大樹のほとり

自作小説を掲載しているブログです。

2015年06月

向こう岸の彼女 四話

※初Hシーンアリ。エロはややあっさり気味。

高校も3年になると、就職組以外は大学受験一色になる。
英児は最難関私立へのスポーツ推薦がほぼ確定しているらしい。
僕が狙うのは、その2ランク下。とはいえ僕の学力じゃ、一年間必死に勉強しないと受かりっこないレベルだ。
当然、芳葉谷に行く機会は極端に減った。
だからといって、和紗との繋がりが切れた訳じゃない。
遊びに行けない代わりに、文通は週一度のペースで続けていた。
『遠くから、合格を祈ってるからね』
その言葉がありがたい。彼女に応援されているんだと思えば、自然と勉強にも身が入る。
たまに同封されている元気一杯な近況報告も、いい息抜きになった。

ただ、全部が全部気楽な報告だった訳でもない。
『最近、爺ちゃんがボケ始めてる。』
ある日の手紙にはそうあった。
前後の文脈は冗談めかしたものだったけど、なぜかその一文が気にかかる。
そういえばお爺さんも、もういい年だもんな。もし本当に痴呆が始まってるなら、和紗も大変だろうな。
勉強の合間に、ついそんな事を考えてしまう。
だからといって様子を見にはいけない。
寸暇を惜しんで勉強しなければならない状況で、往復4時間は遠すぎる。
それに、受験を意識しだしてからはバイトも辞めていたから、金銭的な意味でも苦しい。
結局僕が真偽を確かめに行けたのは、それから1年近くも後。
かろうじて合格をもぎ取った、という報告ついでの事だった。




ほんの1年見なかっただけなのに、芳葉谷の風景はひどく懐かしい。
昭和じみた町をしばし行くと、田んぼの中に見覚えのある子供達の姿が見えた。
「あ! あんちゃー!!」
彼らも僕に気付いて、泥だらけの足で駆け寄ってくる。
本当に足が早くて、3つ瞬きする間に四方を取り囲まれてしまう。
「あんちゃ、ゴウカクしたか!?」
開口一番にそう訊かれた。どうやら和紗は、こんな小さな子達にも触れ回っていたらしい。
「うん。おかげさまでね」
僕がそう答えた瞬間、子供達は一斉に目を輝かせ、満面の笑みで僕の腰を叩いてくる。
「やっだなぁ、あんちゃー!!」
「わっしら和姉ぇに言われて、毎日皆でお祈りしてたんだべ!?」
ある子は自分の事のようにはしゃぎ回り、ある子はポケットから学業お守りらしきものを覗かせ。
純真な彼らに運ばれるようにして、僕は甘味処に辿り着く。

「お、久し振りじゃの。よう来さった」
お爺さんは、僕を見るなり表情を綻ばせた。
「あんちゃ、でーがく受がったって!」
僕を押している子供の1人が言うと、お爺さんは一瞬驚いた表情をし、その後はさっき以上に笑い皺を深くする。
「おお、おお、そりゃあ良がったのぉ! 大したもんはねぇが、お祝いじゃ」
そう言って店の奥に姿を消すと、淹れたてのお茶や、色々なお菓子を載せた盆を出してくれる。
まるで、本当のおじいちゃんみたいに。
「すみません、わざわざ。頂きます」
感謝の気持ちを込めて、盆に載った草団子を手に取る。
噛むと、相変わらず本当に柔らかい。そして、団子も上の餡も、今までで一番美味しく感じる。
久し振りだから、だろうか?
お爺さんは子供達にも団子をやりながら、ゆっくりと縁側に腰を下ろす。
先入観があるせいだろうか。見た目も動き方も、前に見た時よりめっきり老け込んだようだ。
 ――『最近、爺ちゃんがボケ始めてる。』
和紗の手紙に書かれた一文が脳裏を過ぎる。

「しかし、本当に合格するとはの。あの子が聞いたら喜びそうじゃ。
 なんせ、近頃は毎日のように北の寺さ参って、一生懸命祈ってたんだがら」
お爺さんは笑いながら言った。
芳葉谷に4つある寺のうち、北の一つが学業成就の寺……そう和紗から聞いた覚えがある。
南の寺にほど近いここからは、一番遠くにある寺だ。
そんな場所に毎日通ってくれるなんて、何だか背中がむず痒くなってくる。
「そういえば、彼女はどこですか?」
何気なく僕が訊くと、おじいさんは大きく首を傾げた。
「ん? そういえば、出てこんのぉ。…………おーい和紗や、壮介君さ来たべよーー!! おーーい!!」
おじいさんが何度叫んでも、返事はない。
壁の震えるような大声なんだから、聴こえていないはずはないのに。
「まったく、何をやっとるんじゃ……」
やがて痺れを切らしたお爺さんは、草履を履きなおして店に入っていく。
そして、そこから数分。
変化のない状況に飽きた子供達が、僕に手を振って皆居なくなった頃。
さすがに不安になり、おじいさんの後を追おうかと思い始めた頃。
ようやくお爺さんが姿を現した。なぜか、バツが悪そうに毛の薄い頭を掻きながら。
「やぁ悪い悪い、すっかり忘れとったわ。あの子は今、ワシの代わりに山菜採りに出てくれとるんじゃ」
その言葉に、僕はホッとする。事件があった訳じゃなくて何よりだ。
でも、同時に別の心配事が杞憂では済まなくなった。
お爺さんがボケ始めている。どうやら、こっちは事実らしい。




縁側に戻ってから、お爺さんは最近の和紗の様子を聞かせてくれた。
僕の想像通り、和紗は手紙を書く間、緊張しっぱなしだったみたいだ。
まず手紙を書くと宣言してから1時間以上、腕組みをしたまま家中を歩き回る。
この間、お爺さんが落ち着けといくら声を掛けても耳に入らない。
そしていざ机に向かえば、目を見開いたまま顔を強張らせ、背筋をピンと伸ばして一心不乱に書き進める。
たっぷり2時間ほどかけて書き終えると、正座で足が痺れたと言って畳の上を転がる。
毎回これの繰り返しなんだそうだ。
お爺さんはそんな孫娘の様子を、思い出し笑いを挟みつつ楽しそうに語る。
でも、何故なんだろう。時々その目が、寂しそうな色を見せるのは。

「…………あん子は、壮介君の事さ大好ぎみでぇだ。
 元々人見知りなんぞする子じゃ無がったが、そんじも男に対しては、妙に身持ちの固ぇとこさあったんだべ。
 だげんじょ、あんちゃにだけはそうならなんだ」
色々な男の中で、僕だけが特別に和紗から好かれているらしい。
ありがたい話だ。夢じゃないかってぐらい、嬉しい。
お爺さんから、何かを訴えるような眼光を向けられていなかったら、もっと素直に喜べるのに。
「壮介君。」
お爺さんは、重々しい声で言う。
いつも柔和な笑みを浮かべている人と、同じ人物とは思えない。
「は、はい!」
思わず背筋を伸ばして返事をする。
「ワシはな、壮介君。じきに店を畳もうかと思うとる」
「えっ!?」
突然の宣言に、僕は驚くしかない。そんな僕をよそに、お爺さんは続けた。
「ワシも、もうすっかり耄碌しての。よう判らん事が多ぅなった。
 自分が今何しでだかも判らん。歩き慣れた道が、急に知らん道に思える事もある。
 壮介君が初めてこん店に来た時、店さ開けとったじゃろう。
 あれもな、すぐそこの山道で迷って、よう帰れんようになっとったんじゃ」
淡々としたお爺さんの語りに、僕は絶句する。
『ボケ始めている』どころじゃなく、本当に危ないじゃないか。
そうか。だから和紗は今、お爺さんに代わって山菜採りに出かけてるんだ。
それを察してお爺さんも、店を畳むことを決意したんだろう。
お互いがお互いを思っての行動なんだ。部外者の僕に挟む口はない。
ただ、お爺さんがわざわざこの話を僕にした事には意味がある。
そしてその意図に、僕は薄々勘付いていた。

