大樹のほとり

自作小説を掲載しているブログです。

2019年03月

緋色の首輪  2話

「よう帰ってきたな、あのままトンズラする方に賭けとったのに。東京モンは、とにかく泥に塗れんのを嫌がるからのお」
 『調教部屋』に戻るなり、栖村が挑発してくる。
 本当は、ここに戻ってくるのが嫌だった。角刈りのクラクションを無視して、そのままどこかへ行ってしまいたかった。でも、それはできない。あれだけ活き活きとした仲間とファンを見た以上、私だけが逃げる訳にはいかない。
「ご褒美や。今日からたっぷり時間かけて、イク事と男のモン咥えこむ事しか考えられん、立派なメス奴隷に仕立て上げたるわ!」
 栖村が凄むように宣言し、新渡戸が笑みを浮かべる。磯崎は相変わらず死んだ眼で、じっと私を観察していた。
「……勝手にすれば。何をしたって、『私』は変わらないから!」
 私にできるのはせいぜい、3人を睨んで拒絶の意思を示すことだけ。でも、そのたった一つをやり続けてやる。これから、何日、何週間、何ヶ月が経ったって。


「ほな、またご自慢のストリップ拝ましてもらおか」
 栖村がそう言ってウイスキーのグラスを呷る。
 そうだ。服を着て外に出かけた以上は、またここで脱がないといけない。これからも、ずっと。そう考えると、また気が重くなる。

 ( ずっと裸でいた方が、気が楽かも…… )

 そんな事を考えかけ、すぐに思い直す。裸でいることを恥だと感じなくなったら、アイドル失格だ。
「ふーっ……」
 私はひとつ深呼吸してから、リボンタイに手をかけた。栖村達がソファから立ち上がり、近寄ってくる気配を感じながら。
 赤と白で彩られた、ノースリーブドレス風の衣装。こんな部屋には不釣合いなほど可愛いそれを、皺にならないよう丁寧に脱いでいく。
 上をすっかり脱ぎ終え、続いてミニスカートを脚から抜き去ったところで、栖村がさらに距離を詰めてきた。アイツが露骨に視線を向けているのは、私のショーツだ。ぎくり、とする。
 ファンと握手する間、ずっと下半身に疼きを覚えていた。トイレで見た時にも、明らかに愛液の糸が引いていた。そんな状態で半日以上過ごした後のショーツは……
「おいおいおい、どういうこっちゃお前! ワシらに弄られもせんと、勝手に濡らしとるんけ!?」
 栖村の言葉が、答えだ。どうやら染みができてしまっているらしい。
「ファンと握手するだけで濡れたんかい。とんだ変態アイドルもおったもんや」
 新渡戸が勝ち誇ったような表情で詰った。
「ち……違う、あんた達のせいよ! あれだけ焦らされたんだから、そう簡単に落ち着くわけないでしょ!?」
 私は頭にきて反論するけど、声は震えていた。頭の中で、自分の異常を自覚してしまっているから。
「いーや、お前にゃ充分に変態のケがあるわ。お前みたいなツンケンした潔癖女ほど、快楽にどっぷり浸かってまうもんや」
 栖村はそう言って、ガラステーブルから何かを拾い上げる。肩こりをほぐすのに使う、ハンディタイプのマッサージ器だ。
「…………?」
 単なるマッサージとも思えない。なら、何であんな物を?
 訝しむ私の表情を楽しみながら、栖村の指がマッサージ器のスイッチを入れた。ヴウウウーンという、虫の羽音のような音が響きわたる。何もおかしいところはない。
「そのままのカッコでええ、そこ座れや」
 栖村はそう言って、近くのソファを顎で差し示す。
「…………っ。」
 嫌な予感がするけど、逆らえる立場でもない。私は白いショーツと黒のサイハイソックスだけを身につけたまま、ソファに腰掛ける。
「もっと深う腰掛けぇ。だいぶ暴れることになるんや、途中でズリ落ちんぞ」
 ソファの後ろに回りこんだ新渡戸が、そう囁きかけてくる。

 ( 暴れる? 一体、何する気なの……? )

 胸の中に不安が渦巻く。でも、それを表には出さず、淡々と座り方を変える。
 栖村はそんな私に近づき、マッサージ器を私の足の間に近づけた。
「!」
 私はそこでやっと、奴の意図に気付く。あの振動で、さらに私を追い詰めるつもりなんだ。指で撫で回すより、ずっと効率よく。
 ヴヴヴヴ、という音が近づき、とうとうショーツに宛がわれる。その瞬間、私の身体に震えが走った。
「ひゃああっ!!?」
 思わず漏れた情けない声に、栖村が歯を覗かせる。
「どや、コイツは堪らんやろ。指での弄りなんぞとは比較にもならん。ホンマ、文明の利器様々やで」
 栖村はそう言いながら、マッサージ器の先でクロッチ部分をなぞる。ほんの数秒そうされただけで、あっという間に割れ目がヒクつきはじめた。熱いものがお腹の奥からこみ上げる。『イク』感覚だ。
「あ、あ、んんあああ……っ!!!」
 足指を浮かし、踵をソファに押し付けて絶頂に備える。あと1秒で、気持ちよくイケる……そう私が思った、まさにその瞬間。
「よっと」
 いきなりマッサージ器が割れ目から離れ、振動が消えうせる。後に残るのは、イキ損ねた気持ち悪さ。なまじ快感が強いだけに、指の時よりもずっと深刻だ。
「あ、あ……?」
 無意識に視線をマッサージ器に向け、未練がましい声を吐いてしまう。
「どうや電マは、気持ちええやろ。今日からは、これも使うて可愛がったる。ただし、絶対にラクにはさせん。活かさず殺さず、焦らし続けたる。正直に『チンポが欲しい』言えたら、話は別やがな」
 栖村はそう言って、またマッサージ器をショーツに押し付ける。本当に刺激が強い。というより、強すぎる。こんなもので寸止めを続けられたら、狂いかねない。
 でも、だからといって音は上げない。こんな奴ら相手には。
「……好きにすれば」
 私は目を閉じて、ベッドに身体を預ける。
「ああ。好きにさせてもらうわ!」
 栖村の笑い声とマッサージ器の音が、暗闇にうるさく響いた。


    ※           ※           ※


「ほーれ、どうや。またイキそうなんやろ?」
 栖村が、またマッサージ器を離す。でも、私のあそこには痺れが続いている。絶頂にはギリギリで届かない、クリトリスと割れ目が震えるだけの気持ち悪い快感。
「ううう゛、ふうぅ゛…う゛っ…………!!」
 私は歯を食いしばって苦しさに耐える。あと一秒でイけたのに。楽になれたのに。そんな考えが頭を巡る。
「また行くで、辛抱せぇや!」
 その言葉と同時に、また振動が腰を覆った。
「っふ、ぐぅうう゛うっ!!!」
 背中にまでビリビリ来るような快感。これが堪らない。足の指でソファを掴み、腰を突き出すようにして快感を貪ってしまう。力を込めつづけた腹筋が、筋トレをしすぎた時のように鈍く痛む。背もたれに後頭部を預けて堪えているから、うなじの辺りにも同じ痛みが蓄積していく。
 でも、それ以上に快感が凄かった。
 今度は刺激の時間が長い。今度こそイケるかもしれない。ぼやけた頭でそう考えながら、本能のままに腰を浮かせる。すっかり固くなったクリトリスが、マッサージ器を押し上げる勢いで勃ち上がり、割れ目が激しくヒクつきはじめる。
「ふう゛ううーーー…っ!!」
 肺のかなり深いところから、噛みしめた下唇を通り抜けて呻きが漏れる。
「この阿呆が、まーたイク準備しとる。させん言うとるやろ!」
 その言葉の直後、またマッサージ器が引かれた。今度は、あと1秒どころじゃない。あとコンマ数秒というところで『断ち切られた』。
「ううう゛うう゛っ!! ふっ……ううう゛っっ!!!」
 私は、腰を浮かせながら栖村を睨みつけた。悔しい気持ちが抑えきれない。感情が強すぎて、涙さえ零れてしまう。
「未練がましいやっちゃのぉ。そんなにイキたかったんか? ま、しゃあないか。お前、えらいザマになっとるからのぉ。オノレで見てみぃ、パンツが透けて、プックリ膨れた赤いマンコが丸見えや。クリの位置までわかるで。おまけに……」
 一方の栖村は、余裕の笑みで私を見下ろしながら詰りつづける。
 悔しい。詰られることもそうだけど、それが本当だということが、自分でもわかってしまうから。
 あふれた愛液がショーツを満たしていることも。クリトリスが勃っていることも。ビラビラが充血して、嘘みたいに厚みを増していることも、私が一番わかってる。
「ふーっ、そろそろひと息入れるか。オウ磯崎、選手交代や。クリがギチギチに固うなっとるからの、たっぷりイジメたれ!」
 栖村はマッサージ器のスイッチを切ってガラステーブルに置くと、肩を回しながら磯崎に声を掛けた。マッサージ器の音を聞きすぎて、それがなくなると静かすぎるように感じてしまう。

 磯崎は立ち上がり、テーブル横の麻袋から箱を取り出した。箱の蓋を開けると、中にいくつかの筆が見える。何かを書くため……じゃない。マッサージ器の時のように、何か普通じゃない使い方をするはずだ。
 磯崎は筆を一本手に取ると、ゆっくりと私の前に屈み込み、濡れきったショーツを脱がしていく。まるで表情が変わらないから、とにかく不気味だ。
「腹あ決めぇ。今のお前にゃ、ちっとキツい責めやぞ」
 新渡戸がそう言うと同時に、磯崎の筆がクリトリスを撫でた。
「んっ!!」
 くすぐったい。マッサージ器のせいでクリトリスが敏感になっている今は、筆の先が触れるだけで腰が浮いてしまう。
 そんな私の反応に、嬲り甲斐を感じたのか、それとも事務的になのか。磯崎は筆でクリトリスをなぞり続ける。
「あ……っ、ふ、んん、うん……っ!!!」
 我慢しても、声を完全には殺しきれない。強張ったクリトリスを絶え間なく刺激されて、痺れるような感覚があるのに、すっきりイけそうな感じがまるでしない。
 絶頂というものが『コップから水が溢れること』だとするなら、マッサージ器での責めは、蛇口を開いて思いきり水を溜め、溢れそうになれば止めて蒸発を待つ、を繰り返すようなもの。それに比べてこの筆責めは、スポイトで一滴一滴、コップの縁ギリギリになるように水を足されている感じだ。激しさはないけど、際の際まで追い詰められる感じはさっきより酷い。
 割れ目に筆先を這わせて愛液を掬い、それをクリトリスに塗りつけ……これを延々と繰り返されると、元々固かったクリトリスが、はち切れそうなぐらいに勃ってしまう。
「ええ具合になってきとるのぉ。よし、再開や!!」
 栖村はそう叫ぶと、テーブルにコップを叩きつけて立ち上がる。2メートルの巨体が身を起こす瞬間には、周りの何もかもが不安定に揺れた。
「おい磯崎、その女抱えとけ。“ションベンスタイル”でな」
 栖村が命じると、磯崎はソファに沈む私を軽々と持ち上げ、左右の膝裏を手で支える形に抱え直した。ちょうど、小さい子供におしっこをさせるポーズだ。これは、かなり恥ずかしい。
「くうっ……!!」
「はははっ、こら見応えのある格好やのぉ。表情もええ味出しとるわ!」
 栖村は私の顔を覗き込みながら、マッサージ器を拾い上げる。
「ただ、“それ”は見た目がええだけとちゃうぞ?」
 マッサージ器に電源が入り、また割れ目に宛がわれた。痺れるような激しい刺激が下半身を覆い、あっという間に絶頂へ向けて“満たされて”いく。散々味わった甘い地獄。でも、さっきまでとは違うことがある。
 さっき以上に我慢が難しいんだ。子供におしっこをさせるようなこのポーズは、一番お腹に力が入りやすい。つまり、嫌でも感覚が集中してしまう。そこにマッサージ器の振動が加われば、涼しい顔で耐えることなんてとても無理だ。
「んあああっ、あああっ!! ふぅ、う゛……あああ゛っ!!!」
「くくっ。このカッコで焦らされるんはたまらんやろ」
 栖村は笑みを深めながら、マッサージ器を離した。丸い先端から私の割れ目にかけて、太い糸が引いているのが見える。

 ( ……これ、ダメだ。ずっと続けられたら、本当におかしくなる…… )

 たった1回の焦らしで、この責めの危険さが理解できた。いっそ「挿れてほしい」と哀願しようかとも思った。
 でも、そんな考えはすぐに捨てる。
 プライドが許さない、というのもある。でも、それ以上に怖かった。ここで楽な方に流れてしまったら、今後同じような事があるたびに、ズルズルと堕ちていく気がする。その行き着く先は、皆の所へも戻れず、アイドルに返り咲くことも二度とない未来。それは、死ぬより嫌だ。


    ※           ※           ※


「んぅう゛っ! ふう゛ぅんんん゛っっ!!!」
 もう、何十度目の寸止めだろう。私は全身から汗を散らしながら、髪を振り乱し、膝下を滅茶苦茶にバタつかせる。
「おーおー、また暴れよる。ホンマ余裕なくなったのぉ、コイツ」
 栖村が、バカにするような口調で呟いた。それを睨もうとした直後、割れ目に節ばった指が入り込む。指は膣の浅い部分から、奥の狭まった部分までを、確かめるように撫で回す。
「んっ!!」
「さすがに、まだポルチオは固いか。まあええ、じっくり開発したる。時間はなんぼでもあるんやしのぉ」
 言葉の意味はわからないけど、どうやら私の身体の開発が上手くいっていないらしい。その事実に、少しだけホッとする。でも、それも一瞬のこと。
「そら、行くで!」
 またマッサージ器がクリトリス近くに押し当てられれば、あっという間に頭が白く染まる。
「はぁっあ、んああ゛ぁああっ!!!」
「ひひ、どこ見とんねんその目ぇ。アタマ焼き切れたんか?」
 その栖村の言葉は聴こえづらい。ブシュブシュという音が邪魔をしている。次々に溢れる愛液がマッサージ器に遮られ、蛇口を手で押さえた時のように飛沫いている音だ。その音を耳にしている限り、嫌でも『濡れている』事実を思い知らされる。
「くう、うっ……!!」
 またマッサージ器が離された時、私は顔を歪めて呻いた。悔しさと恥ずかしさが、ある一線を超えてしまったから。
「ふふ、だいぶ参っとんのぉ。しゃあない、ツレの声で元気出させたるわ」
 ソファで煙草をふかす新渡戸がそう呟くと、私のバッグを漁りはじめた。中から取り出されたのは、私のスマホだ。
「ちょっと、何する気!?」
「言うたやろ。お友達に電話や」
 新渡戸はスマホを起動すると、私の指を使って指紋認証を突破し、電話帳を探りはじめる。
「えらい事になっとるな。ま、せいぜい声には気ぃつけぇや?」
 栖村も笑みを浮かべながら、マッサージ器を割れ目に押し当てた。
「ば、馬鹿っ!!」
 最後の抵抗で叫んでも、2人がやめるはずがない。

 マッサージ器の音に混じって、耳に近づけられたスマホからコール音が鳴り響く。1回、2回、3回。
 今は何時だろう。水曜日の夕方に帰ってきて何時間か嬲られていたとすれば、夜か。なら、電話相手は家で一人という可能性もある。どうかそうであってほしい。こんな有様を、何人にも聴かせるわけにはいかない。
『やあ、リーダー。どうしたんだい?』
 少し息切れしながらも、ハキハキとした声がする。この男の子みたいな喋り方は、早苗だ。
『えっ、結衣ちゃん!?』
『マジかよ!? おい、後で代われ!!』
 続けて聴こえたのは、あんりと乃音歌の声。
 心臓が凍りつく。最悪だ、みんな一緒にいるらしい。
 耳を澄ますと、電話口からは何かの音楽も聞こえていた。私達のグループの曲だ。
「はっ、はっ……あ、うん、ちょっとね。皆は、今練習中?」
『そうだよ。土曜日まで、あんまり時間ないからね』
 やっぱり、頑張ってるんだ。毎週1000人規模のライブをするなんて、かなり負担が大きいはず。その大事な時に、こんな電話で邪魔をすること自体が申し訳ない。
 そして、後ろめたい事はもう一つ。今まさに、マッサージ器の刺激でイキかけていることだ。それを知られるわけにはいかない。絶対に。
 でも、それを完全に隠すのは無理があった。
『ところでリーダー。何だか、さっきから息が荒いみたいだけど?』
 なるべく呼吸を抑えていたにもかかわらず、あっさりと見破られてしまう。新渡戸が受話器を持ったまま、にやりと笑った。
 まずい。体中の熱い汗に混じって、冷や汗が流れはじめる。シラを切るのは不自然だ。なら、別の理由で誤魔化すしかない。
「い、今ちょっとリハビリがてら、身体動かしててさ」
『あ、そうなんだ』
「うん。でもやっぱり、運動しないと身体鈍るね。すぐ息切れちゃって……」
 喘ぎながら、咄嗟に思いつきで会話を続ける。新渡戸が、くっくっと笑い声を漏らした。栖村もマッサージ器の角度を変えながら、敏感な部分を刺激してくる。
 気持ちいい。イけそうだ。でも、今イクわけにはいかない。早苗に声を聴かれている、今だけは。
『そういえば、変な音もしてない? なんか、大きい虫の羽音みたいな……』
 早苗はさらに突っ込んできた。当然だ。こんな音が聴こえてきたら、気になるに決まってる。でも今は、その当然のことがつらい。
 こんな音、別の何かで誤魔化すのは無理だ。マッサージ器の存在はそのままに、本当の事を伏せて説明するしかない。
「ああ、この音? えっと……ああ、隣の部屋のおばあちゃんかな。歳のせいで肩凝るみたいで、あの、マッサージ器?使ってるみたい」
 何とかそう理由をつける。早苗は、ふーん、という返事をしたものの、変だと思っている様子でもない。
「それより、ライブの準備は……んっ、順調? 行けなくっ、て、はぁっ……ごめんね……」
 さらに突っ込まれる前に、別の話題に切り替える。でも、それが墓穴を掘ることになった。
『そうだね……スキル的には何とかなりそうだけど、問題はメンタルの部分かな。ほら、このグループで1000人って規模は初めてだろう? 空気に呑まれるんじゃないかって、心配なんだ。リーダー、もし良かったらさ、大舞台で緊張しないコツとか、失敗した時のリカバリー方法とか、皆に教えてやってよ』
 次々と、話題が出てくる。
 正直、焦らしを受けながらの電話はきつい。でも、早苗達の不安ももっともだ。ライブで力になれない分、せめてそれを解消してあげたい。

「ん……ん、んっ……も、もし歌詞とか忘れたり、トチっても、固まっちゃダメ。あんりの度胸の、見せ所だよ。今回限りのアドリブって思って、割り切ってこ!」

「はぁ、はぁっ……いい、良子? ファンの皆を楽しませるのが、い、一番だよ。そのためには、緊張とか含めて、まず自分達が楽しむこと。それが、いっ……いいライブをやる、コツだよ」

「の、乃音歌ちゃん、私も、んんっ、乃音歌ちゃんと会えないのは、さ、寂しいよ。今度の水曜日にまた会ったら、ぎゅーってしてあげる。だから、ふ、んっ…が、がんばって!!」
 
 3人が次々とぶつけてくる言葉に、一つずつ応え続ける。
『いく』、『いきたい』――思わず、そんな言葉を口走りそうになりながら。快楽と緊張の板ばさみで、意識が飛びそうになりながら。

 ようやくスマホが切られた時、私はぐったりとうなだれる。でも、休ませてもらえることはなかった。
「嘘がうまいのぉ、さすが女や」
 新渡戸が私の髪を掴んで、口に水のペットボトルを押し込んだ。強引な水分補給は、『もっと水分を出させてやる』という意味なんだろう。
「おら、“おばあちゃんのマッサージ器”やで、たっぷりほぐしたるわ。まぁ、もうトロットロに溶けきって、凝りも何もあったもんやないがな!」
 栖村が指でクリトリスを弄りつつ、割れ目にマッサージ器を宛がう。
 私は、歯を食いしばってその顔を睨みつけた。
「お、覚えてなさいよ……!」
 私一人を詰るならともかく、練習中の仲間まで巻き込んだのは許せない。
「おー、気合入った目ェや。こら、『ハメて下さい』っちゅう言葉は当分出てきそうにないわ」
「確かに。まだまだ、愉しませてもらえそうや」
 栖村達は私を見下ろしながら、嬉しそうに呟いた。


