※『ドリーミィ・カプセル』および『AV女優 冴草 里奈』の続編です。
機械姦注意。また微スカトロ(ドナン浣腸とゼリー排泄、失禁)要素があります。ご注意ください。
────AM7:30 エステ『ドリーミィ・カプセル』バックヤード────
「なによ宏尚(ひろなお)、あんたこんな朝っぱらからAV観てんの?」
店のモニタールームを覗き込んだ安西 翔子が、意外そうに目を丸くした。
「な、なんだよ……悪ぃか?」
宏尚はバツの悪そうな顔で応じる。
「別に悪いとは言ってないでしょ。でもあんた、『店の映像で女のハダカなんていくらでも見られるんだから、AVなんて観る気しねー』とか言ってたじゃん」
「ぐっ……!」
確かに思い当たるフシがあり、宏尚は言葉に詰まった。
女性用性感マシン『ドリーミィ・カプセル』は、その名の通り女性に夢のような体験をさせる機械だ。人間相手では実現しえない、機械ならではの責めの数々で来店者を悶え狂わせる。そのサービスを提供する裏で、宏尚はマシン内部の映像を個人的に堪能する趣味があった。話題につられて来店した若く美しい女性が、機械の無慈悲な責めにのけぞり、痙攣し、ついには涙ながらに哀願さえする無修正映像は、一般的なアダルトビデオよりもよほど刺激的だった。
「うるせーなあ。AVっつっても、この人のだけは別なんだよ!」
「はいはい、キレんなってモジャブタ」
憮然とした表情でモニターを示す宏尚。翔子はその態度を鼻で笑いながら、モニターに視線を向ける。小馬鹿にしたようなその表情は、しかし、徐々に驚きへと変わっていった。
究極──そんな言葉が翔子の脳裏に浮かぶ。
その映像の中に、半端なものは一つとして存在しなかった。老いを感じさせる色黒のAV男優の巧みな前戯。雄々しい巨根によるスムーズな3穴責め。人並み以上にセックス経験のある翔子には、それらがどれだけ『たまらない』かが良く理解できる。ほんの数分ばかり映像を見ただけで、思わず股間が疼くほどに。
その責めを一身に受ける女優もまた、凡庸ではなかった。激しく喘ぎ、乱れながらも、美しいという印象が崩れない。ルックスも女優顔負けのレベルだが、何より身に纏うオーラが異質だった。アダルトビデオなどには縁遠い良家の令嬢にも見える。逆にAV女優こそ天職の淫魔にも見える。綺麗さ・可愛さ・純真さ・妖艶さなど、女性としての魅力の全てを兼ね備えた、まるでヴィーナスの化身だ。
「…………っ!!」
今度は翔子が絶句する番だった。
翔子もルックスには自信がある。最上級の織物のような長い黒髪。 猫のようにくっきりと開いた吊り眼。スペイン系クオーターゆえの完璧すぎる鼻筋。 見事な八頭身のスタイル。その暴力的なまでの見目の良さで、高校時代は男子人気を独占し、女王のように君臨していた。だが、もし高校時代にあの女優がいたなら……ルックスの良さで翔子と競り、独特のオーラを放つあんな同級生がいたなら、翔子が牙城を築くことなどできなかっただろう。
「ふーん。まあ綺麗めだけど、今どきのAV女優でこれぐらいのルックスなんて普通でしょ」
翔子はそう捨て台詞を吐くのが精一杯だった。しかしその渾身の恨み節にも、宏尚は動じない。むしろ、にやりと笑ってみせた。
「普通かあ。でも、だとしてもヤバいぜ。だってこの人、このAVん時で32だし」
「さんっ……!?」
翔子はまたしても絶句する。改めて画面を見ても、悪い冗談としか思えない。見た目の印象、雰囲気、肌の艶や汗の弾かれ方……どれもがせいぜい女子大生レベル、下手をすればティーンのそれだ。今まさに喉奥まで咥え込まされて噎せ、ふっと上を向いた顔などは、幼い少女にすら見える。
「信じられねーだろ。でもホラ、もう10年以上AV出てる大ベテラン!」
宏尚はそう言ってモニターデスク横のラックを開く。そこには同じ女優名のビデオがずらりと並んでいた。その数は数百にも及ぶ。あのヴィーナスの魅力がそんなにも世に発信されているという事実に、翔子は眩暈がする思いだった。
「あれ、つか待って。この人、『冴草 里奈』って……?」
「お、気付いた? そ、今日AVの撮影したいってオファーがあった女優。あのAVクイーンにナマで会えるって思ったらテンション上がってさあ、コレクション観返してんだよ!」
アダルトビデオのパッケージを撫でながら、デレデレと頬を緩める宏尚。そんな姿を前に、翔子は冷ややかな視線を浴びせる。
「ま、そういう訳だから。よろしく頼むよ、『助手』クン!」
「……お前、マジでまたイジメんぞ?」
超人気エステ『ドリーミィ・カプセル』に冷ややかな空気が立ち込める。その原因となった冴草 里奈は、その頃……
────AM7:50 マンション『リーゼロッテ朝陽』205号室────
「よく飲むねーユウくん。ママのおっぱい、好き?」
夢中で母乳を吸う息子に、AVクイーン・冴草 里奈は愛おしそうな笑みを向ける。彼女が撮影で見せてきたどんな表情とも違う、慈しみと希望に満ちた笑顔だ。
「はーあ、離れたくないなー。一日が100時間くらいあればいいのに。そしたら90時間はユウくんと一緒にいられるよ」
満腹になった息子をあやす動作も、すっかり板についていた。
「一日が100時間もあったら、子供なんてあっという間に大きくなって抱っこできなくなるよ」
「んー、そっかぁ。シュンくんが言うと説得力あるね。ちょっと前まで子犬みたいだったのに、グングン大きくなっちゃってさ」
里奈は背後から近づく男を見上げる。男……駿介は里奈が抱く子供の父親だ。以前は里奈の後をついて回るだけの子供だったが、それから2年経って18歳となった今では、軽く里奈の背丈を越えていた。
「僕だってもう一児の父親なんだから、子供のままじゃいられないって」
駿介はポンポンと息子の頭を撫でると、デスクに座って仕事に勤しみはじめた。
駿介は高校生でありながら凄腕の動画編集者だ。表立っては言えないが、ここ最近の里奈のAVのモザイク処理や編集・PR等はすべて駿介の手で行われており、その手腕は古参のファンからも高い評価を受けている。将来的にはAV監督になり、『冴草 里奈』という最高の逸材をプロデュースする夢を持っているが、それは里奈本人にも話していない密かな野望だ。
「そういえば、母さんもうすぐ来るって」
駿介はふと思い出し、里奈の方を振り返った。愛息子の額にキスをしていた里奈は、その言葉にびくりと肩を震わせる。
「そ、そっか。お義母さんにはいつもお世話になりっぱなしで申し訳ないなぁ」
「別にいいでしょ、母さんも好きでやってるんだろうし。やりたくないことは意地でもやらないタイプだから」
「そうは言ってもねぇ……」
いつも自分の哲学に沿ってハキハキと話す里奈だが、珍しく歯切れが悪い。しかしそれも当然だった。なにしろマンションの隣に住む高校生に手を出し、子供まで設けたのだ。その母親に対して頭が上がらないのも無理はない。
とはいえ、駿介の両親は諸々の事実を伝えられた時、一言も里奈を責めなかった。自分たちは冴草里奈という人間を信頼しているし、息子もまた一時の感情で告白するような子供とは思っていない。当事者の2人が本気で愛し合っているなら、こちらも全力で応援する。そう宣言し、実際に母親は忙しい里奈に代わって孫の面倒を積極的に見ていた。
「……あ、そろそろ出ないと」
「っ!」
里奈が時計を見て呟くと、今度は駿介の顔が強張る。
今日の里奈の撮影は、『ドリーミィ・カプセル』と呼ばれるマシンの体験ドキュメンタリーだ。オファーを受けてネットで情報を調べたところ、かなり強烈な代物であることがわかった。ドリーミィと名がつく通り、そのマシンは女性を夢見心地にする。しかしそれはメルヘンチックな意味とは程遠い。一度『ドリーミィ・カプセル』の快感を知った女性はその味を忘れられず、夫や恋人を放置して足しげく店へ通うようになるという。ネットには、マシンに最愛の女性を“寝取られた”男達の怨嗟の声が渦巻いていた。
『まるでホスト狂いか、ドラッグの依存症ね。そんなに凄いのかしら』
青ざめる駿介の横で、里奈は興味深そうにそう呟いた。冴草里奈という女性は知識欲の塊だ。高学歴な才媛でありながらAVという世界に身を置いているのも、性への飽くなき探求心があればこそだ。そんな里奈が、『ドリーミィ・カプセル』に興味を示さないはずがなかった。予約殺到の店だけにAV撮影の日取りが決まるまでは数か月かかったが、里奈はずっとその日を心待ちにしていた。だからこそ駿介は行くなとは言えない。かといって、心配するなというのも無理な話だ。
「……里奈さん、待った」
駿介は椅子から立ち上がり、靴を履きかけの里奈を抱きしめる。そして、自然な流れで唇を奪った。
「ん……っ」
高校生とは思えぬほど巧みなキスだ。唇は生き物のように蠢き、口内に侵入した舌先は里奈の歯茎、舌の付け根、そして上あごの粘膜を丹念に舐めまわす。
「んんっ、んんんんっ……!!」
里奈はゾクゾクと身を震わせ、たまらずに駿介の胸を押しのける。唾液の糸を引きながら口が離れた時、里奈の頬は紅潮しきっていた。
「はあっ、はあっ……もう、シュンくんっ! キスだけでイカせるつもり!?」
「そうだよ? 出かける前にちゃんとマーキングしとかないと。『ドリーミィ・カプセル』だかなんだか知らないけど、機械なんかに僕の里奈さんは渡さない」
笑顔でそう言い放つ駿介。里奈は口元を拭い、やや悔しげにその顔を睨み上げる。
「あんのチビちゃんめぇ。ホント、やってくれるわ……!!」
外は日和も良く、朝から少し蒸し暑い。しかし里奈が手うちわで顔を扇ぐのは、また別の理由らしかった。
※
「よ、ようこそ、お待ちしてました」
事前にシミュレーションを重ねたにもかかわらず、宏尚は初めの挨拶を噛んだ。満を持して対面した本物の『冴草 里奈』に呑まれたからだ。AV業界のトップタレントだけに引き連れるスタッフの数も多く、大物感が増しているのもある。しかし何といっても、里奈本人の纏うオーラが一般人とは明らかに違った。
(……なんなの、この女……!?)
