3.

「ほら、どうしたの?早く投げないと駄目でしょ」
悠里に耳元で囁かれ、青葉は眉を吊り上げた。
「うりゃあああぁっ!!」
気合と共に悠里の腕を掴み直し、背負い投げを試みる。
しかし悠里がびくともしない。まるで大木を背負っているようだ。
「脚の力が足りないのかしら。柔道は腕相撲じゃないのよ?」
悠里は囁いて青葉の怒りに油を注ぎつつ、彼女の左脚を自分の脚で押し込んでいく。
徐々に前向きにフォームが崩れ、青葉が後ろ向けに堪えようとした。
そこを悠里が引き落とす。
青葉の身体は自重と悠里の力で、背中から痛烈にマットへと叩き付けられる。
バアアン!!
小気味良い音が会場に響く。

「っくは…あぁが……!!」
肺の空気を押し出され、青葉はうめきながら床を転がった。
彼女が随所に仕掛けさせたというマイクがその始終を拾う。
「あ、青葉ちゃん…。」
最初は何かと騒いでいた青葉の応援団たちも、次第に声を細め始めた。
先ほどから全ての投げが潰されているのだ。
投げ合いで柔道家の青葉より、悠里に分があるのは明らかだった。

「…ふふ、あっはっは!!どうしたの、まるでダメじゃない!
 柔道家が投げを潰されて、一体どうやって私に勝つの?
 寝技?それとも打ち合いでもする?」
悠里はマイクを使い、会場中に響けと言わんばかりに煽る。
『おおっと、これはチャンピオン、痛烈な皮肉だぁ!
 男の嫉妬は見苦しい、しかし女性の罵りは美しい!!
 お嬢系柔道家、青葉選手はもはや打つ手なしか!?』
実況も便乗して青葉を罵る。

青葉は起き上がったものの、じっと項垂れていた。
「あ、青葉…ちゃん……。」
「っくそ、あの女!馬鹿にすんのもいい加減にしなよ!!」
応援団からは様々な色の声が飛び交う。悠里はそれを無表情に見下ろした。
普段ならば胸が痛むことだろう。
しかし試合の異常な熱気の中、無限の瞳に晒される今は違う。
戦いにおけるショーマンシップとはエゴを見せることだ。

「さぁ、どうしたの?」
悠里は立ち尽くす青葉に近づきながら声をかける。
心が折れたのだろう、一芸に秀でた者にはありがちだ。
悠里がそう思って彼女の肩を叩きかけたとき、その肘に鋭い痛みが走った。
悠里は肘を抱えてたたらを踏む。
「キミが言ってくれたじゃんか、“打ち合おう”って!
 ほらほら、どうしたんだい!?打ってきなよ!!」
青葉は眉を吊り上げながら、憤怒の形相で煽りを返した。
ジャブのように悠里の腕を叩く。
「…っく!あう!」
悠里は距離を取った。舌を巻く思いだった。
打たれた肘がひどく痺れている。パンチが馬鹿に重い。

すぐに燃え盛る蝋燭の炎、それは時として山火事にもなりえるのだ。

柔道家の打撃は予想より遥かに重い。
握力やリストの力・背筋力が極めて強いからだ。
しかし青葉の打撃は、それに照らし合わせても異様に重い。
「ほら、ほらぁ!キミ柔道家に打ち負けちゃうよ!?」
青葉はコンビネーションで裸拳を叩き込む。しかし、顔や腹を狙ってではない。
 ――こ、この子、腕を壊しに来てる…!!
悠里は腕を打たれながら辟易していた。
悠里が繰り出す打撃に合わせ、右手の肘と手首のみを集中的に叩いてくるのだ。
かといって手を出さずにいると顔や腹に容赦なく叩き込まれる。
「うりゃあっ!!」
「くぅうっ!」
今一度肘を打たれ、悠里はあまりの痛みに腕を押さえて後退した。
見ると、右手首と肘の辺りが青痣になっている。
いくらしなやかな筋肉を持つ悠里でも、そこは普通の人間と変わらない。

「んん、なぁに今の声?皆聞いた?痛いよぅーって感じだねぇ!!」
青葉はカチューシャを光らせて細い腕を誇らしげに振り回した。
客席の一部から笑いが起こる。
悠里は歯を噛みしめた。