「店ぇ畳んで親戚の家さ厄介になる話は、もう随分前からしとった。
 じゃが、和紗の身の置き場が決まらんでな。
 あん子は良ぇ子じゃ。両親を事故で亡くして以来、ワシの店を健気に手伝い続けてくれとる。
 和紗だけは幸せにしてやりたい。
 どうじゃろう、壮介君。あん子を、一緒に東京さ連れて行ってやってくれんか。
 畑仕事やら料理やらは一通りできる子じゃ、都会でも何かしらの働き口はあるじゃろう。
 今までは都会へ1人放り出すのが心配じゃったが、壮介君となら安心じゃ。
 …………頼む。どうか孫の面倒さ、見てやってくなんしょ!!」

お爺さんは哀願しつつ、薄くなった頭をフェルトに擦りつけた。
そんな事をされなくたって、とっくに僕の心は決まっている。
いずれは僕の方こそ、『娘さんを下さい』とお爺さんに頭を下げるつもりだったんだから。

「任せてください。僕が必ず、和紗さんを守ります。
 幸せにします!」

僕はお爺さんを前に、できるだけ強く言い切った。
大袈裟な言葉だとは思わない。これは、僕の本心だ。






こうして僕らは、東京で新生活を送る事になった。
大学入学を期に実家を出た僕は、大学近くのアパートに。和紗はその近くのマンションに。
最初は同棲しようかとも考えたけど、恥ずかしくて言い出せなかった。
お互いの着替えやお風呂上りの姿を日常的に目にするなんて、僕らにはまだ早いように思えたんだ。
今にして思えば、さすがに奥手すぎたけれど。

新生活を始めたばかりの頃は、お互いひたすらに忙しかった。
僕は昼に大学へ通いつつ、学費と生活費を稼ぐべく、受験で一時辞めていたコンビニバイトを再開する。
和紗も、近くの居酒屋でバイトを始めた。
僕らの街には、とにかく居酒屋が多い。
駅近くに巨大な問屋街があるせいで年間を通して人通りが多く、その客を絡めとるかのように、高架下から居酒屋の網が広がっている。
和紗が働き始めたのは、そんな居酒屋のメインストリートから少し離れた、小さな店だ。
決め手は主人である佐野さんの人柄だった。
少し気が弱そうではあるものの、いかにも人が良さそう。和紗は、僕の数十年後みたいって笑ってたっけ。
できれば僕もそこで一緒にバイトしたかったけど、小さな店だから1人雇うのが精一杯らしく、泣く泣く断念した。

新しい生活は、忙しいながらも楽しい。
僕は英児のいない大学でなんとか友達を作り、付き合い始めた。
高校の頃の僕なら、そんな勇気もなかっただろう。でも今は、少し自分に自信が持てている。
眼鏡をコンタクトに替え、美容院へ通うようになって以来、見た目のウケもそう悪くない。
もっともこれは、和紗と並んで歩いていても恥ずかしくないように、とした事なんだけど。
和紗の方は、店の看板娘として、週6日くらいで働いていた。
何しろ可愛くてスタイルがいいから、和紗狙いの客もそこそこ増えているらしい。
お爺さんの言う通り『人見知りしない』和紗は、酔った客からたまにセクハラを受けても、それを冗談っぽくイジり返して場を盛り上げていた。
田舎の出だけあって、明け透けなオヤジの扱いには慣れている。和紗はそう鼻を高くしていた。

そんな生活を続けているうち、また夏がやってくる。
和紗と初めて会ったのも暑い日だった。
それから2年後。僕らは、ようやく本当の意味でお互いを知ることになる。




何日も前から、その日の予定は決まっていた。昼はプール、夜は浴衣を着ての花火大会。
2人でプールに行くのは初めてだから、嫌でも興奮してしまう。
和紗の、水着姿……。
気温が上がるにつれて和紗も薄着が多くなり、そのスタイルの良さを改めて感じていたところだ。
まず、なんといっても胸が大きい。
英字のプリントされたシャツを着ると、胸元の文字だけが歪んでしまうぐらいに。
その一方で腰は細くて、胸の大きさを際立たせる。
胸と腰の落差でシャツに皺が寄っていたりすると、正直目のやり場に困ってしまう。
そんな彼女の水着姿は、どんなだろう。デートを翌日に控えた夜、僕は悶々としながら想像する。
そして、いざ当日。
女子更衣室から現れた実物は…………僕のどんな妄想をも超えていた。

水着はビキニタイプで、プール際で映えるエメラルド系の色だ。
トップスは首後ろで結ぶ、ホルターネックタイプの三角ビキニ。
これは、ただでさえボリュームのある胸がずっしりと強調されて、つい視線が釘付けになる。
ボトムはボトムで、骨盤の辺りにぴったり嵌まっていて、くびれた腰から太腿にかけてのラインを隠さない。
もちろん脚線も丸見えだった。
最近はあえて意識しないようにしてたけど、こうして水着姿を見せられると、もう誤魔化しが利かない。
僕が罪悪感に苛まれながらも、何度となくオカズにしてしまった脚。
田舎の垢抜けない子だったのがウソに思えるぐらい、すらっと伸びた美脚だ。

和紗がその美脚を前後させながら近づいてくるのを、僕はただ呆然と眺めていた。
誰だろう、このモデルみたいな美女は。
どうして近づいてくるんだろう。
あんまりにもじっと見すぎていたから、文句を言いにきたのかな。
そんな事を思わず考えてしまうぐらい、僕とはあまりにも不釣合いだ。
客観的に見ても、和紗は魅力的らしい。
プールサイドにいる色んな異性……よく日焼けしたサーファー風やホスト風の男、家族連れの父親、
そうした女性に耐性のありそうな人達でさえ、ほとんどが和紗を振り返って見ている。
「えへへ、お待たせ!」
その注目の的が、僕の前で笑顔を作るなんて。これは夢だ。夢に違いない。
僕は、和紗のやわらかい手が僕自身の手を握ってくる瞬間まで、ひたすらにそう考えていた。



女の子とプールで遊ぶのは初めてだ。
ビーチボールで遊んだり、ウォータースライダーをしたり、流れるプールで浮き輪に乗った彼女を引っ張ったり……。
それはとても楽しくて、常に大量の水を飲んでいるように、胸がドキドキする体験だった。
そしてふとした瞬間、つい彼女の胸に視線が吸い寄せられてしまう。
メロンが2つ並んだようなそこは、男子の目を引くのに十分すぎる。
和紗は午前中、ずっと屈託なく笑っていたけれど、その視線にはちゃんと気付いていたみたいだ。

「ねぇ、壮介。私の身体、何かついてる?」
昼のプール休憩中、ヤキソバを食べ終えた僕に和紗が言った。
くるりと向けられた背中には何もない。
うなじから胸へと降りるビキニ以外は、ただピンクに近い健康的な肌があるだけだ。
「別に。どこにも何もついてないよ」
「ホント? でも、なんか……周りからすごい視線感じるよ?
 店員さんに選んでもらったんだけど、この水着って、やっぱり変なのかなぁ」
和紗はバスト付近の生地を指で弾きながら言う。