    ※           ※           ※


 栖村と磯崎からの責めは、場所をベッドに移した上で、さらに続けられた。
 栖村がマッサージ器を手に取る横で、磯崎がズボンとトランクスを脱ぎ捨てる。露わになるのは、あいつの『男』の部分。
「ひっ!?」
 それを視界に入れた瞬間、私は思わず叫んだ。前に見たチンピラ2人の物も不気味だったけど、磯崎の場合はそんなレベルじゃない。直径も、長さも、反り具合も、まるで別物。おまけに先端がキノコの笠のように張っていて、幹の部分にはいくつもコブのような物が浮き出ていた。
「いつ見てもえぐいブツやのぉ。また“真珠”の数増えたんとちゃうか?」
 栖村が目を細める。磯崎はそんな栖村に返事もせず、ただ私の目を覗き込みながら、股間の物を鼻先に突きつけてきた。
「し、しゃぶれ」
 少しつっかえた感じの喋りだ。緊張しているのか、それとも元々そうなのか。どっちにしても、威圧感が半端じゃない。無表情にこっちを見据える山賊のような顔は、視線を縫いつけられるような凄みがある。
「イヤよ、汚い!」
 私は叫び、強く口を結ぶ。あんなおぞましい物を口に入れるなんて、とても無理だ。でも磯崎は、やっぱり無表情のまま私の鼻に手を伸ばし、強く摘む。
「んっ!」
 鼻から空気が入ってこないから、息が続かない。少し頑張ってはみたものの、最後には口を開くしかなくなる。その瞬間、磯崎のものが口の中へ入り込んでくる。
「むぁ、あご……!!」
 見た目通り、大きい。口を一杯に開かされる感覚は、テニスボール大のものを咥えている気分だ。おまけに男臭さも酷くて、思わずえづきそうになる。
「し、し、舌を使え」
 磯崎がどもりながら命令する。冗談じゃない。こんな物を咥えさせられている事自体が屈辱だ。いっそ噛んでやろうかと思った、まさにその瞬間。
「歯ぁ立てんなや?」
 私の考えを読んだように、栖村が釘を刺した。
「前にそれやった女は、前歯から奥歯まで全部引っこ抜かれて、フェラしかできん口にされとったわ。ああなったら悲惨やぞ。入れ歯嵌めたらモノは噛めるが、顔の形が変わってまうからのぉ。顔がすべてのアイドルには、致命的やぞ」
 栖村は、笑みを浮かべながら淡々と語る。とんでもない話だけど、磯崎の不気味な無表情を見ていると、歯を抜いたというのも嘘とは思えない。

「んっ、んぶっ! んむう゛っ、う゛っ……ふうぅ゛ぅ゛っっ!!!」
 混乱する頭でも、ずっと声が漏れているのは理解できた。
 上では男の物を咥えさせられ、下ではマッサージ器で追い詰められる。この2ヶ所責めは、精神的にも肉体的にもキツい。
先端を口に含むだけで精一杯な磯崎の物が、そのうちあそこに入るんだと思うだけでゾッとする。口を塞がれているせいで息も苦しい。そんな中で割れ目にマッサージ器を宛がわれると、ますます余裕がなくなってしまう。どうしても腹筋に力が入り、腰が浮き上がる。
 そんな私を、栖村が面白そうに観察していた。
「エロい腰つきしとるわ。何時間も追い込まれて、痩せ我慢も限界か」
 したり顔で笑われると、殴りたいほど腹が立つ。でも、とてもそんな余裕はない。
 栖村の指が、マッサージ器のスイッチを止める。そして私の太腿を両手で掴み、改めてあそこを覗きこんだ。私自身、酷い有様だという自覚のある場所を。
「ひゃひゃっ、こら酷い。ガン開きの上に、マン汁ダラダラ垂らしおって。チンポが欲しゅうてしゃあないって感じやのぉ!」
 栖村はそう言いながら、足の間へ顔を埋める。そして、溢れはじめた愛液を啜った。ずずずーっと、わざとらしいほどの音を立てて。ひどい音だ。悔しさと恥ずかしさで、頭がどうにかなりそうになる。
「そろそろ、口じゃ受けきれんな」
 そう言って栖村が顔を上げると、その口元はすっかり濡れ光っていた。あの全部が自分の愛液だなんて、信じたくもない。
「濃いのにスッキリした、ええ味や。さすがは小奇麗さが売りの東京女、汁の味は極上やな」
 栖村は嫌味交じりにそう言うと、今度は指を割れ目に捻じ込んだ。手の平で割れ目全体を覆い、しっかりと二本指を捻じ込む動き……鏡を通してそれが見える。
「…………っ!!!」
 指が浅く入ってきただけで、体全体が震えが走った。勝手に膣が縮んで、指の感触をしっかりと粘膜に伝えてしまう。
「くくくっ、よう締まる。完全にワシの指をチンポやと思っとるわ。中もヒクヒクしっぱなしで、イク準備は万端ってとこやな」
 臍側に軽く曲がった栖村の指は、狙い済ましたように弱いところを押し込んでくる。
「おあ、あおおっ!!」
 思わず声が漏れる。栖村の狙い通りに。
「ここが堪らんのやろ? 感じやすい女っちゅうんは不幸やのお。ド素人でも判るぐらい、スポットが盛り上がっとるわ」
 指の動きがさらに激しく、擦るようなものに変わった。
「っぷあ!! あっ……んあああっ!!」
 私は唾液まみれのペニスを吐き出し、はっきりとした声を上げる。そうしないと、自分の中で何かが爆発すると直感したから。
「おーおーどんどん溢れて来よる、もうグチョグチョや。イキたいんやろ? イキとうてイキとうて堪らんのやろ?」
 そう言いながらも、栖村の指は止まる。もうあと少しで絶頂できる、という所で。
「ああぁっ!!」
 私は叫びながら足をバタつかせる。なりふりを構っている余裕はない。もう何十回目になるかわからない絶頂の寸止めは、気が狂いそうなほど苦しい。
 そして、調教師の2人がそんな私に同情するはずもなかった。
「ち、ちゃんとしゃぶれ」
 磯崎は、私の後頭部を掴んで咥え直させながら、バタつく左足まで押さえつけた。それを見た栖村も、同じく私の右足首を鷲掴みにしたから、私は180度近い開脚を強いられることになる。
「う、うう!!」
 抵抗を試みても、力士かプロレスラーかという体型の2人に押さえ込まれると、どうしようもない。その上で、磯崎は私により深く咥えさせようとし、栖村の指責めも再開する。

「んぐぅうっ、ううう゛っ!! はぁっ、はぁっ…ぃ、いぐっ……むっ、もおおお゛っ!!」
 絶頂寸前の呻きと、激しい喘ぎ、しゃぶらされて出る声。クチュクチュという指責めの音と、マッサージ器の唸り。そういうものが交じりあって、部屋は趣味の悪いコンサートのようになっていた。
 でもある時から、そこに別の音が紛れはじめる。歌声か、悲鳴か……とにかく大きい声が、遠くから聴こえてくるような。
 そして、その音に反応したのは私だけじゃない。
「……お?」
 新渡戸が小さく呟き、ソファから立ち上がる。そして部屋の奥に引かれたカーテンを少し開くと、その中を覗きはじめた。
「始まったな」
 新渡戸の声色は、私の裸で鼻の下を伸ばしていた時とそっくりだ。たぶん、カーテンの向こうにもここと同じような調教部屋があって、誰かがいやらしい事をされてるんだろう。私はぼんやりとそう考える。でも、すぐにそんな余裕もなくなった。また絶頂の波が襲ってきたからだ。
 そんな私の変化は、すぐに栖村にも伝わった。
「ははっ、また痙攣が酷なってきよった、イキたくて堪らんっちゅう動きや。なんぼ苦しゅうても、絶対にイカせたらん。せいぜいイキ損ねてヒイヒイ泣きながら、オノレの立場を噛みしめぇ」
 栖村の言葉が胸に響く。息苦しさや悔しさで一杯の胸が、もっと苦しくなる。
 延々と続く指責めは、さらにいやらしさを増していた。ギリギリまで追い込んでから、愛液のついた手を下腹や乳房に擦りつける。そしてまた指入れ、という繰り返し。
 その指にしても、もう随分前からあそこの“浅い部分”しか刺激してこない。まるで締まり具合を確認するように、入口付近だけを延々と弄りまわしている。
 嫌な責めだ。そんな事をされると、一切触れられない奥が病的にヒクつく。自分から指を迎えるように、腰がカクカクと動いてしまう。
 何でもいいから、挿れて――そんな願望さえ頭に浮かんだ。一歩間違えばそれは、口をすり抜けて言葉になりかねない。押し留めるには、かなりの意志力がいる。
「はぁっ、はぁっ……わ、私は、こんなのじゃ参らない。借金を返し終わるまで、耐え切ってみせる!!」
 私は唾液まみれのペニスを吐き出し、改めて『調教師』に宣言した。
 紛れもない本心だ。私は調教を耐え切って、芸能界に返り咲く。そしてこんなゴミみたいな連中が、近づけもしないくらいの存在になってやる。その決意は消えていない。
「ほぉ、そら大したもんや。なら、また『コレ』でも耐えてもらおか」
 栖村はそう言って、シーツからマッサージ器を拾い上げた。

  ( いい加減にして……! )

 思わず、顔が引き攣る。
 どれだけ、あの機械に苦しめられたことだろう。何時間か、それとも何十時間か。今ではあれを視界に入れただけで、お腹の奥が疼くようになってしまった。


    ※           ※           ※


「ふーっ、ふーっ……!! んっん、っくぅう゛っっ!!!」
 耐えようとはした。歯を奥歯までしっかりと噛み合わせ、宙に浮く足指が一纏まりになるぐらいに力を込めて。
 でも、我慢できるのもほんの2、3秒。マッサージ器で焦らされれば焦らされたほど、絶頂までの間隔は確実に短くなっている。まるで、最初から7割以上水の入っているコップみたいに。
「ひっ、ひ、はぁっ……んっ、く、はく……んんっ、ふうんん゛ん゛っ!!!」
 声が漏れる。私の余裕のなさを表す声。今は、そんな自分の声さえ憎らしい。あまりにも正直で、あまりにも情けないから。
 コップが満ちる。水道から足される量は多く、あっという間に溢れるラインに近づく。このままなら、あとほんの一秒もせずに、溢れ……
「おっと、イクなや」
 栖村の手が、またマッサージ器を離した。
「ああっ!!?」
 絶頂に浸りかけていた私は、悲鳴に近い声を殺しきれない。割れ目からねっとりと糸を引くマッサージ器の先……その球体を追いかけて、無意識に腰を浮かせてしまう。でも、追いつけない。結局はガクガクと腰を震わせるだけだ。

  ( イキたい、イキたいっ………! )

 頭の中が絶頂の未練で塗りつぶされる。
 嬲られ続けた私の体には、どうしようもないほどの快感が蓄積されていた。マッサージ器が離されても、痙攣が止まらない。痒みすら覚えるほど充血したクリトリスや割れ目が、意思を持っているようにピクピクと動く。いくら止めようと頑張っても、筋肉が言うことをきいてくれない。
「なんや、物欲しそうな目ぇして。オモチャ取り上げられたガキみたいな面やぞ」
 栖村の笑い声がする。涙で視界が滲んで見えないけど、たぶん得意顔で笑ってるんだろう。
 オモチャを取り上げられた子供? そんな呑気なものじゃない。何日も砂漠を彷徨う中で、やっと見つけた水場がオアシスだった……それを延々と繰り返しているようなものだ。
「はぁっ、はぁっ……はぁっ…………!!」
 私が刺激もなしに痙攣しつづける様子を、栖村がじっと観察している。ほんの少しだけ落ち着かせて、またギリギリまで追い詰めるために。
 そんな中、私の肩を押さえていた磯崎の手が動く。興奮して膨らんだ乳房をゆっくりと揉みながら、先端に近づいていく。快感で粟立つ乳輪を指先で扱き、そのままの流れで、固く尖った乳首を捻り潰す。
「んあああーーーっ!!」
 悲鳴が止まらない。胸が性感帯だというのはわかる。でも、この快感は普通じゃない。肩甲骨の方にまでビリビリと来る。
 でも、イけるほどじゃない。いくら気持ちよくても、乳首だけじゃイけない。
 認めたくはないけど、栖村も磯崎もやっぱりプロだ。私が絶頂するラインを計算の上で、少しでも快感が多くなるように積み重ねている。上り坂のジェットコースターのように。
 もし、そんな快感がどこかで爆発したら……私は、正気でいられるんだろうか。そう思うと、痙攣とはまた別の震えが来る。
「おら、もう一丁いくで。キモチええからいうて暴れんなや?」
 心臓まで震えるような羽音が、また近づく。ヴヴヴヴヴ、という音が、濡れきった割れ目に宛がわれた瞬間にジュジュジュジュジュ、という音に変わる。愛液が撒き散らされている音。太腿やお腹に、冷たいようなぬるいような水飛沫が浴びせかかる。
 でも、それを認識できているのもほんの一瞬。すぐに私の意識は、下半身が丸ごと感電したような感覚に持っていかれてしまう。声を我慢するのは無理だから、せめて変な声を上げないように努力する。ただ今となっては、それすら難しかった。感電しながら反応のコントロールなんてできない。
「はっ、はひっ…ひンっ!! へぅうっ!!」
 肺が強張って、しゃっくりのようなものが出る。それが収まると、ようやく『あ』の音が喉から漏れだすけど、それは終わりの始まり。大声を上げると、そのぶん身体の反応も出やすくなる。重量挙げの選手なんかが、声を出すことで馬力を得るように、反応が声に引きずられてしまう。
「あひっ、あっ!! あっく、あっあっあっ!! ふんっ……あああ゛あ゛あ゛っっ!!」
 腰が浮き、Mの字に開いた足がバタつく。意思とは無関係に。
「なんちゅう格好しとるんや。いよいよホンマに、イキとうてイキとうて堪らんらしいな」
 栖村のがなり声すら遠く聴こえる。私の感覚は、絶頂だけに絞られていく。でも、楽にはなれない。ある瞬間、激しい刺激は嘘のように消え去り、宙に放り出されたようなもどかしさが全身を駆け巡る。

「は…っ、は…っ、は………はーーっ、はーーっ…………」

 何分が経っただろう。何回、生殺しのまま投げ出されただろう。
 気付けば私は、濡れたベッドシーツの上で、放心状態になっていた。頭と上半身には、一切力が入らない。逆に下半身は強張りきっていて、踵がシーツに深くめり込んでいるのがわかった。明らかに、普通じゃない状態。
「いよいよ、本番やな」
 ふと聴こえたその声に、脳味噌がゆっくりと反応する。
 栖村……? 違う。あの落ち着いた声色は、新渡戸だ。部屋の奥に立ち、黒いカーテンの隙間から外を見ている、新渡戸の。
 なんだろう。その新渡戸の見ている場所から、綺麗な光が漏れている。
「嬢ちゃん、頃合いや。ええモン見したるわ」
 新渡戸がこっちを振り向き、笑みを浮かべながらカーテンを左右に開く。
 その向こうにあったのは、別の調教部屋……じゃ、ない。それよりも遥かに、遥かに広い……見渡す限りの光の舞台。
 南国の太陽のように眩しいスポットライトが、ピンクや黄色、オレンジと色を変えながらステージを照らす。その向こうには、暗い中に無数のサイリウムが鮮やかに揺れている。私のよく知る世界……ライブ会場の光景だ。
「嘘……!!」
 思わず、そう呟く。まさか、ここがライブステージの裏だったなんて。
 そして、気付いた事はもう一つ。
 ステージで踊っている4人のアイドルにも、ひどく見覚えがある。
 間違いない。見間違えるはずもない。あの、紅いチョーカーをつけた4人だけは。 
「感動の再会、っちゅうわけやな」
 私の表情を見た栖村が、ステージの方を向いて頬を緩める。
 そう、私にはあの4人が見える。ということは、逆に向こうからもこっちが丸見えなんじゃ。
「い、いやーっ!!」
 私は叫びながら、手で必死に裸を隠した。こんな姿を、仲間やファンに見られるわけにはいかない。
「安心せぇ、これもマジックミラーや。あれだけ煌々と照っとるステージから、こっちは見えん。ついでに防音対策も万全やから、ここで何しとってもステージの連中にはわからんわ。まあさすがに向こうでライブが始まると、こっちに聴こえてきよるがな」
 新渡戸は笑いながら、私にそう語る。私は、その言葉にハッとした。
 考えてみれば当然のことだ。『スカーレットチョーカー』の定期ライブは、ヤクザ達がセッティングした、商売のひとつのはず。そこでこんな光景を晒したら、ライブどころじゃなくなって大損害になる。そんなバカな真似は、さすがにしないだろう。
 私が安心して息を吐いた直後、ステージに立つ一人がマイクを握った。あんりだ。

『今日は・・・のライブに・・くれて、・・り・・・ざい・・ーすッ!!!』

 ところどころ途切れがちに、あんりの声が聴こえてくる。元ヤンだけあって、マイクを通したあんりの声は相当大きい。それが完全には聴こえない以上、防音対策が万全というのも本当らしい。
 あんりはさらに客席へ向かって何かを叫んでから、右隣の早苗にマイクを渡す。その早苗も、同じく客席に向かって訴える。その次は良子、最後に乃音歌。
 完全に聴き取れたわけじゃないけど、部分部分でも何を言ったのかは伝わってくる。
 私、『四元結衣』がいなくて、皆が残念に思っているだろうこと。
 私は、病気に苦しみながらも頑張っていること。
 そんな私に、残ったメンバーとお客さんでエールを送る。それが、このウィークリーライブの目的であること……。
 そしてその言葉は、お客さんに好意的に受け止められているようだった。
「……っ!!」
 涙が出そうになる。みんなの気持ちが嬉しくて。そして、罪悪感で。
 病気だなんて嘘をついて、こんなステージ裏で、私は一体何をしてるんだろう。そしてこのヤクザ達は、どういう気持ちでこんな嫌がらせをするんだろう。
 私は、栖村と新渡戸を睨み上げた。その視線は、ちょうど私を観察していた2人のものとぶつかる。
「おーおー、またクソ生意気な目ェしとる。せっかくイカせたろうっちゅう時に」
 栖村は、確かにそう言った。イカせる、と。
「……え?」
「だから、イカせたる言うとんねん。オノレもイキたがっとったやろうが」
 巻き舌で繰り返されるその言葉は、喜んでいいもののはずだった。実際、つい数分前までは、心の底から望んでいた事なんだから。
 とはいえ、この男がお情けで赦しを出すわけがない。きっと、何かある。
「どうせ条件付きなんでしょ? 言っとくけど、みっともない哀願なんてしないから」
 先手を打ったつもりだった。でも、栖村の顔色は変わらない。
「それはもうええ。これは善意や、お前もあのライブに参加させたる」
 栖村はそう言って、ベッド下に手を伸ばす。その手が拾い上げたのは……ハンド型のダイナミックマイクだ。
 栖村の指がスイッチを切り替えると、マイク横のランプが緑色に光った。また切り替えると、ランプが消える。
 オンオフ機能のついた、本物のマイク。嫌な予感がする。
「どこに、繋がってるマイクなの……?」
 ゆっくりと、息を吐き出すように尋ねる。まさか、と思いながら。
「そら当然、あん中や」
 栖村の指が指し示すのは、案の定ライブハウスの中だ。そうとわかった瞬間、私の中で何かが切れる。
「ふざけないでっ!!」
 私は、声を限りに叫んだ。
 ライブは、ファンとアイドルが繋がれる貴重な時間だ。皆、その僅かな時間を楽しみたくて、安くないお金を払ってくれてるんだ。それを茶化すような真似は、絶対に許せない。でも、私がいくら怒ったところで、ヤクザ2人の薄ら笑いは消えなかった。
「安心せぇ。コレは壊れかけのポンコツでな、口近づけて声張らんとよう拾わんのや。オノレがよっぽど恥知らずに喚かんかぎり、誰の耳にも届かんわ」
 栖村は私の背後に向けて目配せする。すると、後ろから磯崎の腕が伸びてきて、何かを私の傍に置いた。ハンドラップという、上部分を押すと少しだけ水が出てくる道具だ。毛深い指がそれを1回叩き、流れるような動きでクリトリスを摘みあげる。
「んっ!!」
 充血しきったクリトリスには、そんな刺激ですらつらい。でも痛みはなかった。磯崎の指先が、愛液よりもっと滑らかなもので濡れていたから。

  ( これって、オイル……!? )

 嫌でも、そう気がついてしまう。リュネット時代のロケで体験した、オイルマッサージを思い出す。身体が蕩けるみたいに気持ちよかった。カメラが回ってるのはわかってたのに、何度も声が出た。あれを、こんな状態のクリトリスにやられたら……正直、我慢しきれる自信がない。
「まずは挨拶代わりや。一発イカせたれ」
 栖村がそう言うと、磯崎は人差し指と中指でクリトリスを挟み込み、撫でるように刺激しはじめた。ソフトな刺激が、まったく同じ調子で繰り返される。オイルの滑りもあって、あっという間に快感が満ちていく。
 あと4秒、あと3秒……
 もう何百回、そういうカウントダウンをしただろう。これまではずっと、ギリギリで止められてきた。でも、今回は違うはず。
 ……あと2秒、あと、1秒……
 いつもなら、嘘のように刺激が止まる瞬間。でも磯崎の指は、同じ調子でクリトリスを撫で続ける。

  ( い、イける……今度こそ……!! )

