大樹のほとり

自作小説を掲載しているブログです。

2013年11月

友人の指

※『母の指』の続きです。


その場所で吸う煙草は美味かった。
街が一望できる、小高い丘。葉子はそこに腰を下ろし、煙を空へと吐き出す。
「ごきげんよう」
その葉子に、優雅な挨拶がなされた。
「あん?」
葉子は不機嫌そうに振り向く。
ごきげんよう、などと気取った挨拶をするのは、『白梅女学院』の生徒ぐらいのものだ。
基本姿勢として他者を見下し、綺麗事を並べる……そうした白梅の令嬢達を、葉子は嫌っていた。
しかし、声のした方を一瞥した途端、葉子の表情は変わる。
「なんだ、アンタか」
明らかに警戒心を解いた様子で、煙草をもみ消す葉子。
「……アンタも懲りねぇな」
「ご迷惑、でしたでしょうか?」
心配そうに尋ねる相手を、葉子は改めて観察する。
宮嵯千里(みやさせんり)。
雅楽の名家に生まれ育ち、その家格は令嬢が集う『白梅女学院』でも群を抜く。
彼女がしゃなりと歩けば、あらゆる生徒が黙って道を譲り、高貴さは皇族に次ぐとさえ言われていた。

千里との馴れ初めを、葉子は今でも覚えている。
千里は初対面の葉子に対し、自慰の助けを乞うた。
自分は母に性欲を管理されており、母離れしようにも、どうしても母の指が忘れられない。
だから葉子に代わりをして欲しい。
葉子の、他者を隔絶するような雰囲気は母にとても似ており、適役だ。
表現自体は柔らかなものだったが、千里の求めはおおよそそうしたものだった。
初めは頭のおかしい女かと思った葉子も、話を聞くうちに千里の真剣さを理解した。

「……来なよ。もう我慢できないんだろ」
葉子がそう言って立ち上がると、千里の顔に精気が宿る。
そして千里は、背後を振り向いた。
「では、森岡さん。申し訳ありませんが、少しお時間を下さい」
千里の視線の先には、執事風の男が控えている。
「は、行ってらっしゃいませ。18時からのレッスンだけは、お忘れなきよう」
森岡と呼ばれた男は、恭しく頭を下げた。




  
山中にあるプレハブ小屋。
窓からの光だけが光源のその小屋から、かすかに甘い吐息が漏れている。
千里のものだ。
葉子の指責めによって、壁際に立つ千里は震えていた。
指責めを始めてから、まだ5分と経っていない。
にもかかわらず、すでに千里の陰核は硬く屹立しつつある。
母によって陰核での絶頂を覚え込まされた千里は、葉子の指でもやはり昂ぶった。
趣味でギターをする葉子は、その指の皮の硬さが、琴の名手である母によく似ている。
かつて千里はそのように評していた。

千里の陰核を包皮ごと指先で転がしながら、葉子は千里を観察する。
両目を閉じ、軽く唇を結んで声を殺す姿。
高貴や清楚といった言葉を毛嫌いする葉子も、この千里だけは別だった。
心の底まで高貴さに満ちた人間が存在することを、千里に出会って初めて知った。
陰核がいよいよ固さを増していく。
葉子はそこで指をずらし、千里の秘裂を指先でなぞった。
まさに秘密の花園というべきそこは、すでに愛液でしっとりと潤んでいる。
その愛液を指で掬い取り、再び陰核へ。
愛液の助けを得ながら、僅かずつ僅かずつ、陰核の包皮を剥き上げていく。
千里の張りのある太腿がふるりと震えた。
包皮が完全に捲れる。
葉子はそれを認め、指の腹で柔らかく千里の陰核を潰した。
柔らかくとはいえど、包皮越しでない直に、だ。
「っっっ!!!」
千里は押し殺した嬌声を漏らしながら、とうとう背中を壁に預ける。
今の今まで、服を汚すまいと壁際で踏みとどまっていたが、腰が砕けたらしい。
こうなれば、後は堕ちるだけだ。
葉子は口の端に笑みを浮かべながら、いよいよ陰核を指の肉で包み込んだ。



「……っ! …………っっ!!」
宮嵯の娘として、あくまで声を上げぬよう調教されてきたのだろう。
腰が震えるほどに感じても、千里は声を出さない。
しかしその必死になって耐える姿がまた、責める方としては堪らない。
「……おい」
熱に浮かされたような千里に向け、葉子が呼びかける。
「はい」
千里は薄目を開けて答えた。目頭をつたう汗が艶かしい。
葉子はごくりと喉を鳴らした。
「……キス、させろよ」
真剣な面持ちで葉子が告げる。
千里は一拍の間を置いて、再び静かに目を閉じた。
「どうぞ」
清楚そのものの表情で告げる。葉子は背徳感を禁じえなかった。
自分のような存在が、先ほどまで煙草を吸っていた口でキスを迫る。
美しいものを汚すその背徳感。
しかし、千里みずからが葉子に近づき、汚される事を望んでいるのだ。

葉子は千里の唇を奪う。
舌をねじ込み、奥の方で震えている千里の舌を絡め取る。
同時に指遣いも強めた。
親指の腹でぐりぐりと押し潰す。
二本指で挟みこんだまま、煙草を箱から一本取り出す要領でトントンと叩く。
あるいは、舐めるようにやさしく。
緩急の付いた責めに応じ、千里は熱い息を吐いた。
葉子は自らの口内にもその呼吸を感じながら、さらに陰核を愛で続ける。
自らの指の動きと、口に感じる吐息が連動しているようで小気味良かった。
「ぷはっ!」
葉子が限界を迎えて口を離す。
一方の千里は、楽器の心得があるせいか、それとも煙草を吸わないせいか、呼吸が殆ど乱れていない。
しかし、性感には弱かった。
「…………た、達します…………っ!!」
千里がまた絶頂に至ったようだ。
正確には口づけの最中にも幾度か小さく達していたようだが、
背筋を伸ばしたまま綺麗に絶頂するので分かりづらい。

いつしか小屋の中には、夕焼けの黄金色が溶け込んでいた。
夢中になって千里を責め立てるうち、かなりの時間が経っていたようだ。
別れの時は近い。
千里と葉子は、どちらからともなく視線を交錯させた。

