1.

最後の朝が来た。
私の日常が変わってから一ヶ月。
初めて人に注目された、その気分は思っていた通りろくなものじゃなかった。
でもこの時になって思う、私自身だってろくなものじゃなかったと。
いつだって人の目を避けることばかり考え、髪に隠れて世界を半分しか見ようとしなかった。
あの日、あの掲示板に私の名前が無かったなら、それは今も変わっていないはず。
私に現実の厳しさを教えたのはリカ。
明るい世界を見せてくれたのが灯。

今日の私の行動次第で、二人と、私自身のこれからが決まるんだ。

つらいと感じていないのか、実物を目にしたからか、あのベッドの夢はもう見なかった。
寝つきは悪かったけど頭は冴えている。
ほっとしながら起き上がろうとすると、体ががくがく震えていた。
腕が痙攣している。
いじめに遭ってた時、こうなる事がよくあった。
手の震えが止まらない。寒いとか怖いとかじゃなくて、ただ意味もなく震えてる。
たぶんストレスからくるんじゃないかな。
マッサージしても深呼吸してみても意味はないから、こうなると放っておくしかない。
かなり苦労しながら朝食をすませて、洗面台に立つ。
   
    ・・・・・あれ? なんでここにいるんだっけ?
  …ああ、顔を洗う為だ。それしかない。

これもいじめられてた頃によく起こった。
集中力がなくなって、自分が何をしているかがわからなくなる。
 でも、これも気をつけてどうにかなるものじゃない。
私は何も考えずに歯ブラシを動かし続け、気付いた時には口から唾液がこぼれて
パジャマに大きなシミを作っていた。
慌てて吐き出すと、流しには赤い水が流れた。

これから大事な事があるっていうのに、さすがにこのままじゃいけない。
幸い、マニュアルに書かれていた指定時間にはまだ余裕がある。
私は髪と体を隅々まで丹念に洗った。
なんとも貧相な体だ。
灯がよく言ってくれてたように、スタイルはそう悪くはないんじゃないか、と思う。
でも、間違ってもコンテストに出るとかそういう類のものじゃない。
かなり気が滅入ってきたけど、やっと手の震えは止まってくれた。

お風呂から出てショーツを履く。
居間に行き、薄い青色のブラジャーをつけて、フリル付きの白いブラウスを着る。
少しだけ気になることがあって、何度か脱いだり、着たりを繰り返す。
昨日までのある練習の総復習をするように。
なんとか満足すると、ピンクのカーディガンを羽織る。
そして膝下までの黒スカートと紺のハイソックスを履いて着替えは終わり。

私はその時もう、悲しくてたまらなかった。
この服は、ファッションなんてまるで知らない私に、初めて灯が買ってくれた一式。
お姫様って感じですごく可愛い、って言ってくれた。
 私はこれからその服を着て、大勢の人の前で惨めな姿を見せる。
灯の気持ちを踏みにじっているようだ。
いつだったか本宮先生に対しても感じた悲しさ。
今回はそれ以上だ。
でも、もうやらないわけにはいかない。灯のことを想うなら尚のこと。
前髪を梳いて左右に分けて留め、 普段は括る後ろ髪をまっすぐ伸ばす。
この服にはこの髪が一番似合う、その灯の言葉を信じて。

壁に掛かった灯の写真に触れ、玄関へ向かう。
帰ってくる時、どんな顔をしてるだろう?
そもそも無事に帰ってこれるんだろうか?
不安はたくさんあったけど、私は精一杯元気な声で家の中に呼びかけた。

   「 いってきます! 」


2.

百合嶺女学院の学園祭は午前と午後の部に分かれているらしい。
午前中は屋台や部活動のパフォーマンスがあって、一般の人が見て回る普通の学園祭。
午後は、学園の最奥にある、無駄にお金が掛かっていそうな一万人収容のドームで行なわれる。
そこに入れるのは一部の偉い人と、コンテストに出場する生徒だけ。
今はちょうど午前の部が終わり、片付けと午後の準備に入ったところだった。
 
 コンテストの意味は、前にちなみって人が言ってたように、娯楽と運営費の交換。
審査には一次と二次があって、一次は水着審査などで会場のお客さんが二・三人を選び、
二次はその年によって違う事をして、五人の審査員が優勝者を選ぶ。
一見普通の美少女コンテストだけど、裏には家の関係とかの大人の事情が絡んでくるらしい。
つまり、審査が始まる前から公正なスタートではないはず。
 しかも、ちなみに渡されたマニュアルには、もっと絶望的な事実が記されていた。
コンテストには毎年、私ほどじゃなくても初めから勝ち目の薄そうな生徒がいるそうだ。
その生徒は、一ヶ月いじめられ続けてさらに悲惨な状態になってて、ますます優勝は望めない。
それではあんまりだという事で、他の生徒がやるような水着審査とかの代わりに、
もっと“魅力的な演技”が認められる。

 気分の悪くなりそうな話、落ちもやっぱりとんでもないよ。
どれだけ必死に頑張って、死にたいぐらいの羞恥を殺して泣きながら演技を続けても、
今までにそういった人達が優勝した事は一度もないって…。
 でも、私もそうと決まったわけじゃない。
私はその人たちと違って、いじめられたのはせいぜいはじめの一週間。
それだって事情を知らないリカの仕業だったから、実際は全くいじめられてないに等しい。
それに、今の私には『如月の娘』っていう肩書きがついてる。
優勝候補って呼ばれてたリカのなんだもん、意味はあるはず…。
昨日までそう思って不安を紛らわせてたけど、今になってまた胸が苦しくなってきた。
  
私が灯を助け出せる確立は、どのくらいあるんだろう?