 快感のコップが満ちきった。とうとう一線を超えた。後はこの太い指が導くままに、絶頂すればいいだけだ。私がそう思い、浸る体勢に入った瞬間。
 また、指が止まる。
「っ!?」
 心臓が凍りついた。
 刺激は消えた……でも、絶頂へ向けてスピードの乗り切った体は止まらない。磯崎の指に挟まれたまま、クリトリスがピクピクと痙攣を繰り返す。アソコが喘ぐようにヒクついて、腰が小さく何度も浮く。絶頂を抑えきれない。
「くくっ、いよいよや!」
 私の反応を見て、栖村が緑ランプが点いたマイクを突き出してくる。私は咄嗟に唇を閉じ合わせた。そして、その直後、ついにコップの水が表面張力を失う。待ちかねたとばかりに、縁から水があふれていく。次々に。
「っく、ううぅんんっ……!!」
 口を閉じたおかげで、声は殺せた。でも絶頂の反応はそのまま漏れる。
 Mの字に開いた足の内腿が、普通じゃないぐらい筋張り。足指全部が反り返り。あそこは一度収縮してから、ふーっと緩まっていく。我慢し損ねなのが嘘なくらい、はっきりとした絶頂。
「はっは、わかりやすいイキっぷりやのぉ!」
「おお。指は途中で止まっとんのに、オノレで勝手にイキくさりおった!」
 新渡戸と栖村が、マイクを切って笑う。
「はぁっ、はぁっ……あ、当たり前でしょ、あんなに焦らされたんだから! アンタ達が逆の立場なら、我慢できてたの!?」
 悔しくてそう言い返すけど、意味のない言葉だった。もし、なんてない。ヤクザ3人は追い込む側、私は追い込まれる側。この現実が全てなんだ。
「どうでもええわ。大事なんは、オノレがどんだけ辛抱できるかや。その磯崎は口下手な代わりに、こまい作業をやらせたら天下一品やからの。せいぜい悶え狂わんように、根性見せぇ」
 栖村が得意げに語る中で、磯崎の指先がまたハンドラップを叩く。指先がオイルで濡れ光り、それがまた私のクリトリスに宛がわれる。

  ( もう、これ以上笑われるもんか……!!! )

 私は口を閉じたまま、正面でにやける栖村達を睨みつけた。
 心のどこかで、『無理だ』という声を聴きながら。



    ※           ※           ※



 また、絶頂が来る。前の絶頂が収まってもいないのに、また。
「っくイグイグ……!! あ゛あっイグ………ま、またっ、あ゛、あ゛……!!」
 水で満ちあふれたコップを、激しく揺らされているような感覚。中身は常に零れつづけ、液面が安定することは一瞬だってなかった。
「はははっ、また嬉しゅうて泣いとるわ!!」
 新渡戸が私の顔を覗きこんで笑う。その言葉通り、いつからか涙が止まらなくなっていた。快感のせいか、苦しさのせいか、自分でもわからない。でも声だけは、必死に抑え続けている。
「おら、アッチも盛り上がっとるんや。オノレからもエエ声聴かせたれ!」
 栖村がそう言って、またマイクを突き出した。ランプは緑。
「……ン゛っ、ふぅっ、ン゛んん゛ん゛っ!!」
 私は急いで、下唇に前歯を食い込ませる。これが一番声を殺せるから。とはいえやりすぎたらしく、血の味が口に広がってしまう。
 それにそのやり方でも、声を抑えるのはギリギリだった。
 この数十分だけで、何十回の『クリイキ』を味わわされているだろう。磯崎の太い指は、時々ハンドラップからオイルを補給しつつ、まったく同じ調子でクリトリスを弄くり続ける。違う責め方で一息入れられる可能性は一切ない。これ以上なくシンプルで、これ以上なく厄介な嬲りだ。
 また、絶頂の波が来る。問答無用で足を攫うような、強い波が。
「っく、ひぃ…っぐ………ふウウウう゛…ん゛ん゛っ!!!」
 唇を噛んでも、声を殺しきれない。唇の端から漏れていく。無理をしているせいで目元がピクピクと蠢く。
 かろうじて確保できた視界の中で、栖村がマイクのスイッチを切った。それを脳が認識した瞬間、私の中でもスイッチが切り替わる。
「……ぷはっ! ああ、あ…た、またっイッグぅううう゛ッッ!!!」
 マイクに拾われない安心感で、生々しい声が漏れた。当然栖村達には笑われるけど、それどころじゃない。
「お、おねがい……ちょっと、やずませてっ!!」
 唾液まみれの口を必死に動かしながら、後ろの磯崎に哀願する。でも磯崎は応じない。表情すら変えず、ロボットのように淡々と同じ動きを繰り返す。
「あ゛、あ゛っ……っくぁう゛んン゛っ!!」
 また、絶頂。私は前屈みになって磯崎の腕を掴む。その無意識の動きを、栖村が目敏く見つけた。
「カハハッ! お前そら、まるっきり男に縋りついて甘えとる手ェやんけ。オウ良かったなぁ磯崎、お前このガキに懐かれとんぞ!!」
 私の手を指差しながら、下品な笑い声で茶化される。
「ふうっ、ふうっ……そ、そんなわけ、ないでしょ!」
 笑われたら最後、握っていた磯崎の腕から手を離すしかない。
 甘えたわけじゃないけど、縋りつくというのはその通り。イキすぎて、下半身の感覚がフワフワと頼りない。その意味で磯崎の腕は、ちょうどいい支えだった。でもそれに掴まれないとなれば、シーツに手をつき、大股開きの足に力を込めて耐えることになる。
「くっ…はぁ、あ゛っ!」
 支えのない状態だと、よけいに絶頂が深まった。ぐらつかないように腰を据える動きが、絶頂と相性が良すぎるんだ。
「だいぶ余裕がなくなってきたな。よし磯崎、そろそろアソコも弄ってやれ」
 私の顔を見ながらそう言ったのは、新渡戸だ。
「うす」
 磯崎は呟くように返事をすると、右手でクリトリスを摘んだまま、左手を割れ目の中に潜り込ませた。
「あっ!」
 声が出る。クリトリスの刺激で蕩けきった割れ目は、軽く撫でられるだけでもかなり効いた。
 そして、磯崎に容赦はない。ぎちゅっぎちゅっと音を立てながら、割れ目の中を刺激してくる。飛び出た第二関節で、充血したビラビラを擦られるのも、指先でGスポットを押し込まれるのも、ただただ気持ちよくて仕方ない。
「ふーーっ、ふーー……っっく、んぃ……ぃいい゛っ…………!!」
 なんとか声を殺そうとしても、多少は漏れてしまう。
「どうせミジメなんは変わらんのや。イク時ゃ、素直にイク言うた方が楽やぞ?」
 栖村が笑いながら、またマイクのスイッチを入れた。その顔を睨むと、自然に禿頭の向こうのステージへ眼を向けることになる。

  ( 皆……!! )

 仲間の姿を見ながら、飽和した快感に呑まれるのは地獄だ。絶頂を堪えるのは無理でも、声だけは我慢しないと。ライブに参加できないだけでも申し訳ないのに、それ以上の迷惑なんて掛けられない。
「ふんん…んっ、くんんん゛ん゛ん゛…………っ!!!」
 口元のマイクに緑ランプが点っている間は、必死に声を殺す。そしてマイクが切られたのを確認してから、溜め込んだ息を吐きだす。その繰り返し。
「ぁああ……あ、ああっ! はぁ…んあぁああああ゛っ!!!」
 クリトリスとGスポットの2ヶ所責めになると、どうしても『あ』の声が漏れた。腋と同じく、膣の浅い部分にも顎を開くボタンがあるのかと思うぐらいに。
「おーおー、ヨダレ垂らしおって。情けないのぉ」
 その栖村のバカにしきった声で、ようやく自分の状況がわかった。確かに、口の端に生ぬるいものが流れている。アイドルが晒していい顔じゃない。恥ずかしいし、悔しい。でも、そんな事に構う余裕がないのも事実だった。
 アソコの快感で、下半身が感電したように痙攣を続けている。元々ライブの音圧がビリビリ来てはいるけど、もう部屋そのものが揺れているのか、それとも私の身体が震えているのか判らない。
 そんな私を、磯崎達はさらに追い詰める。
 最初の異変は、3人の目配せだった。正面の栖村と、その左の新渡戸、そして私の背後にいる磯崎が、それぞれ視線を交わしあう。すると磯崎がクリトリスを離し、割れ目からも指を抜いた。そしてそのオイルと愛液に塗れた手で、いきなり私の乳房の根元を握り潰す。ちょうど、先端部分を搾り出すように。
「くひっ!?」
 痛かった。でもそれと同じぐらい、痺れるような快感があった。何度も焦らされ、イカされ続けて、乳首回りはすっかり敏感になっている。そこを搾り出されるんだから、感じないわけがない。でも、本番はそこからだ。
「たっぷり可愛がったる。せいぜい悶え狂えや!」
 栖村とも新渡戸ともつかない声がそう言った、直後。2人の手が左右の乳首に伸び、思いっきり捻り上げた。
「んああああ゛っ!!」
 たまらない。背中にまで抜けるような痺れが、両の乳首から迸る。シーツについた両手がガクガクと震える。イってるんだ、胸だけで。ショートしかけた頭が、かろうじてそう認識していた。

 そしてそこから、本格的な嬲りが始まる。
 両乳房を揉みしだきつつ、他の2人が先端を捻り潰す動きに合わせて乳房の根元を搾り出す磯村。
 左手親指でクリトリスを転がしながら、割れ目に指を入れ、右手で乳首を捻り上げる新渡戸。
 同じく乳首を弄びながら、気まぐれに割れ目に指を捻じ込んだり、マイクのスイッチを入れる栖村。
 マイクの恐怖に怯えながら、乳首、クリトリス、膣内を同時に責められると、気が狂いそうになる。
「はふうっ……んう゛っ、んうう゛っ! ぃぐ……いぐううあ゛っ…………!!」
 乳首が乱暴に捻り上げられるたび、割れ目がぐちゃぐちゃと水音を立ててかき回されるたび、私は呻きながら絶頂を訴えた。
 息が苦しい。ほとんどまともに空気が吸えていない。頭がボーッとする。
「ああ、はあぁあ゛あ゛……っ!!」
 また絶頂の波が来た。今度は、頭から飲み込まれるような高波だ。しかもその瞬間を狙って、栖村がマイクのスイッチを入れる。
「……んん……ーッ!」
 咄嗟に、血の味のする下唇に歯を立てた。それでもまだ声が漏れるから、奥歯を噛みしめつつ顎を引いて、強引に殺しきる。
 顎を引くのは有効だった。鎖骨に顎を埋めれば、かなり声を抑えられる。でも、栖村達がそんな逃げ道を許すはずもない。
「おい、ヘバんな!」
 栖村が私の髪を掴んで前を向かせる。そして私の顔を見るなり、眼を細めた。
「くくっ。なーるほど、こら必死に隠すわけや。えらいツラになっとるわ」
 その言葉が胸に刺さる。自覚はあった。脂汗に涙、涎、鼻水。ありとあらゆる汁に塗れ、呼吸困難で喘ぐ人間の顔が、まともな訳がない。
 ステージに立つ4人とは大違いだ。皆、汗こそ掻いているものの、堂々とした良い顔をしていた。それと自分を比べると、泣きたい気持ちになる。そして弱さに流れたら最後、ますます気持ちよさに抗えなくなってしまう。
「っはう、うんっ……んんっ、んはぁ……あああ…………!!」
 6本の手で性感帯を刺激され、あさましく声を上げている最中。ちょうどステージ上で曲のパート変更があり、センターの良子がバックに下がった。その時たまたま、こっちに歩いてくる良子と視線がぶつかったんだ。
 もちろん、向こうからこっちは見えない。良子が私を見ていたはずはない。でも、良子の晴れ晴れした顔を見た瞬間、私の中で何かが堰を切った。
「ああ、あああっ……い、イ゛ッグウウウぅうううっ!!!」
 それまで辛うじて堪えていた『汚い叫び声』が喉からあふれ、割れ目の奥が病的にヒクつく。尿意のようなものが沸き起こり、それがあるラインを超えた瞬間、私の割れ目から勢いよく何かが噴き出した。それはベッドを飛び越えて、ステージと部屋を区切るガラスにまで浴びせかかる。
「おおっ、とうとう潮噴きおった!」
 新渡戸の言葉によれば、私がしたのは『潮を噴く』という行為らしい。
「また盛大にぶち撒けよって。クリに逝きグセついただけやのうて、Gスポまで極まったんか? こらこのガキ、一気に感じやすうなりますわ!」
 栖村も嬉しそうにマイクを握り直す。

「んう゛っ、 ふうう゛っ! あああ、いぐっ、いぐうぅう゛っ!!」

 それから私は、何度も『潮を噴かされ』た。乳首を捻り潰されつつ割れ目を掻き回されれば、あっという間に尿意のようなものが限界を超えてしまう。特に、3人の手指が競うように割れ目へ入り込み、別々の方向を刺激してきた時には、かなりの声が出た。
 鼻が詰まって息苦しさがひどい。マイクの緑ランプが点いている間は、声を殺すために鼻呼吸をするしかないけど、そのせいである時私は、大きな鼻提灯を作ってしまった。当然大笑いを受けて、死にたいほど恥ずかしかった。その羞恥が、余計に私から余裕を奪う。

 ようやく3人の指が割れ目から抜かれた頃、私は、後ろにいる磯崎の太い首に手を回していた。これも多分、甘えているようだと野次られたに決まってる。でも、それを聴く余裕すらなかった。何度も潮を噴き、涎を垂らし、乳首だけで肩まで震わせて絶頂する――そんな、溺れるも同然の状態だったんだから。
「はぁっ、はあーっ、はぁーっ…………」
 汗まみれで荒い息を吐く私を、ヤクザ達が見下ろしている。涙でぼやけきった目では、その表情は読み取れない。でも雰囲気からして、私を休ませてはくれないようだ。
「おら、シャンとせぇ! まだまだこれからやぞ?」
 栖村はがなり立てながら、黒いガムテープのようなものを拾い上げた。


    ※           ※           ※


 栖村の手にした物は、『ボンデージテープ』というらしい。テープ同士は静電気で張りつくけど、肌やシーツにはくっつかない。栖村と磯崎は、そのテープでまず私の腕を後ろ手に拘束する。その上で、ベッドへ鼠色のビニールシートを被せた。まるで濡れることを想定しているように。
「よし、これでええ」
 栖村に肩を押し込まれ、ベッドの縁に座らされる。
 テープの拘束は、静電気にしてはかなり頑丈で、両肘を抱えるような格好のまま腕が動かせない。そんな状態で大股を開かされ、ステージへ丸裸を晒していると、頭がおかしくなりそうになる。
「何する気!?」
「何って、決まっとるやろ。まだまだイキ足りんっちゅう顔しとるからな。大好きなコイツで、死ぬほどイカせまくったるわ!!」
 栖村はそう言って、ベッドに放置されていたマッサージ器を拾い上げた。そして私の方を向いたまま、ベッドの縁に片足を乗せ、マッサージ器のスイッチを入れる。散々聴き慣れた重苦しい羽音が、鼓膜と内臓を揺さぶってくる。散々焦らされた上での絶頂を知った今、その快感に抗える気がしない。
「くっ……!」
 私は栖村の余裕の笑みを睨みつけながら、歯を噛みしめて顎を引く。ミジメな姿だけは晒したくないから。
 その直後、マッサージ器がクリトリスに触れた。
「んっ……!」
 口を閉じ合わせて、何とか声を殺す。
 ここ数日、何度このマッサージ器で昂ぶらされ、何度寸止めの地獄を味わっただろう。やっぱり機械の振動は、指よりずっと絶頂に近づくのが早い。
「ふんんん……んんっ…ぁ!」
 引いていた顎が、どうしても持ち上がり、喘ぐ形に開いていく。クリトリスとあそこの入口も、同じく喘ぐようにピクピクと反応する。
「ふっ、く……あ、んんん゛っ、あうっ、ふうぅんン゛ン゛っ!!!」
 快感が高まるにつれて、声が抑えられなくなっていく。ピクピクと震える反応が、あそこだけじゃなく、太腿や下腹にまで広がっていく。下半身すべてに、痺れるような感覚が根を張る。
 今朝までなら、この感覚が生まれてすぐに、マッサージ器が離された。そのたびに、せっかく根を張った快感が半端に放置され、腐り落ちた。でも今は、マッサージ器が宛がわれ続けている。快感の根が太く、指先の方にまで伸びていく。身体の重心が保てなくなって、上半身がゆらゆらと揺れはじめる。
「おら、倒れんなや」
 栖村がニヤけながら、私のうなじを鷲掴みにしつつ、押し当てたマッサージ器を軽く上下に揺らしはじめる。
 それが、駄目押しになった。
「……んんんん゛ーーーっっ!!!!」
 私は歯を食いしばったまま、絶頂に飲み込まれる。さっきまで指で何度もイカされていたけど、それとはまた重さの違う絶頂。後ろで縛られた腕を背中につけたまま、何度も背を反らす。その度に割れ目の辺りから、じぃん、じぃん、というなんともいえない快感が這い登ってくる。まるでコーラのように、いけないとわかっていても貪ってしまうタイプの快感。
 そんな私の絶頂は、傍から見ても丸わかりだったんだろう。
「くくっ、イキおったな。体中震わせおって、ホンマに中毒かい」
 栖村が嘲笑いながら、一旦マッサージ器をクリトリスから離す。ようやくの解放。でも頭のどこかが、あの甘さに未練を残している。中毒、という栖村の指摘を裏付けるように。
「はぁ、はぁっ……バカじゃないの? なにが、中毒よ………こ、こんな事されて、イカないわけないでしょ!?」
 私がおかしいわけじゃない。同じ目に遭ったら、誰だってこうなるに決まってる。
「ほぉ、まだ余裕がありそうやな。ほな、もうちっと遊ばせて貰おか」
 すぐ傍で私の絶頂を見ていた新渡戸が、磯崎に目配せする。
 磯崎は何かを握っていた。マウスオープナー……歯のホワイトニングを受ける時に使う道具だ。その名前通り、口に嵌められれば歯を閉じ合わせることができなくなる。
「ま、まさか……!」
 表情を引き攣らせる私に、無表情の磯崎が近づき、毛深い指でマウスオープナーを口に宛がってくる。
「や、やぁっ……あごっ!!」
 抵抗しようにも、腕は使えない。口を閉じようとしても、頬を掴んで強引に開かされ、強引に口を開かされる。
「くくくっ、エエ面や。普段澄ました顔ばっかしとる分、余計になぁ!」
 栖村が笑いながら、マッサージ器をクリトリスに押し当てはじめた。
「えあっ!!」
 今度は声が漏れた。口を閉じられないと、声を殺しきれない。

  ( もし、またマイクのスイッチを入れられたら…… )

 そんな私の不安をよそに、マッサージ器の振動は淡々と私を絶頂へと押し上げていく。
「ああ、あぁっ……ぁ、ああ、はぁああ……!!」
 快感の根が脈打つ。イッたばかりだから、異常に敏感になっている。私は無意識に足を閉じ、快感に耐える形を作っていた。すると、磯崎の腕が太腿を掴む。
「あっ!?」
 力を込めて抵抗しても、あっという間に足を開かされてしまう。さらに磯崎の指は、太腿からスライドし、小陰唇の上側を押しひらいた。クリトリスを露出させるために。この効果は覿面だった。ただでさえきついマッサージ器の振動を、より強く感じてしまう。絶頂までの道のりが、一段飛ばしになる。
「ああぁ、あぁ、ああっああっあっ……ハァッ…ハァッ、あっ、ハァァッ!!」
 喘ぎ声が早くなり、息も切れてきた。太腿と下腹がピクピクと痙攣をはじめた。二度目の絶頂はすぐそこだ。そしてそれは、一回目の繰り返しじゃない。一度イって敏感になった状態でまたイくのは、気持ちがよすぎて怖い。
「あ、ああ、あっ! いあっ、やええーーーっ!!」
 私は恐怖のあまり叫びながら、前屈みに上体を倒す。本能がこれ以上は危険だと訴えていたから。でも、ヤクザ3人に情けはない。
「コラ、身体起こさんかい!!」
 栖村は肩を掴んで、私に背筋を伸ばさせる。
「もうイクんが怖なったか、勘のええガキやな」
 新渡戸がほくそ笑む中で、磯崎がさらに足を開かせてくる。
 そんな状態でマッサージ器を宛がわれ続けると、もうもたない。
「あ、あ、あ゛……あぁ゛っ、らえ゛え゛っ!!」
 体中をピクピク震わせながら、何度か喘ぎ……そしてある瞬間、絶頂のラインをするりと飛び越えた。
「え、えぐっ!! えぐうう゛う゛ぅぅ゛ーーーっ!!!」
 閉じない口から呻き声を上げ、足指をピンと伸ばして絶頂する。溜めに溜めた尿を漏らすような、異様な開放感が背筋を駆け抜けていく。
 体力をだいぶ持っていかれる絶頂。でも、マッサージ器は止まらない。2度の絶頂で痙攣しつづけている割れ目を、容赦なく刺激しつづける。
「らえっ、らえ゛っ!とえてぇーーっ!!」
 必死に責めの中断を訴えても、聞く人間はいない。むしろ手で太腿をこじ開け、割れ目を指で盛り上げるようにして、よりピンポイントに快感を与えてくる。
 そこからが、地獄の始まりだった。
 2度の絶頂で敏感になったあそこを嬲られれば、すぐに3度目の絶頂が襲ってくる。そのせいでさらに敏感になって、4度、5度と立て続けにイかされてしまう。
「はぁっ、はぁっ、ああ゛……らめ、らめらめ゛っ…………!!」
 私は、開いた口から涎を垂らしながら、首を振りたくって否定の意思を示した。あまりにもつらいから、足をバタつかせ、左脚に右脚を絡ませるようにして責めの邪魔をしたりもする。そのたび男の力で強引に足を解かれ、また私が絡ませ、が延々と繰り返された。
「暴れんなっちゅうとるやろが、このガキ!」
 そのうち栖村が痺れを切らしたように叫び、私の両脚の間に自分の足を割り込ませてきた。そのまま関取のような太い足で右脚を押さえ込まれれば、もう足を絡ませての抵抗はできない。それが、最後の抵抗だったのに。
「はっ、はっはっはっ……あああ゛あーっ、ああ゛ーーーっ!!」
 激しく喘ぎながら、為すすべもなく絶頂する。あまりの苦しさに、涙が頬を伝っていく。その涙はたぶん、調教師3人が待ち望んでいたものだ。
「だいぶ参ってきとるな」
 新渡戸が笑みを浮かべながら、マイクを拾い上げる。そして見せ付けるようにスイッチを切り替え、私の口元に近づけてくる。
「!!」
 全身が強張った。ライブは佳境に入ったところだ。声を出しちゃいけない。皆のステージを邪魔しちゃいけない。それはわかってる。でも、そう考えれば考えるほど、割れ目で唸りを上げるマッサージ器を強く意識してしまう。
「……ぁ、ぁ……っ!! か、はっ、はぁぁあ…………っ!!!!!」
 私は、喉を開けるだけ開いた。なるべく声が漏れないように。でも、いつまでも堪えられるものじゃない。そうしている間にも、何度も何度も絶頂の波が襲ってくる。
「ぅ、ぅう……っ!ぅぅぅーーー~………ッッ!!!」
 足指の先までが震え、全身が痙攣し続けた。
「くくっ」
 永遠にも思える時間の後、新渡戸の含み笑いが聴こえ、ようやくマイクの緑ランプが消える。その瞬間、私の中で枷が外れた。
「くはっ、はっはっはっ、ああ、あああ゛あ゛っ!! えぐえぐえぐっ、えぇぐううう゛うう゛っっ!!!」
 涎を散らしながら、絶頂を訴える。
「はははははっ! またえっらいツラになっとんぞお前?」
 栖村は大声で笑いながら、あくまでマッサージ器を離さない。無理矢理開かされた両足が、普通じゃないほど固くなっている。腹筋が攣りそうになる。割れ目の中で、どろっ、どろっ、と愛液が吐き出されていくのがわかる。
 その絶頂地獄が何分も続いたある瞬間、とうとう決定的な開放感が脳に伝わってきた。今度のこれは、愛液じゃない。
「いあ、いああ゛ーーっ!! とえて、おぇがいとえてええぇぇっっ!!!」
 不自由な口で、必死に叫ぶ。でも栖村も新渡戸も、笑みを深めるだけだ。
 その果てに、開放感が押しとどめられなくなる。太腿が震え、割れ目がヒクついて……とうとう、水音がしはじめた。生温かいものが、お尻に垂れていく。さらにそこから、足を伝って床にも。
「くははっ! このアマ、とうとうションベン漏らしおった!」
「おーおー、ビッショビショや。仲間が必死にライブやっとる裏で呑気にお漏らしとは、ええ御身分やのぉ!!」
 詰りの言葉が投げかけられる中で、私は呆然としていた。
 
