※ 一部にアナル・スカトロ的な表現あり。ご注意。
その週の金曜、土曜はまさに地獄だった。
行動を起こすと決意したのが木曜。決行が日曜。
つまりその間は、心にマグマのような怒りを煮やしつつも、表面上は平静を装わなきゃいけない。
ぎこちない会話。ぎこちない視線。微妙な距離。
和紗は、僕の異変に気付いているような気がする。でも確実にそうと言えるわけでもない。
息苦しい。
昔は和紗といる時が一番癒されたのに、今は彼女といる時が一番落ち着かない。
最愛の女性であることは変わっていないっていうのに。
「和紗」
意味もなく妻の名を呼んでみる。
「……なに?」
和紗はくるりとした瞳で僕を見上げた。でもそれだって、前とは違う。
僕が呼びかけた瞬間に目を瞬かせ、かろうじて繕った仮面だ。
「ううん……何でもないよ」
僕もそういって仮面を作る。引き攣った笑顔の仮面を。
これが仮面夫婦という奴か。僕らに限って、こんな事はないと思ってたのに。
テレビで倦怠期の夫婦を見て、僕らはこうはならないよね、と笑いあった仲なのに。
もう、こんな状況は嫌だ。頭がおかしくなりそうだ。
今かろうじて正気を保てているのは、日曜という希望があるからに他ならない。
和紗の現状を暴き、全身全霊を賭けて救い出す。そしてまた、元の僕らに戻る。
僕はそれだけを心の灯りとして、真っ暗闇の週末を乗り切った。
そして、日曜日。
「…………じゃあ、行ってくるね」
いつものように、和紗は暗く沈んだ表情で告げた。もう用件さえ口にしない。
格好は相も変わらず扇情的だ。
白いフリルシャツに、ごく薄い鼠色のパーカー。チェックのミニスカートと、膝上丈の白いニーソックス。
12月の外着とはとても思えない。
薄着なせいか、いつにも増して胸に目が奪われる。やけに柔らかそうだ。
清楚そうなフリルシャツを巨乳が押し上げ、前を開いたパーカーがそのバストラインを縦断する様は、やたらと性を意識させる。
ミニスカートにしたって、今にもショーツが覗きそうなギリギリの丈。ニーソックスとの間に覗く太ももが眩しい。
ひどい精神状態の僕でさえ、思わずムラッとくるコーディネート。
――そんな格好で行くのか。
思わずその言葉が喉まで出かけ、かろうじて押し殺す。
今日だけはダメだ。不自然さを感じさせず、いつも通りに送りださないと。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
僕はそう言った。なるべく柔和な表情を意識して。
和紗は、
和紗は、なぜかこんな日に限って、何でもない表情を歪めた。
一歩距離を詰め、僕の肩を掴んで、目を真っ直ぐに覗き込んでくる。
思わずはっとするような気迫で。
「…………ねぇ、壮介。私、今でも壮介が大々々好きだよ。
子供がお腹の中にいた頃から、ずぅっと変わらずに大好き。それだけは信じてね」
その言葉を聞いて、僕は確信した。
やっぱり和紗は、ここ数日の僕の異変に気がついていたんだ。
だから僕の信用をなくしたんじゃないかと思って、こんなに必死に訴えてきてる。
「大丈夫。僕も和紗を愛してるよ。昔と何も変わらない」
和紗の必死さに対して、僕は本心で応えた。
和紗を大切に思う気持ちは変わらない。だからこそ、僕はこの淀んだ状況を打開しに行く。
もう一日だって、和紗が表情を歪ませなくても済むように。
案の定、和紗は道行く人間の注目の的だった。
和紗の胸を、太腿を、何十という男の視線が舐めていく。
誰もがダウンやファーコートで厚着するこの季節に、スタイル抜群の女が薄着でいれば目立つのも無理はない。
和紗はパーカーの襟元を頻繁に直し、スカートのお尻を鞄で押さえながら歩いている。
どうやら、好き好んであんな痴女っぽい格好をしている訳でもないらしい。
僕はその事実に安心する。そして同時に、その格好を強要しているだろう石山達への恨みが燃え上がった。
和紗はいくつもの曲がり角を曲がり、横断歩道を渡って歩き続ける。
それをストーキングするのも楽じゃない。一応変装しているとはいえ、念のため電柱などに隠れながら、つかず離れずでついていく。
ただでさえターゲットは場の注目を集めている和紗だ。
傍目から見れば完全に変質者で、いつ通報されてもおかしくないな。
そんな恐怖と戦いながら、和紗を追って曲がり角を曲がろうとした瞬間。
「ちょっと待ちなよ、オニーさん」
ガラの悪そうな5人が、いきなり僕の行く手を遮ってくる。
サッ、と血の気が引いた。
ただでさえ虐められていた頃の記憶がフラッシュバックする状況。
おまけに今、和紗を見失う訳にはいかない。こんな所で面倒に巻き込まれている場合じゃないんだ。
「どいてくれ。いま君らに構ってられないんだ」
僕は和紗に聴こえないよう声のトーンを落としつつ、5人に告げた。
でも僕は知っている。こういう連中にとっては、声が小さくて弱腰の人間こそ最高のカモなんだ。
「は? どかねーし。つーかオマエよ、さっきからあの姉ちゃんケツ追っかけ回してんだろ」
一人にそう言われ、僕はギクリとする。
否定しようとも思ったけど、この連中も何かの確証があって言ってるんだろう。なら。
「ああ、そうだ。でも興味本位じゃない。僕は彼女の配偶者だ!」
あえてそう明言する。
すると5人は一瞬言葉を途切れさせ、次に大口を開けて笑い始めた。
何だ、何がおかしいんだ。まさかストーカー特有の脳内妄想だとでも思ってるのか。
僕が憤りつつ言葉を続けようとした瞬間、いきなり背後から腕が伸びてきた。
腕は僕を羽交い絞めにし、片足を持ち上げてあっという間に僕の抵抗を封じてしまう。
「な、何するんだっ!!」
そう叫ぶ間にも、僕の身に着けていた帽子やサングラスが取り去られる。
変装の解けた僕を見て、5人は歪んだ笑みを見せた。
「お、マジに“ショボ助”じゃん。やりィ!」
「だな。こーりゃ後で美味ぇぞ。オウお前ら、石山クンに知らせとけ!」
ショボ助という仇名。そして石山クンという名前。
その2つを聞いて、僕はすぐにピンと来た。こいつら、石山の取り巻き連中だ。
偶然か網を張っていたのか、僕が和紗の後をつけているのを嗅ぎつけたんだ。
「は、離せぇっ!!」
僕は必死にもがいた。でもどれだけ力を込めたって、複数人のチンピラに押さえ込まれたらどうしようもない。
裏路地に引き摺りこまれたせいで、もう和紗の姿は見えない。代わりに、路地の前をサラリーマンらしき人が通りかかる。
「た、助けてくださいっ!!」
僕は縋るような気持ちで彼に呼びかけた。彼がこっちを向き、目を見張る。
「ふざけんなよこのストーカー野郎が!!」
「観念しろや。このままサツんとこ引きずり出してやっからよ!!」
でも僕の声を掻き消すようにヤンキー達が騒ぐせいで、せっかくの希望の星も怪訝な顔で立ち去ってしまう。
彼の目には、僕が往生際の悪い犯罪者に映ったはずだ。
それにたとえ僕の言葉を信じたって、この刺青だらけの不良5人を敵に回そうという人がどれだけいるだろう。
「畜生、離せよォ畜生っ!!!」
僕は必死に叫ぶけど、状況を打開するきっかけにはなりえない。
ただ猿轡を噛まされ、後ろ手に縛られ、頭から袋を被せられて、真っ暗闇の中でどこかへ運ばれていくばかりだ。
『全身全霊を賭けて和紗を救い出す』
そんな僕の一世一代の覚悟も、悪意の前に呆気なく踏み潰されてしまった。
命を賭ける覚悟さえしてこのザマか。
悔しい。でも、まだ諦めない。まだ死に物狂いになるチャンスはあるはずだ。
いくら世の中が理不尽だったって、希望が一つもない訳がない。
きっと、きっと。
※
気がつけば、僕は椅子に腰掛けたまま体を拘束されていた。
無機質な部屋だ。割れた窓やひび割れたコンクリート壁から見て、廃ビルの一室って所だろう。
その荒れた環境に似つかわしい連中が、僕を取り囲むようにして座り込んでいる。
見える範囲だけで大体10人ちょっと。揃いも揃って、まさに『ガンを飛ばす』という感じの品のない目つきだ。
ただその口元には、妙な薄笑みが浮かんでもいる。
「よぉ、目ぇ覚めたかよショボ助」
真っ黒に日焼けした一人が僕に近寄り、馴れ馴れしく肩に手を置いてきた。
僕は無意識にそいつを睨みあげる。
「おー怖ぇ怖ぇ、完全にキめてるヤツの目だわ。つっても、喧嘩して負ける気は1パーもしねぇけどな」
色黒は完全に僕を侮った様子で、周囲の笑いを誘っていた。
どこまで心が捻じ曲がれば、この状況でそんな事ができるんだろう。
「……ここはどこだ。僕をこんな所に閉じ込めて、どうするつもりだ!」
僕は腹の底からの恨みを込めて言う。
普通この声色を出されれば、相手は何らかの異常を感じ取るはずだ。
でもここの連中は、大勢で群がっている強気からか、それとも僕という人間を虫のようにしか思っていないのか、余裕の笑みを絶やさない。
「あのさーショボ助、ちっとは言葉選んだ方がいいぜ。これ、一応忠告だから。
オマエ今、石山クンにガチ切れされてんだよ。ちっとは俺らに媚売っとかねーと、マジで死ぬって」
ここで集団の笑みが少し変わる。可哀想に、と他人事で憐れむような顔だ。
よっぽど石山というバックが心強いらしい。でも今の僕にとっては、まさにそれがNGワードだ。
「石山? 一体アイツが、僕に何を怒るっていうんだ……頭に来てるのはこっちだ!!」
声を限りに叫ぶ。ビルの壁に僕自身の声が反響する。
これには流石に一瞬場の空気が凍りついた。でも、一瞬だけだ。
「っせーし。死ねよオマエ」
「いやいや落ち着けって。今死なれたら面白くねーだろ」
「お、そういやそーか。もうそろそろじゃね?」
何人かがそんな会話を交わした後、意味深な笑みを浮かべる。その笑みは、それまでのどんな顔よりも僕を不安にさせた。
「な、何だよ……何があるっていうんだよ!」
耐え切れず、僕はその数人に問う。すると連中は顔を見合わせ、噴き出した。
「いや、何っつーかさ。お前がチョロチョロ変な事してっから、石山クンがブチ切れてんだよ。
そろそろお前のカミさんが石山クンとこ着く頃だけどよ、キッツい事されんぜー多分」
「!!!」
色黒の言葉が心に刺さった。息が急に苦しくなる。
和紗……そうだ、和紗が!
僕自身に暴力が来るのなら、いくらだって耐える覚悟はある。でも、和紗が虐げられるのは我慢ならない。
「ひっ…………や、やめてくれ!!やめっ、させてくれっ!!!」
僕はしゃっくり混じりに哀願する。自分より年下だろう不良達に、不自由な頭を下げて。
でもその必死な哀願は、周囲の笑いを買うばかり。
そしてそんな中、不良の一人のポケットから音楽が鳴り響く。
そいつはポケットからスマートフォンを取り出し、満面の笑みを浮かべた。
「あららー残念だわショボ助くん。もう奥さん着いちゃったって!」
そう言いながら僕に向けられた画面には、ある映像が流れていた。
どこかのマンションの一室をぐるりと映した映像。
一目でわかる巨体の石山が腕組みをし、それを取り囲むようにして厳つい連中が並んでいる。
その中には、明らかにネットの動画で見た体格の人間が何人もいた。
中には本格的なビデオカメラを構えている人間もいて、いよいよAVの撮影現場という風だ。
そしてカメラが振り返り、入り口付近を映す。
一人がドアを開けて招き入れたのは…………紛う事なき、今朝見たままの格好の和紗だった。
和紗は部屋に入るなり、ビデオカメラに気付いたんだろう、やや不機嫌な顔をする。
『…………今日も撮るの?』
『おう。つっても最近は毎回撮ってんだろ』
答えたのは石山だ。元々極端にガラの悪い声なせいで、機嫌の程は判らない。
和紗はひとつ溜め息を吐いた。
『まぁ気にすんな。いつも言ってるが、身内で楽しむ用だからよ』
石山の声がそう続ける。
その瞬間僕は、頭にカッと血が上るのを感じた。
あれだけ大量の動画をネットに流しておいて、よくもそんなウソを。
可哀想に和紗は、その事実を知らないからあんな映像を撮らせてたんだ。やっぱり騙されてたんだ!
思わず奥歯を鳴らす。周りの連中から笑いが起きるが、どうだっていい。
朝から胸に渦巻いていたドス黒いものが、さらに濃さを増していく。
映像の中で、和紗がベッドに腰掛けた。ただし、普通にじゃない。
和紗の背後に日焼けした男が滑り込み、自分の足の上へ和紗の腿を乗せるようにさせる。
男に背を預けた大股開き。ミニスカートだから、当然ショーツが丸見えになってしまう。
まるで西洋の娼婦が穿くような、レース入りの黒いショーツ。家の洗濯物としては見かけたことのない代物だ。
男は遠慮なく、その黒ショーツを指で撫で上げる。
『んっ……』
和紗から、鼻を抜けるような吐息が漏れた。感じたのか。まさか、あれだけで?
