――俺に任せて大人しくしとけ。

僕の頼れる親友はそう言った。
多分、それが利口なんだろう。僕なんかより遥かに頭が回り、経験豊かで、顔も広い英児。
僕が思わず頭を抱えるような窮地も、彼は涼しい顔で打破してしまう。
俺に任せろ、と彼が請け負ってくれた事で、上手くいかなかった事なんて一度もない。
たぶん、思考の次元が違うんだ。
問題への対処法だけじゃなく、そもそもなぜ起きたのか、今後の予防策は。常にそこまで考えて動いている。
その彼が全力でサポートしてくれている以上、僕に出来ることはない。あったとしても、足を引っ張る事にしかならない。
英児と8年の付き合いになる僕は、それをよくよく理解している。
でも。頭では解っていても、心が納得しない。
休日は勿論、仕事中でさえ、周りの目を盗んで英児に教わったアダルトサイトを確認してしまう。
そして、木曜日。
僕はとうとう、『ダイセキザン@番長』が新しい動画を投稿する瞬間に出くわした。
11時過ぎに投稿されたばかりの動画。

『Fカップ美人妻 人間燭台』

タイトルはそれで、サムネイルはいわゆる“まんぐり返し”の格好を取る女性の姿だ。
性器と目の辺りには粗いモザイクが掛かっている。
でも、シミひとつないピンク肌や見事なスタイルから、和紗である事はハッキリしている。
「またか…………!」
僕は頭を抱えた。胸が締め付けられるように苦しい。
数分おきにページを更新するたび、動画の閲覧数やコメント数はみるみる増えていっていた。
そんなに過激な内容なのか。でも確かに、この“まんぐり返し”の格好や、“人間燭台”という言葉の響きは普通じゃない。
一刻も早く確認したい……僕の頭にはもう、それしかなかった。
とても仕事ができる状態じゃないから、課長に頭を下げて早上がりさせてもらう。
最近の僕は、周りから心配されるぐらいにやつれているみたいで、課長も特に引きとめてはこなかった。



飛び込んだ駅前のネットカフェで、例のページにアクセスする。
検索にかかる僅かな時間すらもどかしい。貧乏揺すりが止まらない。
ページが開きざま、あの動画を検索……するまでもなかった。
『Fカップ美人妻 人間燭台』は、早くもデイリーランキングの一番上に来ていたから。
コメントの数は80を超えている。
平日の昼だっていうのに、何なんだこの連中は。こんな、仕事もろくにしていないような連中相手に、僕の妻が見世物にされているっていうのか!
僕は頭を掻き毟りながら、そんな怨嗟の言葉を思い浮かべた。
胸中の言葉とはいえ、僕も口が悪くなったものだ。この半年あまりで、すっかり心が荒んでしまったらしい。
それもこれも全部、この動画のせいだ。
僕は怒りに震える指で、動画の再生ボタンをクリックする。

動画は、サムネイルとほぼ同じ状態で始まった。
白い壁に背中をつけたまま、まんぐり返しの格好を取らされた和紗が映りこむ。
とはいえ画面は薄暗く、窓からの明かりに照らされて、かろうじてお尻や乳房の一部が白く浮かび上がっている状態だ。
よく目を凝らせば、和紗の下にビニールシートのような物が敷かれている事もかろうじて見て取れる。
と、画面の奥側から、かすかな笑い声がした。低い声に混じり、やや高い声も聴こえる。
まさかギャラリーには女がいるんだろうか。考えたくないことだ。こんな女性を辱めるような行為に、同性が加担してるなんて。
でも、その嫌な予感は的中してしまった。
画面手前側から、透明なボトルを持った女が姿を現す。
そう、女。かなりチャラついた雰囲気ではあるけど、都会の街中じゃよく見かけるタイプだ。
彼女は和紗から一歩離れた場所で立ち止まり、視線を下げる。
モザイクのせいではっきりとは解らないけど、和紗の姿を観察してるんだろう。
一方の和紗も目元は判らないものの、唇を引き結ぶ瞬間が映っていた。
あられもない姿を間近で観察されてるんだから当然だ。特にそれが同性となれば、恥ずかしさもまた違うだろう。
『んふっ』
女は明らかに一度鼻で笑い、和紗の頭の近くにしゃがみこむ。
座り方は完全にヤンキーのそれで、立っている時よりも下品さが露骨になった気がする。
女の細い指が透明なボトルの蓋を摘み、『ぎゅぽっ』という粘っこい空気音と共にねじり開いた。
蓋の裏から伸びる半透明な糸からして、どうやらローションのボトルらしい。
女はそのボトルの中に指を突っ込み、たっぷりと粘液を掬い取る。そしてそれを、おもむろに和紗の秘部に近づけた。
モザイク越しにも解る無遠慮さでピンク色の部分を掻き分け、中にまで指を入れる。
『!!』
息の詰まるような声と共に、和紗の足がビクンと震えた。
お尻が上にせり上がるような大きな動き。でも膝裏の位置は変わらない。画面から見切れた足首を、何らかの方法で固定されているんだろうか。
『へーぇ。アイツに散々ヤられてる癖に、まだこんなキツいんだ?』
女の嘲るような声がする。
アイツって、石山の事か。並みより太さのある石山のペニスを咥え込んでいるんだから、普通はもっと緩くなってるはずだ、って意味なのか。
そう理解した瞬間、吐き気がこみ上げる。イジメを受けていた時代の、胸が詰まる感じにそっくりだ。
いや……どうもそれよりタチが悪い。あの時は涙が出たけど、今はそれすらない。
激しい痛みじゃなく、心臓に凧糸を結び付けられて、静かに引き絞られているような苦しさだ。本当に苦しいのに、これじゃ泣けない。
代わりに呼吸が苦しくなる。犬のように激しく喘いでいるのが自分でもわかる。
ドン、と壁から音がした。隣の個室の人間が、うるさいと抗議してきてるらしい。
少し前の僕ならこれで萎縮しきって、必死に音を立てないようにしたはずだ。でも今は、そんな余裕なんてない。
胸の苦しさに耐えて、映像に意識を戻す。

