大樹のほとり

自作小説を掲載しているブログです。

2015年05月

向こう岸の彼女 二話

※NTR連載小説、二話。今回もエロなし。少しずつ恋愛を積み上げていっています


「ソースケお前、女できたのか?」
案の定、週明けの学校で英児はそう言ってきた。
僕からの着信で女の子の声が聴こえてきたんだから、当然といえば当然の反応だ。
「そうじゃないよ。あれはちょっと、知り合った女の人が間違っただけで……」
僕は正直に答える。
彼女扱いなんてとんでもない。僕が彼女……鵜久森さんに一方的な好意を抱いているだけなんだから
でも英児は、その僕の答えに愉快そうな笑みを浮かべる。
「ンな事言って実は、俺の知らねぇとこでイチャついてたんだろ? どこまでいったんだよ、オラ白状しろ!!」
僕の首に腕を回して、絞めるフリをする英児。廊下を通りかかった女子が笑う。
普段通りの日常。でもそれが違って思えるのは、僕自身の心境が変わったせいだろうか。
また鵜久森さんの所に遊びに行こう。
そう思えば、要領の悪さからよく怒鳴られるコンビニでのバイトさえ、それほど苦には感じなかった。
東京から2時間という電車代は、高校生の身にはけして安くない。
それでも僕は必死にバイトをこなし、何とか旅費を捻出しては、芳葉谷に足を運んだ。





夏になったら忙しくなる。
鵜久森さんのその言葉通り、2度目に訪れた6月中旬は、まさに繁忙期という風だった。
閑古鳥の鳴いていたあの甘味処が一転、家族連れや老夫婦でごった返している。
10分ほど時間を潰してようやく、1人分の席に滑り込めるという具合だ。
「はぁっ」
着席と同時に溜め息が漏れた。
木という木でセミがうるさく鳴き、照りつける太陽は何もかもを真っ白に染めていて、喉はもうカラカラだ。
「おわいなはんしょ。よぐ来らったなし」
ふと、聞き覚えのある声が降ってきた。見上げると、割烹着に身を包んだ女の子がいる。
ピンクと薄茶色のちょうど間のような、健康的な肌色。くるくるとした瞳。
鵜久森さんだ。
以前は肩に遊んでいた黒髪が、三角巾から少しはみ出る2つ結びになっていて、これがまたとてつもなく可愛い。
「ご注文は?」
メニューを片手に、にっこりと笑って告げる鵜久森さん。
その笑顔は変に整いすぎていて、明らかに営業スマイルといった風だ。
僕はその笑顔を見た瞬間、ああ、そうかと理解した。彼女にとって僕は、あくまで客の一人に過ぎないんだ。
毎日何十人もの相手をする商売で、一人一人の顔をすべて覚えている筈がない。僕のように凡庸な人間なら尚更だ。
一ヶ月前に少し話をした程度で、特別な一人になれた気でいた僕がバカだったんだ。

「団子セットを……下さい」
僕はせめて気落ちを悟られまいと、なるべくはっきりした口調で注文する。
「あいよ~!」
そう朗らかに返事をして、店の奥へ消える鵜久森さん。僕はその後姿を見送った。
これが彼女の見納めだ。数多の客の一人として通うには、この町は遠すぎる。
淡い恋だった。でも、これで終わり。まったく僕らしい最後じゃないか。
そんな事を考えるうち、涙が出そうになる。僕は無意識に唇を噛んで涙を堪えた。
どうしてだろう。泣きたいなら泣けばいいじゃないか。
僕はいつもこうだ。いつも他人の目ばかり気にして、素直な感情を表に出せない。
悪い感情を溜めれば、その分だけ心が濁っていくと知っているのに。
「はぁっ……」
二度目の溜め息。さっきと違って、今度は深刻だ。
せっかく見えたオアシスが、ただの蜃気楼だったと気付いての溜め息なんだから。
僕がいよいよ沈痛な気持ちになった、その時だ。
カン、という音で、僕のテーブルに白い皿が置かれる。草餅とみたらしの団子セット。
前に見た時と同じく、扇風機の風に煽られて美味しそうな湯気が靡いている。
そうだ、これだけは僕を裏切らない。はるばるこの団子を食べに来たと思って、高い電車賃にも納得しよう。
そう思いながら皿に注意を向けると、何だろう、何か違和感がある。
みたらし団子の餡……それが変に飛び散って、文字のようになっている。
1文字目は、『ひ』だ。
2文字目は間違いなく『さ』、3文字目は多分『し』。
残る2つは、『ぶ』と、――『り』。

ひ  さ  し  ぶ  り  ………… ?

僕は、はっとして再び上を見上げた。
そこには、口の端を吊り上げた、あの屈託のない笑顔がある。
「なじょした?」
ピンクの唇が動いて、音が発された直後。僕の瞳から涙が伝い落ちる。
何だよ、こういう時は我慢するんじゃなかったのか、僕は。
隣にいたおばあちゃんが変に心配して、ハンカチなんて渡してきたじゃないか。
だから嫌なんだ。他人に変に気を遣わせるぐらいなら、僕の中だけにしまいこんでおきたい。
ああ。でも、見知らぬおばあちゃんのこのハンカチは、やけに触り心地がいい。
とても…………気持ちがいい。



昼時を過ぎて人が減り、ようやく人心地ついたという感じの店内。
僕と鵜久森さんは、一ヶ月前と同じように縁側に掛けて茶を啜っていた。
鵜久森さんはさっきから何も話さず、ただニヤニヤと僕の顔を眺めている。
さすがに何なんだ、と言ってみようと思った矢先、ついに鵜久森さんが口を開く。
「さっきは、余所余所しいなーって思ったっぺ?」
まさに核心。僕はギクリとする。
「え、そんな」
「ウソ、顔に書いてあっだ。解ぇやすいなぁ壮介は!」
けらけらと笑う鵜久森さん。しかもさらっと呼び捨てだ。彼女がそこまで踏み込んでくるなら、僕だって。
「そういえば、鵜久森さんって……何歳なんですか?」
女性に年齢を聞くのがタブーとは知っている。でもそれは、ある程度歳がいっている人の場合だ。
この間制服を着ていた鵜久森さん相手に、恐れる必要はない。多分。
「歳? 17だけんじょ?」
ビンゴ。まさかの同い年だ。
「えっ……僕もです」
そう答えると、鵜久森さんは目を輝かせて、まじに、と叫んだ。
「やけに嬉しそうですね」
「はぁー、そりゃあ! まさが都会育ちの同じ年なんで!!」
あまりにも嬉しそうな鵜久森さんを見ていると、僕まで気分が昂ぶってくる。
「ふふ。そういえばそうですね」
「あ。だったら壮介。これからは敬語禁止!」
鵜久森さんは突然、僕に指を突きつけて宣言した。
「……へ?」
「タメ口でいいべ。同い年に敬語なんてされっと、変に気ぃ遣っちまうべ」
「え、えーっと……う、うん」
気を遣う。確かにその通りだ。
敬語からタメ口に切り替えるタイミングをいつも迷う僕だけど、相手が良いというなら断る理由もない。
むしろ、これでぐっと距離が近くなったようで、とても嬉しい。
思わず僕が笑うと、鵜久森さんも輝かんばかりの笑顔をくれた。

「おお、おお、仲がええこっだ」
お爺さんが店の奥から、野菜の入った籠を持って現れる。
野菜籠は、僕と鵜久森さんの座る縁側の椅子へ、白いタオルを敷いた上で乗せられた。
「裏の畑で採れたばっかの野菜だ。遠慮のぅ、おわいなんしょ」
塩の瓶を僕に渡しながら、にこにこと告げるお爺さん。
籠の中の野菜は、形こそ変わっているけれど、どれも色が濃くて美味しそうだ。
実際に齧ってみると、ほのかに甘くて、味にぼやけた所がない。どれもこれも塩だけで十分だ。
こんな野菜をタダで食べられるなんて、都会じゃありえない。
コリリと音を立てて胡瓜を齧りながら、同時に僕は、これでもかという程の幸せを噛みしめる。

それから僕と鵜久森さんは、また何時間か話をした。
前と違うのは、お互いにつっかえながらだという点。
僕は、可愛い女の子と間近で話すとなると、どうしても緊張して敬語が出てしまう。
鵜久森さんは、少しずつではあるけれども、共通語で話そうとする。
その結果のギクシャクだ。
特に鵜久森さんは、僕との会話を通して必死に共通語を学ぼうとしているらしかった。
とにかく顔が近い。
ふと気がつくと、鵜久森さんのくるりとした瞳が僕のすぐ鼻先にまで迫ってきていて、心臓が飛び出しそうになる。
鼻先にかかる鵜久森さんの息は、何故だかほのかに甘く感じた。



受け入れられている。僕という存在が、ちゃんと認められている。
そう判ってからは、電車に揺られる2時間あまりさえ苦にはならなくなった。
3度目に訪れたのは6月最後の週。
季節はもう完全に夏で、圧倒的な質感を持つ入道雲が、駅舎から出た僕を出迎える。
まだ10時前という事もあって、甘味処の客はまばらだった。
僕が姿を現した瞬間、お爺さんは笑いながら裏の畑を指し示す。
どうやら、僕の目当てが鵜久森さんである事はバレているらしい。
忠告通り甘味処の裏に周ると、やはり鵜久森さんはそこにいた。
頭に手拭いを巻きつけ、ジーンズ生地のようなオーバーオールの下に赤いシャツを身につけている。
腰には蚊取り線香がつけ、足元は長靴で、いかにも農作業スタイルという風だ。
「んーー……!」
雑草取りだろうか。彼女は腰を屈め、唸りながら地面から長い草を引き抜こうとしている。
オーバーオール越しにも判る、プリッとしたお尻が魅力的だ。
こうして改めて見ると、鵜久森さんは結構スタイルがいい。
胸やお尻という出るべきところは平均以上に出ているし、一方で腰は細い。
腕は都会でたむろしている女子高生よりは少し太い気もするけど、それでも十分華奢といえる細さで……。
僕がそんな風に見とれていると、急に鵜久森さんの身体が揺れた。
「ひゃっ!!」
草を勢いよく抜きすぎたのか、大いに尻餅をつく鵜久森さん。
「だ、大丈夫?」
僕は心配になって彼女に駆け寄った。爛々と輝く瞳が上を向き、僕を映しだす。
「あー、壮介!」
赤く日に焼けた頬を緩め、鵜久森さんは叫ぶ。もう何度思ったか解らないけど、可愛い。
こんな子から親しげに呼び捨てされる日が来るなんて、数ヶ月前の僕ならまず信じないだろう。

鵜久森さんは僕の手を借りて立ち上がると、頭に巻いていた手拭いを取り去った。
現れるのは、湯上りのような黒髪と、額のしとどな汗。健康的なエロスというのか、見ているだけで妙にアソコに響く。
それに鵜久森さん、前に見た時よりも少し髪が伸びたんじゃないだろうか。
僕は長い黒髪が好きだから、それだけで余計にときめいてしまう。
「ふー、今日はまだ暑ぃねぇ」
鵜久森さんは言いながら、赤いシャツで首元を扇いだ。
ちらりと覗く白い胸元に、思春期真っ盛りである僕の視線は釘付けになる。
しばしの凝視。思わず生唾を呑んだその瞬間、薄く開いた鵜久森さんの視線がこっちを向いた。
疑問符の浮くような顔が僕を見つめる。
どうやら僕の邪な心には気付いてないみたいだ。でも、そうと決まった訳でもない。
「結構、派手なシャツだね」
僕は、さり気なく視線の先をずらして言った。見ていたのはあくまで赤いシャツなんだぞ、と誤魔化すために。
すると鵜久森さんは首元を扇ぐのをやめ、視線を下げてシャツの色を確かめる。
「この服なら黄色系のシャツの方がめごいけんど、明るい色は虫がすこだま寄ってくんだ。
 赤だったらそうでもねぇし、万が一森の中でぶっかえってても、じっき誰か見っけでくれっから」
「ああ、目立つもんね」
「ん。こう暑ぃと、いづ熱中症でぶっかえっか解らんで。
 あたしは若ぇがらまだ平気だげんじょ、じんちゃなんがはもう歳だがら、心配で任せらんねぇんだ」
そういう鵜久森さんは、どこか寂しげに見えた。
確かに、お爺さんばかりに重労働を押し付ける訳にもいかないだろう。となれば、鵜久森さんの背負う負担も小さくはない。
彼女だってまだ僕と同じ、遊び盛りの高校生だっていうのに。

「僕も、手伝おうか?」
気付けば僕はそう言っていた。いや、言わずにはいられなかった、というのが本当のところだ。
僕のその言葉を聞いて、鵜久森さんは文字通り目を丸くする。
「え!? え、良ぇ、良ぇよ、んな心配すねぇで!
 こんなの慣れてっし、もしどうにもなんねくなっだら、近くのちびでも引っ張って来っから!」
「そ、そっか」
大慌てで手を振りながらそう言われては、僕もそれ以上は言えない。
確かに変なことを言った。
軽い気持ちで発言したつもりはない。でも東京に住む高校生に過ぎない僕が、何を手伝うっていうんだ。
中途半端に手を出すなんて、本気でやっている人の迷惑になるに決まってるじゃないか。
まただ。僕はまた、ズレた事をしてる。
「…………ね、壮介」
後悔の只中にいる僕は、その声にビクッと肩を震わせた。
恐る恐る顔を上げると、そこには僕の想定とは真逆の、聖母のような笑顔がある。
「壮介って、本当に優しいね。都会の人は心が冷たいって聞いてたけど、壮介を見てると、そんな事ないって解るよ」
鵜久森さんはそう言った。いつになく自然な標準語で。
彼女は僕と会っていない間も、密かに標準語の勉強を続けていたんだろうか。
「ああー、一度東京っちゃ行ってみでぇなぁ!」
一変して素の方言を出しながら、鵜久森さんは表情を緩める。
東京に行ってみたい。前も聞いた言葉だ。
僕はチャンスだと思った。畑仕事の手伝いはできなくても、上京の案内くらいなら僕にもできる。
いや、多分、今ここにいる僕にしかできない。

「なら、東京に遊びに来る? 案内するよ」
僕が意を決して誘うと、鵜久森さんは虚を突かれたように目を瞬かせる。
「え?」
何を言ってるんだろう。一瞬そんな表情を見せ、直後、その瞳が解りやすいほどに輝きだす。
「あ…………う、うん、うんっ!! しばらくは忙しいから、都合さえつけば!」
僕はその喜びようを嬉しく思いながら、自分の住所を紙に書いて彼女に渡した。
鵜久森さんは携帯もスマートフォンも持っていない。固定電話もどうやら店との共用だ。
だから僕と彼女が個人的な連絡を取り合うには、手紙しかない。
「これが僕の住所だから。都合がついたら……いや、何もなくてもいいよ。また連絡ちょうだい」
「あ、ありがとなし。近いうちきっと、手紙出すがら!」
興奮冷めやらぬ様子で住所の紙を握り締める鵜久森さん。
感情をストレートに外に出す彼女は、僕にとって相変わらず眩しく、そしてひどく愛おしい。
彼女という訳でもないのに、少し不遜な考えかもしれない。
でも今の僕には、それしか彼女への想いを表現できる言葉がなかった。


                             続く

向こう岸の彼女 一話

※NTR物注意。久々の連載。第一話はまだエロなしです。
 ヒロインは最初エセ会津弁を話しますが、段々と頻度は低くなります。



都会生まれの都会育ちでも、緑豊かな風景をどこか懐かしく感じるのが不思議だ。
頭をカラッポにして電車に揺られる。都心から北東方面へ、ひたすら自然に満ちた場所へ。
日常を忘れられるなら、行き先はどこでもいい。

僕は昔から、イジメの標的にされやすいタイプだ。
『コイツなら軽く扱っても大丈夫』と皆に思わせるタイプ、と言った方が正確かもしれない。
はっきりとそれを理解したのは小2の時、僕と同じく気弱な子を家に呼んだ日だ。
僕はその子にゲームの順番を抜かされたばかりか、文句を言うなり突き飛ばされて壁にぶつかった。
でも、僕に言い返す勇気はなかった。
普段他人と視線を合わせない彼の、『やり返してみろ』と言わんばかりの目が忘れられない。
当然そんな僕は、イジメっ子のいいターゲットになる。
僕をのび太だとするなら、性格も体格も丁度ジャイアンのような同級生がイジメっ子のボスだ。
名前は石山。柔道で鍛え上げていた為か、喧嘩は滅法強く、常に学校の番長格だった。
僕はその石山から小学校・中学校と狙われ続け、色んな物を奪われた。
現金や漫画本、母親に買って貰ったばかりの万年筆、当時集めていたサッカー選手のシールに、姉のファーストキス。
勿論不満はあったけれど、石山相手にそれを口に出せるはずも無い。
むしろその頃は諦めに近い心境で、このまま搾取される側として一生を終えるんだろうな、と考えるようになっていた。

そんな状況が変わったのは、高校に入ってすぐの事だ。
相変わらず石山からイジメられていた僕を、身を挺して庇ってくれた奴がいる。
後に僕の親友となる須永英児だ。
英児は正義感が強く、石山の僕に対する扱いを見過ごさなかった。
僕を庇う英児と石山との大喧嘩は、当時の学校中、ひょっとすると地域中で噂になったものだ。
喧嘩無敗と恐れられた石山が、初めて土を付けられたんだから。
結果として英児は、高校入学から僅か1ヶ月でヒーローになった。
正義感に溢れ、喧嘩が強い上にルックスもいい。
180近い長身、ギリシャ系寄りの彫りの深い顔立ち、よく日に焼けて引き締まった体。
運動神経も抜群で、中学時代はバスケットの全国大会に出てもいたらしい。
これだけ好条件の揃った男子が、モテない訳がない。
創作ではよく、下駄箱から溢れるほどのバレンタインチョコを貰う男子が出てくるけど、英児はまさしくそれだった。
勿論、女子にばかり人気だった訳でもない。男気があって人当たりもいい英児は、男友達も多い。
いつも人の輪の中心にいる……そんな英児は、僕にとってあまりにも眩しかった。
だからこそ不思議でならない。僕が、その英児と親友になった訳が。

英児が僕と一緒にいた最初の理由は、多分ボディガードとしてだ。
面子を潰された石山とその一派は、しばらく英児のグループと険悪な関係にあった。
そんな中、原因となった僕が1人でいるのは危険すぎる。
だから英児は、休憩時間や登下校時など、事あるごとに僕に声を掛けてくれたんだろう。
でもそれは、石山達からすっかり復讐の気配が消えてからも続いた。
それどころか休みの日には、僕と2人だけで遊びに出かけることさえあった。
傍目にも僕らは仲が良く映ったらしく、たまに『須永はホモ』なんて茶化されてもいたようだ。
でも英児はそれを気に留めず、彼女とデートする傍ら、僕ともよく遊んだ。

僕は悩んだ末、意を決して英児本人に尋ねた事がある。
石山から守る意味で一緒に居てくれた事は解っている。でもそれなら何故、まだ一緒にいてくれるのか、と。
ベンチに腰掛けてそれを聞いた英児は、鳩が豆鉄砲を喰らった様な表情を見せた。
そして直後、腹の底からの大声で笑い始める。
僕なら周りの目を気にしてできない笑い方。でもスカッとした性格の英児には、本当に良く似合う。
「ははははっ!!! バッカだなお前。ンな事考えてたのかよ!?」
そう言って口を閉じ、少し頬を緩めた真顔を作る英児。
彫りの深い顔立ちでやるそれは、女子だったら一発で落ちそうな格好良さがある。
「俺、確かにお人好しなとこもあるけどさ。基本、気に入らない奴とは話さねーし、一緒にもいねぇよ」
英児の言葉が、まず心にズンと来た。そしてその意味を咀嚼した後、僕は首を振る。
「……その、気に入る理由っていうのが、わからない」
「何でだよ?」
「知ってると思うけど、僕は、虐められやすいタイプの人間なんだ。
 普段大人しい奴でも、僕に対してだけは容赦がなくなる。
 ここまでくると、もう自分に理由があるとしか思えない。多分僕の何かが、無意識に他人をイラつかせるんだ」
胸の裡を英児に打ち明けながら、僕は唇を噛んだ。
こういう弱音を吐く事自体が、何より不愉快な行為だと解ってはいる。
これが原因でいよいよ面倒臭い奴だと思われ、唯一親しくしてくれた相手から愛想を尽かされるであろう事も。
でも英児は、急に僕の肩を掴み、目を覗き込みながら言った。
違う、と。

「確かにイジメられる奴の中には、そいつ自身の性格が悪かったり、妙にイラつかせる奴だったりってのもいる。
 …………でも、お前は違う」
予想外の返答に固まる僕を見て、英児は慌てて手を離す。そしてはにかむように笑った。
「お前からは、何つーか、『こいつなら何でも許してくれそう』ってオーラが漂ってんだよ。
 だからっつってイジメんのは最低だが、ある意味、ガキっぽい奴が甘えやすい雰囲気なんだろうな。
 要は、お前には妙な人徳があるって事だ」
トン、と僕の胸を叩いて英児が言う。
その笑顔には屈託がなく、言葉以上に雄弁に好意が伝わってくる。
人徳。心が妙に温かくなる言葉だ。そういう言葉をさらっと言える英児こそ凄い。
英児が人に好かれる理由を改めて感じさせられる。同時に、僕との埋めがたい差も。
「そんな人徳より僕は、英児みたいになれる才能が欲しいよ」
「おっ、何だよ嬉しい事言いやがって。でもやめとけ。俺みたいなタイプは、そこらにいくらでも居んだろ。
 俺は、お前のその感じこそ大事にした方がいいと思うぞ。勿体ねぇし」
「でも、今のままじゃ……」
「心配すんなって、お前はお前だ。それぞれ、自分に向いた生き方でいいんだよ。
 それに、もしお前をイジメるような奴がまた出てきたら、いつでも俺がブッ飛ばしてやる」
わしわしと僕の髪を掴みながら、英児は言う。その笑顔はとても頼もしい。

この本音の晒し合いをきっかけに、僕らはさらに仲を深めた。
お互いを親友と公言しはじめるのに、そう時間は掛からなかった。
僕自身それが嬉しく、誇らしかったのも事実だ。
でも僕は、未熟だった。つい無意識に英児の影を追いかけては、その差に打ちひしがれる。
『須永英児の金魚のフン』
皆の視線がそう言っているように感じて、居たたまれなかった。
僕が自然豊かな場所へ行こうと決めたのは、癒しを求めての事じゃない。
ただ、英児の影のない場所へ――劣等感に苛まれることのない場所へ、逃げ出したいだけなんだ。




