※『母の指』の続きです。


その場所で吸う煙草は美味かった。
街が一望できる、小高い丘。葉子はそこに腰を下ろし、煙を空へと吐き出す。
「ごきげんよう」
その葉子に、優雅な挨拶がなされた。
「あん?」
葉子は不機嫌そうに振り向く。
ごきげんよう、などと気取った挨拶をするのは、『白梅女学院』の生徒ぐらいのものだ。
基本姿勢として他者を見下し、綺麗事を並べる……そうした白梅の令嬢達を、葉子は嫌っていた。
しかし、声のした方を一瞥した途端、葉子の表情は変わる。
「なんだ、アンタか」
明らかに警戒心を解いた様子で、煙草をもみ消す葉子。
「……アンタも懲りねぇな」
「ご迷惑、でしたでしょうか?」
心配そうに尋ねる相手を、葉子は改めて観察する。
宮嵯千里(みやさせんり)。
雅楽の名家に生まれ育ち、その家格は令嬢が集う『白梅女学院』でも群を抜く。
彼女がしゃなりと歩けば、あらゆる生徒が黙って道を譲り、高貴さは皇族に次ぐとさえ言われていた。

千里との馴れ初めを、葉子は今でも覚えている。
千里は初対面の葉子に対し、自慰の助けを乞うた。
自分は母に性欲を管理されており、母離れしようにも、どうしても母の指が忘れられない。
だから葉子に代わりをして欲しい。
葉子の、他者を隔絶するような雰囲気は母にとても似ており、適役だ。
表現自体は柔らかなものだったが、千里の求めはおおよそそうしたものだった。
初めは頭のおかしい女かと思った葉子も、話を聞くうちに千里の真剣さを理解した。

「……来なよ。もう我慢できないんだろ」
葉子がそう言って立ち上がると、千里の顔に精気が宿る。
そして千里は、背後を振り向いた。
「では、森岡さん。申し訳ありませんが、少しお時間を下さい」
千里の視線の先には、執事風の男が控えている。
「は、行ってらっしゃいませ。18時からのレッスンだけは、お忘れなきよう」
森岡と呼ばれた男は、恭しく頭を下げた。




  
山中にあるプレハブ小屋。
窓からの光だけが光源のその小屋から、かすかに甘い吐息が漏れている。
千里のものだ。
葉子の指責めによって、壁際に立つ千里は震えていた。
指責めを始めてから、まだ5分と経っていない。
にもかかわらず、すでに千里の陰核は硬く屹立しつつある。
母によって陰核での絶頂を覚え込まされた千里は、葉子の指でもやはり昂ぶった。
趣味でギターをする葉子は、その指の皮の硬さが、琴の名手である母によく似ている。
かつて千里はそのように評していた。

千里の陰核を包皮ごと指先で転がしながら、葉子は千里を観察する。
両目を閉じ、軽く唇を結んで声を殺す姿。
高貴や清楚といった言葉を毛嫌いする葉子も、この千里だけは別だった。
心の底まで高貴さに満ちた人間が存在することを、千里に出会って初めて知った。
陰核がいよいよ固さを増していく。
葉子はそこで指をずらし、千里の秘裂を指先でなぞった。
まさに秘密の花園というべきそこは、すでに愛液でしっとりと潤んでいる。
その愛液を指で掬い取り、再び陰核へ。
愛液の助けを得ながら、僅かずつ僅かずつ、陰核の包皮を剥き上げていく。
千里の張りのある太腿がふるりと震えた。
包皮が完全に捲れる。
葉子はそれを認め、指の腹で柔らかく千里の陰核を潰した。
柔らかくとはいえど、包皮越しでない直に、だ。
「っっっ!!!」
千里は押し殺した嬌声を漏らしながら、とうとう背中を壁に預ける。
今の今まで、服を汚すまいと壁際で踏みとどまっていたが、腰が砕けたらしい。
こうなれば、後は堕ちるだけだ。
葉子は口の端に笑みを浮かべながら、いよいよ陰核を指の肉で包み込んだ。



「……っ! …………っっ!!」
宮嵯の娘として、あくまで声を上げぬよう調教されてきたのだろう。
腰が震えるほどに感じても、千里は声を出さない。
しかしその必死になって耐える姿がまた、責める方としては堪らない。
「……おい」
熱に浮かされたような千里に向け、葉子が呼びかける。
「はい」
千里は薄目を開けて答えた。目頭をつたう汗が艶かしい。
葉子はごくりと喉を鳴らした。
「……キス、させろよ」
真剣な面持ちで葉子が告げる。
千里は一拍の間を置いて、再び静かに目を閉じた。
「どうぞ」
清楚そのものの表情で告げる。葉子は背徳感を禁じえなかった。
自分のような存在が、先ほどまで煙草を吸っていた口でキスを迫る。
美しいものを汚すその背徳感。
しかし、千里みずからが葉子に近づき、汚される事を望んでいるのだ。

葉子は千里の唇を奪う。
舌をねじ込み、奥の方で震えている千里の舌を絡め取る。
同時に指遣いも強めた。
親指の腹でぐりぐりと押し潰す。
二本指で挟みこんだまま、煙草を箱から一本取り出す要領でトントンと叩く。
あるいは、舐めるようにやさしく。
緩急の付いた責めに応じ、千里は熱い息を吐いた。
葉子は自らの口内にもその呼吸を感じながら、さらに陰核を愛で続ける。
自らの指の動きと、口に感じる吐息が連動しているようで小気味良かった。
「ぷはっ!」
葉子が限界を迎えて口を離す。
一方の千里は、楽器の心得があるせいか、それとも煙草を吸わないせいか、呼吸が殆ど乱れていない。
しかし、性感には弱かった。
「…………た、達します…………っ!!」
千里がまた絶頂に至ったようだ。
正確には口づけの最中にも幾度か小さく達していたようだが、
背筋を伸ばしたまま綺麗に絶頂するので分かりづらい。

いつしか小屋の中には、夕焼けの黄金色が溶け込んでいた。
夢中になって千里を責め立てるうち、かなりの時間が経っていたようだ。
別れの時は近い。
千里と葉子は、どちらからともなく視線を交錯させた。

「…………もう」
そう言いかけ、葉子は言葉を途切れさせる。
もう来るんじゃねぇぞ、と照れ隠しに言い捨てるつもりだった。
しかしそれを口にしたが最後、生真面目な千里は散々に心を痛めた挙句、二度と葉子の前に姿を現さないだろう。
それは、葉子の望みとは違っていた。
「もう……何ですか?」
千里が澄んだ瞳で葉子の顔を覗き込む。
葉子はひとつ、ため息を吐いた。
「……もう一度、会ってやるよ。またしたくなったら、あの場所に来な」
葉子の言葉で、千里の頬が嬉しそうに赤らむ。
その笑顔をもっと見たい。
天涯孤独だったはずの葉子は、いつの頃からか、強くそう思うようになっていた。



                       終わり
<初出:『クリトリス責めメインのSS~その8~』スレ>