とても信じられない。でも、男のもう片方の手がブラウス越しに乳房を弄りだすと、表情までが妖しくなりはじめる。
『っは、やらけー。つかマジでノーブラのまま来たんだ?』
男はそう言った。ノーブラ、と。
まさか。そう思う僕に見せ付けるように、男の手がブラウスをたくし上げていく。
その下から現れた乳白色の肌には……確かに、隠すものはない。彼女自身の乳房が、豊かに実っているだけだ。
今朝彼女を見たとき、やけに胸がやわらかそうに思えたのはこういう訳か。
『ナマチチのまま出歩くのって、どんな感じだった? ノーパンの時とどっちが興奮した?』
男は愛撫を続けながら、さらに衝撃的な発言を繰り返す。
『……寒いだけ。興奮なんか、する訳ないでしょ』
和紗は顔を横向けながら、吐き捨てるように言う。僕は少し安心する。
でも直後の男の言動が、すぐにそれを打ち消した。
『んー、本当かなぁ。なんか乳首の先勃ってるっぽいんだけど。こっちも……どうかな?』
男は和紗の右乳首を弄びつつ、ショーツの中にまで手を入れる。
ショーツに凹凸を作りながら、繊細に動き回る指。明らかに僕なんかとはスキルが違う。
和紗の太腿がピクピクと反応するのも、表情がたまに強張るのも、仕方がないと思えるほどに。
十分に待つ必要すらなく、映像の中に水音がしはじめる。
くちゅ、くちゅっ……という水音。発生源は明らかだ。
『ほーら、もうこんなに濡れちゃってる。やっぱりオッパイ丸出しで興奮してたんでしょ?』
『ち、違……う…………!』
『へぇー、違うんだ。じゃあこれって、フツーに俺の指で感じてるってこと? それはそれでヤバくねぇ?』
『…………っ!!』
男は慣れた様子で、和紗に言葉責めを掛けていく。和紗はそれに一々正直な反応を示し、翻弄されていく。
らしくない。居酒屋で酔っ払いに絡まれていた時には、当意即妙に答えていた彼女なのに。
すっかり場に呑まれているんだろうか。それとも、感じてしまって余裕がないんだろうか。
いずれにせよ今の彼女は、蟻地獄でもがく蟻のようにしか見えない。
やがて男は、和紗のパーカーとフリルシャツを器用に脱がせ、両脚を揃えさせてからスカートも脱がせきった。
最後にすらりとした脚の間を黒ショーツが滑り降りれば、和紗の身体を隠すものは何もなくなってしまう。
ひゅう、と僕の周りの連中が口笛を吹く。
改めて映像の中で真正面に捉えられるのは、毛の綺麗に剃り上げられた和紗の秘部だ。
今度はモザイクなし。
実に半年ぶりに目にする妻のアソコは、かなり印象が違っていた。
見惚れるぐらい鮮やかなピンク。それが僕の持つイメージだ。
でも今見えているそこは、内側こそピンクではあるけれど、陰唇の色素沈着がすっかり進んでしまっている。
明らかに『使い込まれている』。当然、僕以外の誰かによって……。
映像が引きに戻ると、いつの間にか責め役が2人に増えていた。
さっきの男は背後から和紗の乳房を揉みしだく事に専念し、また別の一人が和紗の秘部に触れていく。
『今日もまた綺麗に剃ってきてんなー。これ、ダンナに何か言われないの?』
『あっ……はぁっ…………あ、あの人とは、もう、ずっとしてないから…………』
『えっマジで?こんなエロい身体した嫁と!? うーわ勿体ねー』
男の質問に喘ぎながら答える和紗。その表情が辛そうなのが、せめてもの救いだ。
交わされている会話の内容そのものは、胸をひどく抉るけれど。
『そういや最初にココ剃った時さ、よく見えるようになったからっつって、クリで散々イカせまくったよな。
アレ、何回イッたか覚えてる?』
男が指先でクリトリスを弄びながら問う。和紗はゾクッと肩を震えさせた。
『うっ、あ……!! あ、あ、えっと…………よ、よんじゅう、いっかい…………』
『お、スゲー覚えてんじゃん。ま、イく時には絶対言えっつって、一々イッた回数カウントさせてたもんな。そりゃ覚えてっか』
『なんか凄かったもんなー。最後の方は、脚攣らせながらイグゥーイグゥーつって、すンげー顔なってたし。
あれ録画失敗してたのはマジ痛かったわ』
『おー、あのローターやらマッサージ器やらメンソールやら電動歯ブラシやら、ゴソッと用意した時な。あん時ゃ凄かった!』
恐ろしい話が流れるように出てくる。
和紗がクリトリスで連続絶頂…………
凄い顔…………。
ネットの映像にすらなかったそれを、こいつら皆が見ていたのか。夫である僕を差し置いて。
また、ドス黒いものがこみ上げる。しばられた手が震える。
「ははっ、ショボ助キレてやんの」
「ヨメが他所の男に延々クリ逝きさせられてましたーなんて聞かされたら、そりゃ頭に来るわな。カワイソー旦那様」
スマートフォンを構える一人とその他が、僕を見下ろしながら嘲り笑う。
映像内での愛撫は続く。
和紗の背後にいる男は、乳房を丹念に刺激していた。
乳房を下から揉み上げ、尖ってきた乳首を捻り潰す。すると出産を経験した和紗の胸からは、白い母乳が噴き出した。
本来なら、僕らの子供に与えるはずだった母乳。男はそれを面白がって絞り続ける。
『はぁ、はぁっ…………やめて、無駄に絞らないで…………』
『バーカ。こんな揉みごたえのあるデカパイ、放っとくかっつーの』
和紗が何度非難しても、男に聞き入れる様子はない。
母乳は和紗自身の意に反して次々に飛沫き、お腹のラインを細かい粒として伝い落ちていく。
一方、和紗の正面に陣取った男は、クリトリスと秘裂の両方を同時に責めていた。
クリトリスを柔らかに転がしつつ、膣内に差し入れた指をコリコリと動かす。
『あっ……あっ、ああっ!…………あっ、は、ん…………あっ、あっああ……あ………!!』
和紗は唇を噛んで快感に耐えつつも、時々口を開いて堪らなさそうに喘ぐ。
責めが長引くにつれ、その頻度は逆転していった。舌が覗くほど開いた口からは、今にも涎が垂れそうだ。
もうそれほどに、和紗の表情は蕩けてしまっている。
『オラ和紗、そろそろイキてぇんだろ。いつもみてぇにおねだりしてみろ!』
石山のがなり声がする。和紗はその方向を一瞥した後、また視線を下に落とす。
そして唇を噛みつつ、たまらないといった様子で喘ぎ続ける。
『んんんっ……ぁはぁっはーっ……くぁあ、あっああっ……ん゛っ、ふんんん゛っっあああ………………!!!』
『何だよ、今日はまたやけに頑張るじゃねぇか。不甲斐ねぇダンナに操でも立ててきたか!?』
石山がさらに茶化し、場に笑いが起きる。
僕だけは、唇を噛みすぎて血が出るほどだったけれど。
和紗はよく我慢していた。
何度も何度もシーツの上を足指で掻き、内腿を痙攣させて。
僕の周りから、スゲーな、という呟きが漏れるぐらいに。
ただそれでも、いつか限界は来る。仕方ない。映像内の連中は、僕でもわかるくらい女の扱いが巧みだ。
男の指が膣の上側――たぶんGスポットの辺り――を押さえるたび、腰どころか全身がガクガクと痙攣する。そんな状態が普通なわけない。
『…………はぁっ、はっ……も、もう、焦らさないで、頭がヘンになっちゃう…………』
『そ。なら、おねだりだろ。ホラ、いつもみてぇに言ってみろ』
『っ…………!!』
ずっと俯き通しだった和紗が、ここでようやく顔を上げる。
ほとんど泣きかけのその顔は、彼女がどれだけの無理を重ねたのかを物語っていた。
『………お願い、します…………おまんこに入れてください。
………………私のおまんこを、いっぱい犯して…………ぐちゃぐちゃにして下さい』
挿入を乞う言葉にも迷いはなく、過去に何度もその屈辱的な宣言を繰り返してきた事が窺える。
『ふー、ようやくかよ。もうミルクやらマン汁やらでシーツグチョグチョじゃん。マンコからもすっげー牝の匂いしてっし』
『ケンジとリュウト2人がかりで責められてここまで耐える女とか、久々見たんだけど』
『だな。まぁそん代わり、クリがもう角みてぇになってっけど。さっきまでの反応だと、Gスポも思っきり目覚めてるっぽいし。
ここまで温めてから突っ込みゃ、まーたスゲェ声出んぞー?』
『っしゃあ、派手にヤっちまえテメェら!!』
石山の怒号をきっかけとして、映像内の連中が次々に立ち上がる。勃起しきった立派な物を扱きつつ。
まさに逞しい雄の群れだ。その雄の群れは、我先にと力の抜けた雌に群がっていく。
弱った一頭のシマウマが、ライオンの群れに食い荒らされる動画――
ふと、それが脳裏に甦った。
ベッドに引き締まった体付きの男が横たわり、その上に数人の手で和紗が乗せられる。
大きく開かれた股座に怒張の先が宛がわれ、和紗自身の自重でずぶずぶと入り込んでいく。
僕にはそのあまりに衝撃的な光景が、スローモーションで見えていた。
妻が、別の男に挿入されているんだ。
ようやくにしてそう認識した瞬間、体中に怖気が走る。
「――――やめろぉおっ!!!」
僕は縛られた身を捩り、力の限り叫んだ。
「おい、汚ねーな。画面にツバ飛ばしてんじゃねーよショボ助!」
「ヨメが目の前で突っ込まれてテンパってるわけ? でも正直、お前なんかよりシンゴの方がよっぽどお似合いだから」
周りにいる人間が口々に僕を詰る。でも、そんなことは些細な問題だ。
ショックなのは、和紗が別の男に挿入されたという事実。
ネットの映像にも、和紗と男優が性交しているシーンはあった。でもそれは所詮、モザイクに塗れた過去の記録だ。
でも今見ている映像には、一切モザイクがない。嫌でも和紗本人だと理解できてしまう。
そして何より、この映像はライブ映像だ。和紗は今まさに、どこかのマンションで犯されているんだ。
そう考えると、胸がざわついて止まらない。
でも僕にできるのは、画面を見ながら『やめろ、やめろ』と叫ぶ事だけ。
そんな僕を嘲笑うかのように、画面の中では激しいセックスが行われている。
『あ……あっ、あ…………あ、あ…………あっ…………』
和紗は天を仰ぎ、汗まみれで喘いでいた。その背中は弓なりに反り、腰は男のごつい手で鷲掴みにされている。
下になった男は、手に血管を浮かせながら力強く和紗の腰を引きつけ、同時に腰を打ちつけてもいるようだ。
ギシッ、ギシッ、ギシッ、と凄い音でベッドが軋む。
僕の遠慮がちなそれとはまったく違う、獣のような荒々しいセックス。
よく慣れた男からそれをされれば、さぞかし気持ちいいだろう。他ならぬ和紗の余裕のない表情が、その推測を裏打ちしている。
『ああ、いい。この女のマンコ、マジで病み付きだわ』
突き上げる男が感想を漏らした。女慣れしていそうな彼にとっても、和紗の中は良いらしい。
でもその事実だって、到底喜ぶ気になんてなれなかった。本当なら、そこは世界中で僕だけが占有できるものなんだ。
『そうか、ならもっと激しくやってやれ。後ろもオラ、空いてんだろうがよ。誰か突っ込めや!』
監督気取りなのか、石山のがなり声がまた部屋に響く。
その一声で何人かの男が薄笑いを浮かべ、和紗を取り囲んだ。
一人が和紗の背中を押し、下になった男に覆い被さる格好を取らせる。当然、和紗からは小さな悲鳴。
でも彼女にしてみれば、押されたことより、今からされる事の方が恐怖だろう。
映像がややアップになり、和紗の肛門を接写する。
かなり“使われた”らしく、肛門は平時でも小指の先ほどの大きさに開いていた。
そこに男の指がワセリンを塗りこめ、その手前では別の一人がコンドームを嵌めて準備を整えている。
そして男の怒張がついに肛門へと宛がわれた瞬間、和紗の腰は小さく震えた。
『やめて…………お、お尻は、もう………………っ!!』
『よく言うぜ、あんだけ散々尻の穴でイッといてよ。今日はハードな撮影するって決まってんだ、観念しろや』
和紗の哀願を聞き届ける人間はいない。
一度肛門に宛がわれた亀頭は、何の遠慮もなく奥へと入り込んでいく。膣の時よりずっとスムーズだ。
『へっ、何がやめてだ、こんなにあっさり咥え込みやがって。
ああぁしっかしヤベェ、マジ締まる…………最高だぜこいつのアナル!』
男は挿入を深めながら呟いた。心から気持ちいいという風で。
カメラが引かれ、和紗の全身を映す距離で止まる。
和紗は前後の穴に男を迎え入れながら、苦しげに背後を振り返っていた。
背中といい額といい、身体中にじっとりと汗を掻いているのが光具合で見て取れた。
何より僕の心を抉るのは、その手。
皺だらけのシーツを掴むその左手薬指には、小さな小さなダイヤの指輪が光っている。
それは、“犯されているのはお前の妻なんだぞ”と念押しするかのようだ。
悔しい。
恨めしい。
いっそ人目も憚らず泣いてしまいたい。
でもそんな気分にも関わらず、なぜか僕の分身には血が巡り始めていた。
スタイルのいい男女の絡み……それを頭のどこかが客観的に見て、興奮に変えてしまっているらしい。
そしてそんな僕の変化は、当然周りに見つかってしまう。
「お、オイオイオイショボ助よぉ、お前なに勃たさせてんだよ!?」
一人が僕の下半身を見て大袈裟に騒ぎ、他の連中もそれに追随する。
「うわマジだ、引くわー。嫁がやられてんの見て勃起とか、マジ最低じゃん!」
「あの嫁も可愛そうだよな、守ってくれるはずのダンナがこんなんじゃあよ!」
口々に好き勝手を言ってくる。僕は周りを睨みつけた。
「最低だと!? こんな事してるお前らなんかに、そんな事言われる筋合いはないっ!!」
声を限りに叫んでも、連中の嘲笑は止まらない。
悔しさのあまり暴れようとするも、椅子に縛り付けられた手足はうっ血するばかりで少しも動かない。
そしてアドレナリンを出した影響か、余計に勃起が激しくなってしまう。
「まーまーまー、落ち着きなって。そんなに出したいなら、せめて手でしたげるからさ」
その声と共に、背後から一人の女が姿を現した。
笑い声から女がいる事はわかってたけど、こうして目の前に来られると、やけに羞恥心が煽られる。
改めて顔を見て……僕は、また別の意味で表情を強張らせた。
こいつ、木曜に見た映像の中で、和紗を弄んでいた女だ。
「うわ、すっごい睨まれてる私。言っとくけど、アンタなんかにヤらせないからね。手でするだけ」
女は勘違い顔で嘲笑いつつ、僕の勃起したものを握り締める。
「うっ!!」
女の手は柔らかく、それだけでかなりの快感が来た。
アレの周りを生暖かい柔肉でくるまれている……その状況が、目の前の映像とリンクするのがまた危険だ。
女の手がゆるゆると扱きを始めると、つい和紗の中へ挿入しているような錯覚に陥ってしまう。
そして悪いことに、今の映像はちょうど、和紗の肛門を犯す男に近い視点だ。
「ほぉーら、奥さんのお尻の中に挿れてるみたいっしょ。あ、それだとしっくり来ないかな?