僕には、注目の理由が解っていた。
何だかんだといっても、男は豊満なバストに目を奪われてしまう生き物なんだ。
少なくともEカップはある胸がホルターネックの水着で強調されてたら、それだけで注目されるのに十分。
おまけに和紗はスタイルが良い。くびれた腰とすらっとした脚はモデル並みだ。
髪は背中まで伸ばされた艶々のロングヘアで、顔立ちもすっぴんとは思えないほど可愛い。
これだけの条件が揃っていて、見られない訳がないんだ。
でもそういう細かい理由まではあえて言わず、僕はただシンプルに答える。
「見られるのは、和紗が可愛いからだよ」
僕が笑顔でそう言うと、なぜか和紗は頬を膨らませる。
「む。真剣に聞いてるんだから、冗談やめてよ。
 これだけスタイルが良くて可愛い人がいっぱい居るのに、私なんかが特別注目される訳ないでしょ。
 ……ねぇ、理由わかってるんなら教えてよ。カキ氷おごったげるから!」
拗ねた子供のような顔が目の前にある。
アナウンサーみたいなキレイな笑顔も魅力的だけど、僕はやっぱり、こういう自然な和紗の顔が好きだ。
この広いプール内でも、和紗の生の表情を見られるのは僕だけ。そう思うと、どうしても表情が緩んでしまう。
「うーん。本当に、可愛いからだと思うんだけど」
僕はそう言って頬を掻く。
「またぁ。そんな訳ないって!」
和紗はあくまで納得しない。
さてどうしたものか、と思った瞬間。
「や、オネーサンまじ可愛いっすよ!」
隣のテントから、高校生ぐらいに見える男達が声をかけてきた。
いかにも女子人気が高そうな、筋肉質で日焼けした3人。僕よりも明らかに英児寄りだ。
「そうそう。思わず見ちゃうぐらいカワイイっす!」
他の2人も同じ事を言って、照れたように笑いながらプールに走り出していく。
僕と和紗は、その後姿をみて呆然としていた。
今までなんとなく感じていた第三者からの評価を、はっきりと口に出された瞬間だ。
拗ねたような和紗の顔がみるみる赤くなって、俯く。

しばらくの無言。
こういう時にさっとフォローできない自分が恨めしい。

「………………本当に?」
和紗は上目遣いでそう言った。
「うん。可愛いよ、和紗は」
僕ははっきりと口に出す。すると和紗は、茹ったみたいに腰を抜かした。
そしてそのまま、照れ隠しのようにゴロンと横になる。
「ねぇ、壮介。オイル塗ってよ」
少し聞き取りづらい声。多分、組んだ腕に顔を埋めてるんだろう。
「いいよ」
僕はサンオイルのボトルを手に取る。
でもいざオイルを塗り込む段階になって、僕は息を呑んだ。
そういえば、和紗の身体をじっくりと触るのはこれが初めてだ。
手を繋いだ事はもう何度もあるけど、背中や太腿に触った事はない。
僕は固まったまま、うつ伏せになった和紗の後ろ姿を改めて見つめる。
健康的で血色のいい肌。
芳葉谷にいた頃は、ピンクよりもやや薄茶に近い肌色だったけど、こっちで暮らし始めてから白くなってきたみたいだ。
たぶん本来の彼女は、あんまり日焼けしないタイプなんだろう。
そして、変わったのは肌の色だけじゃない。
スタイルも、こっちで暮らし始めてから明らかに洗練されてきてる。
元々スタイルは良いほうだったけど、畑で雑草採りをやっていた頃は、そこまで腰がくびれてもいなかったはず。
彼女はどんどんキレイになっていく。
それは、彼女自身のため? それとももしかして、僕に見せるため?
「どうしたの?」
和紗の顔が横を向いて、不思議そうに僕を見上げる。
「あ、い、いや! 何でもないよ!」
僕は慌てて、和紗の背中にサンオイルを塗りつけた。
吸い付くようでな肌触り。でも押し込むと、柔らかいゴムみたいな反発がある。
これが、和紗の……そして、“鵜久森さん”の肌なのか。
そう思うと、それだけで僕自身が固くなってきた。もし今和紗が正面を向けば、海パンを盛り上げるものが丸見えだ。
ちょうどシートの横を通った女の子の二人連れが、僕の下半身に気付いてクスッと笑う。
その状況を誤魔化すように、僕は一心にオイルを塗りたくった。
背中から、肩。脇腹。そして太腿。
「んっ、んふっ……ちょっ、くすぐったいよぉ!!」
和紗は横顔で笑いながら身を捩る。
僕はつられて笑いながら、彼女と一緒に居られる幸せをひたすらに噛みしめた。




3時過ぎまでプールで過ごしてから、一度お互い家に帰る。
そして夜は花火大会だ。
生暖かい風の中、浴衣を着て和紗のマンションまで迎えに行く。
のんびり歩いても5分とかからない。
「はーい!」
呼び鈴を押すと、普段より1オクターブ高い余所行きの声がした。
そしてドアが開き、浴衣に身を包んだ和紗が現れる。
僕はまたしても息を呑む事になった。
髪を結って帯をつけた彼女は、昼ともまた雰囲気が違う。
甘味処で割烹着を来ていたせいだろうか、和装がやたらによく馴染んでいる。
薄い化粧のせいで、雰囲気そのものも大人っぽく変わっていた。
どうも彼女は、すごく化粧映えする顔みたいだ。
「わざわざ、ありがと」
そう言って自然に手を繋いでくる彼女は、一足早い花火みたいに眩かった。

電車の中も、それを降りてからの道も、人、人、人。
地元の小規模な花火大会とはいえ、こういう時だけは活気が凄い。
僕らははぐれないように気をつけながら、ようやく屋台の立ち並ぶ会場にまで辿り着いた。
「何が食べたい? 何でも奢るよ」
僕が訊くと、和紗はくるりとした瞳で辺りを見回す。
「えっと、じゃあ……りんご飴」
彼女はそう言って、可愛らしいお菓子を指差した。
でも、僕は見逃さない。今彼女の視線がもっと情熱的に捉えていたのは、別のもの。
例えば、『じゃがバター』や『ステーキ串』。『チヂミ』もかな。
本来彼女は、草食系な僕とは対照的に肉食系だ。
言動だけじゃなく、食べ物の好みも。
本音ではカロリーのある物に惹かれつつも、デート中の女の子として慎ましくしなくては、と思ってるんだろう。
その気持ちは正直嬉しい。でも僕は、彼女に遠慮なんてして欲しくなかった。
「そっか。じゃあ僕は…………なんだか、お腹減っちゃったな」
苦手な演技をしつつ、僕はさっき彼女が興味を示した物を買い漁る。
和紗が目を丸くしているのを横目に見ながら。

「壮介って、そんなに大食いだっけ……?」
僕がどっさりと手に抱えたパックを見て、和紗が問う。
僕はその和紗を観察した。僕を心配しつつも、時々涎を垂らしそうな感じで食べ物を見ている和紗を。
「うーん、調子に乗って買いすぎたかな。良かったら、半分こしようよ」
僕は石段に掛けながら誘う。
和紗はお尻の下に手拭いを敷きながら、隣に腰掛けた。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて貰おうかな」
そう言って柔らかな笑顔を見せる。化粧のせいで、その綺麗な笑顔はいよいよアナウンサーやスチュワーデスみたいだ。
高嶺の花も良いところ。でもすぐにその雰囲気は、いつもの彼女に戻る。
心の底から幸せそうに物を食べる様子は微笑ましい。僕は、そんな彼女の姿が大好きだ。
「美味しいね」
僕自身も、こうして食べる物の美味しさを噛みしめながら言った。
「うん」
和紗は短くそう答えてから、少し黙る。そして、
「…………壮介は、すごいね」
聴こえるかどうかの声でそう呟いた。
僕は一瞬その意味が解らず、そして理解できると、何だか照れ臭くなってしまう。

食べるものを食べると、和紗は普段の彼女に近くなった。
「よーし、やるぞー!!」
浴衣の袖を捲ってスーパーボールすくいに挑んだ彼女は、輝いていた。
早々に網を破った僕とは違い、次々にボールを救っていく。
それは他の客どころか、屋台のおじさんさえも賞賛するものだった。
それだけじゃなく、射的や輪投げでも僕じゃ相手にもならない。
田舎育ちだからか、和紗は体を使う遊び全般がものすごく上手かった。
そうして下町の姉御さながらに屋台を荒らした彼女も、いよいよ花火が始まると、また様子が変わる。