  ( …………漏らした…………? 私が…………? )

 絶頂と同時の失禁。それは、私の頭を凍りつかせるのに充分な効果があった。私の目指した『アイドル』は、用を足すところを誰かに見せることなんてしない。ましてや、あさましくイキながら尿を撒き散らすなんて、絶対に有り得ない。
「こいつ、ショックでボケーッとしとる」
 栖村の声がした。その声で意識を取り戻すと、ちょうど目の前にマイクが突きつけられるところだった。ランプは、緑。
 額から汗が噴きだす。まだ、耐える体勢を作れてない。声を抑えきれない。
「あぁ、あ…………がらっ、あガぁ、ああえら゛ぁ゛っ……!!!」
 なんとか喉を狭めるけど、結局は口の中に溜まった唾液のせいで、うがいのような音が出てしまう。
「くははっ、お前笑わせんなや!!」
 すぐに新渡戸がマイクを切り、ひいひいと腹を抱えて笑う。人の気も知らないで。
「あがっ……!!!」
 私が涙ながらに睨みつけると、栖村は口笛を吹いた。
「ほー、まだ睨めるんか。ホンマ、ええ根性しとるわオノレは!」
 栖村は唸るようにそう言い、一旦マッサージ器を割れ目から離す。そして私の膝裏を掴むと、身体ごとひっくり返すように持ち上げた。ちょうど、濡れきった割れ目が天井を向くように。
「どや、恥ずかしいやろ。『マングリ返し』っちゅうんや。メス奴隷の定番の格好やさかい、ようアタマに叩きこんどけ」
 私の顔を覗き込みながら栖村が言い、改めてマッサージ器を割れ目に宛がう。
「あうう゛う゛っ!!」
 呻きが漏れた。足で腹部を圧迫するこの格好は、尿意が刺激されてしまう。
「いあ゛っ、いあああ゛っっ!!!」
 首を振りながら嫌がるのも虚しく、また失禁が始まった。今度は生温かいものが、お尻の方じゃなく、太腿を横切るようにして流れていく。
「こいつ、また漏らしとる。しかもまだ黄色いで? どんだけ濃いションベンや」
 栖村の言葉が胸に刺さる。でも、それすら気に留めておけないほど、絶頂の波が立て続けに襲ってくる。
「あああ゛ああ゛っ、いぐぅぅう゛いぐっいぐっ!! ひイグぅう゛うう゛゛ーーーっ!!! しぬっ、じぬうう゛っ!! グのやずまえて、イグのどまんないっ!! おえがいぃっ、やずまぜでええぇーーーっっ!!」
 私は、開口具を軋むほど噛みしめながら、情けない声を上げつづけた。絶頂すれば絶頂するほど、息は苦しくなるし、割れ目は蕩けていく。イっている最中にまたイくような状況で、平然としていられるわけがない。
 当然、その余裕のなさは、調教師3人の笑いの種になった。何度も何度もふざけ交じりにマイクが突きつけられ、そのたびに必死で声を殺す私の様子を嘲笑う。
 ある時には、本当に声を抑えるのが限界で力みすぎ、おならのようなものが出たから、それはもう大声で笑われた。鬼の首を取ったように指を差され、罵詈雑言を浴びせられる。でも、その内容はあまり頭に入ってこなかった。私自身が一番その事実にショックを受けていて、ボロボロと泣いてしまっていたから。

「はぁっ、はぁ……も、もう、いい加減、休ませて……このままじゃ、本当におかしくなる…………。」

 マウスオープナーを外されたのは、どれぐらい経った頃だろう。私は全身あらゆる体液に塗れながら、息も絶え絶えにそう懇願した。屈辱的ではあったけど、自分が自分でなくなりそうで、本当に怖かったから。
 そんな私を見て、新渡戸が溜め息をついた。そして一旦ベッドを降り、部屋の奥へと歩いていく。
「ライブは、終わったようやな」
 新渡戸のその言葉でステージの方を見ると、ステージ側のマジックミラーはただの鏡に戻っていた。ステージのライトが消えて、この部屋の方が明るくなったんだ。
 私は、ほっと胸を撫で下ろす。ライブの終わった今、マイクに怯える必要もない。でも、そんな私の幸せな気分は、すぐに消え去る。
「なに安心しとるんや、このボケ」
 栖村は、吐き捨てるようにそう言った。
「……え?」
 私は、ひどく間の抜けた声を漏らしたと思う。ライブ終わりという区切りで、一休みできる気になっていたから。
 我ながら甘すぎた。いくら苦しくても、気を緩めるべきじゃなかった。栖村達は調教師。私を追い込んで、追い込んで、自我を壊すのが目的なんだ。
「まだまだ、休ませへんぞ。こっからはワシら3人で、足がガクガクんなるまで可愛がったるわ!」
 栖村は、皮のたるんだ顔を吊り上げて笑う。
 どこまでも醜いその顔は、とても人間のものには思えなかった。

緋色の首輪  1話

※ゾンビランドサガの水野愛からインスピレーションを得た、アイドル物です。
 NTR要素はなし。スカトロ要素は大小共に一部あるため、ご注意ください。




 もう、限界かもしれない。
 足がふらつく。まっすぐに歩けない。疼き続ける下腹部から、また熱いものが垂れていく。
「はぁ、はぁ……はぁ……っ」
 堪らず近くのビルに寄りかかると、ガラスには見覚えのない顔が映っていた。
 ニット帽からはみ出た黒いショートボブに、天然の二重瞼、サングラス越しに覗くクッキリとした吊り目。控えめな鼻に、ごく薄い唇。
 顔のパーツは紛れもなく私のものだ。でも、私じゃない。本当の私なら、街中でこんな顔は晒さないはず。火照った頬も、潤んだ瞳もありえない。一時とはいえ国民的アイドルと持て囃された、『四元 結衣(よつもと ゆい)』なら。

「おー、いたいた結衣ちゃん。探したぜぇ?」
「!!」
 路地の向こうから声がして、私は思わず立ち竦む。嫌というほど聞き覚えのある声。
 振り返ると、案の定“あいつら”がいた。
 斜めに被った帽子に、腕まくりしたぶかぶかのTシャツ、黒いリストバンド……ラッパー風の能天気な遊び人達。私の身体を弄び、おかしくさせていく原因のひとつ。
「ホールの裏口でずーっと待ってたのによ、ツレねぇなあ」
「俺らに気付かれないように、窓から逃げた? 無しだぜそーいうの」
 男達は私に近づき、馴れ馴れしく肩や腰に触れてくる。不愉快だ。でも私の身体はもう、意思なんて関係なく、触られるだけでゾクゾクと痺れてしまう。弱い電気に感電してるみたいに。
「……もう、こんなのやめて……」
 これ以上は、本当におかしくなる。そう自覚して拒絶の言葉を漏らすけど、やめてもらえたことはない。奴らにとって私は、あくまで征服欲を満たす対象。元トップアイドルという血統書のついた、肉の穴でしかないんだから。
「いい加減素直になれよ。下の口はすっかり準備できてるクセに」
 一人がスカートの中に手を潜り込ませ、私のアソコに指を入れる。するとすぐに、ぐちゅぐちゅと粘ついた水音が聴こえてくる。毎晩毎晩、嫌というほど聴かされた音。同時に沸き起こる嘲笑も、セットで耳にこびりついている。
「どうせ今晩も、あのヤー公共にマワされんだろ? なら、その前に俺らと遊んでも一緒じゃん」
「間違いなし! 大体、あんなスプレー缶よりブッ太いもん、いきなり突っ込まれてもキツいだろ。いつも通り、俺らのお手頃サイズで慣らしとかねぇと」
「あーチンポが張って痛ぇわ、とっととホテルでやんべ。お前もキリキリ歩けや。『あの事』、バラされたかねぇだろ?」
 男共の一言一言に、胸がざわつく。でも今となっては、この不安さえマシなものに思えてしまう。本当にまずいのは、不安感じゃない。イカされ続けて、頭が真っ白になって、宙を漂うような幸せすら感じてしまう瞬間……あれが、たまらなく怖い。
 そして私はこの後、ラッパー気取りの男達に犯されながら、間違いなくそうなってしまう。どんなに我慢しても。どんなに耐えようとしても。


 どうして、こんな事になったんだろう。
 私はホテル街へと連れ出されながら、ぼんやりと過去を思い返していた。



    ※           ※           ※



 アイドルは、私にとって小さい頃からの夢だった。
 だから14の時、学校帰りにプロダクションからスカウトを受けた時には、それはもう喜んだ。親には当然反対されたけど、マネージャー同伴で説得を繰り返し、何とかOKを貰った。
 親が納得した一番の理由は、そのプロダクションが大手だったからだと思う。有名なモデルやタレントが何人も所属してるから、世間的な知名度は高い。芸能事務所には黒い噂も多いけど、それはあくまで中小プロダクションの話。よく知られた大手なら、“ちゃんとしている”はず。サラリーマンの父はそう考えただろうし、母も、私自身も、最初はそう信じていた。
 でも。プロダクションへ通い始めてから3日と経たないうちに、その考えは大きな間違いなんだと気付いた。いくらでも代わりがいる大手だからこそ、下っ端の扱いは雑なんだ。

 主力のモデルやタレント部門がどうかは知らないけど、少なくともアイドル部門では、駆け出しの扱いはひどかった。たまに来る仕事はエロ系ばかり。撮影会ではほとんど裸に近い水着姿を晒したこともあったし、イメージビデオではセックスの真似事までさせられた。
 当然、不満に思った。こんなのはアイドルの仕事じゃないとも思った。でも、親に『絶対成功する』と大見得を切った手前、逃げるわけにもいかない。だから、ひたすら努力した。普通に学校にも通いつつ、夜中まで歌とダンスの特訓を続けた。そしてその努力が実ったのか、15歳の春、ついに5人組のグループ『リュネット』への参加が決まったんだ。
 グループに入ってからは、それまでが嘘のように忙しくなった。ライブに、握手会、撮影会、さらにはバラエティ番組やCMへの出演もあって、スケジュール帳はいつも真っ黒。でも、その分だけ私達の知名度は鰻登りに上がっていく。
 そして2年が経ったころ、気付けば『リュネット』はアイドル界の高みに上り詰めていた。コンサートの年間動員数は60万を超え、新曲を発表するたびにオリコン1位を記録し、テレビでは毎日のように私達の出演するバラエティやCMが流れる。
 私は、そんな『リュネット』でセンターボーカルを務めていた。たびたび行われる人気投票では、私の得票率が5人中で一番高く、『一番人気のメンバーが常にセンターを張る』というプロダクションの意向に沿った結果だ。
 ただ、私が本当に一番人気だったのかはわからない。なにしろ、このとき私が所属していた宮路プロダクション――通称『宮プロ』では、社長の鶴の一声ですべてが決まっていたんだから。
 どのアイドルを売り出し、どのアイドルを干すか。そのすべてが社長の匙加減。『リュネット』の国民的アイドルという地位も、私達の実力だけで掴み取ったわけじゃない。宮路社長があらゆる方面に働きかけ、“今の注目株はリュネットである”という事実を世間に刷り込んだ結果だ。
 もちろん、強引な後押しだけでトップに立てるほど甘い世界じゃない。私達だって毎日必死に練習したし、歌やダンスのスキルに自信もある。でも、そんな私達よりずっと長い間努力して、もっと高い実力を持っているはずの先輩アイドルが、私達の下で燻っているのも事実。実力がいくらあっても、宮路社長の眼鏡に適わなければ売れない。社長がこうと決めれば、誰も口を挟めない。
『宮路さんが影響力を持つのは、芸能関係だけじゃない。ヤクザの幹部にもアイドルを斡旋して、太いパイプを築いている』
 業界内では、常にそんな噂も流れていた。そしてそれは、単なる噂じゃない。私の同期の子は、実際にそれで脅されたんだから。

 あの子の名前は、西村鈴佳。サイドテールと優しそうな垂れ目が特徴的な、いかにも男受けしそうな子。私より少し早くトップアイドルの仲間入りをした彼女は、裏では宮路の慰み者になっていた。
「結衣。わたし、もう限界……。」
 鈴佳から久しぶりに掛かってきた電話で、私は思わず凍りつく。声色が普通じゃなかった。あの子は何度もしゃくり上げながら、自分がされてきたことを私に話した。
 鈴佳はかなり前から、社長に体を求められていたそうだ。最初は拒んだものの、断ればヤクザに売り渡すと脅され、仕方なく関係を持った。ただでさえアイドルとして忙しいのに、社長がやりたい時に呼びつけられては犯される。嫌だったけど、ヤクザとの繋がりをチラつかされ、家族にまで手を出すと脅されたら逃げられない。
 電話の内容は、そんな風だった。私は彼女を助けたくてプロデューサーとマネージャーに相談したけど、どっちも苦い顔をするばかり。警察に相談しても、証拠を求められ、『何かあれば動くから』と諭されて終わった。
 そしてその一週間後、鈴佳はアパートの屋上から飛び降りたんだ。幸い一命は取り留めたものの、精神的にボロボロで、結局は惜しまれながら芸能界を引退することになった。表向きは、『不幸な事故に遭った』として。
 私は、友達をそんな目に遭わせた宮路が許せない。でも皮肉なことに、よりにもよってそんな私が、宮路の次のターゲットになったんだ。


    ※           ※           ※


「そう固くなることはない。君を幸せにしてやろうと言ってるんだ。私ぐらい力があれば、君ぐらいの年の子の願いは何でも叶えられる。
 どこか住みたい街はあるか? そこで一番見晴らしのいいマンションを手配しよう。
 家に興味がないなら、抱かれてみたい俳優を言ってみなさい。若手ならいくらでも用意してやれる。もっとも、初体験とはいかんがね」

 宮路は、夜景が見下ろせる社長室で私の肩を抱きながら、延々とそんな言葉を囁きかけてきた。
 皺の寄った顔、格好つけたロマンスグレー、きつい香水、高そうなスーツ、そして自信に満ちた笑み。鈴佳の仇だと思うと、その何もかもに腹が立つ。
「結構です。自分の幸せは、自分で掴みます」
 私は宮路の目を見据えながら、浅黒い手を肩から払い落とした。
「……ふむ」
 宮路は小さく唸ってから、顔を下向ける。ロマンスグレーも、高そうなスーツも、肩を落としているとひどく貧相に見えた。

 ( ――まさか、ショック受けてる? コイツにそんな感情があったの? )

 私はソファから離れ、ドアの取っ手を掴みながら考える。可哀想とは思わないけど、少し嫌な気分になったりもした。
 今になって思えば、甘すぎる。宮路は芸能界の闇そのもの、ナイーブなわけがない。この時だって、項垂れるというよりは、ただ意地の悪い笑みを隠してただけなんだ。

 実際、そのすぐ後から地獄が始まった。私以外の『リュネット』のメンバーが、次々とアクシデントに見舞われはじめたんだ。
 一人は、ストーカー系の悪質なファンに身元を特定され、精神的に追い詰められて芸能界を去った。
 一人は、親の事業が急に傾いて、その負債を返すためにアイドルを辞めた。
 そういう事が立て続けに起きて、気付けば活動を続けられるのは、5人の中で私だけになっていた。宮路の誘いを断ってから、ほんの数日のうちに。
 ある程度の覚悟をしていた私も、これにはゾッとした。私自身に何かされるならまだいい。でも、自分のせいで他人が不幸になっていくのは思った以上に怖い。もうこれ以上、プロダクションに居たくない。
「お願いです…………た、助けてください…………!!」
 私は悩みに悩んだ末に、マネージャーの荻江さんに泣きついた。社長絡みの事はどうしようもないと解っていながら。鈴佳の話をした時の、苦い表情を思い出しながら。
 でも荻江さんは、私の肩をしっかりと掴んで、こう言ってくれたんだ。
「任せろ。」
 その言葉は想定していなかったもので、私は信じられない、という表情を浮かべたと思う。荻江さんはそんな私の顔を見て、さらに続けた。
「……鈴佳ちゃんの時は、悪かったな。あの時だって、本当は何とかしてやりたかった。でも、間に合わなかった。あんな後悔は、俺だってもうしたくない」
 私の涙を拭ってそう言う顔は、頼もしい。今まで見た事がないぐらい。
 そしてその言葉通り、少ししてから荻江さんは宮路プロに辞表を出した。新しく立ち上げる芸能事務所に、私を連れて行くという許可まで取り付けて。


    ※           ※           ※


 荻江さんは、あらかじめ色々と手回しをしていたみたいで、事務所の立ち上げはスムーズにいった。困り事といえば、人手が足りないぐらい。荻江さんがやるなら、と何人か業界の人が助っ人に来てくれたけど、それはあくまで臨時でのこと。基本的には社長兼プロデューサー兼マネージャーの荻江さんと、唯一の所属アイドルである私だけの事務所だ。
 でも、この生活は楽しかった。学校とバイトの傍ら、空いた時間に駅前でビラを配ったり、繁華街で華のある子をスカウトしたり。
「新しく活動を始めた、荻江プロです。よろしくお願いしまーす!!」
 私が声を張り上げた瞬間、何人かがこっちを振り向く。そしてそのまま、目を見開いて大口を開ける。
「えっ!?」
「……お、オイ。あれって、まさか!」
「うそ、『リュネット』の!?」
「す、すげぇえええっ!! 本物だ、本物の四元結衣だっ!!」
「マジかよ! なんで『リュネ』のセンターがこんなトコいんの!?」
 こういう時、つくづく顔が売れてると便利だと思う。自分から宣伝するまでもなく、勝手に人が集まってきてくれるんだから。

 そういう活動の甲斐あって、2ヶ月後には4人のメンバーが集まった。
 女子の目を惹くほどボーイッシュな『早苗』。
 少し天然っぽいお嬢様で、バレエが得意な『良子』。
 初対面で私にメンチを切ってきた、でも実は身内に優しい『あんり』。
 子供なのにしっかりしていて、好みがおばあちゃんみたいな『乃音歌』。
 4人は、全員がモデルや子役、地下アイドルの経験者だ。一度は成功を夢見て芸能界入りしたものの、色んな事情でドロップアウトしたという子ばかり。だからこそ、業界の厳しさや怖さも知っているし、アイドルとして今度こそ天下を取りたいという気持ちも強い。
 そんな私達の新しいグループ名は、『スカーレットチョーカー』。
 たとえ芸能界という檻に首輪で繋がれる事になっても、緋色に燃える心意気は失わない……その決意を込めた名前だ。
 グループ名と同じく、活動方針もあえて毒気の強い方向で行くことにした。歌は可愛い路線より、ロックに近い熱唱系。踊りも熱く激しくが基本。そしてファンとの交流会やステージ上でのトークでは、変に猫を被らず、それぞれ自分のキャラを存分にアピールする。たとえば私なら、物怖じしない性格で歯に衣着せぬ物言いをする、という風に。
 この方針は、有象無象のアイドルグループの中で、少しでも目立つためのもの。そして同時に、宮プロへのあてつけでもある。
 『リュネット』時代の私も、自殺未遂に追い込まれた鈴佳も、あくまでプロダクションの意向に沿ったアイドル像を演じていた。バラエティで喋る内容も、仕草も、笑い方まで、プロダクションが設定したキャラクター通り。そしてそれを忠実に守ったにもかかわらず、社長の機嫌を損ねた途端に居場所を奪われた。今『リュネット』の後釜に収まっているグループも、近いうちに同じ末路を辿るに違いない。
 そういうやり方は、もうしたくない。だから、あえて癖のあるメンバーを集め、自分達が本当に望むアイドル像で勝負することにしたんだ。
 結果として、これがウケた。地下ライブを繰り返すうちに、色々と型破りなアイドルグループとして、少しずつアンダーグラウンドな世界で認知されていった。