「…………もう」
そう言いかけ、葉子は言葉を途切れさせる。
もう来るんじゃねぇぞ、と照れ隠しに言い捨てるつもりだった。
しかしそれを口にしたが最後、生真面目な千里は散々に心を痛めた挙句、二度と葉子の前に姿を現さないだろう。
それは、葉子の望みとは違っていた。
「もう……何ですか?」
千里が澄んだ瞳で葉子の顔を覗き込む。
葉子はひとつ、ため息を吐いた。
「……もう一度、会ってやるよ。またしたくなったら、あの場所に来な」
葉子の言葉で、千里の頬が嬉しそうに赤らむ。
その笑顔をもっと見たい。
天涯孤独だったはずの葉子は、いつの頃からか、強くそう思うようになっていた。



                       終わり
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晒し屋本舗

※漫画『怨み屋本舗』二次創作、オリキャラありオリ設定ありのパラレルアナル物。
  スカトロ(排泄)成分を割と容赦なく入れているので、ご注意を。



“あなたの怨み晴らします。社会的抹殺・人探し・実質的殺害(価格応談)”

そう記された名刺が渡された時……それは『怨み屋本舗』が、相手を依頼人として認めた時だ。
現代の仕置き人。
怨みを抱く人間に成り代わり、金銭と引き換えに復讐を代行する者。
少人数ながら極めて優秀な人材の揃う怨み屋は、これまで幾多の復讐を粛々とこなしてきた。
しかし……今回ばかりは、その怨み屋も行き詰まりを見せている。

依頼を受けた当初は、ごく単純な案件と思われた。
依頼人が相手から公衆の面前で辱められ、それに対する復讐。
怨み屋がもっとも多く依頼され、また得意とする類のものだ。
情報屋である獅堂の調べにより、3日とかからず加害者の身元は割れる。
ところが、この後から調査は難航し始めた。
その加害者もまた『被害者であった』からだ。
怨み屋の追求を受けた加害者は、金を積まれて何者かに頼まれたのだと自白する。
しかし誰に頼まれたのかが判らない。加害者は、ネットを通じた匿名のやり取りでしか相手を知らなかった。

人探しは振り出しに戻る。
そしてまさにその日の夜、怨み屋を嘲笑うような出来事が起きた。
復讐の依頼人が、またしても被害を被ったのだ。
夜遅く帰宅した依頼者の部屋には、一面にカラスの死体が散らばっていた。
そしてテーブルの上には、新聞記事を切り貼りした一枚のメモが残されていたという。

“あナ た の 怨 ミ 晴 ラし ま ス”

明らかに『怨み屋』への挑戦状だ。
これに怯えた依頼人は復讐依頼の撤回を申し出たが、怨み屋側は頑としてそれを認めなかった。
ここで手を引けば負け逃げだ。
切った張ったの裏社会において、負け逃げは信用の失墜を意味する。
『怨み屋本舗』の威信に賭けて、この依頼を投げ出すわけにはいかない。

「とはいえ……手詰まりな状況には変わりないな。
 このまま依頼人が自殺にでも追い込まれれば、それはそれでマズイ」
獅堂が眉を顰めながら呟く。
机を叩く指の動きが、かなりの苛立ちを表していた。
「相手はこっちの存在に気付いている、という事しか手がかりがありませんね。
 仕事柄、怨みなんていくらでも買いますし……」
工作員の1人である里奈も、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
「非道ッチュ!連中、許せないッチュ!!」
もう1人の工作員である十二月田も、特有の口調で怒りを露わにする。
その中で、『怨み屋本舗』社長である宝条 栞だけは、冷静な面持ちで思案を巡らせていた。

「……やれやれ。流石に今度ばかりは、万策尽きたか?」
獅堂がそうぼやいた直後。それまで沈黙を守っていた栞が、不意に口を挟む。
「1つだけ、この難局を乗り切れるカードがあるわ」
その一言に、場の3人が目を見開いた。
「マジかよ! しかしそんな切り札があるなら、何でもっと早く出さなかったんだ」
獅堂が問うと、栞は珍しく返答に窮する様子を見せる。
しかしすぐに表情を引き締めた。
「彼と私とは、少し複雑な関係でね。なるべく関わり合いにはなりたくなかったのよ。
 とはいえ、今さら背に腹は変えられないわ。
 明日……ひょっとしたらその次の日も、私は彼との交渉で戻れないと思うけど、
 その間に少しでも情報を集めておいて。いいわね?」
有無を言わせぬその語調に、獅堂達はそれ以上の追求が出来ない。
しかし栞の言う『相手』が、ただ交渉の難しいだけの相手ではない事は、3人共が感じ取っていた。





「相変わらず美しいな。『怨み屋』……いや、栞。」
紅いソファに腰掛けた男が、直立した栞を見上げながら言う。
栞は一糸纏わぬ丸裸だ。
そのモデルのように均整の取れた裸体を、男に晒すがままにしている。
「これだけ無沙汰をしておいて、急に連絡を取ってくるということは……
 私の情報網を頼るしかない苦境に立たされた、という所か」
「ええ、ご明察の通りよ」
栞は男に鋭い視線を向けたままで答えた。
知己を見る眼ではない。まるで、敵対者を警戒するような眼だ。
その視線を受けながらも、男に感情の波立つ様子は見られない。

男……伊形は情報屋だ。
怨み屋の協力者である獅堂も優秀な情報屋ではあるが、伊形の情報網はその上を行く。
道路の脇に生えている雑草の種類から、警察庁で今日迷宮入りとされた事件まで、
首都圏のありとあらゆる情報がこの伊形の下に収束すると言っても過言ではない。
そしてそれと同時に、伊形は栞の『女を目覚めさせた』人間でもある。
栞を女にしたのがかつての恋人である鎧塚であるならば、女の悦びを教え込んだのはこの伊形だ。
『怨み屋』を営む女にとって、ハニートラップの経験はあるに越した事はない。
多少男を覚えた程度ではなく、あらゆる性の知識を身をもって習得しておく事が望ましい。
そこで栞は、ある一定の期間、この伊形の元に預けられた。