石段に腰掛けた僕へ、和紗は甘えるように寄りかかった。
肘の辺りに胸が当たっている。
空には六連の大玉が鳴り響いていて、心臓の高鳴りをいよいよ煽ってくる。
「私いま、ものすげぇ幸せだぁ……」
花火の轟音の合間に、小さくそう聴こえた。
彼女の素である方言。他の誰にも聴こえてはいないだろう。隣にいる僕にしか。
「僕もだよ」
自然と、その言葉が口をついた。
そして、どちらからともなく顔を見合わせ、そのままの流れで唇を合わせる。
ちょうど空に大きな華が咲いて、僕らの横顔を七色に染めた。






花火が終わった帰り道でも、僕らの火照りは止まらない。
プールでのジリジリとした日焼けが、今でも続いているみたいだ。
周りには、同じく熱を持ったようなカップルが何組もいて、肩を抱きながら脇に並ぶラブホテルへと消えていく。
僕らは、何件かのホテルを俯きながら通り過ぎた。
ホテルの前までくると、2人とも歩く速度が遅くなるから、多分考えは一緒なんだ。でも、勇気が足りない。
僕は勇気を出そう出そうと思ったけど、結局、先に切り出したのは和紗だった。
「ちょっと、歩くのに疲れちゃった。…………休憩してこ」
そう言って彼女は、すぐそばのホテルに目線を送る。
かなりお洒落な感じのホテルだ。見た目だけなら、ちゃんとしたシティホテルにも見える。
「…………そうだね。休んでいこっか」
僕はそう言いながら、自分の顔がものすごく強張っている事に気がついた。
でも、目の前の和紗の顔だって似たようなものだ。
2人してぎこちない動作でホテルに入る。
フロントの脇には、部屋の写真がずらっと並んでいた。部屋ごとに料金も設備も色々だ。
僕と和紗は、そのシステムに圧倒され、とりあえずそこそこの料金の部屋を選ぶ。
「部屋、4階の突き当たり」
愛想の欠片もないフロントの受付は、僕の顔さえ見ようとしない。
でも和紗が視界に入ると、僕と彼女を交互に仰ぎ見た。
やっぱり不釣合いなんだろうか。でも、今はそんな事は忘れよう。男としての自信を持とう。

部屋は広かった。
狭い個室のようなイメージとは全く違って、お洒落なマンションの部屋という感じだ。
洗面所にトイレ、テレビ、冷蔵庫なんかが揃っていて、十分に暮らしていけそう。
普通の家と違う所といえば、アダルトグッズの自販機と、プールのような豪華なバスタブ、そして大きなベッドぐらいか。
「うわぁー、すっごいねぇ!!」
和紗は部屋の豪華さに目を輝かせ、部屋の中を色々に見て回っていた。
好奇心旺盛なその姿は子供みたいだ。それを見ているだけで、思わず僕まで笑顔になってしまう。
でも、和紗がはしゃいでいたのも最初だけ。
横並びでベッドに座ってテレビを見ているうちに、すっかり『そういう雰囲気』になる。

「んっ、んむっ……はうっ」
キスの声が部屋に響く。
花火の時みたいな浅いキスじゃない。舌を深く入れて絡ませる、正真正銘、恋人のキス。
和紗の唾液は甘く感じた。
唇と唇で繋がりあいながら、お互いの浴衣を脱がしていく。
刻一刻と露わになっていく和紗の肌。プールでの水着焼けが妙にいやらしい。
すべて脱がしきるのを待てずに、僕は彼女への愛撫を始めた。
吸い込まれるように掴んだ乳房は、屋台で和紗に渡された水風船とよく似ている。
お湯をたっぷり入れた水風船という感じだ。
「ん、あ……っ」
でも水風船は、揉んだ時にこんな色っぽい声は出さない。
僕はその声に気をよくして、さらに彼女の身体中を知ろうとする。
身体にはシミ一つなかったけれど、ホクロはいくつかあった。
左腋の傍にあるホクロは肉眼でも見やすくて、これと大きな胸を目印にすれば、顔を見なくても彼女だと解りそうな気がする。

「…………はぁっ、ああ、んっ…………ふぁ、ああ、あっ…………!!」
僕の愛撫に対して、和紗は目を細めながら切なそうな声を漏らす。
それは、明らかにこういう刺激に慣れていない人間のする事に思えた。
ひょっとして、僕が初めての相手なんだろうか。
いや、有り得ない。こんなに魅力的な彼女が、高校を卒業するまで誰とも関係を持ってないなんて。
でも、万が一そうなら。
「もしかして、こういう事……初めて?」
僕はしばらく悩んだ末、意を決して尋ねる。
すると和紗は、やっぱり少し間を置いてから、小さく頷いた。
「う、うん……」
その答えを聞いて、僕はよっぽど驚いた顔をしたんだろう。
すぐに和紗は、顔の前で手を振る。
「あ、で、でも、する事は知ってるんだよ。
 ウチみたいな田舎じゃ、田んぼの裏で近所のおじさん達がしてたりとかするんだから。
 そういうの、何回か見てるから、する事は解るんだ」
「あ……そうなんだ」
「そうそう。田舎出身を舐めないでよね!」
大きな胸を張って自信満々な和紗。
でも、次に僕が何気なく漏らした一言で、その表情は一変する。
「最初は痛いって聞くけど、大丈夫なの?」
「………………え?」
虚を突かれた、という感じで固まる彼女。
僕はこの時点で、あやうい空気を感じ取ってしまった。
「いや、最初は大体、処女膜っていうのが破れて、血が出るって…………」
そう補足すると、さっと和紗の顔が青ざめていく。
「ま、膜……やぶれ………………ち、血………………??」
うわ言のように呟き、視線を宙に彷徨わせ始める。
その様子を見て、僕は決断した。このパニック状態じゃ、するのは無理だと。
「や、やっぱり今回はやめよっか。またその気になったら」
僕がそう言って和紗の身体を離そうとした瞬間。
彼女の手が僕の手を掴んだ。
「ダメ!」
「えっ……で、でも、大丈夫なの? 最初って事は、さっき言ったみたいに……」
「だから、だよ。どうせ最初はそうなっちゃうなら、壮介にしてほしい。
 壮介なら、優しくしてくれそうだし…………大好きな壮介となら、我慢できそうだから」
潤んだ瞳で訴えかけてくる和紗。こんな目をされたら、断れる訳がない。
僕もこういう事は初めてで、上手くリードできるかは不安だけど、ここはもうやるしかない。

僕はそれから、もっと熱心に愛撫を続けた。
頭の中の知識を総動員して、女性が“濡れる”ように刺激する。
向かい合ったまま、乳房をひたすらに揉み上げたり。
抱きしめたまま、クリトリスを指で刺激したり。
それを続けるうちに、和紗の息はますます荒くなって、肌には汗が伝い始める。
たぶん興奮してるんだろう。
そのうち和紗の瞳はとろんとして、熱に浮かされたようになった。
「ね、して…………」
その言葉は、普段の彼女のイメージとはあまりにも遠い。改めて、今僕らがしている事の特殊性を感じてしまう。

彼女自身の許しを得て、僕はトランクスから僕自身を解放した。
すでに興奮しきって、ギンギンだ。
「…………っ!!」
和紗が目を見開く。
多分、ここまで勃起した物を間近で見るのは初めてだろう。
そして、それを今から受け入れるんだという事も理解している筈だ。
少し、彼女が可哀想になる。でも、僕は彼女を傷つける為にセックスをするんじゃない。
これは、男女がより深く愛し合うための儀式なんだ。

恥ずかしそうな和紗の太腿に手を掛けて、柔らかく開く。
ごく薄い茂みと、その下に走る綺麗なピンク色の筋が見えた。
本やネットで何度も見たけど、実物の興奮はそんな比じゃない。
特にそれが、大好きな女の子のものなら尚更だ。
僕は大きく深呼吸を繰り返す。このまま突っ走ったら、たぶん心臓が破裂してしまう。
そうして決意を固めてから、僕はローションを手に取った。
少しでも和紗の負担を減らしてくれるよう祈りを込めて、アレに塗りたくる。
これでいよいよ、準備万端だ。
自分の物を片手で掴みながら、ピンクの裂け目に宛がう。
ゴクリ、と和紗の喉を慣らす音が聴こえる。
「じゃ、じゃあ、いくよ…………。痛かったら言ってね」
僕の声は緊張で強張っていた。
「うん……。もし痛くしたら、背中引っ掻くから」
和紗はぎこちない笑みを作りながら言う。
「う……努力します」
僕はつられて苦笑した。