撮影陣を迎え入れた安西 翔子も、同じく舌を巻く。学生時代は学園のマドンナ、社会人になってからはスーパーモデルとして男の視線を釘付けにしてきた自分が、一瞬にして脇役に成り下がったのを感じる。ルックス云々の話ではない。もっと根本的な部分が違う。
「お忙しい中、お時間を頂き有難うございます。今日は色々と勉強をさせていただきます!」
カリスマAV女優は、そう言って恭しく頭を下げた。場慣れしているがゆえの社交辞令に違いない。実際には擦れた人間で、撮影が終われば煙草をふかしながら「生意気なガキ共め」と陰口を叩くに決まっている。しかし里奈の人懐こい笑みを見ていると、本当にこちらを尊重してくれているのでは、という気分になってくる。
(ウラの業界に長く居座ってるだけはあるね。人誑しの女狐が)
早くも鼻の下を伸ばしているパートナーの後ろで、翔子は無表情のまま毒づいた。
「……なるほど、だから暗いカプセルの中でも肉眼に近いレベルで撮影ができるのね。スマホのアプリと似た感じに思えるけど、あっちは動きの激しい物の撮影は上手くいかないと聞いたわ」
「さすが、よくご存じですね。そこには勿論改良を加えていて……」
「……ああ、なるほど! 凄いわねぇ、よく考えられてるわ」
撮影の準備が整うまでの間、里奈は積極的に宏尚に話しかけた。システムに関する質問を次々に投げかけ、宏尚の答えに一喜一憂する。宏尚はそんな里奈の姿に見惚れた。自然とタメ口になっているが、不快感はない。むしろ距離を詰めてくれたことが嬉しくさえある。
(なんていうか……魅力の塊って感じの人だな)
宏尚は呆けた頭で思う。様々なものに興味を持ち、くるくると動く瞳は愛らしい。納得して頷く姿は理知的であり、ふとした瞬間に見せる表情は聖母のようだ。
こんな彼女の妊娠が公表された時、ファンの受けた衝撃は相当なものだった。芸能アイドルの熱愛報道すら凌ぐ反響があった。しかし冴草 里奈はアイドルではない。貪欲な彼女は妊娠さえプラスに捉え、妊婦物AVというジャンルに飛び込んだ。妊娠初期から出産間近な時期までに、各レーベルから発売された作品は実に22本。瑞々しくも妖艶なAVクイーンが腹部だけを歪に膨らませ、母乳を噴きながら絶頂するそれらの映像は、多くのファンに新しい扉を開かせた。
『完全にやられた。もう経産婦じゃないと抜けねえ』
『あれ見た後に19歳の処女喪失モノ観たけど、味のしないガムみたいだった』
里奈の非公式ファンサイトには、連日こうした感想が書き込まれていた。そして衝撃を受けたのはファンだけではない。カリスマ男優として業界内で里奈と双璧を為し、長らくのパートナーでもあった増谷準が、妊婦物作品を最後に里奈との共演NGを表明した。
『恥ずかしいハナシだけどさ。今さら完全に惚れちゃったんだよね、あの子に。男優ってあくまで役者だから、女優に入れ込んじゃダメなんだよ』
AV産業を黎明期から支え、現人神とまで呼ばれた増谷準。それを篭絡せしめた今の里奈は、名実共に最高のAV女優といえる。
「冴草さま。まもなく撮影の準備が整うとのことです」
翔子が事務的な口調で里奈を呼ぶ。
「分かったわ、ありがとう。店長さんも、色々教えてくれてありがとう!」
里奈は宏尚に満面の笑みを向ける。宏尚は一回りほども年上の相手を、思わず愛らしいと思った。
「あ、いえ! 里奈さんも、その、実験する側がこういう事言うのもアレなんですけど……頑張ってください!」
「ええ、AVクイーンの意地を見ていてちょうだい。……みんな、最高の映像を作るわよ!」
宏尚に改めて笑いかけ、プロの顔になってスタッフへ檄を飛ばす里奈。その姿を宏尚はボーッとした視線で追った。斜め前に立つ翔子の、苛立たしげな歯噛みにも気付かずに。
※
宏尚が初めて目にするアダルトビデオの撮影現場は、なんとも落ち着かないものだった。『ドリーミィ・カプセル』本体を映す三脚つきのカメラが2台、機械内部の映像を映し出すモニターの正面にもカメラが1台。他にもマイクを構えたスタッフや照明機材も存在するため、部屋が狭く感じる。普通の撮影ならばそこに男優まで加わるのだから、さぞや騒々しいことだろう。
そんな中で最初に行われたのは、予約特典用の動画撮影だった。
シャワーブースの戸を開け放ったまま、艶めかしく身体を洗う里奈を映したものが<店舗予約特典>。
風呂上りの里奈にM字開脚をさせ、クスコで開いたプレイ開始前の膣内状態を撮影したものが<WEB予約特典>。
この2つの撮影風景を見ているだけでも、宏尚は鼓動が早まった。笑みを湛えたまま羞恥プレイを強いられる里奈の姿が、実験動物のように思えた。これがよく知らない女性なら、純粋に興奮できたのかもしれない。だが今の宏尚は、客観視するには里奈に入れ込みすぎていた。里奈との絡みをNGにした増谷のように。
予約特典の撮影後、改めて里奈にメイクが施され、撮影用の紐パンツを着用させた上で、ようやく本番シーンの撮影が始まる。
「当店のコースには、S、A、B、Cの4コースがございます。Cは性経験なし~初心者様向け、Bはセックス経験10回以上を目安とした中級者様向け、Aは上級者という自負のある方向け。そしてSは、Aコースでもご満足いただけなかった超上級者様向けのスペシャルプランです。冴草さまはプロのAV女優とのことですので、コースはS、時間は最長の4時間コースとさせていただきます」
白衣を着た翔子が、淡々とコースの説明を行う。説明役ならば店長である宏尚こそが適任のはずだが、画面映えの関係で翔子が抜擢された。翔子もまた、高校の教師すら誑し込むほどの美貌の持ち主だ。視聴者にとっては眼福だろう。
「もう一点。アダルトビデオの撮影ではありますが、ドリーミィ・カプセルのモニタリングでもあるため、過剰に喘いだり身体を揺らしたりといった演技は不要です。……もっとも、そのうち演技などする余裕すらなくなるでしょうが」
翔子は真顔のまま解説を続けつつ、最後の一言で口の端を吊り上げる。そこには隠しきれないサドの気が滲み出ていた。
「自信満々ねぇ。いいわ、相手にとって不足なしよ」
里奈はにっこりと微笑み返す。悪意をまともに受け止めるほど幼稚ではない。だがその余裕のある態度は、翔子にとっては面白くないだろう。
「では、始めさせていただきます」
翔子はそう言って、『ドリーミィ・カプセル』の正面にあるデスクに腰かけた。かつては機械の操作はリモコンで行っていたが、現在はプログラムも複雑化しているため、パソコン上の専用システムであらゆる動作を管理している。
翔子の指がキーボードを叩くと、卵型のカプセルの蓋が開いた。
「……っ!」
機械の中を覗いた里奈が、一瞬顔を強張らせる。大小様々なモニターと配線に囲まれたコクピットのような座席は、ほとんどの女性に馴染みがないものだ。そこに閉じ込められる未来を想像して、躊躇しない人間などほとんどいない。
しかし、そこは好奇心旺盛な冴草 里奈だ。たじろいだのはほんの一瞬で、次の瞬間にはふわりと宙を舞いながら機械内部に降り立っていた。乗り方ひとつにしても、これまでのモニターとは華が違う。
里奈がシートに腰かけた瞬間、翔子の指が躍る。その直後、シートが変形し、里奈の手足にも拘束具が取り付けられる。
「あいつ……!」
宏尚は眼を見開いた。
拘束の仕方は設定者……つまり翔子が自由に決められる。それが悪意に満ちていた。腕は両腋を晒す万歳のポーズ、脚は出産時のような大開脚だ。
「これはまた……随分と恥ずかしい格好させてくれるじゃない」
里奈は苦笑するが、AV撮影という目的を考えれば不適切とは言えない。それよりも気になるのは手足の拘束具だ。
(ずいぶん厳重ね)
腕や脚に食い込まないよう、内部にクッションはあるものの、巨漢に掴まれているような圧迫感がある。対象が激しく暴れることを想定した拘束だ。
「冴草さま。そのまま手足を動かしてみてください」
翔子がパソコン横のマイクに向かって告げる。その声は肉声でも聞こえるが、カプセル内部のスピーカーからも流れた。カプセルの密封後も、このスピーカーから指示が受け取れるようだ。
「んっ! く……っ!!」
里奈は指示通り、拘束された四肢を内に閉じようとする。しかし、ほとんど動かない。高負荷のペクトラルフライやヒップアダクターのように、少し動かすにもかなり力がいる。体型維持のためにジムで鍛えている里奈は、一般的な女性よりも筋力があるはずなのに。
「んっ……ガッチリ拘束されてるわね。ほとんど動けないわ」
そう言って一息ついた里奈は、目の前のモニターに緑色の表示が出ていることに気が付いた。英数字の『63』。乗り込んだ時にはなかった表示だ。
「お気づきになったようですね。その数字は『EP(エスケープポイント)』。平たく申し上げれば、手足をバタつかせて逃げようとする強さの指標です」
エスケープ。その言葉に里奈がピクッと反応する。逃げるというのは、里奈がもっとも嫌う言葉の一つだ。特定のジャンルで一流と呼ばれる人間が、押し並べてそうであるように。
そんな里奈の胸中を知ってか知らずか、翔子はマイクに向かって囁きつづける。
「冴草さまの測定値は63。これは63キロの強さで手足の拘束具が引っ張られたということです。参考までに申し上げれば、成人男性の背筋力が平均140キロ、トップアスリートでも200キロ台と言われています。ところが……絶頂して暴れている女性は、なんと300キロ台を記録することもままあるのです」
「へえ……火事場の馬鹿力ってやつね」
「その通りです。今回冴草さまには、このポイントを一定数以下に抑えるというチャレンジに挑んでいただきたく存じます。SコースをMAXの4時間体験された場合、一般的なお客様であれば平均して20万ポイント程度を記録されますから、冴草さまにはその半分以下……10万ポイント未満で耐えていただきます」
翔子の声色は、ここで明らかに笑いを孕んだ。事前の取り決め通りのルールではある。しかしこれがどれほど無謀な試みかは、宏尚や翔子にしかわからない。人間には限界がある。一日4リットルの水が必要な環境を2リットル以下の水で凌ぐことなど自殺行為だ。宏尚も一応その説明はしたが、この撮影を取り仕切る黒田という監督は、無茶なぐらいでいい、里奈がまた壁を超えられると笑っていた。
「では、冴草さま。カメラに向けて意気込みをどうぞ!」
翔子がコメントを求めると、里奈はにこりと笑みを作る。宏尚にとっては見慣れた綺麗な笑顔だが、彼女の様々な素顔を知った後ならば、それが繕われた外向けの笑みであることがよくわかった。
「冴草 里奈よ。このマシンはどんな女でも狂わせるって触れ込みだけど、プロの誇りにかけて耐えきってみせるわ!」
※
蓋が閉じられると、カプセル内部は棺か石牢かという雰囲気に変わる。宏尚曰く、希望すれば日焼けマシンのようにライトアップすることも可能らしいが。
「入り心地は如何ですかー?」
カプセル下方のマイクから翔子の声がする。今やそれが唯一の外界との繋がりだ。
「うーん、少し怖いわね。暗くて計器の光ぐらいしか見えないし、何より密閉されてるから圧迫感があるわ。ある意味、快感に集中しやすい環境とも言えるけど……これ、ちゃんと私の姿映ってるの?」
「はい。冴草さまは現在、向かって右側のモニターをご覧になっておられますよね?」
翔子の言葉通り、里奈の動きはしっかりと把握されているようだ。
アームの駆動音が響き、頭にカチューシャ状の何かが取り付けられた。
「当店オリジナルの脳波測定器です。常に被験者の脳波を探り、時にはエクスタシーへの最短経路を弾き出し、時には絶頂の際で刺激を遮断します。また、対象が絶頂状態を検知して発光する機能もございます。冴草さまが絶頂しておられない今は黒色ですが、絶頂へ近づくほどに鮮やかな赤へと変わっていき、深い絶頂状態となれば散光式警光灯……いわゆるパトランプのような眩い赤となります。映像をご覧の方は、ぜひ頭の測定器にもご注目ください」
淡々とした解説に、キーボードを叩く音が重なる。次の責めの合図だ。
『 リンパ マッサージ 』
正面上部のメッセージウィンドウにそのカナ文字が出力され、同時に機械音声が流れた。その直後、里奈の太腿の付け根付近に大量の電気パッドが取り付けられる。
「あっ」
ヒヤリとしたその感触に、里奈は思わず声を上げた。直後にパッドを通して電気刺激が与えられると、やはり声が出てしまう。
「如何ですか、冴草さま?」
「んっ、ビリビリするわ。筋肉が勝手に動いちゃう感じ……」
「下半身を電気で刺激し、血流を良くすることでオーガズムを迎えやすくします。膣分泌液の量も増えるようです」
翔子の解説の最中にも、里奈の太腿は意に反して強張り続けていた。最初こそむず痒さが勝っていたものの、次第に太腿全体にじんわりとした熱さが生まれはじめる。
「んっ……。これは、中々のテクニシャンね」
ピクッ、ピクッ、と太腿が反応する中、里奈は顔が綻んでいくのを感じた。小さな電気パッドによる刺激は、小人が一生懸命に凝りをほぐしてくれているようだ。
「上手い上手い。偉いぞー」
里奈はパッドに向けて囁く。マイクに拾われない程度に囁いたつもりだったが、あらゆる音を逃さない高性能な集音マイクは、その囁きをしっかり外部へと発信した。
「ふふっ」
カリスマ女優らしからぬ愛らしい行動に、スタッフから笑みがこぼれる。宏尚も思わず破顔した。そんな空気の中で、翔子だけはあざといとも取れる里奈の行動に鼻白む。
「ああ冴草さま、申し訳ございません。せっかくのSコースだというのに、ついソフトな前戯から始めてしまいました。改めてSコースの責めをご堪能ください」
その言葉の直後、里奈の足の間に台座がせり上がってくる。角度がやや鈍角、かつ背の丸い三角木馬という風だ。股割りの危険はなさそうだが、それはショーツ越しにしっかりと股座へ食い込んだ後も上昇を続ける。脚がピンと伸び切り、足首の拘束具が下に引かれてもなお止まらない。
「ぐっ、うっ……!」
爪先立ちでも足先がカプセル底部につかなくなり、完全に宙へ浮く形となったところで、ようやく台座は上昇を止めた。
「く……」
里奈は股間の痛みに唇を結ぶ。だが直後、台座が強烈に振動を始めれば、すぐに我慢は利かなくなった。
「あああああっ!!」
刺激は強烈だった。クリトリスと割れ目すべてに電気マッサージ器……いわゆる『電マ』を押し当てられているようだ。普通であればたちまち感覚が麻痺しそうなものだが、ショーツ越しというのが絶妙だった。薄い布を噛ませることで刺激はやわらぎ、同時に快感は布を伝って広く伝播する。ショーツに覆われている場所……デルタゾーンや臀部にまで。
「ご覧ください皆さま。冴草さまの脳波測定器がピンク色に変色しているのがお分かりでしょうか。明確な絶頂には至っていないものの、着実にそこへ近づいているという証明です」
翔子の声が高らかに響く。自信に溢れたあの声色がウソだとは思えない。他人には里奈の絶頂度合いが見えているのだろう。しかし、当事者である里奈だけがカチューシャの色を視認できない。それがもどかしい。
「くうう、うっ……!!」
振動が始まってから、5秒で陰唇が痙攣しはじめた。10秒でショーツが濡れているのを自覚し、20秒で内腿にまで愛液が垂れるのを感じた。そして間もなく30秒を迎えようという今、陰唇からはじまる戦慄きは内腿にまで伝播し、愛液はどぷどぷと吐かれつづけて台座の斜面を流れ落ちていく。
「うーん……測定器の色が点滅していて、絶頂しているのかその間際なのかハッキリしませんね」
その翔子の言葉に、キーボードの打鍵音が続く。直後、里奈の両足首の拘束具が下に下がりはじめた。木馬の背はいよいよ食い込み、濡れたショーツを膣内に押し込みながら性器全体をぐちゅりと潰す。
「はぐううううっ!!!」
数百本のアダルトビデオに出演した身といえど、局部の一点にここまで負荷を受けた経験はほとんどない。
(さすがは最上級コース、まるで拷問ね……!)