画面の中では、女の指が和紗のお尻の穴に入り込んでいるところだった。
最初、蕾を浅く弄繰り回していた人差し指は、そのうち中指を添えてかなり深くまで潜り込みはじめる。
そして挙句には、もう一方の手も合わせた4本指で肛門そのものを押し拡げてしまう。
『いやっ!!』
和紗は悲鳴を上げた。でも不自由な姿勢の彼女に、肛門の開きを止める手段はない。
肛門にはモザイクはなく、くっぱりと拡げられた内部が丸見えになってしまっていた。
赤くヒクつく腸。あれが、あの可愛い和紗の消化器官なのか。
『おー、拡がる拡がる。でも勿体無いよねー。アンタみたいな美人が、こんなマニアな趣味持ちなんてさ。
 聞いたよ。今じゃ、ケツだけでアクメ極められんだって?』
心無い言葉で詰りつつ、女の指が和紗の肛門をひらいては閉じる。
和紗は黙っていた。かけられる言葉に否定も肯定もせず、口を噤んでいた。
なぜだ。まさか本当に和紗自身が、こんな歪んだ性癖の持ち主なのか?
ありえない。ありえるもんか。僕とのセックスじゃ、あそこを見られる事さえ恥ずかしがるほどの奥手だったじゃないか。
ラブホテルでローターを使ってみようと提案した時だって、2、3回は拒否された覚えがある。
和紗は快活なイメージとは裏腹に、改まった場ではすごく繊細な女性なんだ。そのはずなんだ。

『よーしよし、充分ほぐれたよね。じゃ、イクよ?』
女はそう言って、上の方に手を伸ばす。するとその手に画面外から火のついた蝋燭が渡された。
それを持ち直し、和紗の秘裂に近づけていく女。
まさか。僕はいやな予感を抱きつつ、ふと動画のタイトルを思い出す。

 ――人間燭台。

女の左手が秘裂を押しひらき、右手が垂直に持った蝋燭を宛がう。
そしてそのままずぶずぶと、ピンク色のモザイクの中へと沈めていく。
「そんな……!!」
僕は思わず呻いた。隣からまた壁を叩く音がしたけど、気にしていられない。
火のついた蝋燭を、性器に立てるだなんて。たとえSM用の低温蝋燭だったとしても危険じゃないか。
その道何十年の熟練者ならともかく、素人がやっていいプレイじゃない筈だ。
そんな僕の思いをよそに、蝋燭は着実に長さを減らしていく。
少しずつ少しずつ。その間にも蝋は溶け、和紗の乳房の合間に白く飛び散った。
『熱いっ!!』
可哀想に、和紗は悲鳴を上げた。ひどく真に迫った声。
台所で天ぷらを作ってくれていた時、油が手にはねた際の悲鳴と響きが同じだ。
僕は思わず歯軋りし、拳を握りこんだ。
和紗を……僕の最愛の人を嬲り者にしやがって!
「オイ、さっきからうるせぇぞ!!」
後ろから声がする。たぶん壁を叩いてきていた隣の利用者だろう。
僕は、さすがに申し訳なくなって後ろを振り向いた。
ドアの上の隙間に、中年男の顔が見える。でも僕が後ろを向ききった瞬間、怒りに満ちたその顔が一変した。
「うっ!」
ヤバイ物を見た顔、っていうんだろうか。男は目を見開いたまま、大急ぎでドアから離れていく。
もっとも、最近じゃよくあることだ。普通の表情をしようとすればするほど、他人を怖がらせてしまう。
一時期は警察の職務質問をかなり受けたけど、最近はそれすらない。