都心から2時間も電車に揺られれば、窓に映る風景はほぼ田畑と山しか無くなる。
さすがに座り疲れていた僕は、適当な駅で電車を降りた。
赤錆だらけの看板からは、かろうじて『芳葉谷』という文字が読み取れる。
「にし、どっがら来らった?」
看板から目を離した直後、唐突に声を掛けられた。振り向けば、浅黒い肌の駅員がこっちを怪訝そうに見ている。
「え、えっと……」
言葉を返そうとするが、まず何と言われたのかが解らない。語尾が上がっていた以上、何かを訊かれたんだろうけど。
「何処がら?」
駅員は路線図を指で叩く。どうやら、どこから来たのかを訊ねているらしい。
「あの、東京からです」
僕が答えると、駅員は文字通り目を丸くした。都会から人が来るなんて、とその表情が語っている。
駅を出て少し歩けば、その反応にも納得がいった。
昭和の時代にタイムスリップしたのでは、と錯覚するような町並みだ。
目に映るどの建物もせいぜいが三階建てで、町全体が“低い”。
土埃に塗れた道路沿いには、木造の一軒家や個人店が並び、脇道に逸れれば見渡す限りの沢と水田が広がっている。
駄菓子屋の前には古ぼけたカードゲームの筐体がある。
赤単色の自販機に入っているのは、『ウルトラビタミンフルーツ』という名の毒々しい蛍光色のジュース。
道行く人も疎らだ。
今日が土曜で、ほとんどの商店が閉まっている事を考慮に入れても、活気ある町とは言い難い。
でもそれは、僕にとって都合が良かった。人の多い場所は得意じゃないから。

目的も定まらずに歩いていると、ふと道路脇の周辺地図が目に入った。
この町には、ほぼ東西南北に4つの寺があるようだ。
どれも山の中ではあるものの、一つは今いる場所にほど近い。柳の並ぶ川沿いを南下した先らしい。
他に目ぼしい所もないようなので、ともかく僕はその寺を目指して歩き出す。
ところが、甘かった。僕はその事実を、10分と経たず知ることとなる。
直線距離では近くても、いざ歩くとなれば迂回が続き、実際には山をひとつ越えるほどの距離を踏破する羽目になる。
勿論、実際には地元の人間だけが知る短縮ルートがあるんだろうけど、初見で解ろうはずもない。
勘で適当な山道に逸れ、迷子にでもなったらそれこそ無駄骨というものだ。

アスファルトで舗装された坂道を、ただひたすらに突き進む。
木の葉の影が濃い。5月半ばだというのに陽射しは真夏のそれで、シャツの背中に汗が滲む。
その最中、1人の女の子が自転車で坂を下りてくるのが見えた。
白い服に身を包み、よく日焼けした健康そうな子だ。彼女は僕と目があった瞬間、驚きの表情を見せる。
「こんにちはーーー!!」
大声でそう挨拶をされた。僕としては虚を突かれた形だ。
都会では、見知らぬ子供が挨拶してくるなんて事はまずないから。
「あ、こっ、こんにちは…………」
まごつきながら返事をした直後、横の茂みから羽音が飛び出す。見れば、恐ろしく巨大な蜂がすぐ横にいた。
「う、うわああぁっ!!」
僕は反射的に叫び、よろめきながら前方に走り出す。
後ろから、きゃははっと笑い声がした。振り返れば、さっきの子が僕を見て笑っている。
「…………ふーっ」
かろうじて蜂を振り切ったところで、思わず溜め息が漏れた。
この田舎まで来ても、僕自身の格好悪さは何も変わらない。それをつくづく思い知る。

苦労を重ねてようやく辿り着いた寺は、確かにそれなりの雰囲気があった。
どうやら南のここは、安産祈願の寺らしい。
本堂へと続く石畳の脇には屋台の名残がある。時期が時期なら活気もありそうだ。
ただし、今日は誰もいない。参道でも二組の老夫婦に会っただけで、ひどく閑散としている。
いくら人混みを嫌う僕とはいえ、これでは寂しいというものだ。
落胆と同時に、忘れていた空腹感が襲ってくる。
時刻は昼過ぎ。どこかで何か食べたいと思うものの、寺周りで開いている店は見当たらない。
となれば後は、来た時とは別の道を下りながら探すしかなかった。



それから、どのくらい歩いただろう。
時計の針は1時を回り、いよいよ腹が鳴り始めた。朝から何も食べていないんだから当然だ。
何でもいい。何か食べ物を…………。
その願いが通じたんだろうか。峠のやや開けた場所に、一軒の甘味処が見えた。
赤いフェルトのかけられた縁側には土産物が並び、『商い中』という木の看板も出ている。幸いにも開いているらしい。
「すみません……」
僕は暖簾をくぐりながら、店の奥に向かって声を掛ける。けれども、返事が無い。
「すみませーん!!」
少し声量を大きくして、もう一度。でも、やっぱり返事は無い。そもそも人がいる気配すらない。
ここも駄目か――そう思った瞬間だ。

「あれぇ、お客さんがぁー!?」

突然、背後から大声が響いた。体育館の端と端で会話する時ぐらいにしか聞かない声量だ。
背を丸めながら恐る恐る振り返ると、そこには制服姿の女の子がいた。
制服もやっぱり昭和臭く、スカート丈は膝より長い。顔には化粧っ気もない。
けれども僕は、一目で彼女に魅力を感じた。
小動物のようにくるりとした瞳。控えめな鼻と口。
肩までに自然に伸ばされ、前髪の一部だけが額にかかった、ややボリュームのある黒髪。
その全てが垢抜けない。でも、ひどく可愛い。
「あんつぁ、なじょした?」
ぼんやりと顔を見つめていた僕に対して、さらに言葉が掛けられる。
その声で、僕はふと我に返った。
「あ、その、お腹がすいたので、何か食事をしたいと思ったんですけど…………」
ジェスチャー交じりにそう伝えると、女の子は小首を傾げながら暖簾を押し上げる。

「じんちゃー、お客さん来らったよぉーー!!」

さっきよりもさらに大きな声。鼓膜の奥にまでわんわんと響き渡ってくる。それでも、店の奥からは返事がない。
女の子は大きな動作で肩を竦めた。
「ごめんなんしょ。じんちゃぁ、今いねぇみでぇだ」
独特のアクセントの方言。正確な意味は解らないが、謝罪と、店の主人が不在であるという事実は伝わってくる。
またお預けか。今度は僕が肩を落とす番だった。
「そうですか。じゃあ、仕方ないですね」
僕が一礼して歩き去ろうとした、次の瞬間。
「待ってくなんしょっ!!」
女の子の手が、いきなり僕の腕を掴んだ。
ドクン、と心臓が脈打つ。気弱なせいで、女の子と触れ合う機会なんてほとんどない僕だ。
可愛い女の子が、自分から触れてくる。その予想外の展開への免疫もない。
心拍数が上がり、時間の流れは緩慢に感じる。
制服の半袖から覗く、女の子の腕――今、僕の視界にあるのはそれだけだ。
山育ちらしく、健康的に日焼けした肌。インドア派の僕よりはやや黒く、体育会系の英児よりはずっと白い。
細くて綺麗で、生命力に満ち溢れた手だと思った。
「でっぢがって。じっき支度すっから!」
フェルトの掛かった縁側を叩きながら、女の子は言う。座って待て、という事だろう。
僕はその言葉に従った。拒否する理由なんてない。むしろ、“女の子に誘われた”という高揚感ばかりが強まっていく。



「あんちゃ、何処がら来らっちゃだべな?」
急須に茶葉を入れながら、女の子が言う。駅員が訊いてきた言葉と同じだ。
「えと、東京からです」
「ひぇー、やっぱそうだべが!」
振り返った顔は、満面の笑みだった。澄んだ瞳がくるくるとよく動く。
サッパリしたその感じはひどく眩しい。僕が憧れる親友のように。
『東京から』という僕の言葉に、やっぱり、と彼女は言った。
どういう意味のやっぱり、だろう。色白で覇気のない僕の様子が、都会のイメージにぴったりだったという事だろうか?
そんな事を考えつき、僕は小さく頭を振る。
こういうネガディブ思考が嫌で、ここまで来たんじゃないか。忘れろ。今はただ、この状況を楽しめばいい。
制服を着た同い年ぐらいの女の子が、僕のために何かを作ってくれている。よく考えればこれは、得難い体験なんだから。

「……おわいなんしょ」
その言葉と共に、団子の皿が手渡される。みたらしと草団子の二色だ。
僕はまず、より食いでのありそうな草団子に手を伸ばした。
濃緑色の粒々が入った、色鮮やかな草団子。上に乗っている餡子も美味しそうだ。
空腹から、勢いよく口に放り込む。
団子の弾力を考えて強く噛もうとしたが、その必要はなかった。団子は搗き立ての餅のように柔らかく、歯の間で蕩けてしまう。
草餅の青臭くもしっかりとした味を、餡子の重厚な甘さが包み、えもいわれぬ美味しさだ。
あっという間に2つの草団子が胃に収まり、隣のみたらしへ指が伸びる。
僕のこれまでの人生で、団子といえば一串一串が重く、連続でパクパクいけるような食べ物じゃなかった。
でも、これは違う。後を引く美味しさがありつつも口当たりは軽く、顎にも一切の負担を感じさせない。
僕の指は流れるようにみたらしの串を摘み上げる。
とろっと糸を引く黄金色がたまらなかった。
温かな団子にかぶりついた後、今度はあえて両顎に力を篭めず、歯で挟み込むように齧ってみる。
期待通り、ふわふわの団子はそれだけで十分に噛み切れた。
草餅も絶品だったけど、こっちも相当だ。団子のモチモチした柔らかさと、タレの優しい甘みが抜群によく調和している。
咀嚼すればするほどそれらが引き立ち合い、口の中にはもう幸せしかない。
「あぁ、美味しい~!!」
僕は呑むようにみたらしの玉を平らげ、思わず呟いた。
人目ばかり気にしてしまう普段の僕なら、絶対にしないだろう。この団子さえ食べなければ。
「ふふ、ぇがったあ」
そんな僕を見て、女の子は蕩けるような笑みを見せた。
不思議だ。そして、反則的だ。
生命力に満ちた『動』の表情があんなに魅力的な子なのに、慈母のような『静』の貌まで、こんなに綺麗だなんて。

「……そんじぇ、どっちがうんめかった?」
食後の茶を啜る僕に、女の子が尋ねてくる。目つきが妙に真剣だ。
「うーん」
僕は2つの団子の味を思い返す。甲乙つけがたい、というのが本当の所だ。でもどちらかといえば……。
「こっち、です」
みたらしのタレのついた部分を指さし、僕は言った。その瞬間、女の子が目を見開く。
「ま、まじょ!? まじに!?」
その勢いにやや圧倒されながら、僕は頷いた。すると女の子は、胸元で小さく両手のガッツポーズを作る。
「え、えっ?」
僕が面食らっていると、女の子は我に返ったように照れた。
それから彼女は事情を語る。
二色の団子のうち、草団子は彼女のおじいさんが作ったもので、みたらしは彼女自身が作った物であること。
客はいつも、草団子の方ばかり美味しいと言い、彼女は一度もおじいさんに勝てない事を悔しく思っていたこと。
いくつか理解できない言葉もあったが、恐らくはそんな内容だ。
「…………あんがとなし」
頬を掻きながら恥ずかしそうに言う姿は、何か妙に胸に来る。
「いえ、感謝するのは僕の方です。今まで食べた事がないくらい、美味しいお団子だったから」
僕が思ったままを口にすると、彼女は茹ったように顔を赤らめ、耳を押さえながら、やんだー、やんだーと繰り返していた。



僕らは、横並びに縁側に腰掛け、そこでようやく互いに自己紹介をする。
「篠弥 壮介(しのや そうすけ)です」
「鵜久森 和紗(うぐもり かずさ)……です」
お互いに改まって礼をし合い、可笑しくなって噴きだしてしまう。
鵜久森さんの大きな声につられて腹の底から笑ううち、心まで開放的になっていくのが不思議だった。

「……お客さん、来ませんね」
「こん時期はすげねぇべ。そんじもまた夏になっだら、さぁがしくなんだ」
「すげねぇ、ってどういう意味ですか?」
流石に理解できなかったので、僕はそう訊いてみる。すると鵜久森さんは、やや恥ずかしそうな顔になった。
「え? えーっと……さびしい、でいいんだべが?」
「あ、共通語解るんですね」
僕はついそう口走り、失礼かと思い直して口を押さえる。
でも鵜久森さんが機嫌を損ねた感じはなく、乱れた前髪を指で直しながら笑った。
「……あたしも本当は、いっべん東京っちゃ行ぎっちだ。んでも、素がこった喋り方だがら、こっぱずかすぃて」
なるほど。どうやら方言が気になって、東京に行きたくても行けないという事らしい。
それなら、僕と話をしながら共通語を身につければいい。
どんな言語でも、『実際にその言葉を使う人間と会話する』のが一番だっていうじゃないか。
僕はそう口にしたかった。でも生来の気の弱さが、その一歩を踏み出させない。
言え。今言え、言ってしまえ――。
ゴクリと喉が鳴る。
不思議そうな鵜久森さんと視線が絡み、縁側に妙な沈黙が降りる。
そしてそれを破ったのは、結局、意気地の無い僕の言葉なんかじゃなかった。

「やってー!」

子供の甲高い声が、木々の間から響き渡る。
僕も、目の前の鵜久森さんも、その声で背筋を伸ばした。
直後、茂みを掻き分けて数人の子供が姿を現す。日に焼けて傷だらけの、いかにも腕白そうな子供達だ。
子供達はわらわらと僕の周りに群がり、一様に首を傾げた。
「ん? ……あんちゃ、誰じゃべ?」
どうやら僕のことを訝しがっているようだ。
「えっと、僕は……」
「あー! こんあんちゃ、さっき蜂ィ見ておっかねがってた人だぁ!」
答えようとした僕の声を掻き消すようにして、1人の女の子が叫ぶ。
その白い服と、よく日に焼けた肌には見覚えがある。寺へ向かう途中の坂で、僕に挨拶をくれた子だ。
そして同時に、蜂に恐れ戦く醜態を見られた相手でもある。
女の子があの時の僕を真似てジグザグに駆け、他の子供が笑い始めた。
「蜂がおっがねぐて、和紗姉っちゃんトコにずらがっで来たんだぁー!」
「やーいやぁーい、小便たれー!」
子供達は僕を囲みながら、いよいよ大声で囃し立ててくる。
それにどう対応したものか困っていると、隣の鵜久森さんがすっくと立ち上がった。
そして、近くにいた子供の頭を拳骨で叩く。
「やめっせ、ばがっ!!」
鵜久森さんが一喝すると、子供達は頭を押さえ、『暴力女』という感じの捨て台詞を残して逃げ去っていく。
「まぁず、おんずぐねぇ……!!」
鵜久森さんは腰に手を当て、やや不機嫌そうにしながら僕を見下ろした。
「さすけね?」
「え、ええ。ありがとうございます」
どうやら気遣ってくれているらしいので、問題ない事をアピールする。すると、鵜久森さんの表情が少し和らいだ。

「ああいう子らは、どやしても良がよ?」
「うーん。何だか、そういうのは苦手なんです」
「え……でも、そんだとあんちゃが一方的にやられんべ?」
「慣れてます。いつもの事だから」
そう言う僕は、さぞ自嘲気味な笑みを浮かべている事だろう。
今さらながらに、ハッキリと理解できた。僕という人格は、どこに行こうが何をしようが、容易には変わらないんだと。
片や、子供をぴしゃりと叱り、纏め上げられる鵜久森さん。
片や、同じ子供を相手に反論にさえ踏み切れず、ただ苦笑するばかりの僕。
付き合いの長さの問題じゃない。たとえあの子達と長く暮らしていたって、僕の立場が変わるとは思えない。
そもそものタイプが違うんだ。
意気地なし。強い鵜久森さんの目には、僕がそう映るだろう。当然だ。僕自身、そんな事は泣きたいくらいに解ってる。

「…………優しいんだべな」
ネガティブな思考に陥っていた僕は、最初、鵜久森さんが何を言ったのか理解できなかった。
顔を上げると、団子をご馳走してくれた時と同じ、慈母のように柔らかな笑顔がある。
僕は首を横に振った。
「いえ、そういう訳じゃ。ただ気が弱いだけです」
「そんだべか? 懐の深ぇ人に見えんだげんじょ……。あんちゃには、何か妙な人徳があんべ」
人徳。魅力的な笑みで発されたその言葉が、どくんと僕の胸を沸き立たせた。
英児も使った表現だ。その言葉を聞くと、何故か勇気が湧いてくる。
胸の中で常に渦巻いている何かが、少し柔らかくなる気がする。
「ありがとう」
僕は万感の思いを込めつつ、あえて短く感謝した。あまり長々と語ると、涙が溢れそうだったから。



鵜久森さんの甘味処には、団子の他にも、山菜を利用した佃煮や漬物などの土産物も沢山あった。
僕はそれを少しずつ頂きながら、鵜久森さんにせがまれるままに“都会”の話をする。
鵜久森さんの都会への興味は強かった。
でも言葉遣いの問題があり、それに機械オンチなため、それも都会行きを躊躇わせる原因の一つだそうだ。
数年前に買ってみた炊飯器ですら、全く使える気がせずにお蔵入りしているという。
そんな彼女にスマートフォンを見せると、一気に表情が強張った。
「う、うわぁ…………無理そう」
そう呟きながら、震える手で操作を続ける鵜久森さん。
その最中、唐突にプルルルル、という音がし始める。通話の音だ。どうやら彼女は、間違って電話の操作をしてしまったらしい。
「あっ、あっ!!」
鵜久森さんは焦ってどうにかしようとスマートフォンを振り回すものの、電話の切り方が解らない。
「う、うわっ……とと!!」
僕としても鵜久森さんが暴れるせいで、助け舟の出しようもない。
そしてそんな中、とうとう電話が繋がってしまう。
『よう、ソースケ。どうした?』
聞き慣れた声。電話の相手は英児だ。まぁ僕が通話履歴は彼ばかりだから、当然といえば当然かもしれない。
僕は少し胸を撫で下ろしたけど、鵜久森さんはいよいよ混乱の極みだ。
「あ、ああ、あのっ、すみません間違えました!!」
まさに目を白黒させるといった慌てぶりで、何度も頭を下げながら謝っている。
『へっ!?』
不意を突かれたような英児の声が聴こえてくる。
驚くのも当然だ。僕から掛かってきた電話で、女の子の声がしたんだから。
僕は放心状態の鵜久森さんの手からスマートフォンを抜き取る。
「ごめん英児、また後でかけ直すよ」
『…………ん? お、おう…………』
珍しく困惑気味な英児に内心で謝りながら、僕は通話を終了する。

「ご、ごめんなんしょ…………」
弱弱しいその声に横を向くと、鵜久森さんがフェルトの掛かった縁側に土下座するようにして頭を下げていた。
どこか滑稽な姿。思わず笑いがこみ上げる。
「大丈夫ですよ。今のは、僕の親友ですから」
そう言うと、鵜久森さんは跳ね起きるように頭を上げた。解りやすいぐらいに、救われた、という表情をしている。
「まじに!?」
「まじに」
つられてそう答えると、鵜久森さんは安堵の息を漏らした。
制服のブラウスをやや盛り上げる胸が、大きく上下する。どこか甘く感じる吐息が鼻を舐める。
女の子に免疫のない僕は、それだけでまた動悸が激しくなってしまう。
「そういえば、カメラにもなるんですよ、これ」
僕は動揺を悟られないように話題を変える。すると鵜久森さんの目が丸くなった。
「カメラって、あの写真撮る……?」
「そうです。一枚試しに撮ってみますか?」
僕はさりげなく鵜久森さんに尋ねた。内心では勇気を振り絞った一言だ。
女の子に一緒に写真を撮ろうと誘った事なんて、今までの人生で一度もない。
でも、今は断られないという予感があった。そして実際、鵜久森さんは目を輝かせて何度も頷く。
「じ、じゃあ、行きますよ…………!」
鵜久森さんと横並びになったまま、両手の指でカメラを構えて声を掛ける。
「うん」
鵜久森さんから、やや強張った声が聴こえてきた。明らかに緊張している。でも、それは僕だって同じだ。
「3、2、1」
カメラの角度を確かめながらカウントダウンして、人差し指で撮影ボタンを押し込む。
カシリ、と音がした。
スマートフォンを戻して画像を確認すると、そこには間違いなく僕らの姿が映っている。
想定よりやや下を映す形にはなってしまったものの、かなり綺麗に撮れていた。
眼鏡に光が反射して、少し怪しい感じになっている僕。
その僕の肩に寄りかかるようになり、怯えるように上を見上げている鵜久森さん。
「何か、お化けに遭ったみたいだね」
鵜久森さんがポツリと呟いた一言は的を得ていて、僕は思わず噴き出した。
それにつられて鵜久森さんも笑い始め、2人して大笑いする。
ちょうどその最中だ。

「おんや、お客がぁ!?」

またしても木を揺らすような大声が、僕の背後からぶつけられる。
振り返った先には、昔話でありがちな、『柴刈りに出かけるおじいさん』というイメージぴったりの人がいた。
背中に担いだ木の籠には、山のように山菜が入っている。
「あ、じんちゃー! まぁだ店されがまって!」
鵜久森さんが僕越しにお爺さんを見て叫んだ。
「おぉ、おぉ、すまねがっだ。……おわいなはんしょ」
お爺さんはおどけた様子で鵜久森さんに言った後、僕にも頭を下げる。いらっしゃい、という意味だろう。
「あたしのじんちゃ……あっ、と、お爺ちゃん。この店の主人なんだ」
鵜久森さんは僕にそう耳打ちしてから、勢いよく立ち上がる。
その後のお爺さんとの会話は、方言がきつくて流石に解らない。
けどジェスチャーを見れば、お腹をすかせた僕に団子などをご馳走したと言っていることが読み取れた。
僕はそこでようやく、食べたものの代金を払っていない事に気が付く。
「そうだ、すみません。お代を……」
僕がそう言って財布を片手に立ち上がると、籠を下ろしたお爺さんは笑いながら首を振る。
「ええ、ええ。何でも食いでぇもんを食え」
そう言いながら、ゴマ団子のようなものを差し出してくれた。
鵜久森さんのお爺さんだけあって、魅力的な笑顔を作る人だ。
その後さらりと、山でイノシシに襲われた話をされた時には、こっちの笑顔が引き攣ったけれども。


結局僕は、それから2時間ほど甘味処にお世話になった。
お茶や雑煮を頂きながら、鵜久森さんとお爺さんとで話に花を咲かせる。
どちらも気さくで、気持ちのいい反応を見せてくれるせいだろうか。
普段人と話す事が得意でない僕も、気付けば自然と口数が多くなっていた。
英児以外の相手を何度も笑わせるなんて、いつ以来だろう。
打ち解けている。その事実がひどく心地良かった。