里奈は唇を噛み締めながら思う。
拷問というのは言い得て妙だ 機械の中は狭く、暗く、地下牢か何かを思わせる。匂いが籠もるのも無視できない問題だ。汗の匂いと愛液の匂いが混ざり合い、メスの匂いとでもいうべきものになっている。
(心の弱い子なら病みかねないわ、こんな状況)
そうも思うが、すぐにその考えの馬鹿らしさに気付く。心の弱い娘がこんなコースを選ぶはずもない。これを選ぶような人間はよほどの好き者だ。
本来であれば、里奈もこうした刺激を堪能するのは吝かでない。しかしそれは、悦びを素直に発露できればの話。今それはできない。EP(エスケープポイント)という制約があるからだ。
「はあっ、はあっ、はあっ……あイク、イッく、イクッッ……!!」
里奈は喘ぎながら絶頂を宣言する。見ている人間に絶頂をアピールするAV仕草だ。
「冴草さま? 過剰な演出は不要とお伝えしたはずですが。冴草さまが絶頂されているのは脳波測定器の赤さでハッキリと解りますので、口頭での追加報告は不要です」
翔子の嗜めがユーモラスな空気を作ったのか、撮影スタッフの笑い声がスピーカー越しに聴こえてくる。
「……わかったわ」
里奈は声を抑えようとした。しかし、長年の習慣はそう簡単には変えらない。
「あ゛イグ、イグッ!!」
『電マ』系列の刺激にたまらず絶頂し、その事実をマイクに伝える。
「冴草さまー?」
待っていたとばかりに呼びかけられる。だが今の里奈には、それを恥じる余裕すらなかった。
(く、苦しい……! 電マでこんなにイカされちゃ、息ができないわ……!!)
強烈な刺激で立て続けに絶頂させられ、腹筋が異常に力んでいる。その苦しさを和らげるために手足をひきつける動きをすると、その度に真正面の英数字が増えていく。
『581』
『657』
『738』
力むたびにこの調子でEPが増えていくものだから、里奈は手足をなるべく脱力させているしかない。そして勿論そうなれば、逃げたくなるほどの刺激を性器だけで受け止める結果となってしまう。
そんな地獄がいったい何分続いただろう。酸欠で嘔吐感を覚え、視界が狭まりはじめた頃、ようやく台座の振動が少し弱まる。
「……ぶはっ、はあっ!はあっ!はあっ!!」
里奈は溜めていた息を吐き出し、激しく酸素を求める。久々に水面から顔を出せたような気持ちだ。
しかし、休憩が長く続かないことも里奈は理解していた。またしてもキーボードの打鍵音が響き、宙吊りになった身体の左右側面から何かが迫る。
まずは、電極。吸盤のついた電極が乳房の各部に吸い付き、電気マッサージの要領で揉みほぐしてくる。 太腿のそれと同様、この刺激も緻密に計算されつくしており、プロの男優が行う愛撫と何ら遜色がない。
「如何ですか、冴草さま。このマシンの乳腺開発は気持ちいいでしょう」
「そ、そうね……こっちも中々のテクニシャンだわ」
「嬉しいお言葉でございます。ですが、本番はここからですよ」
翔子の声に続き、今度は胸の先に“何か”が近づいてくる。
「え? 何……!?」
幾度もの絶頂で屹立した乳頭。そこに取りついたものは、肉眼では捉えられない。髪の毛の1/20の細さしかない端子が無数に乳頭に取り付き、乳腺へと入り込む。
「んああっ!? な、なにこれ……!?」
人力を超えた未経験の乳腺マッサージは、AVクイーンから不安げな悲鳴を絞り出した。
「胸の中を直接揉まれているようでしょう? 実は私もこのサロンに初めてきた時、それを体験したんです。よくわからない感覚なのに信じられないぐらい気持ちよくて、泣きたくなりました。あの頃の私でもそうなんですから、出産をご経験されている冴草さまなら、もっと気持ちがよろしいんでしょうねぇ」
翔子は昔を懐かしみながらクスリと笑う。しかし、里奈は笑うどころではない。電極によるマッサージと直接的な乳腺開発の相乗効果で、母乳がぶしゅぶしゅと飛沫いている。しかもそれが気持ちいい。肩まで震え上がるほどに。
「くふうぅンっ……!!」
下唇に歯を立て、未曽有の快感に耐える里奈。しかし翔子がそんな状態を許すはずもなかった。
「母乳が出る方には、こういったサービスも行っております」
おそらくはカメラに向かってそう言うと、里奈の乳頭に取りついた端子を抜き去り、入れ替わりに透明な搾乳器を取り付ける。
「!!」
未来を予見した里奈が覚悟を決めるよりも一瞬早く、吸引が始まった。諸々の刺激で屹立しきった乳頭がさらに引き延ばされ、どぷどぷと母乳を噴きだしはじめる。
「くああああっ!!」
搾乳のもたらす快感はあまりにも甘く、里奈は仰け反りながら絶叫する。そう、この刺激は甘い。脳髄にまで染みるような危険な甘さだ。
(なにこれ、こんなの知らない……! これ、さっきの刺激より……っ!!)
口を開閉させて涎を止めつつ、涙さえ滲む目で前方を見やり……里奈は目を疑った。
『2502』
モニターの英数字が、文字通り桁違いに増えている。何故? そう考えかけ、直後に答えは出た。
左右の乳頭が吸引されると同時に、頭上でガシャンと音が鳴る。そして直後、モニターの数字が『2687』に変わる。その差185キロ。トップアスリートの背筋力に匹敵するほどのEPが叩き出されてしまっている。先ほどの『電マ』責めよりも苦しくはないのに。
いや、だからこそだ。人間は苦痛ではなく、快楽でこそ堕落する。この甘すぎる刺激は、いともあっさりと人間の自制心を壊すのだ。
「ああだめ、どんどん出てるっ! ゆ、ユウくんのミルクがっ……!!」
里奈は首を振って叫びながら、なんとか手足に力を籠める。そうすればかろうじてEPの増加は緩やかにできた。だがそんなものは一時凌ぎだ。翔子がその気になれば、好きなように里奈を追い込める。たとえばそう、このタイミングで股座の台座を再び振動させれば……。
「ふぐっ!? あ、は……はああああああっ!!!」
驚愕、そして焦り。ベテランのAV女優といえど、この状況下では生の声を上げるしかない。上半身を仰け反らせ、下半身を痙攣させながら。
「はーっ……、はーっ……、はーっ……はーーっ……」
ようやく台座責めから解放された頃、里奈は気を失う一歩手前の状態だった。目は虚ろで、鼻と口からは汁が垂れ、全身が汗で濡れ光っている。木馬の背でいじめ抜かれたショーツは完全に透けて、割れ目の形が浮き彫りになっていた。
「如何でしたか、冴草さま?」
「…………気持ち……よかったわ…………」
性感マシンのモニター役としてそう答えはするものの、里奈はどこか悔しそうだ。血の通わない機械に無理矢理イカされるなど、AV女優としてのプライドが許さないのだろう。しかし諸々の痴態を見られた以上、否定するのも滑稽だ。
「それは良うございました」
かつて『ドリーミィ・カプセル』の責めを受けた翔子には、里奈の悔しさも苦しさもよく解る。解るからこそ、ほくそ笑む。彼女はけして褒められた性格をしていない。
「では、次に参りましょうか」
※
2本のアームが、器用に里奈の下着を取り去った。
「本格的な責めへ移る前に、腸内洗浄を行います。いかに経験豊富なご職業の方といえど、ここからの責めを受ければ粗相をされる可能性があるためです」
翔子のその宣言通り、上部モニターには『 カンチョウエキ チュウニュウ 』 のカナ表示がされた。 それと同時に、拘束された里奈の肛門へとノズルが近づき、先端を突き刺してくる。
「以前はゼリーを塗布してから浣腸液注入ノズルを挿入していましたが、ノズルの先を哺乳瓶の飲み口のように改良した結果、ゼリー無しでのスムーズな挿入が可能となりました」
どこか懐かしむような声色で、翔子が解説を加える。
(哺乳瓶か。朝授乳してきた私が、今度はお尻から何かを飲まされるだなんて、変な因果ね)
里奈はそんな事を思って苦笑するが、すぐにそれどころではなくなった。
「え? 何なのこれ……!?」
腸に入ってくるものが、一般的なグリセリン溶液とは明らかに違う。にゅるにゅるとしたゼリー状であり、それが腸粘膜へ触れると、強い酒でも煽ったようにカアッと熱くなる。
「凄いでしょう。塩化マグネシウムとグリセリンを混ぜて作ったゼリーです」
「塩化マグネシウム……?」
「ええ。AV業界に長くいらっしゃるなら、『ドナン浣腸』ってご存じありません?」
翔子のその言葉に、里奈が目を見開いた。
年の行った緊縛師から、噂話として聞かされたことがある。ドナン浣腸──かつては重度の便秘患者に対し、便秘治療薬として使われていたという最強の浣腸だ。だがその効果が強烈すぎるあまり、泣きを入れる患者が続出したことで使用禁止になったのだという。浣腸をするという流れは聞いていたが、まさかそんな代物を持ち出してこようとは。
しかも、その注入量がまた多い。
「うそ、まだ入ってくるの!? お腹が膨れちゃうわ!」
里奈が不安がるのも無理はない。事実、細くくびれていた彼女のウエストは、明らかに起伏がなくなっている。
呆れるほどの量が注がれた頃、ようやく薬液タンクが閉まる音がし、モニターの表示が切り替わった。
『 シバラク オマチクダサイ ...About 20 minutes. 』
「にじゅ……っ!?」
里奈の表情が引き攣る。この浣腸を20分も耐えろというのか。
「おい、その設定はさすがに無茶だろ!」
見かねた宏尚が声を上げる。20分間の我慢など、グリセリン溶液でさえ無理のある設定だ。それをドナンで、しかも量を入れてとなれば刺激が強すぎる。しかし翔子は、そんな宏尚の非難を涼しい顔で受け止めた。
「なにを言ってるんですか、店長。これはSコースですよ? 上級者向けのAコースですら物足りないとおっしゃる変態の方用のコースじゃないですか。手加減なんて有り得ません。ましてや、『AVクイーン』とまで呼ばれる女性に」
AVクイーン。その部分に特に力を籠めて力説する。そういう言い方をされれば、里奈も引けない。
「……ええ、遠慮なんていらないわ。どんな事されたって耐えきってみせるから」
不敵な笑みを浮かべたまま、そう啖呵を切ってみせる。
しかし実際のところ、勝ち目の薄い勝負だった。
「…………ッくんんっ!!」
強烈な腹鳴りを伴う便意に、里奈は唇を噛んで耐える。かろうじて波を乗り切れた。だがもう数秒もすれば、次はもっと大きな波が来る。これまでもずっとそうだったように。
「冴草さま。今どんな感じか、“プロとして”解説していただけませんか?」
プロとして。その言葉を強調しながら、翔子が煽る。
「はーっ、はーっ……こ、これは……凄いわ。ええと、まず、そうね。とにかくうんちがしたくて堪らないの。体中から嫌な汗が噴き出して、なのに凍えるみたいに震えちゃって。特に脚なんかもう……ンッ! あ、ちょっと待っ、ごめんあさ……ん、んんッ……ふゥんんんんッ!!!」
必死に考えを纏めながら、律儀に状況を語る里奈。だがその最中にも便意が襲ってくる。ダンサーのように見事な腹部が脈打ち、万歳の形で拘束された腕には力瘤が盛り上がり、足は片方ずつ爪先立ちを繰り返す。おそらくは観る者すべてに経験があるだろう、『便意に耐える』生々しい動き。
「っぶはっ! はぁッ、はぁッ……ご、ごめんなさい。今ちょっと、“波”が来ちゃって。この波を乗り切るのも大変なのよね、はぁっ、疲れたわ。あはは」
重い空気になりすぎないよう、軽いノリで笑うのもAV女優の仕事だ。だがその表情はすぐに真剣なものに戻り、悪夢のリポートを続ける。
「……ええと、どこまで話したかしら。ああそう、身体が震えちゃうのよね。ほら見て、膝がもうガクガク。とにかく、便意が強くてね。お腹の中も、煮え滾ったマグマが渦巻いてるみたいよ。お尻がずっとヒクヒクしてて、勝手に開きそうになるけど、んっ……栓のせいで、出せないの……ッ!! このコースを選ぶ子はきっと、プレイの要望を出せると思うけど、このドナン浣腸の選択は慎重になった方がいいわ。私のこの映像を、どうか参考にして! 生半可な気持ちで選ぶと、こっ、後悔するわよ……っ!」