伊形による肉体開発の日々は、今でも栞の記憶に深く根付いている。
連日連夜、くすぐるような刺激で身体中のあらゆる性感帯を目覚めさせられた。
規格外の大きさを誇る伊形の物を、暇があればしゃぶらされた。
騎乗位での腰使いを執拗に仕込まれ、正常位・後背位などあらゆる体位での快感を刷り込まれた。
クリトリス、Gスポット、ポルチオのすべての性感覚を徹底的に憶えこまされ、
疲労と快感で意識を失っても、すぐに頬を張って再開された。
何より忘れがたいのが、後孔の開発だ。
毎晩のように様々な浣腸を施され、伊形の見守る前で排泄を強いられる。
そして様々な道具を用いて拡張を施され、後孔だけで達するようになるまでアナルセックスを繰り返された。
当時まだ少女であった栞は、嫌だ、嫌だと泣き喚いたが、聞き入れられる事はない。
むしろ騒げば騒ぐほど、伊形は脂汗に塗れた栞へ覆い被さるように突き込みを深めた。

「どうかしたかね?」
伊形の言葉で、栞は自分が知らず過去の回想に浸っていたのだと気付く。
「いいえ。ただ……懐かしく思えまして」
「なるほど、確かに懐かしいな。だがお互いに時間は貴重だ、ビジネスの話に入ろうか」
伊形はそう言い、ソファの上で脚を組み替えた。
「解っていると思うが、私は金には興味がない。腐るほどあるからな。
 私の生き甲斐は、気高く美しい女が浅ましく乱れる姿を鑑賞することだ。
 ちょうど今のおまえなどは、程よく青臭さが消えて“美味そう”だよ」
伊形の言葉に、栞は解りやすいほど不快感を露わにする。
それを見やりながら、伊形は栞の足元を指差した。
透明な液体の湛えられた洗面器に、オレンジ色のゴムでできたチューブが浸されている。
見覚えがあるのだろうか。栞の眉がいよいよ顰められた。

「その洗面器には、ドナン浣腸液が作ってある。
 あれだけやったんだ、今でも憶えているだろう。一番キツイ浣腸だ。
 注入した瞬間、ウォッカを飲み干したように肛門がカアッと熱くなる……とはおまえの言葉だったな。
 実際、イチジク浣腸を10分耐えるようになったおまえが、ドナンでは3分ともたずに泣きを入れたものだ」
伊形は笑みを浮かべ、盥の横に転がったゴム製の道具を指す。
「おまえは、そのエネマシリンジを使って、自分の手で洗面器一杯のドナン浣腸を注入するんだ。
 その上で私に奉仕し、見事射精にまで導ければ排泄を許そう。
 こちらも命の一部に等しい情報をくれてやるんだ、相応の誠意は示して貰わんとな。
 なに。心配せずとも、肛門栓ぐらいは嵌めさせてやる。
 どうだ、受ける度胸はあるかね、『怨み屋』?」
挑発するように問いかける伊形。
その提案は、およそ女には耐え難い恥辱の内容だ。
しかし、栞はなおも強い瞳を伊形に向けていた。
そこには、裏社会で生き抜いてきた人間特有の芯の強さが見て取れる。
「しかるべく。」
依頼を受けた際の常套句を口にしつつ、栞は不敵に微笑んでみせた。



「お゛っ……ごぉお゛っ、もぉお゛お゛お゛ぇ゛っ!! おごごっ、むごお゛ぁ゛っ…………!!」
部屋には苦しげなえづき声が繰り返されていた。
栞は伊形の足元に、蹲踞のような姿勢で屈みこんでいる。
「ふふ……歳を重ねても、喉奥の狭さというものは変わらんらしい。
 むしろ間が空いただけに、より締まりが増したか」
伊形は栞の頭を掴み、イラマチオを強要しながら告げた。
彼の持ち物は途方もない太さを誇り、麗人とも言うべき栞の顔を無残に歪ませる。
逸物の長さからして、蹂躙は喉の奥深くまで及んでいる事だろう。
栞の喉元から乳房にかけては、異様に泡立つえづき汁で濡れ光っていた。
本来であればとうに嘔吐していてもおかしくない。
しかし伊形の言う通り、『慣れている』のだろうか。どれほど苦しげでも、嘔吐には至らない。
栞は伊形の毛深い脚を掴みながら、喉奥への蹂躙を懸命に凌いでいるらしかった。

栞の苦しみはイラマチオばかりではない。
彼女の肛門には極太の栓が嵌め込まれており、それが肛門の蠢きに合わせて揺れていた。
蹲踞の格好を取る太腿の震えといい、尻肉の細かな収縮といい、排泄欲の限界が見て取れる。
腹部からの腹鳴りも尋常ではない。
肛門栓の周りには、栓でも留めきれない汚液が不定期に噴き出してもいた。
「ぶはっ!!」
伊形がようやく栞の後頭部を放し、息継ぎを可能にする。
長大な剛直がずるりと栞の口内から抜き出された。
唾液の飛沫が宙を舞い、唇と剛直の間に濃密な糸が引く。
「……はっ! はぁっ、はあっ……は、はぁっ……はぁ、ああっ……!!」
栞は涎を床に滴らせながら、苦しそうに息をする。
酸素不足と、極限の便意。その両方の苦しみが、彼女の脳髄を焦がしている筈だ。
「どうだ栞、懐かしかろう。まだ生娘にも等しいおまえに、何十回何百回と咥えさせた逸物だ。
 カウパーから恥垢の匂いまで、脳髄の記憶に染み付いている事だろうな」
伊形は反り立つ剛直を誇りながら栞を見下ろす。
「……はぁっ、はぁ……た、確かに、この鼻をつく酷い匂いは久々だわ。
 それより、まだ出ないなんて遅漏なんじゃない? 亜鉛を摂った方が良いわよ」
対する栞は、負けじと伊形を睨み上げて憎まれ口を叩く。
並ならぬ精神力といえた。
ドナン浣腸を受けてから数分は経つ。まともに言葉が紡げるだけでも、驚嘆に値する。
しかし伊形に容赦はない。再び栞の頭を掴み、剛直を麗しい唇の合間にねじ込んでいく。
「う゛っ、う゛こ゛っ……! っごぉお゛おおお゛ぅう゛え゛え゛っっ!!!」
インターバルを経た事で、新鮮さを増したえづき声が響き渡る。
喰う者と、喰われる者。いかに栞が気丈に振舞おうが、その力関係は変わらない。