「おっと、もうこったな時間じゃ。にし、東京まで戻るんなら、だんだん帰り始めた方がええな」
「ま、まじょ!? ごめんなんしょ、長ぇこと引き留めて」
時計を見て心配する2人を前に、僕は首を振る。
「いえ、凄く楽しかったです。また機会があったら、寄らせてもらいます」
「おお、おお、のっぺがら来らんしょ」
「また、いつでも来てね?」
容赦なく訛ったお爺さんの言葉を、すかさず鵜久森さんが通訳してくれる。少しぎこちないトーンで。
そんな2人の姿にいつまでも手を振りながら、僕は山道を降りていく。
身も、心も軽かった。
ここでのふれ合いを通して、本当の意味で自分に価値を見出せたような気がする。
「あー、あんちゃ!」
その時、脇道から聞こえてきた子供の声に、僕は一瞬固まった。
覚えのある声だ。視線を向けると、やっぱり、甘味処で鵜久森さんが小突いた子供達がいる。
田んぼの中で何か作業をしているみたいだ。
また絡まれるのか。そう覚悟を決めたものの、子供達はこっちに小さな手を振るばかりだった。
「まだなー!!」
笑いながら、口々にそう叫んでいる。
屈託のない笑顔だ。ひょっとすると僕は、嫌われているという訳でもないのかも。
僕はまた気持ちが楽になり、子供達に大きく手を振り返した。



帰りの電車で見る風景は、行きとはまったく逆になる。
自然豊かな山々が、次第次第に住宅地に変わり、ビル群に成り果てる。
生まれてから17年、飽きるほど見続けたコンクリートの街並みだ。
でも今はなぜか、そこに大した恐怖を感じない。
スマートフォンの画面には、勇気をくれたあの町――『芳葉谷』の検索結果がある。
人口わずか400人余り。北関東の中でも、会津地方の影響を強く受けている地域の一つ。
多分僕が、もう一度訪れるだろう場所。
僕は検索結果を閉じて、カメラロールを立ち上げた。
あの町で撮った写真が並んでいる。
霞がかったような山々を背に、延々と水田が広がり、駅前には昭和を思わせる町並みが続いていて。
そうした思い出に浸っていると、不意に鵜久森さんとのツーショット写真に辿り着く。
ドクン、と心臓が高鳴った。

改めて見ると、本当に可愛い子だ。
上を見上げて怯えを見せる顔は、角度のせいかウサギを思わせる。
海辺が似合う肌も妙に魅力的だ。
おまけに、写真を撮っている間は夢中で気付かなかったけど、制服を盛り上げるくらいの胸が僕の腕に押し付けられている。
腕をさすっても、当然そんな感触は残っていない。でも異常に動悸が早まってしまう。
写真では撮りきれない彼女の魅力は、今でも鮮明に思い出せた。
クルクルと動く瞳が。ハキハキと喋る唇が。屈託のない穏やかな笑顔が……。
苦しい。鵜久森さんと距離が離れていくにつれて、胸が締め付けられるみたいだ。
理由は考えなくてもわかる。

どうやら僕は、彼女にすっかり惚れているらしかった。



                            続く
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女神の試練

※シーメールの明菜を主人公とした4作目。なぜシリーズ化したし。
 コメント欄の老婆に虐められる明菜、というリクエストに着想を得たものです。
 アナル注意。また、前半に男によるイラマチオ(嘔吐なし)、後半にレズ(?)、老婆による責めがあります。

 なお、シリーズの時系列は 
天使の洗礼』→『シーメールの性欲処理』→『女神の屈服』→今作 
 の順です。

   

高級ショーパブ『アールヴヘイム』のオーナーは、傲岸不遜な人物として知られている。
パブの“ママ”であり、普段は女王のように振舞う真優ですら、このオーナーには頭が上がらない。
名は千賀弥千尋(せんがやちひろ)。
千と千で百万ドルの主だ、との自己紹介が定番だというが、実際の資産はいくつか桁が違うだろう。
シーメールパブの頂点たる『アールヴヘイム』以外にも、無数の風俗店を経営する、風俗界の重鎮なのだから。
なまじ保有する店舗が多いため、千尋が一店一店を視察する事は滅多にない。
しかし『運悪く』来訪した彼女の逆鱗に触れたが最後、より劣悪な系列店に飛ばされるという専らの噂だ。
そうした事情から、千尋が店を訪れるや、『アールヴヘイム』の天使達は皆々が平伏した。
“ママ”である真優も、最古参のキャストであるユリカやユキも。
ただ、1人例外が存在する。
『アールヴヘイム』入店以来、その類稀な美貌で屈指の人気嬢へと成長を遂げた超新星、明菜だ。
花園の中でも一際芳しく咲く大輪の華でありながら、その精神は雑草の如し。
いかなる恥辱に塗れようとも、受難の時が過ぎれば、すぐに高飛車な態度を取り戻す。
不撓不屈の泥女神――『アールヴヘイム』の同僚達は、皮肉と少しの畏敬を込めてそう渾名した。

「あら……良い気構えの嬢がいるものね」
周囲が平伏する中、ただ1人正座を崩さない明菜に、煌びやかな装いの老婆が笑いかける。
成金、姑、意地悪婆。その三つの単語で全てが説明できそうなほど、底意地の悪そうな人物だ。
「オーナーがいらっしゃるからといって、必ずしも平伏する必要はないと思います」
明菜は、背筋を伸ばし、曇りのない眼でぴしゃりと言い切る。
真優にも、先輩キャストにも、そして常連客にさえ、明菜のこの直刀のような態度は変わらない。
「ふふ、アッハッハッ!! 面白いコ、私にこうも堂々と意見するなんて……いつかのお前と同じねぇ、真優?」
老婆――千尋はファーコートを靡かせて笑った。
口元を扇子で隠しているのが滑稽に映るほど、品のない笑い方だ。
明菜の表情が険しくなる。男根を有する身ながら、女よりも女らしくあらんとするのが“彼女”だ。
その彼女にとって、正真正銘の女、それも十分に歳を重ねた老婆である千尋の品のなさは許し難いのだろう。
同時に、その千尋に平伏する真優の事も。
「訂正して下さい、オーナー」
明菜は千尋に向かって告げた。千尋の高笑いがふと止まる。
「…………何を、かしら?」
「真優さんと同じ、という発言をです。私はああして、犬のように頭を垂れる人間にはなりません」
そう語る明菜の眼は挑発的だった。嫌う人間はあくまで嫌うのが明菜だ。
今の発言を意訳するなら、『お前に頭を下げる価値はない』という事になる。
「明菜ッ、お前いい加減に…………!」
さすがに真優が物申そうとするが、それを千尋が手で制した。
千尋は目を細めて微笑んでいる。微笑んではいるが、その瞳の表情は睨みつける以上に暗い。
「そう、そうなの。あなたは真優とは違うというのね。真優以上の大器の持ち主だ、と」
「おっしゃる通りです」
千尋の静かな確認に対し、明菜は即答する。真優が苦い表情になった。
真優は明菜を案じているのだ。
明菜の不器用な性格を知るからこそ、居たたまれない。
その真優の心中をよそに、明菜と千尋の間には、目に見えぬ火花が散り始める。。

「本当に面白いコねぇ。そこまで言うアナタの器というものが見てみたいわ。
 都合のいいことに、私は初々しかった頃の真優を知っているの。
 まだ皮被りの少年のようだった真優に、じっくりと性を教え込んで、一流のシーメールに仕立て上げたのが私なんだもの。
 アナタ…………ええと、名前は何というのかしら」
千尋は、姑が嫁の品定めをするように視線を這わせた。
その毒々しさは、生粋のサドとして知られるユリカが、見つからぬよう半歩後ずさりするほどのものだ。
しかし、明菜は退かない。いや、退けない。彼女自身の生き様に懸けて。
「明菜です」
「そう、じゃあ明菜さん。シーメールとしてのアナタを、たっぷりと見せて貰うわね」
千尋の愉快そうな声が響き渡る。
「お前は、本当のバカだよ…………明菜」
真優が溜め息混じりに呟いた。

 ――ならせめて、自分を見失う事はするんじゃないよ。

そう続けた言葉は、誰の耳にも届かなかっただろうが。





「うひゃっ、こんな可愛い子のおっぱい弄くっていいの? ホントに!?」
中年の男が、明菜を見て下卑た笑みを浮かべる。
上半身のみ裸になったホステスが、ソファで横並びになった男性客に身体を触らせる、『おっぱいパブ』と通称される店。
明菜はそこでシーメールである事を伏せたまま、客を取らされる事となった。

『真優は本当に、女より女らしいわ。あの子なら、純粋なホステス役でも見事に演じきるでしょうね』

千尋の姑じみた陰湿な物言いが、明菜の脳裏に甦る。そうした物言いをされては、ホステス役を受けるしかない。
幸い明菜は、女性ホルモンを摂取し続けた影響で、男根がある事以外はほぼ女と変わりがない。
いや、むしろそれ以上だ。
『1日限りの新人』としてオーナーである千尋に紹介された時、店中のホステスの視線を釘付けにしたのだから。
艶めくような美しい栗色の巻毛に、涼やかな目元、すっと通った鼻筋に、品のいい唇。
豊かな乳房に、気持ちが良いほど大胆にくびれた腰つき。モデル顔負けの伸びやかな脚線。
どこから見ようと男の気配など微塵もない。
その“彼女”がシルクのショーツとミニスカート、ニーソックスを身に着ければ、いよいよ上等なホステスが出来上がる。

「うひひ、す、すごい脚だね。綺麗だ」
赤い超ミニと黒ニーソックス。その合間に存在する眩いばかりの太腿に惹かれ、男が手を伸ばそうとする。
「後藤様」
千尋の呼びかけが男を制止した。
千尋はソファの対面でカクテルを作りつつ、目を細めて微笑む。
「お忘れですか。下半身のお触りは禁止ですよ」
にこやかに千尋が告げると、後藤と呼ばれた男は舌を出した。
オーナーから直々に咎められたにしては軽い反応だ。どうやらこの後藤という男、かなりの常連客らしい。
「あはっ、ごめんねぇ千尋さん。じゃあいつも通り、胸を可愛がるよ」
後藤はそう告げ、明菜の上半身に意識を向ける。

男の毛深い両手が伸び、まずは正面から乳房の下部分を覆った。
そして胸を寄せながら、外側へ円を描くようにして揉みはじめる。女が快感を感じやすい刺激の仕方だ。
「…………っ」
明菜は、鼻から小さく息を漏らす。
ニューハーフには胸に詰め物をしている娘も多いが、明菜の場合は女性ホルモンの投与のみで膨らんだ天然物。
当然、乳腺の感覚は完全に女性と同じであり、後藤の揉み上げに何も感じない訳ではない。
しかし、声は出せなかった。明菜のハスキーボイスは中性的だが、シーメールであると露呈しないとも限らない。
そうなっては、『純粋なホステスを演じる』という千尋の課題は失敗に終わる。
ゆえに明菜は、どれほど乳腺からの快感を得ようとも、唇を結んで声を殺すしかなかった。

「あれぇ、声出さないんだね?」
後藤が明菜の顔を覗き込みながら問う。
「すみません。その子、口下手な上に無愛想なんです。そのせいでルックスはいいのに、中々お客様がつかなくて」
カクテルを差し出しながらしなを作る千尋。後藤はそのカクテルを受け取り、一息に飲み干した。
「……ぷはーっ。なるほどね、このルックスの娘が空いてるなんて、おかしいと思ったんだ。
 でも、それでこんな可愛い子とできるんなら儲けものだよ。儲けもので、ボクもう獣……なんちゃって!」
「まぁ、お上手!」
後藤のジョークに、千尋が身を揺らして笑う。
一方の明菜は冷め切った瞳だ。客相手であろうと愛想笑いはしない。
無口はともかく、無愛想というのは妥当な指摘かもしれなかった。
とはいえ明菜は、客を軽んじる嬢ではない。
ショーの合間に親しげな会話をするのは勿論、客の顔色一つで体調不良を見破るなど、意外にもよく気が回る嬢だ。
かつて常連客の1人から娘の相手を頼み込まれ、引き受けた事もある。
さらには、そのサディストの娘によって痛い目に遭ったにもかかわらず、未だにその常連客と繋がりを持っているほどだ。
勿論、父親である客当人へ、涙ながらに不満をぶつけた上でだが。
高飛車な態度の裏にそうした優しさを覗かせるからこそ、明菜は多くの客達を骨抜きにするのだった。

後藤の乳房責めは続く。
まずは乳房の下側から押し上げるように揉みほぐし、じわじわと乳腺を目覚めさせていく。
すると胸全体の感度が上がり、乳首も固さを増してくる。
「可愛いサクランボだ」
後藤は隆起しかけた乳頭を撫でた後、唐突に吸い付いた。
「っ!」
明菜は危うく声を漏らしかける。吸い付きはそれほど強い。
後藤の口が、まさしく『貪る』という様子で左乳首を責め始めた。
チュウチュウと音を立てて吸う。吸いながら、きゅぽんと音をさせて引き抜く。
唇で挟み、甘噛みする。中心を舌で舐め回し、転がし、押し込む。側面を嫌になるほど嘗める。
一旦乳首から離れ、乳輪に沿ってじっとりと舌を周回させる……。
こうした責めを受けるうち、明菜の左乳首はいよいよ固く屹立してしまう。
明菜からすれば屈辱の極みだが、生理反応には逆らえない。

「ぷはっ……ふふ、すごい。コッチの方だけ、こんなになっちゃったよ」
何分の後だろう。後藤は左乳首を解放し、乳房を揉みあげて右のそれと対比させる。
彼の言葉通り、やや陥没気味の右乳首に比べ、左乳首は円錐型に尖っていた。
感度もまるで違う。ほぼ無感覚の右に対して、左は冷たい空気の流れだけでも感じてしまう。
「右だけほっといたら可哀想だよね。右もちゃんと可愛がってあげるからね」
後藤はそう言いながら、今度は右乳首に吸い付いた。
そして左と同じように、徹底的に舐め上げる。
「……っ!!」
明菜の美しい手がソファを掴み、ニーソックスが閉じ合わされた。
じわりじわりと、明菜の深くに何かが芽生え始めていた。
その芽生えは、正面責めに飽きた後藤が明菜の背後に回って以来、加速度的に促される。

当然と言うべきか、後藤は背後からの責めも巧みだった。
正面からの場合と同じく、乳房の下半球に手を添え、ゆっくりと円を描くように揉みあげる。
ただこれだけで、明菜はひどく安心するような、うっとりとした気分の中に引きずり込まれる。
「可愛いよ、明菜ちゃん。それに何だか、首筋からいい匂いがするね?」
後藤は耳に息を吹きかけるように賛辞を述べた。
さらにその流れで、耳元を舐め、首筋に沿って口づけしていく。
「うっ……あ」
ごく自然に唇から声が漏れ、明菜は慌てて口を噤んだ。
ほとんど吐息に近い喘ぎであったため、女として不自然に思われる事はなかっただろう。
しかし、油断はできない。明菜は気を張り直し、しかしその事で、かえって身体の敏感さが増してしまう。
「すごいねぇ、オッパイおっきくなってきたねぇ。先も、もうコリコリだ」
後藤の暖かな手の平が、乳房を揉みしだく。2本指がしこり勃った乳首をいじめ抜く。
「……………………っ!!!!」
明菜は天を仰ぎながら歯を食い縛った。それでようやく甘い声を噛み殺せる。
それほどに心地がいい。
純然たる女がこの責めを受けたなら、ショーツに潜む渓谷は潤みに潤んでいるに違いなかった。
そしてそれがシーメールとなれば、当然、ショーツを押しのけるようにして逸物が隆起する事となる。
明菜のそれも張りに張り、いつミニスカートから顔を出すか解らない。
その恐れと羞恥に、女ならぬ女の頬は真っ赤に染まってしまっている。
千尋はそうした明菜の様子をたっぷりと堪能した後、ようやくにして助け舟を出す。

「…………あら、後藤さん。残念ですけど、お時間です」
腕時計を見やりながら千尋が言うと、後藤は残念そうに顔を上げた。
「えっ! そ、そうか……もう1時間経ってたんだ」
名残惜しそうに明菜の体を抱きすくめ、首を振る。
「ごめんなさい。明菜はこれで終わりですけど、別の娘を用意しますわ。たっぷり遊んで下さいね。
 さ、明菜。いらっしゃい」
千尋はそう言い残し、ふらつく明菜を個室の外へと連れ出した。



「あらあらあら、こんなに勃起させて。女になりきれって言ったでしょうに」
パブの控え室で千尋が笑う。
その前では明菜が直立していた。、赤いミニスカートをたくし上げ、ショーツをずらして怒張を露出させたまま。
「真優なら、あのぐらいは自制していたわ」
怒張を中指で弾き、さらに言葉責めを加える千尋。
美しい女体とは不釣合いな男根が、ぶらりぶらりと宙に揺れる。
「くっ……!」
明菜は唇を噛みしめた。人一倍プライドの高い彼女にとって、このような扱いは耐え難い。
だからこそ、千尋は面白がるのだが。
「しょうのない子ねぇ。続けて客を取らせようかと思ったけど、まずは一発抜いて鎮めてあげるわ」
千尋は意地の悪い笑みを見せ、部屋の隅から椅子を引いてくる。
肘掛けのない、簡素な椅子。そこに明菜を大股開きで掛けさせ、やや腰を浮かすように指示を出す。
「注文の多いことですね」
明菜が渋々と腿を上げた、直後。
それまで軟膏入れを舐めていた千尋の指が、ずぐりと明菜の肛門に挿し入れられる。
「ふあっ!?」
「あら、可愛い声。ソプラノも出るのねぇ」
皮肉とも賞賛とも取れない口調で言いながら、千尋は肛門内の指を蠢かし始めた。

指先は恐ろしく的確に明菜の前立腺を探り当て、刺激してくる。
ヂリリと焼けるような熱さが尿道を走った。真優の前立腺責めも巧みだが、千尋はそれ以上だ。
「あ、ああ、あっ!!」
「凄いでしょう。まだ義務教育を終えたばかりの真優にも、よくこうしてやったものよ。
 まだまだ生意気盛りで、悔しそうな顔をしながら、脚全体が真っ白く染まるぐらいに射精していたわ。
 アナタにも、その時の真優の気持ちがわかるかしら?」
千尋はそう言って前立腺を責めつつ、さらに逆の手で怒張を包む。
千尋の手の甲が明菜の目に映った。
美容品に相当な金を掛けているのか、年齢の割にはシミや皺が少ない。
しかし逸物をゆるゆるとしごき始めると、隠し切れない太い血管が浮き出してくる。
「若いわねぇ、アナタの肌は。元が男だっていうのが嘘に思えるぐらい、ハリがあって、きめ細かくて……」
手の甲に着目されている事に気付いたのか。
千尋は逸物を扱きながら、明菜の太腿に頬を擦り付ける。
その行為はなぜか、それまでのどの言葉よりも明菜の心を怖気立たせた。

「あ、ああ……あああっ、あ…………っは」
明菜の唇から吐息が漏れる。
ぬるっぬるっと逸物を扱き立てられ、前立腺も刺激されているため、快感は相当なものだ。
しかしいつも、今一歩のところで達することができない。
「ほらぁどうしたの、遠慮はいらないわ。時は金なりって言うでしょう、さっさとお逝きなさいな」
千尋が明菜に囁きかける。その声の調子で明菜は気付いた。
この老婆は、あえて明菜が絶頂へ至れぬよう加減し、意地悪く焦らしているのだと。
しかし、そうと解ったところで状況が変わる道理もない。
明菜は文字通りオーナーの『手の中で』、焦らしに焦らされる。
逸物からは、じわりと先走りが滲み出し。
「先っぽから何か出てきたわ。指の輪でクチュクチュいってるわね、何かしらこれ?」
睾丸は収縮を繰り返し。
「たまには、こっちの玉も可愛がってあげないとね…………あら、ふふっ。凄い顔するのねアナタ」
腿の肉は、女を忘れたように力強く強張ってしまう。
「ずいぶんと逞しい太腿ねぇ。とても女とは思えないわ」
肉体のありとあらゆる変化を目敏く見つけ出され、皮肉交じりに指摘される。
これは想像以上に恥ずかしく、さしもの明菜も気概ある瞳を保てない。
「やめてください、オーナー……」
痴漢を受ける女学生さながらに、弱った視線を床へ投げるばかりだった。
千尋はほくそ笑む。まさにその時、彼女の胸ポケットで携帯が鳴りはじめる。

千尋は肛門に差し込んだ指を引き抜き、傍らの布で拭い清めて携帯を開く。
「あら、どうも後藤さん。どうされました?」
千尋の反応から、通話の相手は先ほどの後藤である事が解った。
なぜ客がオーナーの番号を知っているのか。明菜はそう疑問を抱いたが、すぐにそれどころではなくなる。
通話の最中にもかかわらず、千尋の手が逸物への刺激を再開したせいだ。
「……っ、…………っ!!」
先走りに濡れる亀頭付近をぬるぬると愛撫され、思わず声が出そうになる。
明菜は必死で口を押さえた。その間にも、千尋の指はぬちっぬちっと逸物を弄び続けている。
明らかに先ほどよりも巧みだ。やはりこれまでは、あえて焦らしていたのだろう。
「いえ、それは…………はい、店としましては…………ええ、ごもっともですが」
千尋はやや声を低めた。深刻そうな内容、しかし責めは途切れない。
滲み出るカウパーを指で掬い、亀頭部分へと戻すように塗りこめる。
絶頂間際で敏感になっている亀頭へ、ぬめらかな刺激を続けられてはたまらない。
「~~~っ!!!!!」
明菜は右膝と左膝を忙しなく浮かせながら、椅子の背をガリガリと掻き毟った。

千尋が電話を切り、携帯を閉じる。
「お愉しみの所悪いんだけど、状況が変わったわ。さっきのお客様、後藤さんね、ちょっと無理を言ってきてるの。
 金を払ってるんだから、ついた嬢にはフェラチオぐらいさせろって言って聞かないのよ。
 あの人、いつも酒癖がいい方じゃないんだけど、今日は特にムシの居所が悪いみたいね」
「はぁっ、はぁっ…………き、規則は規則でしょう」
絶頂寸前のもどかしさで会話の行方が解らず、明菜は思ったままを口にする。
すると千尋は、芝居じみた動きで肩を落とした。
「そうねぇ。やっぱり今回ばかりは、頑として断るしかないわよね。
 大得意様だからといって、この店の嬢にそんな事を強制するわけにはいかないし……。
 真優がいれば、まだ何とかしてくれたかもしれないけど、私じゃあ頭が悪くて」
真優。その言葉に、明菜の脳裏から霧が晴れる。
また真優か。アクシデントか芝居かは知らないが、全ての事態において、真優をダシに明菜を煽ろうと言うのか。
「はぁ……解りました。私がやります」
明菜が溜め息交じりに告げる。
「あら、そう? 悪いわねぇ、助かるわ。あなた昔はニューハーフヘルスに居たそうだから、フェラチオもお手の物よね。
 ここはひとつ、プロの技を見せてちょうだい」
悪意を隠せない人間なのか、それとも隠す気すらないのか。
大仰に手を叩く千尋は、笑顔の一枚下に明確な嘲りを覗かせていた。