沈む気分に俯きそうになりながら、でもそれをすると負ける気がして背筋を伸ばす。
そしてやっとドームの入り口へ差し掛かった時、ドームの中から急に人が飛び出してきた。
その人は「どいてっ!!」と叫んで私を突き飛ばし、一瞬振り返ってこっちを見る。
恐ろしく頬がこけていたけど、見慣れた顔は忘れられない。
それはお母さん…じゃない、美鈴さんだった。
本当の母親じゃないとはわかってたけど、十五年間の思い込みはそうすぐに解けるものじゃない。
「お母さん!!」
私は思わず口にしていた。
その言葉を聞いた途端、美鈴さんが苦虫を噛み潰したような顔をした気がする。
「……あんたにそう呼ばれる資格はないわ」
吐き捨てるようにそう言って、美鈴さんはどこかへ走り去ってしまう。
 私がしばらくその後ろ姿を見送っていると、またドームの中から人が出てきた。
今度は何人かの、いかにも乱暴そうな男達だった。
直感的に、美鈴さんはこの男たちに追われているんだと気付く。
その男達は辺りを見回し、私の姿を見つけると呼びかけてきた。
「おいそこのガキ、今ここから女が出てきたはずだ。どっち行ったか言え!!」
怒鳴るように命令されたのが気に障ったのもあって、私は美鈴さんが去った方とは
まるで見当違いな方向にある山道を示した(ドームがあるのは山の中)。
男達は驚き、私を探るように睨んだ後、仕方なく誰もいるはずのない山道を登り始めた。
「くそっ、あの女、よくあの体で…!」
と文句を言っている。
 育ての親の美鈴さんを恨む理由は無いし、リカみたいな生活がしたいわけでもない。
私は少しだけ気を良くしてドームへ足を踏み入れた。


入る前に晴れていた気分は、すぐに甘かったという後悔に変わった。
控え室にいた人達は、私の想像を遥かに越えるぐらい輝いている。
立派な胸、くびれた腰、大きく突き出したお尻。
その迫力に比べれば、私の体なんて幼稚園児と変わらない。
おまけにその顔は、人形や女優というしかないほど整ってる。
灯に褒められて、私もそこそこ見れる顔だって思ってた。でもとんでもない。
今この場にいる中で、一番魅力を感じないのは?と聞かれれば、私と答えるしかない。
如月の娘?そんな物、気品が無ければ恥ずかしいだけ。
優勝候補っていうのは肩書きだけじゃなく、リカのあの顔と体があって初めて言えることなんだ。
私、身分を偽ってるわけじゃないよね…?
 
 その人達は私が部屋に入ると、すぐに意地悪そうに周りに集まってきた。
「あ~ら、これはこれは優勝候補の如月リカ様じゃありませんか。さっすが、麗しいですわぁ」
口に手を当てて笑いながらそういった人は、顔にすごく上品なお化粧をしていた。
そうか、この人達の顔がすごく華やかに見えるのは、完璧にお化粧をしてるからなんだ!
でも、そうとわかった所で、お化粧道具を持っていない、したこともない私には関係なかった。
「リカ様、余裕ですわね。化粧もせずに晴れ舞台ですか。私共にはとても真似できませんわ!」
やっぱりその事を言われ、周りに笑いが湧き起こった。
 私は居ても立ってもいられなくなり、控え室を飛び出す。

部屋の外には、なぜか本宮先生が立っていた。
暗くて、地味で、何の取り得も無い私に、いつだって優しく接してくれる先生。
灯と友達になる前からずっと私を見守ってくれていた、母親のような人。
その姿を見たとき、なんだか言い表せないほど嬉しくて、私はつい先生に抱きついてしまった。
せんせえ、せんせえって繰り返して、胸に顔をうずめて泣いた。
 
でも、先生は、いつもみたいに私の髪を撫でてくれる事はなかった。

胸がずきっと痛み、本宮先生の体が遠くなる。
突き飛ばされたと分かるには、少し時間がかかった。
「触らないでちょうだい、汚らしい」
先生は苛立たしげに吐き捨て、私の体が触れていた場所を手ではたきはじめた。
「……え?」
それだけ言うのが精一杯だった。
 ……なんで、どうして……?
頭が真っ白になって、何も分からなくなる。
私の好きな日焼け顔に白い歯が覗いた。
「まさかあなた、自分が本当に好かれているとでも思ったの?やだ、笑わせないでよ!
 理事長に言われてあなたを監視してただけ。必要に応じて甘い言葉をかけはしたけど、
 それだけでなつくなんて、犬じゃないんだから…。」

その言葉を聞いているうちに、やっと私は自分が何を失ったのかを理解した。
この何日かで、私はいくつもの本当に大切なものをなくした。
産みの親だと思っていた女性。初めて出来た友達。
そして、何よりも頼りにしていた先生。
これはあまりにもつらすぎた。
これ以上、私からは何が奪われ、周りの世界から孤立させられていくんだろう。

控え室に戻ると、やっぱりさっきの人達が待っていて、逃げられないように私を囲んだ。
「ちょっと、何逃げてらっしゃるの」
一人がそう言い、別の人達が私の腕を掴んで動けなくして、私の顔を覗き込んでくる。
「まあ、リカ様泣いてる!鼻水まで出てるじゃない。可哀相、綺麗にして差し上げるわ」
さっきの人がそう言ったと思うと、私の元を一旦離れて鞄からスプレーの缶を取り出した。
嫌な予感がして必死にもがいたけど、後ろから腕や腰を押さえつけられていて逃げられない。
スプレー缶の先が鼻に当たり、そのまま穴の中へねじ込まれた途端、何かが噴き出してきた。
「ゃ、んぁあ゛ふっ!!げほ、…えほ…!ぅあ…!!」
喉が焼ける感じがして、変な声が出て、私はひどく咳き込んだ。
涙が押し出されるようにこぼれる。
すぐにもう一方の鼻の穴にも同じように噴きつけられた。
「―――――ッ!!!」
今度は声も出ない。口から空気が漏れて、鼻の穴からも何かの液体が垂れ始める。
体の拘束が解け、私が鼻を押さえて声のない悲鳴を上げていると、控え室に誰かが入ってきた。
「おやぁ?早速お楽しみですかぁ~。」
もう間違える筈もない、この間抜けた声はちなみ。
私は声がしたほうを睨んだけど、目が霞んでよく見えなかった。
何か大きなものが、腰を下ろすように動く。ちなみが私を覗き込んでいるらしい。
「あ~れ、元気な目ですね。血は繋がってないのに、美鈴さんとそっくりじゃないですかぁ。」
急に鼻が摘まれ、私はその痛さにまた悲鳴を上げた。
「美鈴さんねえ、逃げ出しちゃったんですよ。整形さんと一緒に軟禁してたんですけどね。
 まああんな人ひとり逃げ出したところで、どうって事ないですけどぉ。
 与えられた食事にすら手をつけずに、一体どこ行ったんですかね?」
ちなみはそう言って立ち上がり、そろそろ一次審査が始まると皆に告げる。
ちなみと最初の人らしい一人が部屋を出て行き、私の体はまたいくつもの手に掴まれた。