『今日推しのライブ行ったら、前座で四元結衣出てきたんだけど!』
『あれ俺もビビったわ。去年まで2万キャパのアリーナ満席にしてた女だぞ?』
『地下ドルでも何でも、また結衣見れて嬉しいわ』
『四元って、ちょっと間干されてたよな。復活した?』
『所属変えて出直しだってさ。キャラもちょっとサバサバ系に変わってたな』
『宮プロの頃より、今のが自然な感じでいいわ。今度チェキ会やるらしいし、お前らも行ってみれば? リュネん時は当選倍率1400倍とかで無理めだったけど、今ならワンチャンあるかもよ』
『見てきた。結衣の安定感は流石だけど、他のも良いキャラしてんな』
『確かにいいわ。粒揃いで推しに迷う』

 ネットの匿名掲示板には、日に日に私達に関する書き込みが増えていく。最初の頃は私の話題ばっかりだったけど、だんだんグループの皆にファンがつきはじめている。
「ははっ、粒揃いだってよ。なんか嬉しいよな。ウチらまで褒められてっと」
 パソコンを横から覗き込むあんりが、八重歯を覗かせて笑った。
「まぁ、まだまだリーダーにおんぶに抱っこ感あるけどね」
「仕方ありません。結衣さんは経歴が違います」
「そうそう。利用できる物はじゃんじゃん利用してこー!」
 私を見て苦笑いする早苗と、それをフォローする良子。無邪気に笑う乃音歌。
「そうだ、どんどん自分の色を出していけ。死ぬまでファンの記憶に残るアイドルになれ。お前達ならやれる!」
 私達の想いを理解し、全力で背中を支えてくれる荻江さん。
 本当に、良い仲間に恵まれたと思う。このまま頑張っていけば、きっと皆で大舞台に立てる。今度こそ、自分達の実力でトップアイドルになれる。私はそう確信していた。

 私が高校を卒業して間もない、ある日。突然、荻江さんが姿を消すまでは。


    ※           ※           ※


「うそ……嘘でしょ…………!?」
 人間、本当にショックな事があると、考えが麻痺するらしい。気付けば私は、何度も同じ言葉を繰り返していた。
 荻江さんが事務所に顔を出さず、連絡すら取れなくなって、3日。妙に胸騒ぎがして、念の為にと暗証番号を教えてもらっていた金庫を空けたんだ。
 中から出てきたのは、大赤字を示す収支計算書と、700万円の借用書、そして無数の督促状。
「なんで……?」
 また独り言を呟いてしまう。
 景気よく黒字を出せるほど、売れっ子のグループじゃないのは確かだ。でも、こんなに借金があるなんて。唯一裏事情を知る荻江さんに確認したくても、相変わらず電話が通じない。
「おい」
 そう声を掛けられたのは、いきなりだった。ドスの利いた低い声。スマホを片手に振り返ると、事務所の入口には知らない男が立っていた。
 声からイメージした通りの男だ。剃り込みの入った角刈りに、赤いスーツ、胸元の開いた黒シャツ、金のネックレス。皺の寄った眉間に、突き刺すような鋭い眼。後ろに控えている方も、パンチパーマに髭面という、いかにもな雰囲気だ。
 今にも殴りかかってきそうな獰猛さに、汗が垂れる。でも、怯えは見せない。こういう手合いに弱みを見せると、厄介だ。
「……用件は、これ?」
 私は床に散らばった督促状の一枚を拾い上げ、チンピラ2人に突きつけた。先頭の角刈りが、興味深そうに目元を上げる。
「ほう。知っとるんなら話が早い」
 男の口調は訛っていた。関西弁だ。

  ――気をつけろよ。関西のヤクザは、東京のよりえげつないぞ。

 バラエティによく出ていた頃、共演した俳優に聞かされた言葉を思い出す。背筋を冷たい汗が伝っていく。
「やっぱり。だとしたら間が悪いよ。この借金をした社長は、今いないの。連絡もつかない」
 私は右手に持ったスマホを振りながら、ハッキリと言った。言葉に力を込めないと、声が震えてしまいそうだから。そんな私の心境を知ってか知らずか、角刈りの男が鼻で笑った。
「荻江のガキなんぞ、どうでもええ。用があるんはアンタや」
 そう言いながら、とうとう事務所に踏み込んでくる。
「顔馴染みの旦那が、お待ちかねやで」
 私の鼻先で浮かんだ笑みは、同じ人間とは思えないぐらい、醜かった。


    ※           ※           ※


 私は、パンチパーマの男に肩を抱かれる形で、黒い高級車の後部座席に押し込められる。
「ほぉー。さすが元トップアイドル、じかに見るとえろう可愛えのう。そこいらの女とはモノがちゃうわ。おまけに何や知らんが、ええ匂いがしよんなぁ」
 男は私の顔を覗き込みながら、すっかり鼻の下を伸ばしていた。
 当たり前だ。アイドルはルックスが商品。襟首までの黒髪は、いつカットモデルの仕事が来ても良いように手入れしているし、まだまだ曲がり角に来ていない肌だって、高めの化粧水で剥き卵のような質感を保っている。レッスンで絞り込んだボディラインは本職のダンサーにも負けていないはずで、実際、私に否定的なアンチでさえ、スタイルを貶す書き込みだけはしない。よく『上品な猫』だとか『百年に一人』だとか言われる顔にも、ある程度の自信がある。
 自惚れているわけじゃない。充分すぎる素地を与えてくれた親と、より輝けるよう努力してきた自分自身、そしてその努力を認めてくれたファンの人達……そういうバックボーンのおかげで、堂々と胸を張れるんだ。皆の力で輝くのがアイドルなんだから、その価値を自覚するのは大事なことだと思う。
 とはいっても、取立てに来たヤクザに褒められたところで、少しも嬉しくない。私は座席シートの身を沈みこませ、フロントガラスの先に集中する。
 ひどく見覚えのある景色。つい1年半前まで、毎日のように通っていた場所……宮プロへ続く道だ。
 薄々、気付いてはいた。私を名指しで呼びつける人間で、ヤクザから旦那と呼ばれるような男は、そう何人もいるものじゃない。

「懐かしいな。『リュネット』の四元結衣君」
 あの時と同じ部屋で、あの時と同じスーツを着て、あの時と同じコロンの香りをさせながら、宮路は私を出迎えた。
「ご無沙汰しています。『スカーレットチョーカー』の四元です」
「おおそうだったな、すまない。耳に馴染みのないものは覚えづらくてねぇ」
 宮路は穏やかな笑みで嫌味を重ねてくる。目をつけていた獲物を手離したことが、そんなに悔しいんだろうか。執着心の塊のような男。この男から私を引き離してくれた荻江さんには、今さらながらに感謝しかない。
 でも、こんな奴でも芸能界の重鎮だ。敵に回した代償は大きかったはず。荻江さんは私達の知らない所で、損害賠償の類を吹っかけられたり、色んな妨害を受けていたに違いない。多分その結果が、あの借用書なんだ。つまりあれは、私達の……いや、“私のための”負債。
「ところで、ここへ呼ばれた理由は聞いているかね?」
「借金が理由だと。会社の金庫に、700万円の借用書がありました」
「確かに、最初はその額だったが……借りた金には利子がつくからね。今、君達の負債総額は1200万円を超えているようだ」
 私に答えながら、机に肘をつく宮路。痛ましそうな表情が、かえって不愉快だ。
 荻江さんがいつ融資を受けたのかは知らないけど、たぶん1年足らずで500万……明らかな暴利。でもそう訴えたところで、宮路も後ろのヤクザ達も、耳を貸すはずがない。拉致同然でこんな場所へ連れてきた時点で、真っ当に交渉する気なんてないんだ。
「そうですか。では荻江が戻り次第、相談して……」
 そう言って強引に仕切り直そうとしても、無理だった。
「そうもいかん。額が額だけに、金融屋も痺れを切らしていてな」
 宮路は溜め息をつきながら、机からタブレットを取り出した。そして、起動した画面を私に向ける。
「あっ!」
 私は思わず息を呑んだ。そこには、変わり果てた姿の荻江さんが映っていたから。
 荻江さんは、灰色の床の上で蹲っていた。目の周りと頬に青黒い痣があり、髪の生え際は赤く染まっている。顔の真下にあたる床には、血溜まりのようなものも見える。画面内にはいくつか作業用ズボンと靴が映りこんでいて、他の人間の存在を匂わせてもいた。
 荻江さんは、リンチされてるんだ。工場かどこかで。
「…ッ!!!」
 私は、思わず手を握りこんでしまう。たとえその反応が、宮路を喜ばせてしまうとわかっていても、冷静でいられるわけがない。
「痛々しいだろう。今朝方、私に届いた画像でね……目を疑ったよ」
 宮路はそう言いながら、太い眉を指でなぞった。いつか本で読んだことがある。あれは、本心を隠したい時にする仕草だ。何を隠してるのかは、考えるまでもない。荻江さんの借金にせよ、あのリンチ画像にせよ、裏で糸を引いているのはこいつに決まってる。
「実は少し前から、私の方にも君達の借金の催促が来ていてね。本人からの切り取りが難しい以上、かつての雇用主である私が払えと、そう迫るんだ。もっとも、息子同然の荻江君がこんな事になっている以上は、肩代わりもやぶさかではないのだが……」
 宮路の言葉は続く。露骨に私の反応を窺いながら。
「ただ、君達も身に染みて理解しているだろうが、1200万という金は軽くはない。それをこちらが負担する以上は、相応の“見返り”を期待するのが人情というものだ。違うかね?」
 白々しい口調。回りくどい脅し。もううんざりだ。これ以上茶番には付き合えない。だから私は、返事代わりに、強く宮路の目を見据えた。
「社長。そんなに、私を抱きたいんですか?」
「……む?」
 宮路の眉の角度が変わる。ここまでストレートに噛み付かれるとは思ってもみなかったんだろう。ただ、仮にも芸能界の重鎮と呼ばれる人間だ。表情を曇らせたのはほんの一瞬で、すぐに穏やかな笑みを取り戻す。
「ふむ。高校も卒業した君に、大人としての分別を求めたまでだが……まぁ、無理にとは言わんよ。ただ、私の後見を断るとなれば、少々キツイことになる。詳しくは、関係者から話を聞いてくれ」
 宮路はさらりと嫌味を返しながら、壁に寄りかかっている角刈りの男を示した。
「なんや。散々ベラベラ喋っといて、肝心なトコは丸投げかいな」
 角刈りの男はポケットから手を抜き、肩を竦める。でもその割に、喋りたくて堪らないという様子だ。嫌な予感がする。こういう人種の喋りたがる内容が、ろくな事だったためしはない。
「まぁええ。きつい言うても、あくまでビジネスの話や。ちっと調べたが、お前ら地下ドルにしちゃ、えらい人気あるやんけ。ここ最近は、700や800人規模のライブハウスを毎度のように埋めとる。もしその調子で、1千人規模のライブを週一でやってみぃ、半端やない稼ぎやで。チケット1枚4千円で捌いたら週400万、風俗やるよりよっぽどええ。
 ウチはライブハウスのケツモチもやっとるから、ショバはなんぼでも貸せる。照明やら音響やらもこっちで用意したるし、儲けの一部は借金と相殺してもええ。もっとも、ウチのプロデュース代や経費諸々、お前らへの給金を引いた余りやから、なんぼ残るかはわからんがな」
 角刈りの男はそう言って歯を覗かせる。パンチパーマの方も、同じくにやついた顔になる。その反応を見る限り、売上のほとんどをピンハネするつもりだろう。唇を噛む私を見ながら、男はさらに続けた。
「ただ、なんぼ二人三脚の旨いハナシでも、こっちにしたらリスキーなんや。たかが5人ぽっち、その気んなればいつでもトンズラこけるからな。数千や数万ならともかく、1千万台の債務者にトバれると堪らん。せやから、お前らには縄をつけさせてもらう」
「縄……?」
 ヤクザの話し方には、独特の恐さがある。口調は荒いどころか、むしろ穏やかなのに、肺の辺りを掴まれているような重苦しさがある。それをまともに受ける私は、相手の言葉をただ繰り返すのが精一杯だった。
「せや、まあ人質やな。5人のうち誰かの身柄を、ウチの組に預けてもらう。その人質が逃げずにおる限り、他の4人には週一でライブをやらせたる。知名度は上がるし、借金は減る、返済の追い込みもないと良い事づくめや。逆に人質が自分可愛さに逃げよったら、残った人間はまとめて風呂に沈むことになる。連帯責任っちゅうやっちゃ。
 ただ、逃げんなっちゅうのも酷な話やけどな。ライブに出ん人質役も、ただ遊ばせとったら勿体ないからの、小銭を稼がせるんや。『調教師』にヨガり狂わされとるとこを、ビデオに取ってな」
 調教師。その言葉が、私の胸をざわつかせる。調教は、犬や馬を躾ける時に使う言葉。それが私に対して使われるという事は……家畜扱いを受けるということだ。穢れのない偶像であるべき、アイドルの私が。
「はっきり言うて、生き地獄やで? 想像してみぃ。目ェギラつかせた、ガタイのええ連中と狭い部屋ン中に閉じ込められるんが、どんだけ恐いか。おまけに調教が長引いたら最後、まず真っ当ではおれん。なにしろ玄人の調教師の手ぇで、肉便器としての悦びを教え込まれるんや。繰り返し繰り返し、骨の髄までな。自分がヒトやと認識できとるんは、もって2ヶ月目までやろ」
 角刈り男は上機嫌に語りながら目を細めた。そしてそれと同じものが、社長机に肘をつく宮路の顔にも浮かんでいる。
「……と、いうわけだ。私としては、君達の誰かがそんな目に遭う事は避けたいのだがね」
 勝ち誇ったような笑み。君達の誰か、と表現してはいるものの、借金が私のために作られたものである以上、人質役は私以外ありえない。そして今の話に比べれば、自分の愛人になる方がマシに決まっている。選択の余地などない。そんな心の声が聴こえるようだ。

 私は……もしかしたら、その誘導に乗ったかもしれない。角刈りが得意げに語る話には、心底ゾッとしたから。
 でも。それでも私は、宮路の言葉に乗るわけにはいかない。
「………社長。ひとつ、よろしいでしょうか」
 私の言葉に、宮路が顔を上げる。その宮路の目を真っ直ぐに見つめた。
「社長は以前、私にこう仰いましたよね。『君ぐらいの年の子の願いは何でも叶えられる』、と」
「ん? ああ、確かに言ったな。どうした、何か欲しいものができたのか? お前の気持ち次第では、約束通り何でも買ってやるぞ。ブランドのバッグでも、家でも、会社でもな」
 私の問いに、珍しく甘えてきたと思ったのか、宮路の表情が緩んでいく。まるで援助交際の『パパ』だ。私はそんな業界のドンに、続けてこう言った。
「では、一つだけお願いがあります。
 鈴佳を……西村鈴佳の心を、返してください。」
 宮路の表情が変わる。変わるに決まってる。自分が散々玩具にして、自殺未遂にまで追い込んだ子の名前なんだから。
 このタブーを口にするのが、宣戦布告に等しいことはわかってる。でも、無かったことになんてできない。せめて、心からの謝罪がほしい。
「はは、何を言うかと思えば。……あれは不幸な事故だったんだ。心を返すも何もあるものか」
 口調こそ穏やかなままだけど、もう私を見る宮路の目は笑っていなかった。本格的に敵と見なされたらしい。でも、それで構わない。敵と見なしたのは私も同じだから。鈴佳は私の数少ない同期で、大事な友達。その友達を不幸にした人間の愛人なんて、死んでもご免だ。
「なんだ……できないんですか。私ぐらいの年の子の願いは、何でも叶えられるって言葉は嘘だったんですか? だったら、あなたと付き合うことなんて出来ません。あなたに抱かれるくらいなら、ヤクザの玩具にでもなった方が、ずーっとマシです。」
 私も、たっぷりの恨みを込めて宮路に微笑み返す。
 ここで、とうとう宮路の口元から薄笑いが消えた。普段の大物ぶった顔の下から表れたのは、ヤクザそのものの凄まじい人相。2年前に鈴佳を脅した時にも、こんな顔をしていたに違いない。
「そうか、君の気持ちはよく解った。もう誘わん。……お前達、聞いた通りだ。このガキはくれてやる。煮るなり焼くなり、好きにしろ!」
 苛立ちを隠せない様子で、宮路がヤクザ2人に怒鳴る。私に振られた宮路が可笑しいのか、それとも私を好きにできる事の喜びからか。2人は、くっくっと小さく笑っていた。
「ホンマにええんか嬢ちゃん? 生き地獄、いうんはタダの脅しやない。嬢ちゃんみたいな真面目一辺倒の小娘が、正気を保てるような代物やないんや。今この時点で、土下座してでも考え直すんを勧めるで」
 角刈りから念を押すように訊かれても、首を縦には振らない。宮路に屈辱を味わわせられるなら、ほんの少しでも友達の無念を晴らせるなら、それでいい。
「……別に、怖くなんてない。好きにすれば」
「なるほど、大した度胸や。その綺麗な澄まし顔がどう歪むか、楽しみやのお」
 角刈りは私の顎を掴み上げ、嬉しそうにそう言った。