映像に目を戻すと、肛門にも蝋燭が立てられるところだった。
やっぱりモザイクはない。桜色をした肛門を無理矢理に開いて、白い蝋燭が押し込まれていく。
『ぅ……ぁあ…………ぅああ、あうあ…………っ!!』
和紗は太腿と膝裏に深い筋を刻みながら、何か呻いているらしかった。
言葉にならない言葉。相当に苦しいんだろう。
でも女の手つきに情はない。明らかに楽しみながら、蝋燭を半ばまで埋め込んでしまう。
『さーて。人間燭台の出来上がりっ、と』
女はそう言って笑い、膝に手を置いた。また観察を始めたんだ。
和紗の2穴に挿された蝋燭が、薄暗い部屋を黄色く照らす。
床のシートに映った影から、女の他にも何人かいる事が見て取れた。肩幅からして男だろう。
それだけでも充分に衝撃的だったけど、もっとショックなのは、窓の外の光景だった。
雪が降っている。それも、かなりの酷さで。
記録的な暖冬といわれている今年は、12月に入ってからも雪がほとんど降らない。
最近でかなり降ったのは、今週の水曜日…………昨日だけだ。
つまりこの映像が撮られたのは、昨日、という事になる。
てっきり週末だけの事だと思っていたけど、甘かった。和紗はこの数ヶ月、僕が会社に行っている間にも嬲られていたんだ。
『ひっ、あぁっ、熱いっ! 熱いーーっ!!』
蝋が溶け落ちるたび、和紗は身体を揺らして叫ぶ。その動きがまた蝋を垂らす結果になり、叫びを呼ぶ。
『ふーん、そう。だったら、おしっこで火ィ消しちゃいなよ。得意なんでしょ、潮吹き』
女が嘲り、男の笑い声が続く。場の全員が和紗を笑い者にしている。
これが、昨日なんだ。
昨日といえば朝から寒くて、起き抜けに身体がガタガタ震えるほどだった。
和紗はそんな僕を心配して、ハチミツのたっぷり入った生姜湯を作ってくれたっけ。
『ほら、これ飲んで。あったまるよ』
カップを差し出す柔らかい笑顔は、甘味処で初めて会った彼女を思わせる。
人の世話を焼いている時の彼女は、本当にいい顔をするんだ。
いいお母さん――そうなるはずだった女性。映像の中で笑い者にされている僕の妻は、そんな人なんだ。
悔しい。
どうして。何の資格があって、こいつらは和紗を笑うんだ。和紗を弄ぶんだ。

映像は、『人間燭台』となった和紗を淡々と映し続ける。
和紗は身体中に蝋を浴びながら、熱い、熱い、と叫んでいた。そしてその悲鳴に呼応して、何人もの笑い声が起きた。
そして5分ぐらい後、女が和紗の身体に触れ始める。
震え上がる和紗のお尻から太腿にかけてを撫で回したり。乳首をひねったり。
挙句には膣よりももっと前、多分クリトリスを弄びはじめる。
『くぁっ!!』
クリトリスといえば、女性の体で一番敏感な部位だ。当然和紗の反応も大きい。
『ほぅーら、どう? 恥ずかしい格好でクリちゃんイジられて、感じるんでしょ変態女』
女は詰りながら指を蠢かせる。そのたび激しく和紗の身体が揺らめき、次々に蝋が滴っていく。
クリトリスの辺りにも当然モザイクが掛かっているから、行為自体ははっきり見えない。
でもその部分を凝視していると、何か違和感があった。
本来クリトリスの辺りには、モザイク越しでも多少は陰毛の黒さが見えるはずだ。
でも今は、それが全くない。肌色と白、そしてピンクが見えるだけだ。
『ってか、ほんとに毛ェ剃ったツルマンなんだね。イジりやすーい』
女のこの一言で、僕の疑惑は核心に変わった。
やっぱり和紗は、毛を剃られていたんだ。恥ずかしい部分を隠す筈の毛を……。