無理矢理立たされて、後ろから胸を揉まれ、前からはショーツ越しにあそこに口をつけられる。
いきなりそんなことをされても、気持ちいいわけがない。
私が声を出さずにいると、背中から手がブラウスの中に滑り込み、ブラジャーのホックを外した。
そしてその手が脇腹を撫でるように前へ移ってきて、丸出しの胸を直接握ってくる。
「ん…っ!」
思わず声が漏れてしまった。それがすごく気持ちいいから。
 いじめられ始めた頃、胸を揉まれるのは泣きそうになるほど痛かった。
大きさはそれほどでもないけど、最近では張っているような感じになっていて、
自分でそっと触っても痛みに近い少し変な感じがするぐらいだった。
でも揉まれ続けているうちに、だんだん気持ち良さのほうが大きくなってきている。
 乱暴にこね回されたり乳首を潰されたりすると、前は叫んでいたのに今は溜め息のような
声が出るだけ。
 あそこも何か濡れたようなものがぴっちりと貼り付いている。唾液で濡れたショーツかな。
胸を弄られると、そういう細かい感覚も研ぎ澄まされてくる。
 普段なら、そういう刺激は嫌だけど、どこかでちょっと期待してたりもする。
でも今の私の心は、それどころじゃない。
本宮先生に裏切られた、んじゃない、私が勝手に思い込んでただけだけど、見捨てられた。
それだけはないと思ってた。全く疑おうともしなかった。
「はなして!今は放っといてよぉ!!」
力を振り絞って暴れても、やっぱり自由にはなれない。

 そうしている間に、一人目の人が帰ってきた。すぐに二人目の人が化粧を直して出て行く。
その一人目の人は私のショーツをずらして、直接あそこを舐め始めた。
 私の脚の間に顔をうずめて割れ目を何度か舐めた後、ゆっくりとその舌は太腿に回る。
直接舐められてるわけじゃないのに、下半身がぞくぞくしてくる。
ただでさえ大事なコンテストの前で不安定な気持ちだったのに、さっきの事と今のこれで
気が狂いそうになってきた。
 おまけに、今度はお尻の方にも何かがべっとりとくっついてきた。
手でお尻の肉をかき分けて、恥ずかしい穴にぬるぬるしたものが入ってきたり、
ちゅうちゅうと音を立てて吸ったり。尾てい骨を鼻がこすってる。
「あ…あ……!」
気持ちが変に昂ぶってるのとこの人たちが上手いので、私はすぐに昂ぶらされてしまう。
クリトリスを唇で挟んで舌先で舐められる。お尻の穴のしわまで一つ一つ伸ばされていく。
胸は相変わらず両手でこねくられて、心臓を揉まれているかと思えるほど熱く脈打っている。
 その間にも、何人かの人の審査が終わって、また代わりの人が出て行っていた。
確実に私の番も近づいている。
太腿に力が入らなくて少し内股になりかけると、前後の舌の動きが早くなった。
腰の下から寒気のようなものが背中を這い上がってくる。
 これからコンテストなのに。
もうだめ、こんなの耐えられるわけない…。
 とうとうその時を感じて膝を開いた時、急にクリトリスの舌が外れてその周りを舐め始めた。
「・・・・・あっ!?」
驚いて声を上げる。
「リカ様ー、何が『あっ!』なんですか?やっぱりして欲しかったんじゃない」
誰かがバカにした声で言った。
この人たちは、私が今までされた弱い事、嫌がった事をちゃんと知ってる。

「う…!うん…ぁうっ…!!」
止められたのはクリトリスを舐める事だけで、胸を握り潰したりお尻の穴を広げたりは、
さっきよりも激しくなってる。
 刺激はあるのに、あと少しだけ足りない。
じんじんするあそこをもう少し舐めてくれるだけで楽になれる。
 すると、その願いを聞いてくれたように、舌が一度だけ軽く疼く突起を舐め上げた。
「――――くうぅ…!!」
でも、それだけ。よけいに追い詰めただけ。
「お、お願い、いかせて!いや、いやあッ!!」
私が頭を振ってそういっても、誰も聞いてはくれない。
 舐めてはくるけど、絶対に強くはしない。
「ちょっと、今やるとイクわよ!」
「もうやばいんじゃない?なんかすっごい垂れてきてるわ」
そんなことばかりいって、皆で順番になで続ける。
「あ~、あ! ん、ああ、うっ!!」
私は腰が砕けそうになりながら、ずっと短く悲鳴を上げてる。
 どれだけの時間そうなっていただろう、頭がガンガンして何もわからなくなったころ、
ドアが開いて私を呼ぶ声がした。
「鼓結花さん、あなたの番ですよ!早くしてくださ…きゃ、な、何してるの!」
係りの人なのか見たことのない女の子が、私の姿に悲鳴を上げて逃げていった。
私を掴んでいた腕が引っ込められ、私は尻餅をつく。
痛かったけど、やっぱり『いく』ことはできない。
私はふらつきながらなんとか起き上がり、鏡の前で髪の毛を整える。
お腹まで下がっていたブラジャーを着け直して、ふと下を履いていないのに気付いた。
 ショーツを返して欲しいと何度言っても、誰も聞いてはくれない。
私は、そのまま舞台へ向かうしかなかった。

3.