個室の扉を開けると、そこには嫌がるホステスに言い寄る後藤の姿があった。
先ほどまでとは雰囲気が違う。酒癖が悪いというのは事実だろう。
「お待たせしました」
明菜は後藤に向けて頭を下げる。その途端、ホステスが希望の光を見たという表情で立ち上がる。
「ゴメンね、後お願い……!」
ホステスは明菜とすれ違い様に囁き、急ぎ足で部屋を出た。よほど執拗にサービス外の行為を迫られたのだろう。
「いやぁー君が来てくれて良かったよぉ。さっきのお姉ちゃん、サービス悪くてさあ!」
後藤は顔の前で手を振りながらぼやく。明菜は嘆息する思いだった。

『聴こえる、明菜? 聴こえるなら2回瞬きして』
明菜が左耳に嵌めたイヤホンから、千尋の声がする。
イヤホンは、後藤が待つ個室へ向かう前に手渡されたものだ。一種の無線機であり、盗聴器でもある。
危険な客と個室で2人きりになる場合、このイヤホンが必須になると千尋は言った。
室内の様子はモニタールームで監視してもいるが、個室の監視カメラでは動きしか見えない。
ゆえにイヤホン型の無線盗聴器をつけ、音をモニタールームに送りつつ、何かあれば店側から指示を出すのだという。
そこまでするのなら、初めから危険を孕む状況を作らなければいいではないか。
明菜は内心そう思ったが、追求しても詮無い事だ。
店のルールを謳いながら、その実は千尋の独断による嫌がらせである可能性もあるのだから。
千尋からの指示通り、明菜はカメラへ映るように2回瞬きする。
『OKみたいね。じゃあ、頼むわよ』
「おいどうした、そんな所に突っ立ってても咥えらんねーぞー!」
千尋の声を掻き消すように後藤が叫ぶ。
明菜は一つ息を吐くと、ソファに座る後藤の前で跪いた。
「へへへ、へへ、へへっ…………」
明菜が下穿き脱がせる間、後藤は下卑た笑いを浮かべ続ける。そして現れた逸物もまた、主のおぞましさに負けていない。
ドス黒く、カリ首が妙に太い異形。匂いもきつい。
明菜は一瞬顔を引き攣らせたが、すぐに覚悟を決める。薄汚い男性器への奉仕は、初めてではない。

明菜の指が逸物を摘み上げ、開いた桜色の唇がぱくりと異形を咥え込む。
一度そうしてしまえば、後は彼女のペースだ。
男が喜ぶよう、多少大袈裟に音を立てながら、逸物の先から根元までを舐めしゃぶっていく。
尺八のように肉幹を唇と舌で責め立てると、後藤のたるんだ肉体が震えた。
「うううっ……し、新人オッパイちゃんの割には上手いじゃないか。ヘルス嬢並みだぞ」
後藤の賞賛を心中で小馬鹿にしながら、明菜は淡々と口戯を続ける。
「せっかくだ、胸も使ってくれよ」
後藤が声を上ずらせながら乞うた。
明菜もその程度の要望は断らない。両の乳房で逸物を挟み込み、乳首で側面をなぞりつつ、鈴口を舐め回す。
「あああっ堪らん! マシュマロみたいにふわふわで、気持ち良すぎる……!!」
後藤がいよいよ喜び始め、明菜は苦笑する。まるで腕白な子供だと。
しかし。後藤という男の厄介さを、彼女はまだ知らない。

「あああ、いい。気持ちいいぞ…………じゃあ今度は、もっとだ。もっと深くやってくれっ!!」
後藤は唐突に鼻息を荒くすると、明菜の後頭部を押さえ込んだ。
そして自らも腰を押し付け、有無を言わせずイラマチオを強いる。
「う“む゛ぅうう゛お゛えっ!!?」
哀れなのは明菜だ。不意に喉奥まで咥え込まされれば、声を抑えるどころの話ではない。
両の目を見開きながら、生々しい反応を示してしまう。
「あれっ、結構低いなぁ声。でもねぇ、そういうの結構好きだよ俺。やっぱえづき声は、苦しそうでなきゃあ」
後藤は上機嫌に笑いながら、長いストロークで明菜の喉奥を責め始めた。

「ごぇ、おお゛えっ!! ん゛んむ゛ぇああ゛お゛えっ、う゛、ごぶっ……ぐゅぶふっ!!!」
明菜はひたすらに悶え苦しむ。
形のいい鼻から汁を噴きだし、口からは涎の糸を垂らしてしまってもいた。

 ――冗談じゃないわ、ふざけないでっ!!

頭の中ではそう憤るが、後藤に力負けしてしまう。
後頭部を押さえつける力にも抗えず、迫る来る太腿を押しのける力も足りていない。
もう男であった頃の力がない事を、否応なく実感させられるばかりだ。
悔しいが、ここは観念するしかない。
そう悟った明菜は、抗うのをやめ、むしろ脱力して男の欲求を受け入れる。
呼吸は鼻で行い、なるべく喉奥を開いて蹂躙に耐える。
「ぐふっ、いい子いい子。…………あああーっ、いい、今のすげぇイイ! 最高だよこの喉は!!」
後藤は明菜の恭順を喜びながら、いよいよ無遠慮に腰を打ち込みはじめた。

独特の臭気が鼻腔を満たし、怒張に開かれた口から唾液が零れていく。
時おり口内から怒張が引き抜かれる事もあるが、休息は僅かばかりの間でしかない。
むしろその間に、新鮮な酸素が鼻を通り、痺れた嗅覚を再び研ぎ澄ませてしまう。
その中で明菜は、お゛えっ、ごえっ、という自らのえづきを聴いていた。
脳が白む。酸欠のせいか思考力は薄れ、妙な心地良ささえ感じられる。
心の底から女に……いや、メスになっている状態だ。
明菜がまさにその事を自覚した瞬間、イヤホンから皺枯れた声が囁きかけた。
『あらあら、凄いわねぇ』
千尋だ。明菜は目を見開く。
『シーメールが男のものを咥える気分って、どんな風なの?
 心は女といっても、男だった時の記憶も残ってるわけでしょう。気持ちが悪かったりはするの?
 ああごめんなさい、今は色んな意味で喋れないわね。だから、態度で勝手に判断するわ。
 今は……うん、とっても気持ちよさそうねぇ。とろーんとした顔してるわ、アナタ』
そう蔑むように言われては、明菜も平然とはしていられない。
今の今まで女として浸っていた口内の味が、匂いが、耐え難くなってしまう。
「ふむ゛ぉ゛ぅうう゛っっ!!!」
明菜は後藤を睨み上げた。しかし酔いの回った後藤は、それに対して笑みを深めるばかりだ。
「おおその目。いいねぇ、堪らない! 君みたいな子にそんな目されたら、おじさん、余計に燃えてくるよ!」
喘ぐようにそう言い、明菜の頭を強く掴み直す後藤。
いよいよ容赦のないディープスロートが始まった。
「ごほっ、おごっ……おおう゛えっごぼっ…………!!」
明菜はされるがままにえづく。
異常な状況だ。胸から上の反応は女のものでありながら、しかし暴れる腿の合間では、男根がそそり立っている。
その感覚は、明菜に自分の性を見失わせる。
『大丈夫?なんだかスカートが盛り上がってるように見えるんだけど……それ、足を蠢かせてるだけよね?』
追い討ちをかけるような千尋の声を聞き、いよいよ明菜の屹立は限界に達する。
メスの心とオスの欲情が、身体の中で混ざり合いながら極まったかのように。
「んんう゛もぉ゛ぉおううーーーっ!!!!」
辛抱堪らず、明菜は呻きを上げた。それが喉奥を絞り上げる結果となり、後藤の腰も跳ねる。
「うおおおーっ、最高だ! いっ、いくぞ、出すぞっっ!!!」
その言葉の直後、後藤は明菜の口内に精を迸らせた。
どぐり、どぐりと舌の上に生暖かさが吐き出され、栗の花の匂いが明菜の鼻腔を満たしていく。
『まぁ美味しそう。さ、溢さず呑んでおあげなさい。真優ならそうするわ』
千尋のその言葉で、明菜は生臭さを嚥下した。目元を不機嫌そうに震わせながら。

「…………お疲れ様。よかったわね、最高だったって。フェラチオは、真優以上なのかもしれないわね」
控え室へ戻った明菜に、千尋が言う。
明菜は汗に濡れたイヤホンを外し、千尋が差し出したジュースを受け取った。
そして荒れた喉を潤すように飲み始めた直後、千尋は口を開く。
「美味しそうに呑むわねぇ。後藤さんの精液と、どっちが美味しい?」
その言葉に、明菜は盛大に噴出してしまう。
「げほっ……お、怒りますよオーナー!」
「あら御免なさい、悪気はなかったのよ。思ったことがすぐ口に出ちゃうの、私」
そう言いつつも、千尋に反省の色はない。
それどころか彼女は腰を下ろし、明菜のショーツを擦り下ろした。
「あら、あらあらあら…………出ちゃったのね。男の人の物を咥えただけで」
粘質な糸を引くショーツの中を見ながら、千尋は可笑しそうに笑う。
明菜の顔が羞恥に赤らんだ。
さらに千尋の手は明菜の物を握り、緩々と扱き上げた。
自然に精液を滲ませるまでに興奮しきった今の明菜が、これに耐えられる道理はない。
「うっあ! んん、うふうっ…………!!」
心地良さそうな鼻声を上げ、盛大に数メートルばかり精液を飛ばしてしまう。
「へぇ、今度は簡単に出るのねぇ?」
嘲笑う千尋に精液を絞り上げられながら、明菜はただ、そのモデル然とした身体をうねらせる。

 -―――まだまだ、アナタの奥を見せて貰うわよ?

悪魔じみたその囁きが、妙にはっきりと明菜の耳に届いた。





明菜はベッドに横たわったまま、この数日を振り返っていた。
千尋が別荘として保有する邸宅。
そこで最初にさせられたのは、ストリップショーの真似事だ。

一本のポールを拠り所に、ベージュの布で股間を覆った明菜が舞う。
ただしその腹部には、腰の見事なくびれを殺さない程度に浣腸が施されている。
肛門に嵌め込まれた栓によって排泄は叶わず、栓の底からぶら下がった鈴が、腰を振るたびに煩く鳴る。
そのような恥辱のステージだった。
「へぇー、流石はショーパブの人気嬢ね。見応えがあるわ!」
「そうね。スタイルがよくて、嫉妬しちゃいそう」
「確かに優雅だけど、もっと激しくてもいいわね……ほらぁオカマ女、もっと威勢よく脚を上げなさいよ!」
「あははっ、アレが勃ってきたわ! ほとんど布が役目を果たしてないじゃないの」
千尋子飼いのホステス達が、明菜のダンスに野次を飛ばす。
シーメールである明菜に魅力で劣る劣等感からか、それとも日々の憂さ晴らしか。その野次には容赦が無い。
そして、明菜も人間だ。いかに負けん気が強いとはいえ、排泄欲に長くは抗えなかった。

ポールを背にがに股で腰を落としていた明菜は、壮絶な腹の鳴りと共に動きを止める。
顎や乳房から、汗の雫が滴り落ちる。
「……もう、無理っ…………だ、出させてちょうだい」
明菜は、ソファに脚を組んで座るホステス達、そしてその背後で笑う千尋に懇願した。
しかし、ホステス達は甲高い笑い声を上げるばかりだ。
「キャハハッ、もう無理だーなんて嘘ついちゃって。余裕あるようにしか見えないよん」
1人がソファから立ち上がり、隆起した明菜の股間を指で弾く。
「こーんなにビンビンにしちゃってさ。浣腸ぶちこまれたまま、あたしらの前で踊るのが気持ちいいんっしょ?」
「そうそう。じゃないと、こんな勃起させないってフツー!」
明菜は奥歯を軋ませた。
誇り高い彼女にとって、このような恥辱は許容できるものではない。
しかし、排泄欲に抗いながら激しく身を揺らし、それを少女達の見世物にされながら勃起させた事は事実だ。
「勃起なんて、ただの生理反応よ」
明菜はそう言い返すが、言葉に自信はない。果たして本当に、生理反応ゆえか。
そしてホステス達は、抜け目なくその言葉尻を捉える。
「へぇ、ただの生理反応かぁ。でもうんちしたいのだって、ただの生理反応だよね? じゃ、もっと我慢できるじゃん」
この言葉に、明菜はとうとう絶望的な表情を隠せなくなった。

記憶がはっきりしているのはここまでで、次の記憶はホステス達に上から圧し掛かられている時のものだ。
ホステスの潤んだ膣の中に、明菜の隆起が入り込んでいく。
排泄欲はもはやなく、ただただ強烈な射精欲に苛まれるばかりだ。
「あ……ああ、ああああ…………っ!!」
明菜は男としては極自然な呻きを上げた。ホステス達は、その女王然とした美貌を手の平で叩きながら笑う。
「ホラぁ、なんでお前が苦しそうな訳? レイプされてんのは水姫の方なのにさ」
勝手な理屈が並べられる中、圧し掛かったホステスの膣内が激しく明菜の怒張を絞り上げる。
「うううっ!!」
明菜は為すすべなく射精に至った。どくどくとかなりの量が吸い上げられていく。
「きゃー、こいつアタシの膣中で出してるぅー!!」
「いいじゃん、どうせピル飲んでんだし。それにもし出来たとしても、こんな美人?の子供ならオッケーっしょ」
「ホント、あそこ隠れてると完璧に女にしか見えないわ。不思議ね、シーメールって」
ホステス達の言葉が、疲れ果てた明菜の頭上を舞う。

またある日には、千尋からのアナル舐めのみで射精に導かれる事もあった。
キングサイズのベッド……千尋曰く『ほんの20万ドルの安物』の上でだ。
屈曲位に近い体制の明菜に対し、千尋が延々とその肛門を舐めしゃぶる。
初めは射精など有り得まいと高を括っていた明菜だが、次第に肛門性感を目覚めさせられていく。
千尋の萎びた唇で肛門を吸われ、舐められ、ざらついた舌を浅くねじ込まれ……。
その果てに、あえなく射精に至らしめられた。
一度も手を触れていない逸物から、断続的に精が吐かれた瞬間、明菜は心底驚愕したものだ。

そして今日もまた、千尋の玩具としての一日が始まる。



ベッドの上で開脚したまま、右の手首と足首、左の手首足首を拘束される恥辱のポーズ。
そのポーズを取った明菜の前に、道具箱を持参して千尋が腰を下ろす。
ベッドの上で向かい合う体勢だ。
「改めて見ると、本当にいい身体ねぇアナタって。確かに、真優に一番近いのはアナタかもしれないわ」
千尋はそう言いながら、道具箱からある物を取り出した。ワインオープナーに似た形状の道具だ。
「知ってるかしら。これね、エネマグラっていうの。男の前立腺を開発する為の道具よ。
 特にこれは真優専用の特注品で、それはもう凄いの。
 気丈だったあの子を、初めて半狂乱になるまで追い込んだ玩具なんだから。
 ほとんど家宝みたいなものなんだけど、アナタは気に入ったから、特別にご馳走してあげるわね」
千尋の指が慈しむようにエネマグラを撫で、ローションを塗りこめる。
そして充分に準備を整えると、雫を滴らせながら明菜の肛門に宛がった。
「さぁ、息を吐いて」
明菜が千尋の言葉に従い、異物は腸内へ滑り込んでいく。
直後、熱さが明菜の腸を焼いた。
「くぅっ!!」
声を抑えることなど出来ようはずもない。
効果は劇的だ。前立腺が焼き鏝で舐められたように熱くなり、次の瞬間からは余熱のようにじわりと疼きはじめる。
「ふふ。男のようでも女のようでもない、堪らない声ね。
 いいのよ、好きに乱れても。あの頃の真優なんて、それはもうはしたなくベッドを汚したものよ。
 まあ、一週間もすればすっかり女の子らしくなったけどね」
千尋の言葉が脳内で意味を成したとき、明菜は意外に感じた。
あの真優にも、そうした時期があったとは。
和風美人を体現するような真優の気品には、明菜も一目置いている。いや、憧れているのかもしれない。
だからこそ、その真優が千尋のような下劣な人間に平伏している現状が許せないのだ。
明菜の瞳が、静かに千尋を睨み据える。
千尋はそれを至近で受けながら、にこやかな笑みを返す。
「いい瞳だわ、本当に懐かしい。じゃあ始めましょうか、真ゆ……ああ、ごめんなさい、明菜だったわね」
その言葉と共に、エネマグラが明菜の腸内で蠢き始めた。

「………………う、うああっ……ああ、あ、あっ」
明菜のこの声は、けして意識したものではない。前立腺を的確に刺激され、自然にあふれた呻きだ。
勝手に声が出るほどの快感がある以上、肉体も反応する。
桜色の肛門が収縮を繰り返し、太腿も尻肉につられて引き締まる。
明菜は千尋を睨みながら、必死にこうした反応を耐えようとした。
しかし、無駄な足掻きだ。
真優の操るエネマグラの先が、18回目に前立腺を押し込んだ時……明菜の尿道を熱さが通り抜ける。
「ふぁあっ……!!」
声を漏らした直後、明菜はしまった、と思った。
喉から搾り出されたようなその掠れ声は、あまりにも雄弁に、明菜の快感を物語っていたからだ。
そして百戦錬磨の千尋は、その致命的な本音を聞き逃さない。
明菜の瞳から視線を外し、ゆっくりと視線を下げていく。
明菜は、それを追うことが出来なかった。ただ生唾を呑みこみ、来るべき時を覚悟するだけだ。
「…………ふふ。出ちゃったのね」
千尋の枯れた声が、はっきりとそう宣告した。
その言葉をきっかけとして明菜が視線を下ろすと、反り立つほどに勃起した逸物の先から、白い一筋が垂れている。
『トコロテン』と呼ばれる自然射精だ。
向かい合った千尋にそれを見られる羞恥は、明菜の美貌をひどく歪ませた。

「知ってるかしら。射精の直後って、前立腺が一番敏感になってるの。搾り出すチャンスなのよ」
千尋がさらにエネマグラを揺らし、最もつらい位置でぐっと留める。
すると明菜の尿道の根元から、再びじわりと熱さが沸いた。
射精が来る。
反り勃った逸物が前後に揺れ始め、鈴口から白濁の球が盛り上がり、破れて肉茎を伝っていく。
その直後にもまた球ができ、零れ、また球ができる。
「うぅううっ、あ、あ…………!!」
明菜の喉から漏れる掠れ声も、前以上に情けない。
「あらあらあらぁ、新鮮そうなのがどんどん出てくるじゃない。
 さっき凄い目でこっちを見てたから、てっきり我慢するつもりなのかと思ってたけど、素直で良かったわ」
千尋の嫌味が、明菜の胸を刺した。
「こんな小さな道具でお尻をレイプされて、感じるのねぇ。
 いやらしいわ明菜ちゃん。見てると、いつまででも虐めたくなってくる。不思議なシーメールねぇ、アナタって」
言葉責めはなお止まない。
腸内をかき回しながらのそれらの言葉は、孤高の女王たらんとする明菜にとって、どれほど屈辱的である事だろう。
しかし明菜は、どうする事もできない。
足掻けず、耐えられもせず、ただ肉体の反応を口惜しげに見下ろすしかない。
「さぁ明菜。今日は、まだまだ愉しませてあげるわ」
捕食者たる千尋は、普段通りの冷ややかな瞳で微笑んだ。



「あぁあああー……っ、あああっ…………っあああぁあっ、んあ、あああぁっっ………………!!」

艶かしい喘ぎが、静寂な部屋に響き渡る。
湯気を孕むようなねっとりとした喘ぎだ。聞きようによっては、重傷を負って今まさに死に行く人間の声とも思える。
実際、明菜は追い込まれていた。
逸物は己の白濁に塗れ、動物の乳を上から溢したような有様だ。
瞳はかろうじて千尋の視線を受け止めてはいるが、逸物が震えるたび、惑うように焦点を失う。
品のいい唇の端からは涎が垂れ、悦楽の只中にいる事が窺い知れた。
千尋は、そうした明菜の状態を、ただにこやかに見つめている。
明菜にとって、それが何よりつらいと知るかのように。

「すごい汗よ、明菜」
千尋の右手が明菜の身を撫でた。脇腹を流れ落ちる汗の筋を掬いながら、豊かな乳房に触れる。
乳房を持ち上げて雫を滴らせ、乳房の先を摘む。
「ふむぅんっ!!」
快感のあまりに屹立した乳首は、明菜の急所だ。摘まれれば声は殺せない。
千尋はその声を楽しみながら、さらに乳首を指先で虐め続ける。
当然、左手ではエネマグラを慣れた調子で蠢かしつつ、だ。
「んっくぅぅうぅっ…………!!」
この二点責めに、明菜はいよいよはっきりとした声を発し始める。
そして声がはっきりする瞬間は、彼女の絶頂の時でもあった。
明菜が呻いた実に2秒後。逸物が独りでに暴れ始め、また半透明な液を白濁の層へと上塗りする。
「やっぱり出てきたわ。前立腺でも乳首でも射精できるなんて、シーメールは得よね」
口調は柔らかく、しかし語気は冷たい。
何気ない一言にすら、千賀弥千尋という老婆の老獪さが滲み出ていた。
その冷ややかな瞳は、追い込まれた明菜の心を蝕んでいく。

 ――――もう、この目に見られたくない。

それが彼女の本音だが、しかし、彼女の矜持が視線を逸らす事を許さずにいた。
この先何があっても、せめて人としての尊厳は無くさない。
男である事を捨て、同性の知人からも異性の恋人からも見放された日に、そう誓ったのだから。

千尋の老いた指がニップルクリップを拾い上げても、明菜は視線を揺るがせない。
その責め具が乳頭を挟み潰した瞬間をも、歯を食い縛って耐えた。
「あら、今度は声出さなかったの。アナタの呻き声は聞き応えがあるのに。
 まぁいいわ。今度は前立腺だけじゃなく、オッパイも虐めてあげる。
 後藤さんに揉まれて、あれだけ善がってたアナタだもの。きっと今まで以上に気持ちよく逝けるはずよ」
明菜はここでようやく、千尋の目に感じていた異常性を悟る。
この千尋という女は、相手を玩具としか見ていない。
目の前の人間を、ただ自分が遊んで壊すための人形だと考えている。
だからこそ温かみが感じられず、瞳の奥の眼球が死んで見えるのだろう。
「さぁ、明菜。楽しませてちょうだい」
太い血管の浮いた手が動き、背後の道具箱から悪意ある責め具を引きずり出す。
その数々を見やり、血の通う肉人形は目を見開いた。