里奈はかろうじてそこまで言いきり、唇に深々と歯を立てた。ぐぐぐ、と顎が浮いたかと思えば、こめかみの汗が首にまで流れ、泡まみれの涎がそれを追う。
今まさに地獄にいる里奈の言動は、いずれも生々しく切実だ。
浣腸液の催便作用はあまりにも強烈だった。グリセリン単体によって引き起こされる蠕動運動など比ではない。意思とは無関係に肛門が捲れかえり、腸内の異物を一刻も早く吐き出そうとする。にもかかわらず、変形した注入ノズルはがっぷりと肛門の内外に食らいついて外れない。
「ふふふ、大変リアリティのある解説でした。有難うございます」
翔子は苦悶する里奈を安全圏から眺めつつ、自分の過去を思い出していた。
『はっ、はっ……何よ、これっ…………全然、抜け……な……い…………!! うんち、したいのに…………これのせいで、でな…………!!!』
腹を鳴らし、呼吸を乱し、喉をすり抜けるような甲高い呻きを漏らしながら、解放されることのない苦しみに身悶えた。しかもその苦悶を外の宏尚に楽しまれていたものだから、本当に耐え難い屈辱だった。
そう、これは自分も通った道だ。自分にあれだけの恥辱を与えた宏尚に、今さらストップをかける権利などあろうはずがない。むしろああして止めようとした罰として、もっとこの女を追い込んでやろう。翔子はそうほくそ笑み、キーボードを叩く。すると、カプセルの中から「ぐうっ」とうめき声がした。
翔子の咥えた設定は、肛門栓であるノズルの振動。限界ギリギリの肛門に対し、この振動はあまりにも辛い。
「如何です? 肛門栓の振動がすごく気持ちいいでしょう? その刺激だけで達してしまわれるお客様もおられるんですよ」
翔子が白々しく言葉をかける。よほど設定のきつさに自信があるらしい。
「…………そうね、最高だわ」
里奈が珍しく嫌味で返すと、翔子も陰湿に笑った。
「最高は言い過ぎかと。排泄管理の快感には、更に上の段階がいくつも存在するのですから」
里奈の指がキーボードの上を滑る。
『 膣内 マッサージ 』
上部モニターにその表示が表れ、マシン内部でアームが動きだす。アームは里奈の目の前で止まり、細いバイブが束になったアタッチメント部分を見せつけた。
「な……っ!」
里奈は息を呑む。絡み合ったバイブが別方向にウネウネと蠢く様は、ファンタジー世界の触手さながらだ。刺激の種類がイメージできない。人間の指ともペニスとも明らかに違うのは確かだが。
「如何です、冴草さま? 今からこれを貴女の膣に挿入して、じっくりとほぐして差し上げます。ドナン浣腸を我慢しながらの膣責めは皆さん大層悦ばれて、大量に潮をお噴きになるんですよ」
翔子のこの宣言には、責め苦の宣告以外にも意味がある。他の人間も耐えたんだから泣き言を言うな……そういう仄めかしだ。
「そう、楽しみね」
里奈の反応は、半ば強いられたものだった。そんな里奈の前で、アームはゆっくりと下降し、無防備に開かれた秘裂へと入り込む。
「はあ゛っ!!」
里奈が目を見開いた。極限の便意に晒され、肛門に全神経を集中させねばならない今、膣への刺激はあまりにまずい。顔だけを庇って腹がノーガードになったボクサーが、ボディブローをまともに喰らうようなものだ。しかも翔子の選択したボディブローは、軽い一撃などでは断じてない。相手が備えていたとしてもダウンをもぎ取れるような、必殺の一撃だ。
「あっ、あ……!? こっ、これ、まさか、全部一気に……っ!?」
アタッチメントが動きはじめた直後、里奈はこう叫んだ。余裕がないゆえに不十分な言葉だが、宏尚と翔子にはその意味が瞬時に理解できた。
「さあ冴草さま。今どのようなご状況なのか、今一度リポートをお願いいたします」
「い、今……はあああそこっ!! あああ裏も……あきゅうっ!! はッはッはッ……これ、これは、そんな、信じられな……くああああっ!!」
翔子はあえて里奈自身での解説を促すが、里奈は激しく見悶えながら、奇声と支離滅裂な発言を繰り返すばかりだ。
「冴草さまー?」
翔子は改めて呼びかけ、里奈が答えられない状態だと証明しつつ、やれやれと首を振る。
「どうやら、リポートの余裕はないようです」
翔子にとってはわかりきった結果だった。ドナン浣腸とあの極悪アタッチメントの併用……それが対象からあらゆる余裕を奪い去ることは、彼女自身が誰よりよく知っている。
監督の指示を受け、ここでカメラの一台が翔子の方を向いた。事前の取り決めで、カメラが向いている時には翔子が機械の解説を行うことになっている。
「女性の膣内には数多くの性感スポットが存在します。最も有名な『Gスポット』を基準にお話しすると、少し奥にある『アダムGスポット』、真裏にある『裏Gスポット』、その奥側の『Kスポット』、膣奥上側の『Hスポット』……比較的知名度が高いものはこの辺りですが、実際にはそれ以外にも感じる場所は様々に存在するのです。あのアタッチメントは、それらの性感帯を同時に刺激します。その結果……」
翔子はそこで言葉を切り、カメラにカプセル内部の映像を追わせる。
「ああぁぁあぁ感じる、感じちゃうっ!! 奥でも、下でも、はぁう……うん、あああ我慢できなっ……んはぁあうあううっ!?」
そこには悲鳴に近い声を上げながら、ヘコヘコと腰を上下させる惨めなAVクイーンの姿があった。頭頂部のカチューシャは秒以下の間隔で濃い赤と淡いピンクの明滅を繰り返している。
「ご覧いただいた通り、“ああ”なります」
翔子は憎らしいほどの澄まし声でそう告げ、カメラの注意を再度自分に向けさせる。
「あのアタッチメントは、複数名の女性にご協力いただきながら改良を重ねて参りました。より的確に、より無慈悲に、膣の性感スポットを虐め抜けるよう」
翔子の言葉に嘘はない。しかし彼女は意図的に事実を隠した。他人事のように語ってはいるが、最も積極的にアタッチメントのモニターとなったのは翔子自身だ。機械特有の無慈悲さで膣内のスポットを徹底的に責め抜かれ、何千回と絶頂を繰り返した。失禁は勿論したし、失神と覚醒を繰り返しもした。
『ウオオォーーーーーッ!!!!』
手足の拘束具を鳴らし、エビのように仰け反りながら、若い女が絶対に発するべきでない獣のような叫びを上げ、記録係である宏尚に爆笑されたこともある。
それでも翔子は、妥協なくマシンの性能向上に勤しんだ。それも偏にサディズムゆえだ。どうせ一度は恥を掻いた身ならば、掻きっぱなしでいるのは損でしかない。いつか他の女にも、自分以上の恥を掻かせてやろう。その一心で恥辱の塗り重ねに耐えた。
(踊れ踊れ、淫乱年増のAVクイーン! 聖母だなんだと持て囃されてる、その化けの皮を剥いでやるからさあ!!)
翔子は内心で悪魔の笑みを浮かべ、しかし表面上はあくまで無表情にキーボードを叩き続ける。そしてそのタイピングの一つ一つが、里奈をより窮地へと追い詰めていく。
「ふぉおおおぅおっっ!?」
今までの撮影で出したことのない声。それと共に、里奈は潮を噴き散らす。そうなるのも無理はない。そうなるための条件が整いすぎている。
まずは、何といってもドナン浣腸だ。あまりにも強い便意に、全身から脂汗が噴きだし、膝が笑う。思考力も含めてあらゆる余裕を奪い去られるため、これ単体でも相当につらい。
しかもこの浣腸は、ただ便意を催させるだけに留まらなかった。熱い。腸内を爛れさせるような熱さが、じわじわと粘膜の内部に浸透し、気付けば膣にまで影響している。膣にアタッチメントが挿入される前の時点で、膣内部はトロトロに蕩け、喘ぐように開閉を繰り返していた。
そこへきてのこの膣責めだ。膣内の複数スポットを、シリコン製のバイブが的確に責め立てる。こんな真似は、世界最高の技術を持つと言われる『ゴッドハンド』増谷準ですら成しえない。まさに機械にしか実現できない悪夢の責めだ。
「ふふふ……意地が悪いわねぇ。女が我慢できないように、効率よく女を壊せるように、計算され尽くしてる。こんなの……」
そこまで言葉に出し、そこで里奈はハッと我に返った。次に自分は、何を口にしようとしているのか。
『こんなの、もう耐えられない』?
まさか。AV業界の代表として、そんな言葉を軽々しく口にできるものか。耐える。耐え抜いてみせる。意地でも。
「こんなの……何でしょう、冴草さま? こんな凄いの初めて、という意味でしょうか?」
翔子はそう言いながら、キーボードで指示を出す。アタッチメントの位置はそのまま、バイブレーションを『強』に。
「あは、はかっ……! は、激しっ……あイク、イクイクっ!!」
ヘコヘコと上下していた里奈の腰が、ガクンガクンと大きく揺れはじめる。腹部からは雷轟のような音が轟き、膝はいよいよ笑いはじめる。誰の目にも明らかな限界だ。
「如何です、冴草さま? こんなのは初めて?」
翔子は、余裕をなくした里奈に囁きかける。その言葉はするりと里奈の脳へ入り込み、幼児のように同じ言葉を反復させる。
「こ、こんなの初めてっ、こんなの知らないわっ!! あ、あ゛あ゛あ゛っ……あオおおおおっ!!!」
里奈は仰け反りながら絶頂する。頭のカチューシャが鮮やかに光り、秘裂からは視認できるレベルの潮がびゅっ、びゅっと二回飛ぶ。響いた悲鳴は獣のそれだ。経験値の差か、あるいは人柄の差か。かつて翔子が上げた叫びよりは幾分人間寄りではあるものの、麗しいと形容される女性が出すべき声では断じてない。
「すっげぇアクメだな……」
「ああ。あそこまでなんのって初めてじゃね? 少なくともオレの入った現場じゃ無かったわ」
男のスタッフは小声で囁き合い、監督の黒田も口を窄めて驚いている。宏尚もまたモニターから目を離せない。
里奈の絶頂は男性陣に驚きをもたらしたが、最も心躍ったのは翔子だ。
(アハハハ、最ッ高! あの女イジメんの、めっちゃ楽しい! さて、浣腸の残り時間は……っと、よーしよし、まだ9分もあるじゃん)
心の中で存分に素のしゃべりを発した後、翔子は能面顔を繕い直す。
「ご堪能いただけているようで何よりです。まだ浣腸の残り時間もございますので、もう一段階上の快楽をお楽しみください」
その言葉で、里奈の視線が上を向き、凍りつく。
(可愛い顔でちゅねー、里奈ちゃん。やっと時間を思い出した? こんだけやってようやく折り返しとか、マジかーって感じだよね。でもこっからの時間は、一秒がもっと長く感じるよー。さすがのあたしも、コレいっぺんに受けるのはゴメンだな。ウザイ他人にしかやれないよ、こんな無茶苦茶な同時責め)
内心でほくそ笑みながら、追加の設定を終える翔子。態度こそ淡々としているが、決定ボタンを押し込む強さに感情が滲み出ていた。
(あいつ完全にハイになってんな。つか、この上でまだ何か追加すんのか? マジで里奈さん、ぶっ壊れるんじゃ……)
部屋の隅で見守るしかない宏尚は、不安から爪を噛む。カプセル内から悲鳴が上がったのは、その直後だった。
「うそ、そんな! このタイミングで……!?」
里奈の声色には余裕がない。何が起きているのかとモニターを見れば、状況は一目瞭然だった。
尿道だ。尿道開発用のマドラーのようなアタッチメントが、真正面から里奈の割れ目の上部に送り込まれている。
「凄いでしょう、冴草さま。さあ、感想をどうぞ」
翔子は女狐だ。内心はどうあれ、抑揚の乏しい事務的な喋りを崩さない。
(いくら一番きついコースだからって、こんな! 他人事だからって滅茶苦茶やってるわね、あの子……!)