アンタみたいなクソ真面目そうなタイプって、アナルセックスしなさそうだもんね」
女は毒を吐きながら、僕の逸物を刺激し続ける。
「やめろ! やめてくれ!!」
僕はそう叫びつつも、刻一刻と興奮が高まっていくのを感じていた。
「何言ってんの。アタシの手の中でギチギチに大きくしちゃってるクセに。
アンタ、ヒョロい見た目の割にはそこそこ大きいね。ま、石山には一瞬で上書きされるサイズだけど。
うわっ、とか言ってるうちに先走り出てきたし」
女は僕を詰りつつ、鈴口から少し漏れた汁を亀頭全体に塗りこめてくる。
「うあ!!」
その刺激はかなりのもので、僕は思わず腰を跳ねさせた。
「はは、レイナお前やっぱすげーわ。そんな奴にまで奉仕するとか」
「完全に風俗嬢の貫禄だな。まぁ石山ガールズもお水も、似たようなもんか」
「は?うっせーし。それ本人の前で言ってみろっつーの」
ざわつきながらも、縛られた僕への嬲りは終わらない。
この女はかなり性的なサービスに慣れているにもかかわらず、あえてギリギリ達さない程度に刺激しているらしい。
生殺し、という奴だ。
もっとも僕の情けない姿を見て楽しむのが目的だろうから、それが当然ともいえる。
僕は居たたまれなくなり、視線を正面……スマートフォンに映る映像へと戻す。
映像内ではいつの間にか、前後の穴のみならず、口にまで咥えさせられる三穴責めが始まっていた。
今まさに、口から逸物が一旦引き抜かれたところだ。
濃厚な唾液の線が、和紗の赤い舌と赤黒いペニスの先を繋いでいる。
和紗は眉を垂れ下げ、目を閉じたまま口だけを控えめに開いていた。明らかに弱りきったような表情だ。
でもその力ない表情も、二穴を男に突き上げられると一変する。
目を見開き、口も『あ』の字に大きく開いて。
下になっている男の顔は見えないが、背後から肛門を貫く男の顔ははっきりと映っていた。
まさに獲物を捕食する獣のような、ギラついた笑みだ。
この男は上腕の筋肉も凄まじい。そんな彼から渾身の熱意を込めて肛門を穿たれれば、和紗がたまらない表情をするのも無理はない。
勿論、下から膣を突く男の動きも半端じゃない。
プロのAV男優さながらに、力強く、そしてリズミカルに子宮を突き上げているのが見て取れる。
さらに言えば、前後の男の動きに一切の不自然さはない。
薄皮一枚を隔てて、絶妙なコンビネーションで絶え間なく前後の穴を責め立てる……これはさぞきついだろう。
でも和紗には、悲鳴を上げる暇さえない。
『ふむ゛ぅっ!?』
叫ぼうとした和紗の口に、また一本のペニスがねじ込まれる。
そして頭頂部を大きな手の平で押さえ込まれたまま、強引にイラマチオに従事させられる。
延々とその繰り返し。思いやりなんて欠片もない、完全な陵辱現場だ。
「うわー、奥さんカワイソー。あんなガンガン突っ込まれたら、アタシだって参るわ。
なんか、『助けてぇー』って心の声が聴こえてくるみたいじゃん?
これはショボ助くん、責任重大だよー。奥さんがあんなハードな撮影させられてんの、アンタが石山キレさせたせいだかんね。
こんな、くっさい先走りドロドロ出してる場合じゃないと思うんですけどぉ?」
女にそう囁かれ、僕の脳裏でまた一本の血管が切れる。
「うるさい、黙れぇっっ!!!」
今まで出した事もない声が出た。喉を潰されながら絞り出した声みたいだ。
実際今の僕は、ほとんどまともな呼吸ができていない。心臓の鼓動もまともじゃない。
ストレスと怒りで、頭がどうにかなりそうな状況なんだ。
それでも、男としての本能だけは普段と変わらない。女に生殺しを続けられた僕の逸物は、いよいよはち切れんばかりになっている。
おまけに映像の中の光景も、いよいよ激しさを増してきていた。
今、和紗は屈曲位で、入れ替わり立ち代わり色んな男に犯されている。
モザイクがないから、赤黒いペニスが和紗の中に入っているところが丸見えだ。
抜群にスタイルのいい和紗の身体が、腰から半分に折れ曲がり、男に圧し掛かられている姿。
深く突きこまれるたびに強張る足指。
熱に浮かされたような顔。
映像はそれを余す所なく映していく。僕に見せ付けるかのように。
「あはっ、すーごい暴れだしてきた。奥さんの感じてるキモチが、伝わってきちゃった?」
女が嘲笑う。確かに僕の分身は、彼女の手の中で焼けた棒のようになっていた。
興奮してるんだ……犯される和紗を見て。
そう思うとはらわたが煮えくり返り、でもその興奮がまた、僕の勃起をより痛々しいものに変える。
情けなくて、涙が抑えきれなくなる。
「オイオイ、泣くなってショボ助!」
「嫁のレイプシーン見ながらJKに扱かれてギャン泣きかよ。ホント情けねー野郎だなマジで。
俺がもしンな状況になったら、せめて目ぇクッと見開いて耐えるぜ?」
「フツーそうだろ。こいつがショボいだけってハナシ。だからショボ助」
「なーる。石山クンのネーミングセンス、パねぇな」
四方八方から侮蔑の言葉が降ってくる。どいつもこいつも、ガムを噛みつつのだらけきった顔。
同じ空間にいるのに、地獄の業火に焼かれるような僕とはまるっきり違う。
思い出した。これがイジメだ。『群がった弱者』が『群がれない弱者』を食い物にする、この世でもっとも深い闇だ。
イジメを受けるだけなら慣れている。
僕が虐められる事で何かが改善するなら、それも仕方ないと許容もできる。
でも…………そのイジメの為に、和紗をダシに使う事だけは許せない。
「畜生…………!!!」
僕は奥歯を噛み合せながら恨みの声を漏らす。
そうして僕が感情を爆発させればさせるほど、映像の向こうはひどい事になっていく。
『オウ、そろそろ代われ!』
映像内に石山の声が響く。その瞬間、和紗に群がっていた連中は素早く身を引いた。
続いて画面に映りこむのは、見事な力士体型をした猿山のボスだ。
奴はベッドに悲鳴を上げさせながら和紗に近寄り、乱暴に脚を払いのける。
和紗の顔が強張った。石山みたいな奴にセックスを求められれば、誰だってそうなる。
石山が何かを呟きながら、和紗の腰を掴んだ。そして、次の瞬間。
『う゛っ……!!』
和紗から低い呻きが漏れる。かなり苦しそうだ。
石山はその声を聞いて逆に機嫌を良くし、欲望のままに腰を使い始める。
他の連中とはまるで違う、異常なセックスだ。
まず絵面がひどい。細身の和紗の上に猪のような巨体が圧し掛かっている様は、それだけで心配になる。
そして石山が腰を動かすたび、木製のベッドはギチュウイッ、ギチュゥイッ、と聞いた事もない軋みを上げた。揺れ方もいつ壊れるかと思うレベルだ。
その震源地には和紗がいる。深く眉を顰め、苦しそうな口を形をした和紗が。
『ぁあっ、ああっ…………ふ、太……い…………!!』
よく聞けば和紗は、掠れ声で何度もそう言っているみたいだ。でも石山の出す音が大きすぎて、ほとんど聴こえない。
動きも声も封殺し、ただ男側の欲を満たす為だけに行われる性行為。これをレイプでなくて何だろう。
でも和紗は……僕の妻は、そのレイプで感じさせられているみたいだった。
上半身は万歳をする格好で、頭上に腕を投げ出している。
下半身は石山の巨体に覆い隠されて見えない。
その断片的な情報だけでも、和紗が絶頂へと押し上げられつつある事が伝わってくる。
上下に弾む母乳まみれの乳房。
たまらないという様子でシーツを掻き毟る手足の指。
ビクビクと痙攣する身体。
映像はそれらを舐めるようにクローズアップし、僕の心を散々に掻き乱す。
そして、ついに。
『 い く ………… 』
和紗がその言葉を発した。その瞬間……僕の中で限界が訪れる。
すでに動きを止めていた女の手の中で、僕の逸物は盛大に跳ねた。
2度、3度と跳ねた後、自分でも驚くほど大量の精液を撒き散らしはじめる。
「う、うわっ! あはっやだ、すっごい量!!」
女は慌てつつも笑顔を崩さず、どこか面白そうに僕の逸物を扱く。
その快感が駄目押しとなって、さらに大量の精液が溢れ出ていく。
薄目で見る映像の中では、和紗もちょうど達したところらしかった。
背中を弓反りにし、顔を横向けたまま、細かに痙攣を続けている。
それを押さえつける石山の体も脈打っており、まさに和紗の中に射精している最中だとわかる。
僕はただ、その光景をぼんやりと眺めていた。全てが終わったような気分で。
でも、それは間違いだった。
『はぁっ、はぁっ…………』
ようやく石山の拘束から開放された和紗は、汗と精液に塗れたままベッドを降りようとする。
ところが、その和紗の腕を石山が掴んだ。
『待て。誰が終わりっつったよコラ!』
ドスの利いた声がした、その直後。石山は和紗の顔を鷲掴みにし、無理矢理に逸物を咥え込ませる。
『むぐっ!?』
当然、和紗は混乱していた。目を見開き、何が起こったのかと顔中で訴えている。
でもあの石山に頭を鷲掴みにされては、押しのけるなんて夢のまた夢だ。
『ちょうど催しててよ。ザーメンの次は、小便を飲ませてやる』
下腹に和紗の顔を押し付けたまま、石山は言った。
僕は思わず耳を疑う。きっと和紗も。
でも言葉の意味を理解する時間すら、僕らにはない。
『うっ、出るぜ!!』
その一言と同時に、石山の腹部がやや凹むのが見えた。そして直後、和紗の様子が変わる。
『っ!? ごっ、ごぼっ…………げごっ、ごぼっ…………!!!』
その声と共に、苦しそうに悶え始める。さらに三秒後、その桜色の唇からは、黄色い液体が大量に溢れ始めた。
あからさまに不健康そうな、まるでドリンク剤のような黄色。それが和紗の喉に流し込まれている。
動画の中では笑いが起きていた。
「くひひっ。出た出た、石山クンの変態シュミ」
「可愛いコ見つけるたびに、あーいう事すっからなぁ石山クンは。可哀想だねーあのコも」
「ま、わざわざ石山クンに近づくような真似した罰っしょ」
僕の周りでも、何人かが平然とした顔で噂しあっている。
こいつらはなぜ、ここまで異常な物を見て笑ったり、平然とした態度でいられるんだ。
『がはっ……! げほげほっ、ぅがはっえほっ…………!!!』
映像の中では、ようやく開放された和紗が盛大に尿を吐き戻していた。
『おーおーおー、オマエ何吐いてんだよ。ベッドこんなに汚しやがってよ。
それともまさかそういうシュミか? だったら、そっち方面でやってもいいぜ。
どっちにしろ今日はハードな撮影にするつもりだったしよ。
オウお前ら、イチジクと洗面器…………あと“アレ”、出して来いや!!』
和紗の髪を掴みあげながら、石山が怒声を上げる。
僕はいよいよ怪しくなっていく雲行きを前に、裸のまま、ただ呆然と座っているしかなかった。
何分が経っただろう。
一旦映像の途切れたスマートフォンから音が聴こえ、僕は顔を上げた。
画面に映っているのは、口の開いた青い箱と、真ん中を潰されたイチジク型の容器。
たしかイチジク浣腸というものだ。便秘の時なんかに使うそれが6個、床に転がっている。
すでに使用済み……じゃあその中身は、何処へ行ったのか。
最悪な想像が頭を巡る。
映像はしばらくイチジクの空容器を、こちらに見せ付けるようにして撮影していた。
それを背景に、何か水音のようなものがしている。
ちゅぱっ、ちゅぱっ、という音だ。僕は、直感的にフェラチオの音だと理解した。
その答え合わせとばかりに、ここでようやく映像が動く。
カメラが上に振られた先、マンションの廊下らしき所に、和紗の姿が映し出される。
僕は息を呑んだ。
和紗は中腰よりもっと深い、相撲でいう蹲踞のような格好で、仁王立ちした男の物を咥え込んでいる。
上半身は丸裸。
下半身にはショーツが穿かされ、一点だけ突き出した肛門部分では、紫色のバイブが唸りを上げていた。
潰れた6つのイチジク浣腸と、栓の様な肛門バイブ……僕の中で、疑惑の点がつながっていく。
和紗は浣腸を施されたまま、ああしてフェラチオを強要されているんだ。
何人かを口でイカせたら出させてやる、というところだろう。いかにも石山が考えそうな嫌がらせだ。
声を聞く限り、場はそれなりに盛り上がっているようだった。
遊ぶ人間の側は楽しくても、やらされる和紗の方は堪ったものじゃない。
和紗の表情は苦しそうだ。
喉まで咥え込まされる苦しさもあるだろうけど、表情が歪むタイミングは、腹部からの腹鳴りに呼応している。
ぐるる、ぐぉるるる……という、明らかに余裕のなさそうな音だ。
自分に置き換えて考えるなら、あんな音がしている段階はもう、ひたすら内股になってトイレの事しか考えられない。
『うも゛ぉううっ!!』
仁王立ちの男に後頭部を押さえ込まれ、和紗の口から呻きが漏れる。
男はそれを楽しむように、髪を掴んで何度か喉奥までのイラマチオを強要した。
和紗がようやくペニスを吐き出すと、その表面にはべっとりと唾液の膜が纏いついている。
でも和紗は、その汚らしいペニスを迷いもなく握り締める。
『おねがい…………はやく、はやくイって…………!!!』
震える声で哀願しながら、必死に手でペニスを扱き上げはじめた。
表情は今にも泣き出しそうで、余裕のなさが切実に伝わってくる。
でもそうした涙ぐましい努力も、男には興奮のタネにしかならない。
『早くったってよぉ、ついさっきお前のマンコで抜いたばっかだぜ? そうポンポン何発も出るかっつの』
のらりくらりとそんな事を言いながら、和紗の表情を歪ませる。
そして自分本位に和紗に奉仕させた後、ようやくにして射精に至った。
この時点で和紗は、いよいよ腹鳴りもひどく、全身に水を浴びたような汗を掻いている状態だ。
蹲踞の姿勢さえもう怪しく、膝がガクガクと震えてしまっている。
けれども、これで開放という訳でもないらしい。また別の一人が、ニヤケ顔で和紗の鼻先にペニスを押し付ける。
和紗は一瞬弱りきったような眉をしたものの、すぐに唇を開いて咥え込んだ。
そこからまた、じゅぷっ、じゅぽっ、という水音が繰り返されはじめる。
『ん゛っ……んんん゛っ、んむ゛ぅ、ぉむ゛っ…………!!』
鼻から吐く和紗の息遣いは、刻一刻と荒くなっていく。
昔、畑仕事で根を詰め過ぎていた頃だって、ここまで息を切らした彼女は見た事がない。そこまで苦しいんだ。
そのうち脚の震えもいよいよひどくなって、蹲踞の姿勢を保てなくなる。
床にぺたりと尻餅をつき、目の前の男に半ば縋りつくような格好での奉仕になる。
肛門のバイブが床に当たり、ジジジジと耳障りな音を立て始めた。
「すんげぇカッコ。チンポ欲しいっておねだりしてるみてぇ」
「黙ってりゃ、どこのアイドルか女優かって感じなのにな。
こんなのが浣腸ぶっ込まれてアナル栓されてるとか、改めて考えっとスゲェわ」
「でもって、それ全部撮られてるっつうね」
僕を囲む連中が笑い混じりに言う。僕は目を剥いて睨むけど、誰一人として反応はしなかった。
思わず手足に力が籠もる。何度もそうしているせいで、縛られている部分はもう痛みの感覚さえない。
『おおお、いいぜ。ホントよく仕込まれたもんだよな。…………くうっ…………そろそろ出そうだ』
奉仕されている男が、顎を浮かせながら呻いた。それを聞いて、和紗は必死にスパートをかける。
両手で竿を扱きつつ、窄めた唇でカリ首から上を素早く刺激して。
その甲斐あって、男はついに射精に至った。
さも心地良さそうな声と共に、腰を震えさせる男。その精液をしっかりと口で受け止めてから、和紗は口を離す。
『はっ、はぁっ…………ほら、10人イカせたでしょ。約束よね、早くトイレに行かせて!』
汗まみれの顔をカメラよりやや左側に向け、必死に叫ぶ和紗。
その間にも、腹部の鳴りはひどい事になっている。
『お、もう10人だったか。悪いな、数えてなかったぜ』
石山は意地の悪い声で言い、和紗の表情を引き攣らせる。
『冗談だ、したけりゃさせてやる。オイ、置いてやれ』
その言葉が続き、画面外から一人が洗面器を持って現れた。そいつは和紗の真後ろに洗面器を設置する。
和紗はひどく震えながら腰を上げ、後ろを振り向きながら洗面器を跨ごうとし……
そこで固まった。
『どうした? したいんじゃなかったのかよ』
笑いを隠せない様子の石山の声。何人もの嘲笑。何かがおかしい。
『こ、こんな…………ひどい! ひどすぎるっ!!!』
和紗は、それまで動画内で見せたこともない鋭い瞳で石山の方を睨んだ。
どうしたっていうんだ。あのありふれた洗面器の中に、一体何があるんだ。
『今さらなにカマトトぶってんだ、肉便器が。
んなにイヤなのか、不甲斐ねぇダンナの写真にクソ引っ掛けンのがよ?』
不甲斐ないダンナの写真。石山は今、確かにそう言った。
そうか。あの洗面器の中にあるのは、和紗の表情を凍りつかせたのは…………僕の影か。
――気にするな、楽になれ和紗!
