見開いた。
「はっ、ねぇ相之丞さま!この女、今弱音を吐きましたよー!もうやめてくれ、ですって!あははっ」
鬼の首を取ったかのように、相之丞を振り仰いで叫ぶ。
それを聞き、翠はやはりこの村娘も敵方の人間なのだと心寂しくなる。
奥末の忍である自分が、同じ奥末の民に虐げられるとは。
「そうか、そうか。ならば続けよ、折れさせれば好きに褒美を出すぞ」
相之丞は機嫌よく娘に答える。
その言葉を聞き、娘はいよいよ目を輝かせて翠に覆い被さった。
「あははっ、お乳でてきた」
娘が翠の胸の尖りを摘んで叫ぶ。
針で散々に乳腺を刺激された胸の先は、再度の興奮によって確かに白い雫を零している。
とろりと、何とも心地よさげに。それは翠自身の心のようだった。
娘によって、翠はなお散々に嬲られていた。
豊かな胸を揉まれ、秘裂に秘薬を塗り込められ、さらにはその上の赤い蕾にすら秘薬をつけた筆でなぞられて。
「はぁ、はっ……はぁっ……はぁっ……あっ、はーっ…………」
全身に汗を掻きながら、翠は激しく胸を上下させていた。
性感の極みまで押し上げられ、しかしそのまま寸止めという生殺しの状態を続けられているのだ。
寸止めは相之丞の命令だった。
昂ぶりきっている。
毅然とした態度で天井を見つめていた翠の瞳は、いまや色に蕩けて濡れたようになっていた。
秘裂からは蜜が止め処なく流れ、娘の指に絡みながら敷布団に滴っていく。
「…………よし、そろそろ良いでしょう。存分に果てさせておやりなさい」
翠の状態を見守っていた相之丞が、扇を開きつつ言う。
すると娘は、待っていたとばかりに桐箱から責め具を取り出す。
凹凸のついた、極太の張り型。
「さぁ、いくわよくノ一」
猫のような瞳で翠の目を覗き込み、娘の手にした張り型が秘裂を割る。
「ぐっ!!」
思わず声が出た。張り型の太さもあるが、それ以上に快感が凄まじい。
膣内の膨らんだ襞を張り型が通り抜けた瞬間、翠は軽い絶頂を迎えた。
そして張り型の先が蕩けきった膣奥を突くと……脳内が白く染まる。
全身を巡る甘い電流。足指の先までがぴんと伸び、断続的な快感に腰から脊髄までが打ち震える。
この快感は、まずい。そうはっきりと感じられた。
しかし、拒めない。拒む術がない。
「んん、んあっ!!ああ、あはっ、あぐうううっ!!ひっ、あぁああっ!!!」
和室に女忍びの嬌声が響き渡る。
村娘の手で容赦なく張り型を叩き込まれながら。
幾度も幾度も腰が跳ねる。子宮を中心に身体中が痙攣を繰り返す。
「どう、ぶち込まれて堪らないでしょう!ほらっ、知ってる事全部吐きなさいよ、ほら!!」
村娘はいよいよ嬉々として翠を責め立てる。
「おごほぉぉおおお゛っっ!!」
翠は事実たまらなかった。
絶頂につぐ絶頂で呼吸すらままならず、口からは涎はおろか泡すらも噴いてしまっている。
頭の中が快感で煮崩れしていくようだ。
自我を保てなくなる恐怖と、底無しの快感に惹かれる危うさ。
今までの責めでも、もっとも強い警鐘を脳が鳴らしている。
生物が本能的に求めていることだからこそ、手に負えない。
「あはっ、あ、ああっ、ああっ。ひあぁああああふっ!!!」
翠は極限状態に置かれながら、後頭部を床に打ち付けてかろうじて正気を保つ。
頭の中でぷつりと糸の途切れる音がし、視界が黒く染まって気を失う瞬間まで。
何とか、耐え切った。
暗い意識の底に沈む瞬間、翠は安堵した。しかし同時に解ってもいた。
次はどうなるか解らない。次の責めで、『くノ一・翠』は壊れてしまうかもしれない、と。
※
「うわ、何あれ……双子孕んでるみたい」
「あれってあの、細くて、ちょいと綺麗だったくノ一だろ。腹が膨れあがると、醜くなるもんだねぇ」
村人達がどよめきながら畦道に群がっている。
その中心にいるのは翠だった。
手首足首をそれぞれ一纏めにし、大股を開く格好で二本の木に結わえ付けられている。