悪感情をなるべく排すようにしている里奈でも、さすがに翔子の悪意には閉口した。ただ、アダルトビデオの撮影とはプロレスのようなものだ。責めがハードであればあるほど、それを堪えきった時に観る者を沸かせられる。だからこそ流れ次第で多少の無茶は飲むし、それから逃げてはいけない。弱音も極力控えるべきだ。
ただ、そうは言っても肉体の反射までは殺しきれない。
「おほっ!」
尿道に深く器具が入り込めば、自然と口が窄んで声が出る。ハードコア女優としても名を馳せる里奈にとって、尿道責めも初めてではない。が、ここまで別に危険因子のある状況となれば、ろくに受ける覚悟すら固められない。
「はぁ、う……っ、うはっ……はあ、は……っあ、んはっ…………」
尿道姦は、アナルセックス以上に『異質』だ。絶対に使ってはいけない場所を犯されている──その事実にまず脳がパニックを起こし、口がパクパクと開く。視線は尿道付近に釘付けとなり、抜き差しされる棒と噴き出す尿だけが視界で動く。
「良い顔をなさっておいでですね、冴草さま。お加減は如何ですか?」
もはや定番となった翔子の呼びかけに、里奈は歯を食いしばってから笑みを作る。
「んんんっ……なんだか、感動すらしているわ。排泄管理されながらだと、ここまで違うのね。正直、初めて尿道開発された時より余裕がないわ。お尻に意識を向けてると、尿道が無防備になっちゃうし。尿道責めを堪えようとしたら、うんちが我慢できない。おまけに、んっ……膣もまだ刺激されてるから……あははは、頭ぐちゃぐちゃ……!」
人懐こい笑顔で、あくまでバラエティの空気を作ろうとする里奈。だがその和やかさとは裏腹に、下半身の様相はシリアスそのものだ。
下腹部は狂ったように蠢き、ぎゅるるるる、ぐぎゅるるるる、という腹を下した時の音を鳴り響かせている。がに股に開いた脚は限界まで力み、凍えるように痙攣を繰り返している。
(わかるよー、里奈ちゃん。尿道責めって凄いし怖いんだよねぇ)
モニターを横目に見ながら、翔子は内心でほくそ笑む。
『何よこれ、そこ、おしっこの穴じゃない! やめてよっ、垂れ流しになっちゃう!! あ、敦美の言ってた通り、これ、すごい深くまで……来る…………。』『…………やだ、もぉ…………なんで、感じるの…………おしっこ漏れてるのに、何でそれが、いいの…………?』
宏尚から散々見せられた初プレイ時の映像では、翔子は泣きべそを掻きながらも快感に酔っていた。耐え難い醜態だ。
とはいえ、快感を得るのも無理からぬことだった。翔子が来店した当時から、マシンの尿道責めはハイレベルだった。ノズルは尿道への抜き差しに無理のないよう設計されている。その球状の先端部からは定期的に鎮痛剤が奥へ浴びせられ、痛みを和らげると共に擬似排尿を強いる。そして抜き差しの動きそのものも、快感を得やすいように計算されたものだ。
それを踏まえてSコースとしての苛烈さを演出するなら、異物を詰めて排泄させるのも悪くないが、やはり責め具自体を強化するのが一番良い。
「そろそろ慣れてこられたと思いますので、バイブを変更させていただきます」
翔子はそう言ってキーボードを叩き、マドラー状のバイブを引き抜く。そして入れ替わる形で、数種類の尿道バイブを喘ぐ里奈の視界に晒した。凹凸のついたもの、螺旋状にねじれたもの、イボのついたもの……それぞれ特徴的なバイブを見せつけた上で、最後にある一本を選択する。幹の太さは親指ほどもあり、先端にはさらに二周り大きい円錐形の傘がついた、もっとも凶悪な尿道バイブだ。
いきなり突っ込めば尿道が傷つきかねないサイズだが、細い一本で慣らした後ならばどうにか“入ってしまう”。それは翔子自身の身体で実験済みだ。
「…………ステキね」
汗だくの里奈の顔に、さらに一筋汗が伝う。
直前の尿道責めの余韻か、あるいは膣内のスポットを刺激されているせいか。彼女の尿道は喘ぐように開閉していた。そこにバイブの先が宛がわれ、一息に押し込まれる。
「ほぉっ、お、ぉっ、おっ、おおっ…………!!」
興味深いことに、挿入時の反応は翔子のそれと完全に一致していた。目を見開き、口を尖らせたまま、『お』行で細切れに喘ぐ。バイブの太さのせいか、形状のせいか。いずれにせよ、誰でも似たような反応をしてしまうようだ。
(やめてよ。シンパシー感じちゃうじゃない)
翔子は心の中でそう思う。しかし、だからとて責めの手は緩めない。疎ましければ疎ましいなりに、可愛ければ可愛いなりに、いずれにせよ責めて平伏させる。それが安西 翔子という人間の性だ。
ピストンのルートと速度を細かに設定する翔子。被験者を追い詰めるならAI任せでも充分だが、それでは妙味に欠けるというものだ。
安西 翔子の指が軽やかに決定ボタンを押した瞬間、冴草 里奈のさらなる地獄が始まった。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……!!」
親指サイズのバイブが尿道へ出入りするたび、『あ』という声が絞り出される。感覚としては搾乳の時に近い。尿道を引きずり出されそうな感覚の中、意思とは無関係に尿が噴きだしていく。
S級女優の断続的な失禁は、それだけで衝撃映像だろう。だがモニターの映像にはもう一つ異変が映っているはずだ。表面上はただ一ヶ所だけお預けを喰らっているはずのクリトリスが、硬く屹立しているという事実が。
「冴草さま、クリトリスが勃起しておいでですね」
翔子はやはり勃起の事実を見逃さない。その上で体の変化に話を振るのは、状況をリポートしろというメッセージだ。
「はっ、はっ……ええ。クリトリスは、表面に見えているのはほんの一部で、大部分は内側に根を張っているの。尿道の奥を弄られると、その根っこの太い部分を、薄皮越しに刺激されるから……こうして勃っちゃうのよ」
里奈は笑顔で解説しながらも、羞恥で脳が焦げそうだった。クンニリングスで陰核が勃起したのなら、今さら恥ずかしくもなんともない。しかし亀頭部には一切触れられず、尿道責めだけで勃起させられるのは、まったく別次元の恥ずかしさだ。フェラチオで勃起させられるのは平気な男優でも、往々にして前立腺での勃起は恥じるように。
(こんな露骨な弱点、あの子が見逃してくれる筈ないわね)
そう考える里奈の耳に、案の定キーボードの音が届く。
『 クリトリス ブラッシング 』
正面上部のモニターにその文字が表示され、細いアームが伸びてくる。アームの先についている器具は搾乳器に似ていた。違う点と言えば、透明なカップの中に洗車機と見紛うばかりのブラシが密集していることだ。
「え、待っ……!」
里奈は反射的に拒絶した。しかしその言葉も終わらないうちに、カップはクリトリスに吸い付き、有無を言わさずブラッシングを開始する。極上の筆先を思わせる約4000本あまりの繊毛が、触れるか触れないかという絶妙な具合で陰核の表面を撫で回す。
「ッはひッいい!!」
即座に情けない声が出た。恥や外聞を気にする暇すらなかった。そして里奈は、ここが我慢の限界だと悟る。
「イああ゛あ゛あ゛!! あァあ゛、ひあ゛あ゛あ゛あ゛ァァッッ!!!」
全身が暴れた。特に足は地団駄でも踏んでいるようだ。限界の限界。分水嶺が見えてしまうと、それ以上の我慢は難しい。いかにベテランといえど……否、キャリアが長ければこそか。
「おねがいっ、おねがい出させて!! うんち、させてッ!!!」
里奈の顔からふっと笑みが消え、真剣な表情で解放を訴える。しかし翔子は取り合わない。
「我慢なさってくださーい」
なだめるように告げながら、冷酷に設定を弄る。音を上げた仕置きとばかりに、ブラシ奥のバイブを起動させたのだ。繊毛によるソフトタッチと、小さくとも力強いバイブの振動。その複合責めは、尿道責めで性感を目覚めさせられた陰核をいよいよ固くしこり立たせ、うち震えさせていく。かつて翔子から涙ながらの哀願を引きずり出した時のように。
「出したい、出したい゛出しだい゛ッッ!!!」
「残り時間は2分42秒です。もうしばしご辛抱くださーい」
「あ、あど2ふんは無理ぃ゛ぃっ!! もう無理なの゛、限界超えてるのっ!! 出したい、出したい出したい゛出したい゛い゛ーーッッ!!」
幼児のように泣き喚き、単純な言葉を繰り返す里奈。理知的で清楚な里奈がそんな風になるのは、宏尚が知る限り初めてのことだった。事実、里奈と付き合いが長い黒田監督やメイク係の山瀬も驚いた表情を見せている。
「その苦しさもSコースの醍醐味です。ご辛抱くださーい」
不穏な空気を察してか、翔子はそう牽制を掛ける。Sコース……その魔法の言葉を持ち出されれば、皆黙るしかない。それを無碍にすることは、この撮影そのものをひっくり返すに等しい。唯一止められるのは監督である黒田のみだが、これまで里奈の無茶に付き合ってきた悪友でもある彼は、腕組みをしたまま白い歯を覗かせているのみだ。
里奈の手足の枷がガチャンガチャンと鳴り続けていた。当然、それに比例してEPも加速度的に増えていく。
「冴草さまー、モニターをご覧ください。EPがもう2万を超えておられますよー」
翔子が呼びかける。この序盤からそんなに力んでいて大丈夫か、という煽りだ。しかしもはや里奈には、そんな言葉に耳を貸す余裕などない。
「ねえ出させて、おかしくなりそうっ!! おねがい、おねがいい゛い゛っ!!」
体液を撒き散らしながら全身を暴れさせ、哀願する。最初に決められた20分のリミットが、しっかりと経過しきるまで。
「はい、時間です。お疲れさまでしたー」
翔子は事務的な口調でそう告げ、キーボードを叩く。機械本体の表示が『アナルプラグ カイホウ』へと変わり、里奈の足元にバケツ状の受け皿が設置される。
直後、里奈を苦しめたアナルプラグはあっさりと抜けた。
「ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
絶叫と重なるように、排便の音が響き渡る。限界の限界まで我慢を重ねたため、音がひどい。
「見ないで、見ないでえええ゛ッ!!!!」
里奈は誰にともなく絶叫していた。スカトロ系のビデオは80本以上撮っている。マングリ返しの格好で4リットル浣腸され、顔を含めた全身に汚物を浴びた事すらある。しかし今のこれは、その記憶を上書きするレベルで屈辱的だ。
特に駿介には見せたくない。この映像の編集は、どうにか他の人間にさせなければ。もっとも、データは編集で消せたとしても、この現場にいる人間の記憶までは消せないが。
(いつまで出るの……? もういい加減にしてっ!!)