舞台は真っ暗だ。
私はこれから、ついに一人の演技を始める。
『皆様、長らくお待たせ致しました。次はいよいよミス百合嶺コンテストのトリ、
 鼓 結花さんの自己PRです!』
この声が大好きだった。
あんまり得意じゃなかった数学も、この声が何を言ってるのかが知りたくて必死に頑張った。
その声で紹介されるんだ…意識したくもない、最悪な私を。
 急に目の前が真っ白になった。
あまりのショックにめまいがしたって訳じゃないみたい。でも、光で目がチカチカしてる。
灯の好きな服、何も着けていないスカートの中、脚を伝う透明な蜜。
 私の姿、どこまで見られているんだろう…
『・・・・・残念ながら、彼女にはそういったものはございません。
 …そこで彼女は、なんと、自らの体を張って、皆様にアピールしようと考えたそうです!』
ぼうっと聞いていた私は、そこへ来てとんでもない事実を耳にした。
輝かしい境遇がない?如月の後ろ盾は認められないの?
 ・・、考えてみればそうだ。私は『鼓結花』としてここにいる。
如月リカが出場停止になったとはいえ、ここにいる人は誰も私が『如月梨花』だとは知らない。
でもそれだと、私が優勝する確立はさらに下がってしまう。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
本宮先生の言葉は、全く耳に入らなかったけど、かすかに“ストリップ”と聞こえた。
私の憧れていた声で、そんな言葉を言わないで欲しい。

 反響が静まった。あれを言わなきゃ。
  …声が出ない。 落ち着いて…息を吸って…
「百合嶺女学院一年C組、鼓結花です。
 これから私が演じる自己紹介を、みなさん、ぜひご覧になって下さい。」

ちゃんと言えてるかな。言葉になってるかもわからない。
  …だめか。すごくざわざわしてる。皆が変な顔でじっと見てる。
でも、ここで演技は止められない。それは可能性を捨てる事になる。
 深呼吸を繰り返しながら、今からするべき事を想い起こす。

ちなみに渡されたマニュアル。中を見たとき驚いた。
  ・・・そこには、何も書かれてなかったんだから。
マニュアルを渡された時は、そこに酷い事が書いてあってそれをやらされるんだと思ってた。
でもそれこそが『甘え』だった。
 自分で観客を楽しませる艶を学び、誰に強制されるわけでもなく自分で演じる宴。
それがちなみの言う、学園祭の中の『楽艶祭』。
 この五日間、私は必死に見たこともない本を読み、ビデオを見て考えた。
今日いろんなことがあってすでに心が挫けそうだけど、する事は一つ。
灯を助ける。その為に、よけいな事は吐く息と一緒に忘れよう。

 ふと舞台袖を見ると、そこにはリカが立っていた。
美鈴さんのようにやつれてはいないけど、泣きかけの情けない顔。
 初めて会った時、リカは私を見下ろしてたな。
すごく自信たっぷりな顔してて、泣きそうなのは私だったっけ。今は、すっかり逆になってる。
一応妹なんだから、ちゃんと応援してね。
 暗いドームは私を囲んだまま、静かに演技を促す。
私はガーディガンのボタンに手をかけた。

ガーディガンのボタンを一つ、また一つと外していく。
前をはだけ、肩にかかった状態で止める。そして払うように脱ぎ捨てた。
 ここまでは順調。
でもブラウスの襟に触れたとき、緊張のあまり突然手が震えだした。
こうならないように、必死で練習してきたのに!

 たぶん、かなり長い事じっとしていたんだろう。
『鼓 結花さん、演技は終了ですか?』
少し怒ったような声がドームに響いた。
 私は慌ててブラウスを脱いでいく。
心では慌てていても、動作はゆっくりと。
たまに立つ位置を変えながら、皆に見えるようにして少しずつ肌を晒す。
恥ずかしくて堪らないのは分かってたから、朝に何度も練習した。
でも、本番は想像の中とは比べ物にならない。
すぐに息が荒くなって、肩まで来た震えも止まらなくなった。
ブラウスのボタンを全て外すと、首を上に反らして胸を突き出す。
そして手を後ろに持っていき、ブラウスを宙に舞わせた。

 またどこかからざわめきが聞こえる。
それは自分がそう願ったものなのに、ひどく悲しかった。
本当に、今していることは最低のストリップだ。
でも、ここで泣いてしまったらもう演技を続ける自信はない。
 ゆっくりとブラジャーのホックを外し、カップを持って胸から離す。
乳房がこぼれ出した。あまり迫力はないけど、一応重力を受けるくらいには大きくなってる。
とりあえず、それで安心しておこう。
 スカートのベルトを緩め、手を離して脚の間を滑らせる。
足を上げ、靴下も捲って足首から抜き取る。
何も着けていない下半身が大勢の人の目に晒されている。
 ざわめきの中におかしな声が混じり始めた。
こんな姿を見て、興奮する人なんているのかな…。

しばらく裸のまま脚を組み替えて、周りの人に隠すもののない裸を晒す。
それから舞台に腰を下ろし、体育座りをした。
そのまま足を少しずつ開いていく。
かすかに震える足が開くにつれて、あそこからどろっと何かがこぼれた。
 演技を始める前から控え室で蕩かされていた体。
おまけにこの異様な空間で、一万人に囲まれてのたった一人のストリップ。
どうしようもなく怖い、泣きたくなるぐらい怖い。
でも、それと同じぐらい興奮してる。

 足を肩幅まで開いてから、ゆっくりと右手の中指を割れ目に差し入れていく。
「……くっ!」
溶けた傷口を引っ掻いてるような、身の毛がよだつ感覚がした。
 私の中は少し締め付けるだけで、指一本ではあまり入っている感じがしない。
人差し指も入れて、二本の指でそっと中を撫でてみた。
体の奥で燃えていたようなものが、また一気に高まってくる。
 顔を上げて遥か前を見渡すと、数え切れないほどの目が私のする事を観察していて、
少し離れたところでは、リカも私の姿を食い入るように見つめていた。
全身が心臓になったように激しく脈打っている。
 左手ですっかり赤く火照った胸を揉みしだきながら、ちょっとずつ速さを変えて
指で膣の入り口近くを刺激する。
「あう、ああ…うん!」
指が動くほど腰が浮いてしまい、声を上げる感覚が狭まってきているのがわかった。
予定ではもう少しじっくりと慰めている所を見せるつもりだったのに、もうそんな余裕ない。
割れ目の抜き差しを続けながら、胸を弄っていた指で疼き続けていたクリトリスをつまむ。
「あ、ああ、あ、あ…!!」
私は一瞬で頭が真っ白になって力が抜け、
自分がどうなっているのか訳がわからなくなってしまった。