「さすがに、限界のようだな……『怨み屋』」
怒張を引き抜いた伊形が、蔑むように栞を見下ろす。
酷い有様だった。
裸体は至るところが脂汗に塗れ、猛烈な女の体臭を放っている。
顔色は蒼白そのもので、汗と涙、鼻水、涎の判別さえ困難な状態だ。
蹲踞の姿勢を取る伸びやかな脚は、爪先立ちになり、堪らない様子で腰を上下に揺らしていた。
腹の鳴りもいよいよ深刻になり、引き締まった腹筋は秒刻みで収縮を繰り返している。
まさしく限界。
ドナン浣腸による便意が、人間の意志で抑えられる臨界点を突破している状態だ。
「くっ……くく、くっ…………!!」
流石の栞とて、もはや憎まれ口を叩く余裕などない。
ただ奥歯までを噛みしめ、鼻頭に尋常でない皺を刻みながら極感を耐える他ない。
そしてその数秒後、ついに決壊の時が訪れる。
栞の慎ましい蕾から、数度放屁が漏れた。
それは次第に水音を含んでいき、ついに濁流と共に肛門栓を噴き飛ばす。

下劣な音が響いた。

勢いよく噴出した汚液は、時に飛沫を上げながら股下の洗面器に叩きつけられていく。
「く、ううううっ…………!!」
栞はその整った顔を恥辱に歪ませ、しかし抗う術もなく排泄の快感に浸りはじめた。
到底、普通の排便音ではない。
これほど悪質な下痢があろうかという噴射の音に、品のない破裂音。それが呆れるほど延々と続く。
「変わらんな。この排泄音に、この匂い……まるで変わっていない。
 あの頃の純朴なおまえが帰ってきたようで、嬉しいぞ」
伊形は口端を緩めながら栞に囁きかけた。
「うっ……ううっ! うはっ……あふぅっ…………!!」
留めようもない排泄の最中、栞は幾度か声を漏らす。
口惜しさから漏れた声もあっただろう。だがそれ以上に、快感の色が強かった。
堪えに堪えたこの排便が、堪らなく心地よいのだ。たとえ、人前に晒す最低な排泄であっても。
洗面器一杯に汚液が溜まり、出るものがなくなった後も、栞の桜色の蕾は開閉を続けていた。
無論、ドナン浣腸の後遺症なのだろう。
だが見ようによっては、それは固形物の挿入を誘っているかのようにも映った。
「さぁ、栞。次の段階だ。
 おまえは残念ながら、排泄までに私を射精へと導けなかった。
 ゆえに罰を受けて貰う。その、堪え性のない肛門にな」
伊形は肩で息をする栞を見下ろし、満面の笑みで言い放った。


  
「ではまず、腸の中を余さず掃除するとしよう。
 おまえは昔から、一度の浣腸ではスッキリと出きらない腸の形をしているからな」
伊形は一口ブランデーを含み、咀嚼して飲み込んだ。
「さぁ、どうだったかしら。もう憶えていないわ」
「白々しい事を言うな。おまえのように頭の回る女が、あれだけ繰り返した事を忘れるものか。
 ……まぁいい。前屈みになって尻を突き出せ。“いつもの”ポーズだ」
伊形に命じられ、栞は小さく歯噛みしながらその言葉に従う。
細身が前傾の姿勢を取り、豊かな乳房が揺れた。
伊形は棚から銀色の道具を取り出す。
肛門鏡。肛門へ挿入してから開く事により、腸奥までを覗けるようにする医療器具だ。
伊形はその烏口にローションを垂らし、栞の背後に立つ。
ドナン浣腸の効果により、緩みきった桜色の蕾。
そこへ烏口がねじ込まれる。肉を挟まないよう小さく開いたまま、ずぶずぶと奥まで。
「っ!!」
腸内の冷たい感触に、栞は思わず顎を浮かせた。

伊形は栞の反応を愉しみつつ、奥まで挿入された肛門鏡を開きにかかる。
次第に露わになる、宝条 栞という人間の体内。
奥の奥までが鮮やかな紅色に染まっている。
「相変わらず綺麗なものだ」
伊形は呟くと、開ききった肛門鏡から手を離し、ガラス製のディルドウを手に取った。
太さはさほどないが、代わりに長く、左向きに湾曲した独特の形状をしている。
「腰を下げるんだ」
伊形が栞の尻を叩いて命じた。
栞は四股を踏むような姿勢を取り、左右の掌をそれぞれ膝に重ねて安定させる。
力士がすれば様になるだろうが、裸の若い女性となれば滑稽そのものだ。
無論、そうした精神的な苦痛も伊形の望むところなのだろう。
排泄物の湛えられた洗面器を、改めて栞の尻の下へとずらし、伊形は準備を整えた。

「さて、では挿入するぞ。久方振りだ。括約筋を緊張させて、しっかりと味わいなさい」
伊形は栞に囁きかけ、肛門鏡の中へとガラス製のディルドウを送り込んでいく。
冷たいガラスが腸壁の合わさりを掻き分ける。
「んっ……」
その折に栞が発した吐息は、ひどく艶かしいものに聞こえた。
あるいは無意識の内に、これから起こる事に対しての期待を含ませているのか。
伊形は微細に角度を調整しながら、右向きにガラスディルドウを沈めていく。
「おまえはいつも、S字結腸下側に排泄物の残りを溜めている。
 こうして角度を持たせたディルドウで、耳掻きのようにこすってやれば……
 どうだ、残留物に当たっているのが解るだろう」
伊形はそう囁きながら、ディルドウの根元を少し回転させた。
構造からして、栞の腸内ではその先端が大きく円を描いているだろう。
「うん!」
瞬間、栞の腰がびくりと跳ね上がった。伊形が嬉しげに目を細める。
「みろ。今、感じたな?」
「……まさか」
必死に冷静を取り繕う栞だが、伊形の手がさらにディルドウを根元を操ると、
それに応じて腰を蠢かせてしまう。
そして、しばらくの後。栞の腸から、不意に小さな放屁の音が漏れる。
さらにはそれに続くようにして、どろりと汚液の残りがディルドウを伝った。
「おうおう、気持ち良さそうに出てきよったわ。
 おまえのように上等な女が、私の導きで糞を垂らす様は……いつ見ても堪らん。
 やはり中には、まだかなり残っているようだな、栞?」
伊形が勝ち誇ったように告げる。
「クッ!」
栞は後ろに視線を投げながら、不快さを露わにしている。
かつて『怨み屋』たる彼女が、ここまで良い様にされた事があっただろうか。
しかし、伊形ならばそれができる。