女は、和紗の二穴に刺さった蝋燭をゆるく抜き差ししつつ、乳首をクリトリスを弄び続けた。
そして蝋燭が半分近く溶けたあたりで、ようやく引き抜く。
モザイク越しにでも、和紗の膣と肛門がぽっかりと口を開けているのがわかった。当然、場の人間には丸見えだろう。
『あははっ、すーごい開いちゃってる。ヒクヒクしてるね、熱かったの?』
女は笑いつつ、画面外から何かを受け取る。どうやら、ガラスボウルに入った大量の氷らしい。
女の指がその中から一つを摘み上げ、和紗の秘裂に宛がった。
『ひゃっ!?』
冷たさからか、悲鳴を上げる和紗。
女はその悲鳴を楽しみつつ、次々に氷を手にとっては膣の中に送り込む。
『ウルサイなぁ。さっき熱い熱いって騒いでたから、冷やしてあげてんじゃん。ほぉーら、ケツにも入れたげるよ』
一つまた一つと、四角い氷が和紗の前後の穴に入り込んでいく。
相当な量だ。和紗の下唇を噛む様子から、冷たさや苦しさが伝わってくる。
そのうち、女の指が止まった。理由はひと目でわかる。
和紗のあそこはもう開きに開いて、これ以上は無理というぐらい氷がひしめき合っている状態なんだから。
『うぅ……くっ、苦しい…………!!』
和紗の唇が開いて、苦悶の声が漏れる。でも同情する人間はいない。
まんぐり返しの格好で、もじもじと腰や脚を蠢かせる和紗。
やがてその下腹や太腿を、透明な流れが伝い落ち始める。二穴の氷が溶けたものだろう。
それは和紗が身体中に掻いた汗を押し流しつつ、乳房の脇や膝裏から床のシートに広がっていく。
『あははっ。お漏らししてるみたい!』
女はどこまでも気楽な声で笑っていた。
同性を辱めるのが、そんなに面白いんだろうか。自分がされたら、なんて微塵も考えないんだろうか。
いや、考えないんだろうな。この女もたぶん石山の一派だ。あんな奴とつるむ連中に、人の情なんてあるわけがない。

氷がすっかり溶けたころ、女はバイブを手に取った。
そしてそれを和紗の二穴に一本ずつ挿し込み、唸りを上げて稼動させはじめる。
『ううぅ……あ…………ぁあうああっ…………!!』
和紗は呻く。苦しみからか、痛みからかは判らない。まさか気持ちいいなんて事はないだろうけど。
2本のバイブの尻が円を描くようにして、和紗の中を責め立てる。氷が溶けたばかりなせいか、チュクチュクという水音もする。
その様子がまたしばらく晒し者にされた。そしてその後、女の手がバイブを抜き差しし、同時にクリトリスを責め始める。
『ぅっ、っっくふぅううっ…………!!』
『あはっ、いい声。アンタ変態だから、こんなのでも感じちゃうんだ。
 ほーら今、クリでイキそうになったでしょ? わかるんだよー、同じ女なんだから』
和紗の堪らなそうな声と、女の粘つくような囁きが重なる。
僕はレズに全然知識がないけど、そんな僕でも、女の手つきがものすごく巧みなのは理解できた。
あんな事をされたら、感じない訳がない。そう思わせるような説得力が、ピアノを弾くような指遣いに込められている。
そして、何分か後。
『ぅっ!あぁ!』
小さな叫びと共に、和紗の秘裂から飛沫が吹き出た。潮吹きだ。
女を始めとする人間がそれを笑い、和紗は表情を強張らせる。でも、責め自体は全く緩まらない。
『ああ、出た出た。じゃ、このままあと10回はイカせたげる。
 ……ふふ、凄い顔。私みたいなガキにイカされまくるのが悔しいんだ? なら我慢してもいいよ。出来れば、だけど』
女はそう言って微笑を浮かべた。悪意の塊みたいな笑みだ。


それからしばらくして、動画は終わる。
改めて詳細ページを見ると、再生数は6000、コメント数は300を超えていた。
それほどの人間が視聴し、歪んだ欲望を満たしたということだ。
そして、それは今後も続く。
和紗はこれからも僕の知らない間に呼び出され、弄ばれ続ける。ネットを介した不特定多数の前で。

 ――限界だ。もうこれ以上は見過ごせない。
こんな辱めを受けて、和紗が平気な訳がない。近いうちに限界が来て、自殺を図ったっておかしくない。
そしてそれは、今日かも、明日かもしれないんだ。
事は一刻を争う。英児は慎重に調査を進めてくれているようだけど、とても待っていられない。
次だ。次に和紗が家を空けた時、その行き先を探って、僕自身の手で彼女を守る。
それしかない。

僕は心の中で親友に詫びながら、静かに拳を握りこんだ。


                           続く