固くなった亀頭部分を肉ビラに割り込ませ、ゆっくりと腰を進める。
亀頭が入り込むまではスムーズで、でもそこからさらに進もうとすると、抵抗が来る。
みっしりと合わさった襞の中を、切り裂いていくような感じだ。
湿り気のある襞がアレに隙間なく纏わりついてきて、僕の方は気持ちいい。
でも、身体の内部を切り裂かれるような和紗はどうなんだろう。ついその心配をしてしまう。
「う、くく……う…………」
和紗は、眉を顰めていた。目を固く閉じて、片手でシーツを掴んでいる。
絶対に痛いんだ。注射が10秒続いたって、あそこまでの反応はきっとしない。
「大丈夫? い、痛くない?」
僕はそう囁きかけた。心配でならない。
もう僕のアレは半分くらい入っている。処女膜という物が破れていてもおかしくない頃だ。
僕の問いかけが聴こえたのか、和紗は薄く目を開く。そこには余裕なんてものは感じられない。
僕は、しまった、と思った。
ひょっとして、この問いかけさえも迷惑なぐらい余裕がないんじゃないかって。
でも和紗は、目の端に涙を湛えたまま、ゆっくりと首を振る。
痛くない、という事なのか。
「ほ、ホントに……?」
「はぁっ、はぁっ…………背中、引っ掻いてないでしょ…………。だから、痛くない。つらく、ないよ…………」
和紗は、息も絶え絶えという様子で囁き返した。
太陽のようにエネルギッシュな彼女が、ここまで疲弊するなんて。
でも実際、彼女の手は、僕の背中を優しく抱きしめているだけだった。
僕は、それに安心する。
そして同時に、僕は堪らなくなった。
和紗の中は、とんでもなく気持ちがいい。うねるように纏わりつく膣壁が、僕の爆発寸前の物を刺激してくる。
動きたい。滅茶苦茶に前後に動いて、プールサイド以来、堪りに堪った興奮を発散したい。
そんな欲望が、頭の中を刺してくる。
「う、動いてもいいかな」
僕は訊いた。もう伺いを立てるのさえ精一杯だ。
「いいよ。好きに動いて」
和紗は、僕を背中ごと抱きしめながら頷いた。
僕はそれに感謝しながら、深く腰を沈める。
高校のクラスメイトにも、大学の知り合いにも、セックスの話ばかりしている奴がいる。
僕はそれを獣みたいだと内心で嫌ってたけど、今ならその気持ちも少しはわかる。
セックスって、気持ちがいい。
他の何もかもがどうでもよくなるぐらいに。脳味噌がドロドロに解けてしまうぐらいに。
パンッ、パンッ、パンッ、と腰を打ち付ける音が繰り返されていた。
よく耳を澄ませば、それに呼応する形で、ローションの攪拌されるぬっちょぐっちょという音もしていた。
僕が、和紗のより深い部分を抉る音。彼女を緩やかに傷つける音。
けれども、至福の音。
「すき…………すきだよ、壮介。壮介と、やっと一つになれた。嬉しい、すごく!!」
和紗も涙を溢しながら、強く僕の体を求めてくれる。
この瞬間、僕らは間違いなく、今までのどの瞬間よりも深くつながり合っていた。






身も心も重ねあった僕らは、充実した気持ちで新しい生活を満喫した。
僕は大学とコンビニバイト、和紗は居酒屋でのバイト。
それをお互い必死にこなしつつ、たまに空いた日が重なればデートする。
そして僕は、和紗の働く居酒屋に客として顔を出すことも多かった。
あくまで、『客として』だけど。
店のアイドルである和紗と僕が恋仲なんて知れたら、余計な面倒が起こりかねない。
だからあくまで、親しい客として遊びに行く。
それも一人でだと気まずいから、大学の友人を連れての事がほとんどだ。

そして、そんな状態が続いてから数ヶ月目のある日。僕はついに、英児をその居酒屋に連れて行った。
「あっ、あの時の!!」
英児は店で働く和紗を見て、すぐに駅前通りで会った時の事を思い出した。
女の顔は忘れない、と豪語しているのは、冗談ではないのかも。
「あっ、どうも!」
和紗も驚いて、とびきりの営業スマイルで頭を下げた。
僕経由で散々話は聞いてたものの、実際に会うのはこれで2回目だ。
居酒屋の主人である佐野さんは、そんな僕らの様子をにこやかに見ていた。
「鵜久森さん、今日の仕事はもう大丈夫だからさ。
 そちらのお二人さん、知り合いなんでしょ? 一緒に飲みなよ」
そう言って、瓶ビールを出してくれる。
僕と和紗の関係を知っている佐野さんは、他に客がいない時、よくこういう気遣いをしてくれた。
和紗はひたすらに恐縮していたものの、佐野さんは柔和な笑顔で、大丈夫、と繰り返す。
和紗のお爺さんもそうだったけど、まるで本当のお爺ちゃんみたいだ。

結局、僕と和紗、そして英児で、初めて酒の席を囲むことになる。
英児とは大学が分かれてからはメール連絡ばかりだったから、本当に嬉しい。
そしてこの日僕は、改めて英児の凄さを思い出す事になった。
空気を読む力が、完全に僕とは別格だ。
僕や和紗の望んだ事を、まさにドンピシャのタイミングでやってくれる事多数。
それどころか、一見何気なさそうな行動が実は重要で、数分遅れでやっと彼の行動の意味が理解できたりもする。
僕も和紗も、その手際の良さには感心しきりだった。
「や、こういう酒の席に慣れてるだけだって。慣れだよ慣れ」
本人はそう謙遜するけど、酒を飲めるようになって一年と経たずにここまで慣れるなんて、僕には無理だ。
単純な経験値だけじゃなく、それを最大限生かす頭の回転と、要領の良さ。
英児はそれを並外れて持っていて、おまけにそれを鼻に掛けない。
モテて当然だと改めて思う。同性の僕でさえ、男として惚れてしまうぐらいなんだから。
英児がいると話も弾んだ。
そしてその中で、話は間違い電話の事になる。和紗が僕の携帯を弄って、英児に電話してしまった事件だ。
思えばあの時すでに、僕ら3人の集まる運命は決まってたのかも。
そんな風に思えてしまう。

楽しい時間はすぐに過ぎて、あっという間に夜が更ける。
治安が良いともいえない飲み屋街だ。和紗がいる状態であまり遅くなってもと、飲みはお開きになる。
そして、帰り際に英児とトイレに立った時の会話が忘れられない。
「あの子、すげーいい子じゃん。大事にしろよ」
英児は赤ら顔でそう言ったあと、大きくしゃっくりをする。
そして笑う僕をしばらく眺めてから、再び口を開いた。
「なんつーか、アレだ。ホッとしたよ」
「えっ?」
言葉の意図が解らず、僕は訊き返す。英児の口の端が吊りあがった。
「こう言うのも何だけどよ。高校の頃のお前って、俺が中心のグループに寄ってくるばっかだったじゃんか」
まったくもってその通りだ。
僕の記憶にある限り、英児は常に人の輪の中心にいて、僕はお情けでその輪の中心近くに寄せてもらうだけだった。
高校までの僕のコミュニケーションはほぼすべて、そうして『経験させてもらった』ものだ。
「でも今日はその逆でよ。お前が中心になって回ってる所に、俺が呼ばれたんだぜ?
 なんつーかよ……しばらく見ねぇうちに、デカくなったよなぁ、お前も」
僕の肩をポンポンと叩きながら笑う英児。
相変わらず、同い年なのに背丈も風格も違いすぎて、いくつか年上の兄みたいだ。
でも、そんな英児に褒めて貰えるのは本当に嬉しい。
「君のおかげだよ」
僕は本心でそう言った。
変わったきっかけは和紗で、そのきっかけを掴むまで僕を守ってくれたのが英児だ。どっちがいなくても、今の僕はない。
「ん? ああ……ま、そーかもな!!」
英児はそう言っておどけてみせる。
この時には僕も酔いが回っていて、世界がゆっくりと回転するようだった。
元々酒が強いほうでもないのに、気をよくして呑み過ぎたみたいだ。
ふらつく僕を、英児ががっしりと抱きとめる。
「おら、大丈夫かよ相棒? 夜道であの子を送ってやるのはお前の役目だぜ?
 今は、お前の春だ。お前の時代だ!!!」
僕の肩を抱きながら、腹からの大声で宣言する英児。
その言葉を聞くうち、本当に今が僕の時代のように思えてくる。
和紗と英児――僕にとって最も大きな存在である2人から、こんなにも評価される日が来るなんて。笑いが止まらない。