「…………なぁ、何か明菜って、前より女っぽくなってねぇか?」
煌びやかなステージで踊る明菜を見ながら、1人の客が隣の人間に囁きかけた。
落ち着きなく膝を揺らしていたその男もまた、男の発言に同意する。
「ああ、やっぱりそうだよな。前から美人だったけど、何か今は、凄いメスっぽいっつーか」
「本格的に女に目覚めたって感じだよな。まさか、本命ができたんじゃねーだろうな……」
「ほ、本命って誰だよ。男か、女か!?」
「し、知るかよ。あくまで仮説だって! 俺だってンなの信じてねぇよ!」
「なんかさ。デカイ声じゃ言えねぇけど、今の明菜の雰囲気って真優様っぽくねぇか……?」
「よせ、もし真優派に聞かれたら殺されんぞ。……っつっても正味、いい勝負しそうだわ。後は年季が入れば、ってとこだな」
近くの席にいた客達をも巻き込み、噂話は広がっていく。
その前方で踊る明菜は、確かにその瑞々しい魅力に加え、時おりゾクリとする妖艶な雰囲気を覗かせた。
ステージの袖に控える真優達は、その明菜を黙って見つめている。
「…………アキナぁ…………」
感受性の強いユリカは、堪らず目を潤ませ、猫の鳴くような声で後輩の名を呼んだ。

千尋の愉しみは、ただ生きた人形遊びのみで終わるものではない。
その様子をビデオに映し、ホステス達に見せて初めて完結する。
『アールヴヘイム』のホステス達にも、見せしめの意味を込めてか、明菜の味わった恥辱の全てが公開された。
そしてその最後の映像には、まざまざと変わり行く明菜が映し出されていた。

“まんぐり返し”の格好のまま、アナルフックで四方から肛門を拡げられての責め。
千尋がその肛門内へ瓶入りの液体を垂らすと、必ず明菜のすらりとした脚が跳ねた。
『もうやめてっ、さっきから使ってるそれは何なの!?
 何度もイってるのに、勃起も射精も衰えないなんて、普通じゃないわ!』
恐怖も露わに叫ぶ明菜。事実その腹部には、何ヶ月禁欲した果てかというほどの精液が飛び散っている。
睾丸の中身を残らず吐き出し、後から生成された精液も即座に搾り取りでもしなければ、それほどの量にはなるまい。
『秘密よ。名前を知ったらきっとアナタ、依存症になるまで買い漁っちゃうもの』
千尋は満面の笑みを浮かべて言い、再び責め具を抱え上げた。
『ああ、重い重い……歳を取ると、人を悦ばせるのも大変ね』
形状もサイズも真優の怒張に酷似したアナルディルドー。千尋はそれを、アナルフックで拡げられた肛門内へと挿入していく。
とても手で握ることのできない直径ゆえ、上から手の平で圧をかけるようにして。
『んん……くく、はっ…………っく…………!!』
メリ、メリッと音もしそうな威圧感でディルドーが進むにつれ、明菜の目が見開いていく。

一部を外に残して奥までディルドーが埋没すると、千尋はいよいよ力強くディルドウの根元を掴んだ。
そして己の体重全てをかけるようにして、垂直に力強くディルドーを叩き込んでいく。
映像を見るホステス達の誰もが、その責めの苛烈さに息を飲んだ。
そして当然、受ける明菜はそんな物では済まない。

『んああぁあ……あ“っ! かぁあ……あああ゛っおおお゛ぉっ、おぉっおおお゛お゛お゛っっっ!!!』

聴いているだけでも動悸が早まるほどの声を上げ、身を暴れさせる明菜。
それは彼女が初めて『アールヴヘイム』の洗礼を受けた時よりも、遥かに危険な声色だった。
男とも女ともつかない、ニューハーフとしての声色。
それが以前だったとするならば、今は剥き出しになった明菜自身が、原型を無くすまで攪拌されている最中という風だ。
そして以前の責め手である真優には、相手への温情があった。
口先では壊れろと言いながら、その実明菜が危険な状態になる直前で小休止を許す優しさがあった。
しかし千尋にそれはない。彼女の目は、耳は、眼前で悶え狂う人間を見てはいないのだから。

『いやらしいわねぇ、こんなに腸液を出して。こんなに腸液の匂いをさせて。
 懐かしい匂いだわ真優、もう一度アナタを壊せるなんて、思いもしなかったわ。
 さぁどうしたの、まだ頑張るの? 腸の中を作り変えられて、お腹じゅうに射精してて、まだ?
 いいわよ、もっと遊びましょう。もっともっと、高めてあげる。愉しませてあげるわ…………!!』

その言葉と共にディルドーが暴れ狂い、危険な角度をつけて腸内を抉り続ける。
『んおぉ゛っ、おぉおおおお゛お゛っ…………!!!」
明菜は濃い快感の呻きを響かせながら精を放った。
それを盛大に浴びながら、明菜の表情は過去のどれとも違ったものになっていく。

これは、ステージで妖艶に踊る彼女へと至る軌跡の記録。
『アールヴヘイム』の女神が、その殻を破って蝶へと羽化を遂げる瞬間を映した映像。
果たして明菜はこのまま、真優と同じ道を辿るのか。
それとも自我を取り戻し、かつての明菜のままに、誰も見た事のないシーメールへと成長してゆくのか。


彼女の器が試されるのは、これからだ。



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香澄の息吹

※ 腹パンチ中心のヒロピン、リョナ物。嘔吐・失禁注意。
  また、かなり徹底的にやられてます。



呼吸。
人間が普段無意識に行っているこれは、生の基本にして、最も重要な要素でもある。
呼吸を正しく行えば、人の心は安らぎ、肉体は飛躍的にその性能を増す。
空手において息吹などの呼吸法が重視されるのもこのためだ。
その中でもとりわけ、呼吸に特化した格闘の流派がある。
名を、『風和呼神流』という。
特殊な呼吸法によって神を宿し、邪を祓うのがこの流派の理念だ。
その源流は神道にあり、政を担う表の人間の陰で、密かに人の世の闇と戦ってきたと伝えられる。
時代が下るにつれ、中国拳法の気功法・錬氣法などを取り入れながら、その技術は脈々と受け継がれてきた。
現代にも、その後継者がいる。
『風和呼神流』第36代目継承者、神代 香澄(かみしろ かすみ)。
齢15にして奥義を見につけた、天賦の才の持ち主だ。
もっとも、香澄が正式に36代目となる事は、まだ決定した訳ではない。
この流派を継ぐにはひとつの条件がある。“邪を祓う”力があると宗家筋の人間に認めさせる事だ。
香澄はまさに今、この試練に臨んでいる最中だった。

暴力が支配する街、多寡見町の高校に入学し、自らが頂点に立って治安を回復すること。
それを高校卒業までに達成すれば、晴れて正式な継承者として認められるという。
とはいえ、容易な事ではなかった。
地域でも札付きの不良が集う多寡見の闇は深い。
強盗に強姦、恐喝に殺人、違法薬物……ありとあらゆる犯罪が蔓延するスラム街だ。
ある広域暴力団がこの街の経済力に目をつけて“戦争”を仕掛けたが、一週間ともたずに敗走したという逸話もある。
多少武術の心得がある程度の女子高生ならば、まず3日と処女を守れまい。
しかし香澄は、その街に身を置いて1年あまり、未だに純潔を保っている。
それどころか、多寡見の各区画を牛耳る人間を次々に倒し、街中の注目を浴びる1人になっていた。
正義感に溢れる彼女の人気は相当なものだ。
通う高校にはファンクラブができ、常に10人以上の女生徒が取り巻きになっている。
下手な男を頼るより、香澄の目の届く場所にいた方が安全なのだから、当然といえば当然だが。
無論、そうした香澄の台頭を煙たがる人間は多い。
今日もまた、校門を出た香澄達の前に数人が立ち塞がる。


「よぉ、クソ女。昨日は弟分が世話んなったな」
タンクトップとジーンズを着用し、拳にバンデージを巻いた男が声をかけた。
線は細く、しかし肩幅はやや広い。見るからにボクサータイプだ。
「皆さんは、下がっていてください」
男の口調から敵意を感じ取り、香澄は取り巻きの女生徒に命じる。
「やーん、早く早く!」
女生徒は我先にと校門の陰へ隠れていく。
急いでこそいるが、誰一人として不安がってはいない。むしろ、アイドルのコンサートを心待ちにするような浮かれぶりだ。
そこには香澄に対する、絶対的な信頼が窺えた。
「おっ、また香澄が喧嘩するらしいぜ!」
「マジだ、しかも制服じゃん! パンチラ見れっかなぁ…………ま、無理だろな」
女生徒だけでなく、近くを通りかかった人間も次々に足を止め、野次馬に加わっていく。
その人の輪の中心で、香澄とボクサー風の男はゆっくりと歩を進めた。
そして、数歩分の間を空けて相対する。

「一応、名乗っとくか。俺は岡崎、テメェにボコられた藤野の兄貴分だ」
「そうですか。では岡崎さん、貴方にも忠告します。怪我をしたくなければ退いてください」
岡崎という男に対し、香澄は凛として言い放った。
『麗しい』という印象の強い見目に反し、声質はやや幼い。しかしその声は、一流のオペラ歌手さながらによく響く。
ただ一言を聞くだけで、特殊な呼吸を会得した稀有な人間である事が窺い知れる。
岡崎の頬に一筋の汗が流れた。
しかし同時に、彼は笑う。相手を屈服させた後を想像して。

岡崎の身長181cmに対し、香澄は170cmほど。体重は格闘家である事を加味すれば60kg前後だろう。
女子としてはかなりの高身長であり、同時にスタイルも群を抜いている。
セーラー服に包まれた胸は、首元の赤いスカーフを押し上げるほどに豊かだ。
腰も細く、紺のスカートから覗く脚線がまた極めつけに美しい。
モデルの世界へ足を踏み入れれば、すぐにでも一線で活躍できる逸材だろう。
顔立ちも整っていた。
瞳や鼻梁、唇といったパーツの全てが主張しすぎず、妙に好感が持てる。
瞬きをしたり、口を開いたり、それら全てに品がある。
風に靡く黒髪は艶やかで、揺れるたびに光の帯が流れていく。
まさに極上。
この後の人生で、もう二度とは巡り合えぬと確信できるほどの和風美人。
もしもその香澄を屈服させた暁には、街のルールに則って公然で陵辱できるのだ。
1匹の雄として、これほど狩猟本能をくすぐられる事はない。

「可愛い義弟の礼だ。悪ィが、初っ端からマジで行くぜ」
岡崎は義を貫く人間を演じながら、曲げた膝で軽やかなリズムを刻み始める。
そして猛然と踏み込んだ。常人の目では追えない速さだ。しかし、香澄の反応はさらに早い。
岡崎が迫るまでのコンマ数秒の間に、香澄は両腕を開いた。
「コオォォォォ…………ッ!」
桜色の唇が薄く開き、空手の息吹に近い呼吸が為される。
「っらァ!!」
まさにその顔面へと、岡崎の鋭いジャブが放たれた。
しかしそれは空を切る。間一髪で香澄に避けられたのだ。
「ッチ!」
相手の運の良さを呪いながら、岡崎はよりコンパクトにジャブを連発する。
しかし、それすらも当たらない。常に間一髪でかわされてしまう。
肩や視線でのフェイントを混ぜても、フックを振り回してもかすりもしない。
香澄の身体はただ、春風に舞う葉のごとく揺れているだけだというのに。

「ハァッ、ハァッ……クソッ、なんで当たらねぇ!!」
数分後、岡崎は肩で息をしながら香澄を睨み据えた。
対する香澄は、呼吸に一切乱れがない。静かな……否、あまりにも静かすぎる呼吸を繰り返している。
その呼吸法こそが香澄の強さの秘訣だ。
『風和呼神流』の極意は、呼吸を通じて風と調和し、遍在する神の力を身の裡へと呼び込む事にある。
無論、ここでいう神とは概念的なものに過ぎない。しかし、その効果は事実として顕著だ。
香澄が信仰する神は『四獣』。
『青竜』の青息(せいそく)、『白虎』の白息(びゃくそく)、『朱雀』の朱息(しゅそく)、『玄武』の玄息(げんそく)。
それぞれ効果の違うこれらの呼吸法を使い分け、あらゆる状況に対処する。それが香澄の戦い方だ。
まさに今、香澄の行っている呼吸が青息にあたる。
青息は、その特殊な呼吸によって、体内の筋やそれを包む膜を伸びやすい状態にする。
伸びやすい柔な筋肉は、動きを軽やかにし、衝撃を吸収し、疲労も溜めにくい。
そして鞭のようなそのしなやかさは、打撃の威力を何倍にも引き上げる。
挙句には、脳に新鮮な空気が循環し続けることによって、反射神経や動体視力が向上する効果さえ期待できる。
いわば究極のドーピングだ。
長年武術の鍛錬を積んできた香澄がそれを使えば、ボクサー崩れのジャブをかわす事など造作もない。
むしろ、リズムとタイミングが全てと言われる近代ボクシングこそ、呼吸を制する者にとって絶好のカモだ。

「ハァッ、ハァーッ…………!!」
香澄を睨みながら、荒い呼吸を繰り返す岡崎。
香澄は冷静にその様子を観察し、相手が息を『吸う』瞬間に動きを見せた。
人間は、吸気の瞬間が最も無防備になる。岡崎も香澄の動きに気付いたが、反応が間に合わない。
「がっ……!」
ガードしようとした手をすり抜ける飛び膝蹴りで顎を打ち抜かれ、鮮やかに意識を断ち切られる。
まさしく電光石火。ボクサーである岡崎を遥かに凌駕する機敏性だ。
見事な決着。しかし、戦いはまだ終わらない。
「こんの、アマァァああああっっ!!!」
香澄が着地しようとした瞬間、ギャラリーの輪の中から1人の男が飛び出した。
名は浜川。岡崎の仲間であり、香澄が岡崎の猛攻で追い詰められた所を羽交い絞めにする役目の男だ。
しかし香澄があまりにも軽やかに岡崎をいなすあまり、決着が付くまで機を逸していたのだった。

「オラアァッ!!!」
浜川は叫びながら、突き上げる形のボディブローを放つ。
「っ!」
香澄の視線が横目にそれを捉えた。
彼女の身体はまだ空中だ。回避は間に合わない、と浜川は確信した。
彼は動きこそ鈍いが、体重は100kgを超える。腹に一発見舞えれば、レスラーでも悶絶させる自信がある。
しかし、この時も香澄は素早かった。
足の先がかろうじて地面に着いた瞬間、素早く両脚を踏みしめ、両腕で身体の前に十字を切る。
「カッ!!」
鋭い呼気が一度発され、美貌が鋭く引き締まった。
直後、叩き込まれるボディブロー。巨体が突進する勢いを乗せた、丸太のような右腕での一撃。軽いはずがない。
美しい香澄の身体がくの字に折れ、吹き飛ぶ……そのイメージを何人のギャラリーが抱いたことだろう。
しかし、現実は違った。
肩幅に地を踏みしめた香澄のローファーは、衝撃で十数センチほどアスファルトを擦る。しかし、それだけだ。
地面に二筋の擦り跡を残して、止まった。
「なっ…………!!」
愕然としたのは攻撃した浜川だ。
体重に裏付けられた攻撃の重さには自信があった。
それを、少々体格が良いとはいえ、女子高生ごときに真正面から受け止められるとは。
動揺する男を他所に、一部のギャラリーからは歓声が上がっていた。
「おおっ、久々に白虎きた! やっぱカッケェなぁ!」
「避けらんねぇって判った瞬間に白虎って判断が流石だわ」
「バカねあいつ、よりによってお腹狙うなんて。香澄さんの一番丈夫な場所なのに!」
声を上げているのは皆、香澄の喧嘩を見慣れた人間だった。
幼い頃から丹田での呼吸を叩き込まれてきた香澄の下腹部は、ゴムタイヤのようにしなやかで強靭だ。
さらに今は、体内の筋肉や膜を故意に収縮させる『白息』を用いている。
その硬さと耐久力は、まさしく鉄板並みだと噂されていた。
「終わりです!」
香澄の鋭い声が響いた直後、自失した浜川の右腕が払い除けられる。
そして、鮮やかな右ハイキックが浜川の側頭部へと叩き込まれた。
「があ゛っ…………」
岡崎と同じく、浜川もまたこの一撃で意識を刈り取られる。

巨体が重々しく崩れ落ちると同時に、歓声が湧いた。
香澄の強さと美しさを称える声、暴力を撥ね退けた事への賞賛、そして……
「ううおおおっ、見えたぁっ!!!」
「ひゃひゃっ、今日はレースつきのピンクか。また可愛いの穿いてんなぁ!」
そう野次を受け、浜川を見下ろしながら残心を取っていた香澄の表情が変わる。
頬を染め、目を見開き。
「あ、あっ………………み、見世物じゃありませんっっ!!!」
通りの果てまで響き渡る香澄の叫びに、ギャラリー達は笑いながら逃げていく。
多寡見の街には長らくなかった、和やかな雰囲気だ。
こうした情景が見られる事こそ、香澄がこの街の“邪を祓っている”証拠と言えるかもしれない。


「相変わらず化け物じみた強さねぇ、あのガキ。……どう、同じバケモノとしては。勝てそう?」
ビルの一室から校門を見下ろし、白人の女が告げた。
返事はない。
女が訝しんで振り返ると、その視線の先では、大柄な男が女を激しく抱いている所だった。
「ん、んん゛っ……うあぐ、ふっ、太いい゛っ…………!!!」
女の悲痛な喘ぎが響く。
「はーっ……アナタねぇ。そいつらを宛がってやったのは、アナタなら神代香澄を潰せるかもって期待してるからよ。
 せっかく、その香澄の戦ってる所が見られるチャンスだっていうのに」
女が呆れたような口調で告げると、男は後背位で激しく交わりながら背を伸ばした。

どれだけの時間をトレーニングに費やしたのかと問いたくなるほど、全身が筋肉で膨れ上がっている。
特に、僧帽筋、三角筋、上腕二等筋などは、充分にマッシブな人間を1人用意し、
その上に戯れで別人の筋肉ブロックを上乗せしたような有様だ。
身長は低く見積もっても190cmを超え、体重は150kgを下回る事は有り得まい。
よく大柄な人間を指してヒグマのようだというが、彼に限っては比喩にならない。
まかり間違っても人を殴ることを仕事にしてはいけない。そう感じさせるほどの異形だった。
その彼がトレーニングすらした事のない素人だと言って、信じる人間がいるだろうか。

「なら訊くがよ、アベリィ。アンタは道向こうのショーウィンドーに肉が飾られててだ、それで涎垂らすのか?
 肉ってなァよ、こう目の前でジュウジュウ言ってて、ソースやらの匂いがして、ナイフが簡単に入る……そこで涎が出んだろうが。
 女も同じだ。手の平でグチャグチャに出来るって状況じゃなきゃ、勃たねぇよ」
男はそう言って、眼前の女の腰を掴む。そして力任せに引きつけながら、自らも腰を打ちつけた。
女はすぐに暴れ始める。
「い、いたいっ、痛いーっやめてっ!! お願い、もうやめてぇえっ!!」
まさに決死の形相で叫ぶ女。しかしそれを蹂躙する男は、彫りの深い顔に笑みを深めるばかりだ。
「ウルセェぞ。テメエもゲロ吐かされてぇのか?
 なら、せめて2発は耐えろよ。どいつもこいつも1発こっきりでオチやがって、クソ面白くもねぇ」
男が盛るベッドの周りには、彼に壊されたと思しき若い女が6人転がっていた。
その全てが腹部を押さえ、涙と吐瀉物に塗れたまま気を失っている。
「それで最後になさいよ。それとあの女も、本当に目の前にあれば平らげてくれるんでしょうねぇ……矢黒(ヤグロ)くん?」
アベリィと呼ばれた女は、男に向かって問う。
「当然だ」
異形の男……矢黒は、泣き喚く女を仰向けにしながら答えた。





神代香澄の元に果たし状が届くと、すぐに街中へ噂が広まる。
ある者は、救世主がまた一つ暴力の種を潰してくれるのか、と期待を寄せ。
ある者は、あの生意気な女が今度こそ地を這うのか、とほくそ笑み。
またある者は、戦いに挑む香澄の姿そのものを目当てに集った。
予め戦いになると判っていれば、香澄も相応の格好をする。吸汗性や通気性、動きやすさを重視した服装だ。
となれば当然、身体に密着した軽装……という事になる。
今日もやはりそうだった。
上はピンク色をしたノースリーブのスポーツウェア、下は3分丈の黒スパッツ。
密着性は高く、理想的な椀型の両乳房や、引き締まった腹筋、くびれた腰、流れるような脚線が浮き彫りになる。
さらにはポニーテールに纏めた髪型がいよいよスポーティな印象を強め、ギャラリーの視線を男女問わず釘付けにした。

「いつ見てもすげぇチチだ。たぶん本物だよな、アレ。蹴られてもいいから揉んでみてぇわ」
「スパッツ姿もエロくて堪らんわ。締まった尻とか、股下の三角の隙間とか、太腿への食い込みとか……」
「スパッツがエロいなんて、運動部系なら大体そうだろ。むしろあの子の場合、腹筋じゃね?
 バキバキに割れてるって程じゃねーけど、やたら綺麗だし」
「息止めてる間は鉄板みたく硬いらしいな。流石にそこまでにゃ見えねーが、確かに無駄がなくてカッコいい腹だよな」

快晴の中、指定の場所に現れた香澄を、ギャラリーが口々に品評する。
香澄はそれに一瞥をくれる事もなく、ただ静かに呼吸を整えていた。
だがやがて、その瞳が大きく見開かれる。
「ん、何だ?」
香澄の開眼を訝しむギャラリー達は、視線の先を追って息を呑んだ。
ゴリラか、あるいはヒグマか。明らかに人間としては不自然なシルエットが、ゆっくりと近づいてくる。
「え…………誰、あいつ?」
「し、知るかよあんなバケモン。ここらじゃ見たこともねぇ」
「っていうか、まず人間なの……?」
「強そうなのは強そうだけどよ、歩き方とかブラッとしすぎじゃね? すごい素人臭いっつーか……」
香澄を相手に軽口を叩いていたギャラリーも、ただ戸惑いの色を浮かべるばかりだ。


