「皆様、長らくお待たせ致しました。次はいよいよミス百合嶺コンテストのトリ、
 鼓 結花さんの自己PRです!」
よく通る声が、一万人を収容するドームにわんわんと反響する。
スイッチの入る音と共に舞台にまばゆいライトが集まり、一人の少女の立ち姿を、
真っ暗なドームの中に白く浮き上がらせた。
少し光が弱まると、手足のすらっと伸びた華奢なシルエットに、次第に色が付き始める。
少女は長く艶やかな前髪を左右に分け、肩まで伸びた後ろ髪を自然に垂らしている。
フリルのついた白いブラウスの上にピンクのカーディガン、
膝上までの黒いスカートに紺のハイソックスという出で立ちだ。
 それらは、いかにも「お嬢様」という清楚な雰囲気で少女を包んでいる。
しかし、それがこれから起きることの悲壮さ、背徳さをを際立たせる為のものでしかない事は、
この会場にいる全ての人間がすでに承知していた。

「さて、本来ならば他の出場者と同じく、彼女の輝かしい境遇、素晴らしい功績などを
皆様にお見せしたいところですが…残念ながら、彼女にはそういったものはございません。
…そこで彼女は、なんと、自分の体を張って、皆様にアピールしようと考えたそうです!」
司会が声を張り上げる。
少女の手が、ぴくんとわずかにひきつった。
「これは、断じてストリップなどというものではありません。
一人の少女の、自らの全てを賭けたコンテストへの挑戦です。
どうか最期まで、温かく、そして熱くご覧下さい。
それでは……鼓 結花さん、どうぞ!!」
司会の声が止み、反響が消えて、ドームを不気味な沈黙が覆う。

はぁっ。
少女は大きく息を吸った。
「百合嶺女学院一年C組、鼓 結花です。
 これから私の演じる自己紹介を、みなさん、ぜひご覧になって下さい。」
澄んだ声でよどみなく言葉を紡ぐ。
少し早口気味になっているが、そんなことは誰も気にとめない。
(ねえ…あの結花って子、亡霊みたいな根暗女なんじゃなかったの?)
(芋女かと思ったけど、結構見れんじゃん…)
ドームを埋めるのは、この時のために大金をはたくなどして見学の権利を手に入れた、
環境に恵まれ、かつ良識の欠如した者ばかりだ。
その客達は、少女を見て驚きを隠せないようだった。
 彼らが手に持つパンフレットには、コンテスト出場者の顔写真が並んでいる。
学園屈指の麗しい令嬢が揃う中、その最後に紹介されている結花という少女は、
例年のそれと比べてあまりにも地味だった。
長い前髪で目の半分を覆い隠す、お世辞にも麗しいとはいえない写真を見て、
何人もの常連が腹を立て、今年のチケット入手の倍率は例年の半分以下になった。

それでも他の美少女目当てでここへ集った客は、その誰もが、今舞台に立つ少女に
ある種の魅力を感じているらしい。
 小柄な少女には、他の出場者のような道行く者が振り返るほどの派手な美しさは窺えない。
しかし、少女のおぼろな可憐さは、一度気付くと何故か目を離せなくなる力を持っていた。
アスファルトの片隅に咲く小さな花…そういう種の驚きと愛しさを与えてくるのだ。
花園に咲き乱れる最高級の花で目が肥えた観客さえ、少女から目を背ける者は一人としていない。

少女は何度か深呼吸を繰り返す。
無数の目が、その上下する僅かな膨らみを捉える。
少女は、ちらりと舞台の袖に視線を落とした。
長身の、まさに完璧な美しさを持つ少女が、泣きそうな表情でそこにたたずんでいる。
それを見る舞台上の少女の瞳には、何か一つの感情を見出すことは出来ない。
しかし逆に、そこにはあらゆる意味が込められている。
憤り、不安、悲しみ、そして決意。
少女は顔を戻し、舞台の前に広がる虚空を見据えたまま、カーディガンのボタンに手をかけた。



美少女コンテスト…
それは百合嶺女学院において、特別な意味を持つ。
学園祭の目玉であるそのコンテストで優勝する事は、学園において他の生徒と一線を画す、
特別な存在になる事を意味した。
つまり、コンテストに出場する事は、学園のトップを狙うに等しい行為だ。
当然、ライバル同士の蹴落としも並のものではない。
そして、そこには一つの法則があった。
コンテスト出場者の中で、最も垢抜けない候補者に対し、他の候補者、
及びその取り巻きが凄惨ないじめを繰り返す。
コンテストで優勝候補とされている少女達は、一流のエステやスパに通う令嬢ばかりで、
迂闊に手は出せない。
故に、一番地味な少女を貶めるのが、自分達を引き立てる唯一の方法なのだった。
そして、今年も一人の少女がその役目を負う。

私立百合嶺女学院一年、鼓 結花(つづみ ゆか)。
彼女は目立たない存在だった。
無愛想というわけではないが、自分から口を利くことは稀だったし、
長く伸ばした前髪で目を半分覆い隠している様は、他人を拒んでいるように見えた。
そのため、心を許せる親友など一人としていなかったし。
成績も中の上、運動もそこそこ。
全くもって注目すべき点が無い事から、いじめに遭うことすらなく、まるで亡霊の如く
教室の隅で学園生活を送った。
それが彼女の望みだった。
誰からも注目される事なく、ただ無難に毎日を送り、普通に結婚をして。
しかし、そんな彼女の望みは、ある日突然に打ち砕かれた。

一枚の、悪意に満ちた掲示板によって…。
<初出:2ch「女の子が女の子をいじめるお話」スレ>
※初の本格的な連続モノ。地獄少女一期の1話を見ながら書いたのを覚えている。

『学園祭の美少女コンテストに推薦された地味な容姿の少女に萌える保守 』
というスレの一文にインスピレーションを受けた。