■ 1 ■

ニノの屋敷は地域の名所とされている。
部屋や階段のそれぞれにルネサンスやバロックの息吹が感じられ、
貴賓の肥えた目をして「歴史を歩むよう」だと唸らせた。
 中でも神聖とされる場がアトリエだ。
他の華麗さとは裏腹に、そこは中世らしい素朴さが残る。
味気ない漆喰の白壁、閑散とした空気。
だがそこへ入れるのは栄誉なことだ。
この辺りで美術を志す子供の憧れでもある。

今まさにその夢の体験をしようという20人の子は、
しかし部屋を見て言葉を失っていた。
視線の先には小高い彫像用の台が、
そして、そこに座する美しい少女の裸体がある。
『裸の天使』の画が、そのまま実体をもって現れたかのような。
「どうした、早く入りなさい」
家主の招きにも、誰も身動きが取れないでいた。
見知った少女のあられもない姿に見入る。

「……マジかよ…」
金髪少年の呟きを聞き、智也は『それ』が異常なのだと認識した。
いつも横顔を眺めた相手。
歩く姿も、本を読む姿も絵になった。
美貌に自信を持つゆえの澄ました態度にも惹かれる。
人形のような瞳を見ると、それが排泄をする事、
息を吸うこと、声を出す事さえ疑問に感じてしまう。

 留学してすぐに我を通す日本女は珍しい。
そこが征服欲を煽るのか、単に容姿に優れるためか、
生徒は男女問わずほとんどが彼女の噂をしていた。
 その少女が、産まれたままの姿を晒している。
口を結び、何かを甘受するように瞼を震わせている。

自分が欲情しているのか、智也にはわからなかった。
薄い唇は血色がよかったこと。
胸のつぼみが、故郷の桜を思わせたこと。
とてもいい花の香りがしたこと。
服越しに見るより、肉付きはずっと女らしかったこと。
それが遠い記憶のように脳裏を巡る。

固まったままの生徒に、ニノは肩を竦めた。
「君達はどうやら、彼女に失礼な邪推をしているらしい」
目を細める彼らを横目に続ける。
「考えてみるといい。君達は美術の課外授業に呼ばれた。
 そこには彫像台に乗る、美しい少女の裸身があった」
子供達は悟ったように顔を見合わせた。
澄泉が視線を下げる。

裸婦画のモデル。男はそう言いたいのだ。
「級友のこの姿を見て、動揺するのも仕方の無いことだ。
 だが行きずりの御婦人に協力は仰げない。
 被写体を体験したいという、彼女の向上心に甘える他なかった」
ニノは端整な口元を厳しく引き締める。
あくまで倫理を重んじる教師の顔が表れた。
「これは人体画理解のため、千載一遇のチャンスなんだ」

異常な事態は正当化され、生徒から疑問視が失われていく。
舐めるような視線に遠慮が無くなる。
 彼らの『邪推』が容易く晴れたのは、言葉がニノのものだからだ。
女に不自由しない彼が、貧相な東国少女にリスクを負うなどありえない。
だからこそ澄泉は耐えている。
たとえ誇りを捨て助けを請うても、むざむざ恥をかいて終わりだ。

■ 2 ■

毛穴まで見えそうな間近から、全身を目に収める遠くまで、
侮蔑と好色の視線はとぐろを巻いた。
 澄泉は重ねた足先に力を込める。
正座をしてどれほど経つだろう。脚には痺れが来ていた。
しかし、頬に伝う汗はそのせいではない。
 茂みを揺らす責め具がむず痒い。
ニノがクラシックをかけたおかげで羽音は聞こえないが、
その振動はもはや分刻みに狭洞を潤ませていた。