ゆったりとした歩みのまま、男……矢黒は香澄と対峙する。
矢黒がまず行ったのは、香澄の瑞々しい肉体を舐め回すように眺める事だった。
「ほぉ……ナマで見ると、また美味そうだな」
口元を緩めて告げる矢黒。小物めいた言動だが、しかし、彼の纏う雰囲気が蔑む事を許さない。
至近に寄れば、その印象はいよいよ獰猛な獣そのものだ。
香澄の顔に汗が伝った。
「あら。流石に余裕なくなっちゃったみたいねぇ、多寡見の救世主さま?」
矢黒の後ろからアベリィが姿を現す。
「なるほど……貴女の差し金ですか」
香澄は正面の矢黒を警戒しつつ、アベリィに鋭い視線を投げた。
香澄とアベリィには因縁がある。
多寡見町を訪れたばかりの香澄に洗礼を浴びせようとした結果、逆に手痛い敗北を喫したのがアベリィだ。
ある意味、香澄が“救世主”と呼ばれるようになったきっかけとも言える。
しかし、香澄の栄光の始まりは、アベリィの挫折の始まり。
力が全ての街で、新参者に後れを取る……それがどれほど致命的な事かは、香澄にも想像がつく。
当然、いつか何らかの形で復讐に来ることは予見していた。
「そういう事。お前には、私が受けた以上の屈辱を味わって貰わないと。
 とりあえず彼にボコられた上で、犯されてちょうだい。そこでどのぐらい惨めに啼くかで、後の処遇を考えてあげるわ」
アベリィは矢黒の腕を撫でながら、血色の悪い唇を歪めた。

「無闇に人を傷つけたくはないのですが……退いては頂けませんか?」
香澄は矢黒の顔を見上げて問う。
岡崎の時も身長差はあったが、矢黒相手ではさらに違った。およそ頭一つ分……いや、それ以上の差か。
そしてその身長差以上に、上腕のサイズが違いすぎる。香澄の腕4本で、ようやく矢黒の1本分。
至近で邂逅したヒグマと少女、まさにその図だ。
そしてヒグマは、飢えていた。交渉の余地など端からなかった。
「残念だがそうもいかねぇ。俺ァたった今、お前を喰う事に決めたんだ」
矢黒はそう告げ、無造作に腕を伸ばした。そう、無造作に。そしてその腕の先は、容易く香澄の左胸を掴む。
「なっ!!」
ギャラリーから驚愕の声が上がった。
ボクサーのジャブすら難なく回避する香澄が、立会い直後に乳房を掴まれるとは思いもしなかったのだろう。
香澄自身も掴まれた左胸を見下ろし、唖然とした表情を浮かべている。
「ふふっ」
アベリィが塀に寄りかかってほくそ笑んだ。
矢黒という男は、格闘技の経験が一切ない。路上の喧嘩のみで勘を養った、正真正銘の素人だ。
そして素人の動きは、時として玄人の裏を掻く。
今もそうだ。『漫然と乳房に手を伸ばす』という無謀な動きが、かえって香澄の虚を衝いたのだろう。
こと神代香澄に対しては、なまじ格闘技が染み付いた人間よりも、全くの素人の方が勝つ可能性が高い。
アベリィは、自分のその読みにいよいよ強い確信を抱いていた。

「チッ、さすがにナマ乳じゃねーか。とはいえ、なかなかの揉み心地だな。
 変な呼吸法を使うらしいが、スーハーしてっと乳まで膨らむのか?」
パッドごとスポーツウェアを揉みしだき、矢黒が笑う。
ギャラリーの中から生唾を呑む音がしはじめた。まさに男の夢を実現している矢黒を羨んでの事か。
しかし、香澄とてされるがままの女ではない。
「………………っ!!」
最初こそ唖然としていた香澄も、胸を揉みこまれるたび、表情に怒りを孕ませ始める。
そして、一瞬にして反撃に転じた。
胸を掴む矢黒の右肘に手を添え、後方に反動をつけてから勢いよく飛び上がる。
跳ね上がった長い両脚は、そのまま蛇のように矢黒の肩に絡みつく。
同時に全体重をかけて腕を引き込んだため、矢黒の巨躯は為すすべなく前転する。
鮮やかな飛びつき腕十字だ。
「うおおっ!?」
姿勢を崩された矢黒が、驚愕の声を上げた。そして直後、その声は腕関節を極められる苦悶の声に変わる。
「ぬ、うぐぐっ……!!」
彫りの深い顔を顰めて逃れようとする矢黒。しかし香澄のポジショニングは完璧であり、固めは微塵も緩まない。

「ウソ、もう決まっちゃうの? 格好よすぎなんだけど香澄さん!」
「だろうな。いくら筋肉あっても、素人が関節外すのは無理だろ。決まりだわこれ」
「まぁあいつも、負けて本望じゃね? スパッツ穿いた香澄の股に挟まれてギブとか、最高じゃん」
ギャラリーは口々に噂する。大半が香澄の瞬殺劇だと考えているらしい。
しかし。壁に寄りかかるアベリィは、口元の笑みを消していない。

「非を詫びて、降参して下さい!」
香澄は背を反らせて極めを強めつつ、よく通る声で叫ぶ。
「ぐぬっ、ぬぐぁ…………お、面白ェ…………!!」
矢黒はしばし両足を暴れさせていたが、やがてその動きをぴたりと止める。
ギャラリーには、それを降参と見る者もいたが、足裏を地面につけて力を溜めているのだと見る者もいた。
そして、正解は後者だ。
「うるぁ…………ああぁらァっっ!!!」
矢黒は獣のように吼え、極めで伸ばされた右肘を強引に曲げ始める。
「あっ!?」
驚愕したのは香澄だ。渾身の力で伸ばしていた肘関節が、重機を用いたかのような凄まじい力で戻されていく。
背中が地面から離れ、矢黒の腕にしがみ付いたまま宙に浮く形となる。
 ――まずい!
その直感が香澄を救った。
矢黒は持ち上げた香澄の身体を、腕の振り下ろしで地面に叩きつけようとする。
香澄はそれより一瞬早く技を解き、頭を庇う形で受身を取った。
もしも反応が遅れれば、後頭部からアスファルトに激突していたところだ。
「うわっ、危ね…………」
ギャラリーの声がした瞬間、香澄の頭上を影が覆う。矢黒の影だ。
右腕を地面に振り下ろした直後、体を反転させる勢いを利用して左拳を振りかぶったらしい。
岩のように巨大な拳が、香澄に迫る。狙う場所は、フック気味の左拳がもっとも自然に狙える場所……腹部だ。
それを察した瞬間、香澄は即断する。
まだ地面に叩きつけられた直後で、矢黒の丸太のような腕が胸の上にある。横に転がって避ける事は不可能。
ならば耐えるしかない。
「カッ……!!」
鋭く大量の息を吸い、肺に留める。身の内の筋肉や膜を極限まで収縮させ、石の一塊と化す。
「おおっ、白虎だ!」
間に合ったか、という響きの声がギャラリーから漏れた。
彼らは『白息』をよく知っている。体重にして倍近い巨漢の突進をも、苦もなく止める受けの奥義だと知っている。
だからこそ、その次の瞬間の出来事を、誰一人として瞬時に理解する事はできなかった。

「ぐふ……っ、……ご、ほ…………っ!!!」

香澄の唇から漏れる、苦しげな息。
瞳孔が開いている。顎が上がっている。
そして、爆心地……左拳を叩き込まれた場所は、岩のような拳の半ばまでが隠れるほどに陥没していた。
その衝撃を物語るかのように、伸びやかな両脚が宙を彷徨う。
股座に食い込んだスパッツもまた衆目に晒され、主の窮地を喧伝すると共に、否応なく男達の鼓動を早めた。
「っぐ、けふっ…………かほっ、あがはあっ…………!!」
香澄は苦しげに咳き込みながらも、跳ねるように数度横転して矢黒と距離を取る。
一方の矢黒は、叩き込んだ左拳をただ見つめていた。
「おお、硬ってぇ……」
そう呟き、視界の端で香澄が立ち上がるのを認めると、逞しい顎を歪めて笑みを作る。
「最高だ、立ちやがった。他の女どもは、一発殴っただけで血ヘド吐いて壊れちまうのによ!」
飢えた獣が威嚇するようなその笑いに、ギャラリーは言葉を失う。
その不穏な空気に影響されたかのように、晴れていた空までもが曇り始めた。
しかし、香澄の心が折れる事はない。
「今の言葉が事実なら、あなたは女性の敵です。…………その悪行、ここで止めます!」
凛と響き渡る声で一喝し、呼吸を整える。
両腕を開いて行う、空手の息吹に酷似した呼吸。『青息』だ。
「ほぉ、生意気なオンナだ。せっかくだが、説教は俺の鬱憤を呑みこんでからにしてくれや。出来るんなら、なァ!!」
矢黒も肩を回して戦いに応じた。
まさに柔と剛。対照的な2人が、互いの瞳を睨みながら間合いを詰めていく。
「――カァッ!!」
矢黒のワークブーツが強く地を蹴った瞬間、静寂は終わりを告げた。




「アイツ、マジで化け物かよ…………」
数分の後、ギャラリーの1人が漏らした言葉は、その他大勢のそれを代弁するものだった。
『青息』を使った香澄の反射神経の良さは、街中で広く知られる所だ。
曰く、ナイフや七首を持った不良6人に襲われても、かすり傷一つ負わなかった。
曰く、生で観たボクシングの世界ランカーと、反応速度がほぼ同じだった。
他にも、多重ドーピングだと揶揄されたり、ピストルの弾すら避けられるのではと本気で語られたり、
その異常性を物語るエピソードは枚挙に暇がない。
しかし矢黒の身体能力は、その『青息』の反応速度をも凌駕する。

「くっ!」
突き出された矢黒の右拳を捌ききれず、香澄の身体が泳いだ。
そこへ間髪入れず左フックが襲う。香澄は頭を下げてかわすが、その首筋を矢黒の右手で押さえ込まれてしまう。
直後、矢黒の左膝が腹部にめり込んだ。
「がはっ……!!」
香澄の瞳が見開かれ、口元から唾液が散る。爪先立ちになった脚が、膝の突き上げの強烈さを物語る。
さらに矢黒は、駄目押しとばかりに右のフックを叩き込んだ。
「ぐうう゛っ!!」
香澄は咄嗟に左腕で脇腹を庇うが、直撃した以上は身体が泳ぐ程度では済まない。
暴風に吹き飛ばされたかのように錐揉みし、地面に2度バウンドして転がる。
無論、自ら飛んで衝撃を殺した部分もあるが、間違っても優勢と言える状況にはない。
パワー、スピード、そして当て勘。矢黒はその全てが人間離れした域にあった。
「やだぁっ、頑張って香澄さん!!」
「そうよ、負けないで!」
香澄の取り巻き達が声を限りに叫ぶ。
香澄という後ろ盾を失えば、たちまち食い物にされる身なのだから必死にもなろう。
またそれを抜きにしても、純粋に香澄に憧れている女生徒もいるようだ。
彼女達は、自分達の強さの象徴である香澄を涙ながらに見守っている。正義が暴力に屈する事のないよう、祈っている。
そうした事情を背負っている以上、香澄に負けは許されない。
「はぁ、はぁっ……」
『青息』を使い続けた挙句にそれを破られ、並外れた肺活量を誇る香澄も、ついに呼吸を乱し始めていた。
しかし、その程度ならば持ち直せる。まだ手は尽きていない。
「すーっ、ふぅーーーっ」
香澄は迅速な深呼吸で肺の中をリセットする。そして次の瞬間から、また異なるリズムの呼吸を始めた。
「ほぉ。まだ何か隠し玉があるみてぇだな?」
矢黒は指を鳴らしながら香澄に歩み寄っていく。
彼は気付いただろうか。繰り返される香澄の呼吸が、彼自身の呼吸と全く同じタイミングである事に。
『玄息』……水に身を映すがごとく、呼吸を通じて相手と同化する、玄武の技。
対象は1人に限られるものの、風のように舞う『青息』以上に精密な回避行動が期待できる。
事実、香澄が『玄息』を使い始めてから、矢黒の攻めは明らかに精彩を欠き始めた。

「ぐおあ゛っ!!」
ビルの合間に野太い声が響く。
右フックを鮮やかにかわされ、巴投げの要領で背中から投げ飛ばされた矢黒のものだ。
矢黒は声ならぬ声で吼えながら跳ね起き、アッパー気味に拳を突き上げる。
「はっ!」
香澄は冷静にそれをかわし、逆にハイキックで矢黒の側頭部を舐めた。矢黒の巨躯が横ざまに倒れ込む。
「っと……フン、馬鹿が。スカりやがって」
片膝を立て、拳を地に突いて立ち上がろうとする矢黒。しかし、すぐに崩れ落ちる。矢黒の表情が変わった。
「脳を揺らしました。眩暈や吐き気もするはずです。これ以上は危険、と忠告しておきます」
矢黒を見下して香澄が告げる。
「…………へへ、う、嘘だろ。なんでだ、なんで立てねぇ。なんで、足がシャンとしねえ。
 この俺が、女の下で地べたを這うだと? ……………クソが…………………クッッソがァあああぁぁッ!!!」
矢黒は吼え、顔中を歪ませた。歯を食い縛り、太い青筋を浮き立たせ。
笑みにも見えるが、そうではない。脳の血管が破れそうなほど激昂した人間が見せる、憤怒の表情だ。
この表情が出た人間の馬力は恐ろしい。
いや……矢黒の場合、理性を飛ばした時の怖さは馬力だけではない。
男としての矜持を傷つけられた屈辱は、生まれついての天才に“執念”を植えつける。
眼前の獲物は生かしておかない。必ずや息の根を止める。そう決した瞬間、規格外の怪物は内なる進化を遂げていた。


ダウンから立ち上がった矢黒の変貌は、傍目にも明らかだった。
つい数分前まで矢黒の攻撃を華麗に捌いていた香澄が、再び後手に回り始めたからだ。
「っ!!」
鼻先を矢黒の拳に舐められ、香澄の表情が強張る。
絶えず『玄息』は用いているが、それで呼吸を合わせてもなお、矢黒の猛攻を凌ぎきれないのが現状だ。
呼吸のリズムから予想されるタイミングと、実際に攻撃の来るタイミングとがズレている。
闘争本能が肉体の望むリズムを振り切っている、という所か。
また、問題なのはタイミングだけではない。
「ッシャア!」
矢黒は香澄の突きをダッキングでかわし、その状態で右腕を振り回す。
上体を水平にまで下げたテレフォンパンチ、という風だ。
普段ならば当たる筈もない。しかしカウンターで出された今は、香澄とて避けきれない。
ならば防ぐしかないが、豪腕から繰り出されるパンチを防ぎきるには、両腕を使うしかなかった。
「ぐっ!!」
両腕をクロスさせて頭を庇い、膨大な衝撃を殺す。その代償として、香澄の脇腹は完全に空いてしまう。
怒りに狂う今の矢黒が、その隙を見逃す筈もない。
「貰った!」
矢黒は腰を捻り、渾身の力を込めて左のフックを叩き込む。
それは香澄の無防備な脇腹へ深々と抉りこまれ、スポーツウェアに歪な皺を刻んだ。
「ほぐうっ…………!?」
悲鳴が響く。豊かな肺活量を持つだけに、曇天へ吸い込まれるかのような悲鳴が。
香澄の身はフックの衝撃で軽々と吹き飛ばされ、アスファルト上でパウンドし、横ざまに数メートル転がった所でようやく止まる。
「…………ァ゛ッ、はっ…………」
桜色の唇から、苦悶の呻きが吐き出された。
右腕はぶるぶると痙攣しながら、患部である右脇腹を抱えている。左手は堪らないといった様子でアスファルトを掻く。
アスファルトに突っ伏し、尻だけを高く掲げる格好はそれ以上に無様だ。
広い輪を形成するギャラリー達は、誰もが目を見張っていた。
いかにも育ちの良さそうな香澄が取る無様な姿に、興奮とも、絶望ともつかぬ感情を覚えているのだろう。

「どうした、もっと楽しませてくれよ。オンナの敵である俺の悪行を、止めるんだろ?」
矢黒は指を鳴らしながら香澄との距離を縮める。
香澄は涎を滴らせながら立ち上がるが、矢黒の猛攻を捌く手立てはなかった。
風に揺れるような『青息』では、反応速度が追いつかない。
相手の呼吸に合わせる『玄息』でも、格闘素人ゆえの出鱈目な動きは読み切れない。
状況が変わらない限り、同じ事態が繰り返される。
「きゃああっ!!」
香澄の悲鳴が響き渡った。
強引なアッパーを避けようとして体勢を崩した所へ、一手早く腰を落とした矢黒からのボディブローを受けたらしい。
『白息』をする暇もない、正面からの直撃被弾。
香澄の身体は再び吹き飛ばされ、背後にあった廃ビルの扉を突き破る。
咄嗟に背を丸めて後ろ受身を取り、空中を蹴り上げて即座に立ち上がる辺りはさすがと言えよう。
「う゛っ!かはっ……けはっ……!!」
しかし、直立できたのも一瞬のこと。すぐに内股で壁に寄りかかり、腹部を押さえて咳き込みはじめる。
「へっ。第二ステージへ突入、ってか」
矢黒もまた老朽化した扉の片方を蹴り破り、廃ビルの中へと踏み込んだ。
「香澄さんっ!」
「やめとけ、危ねぇぞ!!」
香澄の取り巻きの女学生が後を追おうとするが、男達がそれを止める。
その判断は正しかった。化け物2人の戦いに、普通の人間が介入するべきではない。
彼らに許されるのはただ、朽ちたビルを囲み、漏れる音を手がかりに中の様子を想像することだけだ。





長い間換気がなされていないのか、廃ビルは空気が淀んでいた。そして妙に蒸す。
いや、あるいはその熱は、矢黒の肉体が発するものか。
矢黒はシャツを荒々しく脱ぎ去った。汗ばんだ胸板が空気に晒され、興奮が増していく。
下半身も硬く隆起していた。
あと何時間、いや何分か後には、香澄を屈服させられる事だろう。そうすれば、あの瑞々しい肉体を貪れるのだ。
そう考えれば、局部に血が巡って仕方がない。
「そこか」
矢黒は2階の廊下で足を止め、前方に立つ香澄を見やった。
数分前までは腹部を押さえて逃げ惑っていたようだが、いつの間にか呼吸が整っている。
しかし、その見目は変わり果てていた。
解けかけのポニーテールに、皺だらけのスポーツウェア、初めと比べてひどく裾の上がったスパッツ。
頬は切れ、両腕には痣が残り、ウェアに包まれた腹部は呼吸と共に蠢き、膝は細かに震えている。
「ひでぇ有り様だ」
矢黒は言った。無論、同情などではない。あえて言葉に表すことで、嗜虐の快感を高めているに過ぎない。

矢黒は元々、弱者を虐げるのが好きだ。
もっとも、目に映る全てが弱者なのだから、単に『人を殴るのが好き』と言い換えてもいい。
中でも女は最高だ。女の腹は、殴ればぐちゃりと潰れて小気味いい。いい匂いもするし、泣き顔がまたそそる。
唯一の不満が、女は皆、ボディブローの一発限りで潰れてしまう事だった。
しかし、香澄は違う。今まで会った中でも指折り数えられるほどに美しく、凛とした品がある女。しかも、潰れない。
今までに何発も直撃弾を見舞っているにも関わらず、なお静かな闘志を向けてくる。
「あなたのように、理不尽な暴力を振るう人には負けません!」
香澄は矢黒を睨み据え、やや幼い声を響かせる。その声すら、今の矢黒には愛おしかった。
健気だ。健気な人間は誰でも愛でたいものだ。普通の人間なら撫でるだろうし、矢黒のような人種は…………殴る。
キュッという音を立てて、ワークブーツが床タイルを蹴った。
目的は、香澄の“中心”に拳を叩き込むことだ。ただその為に、戦闘の勘を研ぎ澄ます。
「シッ!」
近づく矢黒に対し、香澄がローキックを放った。
恐ろしく鋭い呼気で放たれるそれは、当たれば電気ケーブルを押し当てられたような痺れが走るだろう。
ただし、防ぐのは簡単だ。矢黒は突進の勢いを利用し、香澄に喉輪責めを掛ける。
矢黒と香澄とでは実に20cm以上の体格差がある上、肩幅に恵まれた矢黒はリーチも長い。
その条件下で前屈み気味に喉輪を極めれば、香澄のあらゆる打撃はむなしく空を切る。
「がはっ!」
香澄は顔を引き攣らせていた。喉輪の苦しみか、それとも状況の悪さを察してか。
「なーるほど、最初っからこうすりゃあ良かったんだな」
一方の矢黒は余裕たっぷりに舌なめずりをし、喉輪をかけていない方……利き腕の右を引き絞る。
「ああ、うあ゛っ…………!!」
いよいよ焦りを見せた香澄が脚をばたつかせるが、それも艶かしい股関節がスパッツ越しに強調される効果しかない。
「…………いくぜぇ………………!!」
矢黒は声を震わせながら宣言する。セックスで膣内射精を宣言する時と同じ調子で。
引き絞りに引き絞った右腕を解き放ち、同時に喉輪を極めた左手を引いて、正面から衝突させる。
拳が空気と擦れ合う感覚の後、膨大な肉の壁にぶち当たった。
香澄も『白息』とやらを不完全ながらに行い、必死に力をこめているのだろう。そもそもの腹筋もよく鍛え込まれてはいる。
しかし、そんな壁では止められない。
拳先は易々と香澄の肉壁を突き破った。力を込めた腹筋はウインナーと同じ。一度表皮を破ってしまえば、後は柔らかいものだ。
ぐじゅりっ、と一気に深くまで埋没する。
どくんどくんと脈打つ臓器が手首を押し返そうとしてくるが、拳を捻りこめば簡単に更なる奥まで入り込んでしまう。
「げぇあっほごおお゛ぉえ゛っっ!!!」
抉る感触も会心ならば、漏れる悲鳴も会心の出来だ。
育ちの良さそうな顔からは想像もできない、ヒキガエル以下の濁った声が響き渡る。
「っらぁっ!!」
気合一閃、拳を振りぬけば、香澄の細い身体は為すすべなく壁へと叩きつけられる。
「げほっ、げほっげはっ、ぁはっ!…………ん゛っ、ごぶっ…………!!」
壁沿いにずるずると崩れ落ちながら、香澄は数度激しく咳き込み、口元に手を当てた。
そこでまた咳き込むと、指の合間からどろりと茶褐色の液体が漏れる。
眉根は寄せられ、瞳はきつく閉じられ、目の端には涙が光り。
その姿は、矢黒の歪んだ性癖をひどく満たす。精神的な射精というものがあるとするならば、彼はまずここで達していた。