カメラ越しでさえなければ、彼女にそう言ってやれるのに。
彼女を、極限の便意と罪悪感の狭間で苦しませなくて済むのに。
和紗は洗面器に跨ったまま、真っ青な顔で耐えていた。何度も何度も唇を噛み、首を振って何かを紛らわせようとする。
でも、原始的な生理現象にいつまでも抗えるわけがない。
『あっ!? やっ、やめてぇっ!!』
男の一人が和紗のショーツをずり下ろし、肛門のバイブを揺さぶった時。それがトドメとなって、とうとう和紗は限界を迎える。
聞くに堪えないほどの汚辱の音。破裂音。洗面器に液状のものが叩きつけられる音。
それらに混じって、かすかな泣き声が聴こえてくる。それは間違いなく、膝に埋めた和紗の顔から漏れ聴こえている。
ビデオの中でも、僕の周りでも、この恥辱のショーへの喝采が沸き起こった。
その喧騒の中でも、なお和紗の泣き声が聴こえている。
「畜生…………畜生、畜生………………ちくしょう……………………」
気付けば僕は、うわ言のようにそう繰り返していた。
不思議な気分だ。胸に穴が空いたような、あるいはドロドロとしたタール状の何かが溜まっているような、よく判らない気分だ。
「うひひ、ご愁傷様ーショボ助クン。見てよこれ」
一人がそう言って、僕の鼻先にスマートフォンを近づけてくる。
画面の中には傾けられた洗面器がアップで映されていた。直視に耐えない汚物と、それに塗れた僕の笑顔の写真。
ただそれを見ても、僕の感情はおかしかった。
――ああ、この頃の僕は笑えてたんだ。
怒りや悲しみよりも先に、そんな他人事のような感情が沸いてくる。
たぶん今の僕の目からは、さっきまでのギラギラした敵意は消えているはずだ。
代わりに、淀んだような瞳になっている。傍目からは、絶望に沈む廃人のようにしか見えない瞳に。
「ハーイ旦那さん、縄解いてあげんよー……っと、あらら、なんか壊れちゃったっぽい?」
「あっこまでされたらな。ま、予定通りって奴じゃね」
「ショボ助さぁ。一応忠告だけど、これ以上奥さんの事に首突っ込まない方がいいよ?
石山クンって独占欲強いからさ。気に入った女がいると、その周りの男全員ツブしてくんだよね。
今回のはあくまで忠告。軽いジャブだよ。
でももしこの後も嗅ぎまわるようなら、俺ら全員で追い込みかける事になっから」
縄が切られながら何か言われたみたいだけど、頭が意味を繋げてくれない。
僕の心に宿るのは、たった1つ。
石山への、はっきりとした敵意。
隠さず言えば、僕はこの後身柄を開放されてからの数時間、自分が何をしたかの記憶がない。
確からしい事はいくつかある。
家には戻っていないこと。
どこかでかなり刃渡りのあるナイフを調達したこと。
何らかの手段で石山の居場所を探り当てたこと。
記憶がはっきりするのは、石山の巨大な後姿を見つけた瞬間からだ。
かなり酒が入っているのか、石山は千鳥足だった。取り巻きの姿もない。
この千載一遇のチャンスを逃す手はなかった。
僕は奴に走り寄り、全力の悪意を込めてナイフを突き出す。
ナイフの刃は思った以上にするどく、分厚い脂肪を簡単に貫き通した。
「ぐぉおおおおっ!!?」
石山は悲鳴を上げる。刺した直後の事で、思った以上に反応は早い。
石山が振り向く動作で、僕は後ろに吹き飛ばされた。
「てっ、テメェ………………!!!」
敵意を剥き出しにして凄む石山。荒くれとしての意地か、すぐに顔を殴り返してきたけど、覚悟していたほど痛くない。
背中を刺された痛みは想像以上らしい。
僕は煮えたぎる怒りのままに、石山の脚を刈って地面に引き倒した。そして、すかさず顔面を殴りつける。
「いい゛ぉあっ!!!」
一瞬にして石山の顔が歪んだ。でも、その程度で収まる怒りじゃない。
和紗を何ヶ月にも渡って虐げてきた人間だと思うと、自然に痛いほどの拳骨ができてしまう。
その拳を振り上げ、何度も何度も顔面に振り下ろす。石山の奥歯が欠けてアスファルトを転がっても、まだ。
「なんで和紗を襲った!答えろッ!!」
拳が血まみれになった頃、僕は石山の襟首を掴み上げて問う。
顔を真っ赤に染めた石山は、こっちを睨みつつも、僕の豹変振りに困惑しきっている様子だ。
「グブッ、クソッ…………俺じゃねぇよ。あ、あの女から誘ってきたんだ。
つまんねー旦那に愛想が尽きたから、変わったやり方で抱いて欲しいっつってよ!」
石山のその答えに、また僕の中のマグマが噴き上がる。
「ウソをつくなッ!!」
思わずそう叫び、石山の頭を殴りつける。ガグッ、という鈍い音がアスファルトに響いた。
「何、なん、だよチクショウ…………ウソじゃ、ねえっつ…………の…………」
石山はそう言い残し、グルリと白目を剥いたまま気を失った。
僕はその胸倉を掴みながら、ただ肩で息をする。
ウソじゃない? それこそウソだろう。
和紗が本当にそんな事を言ったなら、家を出る朝に決まって見せた、あの寂しそうな表情は何だっていうんだ。
こいつの言う事は何もかも嘘っぱちだ。僕の狂気に恐れをなして、自分の保身の為に適当な事を言っただけだろう。
どこまで、どこまで卑怯な奴なんだ!!
僕は完全に伸びた石山を前に、やり場のない怒りを燻らせる。
そんな僕を正気に戻したのは、通行人の甲高い悲鳴だ。
そしてその少し後、いくつもの足跡が近づき、強烈なライトが僕を照らす。
「動くな!!」
思わず身の竦むような怒号。
眩いライトの向こうに見えるのは、青い服に身を包んだ警察の人達だった。
※
裁判の結果、僕には実刑が下った。
初犯で情状酌量の余地もあるとはいえ、傷害の程度が重く、懲役1年8ヶ月。立派な前科者だ。
有罪判決が出て数日後、会社からは解雇通知が届いた。
ショックではあったけど、反論の余地はない。
只でさえここ数ヶ月ほど言動がおかしかった上、とうとう人を刺したんだ。そんな人間を雇っておくメリットなんてないだろう。
ただ1つの朗報は、石山にも罰が下った事だ。
奴は入院先の警察病院で、『今後一切和紗と接触しない』という誓約書を書かされたらしい。
さらには未成年淫行や本人の了承を得ない映像の流出なんかも明らかになって、別途余罪を追及される予定だそうだ。
僕の人生も破綻したわけだけど、とりあえずは痛み分けというところだろう。
そして僕は、2人の人間に頭を下げなくちゃいけない。
自慢の親友と、最愛の嫁。この世で最も大切にしたかった2人に。
「………………この、バカヤローが」
面会室の椅子に座った瞬間、英児は僕に言った。目が完全に怒っている。
彼と付き合いだしてから8年強、ここまで睨まれたのは初めてだ。
でも、当然だった。彼が任せろと言ってくれた以上、そうすべきだったんだ。
結局僕がやったのは、玉砕覚悟の特攻のようなもの。
石山に釘を刺すぐらいの効果はあっただろうけど、よくよく考えれば、その取り巻き達に報復の口実を与えたって事でもある。
僕自身は勿論、和紗の身にも危険が及ぶ可能性が依然として残ってしまっている。
たとえ時間をかけてでも、外堀から丁寧に埋めていくべき問題だったんだ。
「ごめん」
僕は、ただ精一杯に頭を下げる。でも英児は、腕組みをしたまま動かない。
さすがに愛想を尽かされたみたいだ。まったく僕はバカヤローだ。
「顔、上げろよ」
ふと掛けられたその言葉で、僕は英児の顔に視線を戻す。
そこには…………依然としてこっちを睨みつつも、少し口元を歪ませた笑みがあった。
「いくらバカでもよ。お前は、俺の親友だ。和紗ちゃんの事ぁ、今度こそ俺に任せとけ。
お前がいない間、俺が責任もって面倒みてやる。厄介払いも兼ねてな。
今日は、それ伝えに来たんだ」
耳を疑う。
許してくれるっていうのか。おまけに、和紗の面倒まで?
申し訳ない気持ちで一杯になる。でも今は、その厚意があまりにもありがたい。彼以上に頼れる相手が思いつかない。
「あ、ありがとう…………ありがとう!」
僕は無二の親友に向けて、また深々と頭を下げた。謝罪じゃなく、純粋な感謝の気持ちを込めて。
「いいからお前は、とっととコッチ戻って来い。ビールでも奢れって約束はチャラじゃねーぞ?」
そう言いつつ、ハリウッドスターのような爽やかな笑みを見せる英児。
本当に、彼と親友で良かった。彼こそは僕の恩人だ。
次は、和紗。
事件の当事者だけに取り調べなんかもあったみたいで、英児から遅れること数日の面会になった。
面会室に現れた時の表情も、明らかに元気がない。
「壮介は、私と石山とのこと…………もう全部、知ってるんだよね」
全部。
彼女が石山に調教されていたこと。SMめいたプレイを強要されていたこと。そしてそれを撮影され、ネットに流されていたこと、か。
「うん」
僕は頷く。和紗は視線をやや下げた。
「まさか、ネットにまで流されてたなんて。あんな奴の言うこと真に受けてた自分が、恨めしいよ」
「…………和紗」
僕は思わず妻の名を呼んだ。彼女の声色は、今にも自殺してしまいそうだったから。
無理もなかった。英児によれば、『ダイセキザン@番長』の動画はもう全て削除されているらしいけど、流出したという過去は消えない。
モザイクが掛かっていたとはいえ、自分の裸や痴態を何千という人間の慰み者にされたんだ。
「動画がネットに投稿されてたって知ったときは、正直、死のうかとも考えちゃった」
沈痛な和紗の言葉に、顔が強張る。
なんて声をかければいいんだろう。今この状況で、彼女に生きる気力を湧かせるには?