私がいった後しばらくして、舞台の上に控え室にいた人達が上がってきた。
『それではこれより、一次審査の結果を発表致します!』
先生の声が響く。そうだ、まだコンテストの最中だっけ。
立ち上がろうとしてもうまくいかずにもがいていると、隣にいたちなみが手を差し伸べてきた。
悔しかったけど、仕方ないからその手を借りる。
 スイッチの切れる音がして、舞台がまた真っ暗になった。
そしてライトが私達の頭の上を行ったり来たりしている。
 他の人の自己PRは結局見れなかったけど、選ばれるのは私じゃないと感じた。
他の人は上品なドレスに着替えているのに、私は貧相な濡れた裸を晒しているだけ。
おまけに私自身の演技は、計画してたものとは全然違う風になってしまった。
こんな恥ずかしい姿を大勢の人の目に晒して落ちるくらいなら、出なければよかったな…。
『一次審査、通過者は――――』
眩しい。
初めと同じ、目がくらむような光。
 ・・・あれ?なんで眩しいの?
ああ。隣のちなみを照らしてるんだ。
 でも、この円、大きすぎる…
『三年D組、原 ちなみさん! そして、…一年C組、鼓 結花さん!!』
私の名前…選ばれたって事?えっと…何に?
あ、つまり、それって…!
「おぉ…っ!良かったですねぇちびちゃん。観客の皆さん大満足ですよ!
 ちびちゃんがこんな所で落ちたらどうしようかと心配してたんですけど、無駄でしたねぇ。」
ちなみが私の肩を抱きながら言ってくる。
 …そうだ、喜ぶのはまだ早い。これからは、何が起こるか全くわからないんだから。
でもとりあえずこれで、ちなみに抗う権利、灯を助けるチャンスは掴めた。

係りの人に渡されたバスタオルを体に巻きつけ、舞台を降りて控え室へ向かう。
途中にリカが立っていた。
声をかけると、目を逸らし気味にこっちを向く。
「………凄かったわ」
リカは俯きながら続けた。
「本当に綺麗だった。見ていて目が離せなくなったの。
 …私の、整形する前を思い出すわ…。」
リカは声を震わせながら、少しずつ自分の心境を語り始めた。

 幼いころ彼女は、地味ながらどこか魅力のある自分の顔が気に入っていたらしい。
でも上流階級として人に見られるからには、地味でいてはいけないと悩んだ。
整形してからは、人の目ばかり気にして、本当につらかったそうだ。
初めて私と会ったあの日、リカは間近で見た私の顔に、泣く泣く諦めた“自分”を見た。
だから、嫉妬しながらも純潔を奪う事だけはできなかった…。

「許して欲しいとは言わないけれど、私は、灯に手を出してはいないわ。
 むしろ、あの子には感謝してる。これだけは信じて」
荒い息をついてリカが訴えてくる。
 そんなことは知ってるし、今は誰かを恨むほど心に余裕もない。
許さないとすれば、本当に灯をさらったちなみだけ。
…それに今の話を聞く限り、もし私とリカの立場が逆だったなら、私もきっとリカと
同じようになっていたと思う。
本心で望んでもいない整形をして、人の目を気にして生きる。そしてリカをいじめる。
思ったとおり、いやな生活だ。
いじめる方でなく、いじめられる方に回ったのは、幸運だったといえるかもしれない。
 私はそう言った。何も偽りのない本心だ。
リカは目を見開き、口をぽかんと開けて私を見た。
信じられない、という顔で見続けた後、一つ大きく溜め息をつく。

「・・・・あ~、敵わないわ。やっぱり貴女、美鈴さんの言っていた通り、どうしようもない
 愚図で馬鹿よ!」
そしてリカは、急に私の体を抱きしめてきた。
「…頑張って、お姉様。美鈴さんも、どこかできっと応援しているわ」
 お姉様って、そんな大きな体で言われても嬉しくない。
でも、少しだけ元気が出たから、妹の体をしっかりと抱き返した。

4.

 舞台は眩いライトに照らし出されていた。
中心にはちなみがいて、いつかのリカのように自信たっぷりに私を見下ろしている。
綺麗だ。リカも輝いて見えたけど、この人は本当にレベルが違う。
生まれながらの勝者なんだろう。

『それではこれより、二次審査を開始致します』
よく響く声がして、辺りから拍手が湧き起こる。
さっきまでとは雰囲気が違う。やっぱりこっちがメインなんだ。
 騒ぎがおさまるのを待って、ちなみは舞台の袖に合図をした。
すると暗がりから人影が浮き出てくる。
それは腕を掴まれて歩かされる、全裸に縄を打たれたリカだった。
リカは一瞬顔を上げてこっちを見ていたけど、すぐに見ないでという風に顔を伏せてしまう。
ちなみはリカの前に膝立ちになると、顎を掴んでいきなり唇を重ねた。
「んんっ!ん…む…うん…!」
リカが目を見開いた。頬が変に膨らんでいる。
ちなみが顔の角度を変え、いっそう深く舌を突き入れた。
唇と唇が完全に嵌まり込んで、息が漏れる隙間もなさそうだ。
   ずぶぁ … じゅばぁ … ずぅ …
リカの口からわずかに覗くちなみの舌が、聞いたこともない粘り気のある音を立てている。
 その音を聞いていると、私の胸も変に掻き回されているように思えてきた。
「ん…う うぅう ぁあ゛… 」
リカの呻き声がおかしくなって、目が遠くを見ている。
縛られた体をよじりながら、必死に何かに耐えているらしい。
ちなみがそれまでで一番強く舌を吸うと同時に、空いた手でリカの剥き出しの割れ目をなぞる。
 リカの体が跳ねた。
ちなみが唇を離すと、二人の口の間からありえないほどの唾液がこぼれていく。
リカの体は何の抵抗もせずに、後ろ向けに倒れ込んだ。
目が白い…まさか、気を失ってる?
 ちなみが口を拭い、私の顔を見上げてきた。