伊形はさらにガラスディルドウを操り、栞を責め立てた。
一度排泄が為された後は、ディルドウを動きに合わせて腸奥から水音が立ち始めた。
粘り気のある、何ともいえず淫靡な音だ。
そして伊形の手首が小刻みに動き、水音が断続的になった直後、決まって排泄が起こる。
黄みがかった汚液が、洗面器の中にまたひとつ飛沫をあげた。
「……はっ、はっ……はぁっー、はーっ、はっ…………!」
いつしか栞の唇からは、熱い吐息が吐かれるようになっていた。
頬の紅潮といい、明らかに性感の表れだ。
「おまえは昔から、この浣腸の後の摘便に弱かったな。
 自らの意思でなく、他人の手で無理に排泄させられる感覚が良いのか?
 それとも大股開きという、腸奥の狭まりやすい状態で『こじ開けられる』快感か?」
伊形はいやらしく問い続ける。
答えを期待してのものではないのだろう。ただ当人の耳に入るだけで、自尊心が削れる類の言葉だ。


どれだけ排泄の残滓が吐き出された事だろう。
すでに洗面器に滴る汚液は、ほとんど色のついていない液ばかりだ。
しかしながら、伊形の手首は緩急をつけて蠢き、ガラス越しに栞の腸内を嘗め回した。
それは恐ろしいほど巧みなのだろう。
栞は言葉の上でこそ否定するが、その腰は緩やかに踊るようにうねり続けている。
幾度も内股に折れかけてはがに股に戻し、足の裏が汗で滑っては引き戻す。
そうして、かろうじて蹲踞の形を保っている状態だ。
あるいは今ディルドウから滴っている透明な液は、大半が腸液なのかもしれない。

「ふふ、また腰が跳ねよったわ。いよいよアナル性感も芽吹いてきたらしい」
伊形はそう言いながら、ここで一際手首の繰りを早めた。
強く、早く、残酷なほどに角度をつけて。
その結果、栞の伸びやかな両脚は解りやすいほどに筋張った。
腸の奥の奥から幾度か破裂音が響き、その直後。
「おおお゛ぉ゛お゛っ…………!!!」
ついに、と言うべきか。
栞は背を反らして天を仰ぎ、濃厚な快感の呻きを漏らした。
直後、はっとしたように口を押さえるが、すでに遅い。
伊形がそれを聞き逃すはずがない。
「おまえがここまで耐える事も、しかしここで極まる事も、すべて計算通りだ。
 まぁ無理もなかろう。
 ドナンは格別に浸透圧が高いからな、浣腸後のアナルの敏感さも、他の浣腸の非ではない。
 放っておけば浅ましくヒクつき続けるアナルを、これだけ丹念に可愛がっているのだ。
 腹の中にズンと来るものがあるのも、当然だろう」
全てを見透かすかのようなその言葉に、栞は下唇を噛んだ。
「あ、アナルで感じる訳がないでしょ。今のは少し、咳き込んだだけよ」
あくまで肛門性感を否定する栞に対し、伊形は笑みを崩さない。
「ほう……では」
そう囁きながら、彼の指は栞の腰を回り込む。
茂みを指の腹でまさぐり、隠された蕾を探り当てる。
「これは何だ。クリトリスをこれだけ“しこり勃たせて”おいて、まだ感じていないとでも?
 この部屋に来て以降、おまえは浣腸とアナル責めしか受けていない筈だがな」
伊形に決定的な証拠を突きつけられ、栞は黙るしかない。
伊形はその彼女の耳を甘噛みし、洗脳するかのように囁きかけた。
「いい加減に諦めろ。私にすべてを委ねるんだ。
 おまえの身体を開発したのは私だ。私はおまえの生理を良く理解している。
 おまえ自身よりも……な」
伊形の言葉は、栞の瞳に燃える憤りの炎を、一瞬ながら揺るがせる。
その一瞬、栞の横顔は世間を知らない少女のものに変わっていた。




人を呪わば穴2つ。
誰かを貶める人間は、同じく貶められる事を覚悟せねばならない。
『怨み屋』として数多くの人間を貶めてきた栞もまた、その因果の中にあった。

一体何時間に渡って、調教が続けられたのだろう。
30帖のリビングには、至るところに調教の跡が残されていた。
牛乳の吸い上げられた浣腸器。
艶かしい粘液に包まれたままボウルに山盛りになった玉蒟蒻。
同じく粘液に塗れながら床へ転がる、無数のゴルフボール。
床には他にも、サイズ違いのアナルパールやディルドウが所狭しと放りだされている。

4人掛けの紅いソファにも情交の痕跡が見られた。
ソファの座部は夥しいほどの汗と愛液、精液で変色している。
そこを結合部とするならば、ちょうど頭に当たる部分にあるクッションもひどく濡れていた。
もしもそれが涎の跡だとするならば、尋常な量ではない。
合間合間に水分補給を入れなければ、確実に脱水症状を起こしていると思わしき濡れ具合だ。
よくよく見れば、座部の側面にも爪で掻いたような跡が見られる。
片方がよほど激しい反応を見せたのだろうか。
一体、人間どれほどの状況に追い込まれれば、ここまでソファの記事を掻き毟れるのだろう。

さて、その人間は今、どこにいるのか。
寝ているのではない。外出もしていない。
彼女は今も、マンションの一室……特別室に拘束されている。

栞は特製の革椅子に腰掛けていた。
大股を開き、座部に深く腰を沈める格好だ。
肘掛に乗せられた両腿には、まるで腰が浮き上がるのを防ぐかのように拘束帯が巻かれている。
そしてその茂みの下……肛門には、眼を疑うほどの太さのバイブがねじ込まれていた。
長さの程は解らないが、たとえ短かったとしても直径が半端ではない。
到底、軽い気持ちで受け入れられるものではなかった。
さらにそのバイブは、腹に響くような重低音を伴って激しく上下している。