必死に考えを巡らせるけど、焦れば焦るほど、頭が真っ白になってしまう。
でも。それは杞憂だった。和紗はひとつ深呼吸をして、顔を上げる。
「――壮介がいなかったら、ね」
顔に浮かんでいたのは、聖母のような柔和な笑み。つらい状況だろうに、彼女はその笑みを僕にくれた。
「英児くんから聞いたの。壮介が、私の為に体を張って頑張ってくれてたんだって。
そこまでしてもらったのに、肝心の私が死んじゃったら…………ヘンだよね」
「あ、いやっそれは…………と、当然っていうか。ホラ、これでも僕、君の夫だから!」
こういう時の咄嗟の反応が、僕は本当に下手だ。つい、しどろもどろになってしまう。
和紗はそんな僕を見て、くすりと笑った。
よく見れば、今日の彼女はすごく血色がいい。頬なんてまるでリンゴのように赤くて、少し前までの彼女とは別人だ。
「私、壮介の帰りを待ってるよ。つらいことがあっても、寂しくっても、ずっと待ってる。
だから…………少しでも早く、戻ってきてね。」
和紗の笑顔を、これほど眩しいと感じたのはいつ以来だろう。
ああ、そうだ。初めて茶屋で彼女と出会った時…………あの時と同じなんだ。
彼女が僕の希望であることは、あの日から変わらない。彼女の為だったら、冷たい塀の中でも耐えられる。
模範囚として勤め上げて、なるべく早く彼女の元に戻ろう。そして、前みたいに2人で笑うんだ。
人生山あり谷あり。
苦難を乗り越えた僕らにはきっと、幸せな未来が待っているはずなんだから。
続く
その週の金曜、土曜はまさに地獄だった。
行動を起こすと決意したのが木曜。決行が日曜。
つまりその間は、心にマグマのような怒りを煮やしつつも、表面上は平静を装わなきゃいけない。
ぎこちない会話。ぎこちない視線。微妙な距離。
和紗は、僕の異変に気付いているような気がする。でも確実にそうと言えるわけでもない。
息苦しい。
昔は和紗といる時が一番癒されたのに、今は彼女といる時が一番落ち着かない。
最愛の女性であることは変わっていないっていうのに。
「和紗」
意味もなく妻の名を呼んでみる。
「……なに?」
和紗はくるりとした瞳で僕を見上げた。でもそれだって、前とは違う。
僕が呼びかけた瞬間に目を瞬かせ、かろうじて繕った仮面だ。
「ううん……何でもないよ」
僕もそういって仮面を作る。引き攣った笑顔の仮面を。
これが仮面夫婦という奴か。僕らに限って、こんな事はないと思ってたのに。
テレビで倦怠期の夫婦を見て、僕らはこうはならないよね、と笑いあった仲なのに。
もう、こんな状況は嫌だ。頭がおかしくなりそうだ。
今かろうじて正気を保てているのは、日曜という希望があるからに他ならない。
和紗の現状を暴き、全身全霊を賭けて救い出す。そしてまた、元の僕らに戻る。
僕はそれだけを心の灯りとして、真っ暗闇の週末を乗り切った。
そして、日曜日。
「…………じゃあ、行ってくるね」
いつものように、和紗は暗く沈んだ表情で告げた。もう用件さえ口にしない。
格好は相も変わらず扇情的だ。
白いフリルシャツに、ごく薄い鼠色のパーカー。チェックのミニスカートと、膝上丈の白いニーソックス。
12月の外着とはとても思えない。
薄着なせいか、いつにも増して胸に目が奪われる。やけに柔らかそうだ。
清楚そうなフリルシャツを巨乳が押し上げ、前を開いたパーカーがそのバストラインを縦断する様は、やたらと性を意識させる。
ミニスカートにしたって、今にもショーツが覗きそうなギリギリの丈。ニーソックスとの間に覗く太ももが眩しい。
ひどい精神状態の僕でさえ、思わずムラッとくるコーディネート。
――そんな格好で行くのか。
思わずその言葉が喉まで出かけ、かろうじて押し殺す。
今日だけはダメだ。不自然さを感じさせず、いつも通りに送りださないと。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
僕はそう言った。なるべく柔和な表情を意識して。
和紗は、
和紗は、なぜかこんな日に限って、何でもない表情を歪めた。
一歩距離を詰め、僕の肩を掴んで、目を真っ直ぐに覗き込んでくる。
思わずはっとするような気迫で。
「…………ねぇ、壮介。私、今でも壮介が大々々好きだよ。
子供がお腹の中にいた頃から、ずぅっと変わらずに大好き。それだけは信じてね」
その言葉を聞いて、僕は確信した。
やっぱり和紗は、ここ数日の僕の異変に気がついていたんだ。
だから僕の信用をなくしたんじゃないかと思って、こんなに必死に訴えてきてる。
「大丈夫。僕も和紗を愛してるよ。昔と何も変わらない」
和紗の必死さに対して、僕は本心で応えた。
和紗を大切に思う気持ちは変わらない。だからこそ、僕はこの淀んだ状況を打開しに行く。
もう一日だって、和紗が表情を歪ませなくても済むように。
案の定、和紗は道行く人間の注目の的だった。
和紗の胸を、太腿を、何十という男の視線が舐めていく。
誰もがダウンやファーコートで厚着するこの季節に、スタイル抜群の女が薄着でいれば目立つのも無理はない。
和紗はパーカーの襟元を頻繁に直し、スカートのお尻を鞄で押さえながら歩いている。
どうやら、好き好んであんな痴女っぽい格好をしている訳でもないらしい。
僕はその事実に安心する。そして同時に、その格好を強要しているだろう石山達への恨みが燃え上がった。
和紗はいくつもの曲がり角を曲がり、横断歩道を渡って歩き続ける。
それをストーキングするのも楽じゃない。一応変装しているとはいえ、念のため電柱などに隠れながら、つかず離れずでついていく。
ただでさえターゲットは場の注目を集めている和紗だ。
傍目から見れば完全に変質者で、いつ通報されてもおかしくないな。
そんな恐怖と戦いながら、和紗を追って曲がり角を曲がろうとした瞬間。
「ちょっと待ちなよ、オニーさん」
ガラの悪そうな5人が、いきなり僕の行く手を遮ってくる。
サッ、と血の気が引いた。
ただでさえ虐められていた頃の記憶がフラッシュバックする状況。
おまけに今、和紗を見失う訳にはいかない。こんな所で面倒に巻き込まれている場合じゃないんだ。
「どいてくれ。いま君らに構ってられないんだ」
僕は和紗に聴こえないよう声のトーンを落としつつ、5人に告げた。
でも僕は知っている。こういう連中にとっては、声が小さくて弱腰の人間こそ最高のカモなんだ。
「は? どかねーし。つーかオマエよ、さっきからあの姉ちゃんケツ追っかけ回してんだろ」
一人にそう言われ、僕はギクリとする。
否定しようとも思ったけど、この連中も何かの確証があって言ってるんだろう。なら。
「ああ、そうだ。でも興味本位じゃない。僕は彼女の配偶者だ!」
あえてそう明言する。
すると5人は一瞬言葉を途切れさせ、次に大口を開けて笑い始めた。
何だ、何がおかしいんだ。まさかストーカー特有の脳内妄想だとでも思ってるのか。
僕が憤りつつ言葉を続けようとした瞬間、いきなり背後から腕が伸びてきた。
腕は僕を羽交い絞めにし、片足を持ち上げてあっという間に僕の抵抗を封じてしまう。
「な、何するんだっ!!」
そう叫ぶ間にも、僕の身に着けていた帽子やサングラスが取り去られる。
変装の解けた僕を見て、5人は歪んだ笑みを見せた。
「お、マジに“ショボ助”じゃん。やりィ!」
「だな。こーりゃ後で美味ぇぞ。オウお前ら、石山クンに知らせとけ!」
ショボ助という仇名。そして石山クンという名前。
その2つを聞いて、僕はすぐにピンと来た。こいつら、石山の取り巻き連中だ。
偶然か網を張っていたのか、僕が和紗の後をつけているのを嗅ぎつけたんだ。
「は、離せぇっ!!」
僕は必死にもがいた。でもどれだけ力を込めたって、複数人のチンピラに押さえ込まれたらどうしようもない。
裏路地に引き摺りこまれたせいで、もう和紗の姿は見えない。代わりに、路地の前をサラリーマンらしき人が通りかかる。
「た、助けてくださいっ!!」
僕は縋るような気持ちで彼に呼びかけた。彼がこっちを向き、目を見張る。
「ふざけんなよこのストーカー野郎が!!」
「観念しろや。このままサツんとこ引きずり出してやっからよ!!」
でも僕の声を掻き消すようにヤンキー達が騒ぐせいで、せっかくの希望の星も怪訝な顔で立ち去ってしまう。
彼の目には、僕が往生際の悪い犯罪者に映ったはずだ。
それにたとえ僕の言葉を信じたって、この刺青だらけの不良5人を敵に回そうという人がどれだけいるだろう。
「畜生、離せよォ畜生っ!!!」
僕は必死に叫ぶけど、状況を打開するきっかけにはなりえない。
ただ猿轡を噛まされ、後ろ手に縛られ、頭から袋を被せられて、真っ暗闇の中でどこかへ運ばれていくばかりだ。
『全身全霊を賭けて和紗を救い出す』
そんな僕の一世一代の覚悟も、悪意の前に呆気なく踏み潰されてしまった。
命を賭ける覚悟さえしてこのザマか。
悔しい。でも、まだ諦めない。まだ死に物狂いになるチャンスはあるはずだ。
いくら世の中が理不尽だったって、希望が一つもない訳がない。
きっと、きっと。
※
気がつけば、僕は椅子に腰掛けたまま体を拘束されていた。
無機質な部屋だ。割れた窓やひび割れたコンクリート壁から見て、廃ビルの一室って所だろう。
その荒れた環境に似つかわしい連中が、僕を取り囲むようにして座り込んでいる。
見える範囲だけで大体10人ちょっと。揃いも揃って、まさに『ガンを飛ばす』という感じの品のない目つきだ。
ただその口元には、妙な薄笑みが浮かんでもいる。
「よぉ、目ぇ覚めたかよショボ助」
真っ黒に日焼けした一人が僕に近寄り、馴れ馴れしく肩に手を置いてきた。
僕は無意識にそいつを睨みあげる。
「おー怖ぇ怖ぇ、完全にキめてるヤツの目だわ。つっても、喧嘩して負ける気は1パーもしねぇけどな」
色黒は完全に僕を侮った様子で、周囲の笑いを誘っていた。
どこまで心が捻じ曲がれば、この状況でそんな事ができるんだろう。
「……ここはどこだ。僕をこんな所に閉じ込めて、どうするつもりだ!」
僕は腹の底からの恨みを込めて言う。
普通この声色を出されれば、相手は何らかの異常を感じ取るはずだ。
でもここの連中は、大勢で群がっている強気からか、それとも僕という人間を虫のようにしか思っていないのか、余裕の笑みを絶やさない。
「あのさーショボ助、ちっとは言葉選んだ方がいいぜ。これ、一応忠告だから。
オマエ今、石山クンにガチ切れされてんだよ。ちっとは俺らに媚売っとかねーと、マジで死ぬって」
ここで集団の笑みが少し変わる。可哀想に、と他人事で憐れむような顔だ。
よっぽど石山というバックが心強いらしい。でも今の僕にとっては、まさにそれがNGワードだ。
「石山? 一体アイツが、僕に何を怒るっていうんだ……頭に来てるのはこっちだ!!」
声を限りに叫ぶ。ビルの壁に僕自身の声が反響する。
これには流石に一瞬場の空気が凍りついた。でも、一瞬だけだ。
「っせーし。死ねよオマエ」
「いやいや落ち着けって。今死なれたら面白くねーだろ」
「お、そういやそーか。もうそろそろじゃね?」
何人かがそんな会話を交わした後、意味深な笑みを浮かべる。その笑みは、それまでのどんな顔よりも僕を不安にさせた。
「な、何だよ……何があるっていうんだよ!」
耐え切れず、僕はその数人に問う。すると連中は顔を見合わせ、噴き出した。
「いや、何っつーかさ。お前がチョロチョロ変な事してっから、石山クンがブチ切れてんだよ。
そろそろお前のカミさんが石山クンとこ着く頃だけどよ、キッツい事されんぜー多分」
「!!!」
色黒の言葉が心に刺さった。息が急に苦しくなる。
和紗……そうだ、和紗が!
僕自身に暴力が来るのなら、いくらだって耐える覚悟はある。でも、和紗が虐げられるのは我慢ならない。
「ひっ…………や、やめてくれ!!やめっ、させてくれっ!!!」
僕はしゃっくり混じりに哀願する。自分より年下だろう不良達に、不自由な頭を下げて。
でもその必死な哀願は、周囲の笑いを買うばかり。
そしてそんな中、不良の一人のポケットから音楽が鳴り響く。
そいつはポケットからスマートフォンを取り出し、満面の笑みを浮かべた。
「あららー残念だわショボ助くん。もう奥さん着いちゃったって!」
そう言いながら僕に向けられた画面には、ある映像が流れていた。
どこかのマンションの一室をぐるりと映した映像。
一目でわかる巨体の石山が腕組みをし、それを取り囲むようにして厳つい連中が並んでいる。
その中には、明らかにネットの動画で見た体格の人間が何人もいた。
中には本格的なビデオカメラを構えている人間もいて、いよいよAVの撮影現場という風だ。
そしてカメラが振り返り、入り口付近を映す。
一人がドアを開けて招き入れたのは…………紛う事なき、今朝見たままの格好の和紗だった。
和紗は部屋に入るなり、ビデオカメラに気付いたんだろう、やや不機嫌な顔をする。
『…………今日も撮るの?』
『おう。つっても最近は毎回撮ってんだろ』
答えたのは石山だ。元々極端にガラの悪い声なせいで、機嫌の程は判らない。
和紗はひとつ溜め息を吐いた。
『まぁ気にすんな。いつも言ってるが、身内で楽しむ用だからよ』
石山の声がそう続ける。
その瞬間僕は、頭にカッと血が上るのを感じた。
あれだけ大量の動画をネットに流しておいて、よくもそんなウソを。
可哀想に和紗は、その事実を知らないからあんな映像を撮らせてたんだ。やっぱり騙されてたんだ!
思わず奥歯を鳴らす。周りの連中から笑いが起きるが、どうだっていい。
朝から胸に渦巻いていたドス黒いものが、さらに濃さを増していく。
映像の中で、和紗がベッドに腰掛けた。ただし、普通にじゃない。
和紗の背後に日焼けした男が滑り込み、自分の足の上へ和紗の腿を乗せるようにさせる。
男に背を預けた大股開き。ミニスカートだから、当然ショーツが丸見えになってしまう。
まるで西洋の娼婦が穿くような、レース入りの黒いショーツ。家の洗濯物としては見かけたことのない代物だ。
男は遠慮なく、その黒ショーツを指で撫で上げる。
『んっ……』
和紗から、鼻を抜けるような吐息が漏れた。感じたのか。まさか、あれだけで?