「何ぼーっとしちゃってるんですかぁ~?もう審査は始まってるんですよ。
 ほら、後ろのお友達も、もう我慢できないって。」
審査って言われても、何をすればいいかわからない…
ちょうどそう言おうとした時。
いきなり、後ろから何かに突き飛ばされた。
 腕と膝が舞台の床に叩きつけられた後、体の上に温かいものが覆い被さってくる。
そういえば今、ちなみが“後ろのお友達”って…?
「きゃあ~、ちっちゃ~い!これ、ほんとにすきにしていいの!?」
それは私のお腹を抱えて、背中に顔を擦りつけてきた。
 驚くと同時に、なぜか妙にその声が気になる。
振り返ると、そこには思いがけない顔があった。

「………あ、かり…? 灯なの!?」
間違いない、灯だ。
でも何かおかしい。顔が変に緩んでいて、目は焦点が合っていない。
「あれ、ええと…? ん~~~、・・・・・・ ああ、『ゆか』!ゆかだぁ!」
言葉すら怪しい。
呂律が回らないというより、喋る事に意識を向けていないような感じ。
 灯は背後から滑るように横を通り抜けて、私の足の間に入り込んだ。
太腿が持ち上げられたと思うと、一瞬のうちに足を上に向けて頭を舞台につける格好に
されてしまう。
 お尻に手がかけられ、すでに感じた液が垂れ続けている所に顔を埋めてきた。
脚を閉じて止めようと思っても、少し遅かった。
 舌がはいってくる。
「あああっ!!」
もう力が入らない。
大好きな灯、でも今のこの灯は嫌だ。 いじめっ子の頃に戻ってる気がする。

 口を重ねた時には柔かく思えるものが、しっとりと合わせ目を剥いで固く分け入ってくる。
私のそこが、それだけ柔かいんだとわかる。
とろみのついた肌が舌になぞられ、ほんの一瞬空気に触れて冷たい。
でも、すぐに溢れる温かいものに包まれる。
「んああ…うう、あぁ、くう… !」
私が声を上げると、灯は嬉しそうに目を閉じた。
お腹に温かい筋が流れ落ちてくる。
頭に血がのぼって、こめかみが痛みだした。
 
 ずきずきする頭に、私のものとは別の悲鳴が届いた。
リカがちなみにお臍を舐められている。
 そうか。この審査は、私達のどっちの行為に興奮するか、っていう勝負なんだ。
でも、そうとわかってもどうすることもできない。
 灯にされるがまま内側から溶かされていく。
ひょっとしてもう何度かいってるんだろうか。 そんなこともわからない。
ただ、こんな刺激にいつまでも耐られないことは確かだ。
観客の騒ぎが遠くに聞こえる。
 舌の這うところがずれた。
ひくつく割れ目と、後ろの穴の間。
皮膚一枚通して、感じる二つの器官を繋ぐ神経が撫でられる。
舌は入ってこないけど、腸の奥に力みが届く。そこには見えない穴がある。
いつからか口が閉じられない。涎が垂れ続けている。
クリトリスがちぎれるように痛い、噛みつかれてる!
ふくらはぎに筋が入ったような感覚があった。太腿が跳ね上がる。
 
 今度こそ、いったみたい。
顔に熱くて粘っこいものが降り注いで、体中の力が抜けた。

絶頂に達したと同時に、腰を支えていた灯の手が離される。
「ッくぅ!」
私は背中から硬い床に叩きつけられる。
ひどい事をする、と思って灯の方を睨んだ。
 でも灯の状態を見た時、私の怒りはたちまち消え去ってしまう。
「・・・っか、あ… っは、 ああ゛… ぅ…!」
灯は胸を押さえてうずくまっていた。
「灯、大丈夫!?しっかりして!!」
私は自分でも驚く力で体をひき起こし、灯の丸まった背中を抱える。
灯は額から大粒の汗を流して、真っ青な顔を苦しそうに歪めた。
口からぜひゅー、ぜひゅー、と病的な息を吐いている。

 (あたしね、肺にちょっとした疾患があるんだ)
いつだったか、灯は寂しそうに言った。
 (ちょっと激しい運動すると、すぐ息が上がってさ。体鍛えても治んなかった。
 これさえなかったら、ずっと結花を気持ちよくしてあげられるのに。…悔しいなぁ)
灯はさっき、ろくに息も整えず私を責めていた。

「あれぇ、栗毛ちゃんもう駄目ですかぁ?体力無いですねぇ」
ちなみが遠くからあざ笑ってる。灯を見てバカにしてる。
  
 何 も 知 ら な い く せ に ・ ・ ・ ・ ! !

頭に来た。今すぐ張り倒したくなってきた。
どうして、この人はこんなに私を挑発するの?
 強い感情が、そのまま灯をいたわる気持ちになった。
灯の背をさすり、震える肩を抱きしめる。
灯が悲しい瞳で見つめてくる。
「ゆ か くるしい 。ゆか 」
私はどうすればいいかわからなくて、ただ灯を撫で続けた。
灯はもう体力の限界みたいだから、自分から責めるのは無理そう。
なら、私からするしかない。
灯の体に負担をかけないように、できるだけ優しく…。