「どうだ、直腸一杯に呑み込んだ極太の味は?
 憶えているだろう。昔、君に使った様々なアナルバイブの中で、一番君の反応が良かったものだ。
 太さ、固さ、反り具合、凹凸……全てが君の腸内構造にマッチしていたようだね。
 腸内深く抉りこまれると、先端で子宮の裏が押し上げられて堪らない。
 かつての君は、そう涙ながらに訴えていたね。
 今の成長した君なら、そのバイブによる快感をどこまで受け入れられるのか……楽しみだよ」

伊形はリクライニングチェアに腰掛け、ブランデーグラスを弄びながら優雅に見守る。
その視界の中で、栞は乱れに乱れていた。
「はっ、はおっ、はおおお゛お゛お゛っ!!!!」
口の端から止め処なく涎を垂らしながら、白目を剥いて叫ぶ栞。
髪は乱れ、美脚は椅子の脇で艶かしく揺れる。
『怨み屋本舗』社員の前では絶対に見せない姿。伊形の前でだけの姿だ。
「ほお、またきたな。」
伊形は痙攣を繰り返しながら悶え狂う栞を、愛おしそうに見つめていた。
やがて、栞の秘所から透明な飛沫が噴き上がる。
「ほぉおああぁぁあ゛あ゛あ゛っっ!!!!」
それと同時に上がった歓声は、思わずぞくりとするほどに精気に満ち満ちたものだった。

このマンションを出た後、宝条 栞はまた涼しげな顔で『怨み屋』の仕事に戻るだろう。
しかし今この瞬間は、彼女は肛門で数限りなく達する、低俗な家畜に過ぎない。
身の内に秘めた汚い部分を、全て曝け出すだけの。


                      終わり
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荒事

※腹責め物。嘔吐注意。


会心のストレートだった。
腰の切れも、腕のピンと伸びきった感触も、言うことなく。
しかし笑香(えみか)さんは、それを難なく捌いてしまう。
そして捌いたその右手が二度、俺の前をチラついた。
「ぐ!」
動けなくなる。
そこに至って初めて、俺は笑香さんの突きを食らっていた事に気がついた。
鳩尾と人中、ほぼ同時に一発ずつ。
静止した時間の中で、笑香さんの左手が握りこまれる。
そして次の瞬間には、その拳はもう俺の顔面へ迫っていた。
殴られる――!
そう覚悟した直後、顔の横を風が通り抜ける。
チリチリとした熱さが頬の皮膚を炙る。
視界一杯に広がる拳。寸止めの正拳だ。
「…………参り、ました。」
俺はそう呟いた。負けを認めるしかない、圧倒的な敗北だったからだ。

俺の言葉を聞き届けた笑香さんは、そこで残心を解いて拳を引いた。
「フッ……まだまだね、良介くん」
そう言って、彼女は笑う。
笑香という名前の通り、とても綺麗に笑う人だ。
まるでアナウンサーやスチュワーデスのように、洗練された笑み。
その一方で彼女は、軍隊格闘やフルコンタクト空手など、実践的な格闘技をいくつも修めている。
だから荒事にはめっぽう強い。ヤクザの事務所に、身ひとつで乗り込めるぐらいには。

笑香さんは私立探偵だ。
浮気調査といった小口の仕事も請け負うが、金になるのは裏の仕事。
警察が動かない事件に対し、依頼人の要望に応じて犯罪の証拠を掴むケースが一番多い。
俺はふとしたきっかけで笑香さんに助けられ、そのまま流れで彼女の助手をやっている。



その日の仕事は、ストーカー被害の調査だった。
まだ実際に被害が出ていないという理由で警察が動かず、被害女性は笑香さんに泣きついた。
そこで、女性のボディガードを兼ねてストーキング現場を押さえようという訳だ。
数日ほど女性に囮となってもらったところ、犯人はすぐに特定できた。
なんとも冴えない中年オヤジだ。
背丈は十人並み。腹の肉はたるみ、腑抜けた顔でふらふらと歩く。
異常なのは、被害女性の後をつけながら、道行く人間に自分の映像を撮らせている事だった。
特にカップルを狙い、デジタルカメラを渡して、被害女性と自分が同じフレームに収まるよう撮影させる。
そして気味悪そうにカメラを返すカップルを、にやにやと見送る。

俺はその様子を繰り返し見ているうちに、段々と腹が立ってきた。
見るからに弱そうで、たとえ殴り合いになっても勝てるだろうという打算があったのも事実だ。
その結果俺は、とんでもない間違いを犯すこととなる。
別ルートで男を追っている笑香さんに連絡を取ることもなく、単独で男を追い詰めたんだ。
場所は薄暗い路地裏だった。
いつも通りのニヤケ面で徘徊するストーカー男を、俺は大股で追いかけた。
足音でさすがに気付いたんだろう、脂ぎった顔がゆっくりとこちらを振り向く。
「何かな?」
男は薄ら笑いを浮かべたまま、可笑しそうに俺を見つめている。
それを睨んでいるうち、俺は自分の中の怒りが膨らんでいくのを感じていた。
正義感とか、そういった類のものじゃない。ただ生理的に殴りたくなるだけだ。
「惚けてんじゃねぇよ、ストーカー野郎」
俺はチンピラさながらに凄んだ。自分の方が強いという、根拠のない自信が満ち満ちていた。
「ほぉ。……ほぉ」
男はいよいよこちらの神経を逆撫でする声を出し、急に身体を揺らす。
注意深く見れば、それが単なる身震いの類だと判っただろう。
しかし人間不思議なもので、すっかり臨戦態勢に入った状態で相手が急に動くと、それを攻撃と勘違いする。
結果、俺は男へと安易に殴りかかっていた。