    ※           ※           ※


「さて……ちょうど旦那もおるんや。まずは味見といくか」
 角刈りとパンチパーマはそう言って頷き合うと、私の肩を掴んでソファに投げ飛ばした。
「きゃあっ!!」
 乱暴を覚悟していたとはいえ、ソファに叩きつけられる瞬間には声が漏れてしまう。いけない。こういう弱い反応は、男を調子付かせるだけ。アイドルとして、女として、こんな連中に弱みを見せちゃいけないんだ。
「しかし、最近のガキは洒落とんのお。外人のモデルみたいや」
 ソファに倒れた私を見下ろし、パンチパーマが目を細める。嫌な目。確かに今日の私のファッションはロンドンガール風だけど、あれはファッションを見てるんじゃなく、異性として“そそる”かどうかを判断してる目だ。ねっとりとした視線が、足に絡みつく。ミニスカートで露出を多くしたことが、つくづく悔やまれる。
「特にこいつ、一時はファッションリーダーいうて持ち上げられとったやろ。ウチの姪っ子も、同じ格好したいっちゅうてグズっとったわ」
「スタイルええから、何着ても悪ぅは見られんやろ。ま、俺らが興味あるんは、その下やがな!」
 2人はそれぞれ好き勝手なことを言いながら、私の服に手を伸ばす。薄いチェスターのコートを脱がせ、タートルネックのニットをたくし上げ、キュロットスカートのホックを外し。手つきはかなりガサツだ。
「ちょっと、乱暴にしないでよ。皺になるでしょ!!」
 そう抗議しても、気を使う様子はない。結局あっという間にブラジャーさえ外され、隠すべき部分を露出するハメになった。
「ほー、思とったより胸あるやんけ」
「テレビん時は、いかにもスレンダーっちゅう感じやったのにな。成長期か? それともあの頃からデカチチで、サラシか何かで押さえつけとったんけ?」
 ヤクザ達の言葉も刺さるけど、一番に気になるのは宮路の視線。親友の仇に、胸を見られるのは耐えがたい。
「ふん。そんなもの、ダンスの邪魔になるだけだ。ウチのアイドルにはいらん」
 宮路は組んだ指の上に顎を乗せたまま、蔑むような視線を向けてくる。そんな視線を受けた以上、ますます弱音なんて吐けない。
「……ふうー……っ」
 私はひとつ深呼吸して、ソファに深く背を預けた。
「なんや、好きにせえってか。芸能界で揉まれただけあって、肝の太い嬢ちゃんやの」
 パンチパーマがそう言って、乳房を下から鷲掴みにする。角刈りもにやついた顔のまま、キュロットスカートを脱がし、ショーツを太腿にまでずり上げてから、割れ目に指を入れてくる。
「おっ、キツいわ、指が潰れそうや! 男に慣れとらん雰囲気やから、もしやとは思とったが、決まりやな。こら確実に初モンやで!」
 至近距離からの上ずったような声が、鼓膜にうるさく響いた。太い2本指を割れ目に捻じ込まれる痛みもあって、本当に不愉快だ。そもそもこんな連中に触られること自体、鳥肌が立つぐらい嫌でたまらない。
「しかし、なんぼ弄っても濡れんのぉ」
「そらそやろ。こないだ高校出たばっかの処女マンコや、遊んでばっかのヤリマンとはちゃうぞ」
 私の身体を乱暴に弄りながら、男二人が呟く。そして、しばらく経った頃。
「っしゃあ、そろそろ犯るか!」
 角刈りがそう言ってベルトを外し、ズボンを脱ぎ捨てる。
 その下から現れた物は、目を疑うようなサイズだった。物心ついた頃からアイドル一本で来た私は、男の平均的なサイズなんて知らない。それでも、目の前の物がかなり大きいことはわかった。
「へへ、やる気やな! しゃあけどいきなりそんなモンぶち込んだら、壊れてまうで」
 パンチパーマの言葉も、男のサイズが平均以上であることを裏付けている。
「ええやろ、ぶっ壊しても。なぁ旦那?」
 角刈りが宮路に確認を取る。宮路は薄ら笑みを浮かべたまま、黙って頷くだけ。振られた腹いせに、私が泣き叫ぶところを見届けるつもりか。
「う…ッ!!」
 私が強く睨んでも、角刈りの薄ら笑いは変わらない。
「さて……と、挿れるにしてもローションがないのう。何ぞないんか」
「女の鞄やしな、化粧水か何かあるんとちゃうか?」
 パンチパーマが私の割れ目から手を離し、鞄を漁りはじめる。
「ちょっと、勝手に……!」
「さすが色々持っとんの。っと、これなんか良さそうやな」
 私の批難に耳も貸さず、パンチパーマは鞄から小瓶を取り出す。私がスキンケア用に持ち歩いているスクワランオイルだ。
「油か。ちょうどええわ」
 角刈りの男は目を血走らせたまま、オイルを手の平へ噴きかける。そしてそのオイルを乱暴に私の割れ目に塗りつけて、不気味にぶら下がる黒い物にも、扱くようにして塗りこめていく。
「くう……!」
 いよいよ犯される。その生々しい現実を前に、呻きが漏れた。初体験がヤクザの強姦なんて、悪い夢だと思いたい。でも、もう逃げようがない。
「足開かせぇ!」
 角刈りが怒鳴るように叫び、パンチパーマが私の左足を抱え上げる。そして、タバコ臭い男の体が覆い被さってきた。
「へへ、いくで……国民的アイドル、四元 結衣の貫通式や」
 角刈りが上ずった声で囁き、手で角度を調整しながら、浅黒いものを私の大事な所に押し込んでくる。メリメリ、と音がしそうなほど肉が開き、熱くて硬いものが身体の中に入り込んでくる。
「ぐ…う゛っ!!」
 声なんて出したくなかった。でも、そんなレベルじゃない。身が裂けそうな痛みが、立て続けに襲ってくる。骨盤が外れそうに軋む。正気を保つには、目を剥いて歯を食いしばり、背中を弓なりに反らせるしかない。
 たとえ、宮路の嘲笑いが聴こえても。ヤクザ2人の、緩んだ口元が見えていても。
「どうや俺のは、ゴツいやろ。せっかくの初物マンコが、拡がったまま戻らんようになるかもなぁ!?」
 角刈りは、金のネックレスを揺らしながら私に問いかける。
「う、ふぅうう゛っ……!!」
 私は、ひたすらに歯を食いしばり、片目を開けて強姦魔を睨むのがせいぜいだった。
「おっ、ええ顔撮れとんで! やっぱ最初ぐらい、その覇気がないとな!」
 急に、横からそう声が掛かった。はっとして声のした方を見ると、パンチパーマが片手でハンディカメラを構えている。
「何や、撮られんのが不満か? 言うたやろ、小遣い稼ぎにビデオ撮るて。元トップアイドルのハメ撮りなんてネタ、逃すわけないやろが。まぁ安心せえ、一般には出回らん。インディーズもインディーズ、信用できるウチのお得意にだけ手渡しで売るビデオや」
 角刈りは私の反応に気を良くしながら、腰を打ちつけるペースを速めていく。身体の中をヤスリ掛けされるような痛みが、いよいよ酷くなっていく。
「フッ、フーッ、そら、じきクライマックスやぞっ!!」
 角刈りが荒い息を吐き、奥まで腰を突きこんだ状態で動きを止めた。いくらセックスの知識が少ない私でも、この後に何が起きるのかはわかる。
「いや、中には出さないでっ!!」
 私が叫んだ、その瞬間。お腹の奥に、生暖かいものが吐き出された。
「あああっ!?」
「くくッ、こら堪らん……ドクドク出よる」
 ショックを受ける私とは対照的に、角刈りは気持ち良さそうに呻く。そして腰を引き、割れ目から物を抜き出す瞬間にもまた呻いた。
「いやー、こら良えわ! 堪らん締まりやぞ」
 放心状態の私を尻目に、男達が笑い合う。そうして散々笑いものにする中で、私の脚の付け根辺りを見たパンチパーマが、口元をさらに吊り上げた。
「ははっ、お前ホンマにヴァージンやったんやな。今日び、学生でも“さら”の女はそうおらんっちゅうのに。さすがは天下のアイドルや!」
 その言葉と共に、スマホのシャッター音が鳴り響く。気絶しそうな頭を何とか持ち上げると、スマホ画面が目の前に突き出された。
 見覚えのある白い太腿と、開いた割れ目、そしてその割れ目から溢れだす濁った液体が映っている。知識としてしか知らないけど、白く濁った液体が男の精子なんだろう。そしてよく見れば、その精子は一部がピンクに変色していた。混ざったのは赤。女の、純潔の証……。
「これでお前も、めでたくオトナの仲間入りやな」
「ああ、もう立派なオトナや。歓迎パーティー開いたるからな、気絶すんなや?」
 角刈りと言葉を交わしながら、今度はパンチパーマが下を脱ぎ去り、ぶら下がった赤黒い物を私に見せつける。
「くっ……!!」
 私は涙で滲む視界の中、そのニヤケ面を睨み上げるのがやっとだった。

 2人は、社長室のソファで何度か私を弄んだ後、場所をレッスン室に移してさらに犯し続けた。
 夜のレッスン室にはもう誰もいないものの、つい30分前までは、私の後輩グループの11人が、激しいダンスの練習をしていたらしい。そのせいでレッスン室内には、甘酸っぱい汗の匂いが立ちこめている。
「どうや、後輩の汗の匂いン中でヤラれるんは?」
 パンチパーマが私に覆い被さりながら、無精髭の生えた口元を歪ませた。
 確かに、この汗の匂いは無視出来ない。一生懸命に練習する後輩達の顔が頭に浮かんでは、ヤクザに犯される恐怖や悔しさと混ぜ合わさって、頭がぐちゃぐちゃになる。
「なんやその顔。興奮しとるんか?」
「ハハハッ、こんな状況で犯されて感じよるんか。とんだドスケベの先輩やの!」
 私の両手首を押さえる角刈りも、同じく口元を緩めて馬鹿にしてくる。それを耳にした瞬間、私の中で積もりに積もっていたものが噴き出した。
「……馬鹿みたい」
 ぼそっと呟いたその一言で、2人の笑い顔が固まる。
「アンタ達の調教ってのも、案外大したことないんだね。こんなぬるい嫌がらせに比べたら、ダンスの練習の方がよっぽどキツいよ。ま、女の子一人を寄ってたかって押さえつけて、ヘコヘコ腰振りながら笑ってるようなグズにはわかんないか!」
 私はさらに、ははっ、と小馬鹿にしたように笑い返してみせた。人をすぐ見下す人間ほど、逆に煽られると弱い。期待通り、2人の顔はみるみる赤くなっていく。
「んやと、このガキャアッ!!」
「上等じゃ! 後輩の汗の染みた床ァ舐めながら、犬みたいに喘いどれ!!」
 そうがなり立てながらひっくり返され、背後から激しく犯される。
「ンぎっ!! ……ぐ、ぃぎっ……ぐ、う゛…………っ!!」
 それでも、私は歯を食いしばって耐えた。謝りはしなかったし、最初みたいに声も上げなかった。肉体的には追い詰められていても、精神的には私の勝ちだ。

「ふーっ、はぁ、はぁ…………ホンマ、ええ根性しとんなコイツ」
 私のお尻に4度目の生ぬるいものが浴びせかかった頃、2人は揃って荒い息を吐いていた。男は一度射精したら、それで終わり――雑誌で見たその知識とは少し違ったけど、数回すれば弾切れするらしい。
 でも、何か妙だった。2人の表情に暗さがない。私が泣きを入れない以上、もっと苛立ちや焦りの色があってもいいはずなのに。
「しゃあけど、こら『兄貴』ら喜ぶで」
 汗だくのまま息を切らすパンチパーマが、ぽつりとそう言った。
 兄貴――この外道2人より、さらに純度の高いヤクザ。私を犯す前、角刈りが『味見』と口走った事から考えても、その兄貴という男が本命なんだろう。
「せやな。こんだけ強情やったら、あんヒトらの相手も務まるわ。最近の女はすぐ泣き入れるいうて、嫌味続きやったからのお」
「ホンマになあ。あんな筋金入りのドSやらスカトロ趣味の相手、そこらの女が出来るかっちゅうねん。終いにゃプロのM嬢までブッ壊しよって」
 言葉の意味は解らないものの、どうやら私の前に何人も同じ目に遭っていて、しかも耐え切れずに泣きを入れたらしい。
 生き地獄。その言葉が脳裏に甦り、改めて寒気がする。

「何が良いものか、ひどい様だ。こんな“汚物”をダイヤの原石と見紛うとは、一生の不覚だよ」
 盛り上がる2人に水を差す形で、宮路がわざとらしく溜め息をついた。
「まあ、君はもはや私とは関係のない人間だ。あとは好きにするがいい」
 挙句にはそう吐き捨て、興味をなくしたように背を向ける。どこまでも身勝手で、どこまでも憎らしい男。
 その背中を見た瞬間、急に怒りがこみ上げ、気がつけば私は半身を起こしていた。破瓜の痛みで、本当なら座ることすら難しい状態なのに。
「――言われなくたって、そのつもりよっ!」
 宮路の背中に向けて、ありったけの声量をぶつける。
「せいぜい見てなさい。アンタの助けなんて要らない。私は今度こそ、自分の力でトップアイドルになってみせる!!」
 宮路の足が止まった。そしてゆっくりとこっちを振り向き、笑いを堪えるような目で見下ろしてくる。
「面白い。そいつらの組の調教師は、女を壊すプロだ。その標的となったが最後、自我を保てた女はいないと聞くが、せいぜい足掻いてみたまえ。私の後ろ盾なしに、“汚物”がどこまでやれるのか……楽しみだよ」
 宮路はそう言い残し、今度こそレッスン室を後にした。
「ひひっ。流石は旦那、容赦ないわ。……さて。味見も済んだし、俺らも帰るか」
 角刈り達も膝を打って立ち上がり、脱ぎ捨てた服を着込みはじめる。
「お前も帰ってええで。最後の自由な夜や、よう噛みしめて過ごせや。
 腹ァ決まったら、明日8時にここの下で待っとれ。ま、別に逃げてもええけどな」
 部屋を出る直前、私に向けられたヤクザ2人の表情は、宮路のものとよく似ていた。

 嗅ぎ慣れない生臭さが漂うレッスン室で、私は一人、床に崩れ落ちる。痛みと脱力感がひどい。
 ……犯されたんだ。あんな、野蛮な連中に。
 警察に行こうか。いや、そんな事をすればそれこそ終わりだ。あの宮路が絡んでいる以上、女一人の訴えなんてどうとでも揉み消せる。後に残るのは、最悪の結果だけ。
 やっぱり、素直に宮路の誘いを受けるべきだった?
 違う。その道を選んだ鈴佳は、利用されるだけ利用されて捨てられた。大事になんてされなかった。そもそも言いなりになったところで、グループの皆に危害が及ばない保証なんてない。
 そんな事を考えながら、どれだけ呆けていただろう。5分か、それとも10分か。私の意識を現実に引き戻したのは、鞄から転がり落ちたスマホの液晶だった。
 不在着信が一件ある。相手は――荻江さんだ。やっと解放されたらしい。

『…………すまん。』

 折り返した電話の第一声は、消え入りそうな声での謝罪だった。いつも元気一杯に私達を引っ張ってくれる、あの荻江さんの声とは思えない。
 どれだけ酷い目に遭ったんだろう。そして今まで、どれだけ無理をしてきたんだろう。そう思うと、私まで声が詰まりそうになる。でも今は、2人して下を向いてる時じゃない。
「荻江さん……みんなの事、お願いします」
 私がそう言うと、荻江さんは電話の向こうで息を呑む。おおよその事情は知っているようだった。
 
 通話を終えた瞬間、同時に緊張の糸も切れる。とりあえず荻江さんが無事だったと知って、安心したせいかもしれない。
 そして、ここで初めて涙が出た。一度出ると、止まらない。次から次へと溢れてくる。
「う、うっ……うううっ、ぐっ…う、ふううっ……!!」
 膝を抱えて、しばらく嗚咽を漏らす。恐怖。悔しさ。苛立ち……そういう感情に押し潰されないためには、ある程度発散させる必要があったから。
 でも、いつまでも塞ぎ込みはしない。それは、私のキャラじゃない。

 ( ……泣くな、結衣。 )

 鏡に写る無様な自分へ言い聞かせ、手の甲で涙を拭う。いつまでも弱い気持ちでいたら、それこそあの外道達の思う壺だ。
 あいつらは今頃、自分達の勝ちを確信してることだろう。確かに分のいい賭けなのかもしれない。
 でも、ひとつ誤算がある。それは、私一人の力で地獄に耐えると思っていること。
 私は、一人じゃない。荻江さんがいる。グループの皆がいる。どんな目に遭ったって、皆の笑顔さえ思い出せば、私は私のままでいられるんだ。



    ※           ※           ※



 朝の大通りは、通勤するサラリーマンや通学途中の学生でごった返していた。宮プロのある通りは繁華街の真ん中に近いから、この辺りでも特に人が多い。
 ごく普通の日常。でも私には、それがひどく遠いものに思えた。今からヤクザの慰み者になる私とは、違う世界。普通の世界。真っ当な世界。
「……おお、ホンマにおったわ。今日もカワエエのお!」
 黒い高級車が私の前に止まり、中からガラの悪い男が顔を覗かせる。忘れる筈もない。昨日の角刈りだ。
 でも、何かの間違いだと思いたい。こんな品のないチンピラが、私の初めての相手だなんて。

 調教場所は、宮プロから3駅離れた場所にある。そこまで車で向かう間に、運転席の角刈りから改めて今後についての説明があった。
 約束通り週に一度、毎土曜日に、1000人まで収容可能なライブハウスを貸し切ってライブができる。ただし“人質”である私だけは、ライブへの参加は認められない。不参加の理由は、病気療養のためとする。
 唯一、水曜日に特定の会場で開く握手会兼チェキ会への参加は認めるが、イベント後には自分の足で調教部屋に戻ってもらう。もし戻らないまま日付が変われば、その時点で逃亡とみなしてメンバー全員の身柄を拘束する。
 ざっくりとした内容はそんなところ。調教で追い込みながら、あえて逃げられる状況を作って覚悟のほどを試す。いかにも宮路が好みそうな、陰湿なやり口だ。でも、構わない。強要されようが判断を委ねられようが、借金を返すまで人質になる決断は変わらない。それにほんの少しでもファンやグループの皆と交流ができるなら、いいガス抜きになる。
 説明を受けた時、私はそう思って胸を撫で下ろした。後になってそれが大きな間違いだと気付くんだけど、この時の私には、そんなこと想像もできなかった。

 それに、深く考えられなかった理由は他にもある。今日もまた、パンチパーマが私の隣に座り、無遠慮に身体を弄ってきたからだ。
「へへ。昨日あんだけ犯られたっちゅうのに、まだまだ綺麗なもんやな。乳もウブくて、しゃぶり甲斐あるで」
 そんな事を耳元で囁きながら、割れ目に指を入れ、乳房を舐め回してくる。相変わらずその手つきは雑で、痛みと気持ち悪さしかない。ただでさえ、乱暴に犯された場所がまだ少し腫れてるのに。
「やめて。場所ぐらい考えてよ!」
 そう言って何度手を払いのけても、一向にやめる気配はない。むしろ、そういう私の反応を楽しんでいるようですらある。そんな中、不意にパンチパーマは嫌な笑みを浮かべた。
「せや。せっかくのパーティーなんやし、外の連中にも見せたるか!」
 奴はそう言って、いきなりパワーウィンドウのスイッチを押し込む。するとスモークの窓が開き、ちょうどすれ違った対向車の運転手が目を見開いた。
 まずい。私は顔が売れている。こんな所を見られれば、あっという間に噂が広がりかねない。そうなったら最後、いくら借金を返したところで、トップアイドルなんて夢のまた夢だ。
「だ、駄目えっ!!」
 私は叫びながら、両手で顔を庇う。
「へへ。なんや、人形ゴッコは終いかいな。顔色変わっとるで?」
「有名人っちゅうのも難儀やのぉ。何しとっても他人の視線に怯えんといかん。ま、俺らにゃ縁のない話やけどな!」
 2人が笑い、また私の身体を弄びはじめた。私は素性を隠すのに手一杯で、抵抗らしい抵抗ができない。
「なんや、太腿がピクピクしとんぞ。感じとるんけ?」
「乳首もなんや、勃ってきとるんとちゃうか。ええ変態?」
 ありもしないこと。そう理解してはいても、この責めは精神的にかなり来る。
 車がようやく止まったころ、私は、全身にびっしょりと汗を掻いていた。


    ※           ※           ※


「こっちや」
 車を降りた角刈りは、顎をしゃくって細い路地を指した。
 壁や非常階段の手摺、果てはエアコンの室外機までもがスプレーで落書きされ、あちこちにステッカーやチラシが貼り付けられている。繁華街にはありがちな光景だ。『スカーレットチョーカー』として地下ドル活動を始めて以来、こういうものもすっかり見慣れてしまった。
 ただ、そんな私でも、『調教室』のあるビルの裏口を見た時にはさすがに引いた。人一人がやっと通れるぐらいの狭い扉……それを囲む壁に、無数の穴が空いていたからだ。深く窪んだ円を中心に、コンクリートが無惨に崩れ落ちたそれは、銃痕にしか思えない。
「なにボケッとしとんねん。はよ入れや!」
 壁の穴を見られると都合が悪いんだろうか。裏口を開けた角刈りが、苛立った口調で怒鳴りつける。
 建物の中に入ると、また馴染みのある光景が広がっていた。カーキ色の壁に無数のポスターが貼ってあり、その隙間を埋めるようにして、マジックで色んなグループ名が書き込まれている。中には何度か地下ライブで顔を合わせたグループの名前もあった。
 適度なインディーズ臭が漂う一方で、施設はかなり充実しているようだ。廊下をまっすぐ歩いているだけでも、自販機併設の休憩室やコインロッカー、シャワールームまで見えた。
 ただ、下り階段を下りてからは、そういう明るい雰囲気は嘘のように消え去る。とにかく暗い。非常口のライトがかろうじて光源になっている程度で、すぐ前を歩く角刈りの輪郭すらわからない。唯一古いランプのついている公衆電話前の一角には、『関係者以外立ち入り禁止』の看板が、行く手を遮るように立っていた。
 もはやホラーの域だ。わざわざ看板で警告されるまでもなく、こんな不気味な場所に無関係な人間が立ち入るわけがない。私だって、許されるなら今すぐ引き返したい。そんな私の思いをよそに、暗い廊下の行き止まり近くで、角刈りが立ち止まる。 
「着いたで。こっから先は土足禁止や、靴脱げ」
 その声で顔を上げると、そこにはガラス張りの部屋があった。
 広さは10畳ぐらい。大きなガラステーブルと、それを囲むように四人掛けのソファが2つあって、それだけならライブハウスの控え室にも見える。
 でも、普通の控え室とは明らかに違う部分も多かった。
 まず、背もたれも肘掛けもどっしりとした革張りの椅子。あんなに深く腰掛けるタイプの椅子が一つだけあっても、メンバーが困るだけだ。
 部屋の真ん中に置かれた、シーツだけのベッドも邪魔でしかない。おまけに大人2人が横並びに寝られるクイーンサイズだから、ますますスペースの無駄だ。
 衣装掛けにタオル類が掛かっているのはまだ解るけど、ラバー製の手錠や水着のようなものがぶら下がっているのは理解できない。特に水着らしきものは、そのまま着ると肝心な胸やあそこが丸出しになってしまう欠陥品。正気じゃない。

「兄貴、例の女連れてきました!」
 私がブーツを脱ぐのを確認してから、角刈りが背筋を伸ばし、ガラス室の中へ声を掛ける。よく見ると、パンチパーマまで緊張した顔つきだ。どっちも車の中では、あんなに傍若無人な態度だったのに。
 ソファに腰掛けた3人の男が、こっちを向く。
「!!」
 3人と視線が合った瞬間、私は思わず息を呑んだ。ガラス越しでも伝わってくる、こいつらこそ本物のヤクザだ。この連中に比べたら、私の横にいる2人なんて、ただのチンピラでしかない。
「ちょっと味見さしてもらいましたけど、兄貴ら好みの女です。ルックスもアソコも肝っ玉も、全部が一級品ですわ!」
 角刈りは畏まった口調でそう言いながら、私の腕を掴んで部屋に押し込む。