膣口を揺さぶられると奇妙な感覚が響く。
しかし腹筋に力を入れて抑えると、異物が数周り質感を増す。
思わず力が抜け、また襞がわななく。
それを嫌になるほど繰り返し、腰が浮きかけた。
 さらに、その刺激は常にあるわけではない。
ニノがスイッチを弄っているのか、不意に止まることがある。
一息つこうとした瞬間に震えだす、これが最も危険だ。
そのたび尿道が詰まるような感覚を覚えた。

 (…こいつらに見られるのなんて、いつもの事じゃない)
少女は心で念じ、前かがみになった背筋を正す。
目を閉じた暗闇から視線が刺さる。

 ――生意気だし、後ろから犬みたいに犯してぇな
  ――あの色気づきようじゃ、オナニーで慣れてんだろうぜ

脳裏を言葉がよぎった。
時に面と向かいぶつけられる下劣な言葉。
不快感を顕わにすると図に乗るため、普段は聞き流すものだ。
しかし内心ひどく動揺していた。

 (…汗が止まらない…)

澄泉は息が上がっているのを感じた。
腋と膝裏が湿り、石鹸の香に混じるようで心配だった。
とはいえ露骨に匂いを嗅ぐわけにはいかない。
控えめに空気を吸うと、ますます肺が重くなる。

異性からは性欲の捌け口だったが、同性はどうだろう。
鉛筆の音と荒い呼吸を狂いそうになるほど聞きながら、
少女はさらに留学して以来を想い起こす。
疎まれていたのは確かだろう。
彼女の垢抜けた格好を不埒だの売女だのと陰で罵るのは、
大抵が自身も似たような服の女だった。

 (ラウラも結局、友達なんかじゃなかったし)
恐らくは自分をこの状況に追い込むため、
ニノの為に付き合っていたのだろう。
澄泉は表面こそ気取って接していたが、異国での唯一の友だ。
依存しない訳がない。
関係はまだ断たれていない、そんな惨めな願いも浮かんだ。
 (…ちょっと、やばいかも)
滲むほどではないが、今一度瞼を閉じると水気がある。
動悸がさらに激しくなった。悲しみが倒錯を後押ししてくる。

頬が赤くなっている事も、乳房が張ってきた事もわかっていた。
だがどうする事もできない。
級友から一方的な慰み者になる。
胸の隆起を、背の窪みを、腿の張りを記されている。
そう考えた時、少女は身体中の筋肉が引き攣った。

額には夏場のグラウンドに立つような珠の汗が浮き、
やわらかい乳房も桜色に上気して、蕾は痛々しく屹立していた。
可憐な少女が性的に「感じて」いるのは、誰の目にも明らかだ。
 ニノは口角を歪め、ポケットに手を入れる。
少女の眉間に深い皺が刻まれた。

 (ひ…っ!くあ、あ…っ!!)
空洞がむりやり押し拡げられるような凶悪なうねりに、
さすがの少女も焦りを隠せない。
 (いや…ぁあ!だめ、駄目これ、すごいっ…!!)
澄泉は内心べそをかきながら、しかし健気に正座を保つ。
ふくらはぎに熱い露が垂れた。
あまりに容赦のない暴発は、少女の覚悟を嘲笑うかのように
子宮から分泌液を振るい零していく。

少女は凄まじい極感に脳髄までを剃り上げられながら、
以前にもそんなことがあったのを思い出した。


 あれは彼女が忘れ物をし、教室へ取りに帰った際。
クラスの男子がまさに彼女の話をしていた。
扉の陰で聞き耳を立てると、初めは好きな仕草や癖だった話が、
次第に妄想を語るように広がっていく。
全てが力づくで朝まで犯し抜くという内容だった。
 (男って、本当に馬鹿!!)
少女はその時、言い得もない汚辱感に塗れた。

 しかしその夜、彼女が寝付けずに始めた自慰は、
知らぬ間にその話をなぞっていた。
 美を意識するだけに、汚される背徳も甘美なのか。
不可解なほどに動悸が高鳴り、何度愉悦を迎えても醒めない。
それこそ朝方までシーツを濡らし続けた。
酷い自己嫌悪に陥ってその後は一度もしていないが、
今まさにその状況が再現されようとしている。
 (固くて長い、私を無茶苦茶に掻きまわす…)