ゼリーに消臭効果があるのか、匂いはしない。しかし地獄には違いない。爛れた肛門が外へ捲れかえっているのが解る。そしてその穴から、次々と生暖かなゼリーが溢れ出し、びとびとと重量感ある音を立てながら汚物入れに溜まっていく。いつまでも、いつまでも、いつまでも。出しても出しても排便が終わらない。膝が笑っていて、足をハの字にしているのもつらいのに。
※
ゼリーが滴らなくなり、汚物入れが回収された頃、里奈の反応はすっかり薄くなっていた。渋り腹の中身を出しきるため、上体は前に傾き、腕の拘束も後方へ引き絞る方法に変わっている。里奈はその状態のまま動かない。股間と俯いた顔から、透明な雫が滴り落ちていくだけだ。
機械内部には後方視点のカメラも存在するが、今はそちらの情報量が多い。ドナンの効果で開ききり、菊輪が外にめくり返ったアナル。一切の刺激がなくなってなお、喘ぐように開閉しながら、とろりと愛液を吐きこぼす割れ目。顔から滴っているのは、薄く開いた口からの涎と鼻水らしい。
意識が定まっているようには見えない。しかし気を失っているわけでもないようだ。
「冴草さま」
翔子が呼びかけると、頭がピクリと反応する。
「お疲れのところ恐れ入りますが、腸内洗浄を行わせていただきます」
翔子はそう言って、マシンに次の命令を飛ばす。
『腸内洗浄』
モニターにそう表示され、ブラシが回転しながら里奈の肛門へと侵入していく。
「ぐっ」
ブラシが深く入ると、里奈から久々に声が漏れた。
ハード・鬼畜を旨とするSコースでは、性器の洗浄方法も大雑把だ。ブラシの芯の部分から薬液が腸内に浴びせられ、ブラシの回転で泡立てながら汚れをこそげ取る。
通常ならば屈辱を強く感じるところだが、ドナン浣腸の後だけは違う。ドナンで爛れた腸内は、薬液ブラシで擦られるほどに疼きはじめる。まるで山芋か漆でも塗りつけられたようにだ。
「あああ痒い、かゆいっ!!」
里奈ははっきりとした声を上げ、足をばたつかせはじめた。
「直腸内を洗浄中のため、お静かに願いまーす」
翔子は言い聞かせるように告げながら、里奈の反応を堪能する。
(あっははは、気持ちよさそー! あんなに腰振っちゃって。アナルレイプの本番はこれからだぞー、淫乱女)
ブラシ洗浄など1分もすれば充分だが、里奈の反応があまりにも面白く、翔子は3分あまりも命令を解除しなかった。しかしその2分間は、彼女の想像以上に里奈を追い詰めていた。
薬液を滴らせながらブラシが引き抜かれた後、モニター表示が『アナルファック』に変わる。その直後に里奈の背後へ近づいたバイブを見て、スタッフ一同が目を疑った。
「ちょ、おまっ……!」
宏尚も翔子に何か言いかける。
それは、洋物ビデオのペニスを模した責め具だ。サイズはXL……500mlのペットボトルよりも太く、全長は30センチに達する。しかもその表面には、刺激を増すためにイボ状の突起をびっしりと施した。
ドナンで弛緩しきった里奈の肛門ならば、そのジョークグッズだろうと受け入れてしまうだろう。しかし……さすがに易々とではない。
「あぐううううっ!!!」
肛門が押し開かれた瞬間、里奈は白い歯を食いしばった。そこからバイブがミリ単位で侵入するたび、尻肉がピクピクと痙攣する。
(え、な、何!? 何が入ってるの!? ビール瓶!? 金属バット!?)
フィストまで経験済みの里奈も、この異物挿入には焦りを隠せない。太く長いだけではなく、しっかりと硬さまであるのが凄まじい。挿入されただけで僅かにだが失禁してしまった。
「あぁ、あ゛ッ! ああ、あっ、あ゛!!」
腸を変形させる勢いでピストンが始まれば、堪えようとしても息と声が押し出される。
「すごい声を出されていますね。満を持してのアナル挿入の感想はいかがですか?」
翔子の問いかけに、里奈は躊躇う。
すぐに抜いて──そう正直に言えたらどれだけ楽だろう。しかし里奈に求められている感想は、実のところ忌憚のない意見ではない。機械姦の凄さと気持ちよさをPRするのが仕事だ。そのためにはウソもいる。
(私としたことが……。余裕がなかったとはいえ、浣腸責めで音を上げたのはマズかったわね)
ここのサービスを非難することは、店のイメージ低下に繋がりかねない。ここからは気を引き締め直し、拒絶なしのスタンスで挑むべきだ。
「このバイブは凄いわね。太くて、硬くて、イボだらけで……このタイミングでこんなの突っ込まれたら、誰だって骨抜きにされてしまいそうだわ」
カメラを意識しながら、うっとりとした表情を作り上げる。その雰囲気の変化は、わかる人間にはすぐにわかった。
「……そうですか。では、存分にご堪能ください!」
一瞬気後れしかけたのが悔しく、翔子はピストンモードを『ハード』に変える。里奈の背後でアームが唸りを上げ、ガシャンガシャンという音を響かせはじめる。
「ひっ、ひぃいいいっ!!」
ハードピストンの開始直後、里奈は生の反応を引きずり出された。しかしそれを意志の力で抑え込み、笑みを作る。
「あはっ、良いわ、凄い!! お腹の奥に、ガンガン届いて……機械って、すごくパワフルね!!」
プロとして失敗は挽回しなければならない。ここで快感に目覚めた姿を演じれば、浣腸責めでの渋い態度も含めて、客受けのいいストーリーを演出できる。
しかし、それはあくまで“演技”であるべきだ。素で快楽に溺れるようであれば、それもまたプロの有り様ではない。
そしてそれが困難であることを、里奈は薄々気付きかけていた。
「あはぁっ……ぁ、ひ、ぐっ! ひぃっ……ぐひっ! んぐ、んぐっ!!」
甘い演技をしようとしても、すぐに本気の声が表れる。
「ぃ、いぐっ、いぐっ!!いぐっ!!」
ふと気づけば、自分が発しているのは素の喘ぎと素の表情。絶頂を口にしつつ歯を食いしばり、堕ちたくないと顔を強張らせる。こんなものは素人の反応だ。
「如何ですか? 当店自慢のバイブのお味は」
女の勘か。翔子はいつも、里奈が余裕をなくしたタイミングで問いを投げる。
「ああああ゛っ……! んっ、そうね……少し慣れてきて、もっと良くなったわ」
「ほう、どのような感じです?」
「んっ……その、ずっとうんちが出てる感じ、かしら……。さっきの浣腸と洗浄で腸がむず痒い感じになってたから、そこを擦られるのが気持ちよくてたまらないわ。本当によく考えられて…………んンおッ!?」
里奈が卒なく語り終えかけていた、その刹那。翔子は満を持して、アナルバイブのピストン設定を意地悪く変えた。
『ストローク:S』
これの意味するところは、奥の奥までの挿入。直腸のさらに先、S状結腸までを蹂躙せよという指示だ。
「はっ、あがっ、あがあっ!!」
さすがに演技をする余裕などない。里奈は眼を見開き、大口を開けて喘ぐ。
形状的にも長さ的にも、人間のペニスでS状結腸を突破することは困難だ。アナルセックスの経験が豊富な里奈とて、外国人男優相手に一度か二度あったかというレベルだ。ましてや、ペットボトルをも上回る直径でえぐられた経験などあるはずもない。
しかし、その悪夢は実現した。アナルバイブは、シリコンのような硬さにもかかわらず柔軟に曲がり、易々とヒューストン弁を突破していく。
「お、おほっ!!」
二回目の結腸侵入で、出してはいけない声が出た。下品で野性的なケダモノの声。あまりにもウソのない快感の声。
「冴草さま、どうされました?」
ここで、翔子の問いが来た。解説の時間だ。
(良い性格してるわ……こうなるように設定しておいて!)
里奈は心中で恨み節を吐きつつ、頭の中を必死に纏める。
「け、結腸よ! 私、今、S状結腸まで犯されているわ! こんなこと人間相手のセックスじゃ絶対できない。これは、貴重な記録よ!」
陵辱行為を非難せず、その特異性をアピールする。咄嗟にしては悪くない手だが、自らの反応に注目が集まる諸刃の剣でもある。
今また、長大なバイブの先が結腸へと達した。
「あああああ入ってくるぅっ!!! す、すごい。アナルでここまでイクの、初めて……!!」
里奈は悲鳴を歓喜の声に寄せ、にいっと口元を吊り上げる。無理のある笑みだ。だが顔以外はもっと無理を押し通している。
(結腸ばっかりほじくられて、頭がおかしくなりそう……!)
あまりの刺激に膝が笑う。直腸側からの刺激で子宮が疼き、どぷどぷと愛液が吐き出されていく。だが、それ以上に気がかりなのは脳の方だ。
アナルセックスでは肛門に力が入り、異物に抵抗するような感覚がある。しかしS状結腸に入り込まれた瞬間、それが消し飛ぶ。肛門も脳も開きっぱなしになる感覚……。
「ッんん!!」
里奈はぶんぶんと頭を振る。頭の“何か”を振り払わずにはいられない。もしそれに脳髄まで侵食されたら、自我を失うことが本能でわかる。
「お゛っ、おほ……お゛っ! はぉっ、ぉ、おお゛っ……!!」
里奈が舌を突き出し、涎を垂らしながらぼうっとしはじめたのは、いつ頃からだろう。
「里奈さん……」
宏尚は憧れの女優の表情に言葉を失う。里奈がアナルセックスしている動画は散々見た。イチジク浣腸を50本入れたまま、規格外のペニスを誇る黒人男優に代わる代わる犯されるハードな企画モノも。それでも、こんな顔を見るのは初めてだ。
(すごっ。XLバイブで結腸抉りまくったら、この女でもこんなになっちゃうんだ。あーあー、ケツが気持ちいいからってジタバタしちゃって。EP3万超えちゃってるよー?)
翔子はモニターを観ながら考える。同情する気持ちも無いではないが、嗜虐心や探求心はそれを遥かに上回った。
※
疲労困憊の状態で摂取する水分は、まさに生命の水だ。万事が拷問じみたSコースでは、水分補給さえ口に管を突っ込まれて経口補水液を流し込まれるやり方だったが、それでも里奈はかなりの気力と体力を取り戻せた。
マシン内部は比較的静かだ。
ヴーヴヴッ、ヴッヴッヴッヴッ、ヴーヴヴッ……
こうした独特のリズムの機械音と、荒い呼吸、拘束具の軋む音。拾われる音といえばその程度のものだった。
上部モニターに表示されているプレイ名は『 ポルチオマッサージ 』。ただし、その文字表示は点滅している。これは寸止めを示す表現だ。
「ふんんっ、んんっ……! んっ、んんっ……!」
里奈が艶めかしい声を漏らし、ぶるっと全身を震わせた。骨盤の形が何度も浮き上がり、艶めかしく腰が躍る。腰が力強く浮き上がり、ブルブルッと痙攣する。
「ぁぁイッ、くっ…………!!」
今まさに、絶頂へ至ろうというその瞬間。それまで続いていた機械音が消えうせ、里奈の表情は切ないものに変わる。
彼女はもう何分にも渡って、延々と焦らしを受けていた。
局部はスケルトンカバーのファッキングマシンで覆われ、下腹部にも腹筋に沿うようなシックスパッドが貼りついている。そうして内外からポルチオ──つまり子宮口付近に刺激を与えられるが、絶頂には至れない。
「この焦らしモードでは、絶頂の際まで追い込むものの、決して一線は超えられないようにプログラミングされています。そして性感の波が引きはじめた頃を見計らって、再び絶頂の際まで追い込むのです」
かつて同じく焦らし責めに苦しんだ翔子は、嬉々としてそう解説した。
焦らし責めはAVでもよくある。電気マッサージ器を押し当てては離すことを繰り返し、女優に挿入を乞わせるシチュエーションなどが一般的だ。しかし『ドリーミィ・カプセル』の焦らしは追い詰め方の精度が違った。カチューシャ状の脳波測定器が対象の感度を随時測定し、絶頂に至る寸前で機械の動きを和らげる。 あとコンマ一秒同じ刺激が続けば絶頂できた、というレベルの寸止めだ。この精度は熟練のAV男優でも真似できるものではない。
しかもマシンは、寸止め後も完全に停止するわけではなかった。神経を集中させれば感じとれる程度の、ごくごく微細な振動は続いている。そのせいで被験者は、常に絶頂寸前の状態のキープさせられる。
「キミはなかなか意地悪だねぇ」
里奈は足元の機械に向けて囁く。対話ができるとは思っていないが、気を紛らわせる必要があった。この焦らし責めはじっと耐えるには辛すぎる。
両腋を晒したままでの直立姿勢を強いられているが、延々と寸止めを繰り返されると次第に股が開き、がに股でクイクイと腰を前後させてしまう。撮られ慣れているとはいえ、さすがに羞恥心を煽られる格好だ。
(ひどい恰好……こんなの、シュン君には見られたくないわね)
里奈は苦笑する。
オイルでも塗ったように汗まみれの肌。焦らし責めの快感だけでひとりでに屹立した乳首。ファッキングマシンがスケルトンカラーなため、ヒクつきも愛液を吐きこぼす瞬間も丸見えの局部。単三電池がそのまま入りそうな窪みを作りつつ、絶頂を乞うように戦慄く内腿。正面のカメラには、その全てが記録されているに違いない。
そして、気になるのは目に見える部分だけではなかった。静かな責めにじっと耐えていると、機械内部に籠もる匂いが再び気になってくる。濃密なメスの匂い。寸止め焦らしという極限状態下では、そうした自分の体臭でさえ発情する要素になりえた。
焦らしが始まってから、何分が経ったのだろう。へひっへひっという短い喘ぎ、ぐぅぅっという苦しげな呻き。それを延々と繰り返した果てに、とうとう里奈の膝が笑いはじめた。そして翔子はそれを見逃さない。
「冴草さま、どうされました? もう脚に力が入らなくなってきましたか?」
その物言いは、『AV女優といってもそんなものか』と煽っているも同然だ。
「……まさか。まだまだ頑張れるわ」
プロの意地で不敵に笑ってみせる里奈。すると、珍しく翔子も笑みを浮かべた。
「左様ですか、安心いたしました。良い機会ですので、その状態でどの程度思考力が残ってるかテストさせていただきます。冴草さまは、セックスにおける四十八手はご存じですよね?」
「四十八手? ええ、当然知ってるけど……」
里奈はそう答えながら訝しむ。
(今日の流れに四十八手クイズなんてあったかしら? だったら事前に復習しておきたかったわ。AVクイーンなんて呼ばれてる身で、間違えたら赤っ恥だし)
思案に耽る里奈の正面に、ある映像が映し出された。若い男女の絡みだ。どちらも体型は理想的で、まさに美男美女が織りなす美しいセックスだが、体位は少し変わっていた。対面座位で繋がったまま、女優の片足を男優が肩に担ぎ上げて動いている。高く上げた女性の足が船の帆のような、見栄えのする体位だ。
「これは何という体位でしょうか?」
「“帆かけ茶臼”よ」
「……お見事、正解です!」
里奈は淀みなく答え、翔子もあっさりと正解を出す。
(なんだ、本当にただの四十八手じゃない。大江戸四十八手でも持ってくるのかと思ったけど。いくら焦らされながらだって、これなら楽勝だわ)
里奈はほっと胸を撫でおろすが、やはり何か引っかかる。
『あああっ、太いのが奥まで入ってる! 気持ちいいよおっ!!』
動画の中では、女優が甘い声を上げ、掲げた脚を痙攣させていた。そしてその直後、全身を痙攣させながらぶしゅっと潮を噴く。
それを目の当たりにした瞬間、里奈の下腹部が疼いた。
「っ!」
下腹部のパッドと局部のバイブがまた唸りはじめる。もう飽き飽きするような刺激のはずだが、子宮の疼きを自覚した今は、先ほどまでに輪をかけてつらい。
(……なるほどね。ダイエット中の人間の前で、ケーキを貪るノリってこと?)