 背中から手を回し、両手で灯の胸をつかんだ。
触るたびに羨ましくなる、十分育ったふくらみ。
しっとり湿った柔かさが指の間で震える。
その裾を手の平で包み、絞るように優しく握った。
「ふっ…!」
灯が息を吐いた。
手に感じる鼓動にあわせて何度も握っては緩めながら、少しずつ先へ移していく。
一番隅で尖る硬いしこりを、五本指で囲んで潰す。
「あ…ゆか、うまいよ」
そういって、灯は腕の力を解いた。
こんなになってても、感じ方は変わっていないらしい。
 灯にはもう一つ、弱い所がある。
左手を胸から離して灯の髪を撫でながら、右の耳たぶを咥えた。
肩が跳ねるのを見て、もっと深く咥え込む。
硬い外側を歯で軟らかく噛んだり、内側の溝を舌でなぞったり。
灯の体中に面白いほどの反応があった。
気を良くして、穴の中まで尖らせた舌を差し入れてみる。
「んあ、はぁ~…。そこ、だめぇ、おかしくなるっ!!」
顔を振りながら逃げようとするけど、本気で嫌がってはいないはず。
「なんで?なんで、そんなとこしってるの?」
灯が息を弾ませながら聞いてくる。
私は耳を離して答えた。
灯が教えてくれたんだ。私の気持ちいいところも、灯の気持ちいいところも。
忘れたのなら、もう一度思い出させてあげる。

 私は灯の体に夢中になってしゃぶりついた。
首筋から、鎖骨、腋。
すべすべの肌を舌に感じながら、灯の体中のくぼみに唾液で印をつけていく。

 向こうにいるちなみ達が見えた。
灯のお腹に隠れて二人が何をしているかはよくわからない。
でも、ちなみはこっちを向いたまま止まっていた。
 ずっとそのまま見ていればいい。
私と灯がどんな思いでいたか、思い知ればいい。

 灯が泣きそうな顔になってきた、さすがに焦らしすぎたかな。
灯の敏感な穴に口をつけた。
灯は茂みって呼んだっけ、私より濃く生えている毛が鼻をくすぐる。
しょっぱい…いや、甘酸っぱいのか、不透明な味がする蜜を舐め取る。
 舌を唇のようなひだに這わせ、その上で張り詰める小さな突起をつまむ。
灯がふくぅっ、と声をもらした。
皮の上からなのに、ここは相当敏感になっている。
 私と灯がはじめて触れあったのもここだ。
感触は厚い靴底に阻まれて、私は痛めつける灯に涙を流した。
あの時はお互い思いもしなかった。
こうして直に触れ合い、それを喜ぶ日が来るなんて。
「もう、 だめ…やめてぇ… !!」
 私の慣れた責めを受け、灯は限界を迎えているらしかった。
脚を弱々しく閉じ、小刻みに肩を震わせる。その顔が大きく天を仰ぐ。
 そして、最後の瞬間。
灯は背を逸らしてはっきりと叫んだ。
        
     この・・・変態!!!


頭を殴られたような感じがした。
 気のせいじゃなく、本当に心臓が軋んだ。
   喜んでいると思ってたのに…。
熱い飛沫を顔に受けながら、私は呆然と灯の顔を見つめていた。
灯は顔を逸らす。
 膝に冷たいものが弾ける。何度も何度もそこに滴り落ちる。
変態。その言葉は間違いじゃない。
 私は、なぜこんな事をしたんだろう?
灯の笑顔を思い出す。
居間に寝転がって、私の隣で微笑んでいた灯。
その時灯は、幸せだって言っていた。
     私のことが『好き』だって・・・・

 ・・・・あれ?
そうか、そういうことか。
同じなんだ、あの時の灯と。

私は立ち上がり、灯に抱きついた。
灯は悲鳴を上げ、仰向けに倒れ込む。
 何で? それは決まってる。
私は目を閉じて、灯の形のいい唇を奪った。
柔かい。
「ん…んんッ…ん…!!」
灯がうめいてる、でも決心がつくまでもう少し。
長いキスを終え、私は目をあけた。
   
   「変な事してごめん。
  でも、灯だからしたくなったの。
   灯は、私の『友達』だから。 」

私の目から涙がこぼれ、灯の頬を伝う。
灯はしばらく私を見つめたあと、静かに呟いた。
「 ……ゆかは、あのひとたちとはちがうんだ……。
 あんたみたいなのと、ともだち、なんだ。
  ……わるくないかもね、あたし」
また心臓が痛んだ。でもその感覚は嫌じゃない。
これ以上涙が出ない。
 舞台の周りで音がした。 見ると、観客が目を押さえている。
私や灯の名を呼ぶ声がする。
もしかして、ここの会話は聞かれてるんだろうか?

『・・・・・そこまで!これにて二次審査は終了です!!』

係りの人が私達に毛布を掛けた。
『それでは、いよいよ二次審査の結果発表です!
 五人の審査員が審議によって優勝者を決めますので、いま暫くお待ち下さい」
先生の声を聞くのもこれが最後かもしれない。
 『コンテスト決勝の末路は二つに分かれる』
マニュアルにはそうあった。
優勝すれば学園の支配者。
生徒だけでなく、学園に関わる全てに影響力を持つ。
 その逆は、詳しくは書かれていない。
ただ、私は入学してから一度もそうした人を見かけたことがない。
人脈の広い灯でさえ知らないと言っていた、その事実で十分予測できる。

 横を見ると、ちなみが神妙な面持ちで押し黙っている。
その傍らではリカが私を見つめている。
審議はずいぶんと時間がかかった。
誰かが何か言い、他の誰かが私やちなみを指して首を振る繰り返し。
 灯はどこか遠くを見つめていた。
私はそのふらついていて今にも倒れそうな体を抱き寄せる。

『 審査結果が出た模様です。各審査員の持ち票は一人一票。
 白の札は鼓 結花、黒の札は原 ちなみです。それでは、一斉にどうぞ!!』
私は灯の手を握り締めた。
 大丈夫、会場の人には私の思いが通じてる。
肩書きとか、家柄なんて関係ない。本当に大切なものを、私達は持っている。
札が上がった。
 
   白   黒   黒   白    …

最後の札が上がっていない。
その札を持つ人は、迷っているようだった。隣の人たちが何か怒鳴っている。
その人は顔を上げた。 そして震える手で札をあげる。
白なら勝ちだ。その最後の札は・・・・・



         
         黒 、 だった。


「ふふ…はは、あっはははははッ!何ぃその顔、サイコ―ですよぉ!
 まさか本当に勝てると思ってたんですかぁ!?」
ちなみが笑っている。
  ・・・負けた?そんな・・・・・
「だから出なくていいって言ったのに…ま、道連れってとこですか。
 とりあえず、妹と恋人は貰っていきますねえ。
 後で貴方にも素敵なお迎えをよこしますから、それまで小屋で大人しく待ってて下さい」
灯の体が腕から引き剥がされる。
リカがこっちに伸ばした手が遠ざかっていく。
     
       どうして?
  初めから勝てるはずが無かったっていうの?
舞台の真ん中で一人立ち尽くす私に、ちなみが振り返って言った。

「ちびちゃん、大人っていうのはね。現実と夢の区別がつく人のことを言うんですよ?」


5.