 血管の破けそうな律動が同じだった。
指よりいくぶん胴回りのある無機物。
それが余りに暴れすぎ、また頬張る襞も蕩けすぎていた。
力を込めた途端につるりと尾が出てしまう。
それを慌てて戻そうと、正座を心持ち深くした時だ。
 (うぁっ!…なに、い…くっ…いきそう…!!)
割れ目奥に響く虚無感が、少女の小さな身体を襲った。
 淫核を擦る快感より微かな官能。
達するには程遠く、喉に小骨が刺さったような痛痒が滲む。

蚊に噛まれれば掻く、喉が荒れると堰をする。
少女が僅かに腰を揺らしたのは、反射のようなものだった。
だが男は見逃さない。
「スズミ、どうした。催したなら一度休憩をとるか?
 完成の近い者も多い、出来るなら耐えてもらいたいが」
温厚な口調で少女の生理反応を封じる。
 見抜かれていた…まさか、皆に?
澄泉の固く閉じた瞳がついに見開かれた。
血の気だった顔をさらに赤らめ、少女はか細い謝罪を口にする。

一度目を開けてしまうと、辺りが気になって仕方なかった。
胎内を蠢く感覚から気を逸らす目的もある。
薄目で探る視界には、ニノの紳士然とした顔が映った。
この場で一人澄ました顔は腹立たしいほどだ。

 そして、正面には黒髪の少年がいる。
いつも遠巻きに自分を見ている子供だ。
絵の才は乏しいが、写真には造詣が深い。
少女も何度か現像を頼んだ事がある。
 少年の家には炬燵があった。
彼には特に冷たくするが、別段嫌っているわけではない。
同郷のため、親しくなるとホームシックが起こりそうだ。
少女はそれを恐れた。
名を売るまで帰らないと誓ったから。

 彼はまっすぐに澄泉を見つめていた。
他の者のように血走った目ではなく、クピドの絵を見つめるように
瞳孔に光を孕んでいた。
少女は胸を隠す代わりに、ひとつ大きく息を吸う。
胸の膨らみが最高の形を成した。
 あとどれだけ耐えればいいのか。
腹を下した授業よりも体感時間は長く、余裕のないものだった。


「よし、そこまでだ。各自紙を提出して帰りなさい」
皆が手を止めるのを待ち、ニノは終わりを告げた。
澄泉が長く深い溜め息を吐く。

場の空気が弛緩した 隙に、ニノはさりげなく智也に耳打ちした。
「トモヤ、カメラは持ってきたか?」
智也が頷くと、満足げに笑う。
「よし。皆が帰った後、バスルームに残っていて欲しい。
 撮らずにおれない美しい物が見られるだろう」
そう囁き、内気な少年の肩を叩いた。

部屋から屋敷から、徐々に騒がしさが消えていく。
人気が無いのを確認し、ニノは澄泉に歩み寄った。

■ 3 ■

「は…っ、はぁーっ、はー…」
少女は持久走の後のように、震える乳房から汗を滴らせ、
肩で息をしながら腕をついていた。
正座が前のめりに崩れた状態だ。
「ずいぶん気をやっていたようじゃないか」
男は少女の背を押し込んだ。
為すすべなく頭が下がり、逆に臀部は持ちあがる。
「う…あ」
最後に熱をもった太腿を引くと、濡れた細身の肢体は
腰を突き出して力なく台にうつ伏せた。

ニノは背後に回って眉を吊り上げる。
「案の定だ。よく蕩けている」
彼が頭を覗かせたピンク色の玩具に触れると、
それは掴む事も困難なほどの粘液にまみれていた。
「極まりといったところか。学友に素肌を晒して発情したのか?
 君の露出した場所が視姦されるのは、いつもの事だろう」
指をくじ入れるようにして金属を掴み、男は言葉責めを加える。
わずか上下に揺らすだけで、対応する喘ぎが漏れた。
「う…うるさい…の…ぁ…っ、ぁ、く…」
必死で非難を返す少女に、男は笑みを浮かべる。