里奈は苦笑する。これは、なかなか精神に来る嫌がらせだ。
「この体位は」
「“理非知らず”」
「こちらは」
「……“浮き橋”よ」
「では、こちらは……」
「…………“時雨茶臼”、ね…………」
クイズに答えること自体は造作もない。しかし、その度に男女の濃密な絡みをじっくりと見せられ、女優が心地良さそうに絶頂する姿を目の当たりにすると、これが本当に堪らない。ダイエット中のケーキどころか、砂漠で乾涸びかけている前でゴクゴクと水を飲まれているに等しい。
「……ふうーっ……、ふううーっ……!!」
脚の踏ん張りが利かなくなり、腰が深く落ちていく。その末に、里奈の姿勢は蹲踞に近いものとなっていた。正面のモニターでは“撞木ぞり”が行われているが、男に跨る女優のその体位は、今の里奈の姿勢に瓜二つだ。
「はっ…………はっ…………はっ…………」
男女のセックスなど見飽きているはずだ。だが今の里奈は、逞しいペニスが出入りする結合部から視線を離せない。
『あはああ、気持ちいいっ!!』
下からの力強い突き上げに、女優は笑いながら絶頂へと近づいていく。子宮口を刺激されている里奈もまた、自然とその気持ちにシンクロする。
しかし。
『あああイクっ、イックううーーーっ!!!』
女優が幸せそうに絶頂する一方で、里奈の方は最後の最後で刺激が消えうせた。夜明け前の暗闇の中に、一人取り残された。
「く、うううう゛っ……!」
未練の声が絞り出され、手と腰が暴れる。もどかしい。これまでに経験してきた何千というセックスが里奈の頭を巡り、下腹部を戦慄かせる。
「彼女、そろそろ限界ですね」
様子を見守る翔子がクスリと笑った。
「眼の光が無くなっているでしょう。寸止めの繰り返しで、身体が絶頂を強く望んでるんです。もうそれしか考えられないぐらいに」
彼女は意図的にマシンへの指示を止めている。焦らしなど程々でも構わない。マシンの性能をアピールするなら、早々にバイブを突っ込んで激しくピストンした方がいい。
それでも翔子は、里奈に哀願させたかった。自分に僅かでも劣等感を植えつけた女に、解放を惨めたらしく乞わせたかった。
(ほら、正直に言ってみな女王さま。たまんないんでしょ? 機械のチンポくださいって可愛くおねだりできたら、気持ちよーくしてあげるよ? 代わりにアンタの面子は丸潰れだけどね)
そんな翔子の魂胆は、里奈も察している。
(また寸止め……! ああ、イキたい、イキたい、イキたいっ!!)
冷酷な焦らしに顔は歪み、腰は痙攣し、晒された秘唇はヒクヒクと開閉を繰り返す。脚の真下に広がる愛液溜まりからは、燻煙のようにメスの匂いが立ち上っている。
そんな状況下でも、冴草 里奈はじっと耐え続けた。妙に長い焦らしシーンに撮れ高の心配がされ、『次のシーン行ってください』というフリップが出されるまで。
「流石ですねぇ、このギリギリの焦らしをそこまでお耐えになるなんて。お喜びください、ここからはご褒美の時間です」
翔子は内心で舌を出しつつ、薄笑みを浮かべてキーボードを叩く。
秘部を覆うカバーが外されると、里奈のひくつく割れ目からはとろりと透明な雫が滴り落ち、床まで途切れることのない線を引く。そうして涎を垂らす里奈の前に、また別のマシンが姿を現した。やや太いアームの先に、瓜のような形のアタッチメントがくっついている。その瓜は訝しむ里奈の目の前で口を開き、8つの鉤爪を形成した。
「っ!?」
見慣れない形状の責め具に、里奈が眉を顰める。
「ご覧のように、このバイブは先端が8つに分かれて子宮口にフィットします。その刺激の正確さは、ただ漫然と当たる丸い先端とは比べ物になりません」
翔子はどこか誇らしげにそう語る。それを耳にした里奈は、身が震える思いだった。以前の撮影で、先端が二股に分かれたポルチオバイブを使われたことがある。そのフィット感とそれに伴う刺激は確かに通常バイブの比ではなく、たまらず腰を逃がしたことを覚えている。それが8股となると、どれほどのものか想像もつかない。
「では、ご堪能ください。良きPRを期待しておりますわ」
翔子の言葉と共に、一旦口を閉じたバイブが里奈の割れ目へと入り込み、奥で改めて花開く。焦らしで蕩けきった子宮口付近に、8つの鉤爪がしっかりと食い込むのを感じる。しかも爪の内側には、ごく微細な凹凸が無数についてもいるようだ。ポルチオを刺激する事にとことんまで特化したバイブといえる。
「はっ、はっ、はっ……!!」
AV界の女王といえど、この整いすぎた状況には緊張を隠せない。
バイブが唸りを上げはじめる。市販の『電マ』よりも明瞭で重苦しい駆動音。それはそのまま刺激の強さとなり、掴んだ鉤爪ごと子宮を揺さぶる。
「あっ、あっ!?」
ファーストコンタクトで、里奈は瓦解を確信した。この類の刺激は長くもたない。ましてや今のコンディションでは。
「いかがですかー、冴草さ……」
「ぁイっ、イグうううっ!!!」
翔子の呑気な問いを遮る形で、里奈は絶頂を宣言した。腰が震え、背中が仰け反る。ブルブルッ、ブルブルッ、ブルブルッ、と立て続けに子宮口が痙攣し、熱い蜜が吐かれる。乳頭がまたしこり勃って痛む。待ち望んだ絶頂に、体中の細胞が歓喜しているのを感じる。
「……っがはっ、かはっ!! あはっ!!」
絶頂の波が過ぎた時、里奈は止めていた息を吐き出した。長いキャリアの中でも上位にランク入りするほどに深い絶頂だった。
「あああまたイクっ、また……かはあっ!! あ、ああイクっ、イグイグ、イグうううっ!!」
二度目、そして三度目のエクスタシー。絶頂したばかりの敏感な子宮口をさらに刺激され、里奈の頭のカチューシャが何度も赤く光る。
「駄目っ、まだイッてる途中っ……アああああ゛ッ!! イグ、イグ、まだイグうううううっ!」
制止の要求すら言いきれず、何度目かの絶頂に追い込まれる里奈。深く落ちていた腰は絶頂を嫌がるように浮き上がり、ガニ股に戻って、カメラへ見せつけるように腰を振りつつ痙攣する。その割れ目からはとうとう潮が噴きだし、ほぼ同じタイミングで母乳を噴きだしはじめた。
しかし、機械は無慈悲だ。対象者がどれだけ酷い有様を晒したところで、責めの手を緩めることは一切ない。
「だ、だめ、死んじゃう、息できないっ!! ああ゛ばだイグ、イグッ、ずっどイッでるのおおう゛ぉ゛っっ!!!」
里奈はカメラへ叫んだかと思えば天を仰ぎ、感電したように痙攣する。その声色は普通ではないが、動きもまた尋常ではない。足首に重厚な拘束具がついているというのに、それを感じさせないほど激しく足を暴れさせる。
「あら凄い、タップダンスかしら」
翔子が嘲る通り、もはや踊りの域だ。そしてその無茶な動きは、ガシンガシンと拘束具に音を立てさせる。腕の拘束具も鎖を引きちぎらんばかりの勢いのため、EPの上がり幅は極めて大きい。今の増加幅は360キロ。それを360キロの背筋力と換算できるなら、トップアスリートの記録200キロの実に1.8倍だ。
※
「あうっ……はぅう、う゛…………へっへひ、へっひぃっ…………」
鉤爪のようなバイブが引き抜かれた後も、里奈は不自由な呼吸を繰り返しながら、なおも絶頂の余韻から逃れられずにいた。
彼女の頭の測定器は、何度深紅に輝いただろう。全身は細かな痙攣を続け、顔や胸はセックスフラッシュの紅潮を見せ、乳輪は粟立ち、二の腕や太腿には鳥肌すらも立っている。モニターに記録されている5万超えのEPも、駆け巡った快感の強烈さを物語っていた。
しかし、それでも里奈に休息は与えられない。口にチューブを突っ込んで経口補水液を流し込み、強制的に里奈の意識を定めさせると、次の責めの準備に入る。
ポルチオ刺激は効果こそ強烈だが、画として地味という欠点があった。対して今度の責めは、映像的なインパクトが抜群だ。
『 ディルドウサイズ:XXL カリ ゴクブト / バイブレーション:EX / シンジュ:オオツブ 28コ 』
かつて安西 翔子に泣きを入れさせた責め具に、魔改造を繰り返したもの。サイズXXLは身近な物で例えるなら、2リットル入りのコーラのペットボトルほどの大きさだ。形は人間のペニスを模してはいるが、握り拳ほどの亀頭は嫌がらせのように傘を張り、その下の雁首は同じくエラを張ったまま4つ連なり、起伏の激しい肉茎部分はびっしりと真珠状の突起で覆われているなど、とにかく“えげつない”作りをしている。とりあえず改造はしたものの、ふと正気に戻ったところで2人して顔を見合わせ、外人なら喜ぶかもと冗談を言い合った代物だ。
「こちらは、当店で最も刺激的な一品です。ぜひご自身の眼でお確かめください」
翔子はそう言ってキーボードを叩き、カメラに映る責め具の異様さを里奈自身にも視認させる。
「…………ッ!!!」
里奈が目を見開いた。当然の反応だ。
「怖いですか、冴草さま?」
挑発するようにそう問われれば、里奈も表情を変えざるを得ない。
「まさか。私は馬とだってしたことがあるのよ。あれに比べたら可愛いものだわ」
堂々とそう宣言し、不敵な笑みを湛えてみせる。
馬相手のセックスビデオを撮った経験があるのは事実だ。しかし馬姦の初挑戦時、彼女は終始顔を歪めていたし、撮影後には膣が裂けて入院した。その後はフィスト撮影などを経てリベンジを果たしたものの、当時のトラウマは残っているはずだ。
「左様ですか、では遠慮は不要ですね。優秀なモニター様に感謝いたします」
翔子はにこやかに笑いながら、里奈の両膝に拘束帯を巻きつけ、完全ながに股を強制する。絶頂の余韻から抜けきれていない里奈の脚は、がに股になった時点でかなりの力みをみせた。その脚の間で、拷問具が突き上げられる。
「んおおおおッ!!!」
里奈の喉から壮絶な声が吐き出され、両足にくっきりと筋肉が隆起する。
そうなるのも納得の光景だった。コーラのボトルのようなディルドウは、いきなりその半分以上が膣に埋没している。しかも規格外の大きさのせいで、入り込んだ分だけ里奈の下腹がボコリと盛り上がってもいる。並の女性ならば反射的に泣いたかもしれないし、吐いたかもしれない。それを悲鳴だけで済ませているところは、さすが百戦錬磨の強者だ。
しかしディルドウが下に引かれた瞬間には、その強者の腰もぶるりと震え上がった。
「くあああああっ!!」
挿入時と遜色のない悲鳴も上がる。
「お味は如何でしょうか、冴草さま。ご感想をお願いいたします」
「ふっ、ふっ……これはまた、とんでもない物を作ったわね。とにかく太いし亀頭も大きいから、突っ込まれた瞬間は息が止まりそうになるわ。でも、それ以上にたまらないのが抜かれる時よ。3つ……いえ、4つもある雁首が膣襞を擦っていくから、潮を噴かされそうになるわ。そんな状態のあそこをまた抉られて、どんどん追い詰められる。真珠のせいで刺激が増してるのも肝ね」