 部屋の第一印象は『眩しい』だった。3方の壁が鏡張りになっていて、天井のライトを反射しているせいだ。入口から見て正面の壁にだけはカーテンが掛かっているものの、他の3面はすべて鏡。
 ( あれ、でもこの部屋って、ガラス張りだったんじゃ…… )
 そう思って一瞬混乱したけど、どうやらマジックミラーらしい。光源のない暗い廊下からは、電気のついた部屋の中が丸見え。逆に部屋から廊下を見ると、ガラスが鏡の役目を果たして外は見えない。
 ここで行われる行為の目的が『プライドを折ること』だとしたら、この造りは効果的だ。毎日のようにレッスンスタジオでダンスの練習をしてたから、鏡の大切さは身に染みている。犯されたり、辱められたり……そういう行為を鏡映しで見てしまったら、精神的なダメージは何倍にもなるはず。おまけに天井近くの四隅には、監視用のカメラまで設置されていた。ここで行われる行為は、すべて映像として残されるに違いない。

 私は内心冷や汗を掻きながら、部屋の中央へ進む。
 部屋の中は狭苦しい。クイーンサイズのベッドやガラステーブル、ソファがかなりのスペースを取っていて、自由に歩き回れる余裕がない。
 そして何といっても、ソファに腰掛けるヤクザ3人の存在が大きすぎる。
 とにかく威圧感が半端じゃないんだ。上半身にびっしりと彫り込まれた刺青が、強面ぶりに拍車を掛けている。おまけに、一般人とは雰囲気からして違った。良い意味で、じゃない。クスリをやってたり、強制猥褻の常習犯だったり……芸能界時代の共演者には、後でそういう事実がばれて逮捕される人が結構いたけど、そういうヤバい人間に通じる“負のオーラ”が漂ってるんだ。

「よう顔覚えろ。今日からお前の世話してくれはる、『調教師』の兄貴達や」
 私に続いて部屋へ踏み入った角刈りが、3人について語りはじめた。
 3人は、栖村(すむら)、磯崎(いそざき)、新渡戸(にとべ)という。それぞれ歪んだ性癖の持ち主で、なおかつ熟練の技と若者顔負けの精力を誇る絶倫らしい。性癖や技はともかく、絶倫というのはひどく説得力がある。あんなに脂ぎった中年親父が、淡白とは思えない。
「さすがは東京モンや。スカシた面しとんのお!」
 そう言って最初にソファから立ち上がったのは、栖村という男だ。
 歳はたぶん30代後半。身長は2メートル近くはあるんだろう、少し離れた場所にいるのに、かなり首を上向けないと顔が見えない。そして上背があるだけじゃなく、横にも太い。首と肩の境界線がなくて、お腹も大砲の弾を詰め込んでいるのかという膨らみ具合。体型は完全に相撲取りだ。二の腕から肩、胸にまで掘り込まれた派手な花の刺青は、いかにも頭が悪そうだけど、『関わっちゃいけない人間』というアピール効果は抜群だった。
 その栖村は、荒々しく私に歩み寄り、眉根を寄せて凄む。
「これだけはハッキリ言うとくがな、ワシは東京のスカした女が大嫌いなんじゃ。特にお前みたいな、顔でチヤホヤされとる似非アイドルがな!」
 酷い暴言だ。東京にチヤホヤされてるだけのアイドルなんていない。競争率が高いからこそ、皆が必死になって上を目指してるんだ。
「はぁっ!? 東京のアイドルの事もロクに知らないくせに、いい加減なこと言わないでよ!」
 私はほとんど真上を向きながら、栖村の眼を睨み据える。
「なんやとコラ!!」
 たるみ放題の栖村の顔が、怒りでさらに醜く歪む。
「栖村、そうカリカリすんなや」
 タバコを揉み消して仲裁に入ったのが、新渡戸だ。こけた頬に、年季の入った皺。栖村より一回りは年上に見える。
 新渡戸は、力士体型の栖村に比べると、かなり引き締まった体をしていた。線が細い割に、肩と腕はガッチリとしたボクサー体型。とにかく刺青の量が半端じゃなく、和彫りが背中と腕、太腿の半ばまでを覆っている。なのに馬鹿丸出しの栖村とは違って、どこか品格さえ感じてしまうのが不思議だ。
「しゃあけど、兄貴!」
 栖村が後ろを振り返って叫ぶ。兄貴という呼び方をしている以上、新渡戸の方が立場は上らしい。
「落ち着け。ここで一緒に過ごすモン同士、いがみ合ってもしゃあない」
 新渡戸はそう言って笑みを浮かべた。余裕のある柔らかい態度は、相手の毒気を抜く。実際、あれだけ怒っていた栖村でさえ、ゆっくりと肩を下ろした。
「……わかりました。それによう考えたら、“犬”が好みやろうが無かろうが、やることは同じですわ」
「そや。理性がブッ飛んで、羞恥心すら無うなるまで、徹底的に犯り続ける。むしろ嫌いな奴の方が、私情が挟まらん分やりやすいやろ」
 栖村と新渡戸は、自然体で耳を疑うような会話を交わしていた。今からその餌食になる身としては、生きた心地がしない。
 そしてそんな私達を、ソファに掛けたままの磯崎が無表情で眺めていた。
 歳は栖村と同じぐらい。栖村の見た目も強烈だけど、この磯崎はまた別の方向で凄い。日焼けというレベルを通り越した、黒に近い赤銅色の肌。顎を覆い尽くすような濃い髭。アロハから覗く胸板や二の腕の毛もやたらと濃くて、ヤクザというよりは山賊と名乗られた方がしっくりくる。ただでさえ人相が悪いのに、額にはざっくりと割れたような古傷まであって、いよいよ物騒なイメージが際立っている。

「それよりお前、いつまで服着とんねん。ここじゃ女は裸と決まっとるんじゃ、とっとと脱げや!」
 新渡戸に注がれたビールを煽ってから、栖村がまた声を荒げた。器が小さい上に、口は臭いし、唾は飛ばすし、モテる要素の欠片もない人間だ。でも、今はその言葉に従うしかない。
「わかったから、いちいち怒鳴んないでよ!」
 私は叫び返しながら、強く拳を握りしめ、昨夜の覚悟を思い出す。
「ふーっ……」
 深呼吸してから、一気にレースの入ったブラウスをたくし上げた。そしてそのままの流れで、フレアスカートもずり下ろす。
 こいつらの狙いは、恥ずかしがる姿を見て楽しむこと。そうとわかっている以上、わざわざ喜ばせてなんてやらない。
「何や、脱ぎ慣れとんのぉ。ライブで何千っちゅうファンにスカートの中見せとる、尻の軽い売女なだけはあるわ!」
 栖村から罵声を浴びても、唇を噛んでなんとか我慢した。

 でも、最後の最後……後はブラジャーとショーツを脱ぐだけという段階になって、とうとう恥ずかしさが覚悟を上回る。
「おい売女、手ぇ止まっとんぞ。チャッチャとせんかい!」
 ソファに身を投げ出した栖村が、ゲソを齧りながら怒鳴る。本当に口の減らないクズ男だ。宮路にしろ、この栖村にしろ、どうして『こいつにだけは見せたくない』と思う相手にばかり裸を晒してるんだろう。そう思うと悔しくて堪らない。
「すーっ、ふーっ…ふーーっ」
 深呼吸を繰り返す。これも、グループの皆のため。何度も何度も、自分にそう言い聞かせる。
「なんやその息、発情しとるんか? ま、しゃあないわな。いつものパンチラだけやのうて、スッパダカまで晒すんや。露出狂の変態にゃ堪らんやろ!」
 栖村の煽りを聞き流し、背中に指を回す。パチッと音がしてブラジャーが緩み、成長期の胸が零れだす。
「ほー、綺麗なチチや。デカさはちと物足りんが、ええ形しとる」
 新渡戸が舌なめずりするように呟いた。
 私自身、胸の形には自信がある。『リュネット』のメンバーと温泉に行った時、皆から“キレイなお椀型”だと褒められたから。ただ、その時と同じように褒められたのに、今は少しも嬉しくない。
 続けてショーツを足首から抜き去ると、いよいよ私の身体を覆うものは何もなくなった。生まれたままの体に、3人のギラギラとした視線が纏わりつく。
「また美味そうな身体しとんのぉ。高い化粧品使うとるんやろ、小便臭いガキの分際で!」
 栖村は好き勝手に言いながら、毛深い手を伸ばしてくる。狙いは、乳房と太腿だ。

  ( ……ああ。またこれか )

 私は、心の中で溜め息を吐く。
 『調教師』だとか『兄貴』だとか呼ばれていても、結局はあのチンピラと同じ。女の裸を前にすると、すぐに欲情して理性を失う。芸能界でも、この手の男は散々見てきた。どんなに女性人気の高い俳優でも、裏で見せる素の顔は、ただのケダモノでしかなかった。

 栖村はしばらく私の身体を撫でてから、クイーンサイズのベッドに私を押し倒す。本格的に嬲るつもりらしい。
「ほら、もう動けん。怖いか? 怖いんなら震えてもええんやぞ?」
 右から栖村が囁きかけてくる。私の怯える姿を期待しているらしい。
 心底、ゲスだ。女を力づくで押さえつけ、怯える姿を楽しむなんて。今まで何人の娘が、こいつの餌食になったんだろう。そう思うと、意地でも弱気は見せられない。
「勘違いしないで。私はただ、『仲間が借金を返すまでここにいろ』って言われただけ。アンタの機嫌を取れとも、喜ばせろとも言われてない。だから、基本は寝て時間潰すつもりなの。“したい”んなら勝手にすればいいけど、反応なんかしてあげないから。そういうのがいいんなら、風俗にでも行って」
 たっぷりと敵意を込めた宣言。それを聞いた栖村は、一瞬顔を引き攣らせてから、歪んだ笑みを浮かべた。
「ほう、面白いやんけ。吐いたツバ飲むなやクソガキ。東京の売女風情が、どんだけ辛抱できるか……見してもらおやんけ!」
 そうがなり立てながら、胸を鷲掴みにし、割れ目にも指を這わせはじめる。

 ( ……大丈夫。感じる訳ない )

 この時点でもまだ、私には余裕があった。昨日の夜、チンピラ2人に触られた時には、少しも感じなかったから。
 世の中には男に抱かれて喜ぶ子もいるらしいけど、私はそういうタイプじゃない。胸を揉まれても、割れ目に指を入れられても、不快なだけ。ましてや今は、昨日の破瓜のせいで、まだあそこが少しヒリついている。そんな状態で刺激を受けたって、良い気分になるわけがない。つまり、いくら身体を弄っても無駄。むしろセックスより楽に時間を潰せる、ボーナスタイムのようなもの……そう、思っていた。

 でも。そこから始まった『調教師』の責めは、私の想像を遥かに超えるものだった。
 いかにも単細胞そうな栖村の指遣いは、意外なほど繊細だ。
 乳房を外側から、じっくりと揉みほぐしていく。乳首やその周りにある乳輪には、一切触れずに。その刺激のせいで、最初は生暖かい手の感触しか感じなかった左の乳房に、痺れるようなむず痒さが生まれている。
 割れ目への愛撫も、同じく念入りなものだった。人差し指一本と、そこに中指も加えた二本指を巧みに使い分けている。角刈りのように、いきなり中をかき回したりはしない。初めは人差し指の先で、割れ目の周りにあるビラビラを押しこむように“ほぐす”。そうしてほぐれたところで、今度は二本指の腹で挟み込むように刺激していく。
「どうや、気持ちええやろ。ここは大陰唇いうてな、男でいうタマ袋にあたる部分や。ここのすぐ下にはぎょうさん血管が走っとるさかい、こうしてマッサージしたると、性器全体の血流が良うなる。血流がええと、後々の気持ちよさが桁違いに増すんや」
 栖村はそう囁きながら、また愛撫する場所を変えた。ビラビラの、少し内側。
「ほんで、こっちが小陰唇や。ここをようほぐすと、膣が男の物を迎える準備を始めよる。粘膜を開いたり、汁を滲ませてな」
 経験の少ない私でも解った。二本指の腹で扱かれるビラビラが、どんどん充血して、しっかりとした厚みを持ちはじめている。あそこの中が勝手に開いて、じわりと愛液が滲ませはじめている。栖村の言う通りに。

 ( 嘘。こんなの、嘘に決まってる……! )

 心の中でいくら否定しても、現実は変わらない。刻一刻と、お腹の奥が柔らかくなっていく。
「そろそろ、頃合いやな」
 その栖村の言葉で、私は思わず凍りついた。そんな私の反応を楽しみながら、栖村は二本指をとうとう割れ目の中へと沈みこませる。
「思った通り、よう湿っとるわ」
 嘲笑うような言葉がつらい。それが本当だという事は、私自身が嫌というほどわかってるんだから。
 指入れを始めてからも、栖村は的確に追い詰めてきた。まるで、私がどうして欲しいか知り尽くしているように。その責めを受けて、私の中はさらに湿っていく。最初は気のせいにも思えた水音が、はっきりとした音になっていく。
 そして割れ目から、じゅぷ、ぐちゅ、という完全な水音がしはじめた頃。
「……ふ、ぅう……っ!」
 私は、つい声を漏らしてしまった。声といってもごく小さくて、息を吐いただけとでも誤魔化せそうなレベル。でも、視界の端に映る栖村は、しっかりと笑みを浮かべていた。


「……はぁっ、はぁっ……あんっ、はぁあ……あっ、ん…………」

 気付いた時には、全く声が抑えられていなかった。
 全身に汗を掻いているのがわかる。息も荒い。
 一番ひどいのはあそこで、栖村の太い指が蠢くたびに、くちゅくちゅという明らかな水音が響いてしまっている。ベッドに足を投げ出したままじゃ、とても耐えられそうにない。だから太腿を閉じ合わせ、相手の手を挟み込んで抵抗した。でも栖村は、そんな状態でも構わず指を動かしてくる。
「あ、あんっ、はぁ、あ……あ…………」
 堪えようとしても声が漏れた。栖村の責めは、そのぐらい上手かった。
 激しく指を動かしはしない。中を指でなぞって、一番気持ちのいいポイントを的確に見つけ出し、そこを指先で押し込む。ピンポイントに弱い部分を狙い打たれたら、反応せずにはいられない。
「また腰がうねっとるやないけ。気持ちええんやろ?」
 答えのわかりきったこの問いは、もう何度目だろう。栖村はあくまで、私自身の口から『気持ちいい』という言葉が聞きたいらしい。その魂胆がわかっているから、私はあくまで首を振る。
「アホが、白々しいわ。こんなにしこり勃てとって」
 栖村がそう言いながら、左の乳輪を“掻いた”。
「はうっ!?」
 その動きだけで私は、肩まで震えてしまう。
 丁寧な愛撫で“ほぐれた”のは、膣だけじゃない。乳房も乳腺をじっくりと開発され、昂ぶらされている。特に神経の集まった先端ともなれば、乳輪は快感に粟立ち、乳首は仰向けの状態でも見えるほどに尖っていた。
 それはわかってる。自分のことだから、嫌というほど。でも、こんな連中の思い通りだなんて、認められるはずがない。
「わかりやすい声や。ええ加減認めえ。ガキの癖して、いっぱしにチチで感じとるんやろ?」
 私の反応に気をよくした栖村が、勝ち誇ったように笑う。
「……感じてない。こんなの、ただの生理反応って言ってるでしょ!」
 私は呼吸を整えながら、必死に言葉を搾り出した。心の支えは意地だけだ。
「ホンマ気ィ強いのぉ。しゃあない、ほな続けよか」
 溜め息を吐きつつも、栖村の笑みは消えない。そして奴は、ぴったりと閉じ合わせた私の膝を掴み、無理矢理に開きはじめた。
「あっ!?」
 私は、咄嗟に膝へ力を込めて抵抗する。意味もなく足を閉じていたわけじゃない。内股に力を込めていないと、愛撫に耐えきれない……そう本能的に悟ったからだ。それを強引に開かされるのは、恐怖でしかない。
「何ともないんちゃうんけ? なら、足開くぐらいエエやろが!」
 栖村が笑みを浮かべながら、太腿の間に手を差し入れる。私は精一杯膝に力を込めたけど、男の力には抵抗しきれない。
「っし、開いてきたで! ……ひひひ、おいおい。大層な『生理現象』もあったもんやのぉ、尻の方にまで垂れとるわ」
 栖村の声がする。視線の先は、大股を開かされた足の合間だ。
「ぐっ……!」
 恥ずかしい。そして悔しい。愛液が溢れていることも、それがお尻の方に垂れていることも、全部わかっているから。
「これでやりやすぅなったわ。ほな、続けよか」
 栖村は笑みを深めながら、改めて二本指を割れ目の中に沈み込ませた。

 そしてそこからは、指責めがさらに念入りなものになる。ピンポイントに指先で押し込むような動きは、さっきまでと同じ。でも指が自由になった今は、二本指でゆっくりと中をなぞるような動きが加わっている。これが、とてつもなく気持ちよかった。昨日の角刈りもやっていた動きなのに、感じ方がまるで違う。
「はぁっ、はぁっはあ……あっ! ふっ、う……!!」
 いくらダメだと思っても、甘い声が漏れてしまう。
「エロい声やのぉ。どうや、堪らんのやろ?」
 私の声を聴き、栖村が囁きかける。私が薄目で睨むのも構わず、奴はさらに続けた。
「エエ事教えたるわ。オノレはな、アソコがそこらの女より敏感なんや。大概の女の急所は、『Gスポット』とその反対にある『裏Gスポット』の2つ、多てもそれ以外に1、2箇所が精々や。ところがお前は、このちまい膣の中に山ほどスポットがありよる」
「……え?」
 栖村の言葉に、私は凍りつく。
 淡々とした語りには、妙な本当らしさがあった。そして何より、私自身がその言葉に説得力を感じている。少なくとも、愛撫で感じない体だとはもう言えない。
「普段からよう運動しとる女は、血管が健康やさかい、感度のエエのが多いんや。このアソコの締まり具合……8の字筋の強さからして、お前もその口らしいな」
 栖村はそこで言葉を切り、指の動きを早めた。じゅくじゅくじゅくじゅく、という粘ついた水音が響き、その音と同じペースで、痺れるような快感が広がる。『押し上げられる』感じがした。たぶん、絶頂に。
「ああああっ!! あぁっ、あはあっ………んんっあぁあああっっ!!!」
 声が止まらない。意思とは無関係に腰が跳ねる。大きく開かされた足指の先にまで、勝手に力が入ってしまう。
 そして、何かが堰を切ったある瞬間。お腹の奥が収縮した。細かく、何度も。
「お、イッとるイッとる!」
 栖村が嬉しそうに叫んだ。

  ( ……イク……? これ、が…………? )

 収縮の後の、ふーっと楽になる感覚の中、私は絶頂というものを理解した。生まれてはじめてのその快感は、涙が出そうなぐらい甘く、それだけに怖い。
「このガキ、イクんは初めてらしいな。軽くトんどるわ」
 私の顔を眺めつつ、栖村が割れ目から指を抜く。その指が高く持ち上げられ、開かれれば、間にねっとりとした糸が引いた。いくら経験が少なくても、直感的にわかる。あれは、私の愛液だ。
「やっぱ東京のアイドルは尻軽やのぉ。会うて1時間も経っとらん男にアソコ弄繰り回されて、ここまで濡れるんやからの!」
 栖村は指を見せ付けながら、鬼の首を取ったように喚いた。
 確かに、感じてはいる。絶頂まで晒した以上、今さら否定しても遅いのもわかってる。でも、言われっぱなしではいられない。
「……感じてなんか、ないっ!!」
 私は歯を食いしばってそう叫び、すぐに後悔する。栖村達が、ニヤニヤと笑っていたから。私のこの反応は、期待された通りのものらしい。
「ほー、大したもんや。そんなザマでもまだ『感じとらん』のか」
「本人がそう言うとるんやから、そうなんやろ。ま、時間はなんぼでもある。たっぷり楽しもうでぇ!」
 新渡戸と栖村は、そう言って嬉しそうに目を細めた。


    ※           ※           ※


 部屋に足を踏み入れてから、何時間が経ったんだろう。
 私は広いベッドの上で、休む間もなく嬲られ続けた。
 大股開きのまま、両の腿を持ち上げられ、むき出しになった割れ目を舐め回される。クリトリスを転がされ、ぬるりとした舌を中に入れられる。
 栖村の舌遣いは、異様なほど上手かった。ぬめった指かと思うぐらい、力強い。確実に性感を目覚めさせられているのがわかる。

 ( だ、ダメ、もうダメえッ…………!! )

 思わずそう叫びたくなるほど、何度も絶頂しかける。
「ははっ、我慢強いこっちゃ。そろそろメロメロんなって、挿れて挿れて泣き叫ぶ女がほとんどやっちゅうのに」
 栖村のその言葉は、大袈裟とは思えない。確かに、舌以上のものが欲しくなる。相手がこのヤクザでさえなかったら、言ってもおかしくない。
 そして、口づけを受けるのはあそこだけじゃなかった。左右の乳房も、乳首も、足指やお臍まで、たっぷりと舐られる。
 脂ぎった中年男の髭面が密着してくるのは、不愉快でしかない。でも、そう思えるのも最初だけ。何分、何十分と口づけが続くうちに、それどころじゃなくなる。
 体中が、どんどん敏感になっていくから。体中の窪みという窪みを嘗め回されていると、単なるくすぐったさとは違う、痺れるような感覚が生まれる。その感覚はだんだんと強くなって、そのうち身悶えするほどになる。