まずい、という直感があった。
先に手を出した事が、後々法的にまずい事もある。
けれどもそれ以上に、殴りかかる動きがあまりに雑すぎた。
フックでもストレートでもない、大袈裟にカーブを描くテレフォンパンチ。
反射的に殴りかかった、隙だらけの一撃だ。
男は当たり前のようにそれを避けた。今になって、その身のこなしに驚愕する。
明らかに戦い慣れた、ロートルの傭兵のような回避だ。
半身になって攻撃をかわした中年体型が、今度は攻撃に移る。
下膨れの胴体の後ろから現れる、腕。
どうして気付かなかったんだろう。
セーターに包まれたその上腕の筋肉は、ゴリラのように膨れ上がっている。
にたり、とオヤジの笑みが視界に映った。
その直後。凄まじい衝撃が、俺の腹部を襲う。
「む゛っ…………!」
反射的に声が漏れた。大型のトラックに激突されても、きっと俺は同じ声を出すだろうと思えた。
爪先が地面から離れた感覚の後、地面に尻餅をつく。
腰から下の筋力が一切なくなったかのように、どうしようもない尻餅だった。それが怖い。
そしてもっと怖いのは、そうして状況を認識している一方で、まだ腹部に痛みがない事だ。
頭の中にジェットコースターが思い浮かぶ。
やばい、やばい、やばいやばいやばいやばい。
頭は嫌というほどそれを理解しているのに、決定的な衝撃はまだ訪れない。
俺は知っている。認識は間違っていない。わずか後に、ヤバイと思った以上の衝撃が、きっと来るという事を。
「げはっ!!」
先に口が開き、唾液が地面に飛んだ。
そしてその直後、恐れていたダメージがようやく訪れる。

腹筋はおろか、内臓という内臓が押し潰されたような感覚だった。
2度とまともにメシが喰えないだろうな、という予感めいたものが脳裏にチラついた。
体の深くで核爆発でも起きたような膨大なダメージ。でもそれは大丈夫だ。
あまりにも規模がでかすぎて、まだまだ脳が処理しきれていない。
咀嚼できるようになった後で、死ぬほどのた打ち回るんだろうが、とりあえず今この瞬間の問題じゃない。
問題は腹部以外。
肺が下半分をミキサーにかけられたかのようになり、息ができない。
空気を吸っても吸っても、下側の穴から通り抜けているようで、陸にいながら溺れそうになる。
そして、恥骨周り。
直撃を受けた腹部につながるジョイント部分が、外れかける寸前の悲鳴を上げている。
立つことなどとても出来ない。蹲っていて、ようやく人のカタチを保てるような状態だ。
ここまで分析が進んで、ようやく腹部の痛みがゆっくりと襲ってきた。
猿の脳味噌をゆっくりと舐め溶かすにつれ、じわじわとその苦味が認識されるかのごとく。
俺は絶叫してのたうち回った。
いや、正しくは『そうしている筈だった』。

俺に認識できるのは、一瞬にして涙で滲んだ視界と、吐瀉物が撒き散らされる地面。
そして『あ゛-っ、あ゛-っ』という、どう聞いても普通でない、カラスのような呻き声だけだ。
ただ胸を大きく上下させ、吐くことしか出来なかった。
視界の上端で、男の靴がかすかに動く。
俺はそれに心底恐怖した。
この路地へ来た時の威勢のよさはどこへやら、俺はあの男に怯えきっていた。
もう一度殴られたら、絶対に耐えられない。心と体がそう確信しているからだ。

「良介くん、何があったの!?」
その時、路地の脇から声が飛び込んできた。俺はそれにさえ絶望を覚える。
おおよその未来が解ってしまうからだ。
「!!」
賢い笑香さんは、この状況を一瞬で理解する。
そして彼女はこちらに走り寄るだろう。
「へっ、えへえへっ、えへっ…………」
男は気味の悪い笑みを浮かべながら、路地から逃げ出す。
「待ちなさいっ!」
笑香さんはそれを追いかける。
男に続いて路地を曲がる瞬間、俺の方を心配そうに見やりながら。

でも、違うんだ。今彼女が心配するべきなのは、俺なんかじゃなく、自分の方。
俺だって、これでも一時期ボクシングをやってたんだ。今もトレーニングは欠かしていない。
普通の喧嘩でボディブロー一発で沈むなんてこと、ありえないんだ。
ほぼ毎日、笑香さんに格闘技の手ほどきを受けている俺だから解る。
笑香さんは確かに強い。けれどもあの一見冴えない親父は、それともまた別格にヤバイ。
ジムのインストラクターのように引き締まった身体をした笑香さんでも、防御力には限界があるだろう。
むしろ、男である俺の方がいくらかフィジカルは強い可能性もある。
笑香さんの細い身体が、あの打撃を喰らったら……。

俺はただ祈り続けた。次第に遠のく意識の中で、必死に。
意識が途切れる最後の瞬間、路地の奥から女性の悲鳴が聴こえたのは、きっと気のせいだろう。





それから一週間。
俺は事務所で1人、笑香さんの帰りを待ち続けた。
警察には勿論伝えたが、芳しくはない。
俺の腹部の怪我をもとに、傷害罪の疑いで捜査するとは言っていたが、言外にやる気の無さが見て取れた。
最初は誠意たっぷりに対応してくれたんだ。
腹部の怪我を見せた瞬間真っ青になり、憤ってくれた若い巡査もいた。
けれども男の特徴や素行を挙げるたび、その反応は変わっていった。
若い巡査は視線を惑わして上司の顔色を窺うようになり、その上司は一度、小さく首を横に振る。
『関わるな』……はっきりとそう読み取れる具合に。

けれども俺は諦め切れない。
一週間経とうが、今日もまた例の現場へ出向こうと支度を進めていた時だ。
不意に事務所のポストへ郵便が届けられた。
虫の知らせ、というのだろうか。嫌な汗が背中を伝い落ちる。
しかし、仮にも探偵事務所のポストだ。
また何かのセミナーや備品の広告が来たか、あるいは依頼の封書が入っているのかもしれない。
俺はそう自分を納得させ、震える手で郵便受けを開けた。
封筒が一通だけある。
裏返しても送り元はない。いよいよ震えながら封を切ると、一枚のDVDが頭を覗かせた。