 お腹が鳴ってる。もう何日もろくな食事をしてないから。
寒い。体を暖めないとまた風邪を引く。
いっそのこと、外で水を被って凍死しようかな。
いや、そんな元気もない。じゃあ餓死か。
 どうやって帰ったかもわからない家でこう考え続けて、何日が経ったんだろう。
いつもの家が、ひどく大きく思える。
 抱えた膝を眺めていると、玄関の戸を叩く音がした。
とうとう迎えが来たらしい。
私もこれから、リカや灯と同じ運命を辿る。
少し救われた気にさえなってしまう。これはあの二人に失礼かな。
 心の準備をしようと思ったけど、すぐに整理できるような状態じゃなかった。
時間は十分あったのに、何してたんだろ?
本当に、私はバカだ。
 居間を出て、家を見渡す。
いってきます、って言おうかな。
そんなことを考えていると、急に玄関の戸が勢い良く開けられ、人が入ってきた。
背の高い人だ、髪が長い。
 ずいぶんと綺麗な顔…。

   おかしい。目の錯覚だろうか。
    これはどう見ても、、

「あのねえ、いつまでそうしているつもり?……全く。
 しっかりしなさい、生徒会長!」
そう言って、リカは笑った。
 え…?なんで?生徒会長って…?
私が頭を抱えていると、リカが手に持っていた新聞を差し出した。
その一面には、
『私立百合嶺女学院、前代未聞の淫猥事件』 『首謀者逮捕!』
などの文字が並んでいる。
「警察が積極的に動いたのと、百合嶺に連なる名士の多くが“傍観”を決め込んだ。
 これが勝因だったらしいわ。大したものね、貴女達。」
警察…リカのお父さんだ。
名士が傍観っていうことは、間接的に私達の味方をしてくれたって事?
 だとしたら、やっぱりコンテストに出た意味はあったんだ!
嬉しかったけど、突然すぎて涙が出ない。
「灯は如月の付属病院で静養中だから、じきに元に戻るわ。安心して。
 パパもいま日本に居るの。 …これはそのパパから」
リカはそう言って、懐から一通の手紙を差し出した。
封が切ってある、リカが覗いたんだろうな。
中を見てみる。
それは達筆なんだろうけど、少し読みにくい字だった。
初めて見るお父さんの字だ。


 最初の数行は要約するとこうだ。
自分が若気の至りで行なった行為を反省していること。
そして美鈴さんを責めないでやって欲しいこと。
そのあと、手紙は今回の事件について触れはじめる。

 お父さんが事件について知ったのは二ヶ月前、ある電話が原因だった。
日本の娘が危ない、家の周りを妙な人間がうろついている、という内容。
時期的に、これはちなみの関係者が私を探ってたんだろう。
はじめは脅迫だと思って放っておいたらしいけど、電話はしきりに続いた。
その人は、私を探っているのがかなり危険な人達だとどこかで掴んだという。
 そして一ヶ月が経ったころ、急に電話のかかるペースが落ちた。
深追いしすぎ、自分まで狙われるようになったらしい。
息を切らしながら知らせてくる事も多く、さすがに只事じゃないとは気付いた。
でもそんな厄介事には資金が必要だというと、その人はお金はある、と答えた。
水商売で稼いだ金を、子供の将来の為にかなりの額取ってある、と。

その人は受話器の向こうで、何度もこう叫んでいたそうだ。


    
    『 私の娘を、 鼓 梨花を助けて!! 』



私が読み終わるのを待ち、リカが言った。
「コンテストの日、美鈴さんは灯の携帯を持って密かに会場から抜け出したようね。
 それが今回の逮捕劇の真相。
 でも今は、お姉様に合わせる顔がないって行方を眩ましているわ」

膝から力が抜けて、私はへたり込んでしまった。
目の奥が熱い。
リカの言葉が遠く聞こえる。
  
   ねえ、お姉様。私達のお母様は、愛し方の下手なひとね。







  私立百合嶺女学院の学園祭は一風変わっている。
昔は逮捕騒動があって世間の注目を集めたが、その後も意を異にして興味を引く。
 学園祭午後の部、ドームの中では、宝塚さながらの本格的な女性劇が演じられている。
演目は“愛”を謳ったものが多い。
 もちろんこれは長い伝統の内に洗練された賜物だが、その発端となった生徒は
今でも多くの人に語り継がれ、百合嶺の生徒間で理想ともされている。
 
 その生徒の名は鼓 結花。
愛らしい風貌と確固たる意思を持ち、歴代百合嶺生徒会長の中でも図抜けて信奉者が多い。
言い寄る者も男女問わず多いかと思われるが、意外にそうでもなかったらしい。
それには常に彼女のそばに在り、支え続けた二人の少女が関係している。
 記録には、かつて彼女は控えめでまるで存在感が無かったとするものもあるが、
彼女の功績や人望を見る限りでは考えづらい。
もし事実だとするならば、それはそれで興味深い。


彼女は学園を去った今でも、学園祭の時期になると必ず現れ、幸せそうに笑うそうだ。

 

              ~      ~
<初出:2ch「女の子が女の子をいじめるお話」スレッド>

※これにて終了です。
ちなみに名前の由来は、
結花:結果
原 ちなみ:原因

スピンオフ作品『紅葉』ではちなみが主役です。性格は本編で見せたものと真逆ですが。
またそのうちに貼ろうかな、と思案中。