「あっ、あっ、あっ…」
強めに差し込みを加え、泡立つ半透明の液を散らせる。
少女はただ意識の溶けたような声を漏らすだけだった。
細い腰が震えた回数は、もう片手に収まらない。
だが絶頂には至らないはずだった。
「これがあると、イメージの沸きが違うのか?」
手首に疲れを感じ、ニノは一息に責め具を引き抜く。
「ふぁあっ!」
ぽんと小さく空気が漏れた後、緩んだ蛇口のように細い液が垂れる。

澄泉が発した切ない叫びは、男の嗜虐心を明確な形にした。
「入れるとき騒いだわりに、物欲しそうにするじゃないか」
ニノは少女の鼠径部から手を回し、茂みのなかに潜らせた。
「あ…いや…」
少女は声を上げたが、抵抗は小さなものだった。
くちゅくちゅと音を立てて指を動かす。
音が聞こえるたび、澄泉は力なく首を振る。
精神的にかなり参っているらしかった。

「お前の内側は、すでにこの粘りだ」
ニノは指を抜き、少女の眼前で糸を引く。
少女が本気で分泌した蜜は、水飴のような粘質をみせた。
それを泣いたような瞳で澄泉が見ている。

少女が息を整えるのに、どれほど時間がかかっただろう。
「スズミ。帰りたければ、帰っても構わないぞ」
急な提案に、へたり込んだ澄泉が顔を上げる。
「…なに企んでるの?今は考えるのが面倒なの、はっきり言って」
頭を押さえながら、少女はうめいた。
「服は返そう。家まで押しかけて関係を強制したりもしない。
 今すぐでも出て行って構わない」
澄泉は、かつてないほど怪訝な表情を見せていた。
この男が素直に帰すはずはない。
帰れないか、離れてもまた戻ってくると思っている。

「…戻って、くる…?」
少女はふっとニノの顔を見、辺りを眺め回した。
白い顔が青ざめていく。
手遅れだと言わんばかりに。

澄泉は寮暮らしだ。
昨晩寮にいなかった彼女が、今日、ニノの家に裸でいた。
この両方を知る寮生は考えるだろう。
『あの日本人は、ニノの家に入り浸っている』

娘達は、皆がニノの取り巻きをしていたことがある。
対して澄泉と懇意な者は誰もいない。
非難を受けるなら澄泉の方だ。
事実がどうかなど関係なく、彼女らの裁量で寮を追い出される。
そうなれば行き場もなく彷徨うしかない。
朝まで無事な可能性が低い街で。

級友達が館に来た時点で、彼女の帰る場所など無くなっていたのだ。

「卑怯だとはわかっている。だが、君が必要だ」
澄泉を抱き、ニノは力強く宣言する。
少女はされるがままだった。

館から音が消え、息だけが交わされる。

 柱時計が9つ鳴り終えた時だ。
少女はふいに顔を上げ、男の手を邪険に払った。

「これだけ火照らせたってことは、今夜あたり処女を奪う気?
 ……上等じゃない。その下らない妄想を叶えてあげる」
湿った髪をかき上げて睨みすえる。
「でも、勘違いしないで。心が通じる事だけは絶対に無いから」

まるで産まれながらにして高貴な存在かのように、
その幼い瞳は深い輝きを放っていた。
気高い誇りと明らかな敵意がそこに宿る。
高慢にして傲慢な芯の硬さ。

ニノは一瞬、眩しそうに眼を細めた。
「それは残念だな」
恥骨に燻る炎のような猛りに、ニノは口辺を綻ばせる。


夜はまだこれからだ。


                     続