とても信じられない。でも、男のもう片方の手がブラウス越しに乳房を弄りだすと、表情までが妖しくなりはじめる。
『っは、やらけー。つかマジでノーブラのまま来たんだ?』
男はそう言った。ノーブラ、と。
まさか。そう思う僕に見せ付けるように、男の手がブラウスをたくし上げていく。
その下から現れた乳白色の肌には……確かに、隠すものはない。彼女自身の乳房が、豊かに実っているだけだ。
今朝彼女を見たとき、やけに胸がやわらかそうに思えたのはこういう訳か。
『ナマチチのまま出歩くのって、どんな感じだった? ノーパンの時とどっちが興奮した?』
男は愛撫を続けながら、さらに衝撃的な発言を繰り返す。
『……寒いだけ。興奮なんか、する訳ないでしょ』
和紗は顔を横向けながら、吐き捨てるように言う。僕は少し安心する。
でも直後の男の言動が、すぐにそれを打ち消した。
『んー、本当かなぁ。なんか乳首の先勃ってるっぽいんだけど。こっちも……どうかな?』
男は和紗の右乳首を弄びつつ、ショーツの中にまで手を入れる。
ショーツに凹凸を作りながら、繊細に動き回る指。明らかに僕なんかとはスキルが違う。
和紗の太腿がピクピクと反応するのも、表情がたまに強張るのも、仕方がないと思えるほどに。
十分に待つ必要すらなく、映像の中に水音がしはじめる。
くちゅ、くちゅっ……という水音。発生源は明らかだ。
『ほーら、もうこんなに濡れちゃってる。やっぱりオッパイ丸出しで興奮してたんでしょ?』
『ち、違……う…………!』
『へぇー、違うんだ。じゃあこれって、フツーに俺の指で感じてるってこと? それはそれでヤバくねぇ?』
『…………っ!!』
男は慣れた様子で、和紗に言葉責めを掛けていく。和紗はそれに一々正直な反応を示し、翻弄されていく。
らしくない。居酒屋で酔っ払いに絡まれていた時には、当意即妙に答えていた彼女なのに。
すっかり場に呑まれているんだろうか。それとも、感じてしまって余裕がないんだろうか。
いずれにせよ今の彼女は、蟻地獄でもがく蟻のようにしか見えない。
やがて男は、和紗のパーカーとフリルシャツを器用に脱がせ、両脚を揃えさせてからスカートも脱がせきった。
最後にすらりとした脚の間を黒ショーツが滑り降りれば、和紗の身体を隠すものは何もなくなってしまう。
ひゅう、と僕の周りの連中が口笛を吹く。
改めて映像の中で真正面に捉えられるのは、毛の綺麗に剃り上げられた和紗の秘部だ。
今度はモザイクなし。
実に半年ぶりに目にする妻のアソコは、かなり印象が違っていた。
見惚れるぐらい鮮やかなピンク。それが僕の持つイメージだ。
でも今見えているそこは、内側こそピンクではあるけれど、陰唇の色素沈着がすっかり進んでしまっている。
明らかに『使い込まれている』。当然、僕以外の誰かによって……。
映像が引きに戻ると、いつの間にか責め役が2人に増えていた。
さっきの男は背後から和紗の乳房を揉みしだく事に専念し、また別の一人が和紗の秘部に触れていく。
『今日もまた綺麗に剃ってきてんなー。これ、ダンナに何か言われないの?』
『あっ……はぁっ…………あ、あの人とは、もう、ずっとしてないから…………』
『えっマジで?こんなエロい身体した嫁と!? うーわ勿体ねー』
男の質問に喘ぎながら答える和紗。その表情が辛そうなのが、せめてもの救いだ。
交わされている会話の内容そのものは、胸をひどく抉るけれど。
『そういや最初にココ剃った時さ、よく見えるようになったからっつって、クリで散々イカせまくったよな。
アレ、何回イッたか覚えてる?』
男が指先でクリトリスを弄びながら問う。和紗はゾクッと肩を震えさせた。
『うっ、あ……!! あ、あ、えっと…………よ、よんじゅう、いっかい…………』
『お、スゲー覚えてんじゃん。ま、イく時には絶対言えっつって、一々イッた回数カウントさせてたもんな。そりゃ覚えてっか』
『なんか凄かったもんなー。最後の方は、脚攣らせながらイグゥーイグゥーつって、すンげー顔なってたし。
あれ録画失敗してたのはマジ痛かったわ』
『おー、あのローターやらマッサージ器やらメンソールやら電動歯ブラシやら、ゴソッと用意した時な。あん時ゃ凄かった!』
恐ろしい話が流れるように出てくる。
和紗がクリトリスで連続絶頂…………
凄い顔…………。
ネットの映像にすらなかったそれを、こいつら皆が見ていたのか。夫である僕を差し置いて。
また、ドス黒いものがこみ上げる。しばられた手が震える。
「ははっ、ショボ助キレてやんの」
「ヨメが他所の男に延々クリ逝きさせられてましたーなんて聞かされたら、そりゃ頭に来るわな。カワイソー旦那様」
スマートフォンを構える一人とその他が、僕を見下ろしながら嘲り笑う。
映像内での愛撫は続く。
和紗の背後にいる男は、乳房を丹念に刺激していた。
乳房を下から揉み上げ、尖ってきた乳首を捻り潰す。すると出産を経験した和紗の胸からは、白い母乳が噴き出した。
本来なら、僕らの子供に与えるはずだった母乳。男はそれを面白がって絞り続ける。
『はぁ、はぁっ…………やめて、無駄に絞らないで…………』
『バーカ。こんな揉みごたえのあるデカパイ、放っとくかっつーの』
和紗が何度非難しても、男に聞き入れる様子はない。
母乳は和紗自身の意に反して次々に飛沫き、お腹のラインを細かい粒として伝い落ちていく。
一方、和紗の正面に陣取った男は、クリトリスと秘裂の両方を同時に責めていた。
クリトリスを柔らかに転がしつつ、膣内に差し入れた指をコリコリと動かす。
『あっ……あっ、ああっ!…………あっ、は、ん…………あっ、あっああ……あ………!!』
和紗は唇を噛んで快感に耐えつつも、時々口を開いて堪らなさそうに喘ぐ。
責めが長引くにつれ、その頻度は逆転していった。舌が覗くほど開いた口からは、今にも涎が垂れそうだ。
もうそれほどに、和紗の表情は蕩けてしまっている。
『オラ和紗、そろそろイキてぇんだろ。いつもみてぇにおねだりしてみろ!』
石山のがなり声がする。和紗はその方向を一瞥した後、また視線を下に落とす。
そして唇を噛みつつ、たまらないといった様子で喘ぎ続ける。
『んんんっ……ぁはぁっはーっ……くぁあ、あっああっ……ん゛っ、ふんんん゛っっあああ………………!!!』
『何だよ、今日はまたやけに頑張るじゃねぇか。不甲斐ねぇダンナに操でも立ててきたか!?』
石山がさらに茶化し、場に笑いが起きる。
僕だけは、唇を噛みすぎて血が出るほどだったけれど。
和紗はよく我慢していた。
何度も何度もシーツの上を足指で掻き、内腿を痙攣させて。
僕の周りから、スゲーな、という呟きが漏れるぐらいに。
ただそれでも、いつか限界は来る。仕方ない。映像内の連中は、僕でもわかるくらい女の扱いが巧みだ。
男の指が膣の上側――たぶんGスポットの辺り――を押さえるたび、腰どころか全身がガクガクと痙攣する。そんな状態が普通なわけない。
『…………はぁっ、はっ……も、もう、焦らさないで、頭がヘンになっちゃう…………』
『そ。なら、おねだりだろ。ホラ、いつもみてぇに言ってみろ』
『っ…………!!』
ずっと俯き通しだった和紗が、ここでようやく顔を上げる。
ほとんど泣きかけのその顔は、彼女がどれだけの無理を重ねたのかを物語っていた。
『………お願い、します…………おまんこに入れてください。
………………私のおまんこを、いっぱい犯して…………ぐちゃぐちゃにして下さい』
挿入を乞う言葉にも迷いはなく、過去に何度もその屈辱的な宣言を繰り返してきた事が窺える。
『ふー、ようやくかよ。もうミルクやらマン汁やらでシーツグチョグチョじゃん。マンコからもすっげー牝の匂いしてっし』
『ケンジとリュウト2人がかりで責められてここまで耐える女とか、久々見たんだけど』
『だな。まぁそん代わり、クリがもう角みてぇになってっけど。さっきまでの反応だと、Gスポも思っきり目覚めてるっぽいし。
ここまで温めてから突っ込みゃ、まーたスゲェ声出んぞー?』
『っしゃあ、派手にヤっちまえテメェら!!』
石山の怒号をきっかけとして、映像内の連中が次々に立ち上がる。勃起しきった立派な物を扱きつつ。
まさに逞しい雄の群れだ。その雄の群れは、我先にと力の抜けた雌に群がっていく。
弱った一頭のシマウマが、ライオンの群れに食い荒らされる動画――
ふと、それが脳裏に甦った。
ベッドに引き締まった体付きの男が横たわり、その上に数人の手で和紗が乗せられる。
大きく開かれた股座に怒張の先が宛がわれ、和紗自身の自重でずぶずぶと入り込んでいく。
僕にはそのあまりに衝撃的な光景が、スローモーションで見えていた。
妻が、別の男に挿入されているんだ。
ようやくにしてそう認識した瞬間、体中に怖気が走る。
「――――やめろぉおっ!!!」
僕は縛られた身を捩り、力の限り叫んだ。
「おい、汚ねーな。画面にツバ飛ばしてんじゃねーよショボ助!」
「ヨメが目の前で突っ込まれてテンパってるわけ? でも正直、お前なんかよりシンゴの方がよっぽどお似合いだから」
周りにいる人間が口々に僕を詰る。でも、そんなことは些細な問題だ。
ショックなのは、和紗が別の男に挿入されたという事実。
ネットの映像にも、和紗と男優が性交しているシーンはあった。でもそれは所詮、モザイクに塗れた過去の記録だ。
でも今見ている映像には、一切モザイクがない。嫌でも和紗本人だと理解できてしまう。
そして何より、この映像はライブ映像だ。和紗は今まさに、どこかのマンションで犯されているんだ。
そう考えると、胸がざわついて止まらない。
でも僕にできるのは、画面を見ながら『やめろ、やめろ』と叫ぶ事だけ。
そんな僕を嘲笑うかのように、画面の中では激しいセックスが行われている。
『あ……あっ、あ…………あ、あ…………あっ…………』
和紗は天を仰ぎ、汗まみれで喘いでいた。その背中は弓なりに反り、腰は男のごつい手で鷲掴みにされている。
下になった男は、手に血管を浮かせながら力強く和紗の腰を引きつけ、同時に腰を打ちつけてもいるようだ。
ギシッ、ギシッ、ギシッ、と凄い音でベッドが軋む。
僕の遠慮がちなそれとはまったく違う、獣のような荒々しいセックス。
よく慣れた男からそれをされれば、さぞかし気持ちいいだろう。他ならぬ和紗の余裕のない表情が、その推測を裏打ちしている。
『ああ、いい。この女のマンコ、マジで病み付きだわ』
突き上げる男が感想を漏らした。女慣れしていそうな彼にとっても、和紗の中は良いらしい。
でもその事実だって、到底喜ぶ気になんてなれなかった。本当なら、そこは世界中で僕だけが占有できるものなんだ。
『そうか、ならもっと激しくやってやれ。後ろもオラ、空いてんだろうがよ。誰か突っ込めや!』
監督気取りなのか、石山のがなり声がまた部屋に響く。
その一声で何人かの男が薄笑いを浮かべ、和紗を取り囲んだ。
一人が和紗の背中を押し、下になった男に覆い被さる格好を取らせる。当然、和紗からは小さな悲鳴。
でも彼女にしてみれば、押されたことより、今からされる事の方が恐怖だろう。
映像がややアップになり、和紗の肛門を接写する。
かなり“使われた”らしく、肛門は平時でも小指の先ほどの大きさに開いていた。
そこに男の指がワセリンを塗りこめ、その手前では別の一人がコンドームを嵌めて準備を整えている。
そして男の怒張がついに肛門へと宛がわれた瞬間、和紗の腰は小さく震えた。
『やめて…………お、お尻は、もう………………っ!!』
『よく言うぜ、あんだけ散々尻の穴でイッといてよ。今日はハードな撮影するって決まってんだ、観念しろや』
和紗の哀願を聞き届ける人間はいない。
一度肛門に宛がわれた亀頭は、何の遠慮もなく奥へと入り込んでいく。膣の時よりずっとスムーズだ。
『へっ、何がやめてだ、こんなにあっさり咥え込みやがって。
ああぁしっかしヤベェ、マジ締まる…………最高だぜこいつのアナル!』
男は挿入を深めながら呟いた。心から気持ちいいという風で。
カメラが引かれ、和紗の全身を映す距離で止まる。
和紗は前後の穴に男を迎え入れながら、苦しげに背後を振り返っていた。
背中といい額といい、身体中にじっとりと汗を掻いているのが光具合で見て取れた。
何より僕の心を抉るのは、その手。
皺だらけのシーツを掴むその左手薬指には、小さな小さなダイヤの指輪が光っている。
それは、“犯されているのはお前の妻なんだぞ”と念押しするかのようだ。
悔しい。
恨めしい。
いっそ人目も憚らず泣いてしまいたい。
でもそんな気分にも関わらず、なぜか僕の分身には血が巡り始めていた。
スタイルのいい男女の絡み……それを頭のどこかが客観的に見て、興奮に変えてしまっているらしい。
そしてそんな僕の変化は、当然周りに見つかってしまう。
「お、オイオイオイショボ助よぉ、お前なに勃たさせてんだよ!?」
一人が僕の下半身を見て大袈裟に騒ぎ、他の連中もそれに追随する。
「うわマジだ、引くわー。嫁がやられてんの見て勃起とか、マジ最低じゃん!」
「あの嫁も可愛そうだよな、守ってくれるはずのダンナがこんなんじゃあよ!」
口々に好き勝手を言ってくる。僕は周りを睨みつけた。
「最低だと!? こんな事してるお前らなんかに、そんな事言われる筋合いはないっ!!」
声を限りに叫んでも、連中の嘲笑は止まらない。
悔しさのあまり暴れようとするも、椅子に縛り付けられた手足はうっ血するばかりで少しも動かない。
そしてアドレナリンを出した影響か、余計に勃起が激しくなってしまう。
「まーまーまー、落ち着きなって。そんなに出したいなら、せめて手でしたげるからさ」
その声と共に、背後から一人の女が姿を現した。
笑い声から女がいる事はわかってたけど、こうして目の前に来られると、やけに羞恥心が煽られる。
改めて顔を見て……僕は、また別の意味で表情を強張らせた。
こいつ、木曜に見た映像の中で、和紗を弄んでいた女だ。
「うわ、すっごい睨まれてる私。言っとくけど、アンタなんかにヤらせないからね。手でするだけ」
女は勘違い顔で嘲笑いつつ、僕の勃起したものを握り締める。
「うっ!!」
女の手は柔らかく、それだけでかなりの快感が来た。
アレの周りを生暖かい柔肉でくるまれている……その状況が、目の前の映像とリンクするのがまた危険だ。
女の手がゆるゆると扱きを始めると、つい和紗の中へ挿入しているような錯覚に陥ってしまう。
そして悪いことに、今の映像はちょうど、和紗の肛門を犯す男に近い視点だ。
「ほぉーら、奥さんのお尻の中に挿れてるみたいっしょ。あ、それだとしっくり来ないかな?