この夜僕は、間違いなく幸せの絶頂にいた。



                            続く

向こう岸の彼女 三話

※ ここでついに恋仲になります。ここまではまだ非エロ。


鵜久森さんから初めての手紙が届いたのは、住所を教えた翌週だった。
『篠弥 壮介 様』
そう書かれた宛名書きは、意外なほど丁寧だ。
中の便箋に並ぶ文字も、同じく一字一字心を込めて書かれている。
「お久し振りです、鵜久森です。お元気にしていらっしゃいますか」
出だしからして、いきなり文字が小さい。罫線に触れる事を怖がるかのように、どの字も小さく纏まっている。
普段彼女の話す声は、森に響くほど大きいのに。
顔を強張らせ、背筋を伸ばしたままカチカチになって書いている姿が目に浮かぶ。
それはとても微笑ましく、可愛らしい。
手紙には、まだ都会へ行ける日が決まっていない事の謝罪と、向こうでの暮らしぶりが書かれていた。
同封された写真には、畦道で子供とじゃれる彼女の姿が収められていた。
いい笑顔だ。子供が好きなんだな、という事がすごく伝わってくる。将来は間違いなく良い母親になるはずだ。
写真を眺めがらそんな事を考えるうちに、何故か心臓が激しく脈打つ。

 ――彼女をいつか『お母さん』にするのは、一体どこの誰なんだろう。

向こうの高校の同級生? それとも、人生経験豊かな年上の人?
魅力的な彼女の周りには、これまでもこれからも、色々な異性が集まってくるはずだ。
そういう人達を掻き分けて、僕だけが抜きん出るイメージが湧かない。自信がない。
いつもだったら『どうせ僕なんて』と諦めるところなのに、なぜか今回ばかりはそうもいかなかった。
胸が苦しくなってくる。
これが英児だったら、「ライバルが何人いようが、俺がアイツを振り向かせてやる」って自信たっぷりに言い切るんだろう。
やっぱり僕の目指すべきは、フワフワとした僕らしさじゃなく、英児のようなタイプなんじゃないか。
英児のようにグイグイ行かなければ、彼女に存在をアピールできないんじゃないか。
僕は一晩中そんな事を考え、悶々とする。
そして葛藤とはまた別に、鵜久森さんの事を考えるたび、つい“分身”が硬くなってしまうのが嫌だ。
写真に写った、半ズボン姿の鵜久森さん。その健康的な脚を見ているうちに、思春期の衝動が抑えきれなくなる。
違う、違うんだ。僕は彼女を、そういう対象として見てる訳じゃない!
心ではそう思いつつも、手の上下が止まらない。
結局僕は、写真の彼女に見つめられながら呻きを上げ、ひどい罪悪感に苛まれる事になった。

ひと夏の間に、僕らはどれだけの手紙を交換しあっただろう。
メール主体の時代に文通なんて、周りからすれば笑いの種かもしれない。
でも僕は、鵜久森さんの一生懸命に書いた字が好きだ。
僕だけのために書かれた一字一字を追うたびに、自分に価値を見出せるような気がした。
最低でも『彼女の注いでくれた熱意』の分だけは、僕にも存在価値があるんだと。
彼女自身にそんなつもりが無かったとしても、結果として僕は救われた。
だから勝手ながらに恩を返す。
少しでも彼女を笑顔にすること。いつの間にか、それが僕の行動指針になっていた。
手紙の中でも、実際に会っての会話でも、さりげなくやる作業の手伝いでも。とにかく彼女を笑顔にしようと頑張る。
もっとも、そう意識しているのは僕だけで、客観的に見れば相変わらずの控えめな態度なのかもしれないけど。
最悪、彼女の一番になれなくてもいい。便利な道具で終わったっていい。
これが、僕の精一杯の恩返しなんだから。





最初の約束から2ヵ月あまり。
鵜久森さんがとうとう都会に来る事になったのは、9月の初め頃だ。
まだまだ残暑は厳しくて、駅前でただ立っているだけでも汗ばんでしまう。
鵜久森さんはまだ現れない。
『大丈夫大丈夫、1人で行けっがら!』
彼女はそう繰り返していたけど、やっぱり一緒に来たほうが良かったのかな。
そんな事を考えている最中、ホームからの階段を駆け下りてくる女の子が目に入った。
周囲をキョロキョロ見回している所からして、急いでいるというよりは、周りの人間の歩くスピードに翻弄されているんだろう。
肩甲骨辺りまでの三つ編みに、青いタイ付きの白ブラウス、膝丈のサロペットスカート。
その垢抜けない姿は、都会の駅ナカで正直少し浮いている。
僕はその時点で、豆粒ほどにしか見えないその人物の正体に気付いていた。

改札に近づくにつれ、彼女はいよいよ都会の人間のスピードに圧倒される事になる。
人の波に流されるまま、よりにもよってICカード専用改札に押し込まれてしまい、切符を片手にオロオロとしはじめる。
「鵜久森さぁーん!!」
僕は見かねて叫んだけど、人でごった返す週末のターミナル駅で、上手く声が届くはずもない。
スイカ専用改札に恐る恐る切手を押し付け、表情いっぱいに疑問符を浮かべる鵜久森さん。
その顔は、後ろの人間の罵倒でみるみる泣き顔に変わり、見かねた駅員が飛んでくる。
苦笑しながら改札を通す駅員に、お下げ頭が何度も深く下げられた。
「鵜久森さんっ!!」
フラフラと人ごみから抜けた彼女に、僕はもう一度呼びかけた。
さすがに今度は聴こえたみたいで、涙目の顔が上げられる。
そして僕の姿を認識した瞬間、『救いの光を見た』とでも言いたげな表情になって駆け寄ってくる。
「ご、ごめんなんしょ、遅ぐなっで…………」
小さく肩を竦めながら囁く鵜久森さん。まるで借りてきた猫だ。
あの、森に響くような声で喋っていた子と同じ人物とは思えない。
でも、それも解る。あの昭和のような街から、いきなりこの大繁華街に出てきたら戸惑いもするだろう。
そして、そんな彼女をエスコートできるのは、今この場にいる僕しかいない。
「行こう、鵜久森さん。待ちに待った東京観光だよ」
僕がそう言うと、鵜久森さんは微笑んだ。不安と期待が半分ずつ入り混じったような、柔らかい笑顔で。

そこからいくつか名所を案内したものの、鵜久森さんはあまり喋らない。
驚いたり笑ったりはするけれども、なぜか言葉を発することは避けているみたいだ。
「興奮して方言出たら、恥ずかしいもん……」
僕が理由を尋ねると、鵜久森さんはそう囁いてきた。
今は比較的綺麗な標準語だ。でも確かに、万が一にでも方言を聞かれるのは怖いんだろう。
僕も他人の目を気にしやすい方だから、その気持ちはよく解る。
「そっか」
僕は答えながら、精一杯の優しい表情を意識した。
何一つだって彼女を責める気は無い。少しでも安心して欲しい。