「さて、また『ここ』や」
 栖村は尖った乳首から口を離し、私の腕を掴みあげた。万歳をする格好だ。
「!!」
 私は、思わず息を呑む。これから起こる事がわかってしまう。狙いは腋……身体にある無数の窪みの中でも、特に神経が密集している場所。
「くくくっ。生々しい汗の匂いさせとるやないけ、ええ東京女? 気取った香水なんぞより、よっぽどソソるわ」
 栖村は、強張った私の顔を楽しんだ後、一気に左腋へと吸いついた。
「ひぁっ!!?」
 私は堪らず叫んだ。これだけは、どうやっても我慢できない。腋への刺激と発声が連動しているように、意識するより早く声が出ていく。それが笑いの種になるとわかっていても。
「ええ声や。つい昨日までヴァージンやった女が、感じるようになったもんやのぉ。どや、ワシの物が欲しなってきたやろ? 意地張っとらんと、正直に言うてみい。可愛くオネダリできたら、楽にしたるわ!」
 栖村が私に囁きながら、ゲラゲラと笑う。耳障りだ。負けず嫌いのサガとして、黙っていられない。
「……笑わせないで。アンタがもう我慢できないだけなんでしょ? 偉そうに、何が調教師よ。発情した犬みたいなアンタこそ、飼い主に躾けてもらったら!?」
 私は喘ぎながら、不敵な笑みを作ってみせる。でも栖村は、余裕の表情を崩さない。
「躾け、か……そやなぁ」
 栖村は肩を竦めてから、いきなり私の顎を掴み上げる。
「うっ!? ふッ、ふーーッ……!!」
 私は突然の事に、悲鳴を上げかけた。でもすぐに持ち直し、鼻で呼吸しながら、栖村の顔を睨み据える。気持ちでは負けない。
「ええのぉその目。それぐらい生意気な方が、“躾け甲斐”あるわ!!」
 栖村はそう言って、手に力を込めた。
「クぁっ!?」
 喉が絞まって、変な声が出る。苦しくて、両手で栖村の手を掴むけど、丸太のような腕は外れそうにもない。
「ええか雌犬。何を勘違いしくさっとるか知らんがな、ここではワシらが調教主、お前が畜生じゃ!!」
 ドスの利いた脅しと共に、私はベッドに投げ捨てられる。
「う゛っ、ごほ!げぼっ、かはっ!!!」
 ようやく息ができるようになり、首元を押さえて激しく噎せる。
「栖村、荒う扱うな。その女は金ヅルや」
 ソファから、新渡戸の声がする。奴は視線を私に向けてから、こう続けた。
「しかしな、嬢ちゃん。お前もハネッ返るんは大概にせんと、後々が惨めになるだけやぞ。お前はこれから、たっぷり時間かけて、鼻っ柱をへし折られるんや。何遍も何遍も、折れる場所が無うなるまでな」
 新渡戸はナッツを一粒口に放り込み、ゴリゴリと音を立てて噛み砕く。いかにも裏社会の人間らしい、底冷えするような眼で。
「怖いんなら、仲間捨ててトンズラこくんも手ェや。せやけど、ここに居残るつもりなら、人間性は諦めぇ。ワシらもプロや、ぬるい調教はせん。オノレの立場弁えんのが先か、ぶっ壊れるんが先か……楽しみじゃ」
 押し殺したような口調で淡々とそう語られると、変に凄まれるよりよっぽど怖い。
でも私は、目を見開いて新渡戸を睨み据えた。
「……バカにしないで! 私の未来は、そのどれでもない……『借金を返して、アイドルに返り咲く』、これだけよ!!」
 そう。
 この頃の私はまだ、全力であいつを睨めてたんだ。



    ※           ※           ※



 栖村からの嬲りは、さらに続く。

「何や、マン汁がどんどん溢れてきよんぞ。ホンマ品のない女やのお!」
 割れ目を嬲る栖村が、周りに聴こえる声量で嘲笑った。
「はぁっ、はぁっ……品がないのは、アンタでしょ!?」
 私は瞼の汗を瞬きで落としながら、栖村を睨む。
 よっぽど私が憎いのか、それとも単なる性格か、栖村の憎まれ口が止むことはない。いちいち真に受ける必要なんてないのかもしれないけど、絶妙に無視出来ない挑発ばかりしてくるから、精神的にキツい。
「ガキが。そうやってワシらに喧嘩売るたびに、自分の立場悪ぅしとんのが解らんのかい!」
 栖村は手の水気を切りながら、不機嫌そうに私を睨み下ろした。
 反論しない方が賢いのはわかってる。でも、こんな連中に頭を垂れるわけにはいかない。たとえ首輪を嵌められた身でも、心に炎を燃やしつづける……それが『スカーレットチョーカー』だ。グループの皆を集め、焚きつけた私には、その信念を貫く義務がある。
「ほー。『あくまで退かん』っちゅう目ェやの。ええわ……なら明日の朝まで、たっぷり泣かせたる!!」
 栖村は私の肩を掴むと、強引に上体を起こさせた。その上で背後に回り、両膝を引いて足をMの字に開かせる。わざわざ、正面のミラーに割れ目が映し出されるような角度で。
「そういやお前、さっき品がどうのと抜かしとったのぉ?」
 後ろ髪に顔を埋めるような近さで、栖村が囁きかけてくる。
「もし、お前に品があるならや。ワシになんぼ弄られても、この格好のままで居れるわなぁ? くすぐったいからゆうて、いちいち足バタつかせるような女に、品があるとは言わんで」
 よく言う。このM字開脚の時点で、すでに下品そのものだ。宮プロでの下積み時代、イメージビデオの撮影と銘打って、いやらしい目をした大人達に何度もさせられた格好。下品な男が好む、“はしたない”ポーズ。
「バカみたい」
 私は心底嫌になって吐き捨てる。
「あん?」
 鏡の中で、栖村が眉根を寄せた。
「聴こえなかった? バカみたい、って言ったの。こんな格好させて喜んでる時点で、ただの変態親父じゃない。あー、ダサい。」
 私の言葉に、栖村の顔が歪んでいく。私はそれを睨み据えたまま、さらに続ける。
「しょうがないから、そのお遊びに付き合ったげる。動かなきゃいいんでしょ? せいぜい私の借金があるうちに、やりたい放題やって優越感に浸ってなよ!」
 女なんて、羞恥でコントロールできる……そんなふざけた考えへの、精一杯の反発。それは間違いなく、栖村を苛立たせたはずだ。でも、栖村の顔の歪みは、怒りというよりは笑いに見えた。
「よう言うたもんや。ほな、せいぜい動くなや?」
 栖村はそう念を押してから、私の身体に手を回す。左手で胸を包み、右手をクリトリスに宛がい。意外なほど柔らかい手つきで。

 そしてまた、愛撫が始まる。
 左の乳首を指で弄りながら、クリトリスを皮ごと人差し指で押し込むやり方だ。
「んん……ん!!」
 思わず声が漏れた。でも、押し殺せないほどじゃないし、足だってピクピクとしか動いてない。まだ余裕だ。
「やるのぉ。ほな今度はクリの皮剥いて、直でやったるわ」
 栖村はそう囁きながら、人差し指でクリトリスの皮を剥きあげた。もう何時間も刺激を受けつづけたクリトリスは、大きさこそ米粒ほどもないものの、かなり敏感になっている。そこを、人差し指の腹で撫で回される。
「あ……ああ……ん、ぁ…………!!」
 この刺激は強い。抑えようとしても声が漏れた。前に一度味わった『イク』感覚が、うっすらと甦る。
「なんや、変な声出しおって」
 栖村の指先は、さらにクリトリスを刺激しつづけた。円を描くように優しく、まったく同じ動きで。この『同じ動き』というのが地味に厄介だ。責め方を色々と変えられれば、その度に気分が切り替わるから、結構持ち堪えられる。でも同じ責め方を繰り返されると、嫌でも没頭してしまう。絶頂にグイグイ近づいていく。
「あ、あ……あ…ああ…………んあああっ!!!」
 少しずつ、少しずつ声が漏れて、ある瞬間にかなり大きい声が出る。足の指が無意識にシーツを掴む。多分、クリトリスでイキかけたんだ。でも、完全に逝けてはいない。ふうっと楽になるところの寸前で、止められた。疼きだけが残るように。
「くくっ」
 栖村が耳元で笑う。狙い通り、という感じで。そして2秒ほどしてから、また指が動きはじめた。

 クリトリスを円を描くように刺激し、絶頂の寸前で止める。それが、何度も何度も繰り返された。時間が経つほど、絶頂までの感覚は短くなっていく。でも、なぜかいつもギリギリで指が止まった。絶頂のタイミングを見切られている、そう考えるしかない。
 刺激を受け続けるうちに、クリトリスはいよいよ充血してくる。押さえ込む指の腹を、逆に押し返すような張りだ。愛液もかなり出てくるし、一切触られていないあそこまでヒクヒクと動く。鏡に丸写しになっている以上、それが見えてしまうのがつらい。
「どないした。マンコが物欲しそうにヒクついとんぞ。それが東京モンの上品さなんけ?」
 その変化は、当然ながらこういう詰りのネタになる。悔しい。でも返す言葉が咄嗟に浮かばない。せめてもの抵抗はといえば、足の形だけは崩さないまま、鏡越しに栖村の顔を睨むことぐらいだ。
「フン、なんやその目。カッコつけんなや、こんなにしとって」
 栖村はそう言いながら、クリトリスから指を離す。そして手を下に滑らせると、ヒクつく割れ目に捻じ込んだ。
 じゅく、と水音がする。
「っ!!」
 その瞬間、足が震えた。あそこへの指入れは、昨日から数えて何回目になるかわからない。でも、今までよりずっと快感がはっきりしている。
「なんや、足が動いとるぞ。変態女!」
 嬉しそうな栖村のその言葉に、思わず鏡を見る。すると確かに、私の両足は内股に閉じかけていた。
「クリで何遍も寸止めされて、神経が目覚めた上での指入れや。気持ちええやろ」
 ねっとりとしたような解説が、耳に吹き込まれる。確かに否定はしづらい。
「…………別に」
 でも、認めはしない。こんな嫌な奴相手には。
「はっ、そら難儀やの」
 栖村は鼻で笑いながら、割れ目の指を動かしはじめる。
 片手で乳首を捻り潰しながら、もう片手で割れ目の浅い部分を刺激する。少しすると指を抜き、指先で上下に割れ目全体をなぞる。さらに指先で、クリトリスを素早く横向きに擦るような動きも混ぜてくる。
「んん、ふうぅ……っぅ! んん…んく、ぅ……っ!!」
 割れ目そのものが充血しはじめている今は、そういう責めがたまらない。何度も何度も、足が内股に閉じかけてしまう。
「じっとせえや」
 栖村は詰りながら、また割れ目に指を入れてくる。今度は、浅い部分にだけじゃない。手の平で割れ目を叩くようにして、激しく前後に指入れを繰り返す。時々、かなり深く指を入れたまま、臍の下辺りをぐいぐいと指で押し込みながら。これには、もう我慢が利かなかった。
「んんん……んっ、あっあっあ!!! ……いっ……ぅんっあ……!!」
 鼻から荒い息が漏れていく。足がバタつく。
「おーおーおー。下品やのお! 見てみぃ鏡、完全にアバズレの格好やぞ!?」
 栖村は当然、言葉責めを掛けてくる。実際、空中を蹴るような大股開きの格好は、気品の欠片もない。でも、仕方なかった。今にもイキそうで、でも、イケないんだから。
「ちっとは恥じらいっちゅうもんがないんけ? アイドルの癖に!」
 栖村は駄目押しとばかりにそう囁きながら、右手で私の脛を鷲掴みにし、左手で激しい指入れを再開する。前後に激しく、ぐいぐいと押し込み。耐え切れなかった実績のある責めに特化して。
「ああああっ、ああっ!! はぁっ、はぁっ……んんぅううああっ!!!」
 私は、抑えきれずに声を上げた。何度も何度も、絶頂の感覚を生々しく感じ、でも必ず寸前で刺激が弱まってしまう。すっきりとしない、むず痒いような快感が積み重なっていく。愛液が次々とあふれ、クリトリスと割れ目はますます充血し、軟らかくほぐれていく。

 ( なんなの……!? こいつ、上手い…………!! )

 私は喘ぎ、足をバタつかせながら栖村を呪った。でも当の栖村は、口の端に笑みさえ浮かべたまま、淡々と責め続ける。

「はっ、はっ、はっ……はっ…………はあっ…………!!」
 30分ほどはそういう責めが続いただろうか。そうやく栖村の指が割れ目から離れた時、私は喘ぐばかりになっていた。
 もうどれだけの回数、イカされるギリギリでの寸止めが繰り返されているんだろう。すでにシーツは、溢れ出る愛液で一面染みだらけになっている。
 その段階になって、栖村は責め方を変えた。片足だけを高く掲げる格好になっていた私を、ベッドに押し倒す。その状態で、指責めを再開したんだ。
「もうヌルヌルやぞ。いやらしいのぉ」
 栖村はそう言いながら、二本指の腹で上下に割れ目をなぞる。
「……っふ! ……ん……!!」
 敏感さの増した私は、その動きだけで肩まで震わせてしまう。栖村はそんな私の反応を面白そうに見下ろしながら、指を中に捻じ込んでくる。
 さっきより両手が自由に動かせる分、この責めは徹底していた。片手でクリトリスを上下左右に転がしながらの、しっかりとした『スポット』責め。

  ( だ、ダメ……また、いっちゃう…………!!! )

 ものの数十秒で、私の頭はそんな言葉で埋め尽くされる。でも、やっぱり逝けない。このままあと数秒続けば楽になる、と確信できるタイミングで、すっと指が止まってしまう。
「今イキかけとったやろ、色狂いの雌犬が!」
 そういう罵倒を受けると、意地でも無反応を通したくなる。でもその直後、また指責めが始まると、その思いはあっという間に溶けてしまう。たっぷりと指でほぐされたクリトリスやGスポットでの快感は、そのぐらい強烈だった。


 ようやく栖村が嬲る手を休め、まともに呼吸できるようになった頃には、すでに朝。それも“水曜日”……一週間に一度だけ、グループの皆やファンと会う事が許される、握手会の当日だ。
「ったく、結局朝までダンマリかい。しゃあない、一旦解放したるわ。なんぼ焦らされて堪らんいうても、ファンの前でオナるんちゃうぞ?」
 栖村はぐったりとした私をベッドから下ろしながら、さらに茶化す。新渡戸の低い笑い声もする。とことん、アイドルという職業を見下した態度だ。でも夜通し嬲られた後だと、睨む気さえ起こらない。

 部屋の外に出ると、薄暗い中に角刈りの姿があった。少し離れた場所にはパンチパーマもいる。
「くははっ。兄貴らに相当可愛がられとるらしいの、えらい汗臭いぞお前」
「流石に、そんな匂いさせてファンの前には出れんやろ。5分でシャワー浴びてこい」
 2人はわざとらしく匂いを嗅ぐ仕草をしながら、シャワー室へ私を連れていく。
 髪と身体を洗おうとすると、5分は短い。本当なら、あのゲス連中の唾液や細胞をすっかり洗い流したいところだけど、叶わない。

 シャワーを済ませた後は、チンピラ2人の用意した服に着替えて、車で握手会の会場に向かう。
「今日は初日やから特別や、行きも帰りも送ったる。次から、帰りは自分の足で帰ってこい」
 角刈りのその言葉に、気が重くなる。あの調教師3人と一緒にいるのが、早くも嫌になっているところだ。自分の足であそこへ帰るのは、考えるだけで気が滅入った。



    ※           ※           ※



「あ、リーダー!」
「結衣!」
「結衣ちゃん!!」
「結衣さん!」
 楽屋へ入るなり、懐かしい顔ぶれが私を出迎えた。
 早苗にあんり、乃音歌、良子。一緒に芸能界を生き抜くと誓い合った、かけがえのない仲間。その顔を見ただけで、なんだか涙が零れそうになる。
「結衣さん。お体の方は、大丈夫ですか?」
 良子が胸に手を当てながら、心配そうに尋ねた。いかにもお嬢様らしいその仕草が、なんだか懐かしい。
「……あ、うん、大丈夫。今日は調子いいの!」
 そう明るく答えはしたものの、気持ちは逆に沈む。
 病気だなんて真っ赤な嘘。本当は借金を返すために、ヤクザの慰み者になってるだけ。初めてを奪われ、何度も犯された。今朝まで嬲られつづけてもいた。皆が知ってる私より、ずいぶんと汚れてしまった。
「それより、皆の方はどう? 今週から毎土曜ライブだよね、大丈夫そう……?」
 重い気分を切り替えるために、別の話題を振る。実際、すごく気がかりな事でもある。グループを結成して以来、ずっと私がリーダーとして皆を纏めてたんだ。その私が急に抜けて、おまけに1000人規模のライブを毎週やるなんて話まで出て、どれだけ混乱したことだろう。
「んー。歌はいいんだけど、ダンスがねー。やっぱ結衣ちゃんがいないと……む、ふぐうう゛っ!?」
 無邪気な笑顔でそう言いかけた乃音歌の口を、隣のあんりが塞ぐ。
「このタコ! 結衣、気にすんな。何でもねーよ。アタシが中心になってビシーッと纏めてっから、安心しろ。オメーがいなくなった途端、ライブのクオリティが落ちただなんて、絶対に言わせねぇ!」
 あんりは拳骨で乃音歌の頭を抉りながら、私に笑みを向けた。私に心配をかけないためだろう。喧嘩っ早い印象だけど、いざ仲間と認めた相手には優しい……それがあんりだ。
「いたいいたい!! でもあんりちゃんのダンス、いーっつもサビ前んとこズレるじゃん!!」
「だからありゃ、オメーの方が遅えんだっつってんだろ!?」
「はーいはいストップストップ。そこは、今日明日の練習で直してこうよ」
 額をつき合わせるあんりと乃音歌を、早苗がクールに仲裁する。
 ああ、いつもの光景だ。これを見ていると、皆のところに帰ってきたんだという実感が沸く。そして同時に、『皆を守らないと』という覚悟も。

「頑張れ」
 楽屋外を出た瞬間、壁を背にした荻江さんが、ぼそりと呟く。申し訳なさそうに俯いたまま。
「……はい!」
 私はそんな荻江さんに、精一杯の笑顔で応えた。
 今まで私達を守る為に、一人で戦い続けていた荻江さん。そんな荻江さんの苦しみを、今度は私が背負う番だ。


「ゆ、結衣ちゃん!! 病気大丈夫なの!?」
「ライブで結衣ちゃんが見れないなんて、残念だよ!!」
 握手会につめかけたファンは、口々にそう言って私の手を握りしめる。ライブで私と会えない分、この少ない機会を大事にしてくれてるんだろう。
 「いつ退院できるの」と何度も訊かれた。「またライブで会えるのを楽しみにしてるよ」とも言ってもらえた。
「ごめんね。今は激しい運動とかダメなんだけど、ちゃんと治して戻ってくるから。その時は、また一緒に盛り上がろ!」
 笑顔でそんな事を言ってみせるけど、騙している気がして心苦しい。
 そして、つらいことはもう一つある。
 何をしていてもずっと、下半身が“疼く”ことだ。
 事務所の借金を知って、処女を失ったのが月曜日。あの『調教部屋』へ入ったのはその次の日だから、今朝までのほぼ丸一日、あのヤクザ達に嬲られていたことになる。
 その影響は大きかった。もう何時間も経っているのに、クリトリスは固くなったままだ。ただ立っているだけでもあそこの入口近くが疼いて、濡れたような感じがする。握手会用の衣装はかなりのミニスカートだから、何かの拍子に愛液が垂れるんじゃ、という恐怖があった。
 おまけに今日のファンは、私の身体にやたら熱い視線を浴びせてくる人ばかりだ。視線を感じるのはいつものことだけど、今日のは特に絡みつくような視線。ステージで見られない分の見納めなんだろうけど、そんな視線を向けられながら、指先から手首までを汗まみれの手で撫で回され続ければ、どうしたって変な気分になる。

 ようやく握手会が終わったころには、私はすっかり汗を掻いていた。
「ふう、ふう……」
 息も少し上がっている。疲れたというより、ファンの熱気に当てられた感じだ。
「結衣ちゃん大丈夫? 疲れちゃった?」
 乃音歌が心配そうに私を見上げながら、ドリンクを渡してくれる。
「ありがと」
 私はドリンクを受け取りながら、乃音歌の髪を撫でた。元子役だけあって、サラサラのキレイな髪。
「えへへー」
 乃音歌は嬉しそうに笑う。
「……うん。ちょっと、疲れたかな」
 ドリンクで喉を潤しても、一番の問題は解決しない。
 人目を避けてトイレの個室に入り、ショーツをずり下げると、クロッチ部分に糸が引いていた。糸の出所は、いうまでもなく私の割れ目だ。
「はぁ、はあ…………」
 割れ目が疼く。
 今なら、楽になれるかもしれない。誰も見ていないんだ。少しぐらい指でいじっても、誰にも…………

「……駄目!!」

 ギリギリ。本当のギリギリで、あそこへの指入れを思いとどまる。固く拳を握りしめながら。
 誰が見ているとか、見ていないとかじゃない。こんな、公共施設のトイレで自慰に耽るなんて、ケダモノのやること。いくら“疼く”からって、それをしたら負けだ。それをしたら最後、グループの皆やファンの所に帰る資格を失ってしまう気がする。
 私はあくまで、一時的に身柄を拘束されてるだけだ。いくら身体を汚されても、羞恥心や常識を捨てたりしない。あくまで私は私として、アイドルに返り咲くんだ。
 いつか、きっと。
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