アンタみたいなクソ真面目そうなタイプって、アナルセックスしなさそうだもんね」
女は毒を吐きながら、僕の逸物を刺激し続ける。
「やめろ! やめてくれ!!」
僕はそう叫びつつも、刻一刻と興奮が高まっていくのを感じていた。
「何言ってんの。アタシの手の中でギチギチに大きくしちゃってるクセに。
アンタ、ヒョロい見た目の割にはそこそこ大きいね。ま、石山には一瞬で上書きされるサイズだけど。
うわっ、とか言ってるうちに先走り出てきたし」
女は僕を詰りつつ、鈴口から少し漏れた汁を亀頭全体に塗りこめてくる。
「うあ!!」
その刺激はかなりのもので、僕は思わず腰を跳ねさせた。
「はは、レイナお前やっぱすげーわ。そんな奴にまで奉仕するとか」
「完全に風俗嬢の貫禄だな。まぁ石山ガールズもお水も、似たようなもんか」
「は?うっせーし。それ本人の前で言ってみろっつーの」
ざわつきながらも、縛られた僕への嬲りは終わらない。
この女はかなり性的なサービスに慣れているにもかかわらず、あえてギリギリ達さない程度に刺激しているらしい。
生殺し、という奴だ。
もっとも僕の情けない姿を見て楽しむのが目的だろうから、それが当然ともいえる。
僕は居たたまれなくなり、視線を正面……スマートフォンに映る映像へと戻す。
映像内ではいつの間にか、前後の穴のみならず、口にまで咥えさせられる三穴責めが始まっていた。
今まさに、口から逸物が一旦引き抜かれたところだ。
濃厚な唾液の線が、和紗の赤い舌と赤黒いペニスの先を繋いでいる。
和紗は眉を垂れ下げ、目を閉じたまま口だけを控えめに開いていた。明らかに弱りきったような表情だ。
でもその力ない表情も、二穴を男に突き上げられると一変する。
目を見開き、口も『あ』の字に大きく開いて。
下になっている男の顔は見えないが、背後から肛門を貫く男の顔ははっきりと映っていた。
まさに獲物を捕食する獣のような、ギラついた笑みだ。
この男は上腕の筋肉も凄まじい。そんな彼から渾身の熱意を込めて肛門を穿たれれば、和紗がたまらない表情をするのも無理はない。
勿論、下から膣を突く男の動きも半端じゃない。
プロのAV男優さながらに、力強く、そしてリズミカルに子宮を突き上げているのが見て取れる。
さらに言えば、前後の男の動きに一切の不自然さはない。
薄皮一枚を隔てて、絶妙なコンビネーションで絶え間なく前後の穴を責め立てる……これはさぞきついだろう。
でも和紗には、悲鳴を上げる暇さえない。
『ふむ゛ぅっ!?』
叫ぼうとした和紗の口に、また一本のペニスがねじ込まれる。
そして頭頂部を大きな手の平で押さえ込まれたまま、強引にイラマチオに従事させられる。
延々とその繰り返し。思いやりなんて欠片もない、完全な陵辱現場だ。
「うわー、奥さんカワイソー。あんなガンガン突っ込まれたら、アタシだって参るわ。
なんか、『助けてぇー』って心の声が聴こえてくるみたいじゃん?
これはショボ助くん、責任重大だよー。奥さんがあんなハードな撮影させられてんの、アンタが石山キレさせたせいだかんね。
こんな、くっさい先走りドロドロ出してる場合じゃないと思うんですけどぉ?」
女にそう囁かれ、僕の脳裏でまた一本の血管が切れる。
「うるさい、黙れぇっっ!!!」
今まで出した事もない声が出た。喉を潰されながら絞り出した声みたいだ。
実際今の僕は、ほとんどまともな呼吸ができていない。心臓の鼓動もまともじゃない。
ストレスと怒りで、頭がどうにかなりそうな状況なんだ。
それでも、男としての本能だけは普段と変わらない。女に生殺しを続けられた僕の逸物は、いよいよはち切れんばかりになっている。
おまけに映像の中の光景も、いよいよ激しさを増してきていた。
今、和紗は屈曲位で、入れ替わり立ち代わり色んな男に犯されている。
モザイクがないから、赤黒いペニスが和紗の中に入っているところが丸見えだ。
抜群にスタイルのいい和紗の身体が、腰から半分に折れ曲がり、男に圧し掛かられている姿。
深く突きこまれるたびに強張る足指。
熱に浮かされたような顔。
映像はそれを余す所なく映していく。僕に見せ付けるかのように。
「あはっ、すーごい暴れだしてきた。奥さんの感じてるキモチが、伝わってきちゃった?」
女が嘲笑う。確かに僕の分身は、彼女の手の中で焼けた棒のようになっていた。
興奮してるんだ……犯される和紗を見て。
そう思うとはらわたが煮えくり返り、でもその興奮がまた、僕の勃起をより痛々しいものに変える。
情けなくて、涙が抑えきれなくなる。
「オイオイ、泣くなってショボ助!」
「嫁のレイプシーン見ながらJKに扱かれてギャン泣きかよ。ホント情けねー野郎だなマジで。
俺がもしンな状況になったら、せめて目ぇクッと見開いて耐えるぜ?」
「フツーそうだろ。こいつがショボいだけってハナシ。だからショボ助」
「なーる。石山クンのネーミングセンス、パねぇな」
四方八方から侮蔑の言葉が降ってくる。どいつもこいつも、ガムを噛みつつのだらけきった顔。
同じ空間にいるのに、地獄の業火に焼かれるような僕とはまるっきり違う。
思い出した。これがイジメだ。『群がった弱者』が『群がれない弱者』を食い物にする、この世でもっとも深い闇だ。
イジメを受けるだけなら慣れている。
僕が虐められる事で何かが改善するなら、それも仕方ないと許容もできる。
でも…………そのイジメの為に、和紗をダシに使う事だけは許せない。
「畜生…………!!!」
僕は奥歯を噛み合せながら恨みの声を漏らす。
そうして僕が感情を爆発させればさせるほど、映像の向こうはひどい事になっていく。
『オウ、そろそろ代われ!』
映像内に石山の声が響く。その瞬間、和紗に群がっていた連中は素早く身を引いた。
続いて画面に映りこむのは、見事な力士体型をした猿山のボスだ。
奴はベッドに悲鳴を上げさせながら和紗に近寄り、乱暴に脚を払いのける。
和紗の顔が強張った。石山みたいな奴にセックスを求められれば、誰だってそうなる。
石山が何かを呟きながら、和紗の腰を掴んだ。そして、次の瞬間。
『う゛っ……!!』
和紗から低い呻きが漏れる。かなり苦しそうだ。
石山はその声を聞いて逆に機嫌を良くし、欲望のままに腰を使い始める。
他の連中とはまるで違う、異常なセックスだ。
まず絵面がひどい。細身の和紗の上に猪のような巨体が圧し掛かっている様は、それだけで心配になる。
そして石山が腰を動かすたび、木製のベッドはギチュウイッ、ギチュゥイッ、と聞いた事もない軋みを上げた。揺れ方もいつ壊れるかと思うレベルだ。
その震源地には和紗がいる。深く眉を顰め、苦しそうな口を形をした和紗が。
『ぁあっ、ああっ…………ふ、太……い…………!!』
よく聞けば和紗は、掠れ声で何度もそう言っているみたいだ。でも石山の出す音が大きすぎて、ほとんど聴こえない。
動きも声も封殺し、ただ男側の欲を満たす為だけに行われる性行為。これをレイプでなくて何だろう。
でも和紗は……僕の妻は、そのレイプで感じさせられているみたいだった。
上半身は万歳をする格好で、頭上に腕を投げ出している。
下半身は石山の巨体に覆い隠されて見えない。
その断片的な情報だけでも、和紗が絶頂へと押し上げられつつある事が伝わってくる。
上下に弾む母乳まみれの乳房。
たまらないという様子でシーツを掻き毟る手足の指。
ビクビクと痙攣する身体。
映像はそれらを舐めるようにクローズアップし、僕の心を散々に掻き乱す。
そして、ついに。
『 い く ………… 』
和紗がその言葉を発した。その瞬間……僕の中で限界が訪れる。
すでに動きを止めていた女の手の中で、僕の逸物は盛大に跳ねた。
2度、3度と跳ねた後、自分でも驚くほど大量の精液を撒き散らしはじめる。
「う、うわっ! あはっやだ、すっごい量!!」
女は慌てつつも笑顔を崩さず、どこか面白そうに僕の逸物を扱く。
その快感が駄目押しとなって、さらに大量の精液が溢れ出ていく。
薄目で見る映像の中では、和紗もちょうど達したところらしかった。
背中を弓反りにし、顔を横向けたまま、細かに痙攣を続けている。
それを押さえつける石山の体も脈打っており、まさに和紗の中に射精している最中だとわかる。
僕はただ、その光景をぼんやりと眺めていた。全てが終わったような気分で。
でも、それは間違いだった。
『はぁっ、はぁっ…………』
ようやく石山の拘束から開放された和紗は、汗と精液に塗れたままベッドを降りようとする。
ところが、その和紗の腕を石山が掴んだ。
『待て。誰が終わりっつったよコラ!』
ドスの利いた声がした、その直後。石山は和紗の顔を鷲掴みにし、無理矢理に逸物を咥え込ませる。
『むぐっ!?』
当然、和紗は混乱していた。目を見開き、何が起こったのかと顔中で訴えている。
でもあの石山に頭を鷲掴みにされては、押しのけるなんて夢のまた夢だ。
『ちょうど催しててよ。ザーメンの次は、小便を飲ませてやる』
下腹に和紗の顔を押し付けたまま、石山は言った。
僕は思わず耳を疑う。きっと和紗も。
でも言葉の意味を理解する時間すら、僕らにはない。
『うっ、出るぜ!!』
その一言と同時に、石山の腹部がやや凹むのが見えた。そして直後、和紗の様子が変わる。
『っ!? ごっ、ごぼっ…………げごっ、ごぼっ…………!!!』
その声と共に、苦しそうに悶え始める。さらに三秒後、その桜色の唇からは、黄色い液体が大量に溢れ始めた。
あからさまに不健康そうな、まるでドリンク剤のような黄色。それが和紗の喉に流し込まれている。
動画の中では笑いが起きていた。
「くひひっ。出た出た、石山クンの変態シュミ」
「可愛いコ見つけるたびに、あーいう事すっからなぁ石山クンは。可哀想だねーあのコも」
「ま、わざわざ石山クンに近づくような真似した罰っしょ」
僕の周りでも、何人かが平然とした顔で噂しあっている。
こいつらはなぜ、ここまで異常な物を見て笑ったり、平然とした態度でいられるんだ。
『がはっ……! げほげほっ、ぅがはっえほっ…………!!!』
映像の中では、ようやく開放された和紗が盛大に尿を吐き戻していた。
『おーおーおー、オマエ何吐いてんだよ。ベッドこんなに汚しやがってよ。
それともまさかそういうシュミか? だったら、そっち方面でやってもいいぜ。
どっちにしろ今日はハードな撮影にするつもりだったしよ。
オウお前ら、イチジクと洗面器…………あと“アレ”、出して来いや!!』
和紗の髪を掴みあげながら、石山が怒声を上げる。
僕はいよいよ怪しくなっていく雲行きを前に、裸のまま、ただ呆然と座っているしかなかった。
何分が経っただろう。
一旦映像の途切れたスマートフォンから音が聴こえ、僕は顔を上げた。
画面に映っているのは、口の開いた青い箱と、真ん中を潰されたイチジク型の容器。
たしかイチジク浣腸というものだ。便秘の時なんかに使うそれが6個、床に転がっている。
すでに使用済み……じゃあその中身は、何処へ行ったのか。
最悪な想像が頭を巡る。
映像はしばらくイチジクの空容器を、こちらに見せ付けるようにして撮影していた。
それを背景に、何か水音のようなものがしている。
ちゅぱっ、ちゅぱっ、という音だ。僕は、直感的にフェラチオの音だと理解した。
その答え合わせとばかりに、ここでようやく映像が動く。
カメラが上に振られた先、マンションの廊下らしき所に、和紗の姿が映し出される。
僕は息を呑んだ。
和紗は中腰よりもっと深い、相撲でいう蹲踞のような格好で、仁王立ちした男の物を咥え込んでいる。
上半身は丸裸。
下半身にはショーツが穿かされ、一点だけ突き出した肛門部分では、紫色のバイブが唸りを上げていた。
潰れた6つのイチジク浣腸と、栓の様な肛門バイブ……僕の中で、疑惑の点がつながっていく。
和紗は浣腸を施されたまま、ああしてフェラチオを強要されているんだ。
何人かを口でイカせたら出させてやる、というところだろう。いかにも石山が考えそうな嫌がらせだ。
声を聞く限り、場はそれなりに盛り上がっているようだった。
遊ぶ人間の側は楽しくても、やらされる和紗の方は堪ったものじゃない。
和紗の表情は苦しそうだ。
喉まで咥え込まされる苦しさもあるだろうけど、表情が歪むタイミングは、腹部からの腹鳴りに呼応している。
ぐるる、ぐぉるるる……という、明らかに余裕のなさそうな音だ。
自分に置き換えて考えるなら、あんな音がしている段階はもう、ひたすら内股になってトイレの事しか考えられない。
『うも゛ぉううっ!!』
仁王立ちの男に後頭部を押さえ込まれ、和紗の口から呻きが漏れる。
男はそれを楽しむように、髪を掴んで何度か喉奥までのイラマチオを強要した。
和紗がようやくペニスを吐き出すと、その表面にはべっとりと唾液の膜が纏いついている。
でも和紗は、その汚らしいペニスを迷いもなく握り締める。
『おねがい…………はやく、はやくイって…………!!!』
震える声で哀願しながら、必死に手でペニスを扱き上げはじめた。
表情は今にも泣き出しそうで、余裕のなさが切実に伝わってくる。
でもそうした涙ぐましい努力も、男には興奮のタネにしかならない。
『早くったってよぉ、ついさっきお前のマンコで抜いたばっかだぜ? そうポンポン何発も出るかっつの』
のらりくらりとそんな事を言いながら、和紗の表情を歪ませる。
そして自分本位に和紗に奉仕させた後、ようやくにして射精に至った。
この時点で和紗は、いよいよ腹鳴りもひどく、全身に水を浴びたような汗を掻いている状態だ。
蹲踞の姿勢さえもう怪しく、膝がガクガクと震えてしまっている。
けれども、これで開放という訳でもないらしい。また別の一人が、ニヤケ顔で和紗の鼻先にペニスを押し付ける。
和紗は一瞬弱りきったような眉をしたものの、すぐに唇を開いて咥え込んだ。
そこからまた、じゅぷっ、じゅぽっ、という水音が繰り返されはじめる。
『ん゛っ……んんん゛っ、んむ゛ぅ、ぉむ゛っ…………!!』
鼻から吐く和紗の息遣いは、刻一刻と荒くなっていく。
昔、畑仕事で根を詰め過ぎていた頃だって、ここまで息を切らした彼女は見た事がない。そこまで苦しいんだ。
そのうち脚の震えもいよいよひどくなって、蹲踞の姿勢を保てなくなる。
床にぺたりと尻餅をつき、目の前の男に半ば縋りつくような格好での奉仕になる。
肛門のバイブが床に当たり、ジジジジと耳障りな音を立て始めた。
「すんげぇカッコ。チンポ欲しいっておねだりしてるみてぇ」
「黙ってりゃ、どこのアイドルか女優かって感じなのにな。
こんなのが浣腸ぶっ込まれてアナル栓されてるとか、改めて考えっとスゲェわ」
「でもって、それ全部撮られてるっつうね」
僕を囲む連中が笑い混じりに言う。僕は目を剥いて睨むけど、誰一人として反応はしなかった。
思わず手足に力が籠もる。何度もそうしているせいで、縛られている部分はもう痛みの感覚さえない。
『おおお、いいぜ。ホントよく仕込まれたもんだよな。…………くうっ…………そろそろ出そうだ』
奉仕されている男が、顎を浮かせながら呻いた。それを聞いて、和紗は必死にスパートをかける。
両手で竿を扱きつつ、窄めた唇でカリ首から上を素早く刺激して。
その甲斐あって、男はついに射精に至った。
さも心地良さそうな声と共に、腰を震えさせる男。その精液をしっかりと口で受け止めてから、和紗は口を離す。
『はっ、はぁっ…………ほら、10人イカせたでしょ。約束よね、早くトイレに行かせて!』
汗まみれの顔をカメラよりやや左側に向け、必死に叫ぶ和紗。
その間にも、腹部の鳴りはひどい事になっている。
『お、もう10人だったか。悪いな、数えてなかったぜ』
石山は意地の悪い声で言い、和紗の表情を引き攣らせる。
『冗談だ、したけりゃさせてやる。オイ、置いてやれ』
その言葉が続き、画面外から一人が洗面器を持って現れた。そいつは和紗の真後ろに洗面器を設置する。
和紗はひどく震えながら腰を上げ、後ろを振り向きながら洗面器を跨ごうとし……
そこで固まった。
『どうした? したいんじゃなかったのかよ』
笑いを隠せない様子の石山の声。何人もの嘲笑。何かがおかしい。
『こ、こんな…………ひどい! ひどすぎるっ!!!』
和紗は、それまで動画内で見せたこともない鋭い瞳で石山の方を睨んだ。
どうしたっていうんだ。あのありふれた洗面器の中に、一体何があるんだ。
『今さらなにカマトトぶってんだ、肉便器が。
んなにイヤなのか、不甲斐ねぇダンナの写真にクソ引っ掛けンのがよ?』
不甲斐ないダンナの写真。石山は今、確かにそう言った。
そうか。あの洗面器の中にあるのは、和紗の表情を凍りつかせたのは…………僕の影か。
――気にするな、楽になれ和紗!
