3.

「いっ、…ぎゃああああああああぁあああア!!!!!」
会場に甲高い悲鳴が響き渡る。
茜は倒れたまま、右足を抱えてのたうち回った。
熱い、熱い!胴着が燃えるように熱く皮膚に食い込む。
折れたか、いやかろうじて折れてはいない。
しかし…茜は今改めて、頭上に立つ娘の二つ名を思い起こしていた。

  ―――『カーペントレス(木こり娘)』―――

細くしなやかな彼女の脚は、野球用の圧縮バットを叩き折り、
細い木ならばなぎ倒し、そして人間の脚ごとき骨ごとへし折る。
一撃必倒、まさしくそれだ。
「うぐあ、あああ…おおぁ…っ!!」
茜の脳裏に、脛へ戦斧を叩き込まれるイメージが浮かぶ。
なるほど――木こり娘だ。

『挑戦者、ダメージが大きすぎるか?倒れたまま立ち上がりません!
カウントはなし、彼女が失神するか負けを認めるまで、苦しみは続きます!!』
実況の声がわんわんと頭に響く。喚声がドームの中を揺らしている。
若い少女が殴りあい、落としあうのを嬉々として見守る狂乱。

悠里はロープへ背を預け、じっと自分を見下ろしていた。
(勝てない。敵いっこないや…)
茜は思う。はめたかせる黒いボレロが、まるで漆黒の翼に見えた。
人間が勝てる相手に思えない。
あれと対峙したこと、倒されたことが誇らしくなるほどに、強い。
ごめんなさい。彼女はそう言っていた。どこか寂しげに。
(同情してるんですか…?私が弱いから、力がない、から…)
悠里の腰に細い紐が揺れていた。茶色い帯。

――あなたは強くなるわ。またリングで会いましょうか。
あの日、最後の言葉と共に交わした、茶帯。

「おおっと!!これは挑戦者、ふらつきながらも立ち上がりましたっ!」
瘧にかかったように震える脚を叱咤し、茜はロープに縋って立ち上がる。
悠里が少し目を開いた。
立ち上がるが、重心を安定させるのに苦心する。よろけ、よろける。
完全に右足が死んだらしい。
「はっ…はぁ…っ…はーっ…」
茜は持久走を終えたように肩で息をしていた。
ロー一発で体力の殆どをもっていかれたらしい。
ぎしっ。リングが軋み、悠里がしゃんと背を伸ばして中央に歩み出る。
歩く様は絵になった。本当に、格闘家とは思えない美しさ。

「強くなったわね、茜」
悠里はグローブを握りしめ、型を作って言った。
茜はそれがとても嬉しかった。
彼女が構えて、自分を褒めてくれる。その為にここまで来たのだ。
「…せぇあああ!!」
茜はロープのしなりを利用して悠里に迫った。
左足で踏み込み、体重を乗せて右の拳をひねり出す。
悠里は頬を掠めさせてそれをかわし、返礼に茜の顔へ掌底を叩き込む。
「ぶふっ」
茜の頬に赤い筋が散った。掌が抜けるとリングに紅い華が咲く。
『華が潰されたー!可憐な少女の顔面が、真っ赤な血に彩られています!』
会場のボルテージが一気に上がった。
頭がくらくらするのが喚声で余計にひどくなる。
「ふっ!」
間髪入れず、悠里のフックが棒立ちの茜の腹を抉る。
「ぐぅ…お…!!」
茜の細い身体がくの字に曲がる。
肋骨が開くような痛み、胸のしくしくする感覚。吐くな、吐くな。
「はーっ、はーーっ」
茜は大きく口を開けたまま前屈みで固まった。
必死に様々な苦しみに耐え、闇雲に拳を出し、またカウンターを取られる。