でも実際のところ、現状は安心できる環境とは程遠かった。
何しろ人が多すぎる。大通りは勿論の事、脇道にまで若者であふれているぐらいだ。
「人が多いね。はぐれないようにしなきゃ」
僕は理由を説明しながら、真横を歩く鵜久森さんの方に手を伸ばす。
「そだね。ここで壮介とはぐれたら、戻って来れなくなっちゃう……」
鵜久森さんもそう言いながら、こっちに手を伸ばしてくれる。
でもあまりにも恥ずかしくて、お互いに視線を合わせられない。
それぞれ逆方向に視線を投げ出したまま、片手で空しく宙を掻く。
そのうち一瞬だけ手の甲が触れ合うけれど、2人ともがビクッとして思わず手を引っ込めてしまう。
そしてまた、手がフラフラ。
このままじゃ埒が明かない。ここは男の僕が勇気を出さないと。
僕はそう決心して大きく深呼吸し、ゆっくりと鵜久森さんの方を見る。
でも、間が悪い。ちょうど鵜久森さんもこっちを向くところで、まともに向き合ってしまう。
「………………っ!!」
僕らは数秒見つめあい、堪らずに顔を伏せた。
ゴクッと喉を鳴らす音が響く。音の主は僕か、それとも鵜久森さんか。
バカみたいだ。何を変に意識してるんだ。これはデートでも何でもなく、ただ女友達に観光案内をしてるだけなのに。
そうだ、鵜久森さんは友達なんだ。芳葉谷じゃ、あんなに自然に話をする仲じゃないか。
まずい。息が上がってきた。動悸もひどくて、心臓が口から飛び出してきそうだ。

しばらくの無言。
数十分か、それともほんの数分だけなのか。
さすがに居心地が悪く、僕は何か会話のきっかけを探る。
穴の空くぐらい読み込んだ、『女の子との恋愛マニュアル』には何とあったっけ。
そうだ。こういう場合はまず、女の子の見た目の変化に気付いてあげるのが第一歩らしい。
瞳を真横に動かして、鵜久森さんを観察する。
かろうじて見えるのは、鎖骨辺りに揺れる三つ編み。
初めて会った時は肩までで切り揃えられていたんだから、この数ヶ月で結構伸びている。
「そういえば鵜久森さん、髪長くなったね。伸ばしてるの?」
僕がそう話しかけると、鵜久森さんは弾けるように僕の方を見上げた。
やっぱり見た目の変化を指摘するのは有効なのかな。
「うん。なんでだと思う?」
逆に質問が来た。このパターンへの返しの例もマニュアルにあったけど、この土壇場で思い出せない。
「え? えーっと、うーん…………そういう気分だから?」
とりあえず、当たり障りのなさそうな答えを選ぶ。
ところが、どうも地雷だったみたいだ。鵜久森さんの顔が、見る見る怒りに変わっていく。
ボカッと向こう脛を蹴られた。
「痛い!」
「もーっ、なんでそういう大事な事忘れっがなぁ!!」
若干方言じみたイントネーションで不満を漏らす鵜久森さん。
どうやら怒らせてしまったみたいだ。彼女を少しでも笑顔にするという目標が、早くも雲行き怪しくなってきた。

ただの気まぐれ、とも取れる言い方が癇に障ったのか。それとももっと根本的な違いなんだろうか。
歩くたびジンとくる脛の痛みを感じつつ、僕は悩む。
道端に出ている漬物の試食を2人で摘みつつも、じっくりと。
「私、ナスの浅漬けって好き。壮介は?」
鵜久森さんは、不意にそう言いながら僕を見つめた。
その表情に怒りの色はない。でも軽い質問をしたにしては、目がやけに真剣すぎる。
まるで、何かに気付け気付けと訴えているかのように。
ひょっとして、これも大事な質問なんだろうか。

漬物は何が好き?
…………何が、好き…………?

「あっ!」
僕はそこで、唐突に思い出した。
店の縁側で話している時、鵜久森さんから女の子のタイプを訊かれて、長い黒髪の子って答えた事があったっけ。
いや……いやでも、まさか。あんなのは雑談の中で、ほんの冗談っぽく言われただけじゃないか。
でも今までの流れからすると、どうもこれが臭い。
「ん? 何か気付いた?」
意地悪っぽく顔を覗き込んでくる鵜久森さんに対して、僕は半信半疑ながら口を開く。
「まさか、だけど…………僕が、長い髪の子が好きだ、って言ったから…………?」
心中には不安しかなかった。
もし不正解だったら、こんなに恥ずかしい事はない。
でも、どうやらアウトだ。鵜久森さんは僕を見つめながら口の端を下げ、はーっと溜め息を吐く。
背中にどっと冷や汗が噴き出した。顔が真っ赤になっていくのも解った。
見知らぬ漬物屋のおばちゃん達は、そんな僕の変化を可笑しそうに見守っている。
もう限界だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。
手の甲でズレた眼鏡の位置を直しながら、そう観念した時だ。鵜久森さんのピンク色の唇が動いた。
「…………正ー解っ!」
「へっ?」
言葉の意味が理解できない。
何? 正解、だって? 当たってたのか。じゃあ、さっきの溜め息は?
「あらー、オメデト。じゃあこの可愛い彼に、漬物1個プレゼントしちゃおうねぇ!」
おばちゃん達は満面の笑顔で、ビニール袋に茄子の浅漬けを1本入れて渡してくる。
「あ、ありがとうございます……でもあの、意味がわからないんですけど」
僕が言うと、周り中がニタッと笑顔になる。なんだろう、その妙な連帯感は。
そもそもおばちゃん達は、事の発端すら知らないはずなのに。

「まったく、思い出すのに20分もかかってさー。せっかく毎日手入れしてるのに」
三つ編みを弄りながら口を尖らせる鵜久森さん。
確かに、彼女の黒髪はすごく綺麗だ。
ともするとシャンプーのCMに呼ばれるんじゃないかってぐらい艶々で、頭頂部近くには光の輪が揺れている。
初めて会った時は、よく日に焼けて先っぽが茶色っぽくなってたっていうのに。
なるほど、よくよく考えればすごい変化だ。
いくら代謝の高い高校生だからって、そこまで髪質を変えるのが簡単じゃないって事は僕にも解る。
その必死の努力に気付いてもらえなかったのなら、怒って当然だ。
「ごめん、気付くのが遅れて!」
僕は心底から頭を下げる。頭上で、鵜久森さんが息を呑んだ気配がする。
「えっ! えっと、ウソウソ、怒ってないよ。冗談冗談。顔上げて?」
その言葉通りに顔を上げると、両手をヒラヒラとはためかせる焦り顔の彼女がいた。
うーん、コミュニケーションって難しい。怒ってる風だったけど、ここまでやる程でもなかったみたいだ。
「優しい彼氏さんねぇ」
おばちゃんの1人が、鵜久森さんにそう耳打ちしているのが聴こえた。
よく意味が解らないけど、鵜久森さんは、その言葉で照れ顔になってしまう。
「ほ、ほら、行こう!」
そう言いながら鵜久森さんは歩き出した。ごく自然に僕の手を掴んで。
あ、と声を上げそうになったけど、すんでの所で押し殺す。

ようやく繋げた鵜久森さんの手は、やわらかかった。



漬物屋のある通りを抜け、一旦駅前に戻りながら、さぁ次はどこへ行こうかと考えていた時だ。
道の向こうから、一組のカップルが歩いてきた。
男女共に長身でスタイルが良く、ファッションもこの若者の街でなお際立っている。
実際、道行く人達は皆、男女を問わずその彼らを振り返っていた。
そのカップルの男の方を、僕はよく知っている。
彼も僕に気付き、昨日見たばかりの爽やかな笑顔で手を上げる。
でも、その動作が途中で止まった。
僕の横を見て、目を見開いたまま硬直している。
「お……おいおいお前、女連れかよ!?」
通りに響き渡るほどの声で、僕の親友……英児は叫んだ。その快活な感じは、鵜久森さんとの初対面を思い出す。
「い、いや、別に彼女ってワケじゃ…………」
僕は照れながらそう答えた。でも英児の視線の先に気付いて言葉が途切れる。
そうだった。僕と鵜久森さんは今、しっかりと手を繋いでいたんだ。
英児が面白そうに口元を緩める。彼の彫りの深い顔立ちでそれをすると、まるでハリウッドスターのスマイルだ。
「隠すなって、水臭ぇなあ!」
英児は大声でそう言いながら僕に歩みより、ポンと肩を叩いた。
「……可愛い子じゃんか。やったな」
耳元でボソッと囁く口調は、今までの軽口とは打って変わって優しい。
こういう事をさらっとやるから、英児は周り中の男女を骨抜きにしてしまうんだ。
ただ、英児はいつも通り優しくても、連れ合いまでそうとは限らない。