カメラ越しでさえなければ、彼女にそう言ってやれるのに。
彼女を、極限の便意と罪悪感の狭間で苦しませなくて済むのに。
和紗は洗面器に跨ったまま、真っ青な顔で耐えていた。何度も何度も唇を噛み、首を振って何かを紛らわせようとする。
でも、原始的な生理現象にいつまでも抗えるわけがない。
『あっ!? やっ、やめてぇっ!!』
男の一人が和紗のショーツをずり下ろし、肛門のバイブを揺さぶった時。それがトドメとなって、とうとう和紗は限界を迎える。
聞くに堪えないほどの汚辱の音。破裂音。洗面器に液状のものが叩きつけられる音。
それらに混じって、かすかな泣き声が聴こえてくる。それは間違いなく、膝に埋めた和紗の顔から漏れ聴こえている。
ビデオの中でも、僕の周りでも、この恥辱のショーへの喝采が沸き起こった。
その喧騒の中でも、なお和紗の泣き声が聴こえている。
「畜生…………畜生、畜生………………ちくしょう……………………」
気付けば僕は、うわ言のようにそう繰り返していた。
不思議な気分だ。胸に穴が空いたような、あるいはドロドロとしたタール状の何かが溜まっているような、よく判らない気分だ。
「うひひ、ご愁傷様ーショボ助クン。見てよこれ」
一人がそう言って、僕の鼻先にスマートフォンを近づけてくる。
画面の中には傾けられた洗面器がアップで映されていた。直視に耐えない汚物と、それに塗れた僕の笑顔の写真。
ただそれを見ても、僕の感情はおかしかった。
――ああ、この頃の僕は笑えてたんだ。
怒りや悲しみよりも先に、そんな他人事のような感情が沸いてくる。
たぶん今の僕の目からは、さっきまでのギラギラした敵意は消えているはずだ。
代わりに、淀んだような瞳になっている。傍目からは、絶望に沈む廃人のようにしか見えない瞳に。
「ハーイ旦那さん、縄解いてあげんよー……っと、あらら、なんか壊れちゃったっぽい?」
「あっこまでされたらな。ま、予定通りって奴じゃね」
「ショボ助さぁ。一応忠告だけど、これ以上奥さんの事に首突っ込まない方がいいよ?
石山クンって独占欲強いからさ。気に入った女がいると、その周りの男全員ツブしてくんだよね。
今回のはあくまで忠告。軽いジャブだよ。
でももしこの後も嗅ぎまわるようなら、俺ら全員で追い込みかける事になっから」
縄が切られながら何か言われたみたいだけど、頭が意味を繋げてくれない。
僕の心に宿るのは、たった1つ。
石山への、はっきりとした敵意。
隠さず言えば、僕はこの後身柄を開放されてからの数時間、自分が何をしたかの記憶がない。
確からしい事はいくつかある。
家には戻っていないこと。
どこかでかなり刃渡りのあるナイフを調達したこと。
何らかの手段で石山の居場所を探り当てたこと。
記憶がはっきりするのは、石山の巨大な後姿を見つけた瞬間からだ。
かなり酒が入っているのか、石山は千鳥足だった。取り巻きの姿もない。
この千載一遇のチャンスを逃す手はなかった。
僕は奴に走り寄り、全力の悪意を込めてナイフを突き出す。
ナイフの刃は思った以上にするどく、分厚い脂肪を簡単に貫き通した。
「ぐぉおおおおっ!!?」
石山は悲鳴を上げる。刺した直後の事で、思った以上に反応は早い。
石山が振り向く動作で、僕は後ろに吹き飛ばされた。
「てっ、テメェ………………!!!」
敵意を剥き出しにして凄む石山。荒くれとしての意地か、すぐに顔を殴り返してきたけど、覚悟していたほど痛くない。
背中を刺された痛みは想像以上らしい。
僕は煮えたぎる怒りのままに、石山の脚を刈って地面に引き倒した。そして、すかさず顔面を殴りつける。
「いい゛ぉあっ!!!」
一瞬にして石山の顔が歪んだ。でも、その程度で収まる怒りじゃない。
和紗を何ヶ月にも渡って虐げてきた人間だと思うと、自然に痛いほどの拳骨ができてしまう。
その拳を振り上げ、何度も何度も顔面に振り下ろす。石山の奥歯が欠けてアスファルトを転がっても、まだ。
「なんで和紗を襲った!答えろッ!!」
拳が血まみれになった頃、僕は石山の襟首を掴み上げて問う。
顔を真っ赤に染めた石山は、こっちを睨みつつも、僕の豹変振りに困惑しきっている様子だ。
「グブッ、クソッ…………俺じゃねぇよ。あ、あの女から誘ってきたんだ。
つまんねー旦那に愛想が尽きたから、変わったやり方で抱いて欲しいっつってよ!」
石山のその答えに、また僕の中のマグマが噴き上がる。
「ウソをつくなッ!!」
思わずそう叫び、石山の頭を殴りつける。ガグッ、という鈍い音がアスファルトに響いた。
「何、なん、だよチクショウ…………ウソじゃ、ねえっつ…………の…………」
石山はそう言い残し、グルリと白目を剥いたまま気を失った。
僕はその胸倉を掴みながら、ただ肩で息をする。
ウソじゃない? それこそウソだろう。
和紗が本当にそんな事を言ったなら、家を出る朝に決まって見せた、あの寂しそうな表情は何だっていうんだ。
こいつの言う事は何もかも嘘っぱちだ。僕の狂気に恐れをなして、自分の保身の為に適当な事を言っただけだろう。
どこまで、どこまで卑怯な奴なんだ!!
僕は完全に伸びた石山を前に、やり場のない怒りを燻らせる。
そんな僕を正気に戻したのは、通行人の甲高い悲鳴だ。
そしてその少し後、いくつもの足跡が近づき、強烈なライトが僕を照らす。
「動くな!!」
思わず身の竦むような怒号。
眩いライトの向こうに見えるのは、青い服に身を包んだ警察の人達だった。
※
裁判の結果、僕には実刑が下った。
初犯で情状酌量の余地もあるとはいえ、傷害の程度が重く、懲役1年8ヶ月。立派な前科者だ。
有罪判決が出て数日後、会社からは解雇通知が届いた。
ショックではあったけど、反論の余地はない。
只でさえここ数ヶ月ほど言動がおかしかった上、とうとう人を刺したんだ。そんな人間を雇っておくメリットなんてないだろう。
ただ1つの朗報は、石山にも罰が下った事だ。
奴は入院先の警察病院で、『今後一切和紗と接触しない』という誓約書を書かされたらしい。
さらには未成年淫行や本人の了承を得ない映像の流出なんかも明らかになって、別途余罪を追及される予定だそうだ。
僕の人生も破綻したわけだけど、とりあえずは痛み分けというところだろう。
そして僕は、2人の人間に頭を下げなくちゃいけない。
自慢の親友と、最愛の嫁。この世で最も大切にしたかった2人に。
「………………この、バカヤローが」
面会室の椅子に座った瞬間、英児は僕に言った。目が完全に怒っている。
彼と付き合いだしてから8年強、ここまで睨まれたのは初めてだ。
でも、当然だった。彼が任せろと言ってくれた以上、そうすべきだったんだ。
結局僕がやったのは、玉砕覚悟の特攻のようなもの。
石山に釘を刺すぐらいの効果はあっただろうけど、よくよく考えれば、その取り巻き達に報復の口実を与えたって事でもある。
僕自身は勿論、和紗の身にも危険が及ぶ可能性が依然として残ってしまっている。
たとえ時間をかけてでも、外堀から丁寧に埋めていくべき問題だったんだ。
「ごめん」
僕は、ただ精一杯に頭を下げる。でも英児は、腕組みをしたまま動かない。
さすがに愛想を尽かされたみたいだ。まったく僕はバカヤローだ。
「顔、上げろよ」
ふと掛けられたその言葉で、僕は英児の顔に視線を戻す。
そこには…………依然としてこっちを睨みつつも、少し口元を歪ませた笑みがあった。
「いくらバカでもよ。お前は、俺の親友だ。和紗ちゃんの事ぁ、今度こそ俺に任せとけ。
お前がいない間、俺が責任もって面倒みてやる。厄介払いも兼ねてな。
今日は、それ伝えに来たんだ」
耳を疑う。
許してくれるっていうのか。おまけに、和紗の面倒まで?
申し訳ない気持ちで一杯になる。でも今は、その厚意があまりにもありがたい。彼以上に頼れる相手が思いつかない。
「あ、ありがとう…………ありがとう!」
僕は無二の親友に向けて、また深々と頭を下げた。謝罪じゃなく、純粋な感謝の気持ちを込めて。
「いいからお前は、とっととコッチ戻って来い。ビールでも奢れって約束はチャラじゃねーぞ?」
そう言いつつ、ハリウッドスターのような爽やかな笑みを見せる英児。
本当に、彼と親友で良かった。彼こそは僕の恩人だ。
次は、和紗。
事件の当事者だけに取り調べなんかもあったみたいで、英児から遅れること数日の面会になった。
面会室に現れた時の表情も、明らかに元気がない。
「壮介は、私と石山とのこと…………もう全部、知ってるんだよね」
全部。
彼女が石山に調教されていたこと。SMめいたプレイを強要されていたこと。そしてそれを撮影され、ネットに流されていたこと、か。
「うん」
僕は頷く。和紗は視線をやや下げた。
「まさか、ネットにまで流されてたなんて。あんな奴の言うこと真に受けてた自分が、恨めしいよ」
「…………和紗」
僕は思わず妻の名を呼んだ。彼女の声色は、今にも自殺してしまいそうだったから。
無理もなかった。英児によれば、『ダイセキザン@番長』の動画はもう全て削除されているらしいけど、流出したという過去は消えない。
モザイクが掛かっていたとはいえ、自分の裸や痴態を何千という人間の慰み者にされたんだ。
「動画がネットに投稿されてたって知ったときは、正直、死のうかとも考えちゃった」
沈痛な和紗の言葉に、顔が強張る。
なんて声をかければいいんだろう。今この状況で、彼女に生きる気力を湧かせるには?
必死に考えを巡らせるけど、焦れば焦るほど、頭が真っ白になってしまう。
でも。それは杞憂だった。和紗はひとつ深呼吸をして、顔を上げる。
「――壮介がいなかったら、ね」
顔に浮かんでいたのは、聖母のような柔和な笑み。つらい状況だろうに、彼女はその笑みを僕にくれた。
「英児くんから聞いたの。壮介が、私の為に体を張って頑張ってくれてたんだって。
そこまでしてもらったのに、肝心の私が死んじゃったら…………ヘンだよね」
「あ、いやっそれは…………と、当然っていうか。ホラ、これでも僕、君の夫だから!」
こういう時の咄嗟の反応が、僕は本当に下手だ。つい、しどろもどろになってしまう。
和紗はそんな僕を見て、くすりと笑った。
よく見れば、今日の彼女はすごく血色がいい。頬なんてまるでリンゴのように赤くて、少し前までの彼女とは別人だ。
「私、壮介の帰りを待ってるよ。つらいことがあっても、寂しくっても、ずっと待ってる。
だから…………少しでも早く、戻ってきてね。」
和紗の笑顔を、これほど眩しいと感じたのはいつ以来だろう。
ああ、そうだ。初めて茶屋で彼女と出会った時…………あの時と同じなんだ。
彼女が僕の希望であることは、あの日から変わらない。彼女の為だったら、冷たい塀の中でも耐えられる。
模範囚として勤め上げて、なるべく早く彼女の元に戻ろう。そして、前みたいに2人で笑うんだ。
人生山あり谷あり。
苦難を乗り越えた僕らにはきっと、幸せな未来が待っているはずなんだから。
続く