プレイヤーに差込み、そのDVDを再生し始めてしばし。
俺は声にならない悲鳴を上げていた。
冒頭に映っていたのは、あの親父。そしてその遥か向こうの道を歩く、ストーカーの被害女性。
この光景を、俺はよく覚えている。
不審がるカップルにデジカメを渡し、無理矢理に撮影させていたものだ。
つまり……あの悪夢が始まる、十数分前の映像という事になる。
映像は一旦途切れ、別の場面に変わった。
今度は、吐瀉物塗れで地面に這い蹲る俺の姿が映されている。
奴はあの時、撮影していたんだ。倒れ伏した俺を見下ろしながら、あのデジカメで。
そしてまた場面が切り替わる。
この後となれば、笑香さんが男を追いかけていった以後だ。
僅か数秒の暗転が、俺には永遠に思えた。
心臓が締め付けられるように痛み、息をすることさえ苦しかった。

映像が映し出される。



「あ……あああっ!?」
俺は知らないうちに悲鳴を上げていた。
映像には紛れもなく、懐かしの笑香さんが映っている。
ボロボロだった。
服は乱れた状態。靴は片方がなくなり、ストッキングで直に地面を踏んでいる。
あの一撃をすでに喰らってしまったらしく、右手で腹部を押さえたまま内股で立っている状態だ。
いや、立っているとも言えない。袋小路となった場所の配管に背中を預け、かろうじて直立を保っているだけだ。
左腕は完全に折れているらしく、ファージャケットに袖を通したままでぶらりと垂れ下がっていた。
口元から喉にかけては、吐瀉物に塗れている。
当然だ。非難しようがない。俺だって、吐きまくったんだから。
あの地獄の苦しみが記憶に甦る。そうか、あれを喰らったのか、笑香さんも……。

『はぁっ……はぁっ、はっ、は……はっ…………!!』
笑香さんは肩で息をしながら、必死に袋小路から逃れようとしているらしかった。
当然だ。破壊力のある相手に、回避できない場所など誰だって嫌だ。
しかし、抜け出せない。
右にフェイントをかけて男の左をすり抜けようとする 笑香さん。
だが、男に間一髪ショルダータックルで阻まれてしまう。
そして壁に叩きつけられた笑香さんに向けて、男は一撃を見舞った。
十分に切った腰の付け根に拳をつけ、それを打ち出すようなレバーブローだ。
『ぼぅはっ…………!!!』
反則的なその打撃力は、笑香さんを軽々と宙に舞わせる。
そして赤茶けたドラム缶に背中から衝突させ、ボロ雑巾のように地面を這わせる。
『…………あ゛っ』
まずは俺自身も経験のある、圧倒的なダメージを脳が処理し切れていない状態。
そしてその数秒後、身体中が激痛で燃やし尽くされる。
『ああ゛あ゛ーーっ! ああ゛っ、あ゛ぐぁっ…………があ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!』
笑香さんは、俺でさえ聞いた事のない低い呻きを上げはじめた。
這った状態のまま腹部を右手で抑え、咳き込むようにして地面に嘔吐を繰り返している。
顔中にびっしょりと脂汗を掻いている様は、異常としか言いようがない。
 
男はそんな笑香さんにゆっくりと近づき、髪を掴んで引きずり起こした。
そして逆の手で笑香さんの喉輪を掴み、壁に叩きつける。
『かはっ…………も、もうやめて………………もう、やめで…………!』
笑香さんは怯えきった瞳で男を見下ろし、懇願する。
衝撃だった。俺の中で笑香さんは、とても強い憧れの人だったから。
俺の今まで関わったなかで、笑香さんほど気が強い人はいなかった。
酒の席でさえ、イジるなんて事はとてもできないほど。
その人がこうなるまでに、一体どれだけあの重撃が打ち込まれたのだろう。
よく見れば、彼女は身体中が痣だらけだった。
受けや捌きに精通した笑香さんが、一切防御行動を取れなくなるほど、身体がガタガタなのだろう。

そんな哀れな俺の師匠を前に、男はいよいよ嬉しそうな笑みを浮かべる。
そして、カメラの向こう……俺に見せ付けるかのごとく、笑香さんのシャツを捲り上げた。
多分男の思惑通りなのだろう。
俺は思わず震え上がった。
笑香さんの鍛えられた腹部は今や、無数の隕石が墜落した平原を思わせる有様だった。
至るところが赤黒く変色し、体の線に沿わない酷い隆起がいくつも見られる。
俺だったらその半分もダメージを負わないうちに、もう殺してくれと哀願するに違いない。
ボクシング時代、フックを受けて腋腹の一部が赤く盛り上がっただけで、入浴も寝ることさえ出来なかったのだから。
その打撃を何十発も受けて、その結果が笑香さんの惨状なんだ。
それはもう、どれほど気が強くても折れて当たり前だ。

『いやぁ、面白いねぇ……。泣きを入れさせるのに随分手こずったけど、ようやく第一段階クリアだ。
 ここでもう、こんなに強い女が手に入るとは思わなかったよ。あのハイキックは、いやぁ効いたねぇ。
  やっぱり狩りはいい。餌を良くする毎に、もっといい獲物が手に入る。
 …………キミもそう思うだろう?』

男はそう言って、カメラの方を振り向く。けれども、俺に向かっての言葉では恐らくない。
この映像の撮影者……この男のバックにいる何者かに向けての言葉だ。
あるいは警察が動かないのも、そうした勢力の影響なのか。
……いや、警察だけじゃない。俺もまた、どう動けばいいのか解らない。
呆然とした頭で、俺はただ映像を見続けるしかなかった。
笑香さんが絶望に満ちた瞳で、なおも腹部を殴りつけられる様を。
嘔吐するものさえなくなり、空嘔吐のまま口の端から涎を零すさまを。
視線がぐらりと斜め上を向き、光を失う様を。

男はなおも笑いながら、笑香さんの喉輪を外す。
そして力なく崩れ落ちた身体を肩に抱え上げ、路地の暗がりへと姿を消した。
画面にはただ、笑香さんの苦悶の残滓が映し出されるばかり。

そして数分後、また別の映像へと切り替わる。
黒髪を靡かせて街中を颯爽と歩く、笑香さんの姿。
公園で俺に稽古をつけながら、綺麗に笑う笑香さんの姿。
そして……この事務所を訪れる、ストーカー被害の依頼人の姿。



俺は、すべてを理解した。


                       終
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