「柔道家、柔道家って騒いでるから、ころっと騙されたわ…。
 貴方投げの練習より、腕を打つ特訓ばかりしてきたんでしょう」
悠里の言葉に、青葉は満面の笑みを浮かべる。
「さぁ?別に努力なんかしなくても、キミ隙だらけじゃない」
さらに応援団が騒ぎ立てる。
練習をしていないはずがない。悠里は思った。
これほど的確に腕を破壊してくるストライカーとは想定外だ。

そしてこの後、彼女は更なる苦戦を強いられる事となる。


『これは驚きました、王者が腕を押さえて苦しげな表情!
 挑戦者の柔道家という肩書きに翻弄されたのか?』
実況が応援団と共に騒ぎ立てる。しかし事実だ。
悠里は青葉の打撃力に目を見張る思いだった。
しかし憤怒の形相で殴りかかってくる様を見て少し納得する。
単に力が強いだけではなく、怒りで力のリミッターを外しているのだ。
プライドが高いゆえの憤怒。それがこの爆発力だ。

「…っ気に、喰わないわねぇ……」
なおも殴りかかろうとする青葉の裸拳をバックステップでかわし、
悠里もまた怒りを滾らせる。
「これで、スパッと終わらせてあげるわ!!」
脚でマットを静かに踏みしめ、木こり娘は狙いを定めた。
左を打って空いた脇腹にミドルキックを叩き込む。
最悪アバラが何本か逝くかもしれないが、容赦はしない。
「せゃああああああ!!」
パンッ!!といい音がした。
「ぐ、うう…!!」
低いうめきも聞こえる。しかし次の瞬間、悠里はがくっと腰をよろけさせた。
青葉が悠里の蹴りに耐え、その脚を脇に挟んだのだ。
「た…耐えた!?無茶な…!!」
悠里は今日何度目かの驚愕に目を剥く。
「がはっ…!うう、ああおお…っぁはっ…」
青葉は衝撃に涎を垂らして苦しんでいた。しかし、脚は離さない。
                
悠里の蹴りは重い斧を振り下ろしているようなものだ。
並みの神経ならば受け止めようなどと思わない。
「取った…、貰ったあぁ!!」
青葉はタックルの要領で悠里を押し倒す。
悠里は片脚でもバランスを取っていたが、さすがに柔道家の押さえ込みには抗いきれない。
脚を高く上げたままマットに倒れこむ。

『こ…これは、王者の蹴りを受け止めてのテイクダウンだ!
 素晴らしい根性。恐らくアバラには深刻なダメージが残るでしょう。
 しかし!柔道家がマウントを取った、これは大いなリターンです!!』
実況の叫びが悠里の危機を会場全てに知らしめた。
悠里は片脚を取られたままもがく。

「っふふ、脇がお留守だよ!」
青葉は悠里の上にのって押さえつけたまま、身体を少しずつ左にずらし始めた。
 ――腕を取るつもりだ!
そう悟った悠里は両腕を組み合わせて守りに入る。
「さすが、いい勘してる!でも無理だよ…その腕じゃあさ!」
青葉はさっと悠里の左に回りこむと、その左腕を取りにいく。

悠里はそれを防ごうとし、ふと右腕に電流のような痛みを感じた。
先ほど青葉に集中的に叩かれた右腕だ。
うっ血して痺れた右腕には思うように防御ができず、あっさりと左腕を青葉に取られてしまう。
腕を伸ばして脚に挟まれ、捻りながら極められる。
腕が可動方向と逆に反り返り、首と肩を固定されたまま完全に伸びきる。
「い、いっつ…!!」
悠里は鋭い傷みに目を細めた。

「さぁ、タップしなよ。言っとくけど、わたし本気で折る子だよ」
青葉が脚を悠里の左腕に絡ませて言う。
むちむちした太腿の感触。しかし極めは硬く、もう抜け出せない。
悠里は歯を喰いしばって肩を蠢かす。
「無駄なんだってば。キミ馬鹿なの?」
青葉がおちょくるように言いながらさらに背を反り返らせる。
悠里の肘からバキバキと音が響いた。
「――――っっ!!」
悠里は悲鳴を上げず、長い脚をばたつかせて苦しみを表す。
ミニスカートから白いショーツが覗き、内腿に筋が浮く。
女帝のあられもない姿と先ほどの不吉な音に、会場がざわつき始める。
「ほらぁ、断裂しちゃった。これって叫べもしないくらい痛いんでしょ?
 降参しなよ。今の音聞いたら、誰も責めやしないわ。負け犬、なんてね!
 ふふ、あっはははははは!!!!」
青葉の高笑いがマイクで会場中を震わせる。
それに煽られるように青葉を指示する叫びが大きさを増していく。