今まさに嘔吐したばかりの香澄は、俊敏には動けない。
壁際にへたり込んだ所を矢黒の蹴りが襲えば、よろめくように横に避けるしかない。
当然、その動きは矢黒に読まれる。後ろからポニーテールを鷲掴みにされ、そのまま仰向けに引き倒されてしまう。
さらに腹部へ膝を乗せられれば、もう逃れる事はできない。
「う゛ああああーっ!!」
香澄は悲鳴を上げた。
散々痛めつけられた腹部へ、150kgを超える体重が、全てではないにせよ掛かっているのだから当然だ。
「ハハハッ、どうだ。小技使いのテメェでも、こうなりゃ呼吸もクソもねぇだろうが!」
膝頭でグリグリと腹部を虐め抜きながら、矢黒は笑う。
膝を押し込むたび、香澄の美貌が苦痛に歪む。スパッツに包まれた太腿が暴れる。
一度絶頂を迎えた嗜虐心が、また緩々と扱きたてられていくようだ。
「がはっ、かはぁ…………っ!!」
矢黒の言う通り、丹田を潰されては如何な香澄でも呼吸どころではない。
膝で下腹部を抉られるたび、口の端から涎を零して苦悶するしかない。一見、絶体絶命に見える。
しかし、それでも彼女の瞳は、細く開いて矢黒を観察していた。
溢れる涙を瞬きで払い、入念に観察を続けた。
彼女は一瞬を待っている。どんな人間であれ、常に力を篭め続けることは不可能。
力を篭めるためには、どこかで必ず息継ぎをしなければならない。

「すーっ…………」
今、その一瞬が訪れた。膝の力が緩み、矢黒が大きく息を吸う。
「コヒュゥ――ッ」
その瞬間、香澄も息を吸い込んだ。常人には真似できないほど、深く、素早く。
そしてその膨大な空気を肺に留め、一時的とはいえ爆発的な力で背を反らせる。朱雀の力、『朱息』だ。
「な、なにっ!?」
矢黒は完全に意表を突かれた。盛り上がった香澄の腹に押し上げられ、股を開いて体勢を崩す。
空中での大股開き。それはすなわち、男が最大の急所を晒した状態だ。
そこへ、香澄の蹴りが襲った。
一切の容赦なく利き足の甲で蹴り、さらにインパクトの瞬間、内側へ抉り込む。最も効くローキックの蹴り方だ。
「がっ、あ…………ぐぎぉああああがぁあおオオ゛オ゛オ゛っっ!!!」
咆哮が響き渡った。いかに屈強な男といえど、金的を渾身の力で蹴り込まれては堪らない。
「はぁーっ、はぁーっ、はっ…………!!」
矢黒が股間を押さえて苦悶している隙に、香澄は彼の下から腰を引くようにして脱する。

しかし、ここで誤算があった。
矢黒が極度の興奮状態にあった事だ。その興奮状態は、彼に睾丸の痛みをも超えるほどの怒りを湧き上がらせた。
「クォォ……オ゛…………!!」
矢黒は、閉じた瞳を無理矢理に開き、立ち上がろうとする香澄を視界の端に捉える。
そして、見つけた、とばかりの笑みを浮かべた。
「んだらっすぞオラアアァァァッ!!!」
言葉の体を成さない叫びと共に、怒り任せの拳を振るう。
闇雲に放ったそれが、よりにもよって香澄の顔面を捉えるなど、一体どれほどの確立だろう。
だが、結果として不運は起きた。
「ぐぶあっ!!?」
香澄は避ける暇もなく顔面に被弾し、壁に備えられた火災報知機へと後頭部を叩きつけられる。
廃ビルにも関わらず、ジリリリリとけたたましい警報が鳴り響いた。
「うわ、何だっ!?」
「か、火災報知機だ。中はどうなってんだよ、一体……!」
ビルを囲むギャラリー達は、一際耳障りな警報を耳にし、ただ顔を見合わせるばかりだった。


「うぶっ……うぶぁっ…………あぐ、ぅっ」
崩れ落ちた香澄の右目は閉じ、左の鼻から鼻血が噴出している。
呼吸は完全に乱れていた。
大の男に馬乗りになって甚振られ、渾身の力を振り絞って脱した直後に、顔面へ直撃を喰らったのだ。
ショックと恐怖を考えれば、正常な呼吸が出来ている筈もない。
とはいえ、香澄は冷静だ。腰を抜かしつつも距離を開け、呼吸を整えようと図った。
しかし、矢黒がそれを許さない。瞬時に追いつき、横臥した香澄の腹部を痛烈なフックで抉る。
「ぐはっ…………!!」
香澄の目が見開き、口から空気が抜けていく。
「さっきのでよーく解ったぜ、テメェの呼吸は厄介だ。なら、その力の源を止めてやるよ!!」
矢黒は叫び、もがく香澄の腹部をいよいよ集中的に狙い始めた。
香澄も抵抗はするものの、双方共に息が切れた状況下では、単純な筋力が物をいう。
「げはあ゛っ!!」
またしても腹部を抉られ、吹き飛ばされる香澄。
今のままでは勝ち目がない。そう判断し、彼女は受身からの立ち上がり様に逃走を図る。
「逃がすか!」
矢黒はすぐに追いかけるが、当然香澄とてそれを予測している。

香澄は、矢黒との間に充分な距離を稼いでから振り返り、素早く呼吸を行った。
肩幅に開いた両手を、親指を上にした状態で垂直に降ろしつつ、膨大な酸素を取り込む呼吸法。
「コヒュゥ――ッ…………」
独特の呼吸音は、矢黒にも覚えがあった。先ほど、矢黒の押さえ込みを一瞬にして跳ね除けた時のものだ。
さらには香澄自身、総身の毛が逆立つかのような気迫を発し始めている。
流石の矢黒とて、これには追う足を止めた。
「ふっ!!」
直後、気合と共に香澄の身体が凄まじい速度で回り始める。
腰を切り、足を振り上げ、腕を回して、その勢いでまた腰を切る。そうした繰り返しで加速度を増しながら、一息の間に矢黒に詰め寄った。
「うおっ……!!」
矢黒が声を上げた時にはもう遅い。香澄は跳躍しつつ腰を引き上げ、目にも止まらぬ速度で矢黒の鳩尾を蹴った。
「ぐぅえ゛っ!」
思わず噎せかえる矢黒だが、香澄の猛攻は止まらない。
鳩尾に埋まった右足を軸に、振り上げた左脚で首元を蹴り付ける。さらにその反動を利用し、矢黒の髪を掴んだまま、顔面へ右膝を叩き込む。
「ぐぶあああっ!!」
これには矢黒も堪らず、後ろ向けに倒れ込んだ。
明らかに人間離れした動きだ。身体中の筋と膜を格闘用に特化させ、短時間だけ意図的にリミットを外す、これが『朱息』。
この奥義を使った以上、香澄もただではすまない。
「あうっ!」
為すすべなく腰から落下し、呻きを上げた。とはいえ、鳩尾、脊髄、顔面への3連撃を喰らった矢黒よりは回復が早い。
ぜぇぜぇと息を切らしながら立ち上がり、階下に逃れる。
矢黒は、壁に寄りかかりながらそれを眺めていた。
鉄臭い鼻に手を当てると、ぬるりとした感触がある。手の平を見やれば、真っ赤に染まっている。
「…………最高だぜ。大層なジャジャ馬じゃねぇか」
矢黒は鼻の下を拭いながら、愉しげな笑みを浮かべた。
そして、立ち上がる。
階段の一段一段を降り、1階へ。そこには苦しげにへたり込んだ香澄の姿がある。
「なっ…………!!」
香澄は、矢黒を振り返って驚愕の笑みを浮かべた。まだ追いつくはずがないのに、という風だ。
しかし、香澄が化け物なら、矢黒もまた化け物。
スタミナもタフネスも回復力も、一般的な人間の範疇から逸脱している。
矢黒が並みの人間なら、死力を振り絞った先の猛攻で充分な時間を稼げただろう。
矢黒が並みの人間なら、逃げ惑う香澄はポニーテールを掴んで殴り飛ばされ、ガラスに叩きつけられる事もなかっただろう。



廃ビルの1階には、かつて何らかのテナントが入っていたようだ。
至る所に天井から床までのガラスが張られ、通りから中の様子が覗けるようになっている。
とはいえ劣化は著しく、土煙で曇りガラス状になっているものや、激しくひび割れている箇所も多い。
矢黒はその一つに香澄を追い詰めていた。
背中をガラスに付けさせ、細い両手首を纏めて右手で掴み上げた、圧倒的優位な状況だ。
「くっ…………!!」
口惜しげに睨む香澄に、矢黒は挨拶代わりの一発を見舞う。狙いは当然、腹部だ。
「ふも゛ぐぅっ!!」
目を見開き、口元から唾液を飛ばす香澄。矢黒はその反応を楽しみつつ、ゆっくりと香澄のスポーツウェアを捲り上げる。
香澄の腹部は、痛々しいまでに赤く腫れ、陥没している。
普通に呼吸するだけでも激痛で悶えるであろうその有様で、よくもあの猛攻を仕掛けたものだ。矢黒は感嘆する。
しかし、そうして香澄を見直すほど、彼の嗜虐心は燃え上がってしまう。
「どうだ、苦しいか? 救いが欲しいのか?」
赤く腫れた腹部を撫で、矢黒は訊ねた。彼の望む答えは一つだ。ここで“許して”などと哀願されては興が削がれる。
おそらくその瞬間、矢黒は無表情に相手を殺すだろう。
しかし、香澄には…………彼の興味を一身に惹きつける香澄に限っては有り得ない。
哀願どころか、呼吸を深め、汗まみれの顔で睨みあげる。
「いい顔だ。その顔で何発耐えられるか試してやろう」
矢黒は、香澄の腹の上で拳を握り、小さく引いて突き込んだ。
「ぐっ!!」
香澄が苦悶の表情を浮かべる。だが、まだまだ前菜だ。
一旦引き抜かれた矢黒の拳が、より大きく引かれ、腰を切って打ち込まれた。
拳が固められた腹筋を突き破る。後方のガラスから、ビシ、と音が響く。
「ぐぁあ……っかは…………!!」
ストロークを増した分だけ、香澄の反応も大きい。口が開かれ、空気が漏れる。
豊かな乳房が肉感的に暴れまわる。
「もっとだ。もっと苦しめ」
矢黒は対照的に笑みを深めながら、さらに容赦なく拳を抉り込んだ。
徐々に強めていくつもりが、やや力加減を誤り、本気に近い一撃になってしまう。
拳は半ば以上が腹部にめり込んだ。
「ぐぅうおえ゛っ……がは、ぁ、か……っぐ!!」
拳が臓腑を押し上げる事で、肺が圧迫されたのだろう。呻き声はひどく窮屈そうだ。
鳩尾近くまで跳ね上がった右膝が、苦痛をよく物語る。
1本筋の走った大腿部の引き締まりは、アスリート少女特有のものだ。
さらによく観察すれば、やや内股に閉じたスパッツの隙間から、透明な筋が流れ落ちていくのも見えた。
「ははっ、何だ。漏らしちまったのか?」
矢黒は嘲った。香澄の見せる羞恥の表情が、いよいよ矢黒の興奮を底上げする。
そこからは、ひたすらの連打だ。香澄の手首を頭上で掴み上げたまま、幾度も幾度も、腰の入った拳を叩き込んでいく。
「がへぁっ、ごびゅっ……!ぐぶっ、げごぁっ、カはっ……むごぅあ゛、ォう゛ウ゛っぐ!!!」
苦悶の声が響き渡った。
ファーストコンタクトで矢黒に鉄を感じさせた腹筋は、もはや跡形もない。
ガラスに力の逃げ場を塞がれ、腹部を断続的に潰されながら、いよいよ少女の生の反応が出始めていた。
緩い腹肉へ手首まで拳を埋没させるたび、肘付近に涎や唾液、吐瀉物に汗などが雨あられと降り注ぐ。
矢黒に掴まれた手首が無駄な抵抗を繰り返し、スパッツを穿いた腿が跳ね上がる。
打点を左に寄せれば左腿が、右に寄せれば右腿が。まるでそうプラグラムされたゲームのようだ。
足裏が地面に着いている時でも、モデル級に長い両脚はガクガクと激しい痙攣を続けていた。
尋常ではない。女にとって最大の山場といえる出産の瞬間でさえ、香澄をここまで苦しめる事はないだろう。

香澄の窮地は、ビルの外から見守る人間にも余さず伝わっていた。
ポニーテールがついに解け、汗を吸ったスポーツウェアがガラスへ楕円形に張り付いている。
そこへ矢黒の豪腕が襲うと、香澄の背中全体がべたりとガラスに押し付けられる。
元々細く走っていたガラスの亀裂が伸び、枝分かれし、事故を起こした車のフロントガラスのようになっていく。
そしてその都度、聞くに堪えない香澄の呻きが上がった。
『げぼっ、ごぇっ! んも゛ぇっ、ぐぶ、がふ……っ! ぐむっん、げおぉ゛え゛っっ!!』
元は、大人びた見目とギャップがあるほど幼く澄んだ香澄の声。それが、反吐を吐くように濁りきっている。
ぐぇっ、おえっ、という声が聴こえるたび、女学生達は泣き腫らした目を惑わせる。
興味本位で集った野次馬達すら、助けに行くかどうかを談義しはじめるほどの異常事態だ。
しかし結果として言えば、助けに行く必要はなかった。
劣化したガラスの亀裂が広がりに広がった末、とうとう派手に割れたからだ。
心臓を刺すような破砕音と共に飛び出した香澄は、そのままアスファルトへと倒れこんだ。


「がはっ、アは……っげほ、えぼっ……ぐひゅっ…………!!」
香澄は仰向けのまま、喉からの吐瀉物を吐き溢す。
あの類稀な美貌が見る影もない。
美しかった髪は薄汚れて乱れに乱れ、顔は酸欠で青ざめている。スパッツは一部が変色し、つんとした臭いを漂わせている。
手足には数える気をなくすほどの打ち身跡や裂傷があり、見るも痛々しい。
そして、やはり最も変貌著しいのが、スポーツウェアから覗く腹筋だ。
健康的などとは程遠い。さながらネズミに齧られ続け、大部分が赤く変色したチーズ、といった所か。
それは矢黒という化け物が、彼女の丹田から出る力をどれほど危険視したかの表れでもあった。

「カスミさん、カスミさんっ! しっかりして!!」
「ひどい……こんなの、酷すぎる!」
女学生達が香澄に駆け寄り、涙ながらに訴える。
「フーッ、フーッ、クフーーッ…………」
香澄はひとしきり吐瀉物を出し終えた後、風変わりな呼吸を始めた。
息に精通する彼女のことだ、特殊な気道確保の法なのだろう。
確かに、矢黒が追ってこない今はチャンスだ。圧倒的劣勢ではあるものの、ここで呼吸を整えれば多少は持ち直せる。
“不運さえなければ”、まだ香澄にも勝ちの目は残っている。
しかし、それも所詮は空しい願いだ。今日の彼女にはツキがない。
無作為に放たれた矢黒の一撃を、まともに顔で受けてしまったように。
立会いの時点では晴天だった空が、香澄の戦況悪化につれて曇っていったように。

「きゃああああっ!!」
突如、廃ビルの中から悲鳴が上がる。
香澄達が見上げると、ビル2階の窓際で、1人の少女が矢黒の人質になっていた。
「ミユキ!?」
女学生達が少女の名を呼ぶ。香澄もその美由紀という取り巻きの少女は知っている。
普段は臆病なものの、ここぞという時には妙に思い切りのいい娘だ。
矢黒は美由紀の首に鉄パイプを押し付けて人質にしているが、おそらくそれは彼女自身が持ち込んだものだろう。
ビル2階……おそらく火災警報器が原因だ。
警報を聞いて黙っていられず、香澄を心配するあまり、鉄パイプ片手にビルへと忍び込んだものと考えられる。
もしも香澄が窮地に陥っていれば、物陰から矢黒を殴ろうとでも思ったか。
「オラ、早く戻ってこいよ! じゃねぇと、こいつがガキ産めねぇ身体になっちまうぜ!?」
矢黒は香澄を見下ろしながら叫び、美由紀を一旦開放した。
しかしよろけるように歩みだした美由紀の横で、矢黒がフックのモーションに入る。
「危ない、美由紀ちゃんっ!!」
香澄が叫んだ直後、美由紀の姿は窓辺から消えた。
「がぁ゛ああ゛ーーーっ!!」
直後、痛々しい声が響き渡る。大人しい少女が発するものとは思えぬ、断末魔じみた声だ。
女学生達も、ギャラリーも、眼前の悲劇にただ立ち尽くすしかない。
ただの女学生が、異形の怪物に襲われた。無事では済むまい。すぐにでも助け出したいが、では誰が、どうやって?
その絶望的な考えが場を支配した、その時だ。

ギリッ――。

歯軋りの音が、重い静寂を切り裂いた。音の主は香澄だ。
「コフーっ…………ふーーーっ…………」
彼女は満身創痍の身を地面から引き剥がし、廃ビルの入り口へと歩みだす。
「お、おい、何やってんだ、やめとけよ! アンタだってもう、まともな状態じゃねぇんだぞ!?」
「そ、そうよ! ミユキは確かに心配だけど、今行ったら、カスミさんまで殺されちゃうよ!」
何人かが止めに入る。しかし、香澄は静かに首を振った。
「ありがとうございます。でも私は、誰一人として見捨てたくないんです」
覚悟を決めたその表情に、誰もが言葉を失う。
彼らは勇気ある犠牲者のために道を開け、ただ祈りを込めて凛とした後姿を見守るばかりだった。





「お願い、もぉ゛やめでぇ゛っ!!」
2階フロアに上がった途端、悲痛な叫びが聴こえてくる。
フロアの中央……吹き抜けになった場所に、腹部を抱えて倒れ伏す美由紀がいた。
矢黒はその身体を無理矢理に引き起こし、ボディーブローを叩き込む。
「うげぇえ゛お゛っっ!!」
格闘の経験など皆無であろう少女は、その華奢な身体を海老のように丸めた。
細めた瞳からは涙が零れ、開いた口から吐瀉物があふれ出す。

「やめなさい! あなたの相手は、私ですっ!!」
フロア中に響く香澄の怒声に、矢黒の笑みが深まった。
「当然、そのつもりだ。こんな素人のガキじゃあ歯ごたえがねぇ。やっぱテメェの腹じゃねぇとな」
矢黒は無造作に美由紀の体を投げ捨てる。
反応もせずどちゃりとタイルに落ちる美由紀は、精巧な肉のマネキンのようだ。
そして、今まさに人一人を肉に変えた巨岩のような拳が、その矛先を香澄に向ける。
香澄の頬に汗が伝った。
ビル外で多少のインターバルが取れたとはいえ、香澄は本調子には程遠い。
並外れた力で腹部を殴られ続け、肺も臓器も損傷している。アバラも数本逝っているだろう。
呼吸として最も自然にできるはずの『青息』ですら、苦しさのあまり吐き気がこみ上げる。
勝ち目が、ない。

「フン、すっかりブルっちまったか。だが、もう手遅れだぜ。
 テメェはいい女だが、ちっとばかしおイタが過ぎた。この俺に、人前で膝をつかせちまった。
 後々はダッチワイフとして贔屓にしてやるにしてもだ。その前に今日この場で、躾を済ませとかねぇとな」
岩山のような肩が、ゴグッ、ゴグッ、と鳴らされる。
鉄骨を思わせる10の指が握り締められ、パキパキと音を立てる。
腰が左右に捻られ、ヒグマのように分厚い上体が空を圧する。
無造作に暴れるだけで人を殺傷しうる異形の肉体。それが、その本領を発揮するべく解されていく。
これからその絶大な暴力を向けられる香澄の心中は、穏やかであろう筈もない。
「………………ッ」
気丈に濁りのない瞳を見開いてはいるが、引き結ばれた唇の中心はヒクヒクと痙攣している。
そして矢黒は、まさにその反応に沸き立つ。
「さぁて、仕置きの時間だ。その生意気な腹、ベコベコにしてやらぁッ!!」
ワークブーツが床を蹴り、巨体が猛然と駆け出した。
「シッ!」
気合と共に香澄の突きが放たれる。しかし矢黒の反射神経は、それを悠々と回避させた。
その返礼として浴びせられるのは、巨岩のごとき剛拳だ。
下から突き上げるようなそれが、深々と香澄の身を抉り、爪先を宙に浮かせる。
「げお゛はっ!!」
身体をくの字に折ったまま、香澄は床に倒れ伏した。
身を起こそうとする動きの中で吐瀉物がこみ上げ、口から零れていく。
と、その頭上をブーツの影が覆った。
香澄は咄嗟に横転して踏み付けをかわすが、それも矢黒の術中だ。
体勢不十分で立ち上がった香澄の喉を、矢黒の巨大な手の平が押さえ込む。喉輪だ。
「むぐっ、はぁ、う゛っ!!」
無理矢理に天を仰がされながら、香澄の身は震えていた。
嫌というほど、骨の髄にまで染みこんだ痛みがフラッシュバックする。
そして、その悪夢はすぐに現実となった。ズン、と腹部へ沈み込む鉄塊として。
「ぐぅううおっお゛ぉえ゛あお゛あああ゛…………っっっ!!!」
香澄の長身はくの字に折れ、彼女自身の肩より高く突き上げられた。
垂れ下がった胸の果実が揺れる。美しい手の指が、宙に救いを求めるように蠢く。
「っらぁあっ!!!」
突き上げる右拳が引き抜かれた瞬間、入れ替わるように左拳が叩き込まれた。
「げぶぐぅうお゛っ…………!!」
頬を膨らませながら、香澄は呻く。それ以外に行動の余地はない。
カハッと口が開き、唾液と胃液、そして僅かに赤いものが空中に散る。
そして香澄の肉体は、硬質なタイルの上を転げまわった。

「ぐふっ、がふぇあ゛っ! う゛、んう゛、ふむ゛んぐくくっう゛っ…………!!」
腹部を両腕で押さえ込み、額を床に着けて呻く香澄。その声色は泣き声と酷似していた。
「今のは中々良かったぜ、イイ感触が拳に染みてきやがった」
矢黒がゆっくりと香澄に歩みより、苦しみの渦中にある下腹部を蹴り上げる。
「ぎゃうっ!!」
「おう、これもいい声だ。お前の悲鳴は股間に響く……特に、腹ァ痛めつけた時のはな!!」
ただ香澄だけを視界に捉えて笑い続ける矢黒。その一途さは、さながら玩具遊びに興じる子供だ。
玩具役となる香澄にとっては、地獄でしかないだろうが。



激しい格闘の音がフロアに響く。
靴底が床のタイルに擦れる音、荒い呼吸音、拳が空を切る音に、骨が肉を抉る音。
攻撃の応酬ではない。繰り広げられているのは、完全なワンサイドゲームだ。

「オラどうした、立てよクソ女。俺ァ、テメェのその生意気な腹を100発ブン殴るって決めてんだ。
 もし途中でヘバったりしたら、このひ弱そうなガキに肩代わりさせんぞ?」
矢黒は口汚い挑発と共に、美由紀の髪の毛を掴み上げた。
「ま……まだ、です…………!」
香澄は口内の血を吐き出し、痙攣する足を叱咤して身を起こす。
もはや彼女を支えるものは使命感だけだ。
しかし、それにも限界が来ていた。
酸欠で意識は朦朧とし、視界も定まらない。腹部の痛みは極限に達し、死が甘美に思えてしまう。
「ンだよ、フラフラしやがって。しゃあねぇ、もう一発、強烈な活入れてやるよ!!」
矢黒の声がし、身を灼くような殺気が発せられる。