その腹部は醜く膨れ上がっていた。過食責めの影響だ。
囲炉裏鍋二つ分作られた下剤入りの粥を、手で掬って無理矢理に食べさせる責め。
液状のものに対して苦手意識を植え付けられた翠は、粥を口に近づけられるだけで怯えを見せた。
しかしそれに構わず、手で口を覆って塗りつけるように食べさせる。
翠は幾度も嘔吐した。
液状のものを口にする恐怖と、単純な食べ過ぎによる戻し。
しかしその吐瀉物すら掬い、恐ろしく長い時間を掛けて残さず平らげさせられた。
その結果の蛙腹だ。
ぐりゅるるる、ごぉうるるるるるぅ、と不穏な音が響く。
下剤の効果と腸の限界以上の圧迫による腹鳴り。翠の苦しさの象徴。
それでも、翠は村人の前で恥辱を晒したくはなかった。
「はっ、はっ……はぁっ、はっ……あああ……ううううっ、ああっ…………!!」
荒い息を繰り返しながら、翠は耐える。耐え忍ぶ。
しかし……本当の限界は覆らない。
吊られた手足が震え、尻肉が幾度も引き締まり、その末に、とうとう尻穴から飛沫が上がる。
「うわっ、出した!!」
「おいおい、汚ねぇなあ。しかもすげぇ匂いだ!」
「こら、見るんじゃありません!!」
村の人間から悲鳴に近い反応が沸き起こった。
ある男は下卑た視線を寄越し、
ある女は心の底から軽蔑したように冷笑し、
ある母親は子供の目を必死で覆って非難の目を向け。
それらの反応が、翠の心を切り刻む。しかし、排泄は止まらない。止められる訳がない。
飛沫は奔流に変わり、腹部の張りを解消しながら地面に叩きつけられていく。
臭気が身を包み込む。
「…………見るな…………見るな、…………見るな、見るな…………見ないで、くれ………………っ!!」
脂汗を流して排泄を続けながら、翠は小さく繰り返した。
「これが最後です。どうです、何か話しますか」
尻肉から汚物を垂らすままの翠に、相之丞が問う。いつになく柔らかな口調だ。
翠は一瞬心が靡きかけるのを必死に堪え、怨敵を睨みつける。
「そうですか。ならば…………もう、いい」
相之丞は首を振り、折檻役達に木の縄を解かせた。
両手足の縛りはそのままに、翠の身体は抱え上げられる。そしてそのまま村外れへと運ばれた。
明らかに妙な一画へと辿り着く。
周囲よりも数段低く掘り下げられ、家屋も無く、林に遮られて昼なお薄暗い土地。
「棄てろ」
相之丞の一言で、翠はその中に投げ込まれる。
「ぐっ!!」
肩を地面に打ちつけた翠は、ふと妙な匂いを嗅ぎ取った。
まるで何年にも渡って水浴をしていないような、濃厚な体臭。それが匂ってきている。
はっとして顔を上げれば、そこにはもはや人と呼んでよいのかも解らないものがいた。
全身が垢で覆われて浅黒く、腹だけがぽこりとでた餓鬼体型。
そして女に飢えているらしく、目をぎらつかせながら裸の翠ににじり寄る。
「よせっ、止めろ!来るな!!」
本能的な恐怖から翠は叫んだ。しかし、大股開きで手足を縛られていては逃げられない。
男達はたちまち翠に群がり、やおら女陰へと勃起した逸物を捻り込む。
ぬるりとした感触が翠の中を滑る。
しかし、翠はその小汚い性交にすら快感を得ていた。秘薬のせいだ。
「ーーーーーっ!!!」
つねに蕩けているような膣奥を乱暴に貫かれ、天を仰ぎながら声ならぬ声を上げる。
その翠にまた別の一人が貼りつき、挿入を試みた。
塞がっている膣以外のもうひとつ……後孔へ。
「なっ!?よ、よせっ、後ろはっ!今、そんな事をされたらっ…………!!」
翠の哀願も、飢えた男達には通じない。
男は迷うことなく翠の肛門へと怒張を宛がい、一息に貫いた。
「あうううっ!!!」
翠が顔を歪める。その歪みは、怒張が肛門を攪拌する中で、ますます歪になっていった。
「あっ、ああ、あっ!!や、やめろ、やめてくれ、聴こえてるんだろう!!