「ちょっとエイジー、何なのそいつ?」
パンプスを鳴らしながら、カップルの女性の方が近づいてくる。
アイドルだと言われればそのまま信じられるぐらい、スタイルも顔立ちも日常離れした人だ。
身に纏ったグリーンのシフォンドレスは、彼女のあらゆる魅力を最大限に引き出していて、ファッションの真髄を見せられた気がする。
視界の端で、鵜久森さんが俯くのが見えた。
「悪ぃ悪ぃ、一番のダチなんだわコイツ」
英児は何も憚ることなくそう言い切り、上手くやれよ、と言い残して歩き去る。
「……あれがダチって、マジ? 何か冴えないヤツ。おまけに、さぁ……」
英児の彼女の声が、徐々に遠ざかりながらも聴こえている。
最後の部分はよく聴き取れなかった。
でも英児がポカッと彼女の頭を叩いたこと、その直後に彼女が鵜久森さんに向けた恨めしそうな視線で、大体の想像はつく。

「やっぱり……変かな、この格好。都会の人には、浮いて見えちゃうのかな」
その声に横を向くと、そこには居心地の悪そうな笑みを浮かべる鵜久森さんがいた。
そして周囲の視線に怯えるように、僕と繋いでいた左手を離す。
僕はそれを見ながら、いけない、と感じた。
確かに鵜久森さんの格好は、この都会では野暮ったい。
でもタイ付きのブラウスにスカートなんて、あの山の中で普段着にする訳がないんだ。
今日の為に、わざわざ買いに行ったんだろう。
都会の知識も碌にない中で、精一杯のお洒落をしようと悩んで、不安になりつつも服を選ぶ彼女。
その姿を想像すると、たまらない。
気付けば僕は、右手で離れかけた鵜久森さんの手を掴み、左手で肩を抱き寄せていた。
「そんな事、あるもんか!」
まっすぐ瞳を覗きこみながら宣言する。
いつもなら周りの視線を気にする所だけど、今は自分の恥より、鵜久森さんの心のケアが最優先だ。
「大丈夫。可愛いよ…………すごく」
僕は説得するように訴えかけた。こんなにハッキリと声を出すのはいつ以来だろう。
鵜久森さんは言葉を失っているみたいだ。
湖のように澄んだ瞳に、必死な僕の顔が映り込んでいる。
気まずい沈黙。
流石にわざとらしすぎたか。というより、多分気持ち悪いな。
僕がそう思い至って手を離そうとした、まさにその瞬間。鵜久森さんの視線が右下に逸れる。
「………………あ、ありがとう…………」
茹ったように顔を赤くさせながら、彼女は小さく呟いた。


気を遣った後っていうのは、どうしてこんなにも照れくさいんだろう。
僕らはしばらく無言のまま、人が少なくなりかけた通りを歩き続けた。
僕が先を歩き、彼女が後ろから少し離れてついてくる。
手は繋げず、声をかけるのはかろうじて自然なぐらいの距離。
「壮介」
ふと、鵜久森さんの声がした。
「ん?」
振り返ってみると、彼女は何故かそ知らぬ顔。
「なんでもない。呼んだだけ」
視線を横向けながらそう言う彼女。不思議だけど、何もないなら別にいいか。
そう思ってまた少しいくと、
「壮介」
また呼ばれる。
「なに?」
「なーんでもない」
デジャヴというには、あまりにも直近すぎる繰り返し。
変なの。僕はそう思いつつも、また歩き出す。
いつの間にか僕らは、自然公園の入り口にまで来ていたみたいだ。
背の高い木々に、土むき出しの道、遠くに流れる沢。僕らが出会った山道を思い出す。
違いといえば、入り口近くに大きな噴水があることぐらいか。
「壮介」
噴水の近くまで行くと、またしても鵜久森さんが呼びかけてくる。
「何だよ、さっきから……」
さすがにしつこいと思っての振り返り際。今度は別の言葉が続く。

「 大好き 」

その言葉が僕の耳に入った次の瞬間、噴水が飛沫を上げながら噴き上がる。
それはまるで、僕の心の高鳴りを象徴しているかのようだった。
頭はまだ言葉の意味を理解していない。でも、先に心が理解してる。こんな事もあるんだ。
僕は想いに応えようと、大きく息を吸い込んだ。
「……………………ぼ、ぼ、僕もでよ!!」
直後、硬直する。
噛んだ。よりによって、今か。
鵜久森さんは、一瞬呆気に取られたような顔をし、徐々に頬を引き攣らせる。
そして2秒後、お腹を抱えて笑い出した。
「ぶっ、あっはっはっはっは!! もー、笑わせないでよ! なんでそこで噛むの!?」
甘味処でよく見せていた、屈託のない笑顔だ。
その顔を前にして、今度は僕が、茹ったように頬を赤らめる番だった。






気付けば僕らは、しっかりと手を繋ぎあって歩いていた。
照れくささはない。ただ、お互いが横にいるだけで、ぞわぞわと弱い電流のようなむず痒さが走るだけだ。
多分、これが『幸せ』っていうものなんだろう。
繋いだ手の中にしっとりと汗を掻く。僕のものか、鵜久森さん……いや、和紗のものか。
どっちでもいい。その汗を馴染ませるかのように、手の握りを強くする。
欲張って指まで絡ませてみるけど、抵抗はなかった。
ただ小指が手の横側をくりくりと引っかくような、小さな悪戯ならあったけれども。

公園を抜ければ、また人通りの多い道に出る。
道の脇には小さなクレープ屋があった。ちょうど小腹も空いてきた頃で、寄る事にする。
「和紗は、何が食べたい?」
さらっと名前呼びをしてみると、和紗は一瞬驚いた顔をして、それから笑う。
「壮介と同じので」
「いいの? ホントに僕の好みでいくよ?」
「オッケー」
合意が得られたので、僕は宣言通り、メニューを見た瞬間から心奪われていた『いちごスペシャル』を注文する。
「いちご好きなの?」
「うん。イチゴ単体だとそうでもないけど、こういうデザートに乗ってると妙に惹かれるんだ」
和紗の質問に、律儀に答えた直後。彼女は意地の悪い笑みを見せる。
「私もでよ」
「うぐっ……!!」
さっきの噛み間違いを思い出して、たちまち顔が赤くなる。
「もしかして、それが言いたいから訊いたの?」
僕がそう訊ねても、鵜久森さんはくつくつと笑い続けるばかりだ。
「あいよ、お待たせ。仲良しのお二人さん!」
クレープ屋の店員が、同じく笑いながら出来立てのクレープを差し出してくる。
それを受け取った和紗は、笑いすぎて余裕がなかったんだろう。
「あんがとなし!!」
あれだけ恐れていた方言を、思いっきり響かせてしまう。
店主も、ちょうど近くを通りかかった女の子達も、キョトンとした顔になる。
その中で、和紗だけが頬を真っ赤に染めていた。
どうやら今日の僕らは、互い違いに茹でダコになる運命らしい。


お互いの好意を確かめ合ったこの日は、僕らにとって生涯忘れられない1日になるはずだ。
そして、幸せはこれから始まる。
僕らはまだ17歳。ようやく、自分自身の未来が拓けはじめる歳なんだから。



                            続く
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