 -―――ああ、駄目だ。あれを喰らったら、今度こそ死んでしまう。

香澄がそう思った瞬間、無意識に身体が動いていた。矢黒の突きを嫌がるように。
ピシッ、と肉を打つ音がした直後、矢黒の殺気が途切れる。
「んおっ!?」
不意を突かれて矢黒はよろめいた。そして首を傾げ、再び打撃の姿勢に入ろうとする。
しかしその予備動作を、また香澄の打撃が止める。矢黒はこれにより、溜めた動作エネルギーを霧散させてしまう。
「なっ……テメェ、さっきから何をしてやがる!」
矢黒が動揺も露わに怒鳴りつけた。
何をした、という物でもない。香澄はただ直感的に、矢黒の嫌な動きを防ごうとしたに過ぎない。
香澄が直感で突いた箇所に、後出しで矢黒が力を篭めようとし、勝手に自滅していく。
強いて言うなら、相手の行動を先読みする『先の先』の呼吸。
いや、更にその上、相手の動こうとする意思そのものを読み取る『先々の先』の呼吸だ。
これにより矢黒のあらゆる行動は、その動作が起ころうとする段階で潰されてしまう。

しばしそれを繰り返した所で、香澄はふと、自分が無意識の内に行っている呼吸に気がついた。
「ぜっ、ぜっ、は、はっ……はっ…………」
「ぜっ、ぜっ、は、はっ……はっ…………」
香澄がやや荒い呼吸をした直後、正面に立つ矢黒から、まったく同じ呼吸が発せられる。
矢黒が香澄の呼吸を真似ているのか。
いや違う。香澄が、矢黒の一手先の呼吸をしているのだ。だからこそ、矢黒が動作に移ろうとする予兆を見抜けるのだ。
なぜ急に、そのような技術が身についたのだろう。
『玄息』でも読めないほどランダムだった矢黒の動きが、勝ちに執着するあまり単調になってきたせいか。
それとも呼吸というものを追求し続けた成果が、この死の淵で結実したのか。
理由はどうあれ、今にも意識の途切れそうな香澄にとっては、これが最後の光明だ。


矢黒は、氷のように冷たい汗を掻いていた。
死に体だった筈の香澄が、どういう訳か矢黒の攻撃をことごとく封じ込めてくる。
肩を動かそうと思った時には、香澄の手が肩の付け根を押し込んでおり、ビクリと体が硬直してしまう。
肘を動かそうとしても、足を動かそうとしてもそうだ。
痛みがある訳でもなく、運動機能を損なった訳でもない。しかし、動けない。
「ぜハッ……ゼハッ…………」
香澄は、虚ろな瞳でこちらの目を覗き込みながら、苦しげな呼吸を繰り返している。
鬼気迫るその様は、燃え上がる矢黒の嗜虐心を鎮火していく。
眼前に立つのはもはや、彼が好んで屠る弱者ではない。この世ならぬ何かだ。
「な、何だっつぅんだよ、クソが…………」
矢黒は顔を引き攣らせ、踵を返して逃げようとする。
しかし、香澄はそれを許さない。足首を掬って巨体を転倒させ、背後から被さるように後三角絞めに入った。
2本の長い脚が首に絡みつき、強烈に締め上げる。
「ぎひぃいいいっ!?」
矢黒は恐怖からの悲鳴を上げた。瞬く間に気道が狭まり、脳への酸素供給が寸断される。
「あ゛、ががかっ…………!!」
苦しい、息が苦しい。
もがく矢黒の脳裏に、ふと酸欠で苦しむ香澄の様子が浮かんだ。
なるほど、これは報いか。散々腹部を殴り、肺を痛めつけてきた自分への罰というわけか。
藻掻けど足掻けど逃がれられず、矢黒はついに観念する。
しかし、それにしても苦しみが長い。
いっそもう絞め落としてくれ、という嘆願を込めて視線を横に向けると、ガラスに映る香澄の体は力なく後ろに垂れていた。
すでに意識を失っている。矢黒の首に脚を絡みつかせた所で限界が来たのだろう。
「ぬぅう、おッ!!」
矢黒が改めて渾身の力を篭めると、ようやくにして脚が引き剥がせた。
支えを失くした香澄の肉体が、どさりと床に倒れ伏す。
「ハァーッ、ハァーッ、ハァァァッ………………チッ」
矢黒は喘ぎながら香澄に一瞥をくれると、口惜しげに舌打ちし、背を向けて歩き出した。
1階への階段を降り、廃ビルの外へ。

矢黒の勝ちを確信していたらしく、ビルの入り口にはアベリィが満面の笑みで寄りかかっている。
「ハァイ、ダークヒーロー。お愉しみの割には早かったわね。
 ……って、あら? お土産の肉はどこ?」
周囲からの冷ややかな視線を意にも介さず、矢黒に問いかけるアベリィ。
矢黒はそれを黙殺し、怯える観衆の波を割って進む。
アベリィの表情が変わった。
「……ま、まさかアナタ、あの女にトドメを刺さなかったんじゃないでしょうね。
 何を考えてるの!? 今があの女を倒す、千載一遇のチャンスなのに!!
 ねぇ、答えて! アナタ、あの女をボコボコにして、犯したいって言ってたでしょう、なのに何でっ!!」
アベリィはヒステリックに喚き立てる。
矢黒が歩みを止めた。
「少し黙れ、ビッチ」
ゆっくりと振り返る形相は、正しく猛獣そのものだ。
「…………テメェなら殺せるぞ?」
唸るような一言を残し、異形の化け物は都会の雑踏へと消えていく。

放心状態のアベリィは、ペタリとその場に崩れ落ちた。



「香澄さん! 香澄さん、しっかり!!」
「美由紀、大丈夫!?」
女学生とギャラリーによって、ビル内から2人の女性が運び出される。
「う゛っ、ゴボッ…………な、なんとか大丈夫…………」
先に意識を取り戻したのは美由紀だ。無事とは言い難いが、意識ははっきりとしていた。
そして、それを救った“救世主”も。

「ん、うぅんんっ…………」
呻き声と共に、香澄が弱弱しく目を開く。そして歓声の沸く周囲を見渡し、数度瞬きを繰り返した。
「ここは……そっか。私、負けちゃったんですね」
香澄が苦笑すると、すぐに周りの人間が首を振る。
「いえ、香澄さんの勝ちですよ。アイツ、ビビリまくって逃げていきましたもん!」
「そうだ。アンタはまた一つ、この街の暴力を潰したんだよ!」
その言葉をきっかけとして、満身創痍の香澄に惜しみない拍手と声援が送られる。
まさに救世主を讃えるが如くだ。
「え、えっ!? あ、あの、ええっと…………ありがとうございます」
香澄は困惑しつつも笑みを見せた。麗しい見目とは裏腹に、童女のようなあどけなさで。


傷が癒えれば、香澄はまた暴虐との戦いに身を投じる事になるだろう。
そしていつまでも、弱きを助け、強きを挫き続ける筈だ。

その身に、息吹が続く限り。


                      終
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シーメールの性欲処理

※シーメールが同僚にアナルを掘られるお話。
天使の洗礼女神の屈服に関連する、明菜主役の3作目です。



高級ショーパブ『アールヴヘイム』では、半年に一度、<男放の儀>という催しが行われる。
普段から女性ホルモンを摂取し、女よりも女らしく振舞うパブのシーメール達にも、やはり男の心はあるものだ。
ペニスを除去しない限り、男の心根は完全には消え去らない。
その状態で女として扱われ続ければ、いずれ必ず歪みが生じてしまう。
ペニスを挿入して、射精したい。
思うがままに腰を打ちつけ、征服したい。
そうした溜まりに溜まった欲求を発散させるガス抜きの機会、それが<男放の儀>だ。
とはいえ、『アールヴヘイム』にもシーメールパブとしてのプライドがある。ガス抜きの為に女を呼ぶような真似はできない。
ではどうするか。
パブの中で最も身分の低い者……つまり新人が、先輩シーメールの欲求不満の受け皿となるしかない。
水商売の世界では、キャストの上下関係は絶対だ。
理不尽に耐えることもまた、ネオン眩い世界で生きるための勉強なのだ。

今回この外れクジを引いた嬢は、源氏名を明菜という。
目も覚めるほどに美しい嬢だ。
シャンデリアの光を受けて煌めく、栗色の巻き毛。涼やかな目元に、品のいい唇。
垂れることなく豊かに実った乳房。
大いにくびれた腰つきと、健康的に引き締まった太腿。
女性的なファッションに身を包めば、元が男であると言って信じる者はいないだろう。
その容姿は、客を大いに惹きつけた。
以前に在籍していた店では、No.1の座をほしいままにしていた“女王”だったという。
しかし、『アールヴヘイム』では違う。過去の栄光がどうあれ、1人の無力な新人に過ぎない。

「シーメールとしては恥ずかしい事かもしれないけど……正直、アンタを犯せると思うと勃起するわ」
1人の嬢が、隆々とそそり勃った逸物を扱きながら言う。
田舎から上京したばかりの純朴娘、という風で、こちらもまた女装が似合いそうだ。
「気骨のある所がまた良いのよね。何千万もする名物を痰壷にするような背徳感があって」
幼い見目の嬢が笑う。
背は低く、手足は細く、どう見ても小学校を卒業したばかりの少女という風だ。
しかしこちらの少女も、ペニスの大きさは成人男性と変わりない。
他にも様々なテーマに沿った容姿の娘が、正座した明菜を取り囲んで笑っている。
場所は、店内を改装して以来使われなくなった一室……古びた赤カーペットとベッドがあるだけの専用室だ。
明菜はその床に、姿勢を正して座している。
あまり新人には見えないが、しかし、最下層の立場であるという事実には変わりがない。



「お尻を向けて、明菜」
幼い少女に命じられると、明菜は渋々ながら立ち上がり、振り返って肛門を高く掲げた。
まさしく菊の花と呼ぶべき色合いだ。
しかし拡張の経験があるのか、完全に閉じてはいない。
嬢の一人が明菜に近寄り、手にした瓶の中身を肛門に塗りこめる。
無色透明で、指を離した際には煌めく糸が伸びる……恐らくはローションだろう。
「さぁ、ユリカさん。ぶち込んじゃって」
その言葉で、幼い少女が明菜の後ろにつく。
体格差はかなりのものだ。女にしては長身の明菜と、小学生のようなユリカ。
それは下手をすると親子ほどに違う。当然、肛門へ挿入するにしても脚の長さが違う。
ユリカがその白い足で懸命に爪先立ちをしても、ようやく亀頭が明菜の陰毛に触れる程度だ。
「跪きなさい」
ユリカは爪先立ちを諦め、拗ねたような表情で告げた。明菜は涼やかな視線を後方に送り、カーペットに膝をつく。
直後、ユリカは堪りかねたように挿入を果たした。
「う゛っ!」
明菜から小さく声が漏れる。
「ああ気持ちいい、気持ちいいわ明菜……」
ユリカはうっとりとした様子で呟き、滑らかに腰を使い始めた。

2本の細腕で相手の腰を抱える様は、幼い少女が母親に甘えるかのようだ。
女2人が腰を打ちつけ、パン、パンという音が繰り返される。
ペニスバンドでも用いているのかと思う状況だが、そうではない。生の肉棒が、熱を孕む太腿の合間で猛っているのだ。
「っ、…………っくっ…………」
ユリカに尻穴を使用されている明菜は、声を出さない。感じていないのではなく、押し殺しているといった様子だ。
実際、感じない筈がない。
ユリカの性交は巧みだった。細腕でしっかりと明菜の腰を抱え込み、逸物を根元まで深々と送り込む。
しかも真っ直ぐにではなく、奥まで届いた瞬間、やや上向きにねじり込むような動きを見せている。
おそらくはそれが前立腺を刺激するのだろう。
初めはだらりと垂れていた明菜の逸物は、ユリカが腰を打ちつけるにつれて硬さを増し、今や70度ほどにまで勃ちあがっている。
ヒクッ、ヒクッ、と前後に揺れる動きは、単に腰を前後している影響にしては力強すぎた。
しかし、射精には至れない。
ユリカが小悪魔のような笑みを浮かべながら、腰に回した手で明菜の睾丸を握りこんでいるせいだ。
「う、うう……く、ぅうっ…………く」
よくよく耳を澄ませば、明菜の唇から苦悶の声が漏れているのも解る。

「ユリカさん、アレわざと射精させないようにしてんだよね。ほんとドSだわ」
「あたしタマ取っちゃったから覚えてないんだけど、すごいんだっけ? タマ揉まれんのって」
「んー、焦らしの効果はあるよ。特に明菜って、今日のために一週間ぐらい射精禁止されてた筈だから、かなりキツイと思う」

そうした会話が交わされる中、幼い少女はじっとりと明菜を焦らし上げる。
その果てに、とうとうユリカの方が限界を迎えた。
「ああっ、いっ……いくぅっ!!」
容姿からすればソプラノであるべき今際の声は、やや低い。中性的な、妙にエロスを感じさせる響きだ。
その声の直後、白く伸びやかな少女の脚が筋張る。幾度も、幾度も筋張り、かなりの量の射精を周囲に伝えた。
怒張が抜けた瞬間、それと同じ太さに開いた肛門からドロリと白濁が零れ落ちる。
「あ、ユリカさん、中に出したぁ!」
「ちょっとぉ、肛内(なか)出しは2巡目以降って約束でしょ!」
嬢たちから非難が上がる。
「やーゴメン、我慢できなかった。だって最後の方、お尻の奥がヒクヒクしてくるんだもん」
ユリカは頭を掻きながら謝罪の言葉を口にした。


「次はあたしね。ああ、見せ付けられてしんどかった」
ユリカが脇に退いた後、田舎娘風の嬢……ユキが歩み出る。その逸物はいよいよ硬く勃起していた。
しかし、それは明菜も同じだ。
ユキは、へたり込んだ明菜の逸物を見下ろして笑う。
「あらあら、先走りまで滲ませちゃって、やーらしい。これなら簡単にイカせられそうね」
その一言に、明菜の目つきが鋭くなった。
「バカにしないで」
「事実を述べたまでよ。さぁ、始めましょう」
ユキは待ちきれない様子で明菜の腋を抱え、ベッドへと引き上げる。
そして自らが下になる背面座位で挿入を果たした。
「うくっ……!!」
小さく声が漏れる。そして今回は、その声も1回限りではない。
「あっ、あ、ハッ…………あくっ、あ……あぅううっ…………!!」
ユキが大きく腰をグラインドさせるにつれ、何度も喘ぎが起きる。
眉根を寄せ、美しい唇を噛みしめる悩ましい表情は、ベテランのシーメールをも見惚れさせる力があった。
明菜ほどの器量ならば、いずれ『アールヴヘイム』の中を上り詰めていく事は間違いない。
だからこそ、嬲るならば今しかない。その極上の肉体を味わえる機会は、今だけだ。

「ああいいわ。ユリカさんじゃないけど、本当に搾り取られるみたい!
 入り口はキツくって、奥はグニグニ動いて、締め付けもある……こんなの、すごすぎるわ!!」
ユキは興奮を隠せない様子で叫ぶ。
「はっ、はっ、あ……っは……」
一方の明菜は両腋を晒し、背後のユキの首を抱え込むようにして姿勢を安定させていた。
その状態で強く突き上げられ、喘ぐ。まるで悦楽に浸るかのように。
事実、たまらないのだろう。
ユキは幾度か抜き差しを繰り返し、最奥まで達した後に、明菜の腰を掴んでグリリと駄目押しをする事がある。
これが最も前立腺に響くらしく、明菜は必ず反応を示す。
「お゛っ!!」
今また同じ事をされ、明菜が呻いた。目を見開き、口を窄め。明らかに余裕がない。
「あーら、いい声。イキそうになったんでしょ」
「ち、違うわ!」
ユキの嘲りに対し、明菜は必死で反論する。
しかしその逸物は勃起しきり、まさに射精寸前とばかりに先走りを垂らし、前後にピクピクと揺れている有様だ。
いよいよ決壊が近いことは、誰の目にも明らかだった。
「そう。なら、あと何回耐えられるかしら?」
ユキは笑いながら、さらに同じ責めを繰り返した。
激しいストロークで責め立てながら、最奥で留め、グリリとねじ込む。その行為を、何度も。
「うくぅっ!!」
「あぐはぁ……っぐ!!」
明菜はその度に驚愕したような表情を見せた。逸物も最奥を抉られる瞬間、いよいよビィンと勃ちきって前後に揺れる。
美しい脚には、男の名残を感じさせるような力強い筋肉の蠢きが見えた。
その美しさと荒々しさが絶妙に混ざり合った姿こそ、シーメールのシーメールたる美しさの極致。
そう思わせるほどのいやらしさだ。
ユキは、そうした明菜の変化を肌で感じながら、着実に追い込んでいく。
そして、7度目のプッシュ。これが最後となった。
最奥まで突き込んでから、明菜の腰を両手で鷲掴みにし、グリグリとユキ自身の腰へとねじ込ませる。
「あぐうっ!!」
明菜から余裕のない声が上がった。
逸物から先走りがあふれ、ピクピクと大きな前後運動が始まる。
ギャラリーの指摘によってそれを知ったユキは、一度明菜の腰を開放すると、さらにもう一度ねじ込み直した。
「う!!」
声が上がる。その声を聞き、さらに一度。
「う」
声自体はより短く、より小さい。しかしそれこそが、人間の本当に余裕をなくした瞬間の声だ。喉が開かない状態なのだ。
その姿勢のまま、しばし。結腸にすら潜りこもうかという位置で、ユキの怒張がもごもごと蠢いた頃。
明菜の顔が天を仰いだ。声もなく、ただ麗しい身を震わせて。
決壊はいつも唐突だ。グラスの中でゆっくりと溶けていたロックアイスが、突如として崩れるように。
 
「ああ………………ぃ、いやぁあああっっ!!!!」
悲痛な叫びの後、ついに明菜の射精が始まった。
丸一週間に渡って射精を禁じられていた上に、焦らされ続けての射精。
その勢いたるや凄まじく、まさしく噴水のように高く噴きあがり、明菜自身の髪や頬に白く降り注ぐ。
汗を吸ったシーツに落ちた分などは、バタバタと音を立てるほどだった。
「あはははっ、出た出た出た! うわすっごい、何その勢い!?」
「ホントに女性ホルモン打ってるのか疑うぐらいの精力ねぇ。ちょっと懐かしいな」
「あーあー、まーだ撒き散らしてるよ。一週間分のザーメンって凄いわ」
生意気な明菜の決壊に、シーメール達は祭りのような騒ぎになる。
それを聞きつけたのか。部屋のドアが静かに開き、また1人が姿を現す。
数人がそちらを見やり、その瞬間に表情を変えた。
「あ、真優さん! お疲れ様です!!」
「お疲れ様です、姐さん!」
わざわざ居ずまいを正してそう声を掛ける所からして、また別格の人間であると解る。

腰までの艶やかな黒髪、優雅な着物、心地よい香。 切り身を思わせる桜色の唇。
誰もが律動で胸を焼かれるほどの容姿。
彼女こそは、この『アールヴヘイム』を取り仕切る女帝だ。
「ああ、そう畏まらなくてもいいよ。別に仕事で来たわけじゃない。
 あたしもすっかり“溜まっちまって”ね。そういや今日はこの日だったと思い出して、処理に来ただけさ」
鈴を揺らすような声で、真優が告げる。
そして着物の前を肌蹴ると、驚くほどの巨根が姿を見せた。
太さにして4センチ超、長さにして30センチ余り。 飲料ののボトルを思わせるサイズだ。
「わっ!!」
シーメール嬢の幾人かが、その威容を前にして凍りついた。
ベッドの上の明菜は経験があるのか、驚きはしない。ただ額に汗し、険しい表情をしているだけだ。


「ど、どうぞ真優さん」
ユキは明菜の肛門から逸物を抜き、早々に場所を譲る。
「悪いね、急かしちまったみたいで」
真優は言いながら、明菜に姿勢を変えさせる。
ベッドに手をつき、両脚は床に下ろしたまま、肛門を向ける格好だ。
「お、よく解れてるじゃないか。これならスムーズに入りそうだね」
その言葉の直後、規格外の怒張の先が肛門に触れる。
「…………っ!」
明菜は苦々しい表情を後ろに向けていた。しかし挿入が始まると、その表情はただ余裕のないものに変わる。
「あ、あが……ふっ、太い゛…………く、ぐぁああ…………あアあ゛あ゛っっ!!!」
怒張が1mm進むごとに、明菜の品のある唇から悲鳴が上がった。
両脚もガクガクと震えながら、がに股とそれ以上の開脚を繰り返し、よほどの極感に見舞われているのだと判る。
大臀部の肉感的な盛り上がりは、芸術的という他ない。
「そら、どうした。まだ半分も入っちゃいないよ、もっと尻の奥を開きな。
 お披露目の時に根元まで入るのは解ったからね、泣き言は言わせないよ!」
真優は明菜の脇腹を叩いて叫ぶ。そして、恐るべき力で腰を埋没させ続けた。

「あああっ、ああっ、あぐぁぁあっ!!」
真優の腰がリズミカルに前後するたび、明菜から声が上がる。
「ああ、こりゃあ良い。本当におまえの尻穴は、性欲処理の道具として最高だ!」
真優は強烈に腰を打ちつけながら笑った。
スレンダーな明菜の肛門に、ボトル並の剛直が出入りする。
それは明らかに無理のある現象ではあったが、どうやら受ける明菜も辛いばかりではないらしい。
“彼女”の持ち物は、激しく後背位で突かれながら、幾度も射精に至っているからだ。
結合部からは、じゅぶじゅぶという腸液の攪拌音も響いている。
それは痛々しいというよりむしろ、恐ろしく心地の良い責めに見えてしまう。
「何も、おまえが憎くてこうするんじゃない。ただ今は、良い機会だから愉しませてもらうよ。
 こんなに具合のいい穴で、性欲の処理ができるんだからね」
真優はそう囁きながら体位を変えた。
ベッドに手をつく後背位から、片足の膝裏を持ち上げた背面側位へ。
これにより、結合部分は勿論、射精の瞬間までもが他のシーメール達に晒されてしまう。
「やめてっ、み、見ないでっ!!」
明菜は必死に叫ぶ。しかしその口からは、快感のあまりに涎を垂れてしまっている。
またその最中にもまた、逸物の鈴口から白濁の球が滲み出し、竿をドロリと伝い落ちていく。
「さぁ、さぁ、これからだ。あたしら全員が飽きるまで、もっともっと愉しませてもらうよ!」
真優の言葉に、明菜の眉が垂れ下がる。
まだかろうじて美麗さを保っているその顔は、これからいよいよ情けなく成り果てるのだろう。
一堂はそれを予感し、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


                               終わり
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