私は大量に下剤を飲まされてるんだ、まだ半分も出し切れていない!!
もう解るだろう、そんな状態で後ろを……あ、され…………たら、う、んうううっ!!!」
翠が必死の説得を続ける間にも、背後の男は動きを緩めない。
どれほどの女日照りだったのだろうか。
腰を鷲掴みにし、腰よ壊れよとばかりに力強く叩きつける。腸の奥の奥まで。
「やめ、やめろっ、ほんとうにもう……ぬ、ぬいてくれ、後生だ…………っ!!!!!」
その言葉の直後、ついに翠の肛門から第二の噴出が始まる。
腸の深くにあった下痢便が、怒張の抜き差しの刺激で下ってきたのだ。
「うわあああぁあああっ!!!」
これには翠も絶叫した。
本来性交に用いるべきでない肛門を犯されるのみならず、脱糞まで晒す。
くノ一である以前に、女としてこれ以上はない恥だ。
「うわぁー、すっごい。やってるやってる」
「ひぇえ、どっちも腰から下が糞塗れ……。もう人間じゃないね、ありゃ」
低地を見下ろす形で村人達が集まり、口々に翠をなじる。
尋問役や相之丞もそちら側にいる。
それを見上げるうち、まるで翠は、自分が人間でない下等生物になったように感じた。
垢まみれの人間に押し倒され、孔という孔を好き勝手に使われる畜生。
吐き気のする体臭と、自らの漏らした汚物の匂いに満ちた空間で這いずる蟲。
汚れていく。
垢にまみれ、地面にまき散らされる汚物の中を転がって。
人間としての尊厳が………………、折れる。
「たすけて……助けてください。私は、わたしは、お、堕ちたくない。人間で居たい!!」
翠は、ついに涙を流した。
それまでの凜とした声ではなく、弱弱しい声。
くノ一としての尊厳を砕かれ、無力なひとりの娘に成り下がった瞬間だった。
しかし。相之丞は反応しない。
大黒天のような慈愛に満ちた笑みの隙間から、蔑みきった瞳で見下ろしている。
まるで興味が失せたとでも言いたげに。
「……さて、帰りましょうか。アレは、あまり見るものではないですよ。目が腐ります」
黒八丈を翻しながら、相之丞の姿が遠ざかっていく。
村の人間達も、それぞれ翠に哀れみの一瞥をくれながら踵を返す。
翠の視界から、“人”が消える。
「ま、待って、待って下さいっ!!置いていかないで、出自を話しますっ!!
私は、奥末藩藩主永長から直々に任を受けた忍びです!
相之丞殿が士沼と関わりがあるとの噂を調べに参りました!
すべて奥末の行く末を思えばこそ任務なのです、ですから、お慈悲をっ!!
誰か、お願いです、誰か聞いて下さい、誰か、ねぇ、誰かぁあぁああああ゛っ!!!!」
空しい叫びが空に消え、翠の頭は垢まみれの手に押さえつけられた。
そして男達がそうするのと同様に、自らの排泄した養分を口元へと近づけられる。
気丈だったくノ一の切れ長な目尻は、泣くように垂れ下がった。
終
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