何分が経っただろうか。
悠里は背を仰け反らせながら延々と続く痛みに耐えていた。
額には脂汗が流れている。
「はぁ、はぁっ…!お、折るなら早くしたらどうなの?
 貴方程度の相手、足だけで丁度いいハンデよ!」
王者はなおも気丈にそう告げる。青葉の応援席からさえ感嘆の声が上がった。
しかし当の青葉は、それを称えはしなかった。
「ああそう。じゃあ、ね」
びきっ!!
硬い音は一瞬だけ。
それは傍目には何でも無いことに思えた。
しかし、青葉が悠里の腕を解放した時、彼女の左肘はもはや肘ではなかった。

『お、折られたーー!!王者の左腕が、ああ、あれは…。悲惨です、悲惨です!!
 私はどちらの味方もいたしません。しかし…今の王者には、かける言葉も
 ありません…!!』
悠里はうっ血した右腕を天へかざしながら、仰向けで大きく口を開けていた。
何かを絶叫するようなまま、何の声も発さず。

その悠里の顔に被さるように、青葉の笑みが覗き込む。
「あーあ。意地張るから、腕がどっちも使えなくなっちゃたね。
 痛いかな。やりすぎたかな。じゃあ、ちょっと気持ちよくさせてあげる」
青葉は腕の使えない悠里を抱えるように持つと、自らの膝へ乗せた。
そして悠里の両のすねを自分の両脚に挟む。
「…な…なにを、す…るの…!?」
声を枯らした悠里が慌てる間に、彼女の身体は青葉の膝の上で自由を失った。
正座するように脚を挟まれ、両腕は力なく垂れ下がる。

その状態の悠里の嘗めるように見たあと、青葉は急に手を悠里のパンツへと潜らせた。
ショーツをずり下げ、薄い茂みに覆われた割れ目へと指を潜らせる。
「なっ…!や、やめなさいよ!!」
悠里は声を上げた。
会場のあちこちで唾を呑む音が聞こえる。

「あははは、やめさせたいんだったら、自力でなんとかしたらどうだい?」
青葉が会場へ向けて言う。
それは暗に悠里を征服した事を誇示するものだった。
会場のボルテージが極限に近くなる。
「くっ…!」
悠里は脚を動かすが、青葉にしっかり挟まれたまま正座している状況では
まともに力も込められない。
悠里は奥歯を噛みしめた。己のサディストとしての矜持が穢されてゆく。

青葉はそんな悠里の首筋に舌を這わす。悠里の身体がびくんと仰け反った。
「お、敏感だね。やっぱりキミ、今まで会った女の中でも最高の身体だよ。
 この感度じゃ、ファンの前でかなりの醜態を晒してくれるね」
青葉は手を悠里の身体に這わし、その胸や秘所をまさぐっていく。
「ふふ、もう乳首もクリもビンビン。戦いの最中に興奮してるんだ?
 でもまだだよ、もっととろとろにしてやるんだから。
 寝技で鍛えたレズビアンのテク、嫌ってほど味あわせてあげる」
青葉の言葉をマイクが妖艶に拾っていく。

「や、やめなさい、この、ただじゃおかな……あっっ!!」
凍りつくような悠里の剣幕も、青葉が秘所をまさぐると途端に勢いを失う。
「怒るより、どんどん中に入ってく指の方を注意したらどうだい?
 キミなんかすごく血行が良さそうだから狂っちゃうかもね。
 ほら、とろとろ、とろとろ…気持ちいい波がくるよ」
青葉は淫靡な言葉をささやきながら悠里を抱きしめた。

「…悔しい?わたしはね、キミみたいな美人の自信家が一番むかつくの。
 大勢のファンの前で、泣きながら狂っちゃいなよ!!」

カチューシャをした制服姿の女子高生。ラウンドガール姿の麗しい女王。
女2人の噎せ返るような汗と熱気の中、そう囁く声が聞こえる。
そこでやっと悠里は、敵もまた自分と同じタイプの人間だったのだと気がついた。