里奈が冷静に解説する間も、ディルドウは振動しながら上下に動き続けた。その刺激に菱形を作る脚はガクガクと震え、愛液がディルドウに伝いはじめる。
「あら、お褒めの言葉を有難うございます。これは感謝のサービスですわ」
翔子は意地の悪い笑みを浮かべたまま、機械に新たな命令を打ち込んだ。里奈の足首と膝の拘束具が位置を変え、宙吊りのまま180度の開脚を強いる。
「こ、これは……!」
里奈はその意味を瞬時に悟った。しかし四肢を拘束された状態ではどうにもできない。カメラに全てを晒したまま、唸るディルドウを受け入れるしかない。
「おほっ、おごおおおおっ!!」
破格のサイズが膣を強引に押し開く。下腹がコーラのボトルと同じ太さに膨れ上がる。しかも今度は脚で体重を支えられないため、その刺激を100%膣で受け止めざるを得ない。
そして無論、その状況でも機械が慈悲をくれることはなかった。指定された通りにプログラムが動き、過不足なく膣を突き上げる。
「おお゛お゛う゛っ、ほぉおお゛お゛う゛っっ!!」
腹部に負担が掛かるため、漏れる声は自然と『お』行に限られた。太腿から足指の先にまで痺れが入り、痛いほどに勃起しきった両乳首までピリピリと痺れる。強すぎる刺激につい脚が閉じかけ、すぐに拘束具で引き戻される。
「あらすごい、EPが5万3000ポイントを超えましたよ?」
「……っ!」
翔子の声に、里奈はぐっと脚を開き、胸を張る。
「素晴らしい姿勢ですね。ではどうぞそのままで、たっぷりとご堪能くださーい」
翔子は薄笑みを浮かべ、ディルドウの動作パターンを変化させた。激しい出し入れから、長大さをアピールするようなストロークの長い突き込みに。傍目には刺激が減ったように見えるが、一概にそうとは言えない。
「んぁ、ぁあ……ああぁっ……! おっ、ぉぉっ、ぉっ……!!」
ゆっくりと時間をかけて引き抜かれれば、4つの雁首で膣襞を刺激される時間も増える。
「う、んんんっ……あぁああ、んはぁぁっ…………!!」
じっくりと押し込まれると、拡張される刺激を余さず味わえて声が抑えきれない。
(この教え込むような動き……危険ね)
里奈は経験からそう悟る。無理のありすぎるサイズに、さしもの里奈の膣も驚いて縮こまっているところがあった。しかしこうして緩い責めを挟まれれば、膣も自然と落ち着いてディルドウにしっとりと纏わりつく。そんな状態で激しく突かれれば──。
里奈のそんな危惧を見透かしたように、ディルドウは再びピストン速度を上げはじめた。
「お゛っ、う、うんっ! んぁっ、あっ、あっ……おっ! お゛おぉっ、お゛ぉっお、お゛っっ!!」
素材の味を覚え込まされた上での蹂躙。里奈の口は自然と窄まり、顎が浮く。
「あっ、あはっ、太い! すごい、奥まで……っ!」
喘ぐばかりでは芸がないと笑ってみせるものの、内心で里奈は焦っていた。彼女の中で最もインパクトのあった、アフリカ系黒人とのファックをも上書きするほどの強烈な体験。
(気をしっかり持ってないと、簡単に失神(ト)びそう……。こんなの経験したら、人間相手のセックスを物足りなく感じても仕方ないわ。このマシンの中毒になる子が多いわけね)
里奈の脳裏に駿介の姿が浮かぶ。もちろん里奈は、容易く快感に流されるほど初心ではない。しかしながら、生物である以上は快感を無視もできない。
「ほっ、ほーっ、ほーっ……おほぉォッ!」
三浅一深のリズムで膣奥を貫かれ、里奈は仰け反りながら絶頂に至る。全身がぶるぶると痙攣し、乳房の先端から母乳が噴きだす。その状態でさらにピストンを浴びれば、もはや余裕は消え失せた。
「おっほ、イグっ……イッグううぅうんっっ!!!」
喉を締めつけてなお殺せない嬌声を響かせ、ガクガクと腰を揺らしながら失禁する。たっぷり5秒ほどかけてようやく降りてきた顔は、壮絶だった。目は虚ろなまま涙を零し、鼻からは汁が垂れ、閉じない口からも泡まみれの唾液が滴っている。
「あらー、幸せそうな顔をなさってますわねぇ」
この翔子の言葉が嫌味であることは、よほど鈍い人間にも伝わるだろう。
(カメラにバカ面晒してるよー、女王さま。無駄に大勢いるあんたのファンが、幻滅しないといいけどね)
絶句する宏尚を横目に見つつ、翔子はマシンのピストンパターンを細かく変える。里奈を刺激に慣らさないように、少しでも新鮮な反応を引き出せるように。
「うあっ!?」
里奈から驚きの声が漏れた。絶え間ないハードピストンから一転、亀頭部分までを完全に抜き去られたからだ。ディルドウは握り拳のような先端で、様々な分泌液にまみれた割れ目をぬるぬると刺激しはじめる。
「あっ! あっ! んっ!」
完全に“出来上がっている”今の里奈からは、それだけで大きな声が漏れた。
(そんな……! 腰が、腰が動いちゃう……!!)
里奈は驚愕する。秘裂がひくつき、乳首がわななき、全身が挿入を願っている事実に。流されるまいと頑張っていたが、肉体はしっかりとこの凶器の虜になっているようだ。
充分に焦らしたところで、ディルドウはまた根元まで一気に挿入される。
「ッかああああ!!」
里奈の全身が仰け反り、太腿から足指の先までが病的に痙攣する。EPも加算されるが、今度は脚を閉じようとした結果ではない。むしろその逆、ディルドウへ腰を押し付ける形で限界以上に股を開いたせいだ。
その甘えを翔子は見逃さない。奥の奥まで挿入した上でさらに押し付け、グリグリと膣奥を“練る”。まるで熟練男優のテクニックだ。
「ぐひっ! ひぅっ、ひ……ァひッ!!!」
どれだけ壮絶な事をされているのか、それをまともに呑み込めばどうなるのか。それを瞬時に悟ったのだろう。里奈は咄嗟に歯を食いしばり、眉も鼻もグシャグシャに中央へ寄せる壮絶な顔で抗った。しかしAV女優のそれほどの本気をも、機械責めは嘲笑うかのように突き破る。
「ッッおお゛お゛ぉ゛お゛お゛っ!!! おほっ、んお゛っお゛、お゛っ、おお゛ぉお゛お゛っ!!!」
無理に我慢をするほど、その反動は大きい。里奈は、聖母のイメージを覆す喘ぎ声を繰り返し吐きながら、緩く背を反らした。仰け反りが甘いため、その表情の遷移──ぐるりと白目を剥き、舌を突き出し、唾液を散らし、鼻水を噴きだす、その全てが余さず記録されてしまう。
「……はあっ、はあっ、はあっ……! す、すごいわ……カラダ中が、熱い……。感電してるみたいに、ビリビリして……余韻だけで、んんんっ、またイケちゃう……」
駆動をやめたディルドウがようやく引き抜かれた頃、里奈の有り様は壮絶だった。母乳がどくどくと腹部を覆い、全身が汗で濡れ光っている。
翔子はそんな里奈の有様をしばしカメラに収めさせてから、4本のアームを操作した。アームの先についたフックが里奈の小陰唇に引っ掛けられ、性器を4方向に押し拡げる。
ぐっぱりと開かれた里奈の膣では、濡れ光る膣壁が妖しく蠢いていた。しかし、本当に衝撃的なのはその奥だ。膣の突き当たりに位置する子宮口が、その口を大きく開いていた。指の二本程度ならばそのまま入りそうなほどに。
「うわ……!」
モニターを凝視していた宏尚は、思わず声を上げた。
理屈は解る。さんざん焦らした上、子宮口に密着する例のバイブで子宮口をほぐした。さらに巨大な亀頭で繰り返し子宮口を圧迫した。ここまでお膳立てを整えれば、翔子でも小指の先ほど外子宮口が開いたものだ。
だが、里奈の開き具合はその比ではない。さすがは経産婦というところだろうか。
「…………凄いでしょう。それとも羨ましいかしら? 何度も中イキした結果よ。女の性の到達点ね」
開閉する子宮口を撮影される。その未曽有の屈辱の中でなお、里奈は笑みを浮かべてみせた。一方で翔子も笑う。クスッ、と冷ややかに。
「お言葉通り、素晴らしい仕上がりです。しかし冴草さま、まだ到達点というには早いのでは?」
「え?」
「人間相手のセックスではここがピークだと思われますが、我々は“その先”をご用意しております」
翔子のこの言葉からは、嘲りの意図が透けて見えた。AVクイーンなどと胸を張ったところで、所詮は人間しか経験がないんだろう、という。
(その先……? 一体何をする気なの?)
里奈の頬に冷や汗が伝う。事前に撮影の流れは打ち合わせているが、この辺りのシーンは里奈側に知識がないのもあって『最終シーンまで延々マシンファック、責め方は店のおまかせで』と丸投げしたため、何をされるのかは全く未知だ。しかし、だからといって逃げられない。
「ふーん、面白いわ。なら教えてちょうだい、その新しい世界を」
「ええ、承知しました」
無機質な機械を隔てて、女の意地がぶつかり合う。
※
4つのフックで膣を開くのはそのままに、また別のバイブが里奈に迫る。
今度の責め具はずいぶんと小ぶりだった。初心者が膣やアナルを慣らすのに使う細いバイブという風だ。当然、このSコースでそんなものが膣に使われるはずもない。また尿道責めかと身構える里奈を嘲笑うように、バイブはまっすぐ進んでいく。膣の中央……開いた子宮口の中へと。
「がっ……!」
未知の刺激に、里奈は眼を見開いた。
「なっ、子宮!? 新しい世界っていうのはウテルスセックスのこと!?」
「さすが、よくご存じで。冴草さまは出産経験がお有りとのことですので、子宮頸部から先への挿入も問題なく可能と思われます」
私なんて、産んだ経験もないのに突っ込まれたんだからさ──翔子は心の中でそう毒づきながら、宏尚をジロリと睨む。
「ひっ、ひぃいっ! はっ、は……はあぁっ! はあぁっ! はあああっ!!」
里奈は全身に冷や汗を掻いていた。子宮口に赤子を通した経験があるとはいえ、それはあくまで内から外の話だ。尿道や肛門がそうであるように、出すために作られた場所へ異物が入り込んでくる違和感は大きい。ましてやポルチオは女性最大の性感帯だ。突かれるだけで絶頂するそんな場所へ直に挿入されて、平然とはしていられない。
頭に血が上る感覚の後、ふっと視界が明度を落とし、目の奥で光が迸った。
(あれ、これ……? この快感、ダメかも……)
里奈はそう直感する。
プロの男優相手に中イキを経験すると、目の前で火花が散るような感覚を覚えることがあった。いわゆる『目がチカチカする』状態だ。しかし今のこれは、それよりも遥かに鮮明だった。車のハイライトを直視した時の、思わず立ち竦むような眩さ……それが目の奥に閃いた。
「さあ冴草さま、子宮に挿入されたご感想を」
「はぁっ! はぁっ !はぁっ! こ、これは、初めての感覚よ……! 子宮が痺れて、熱い!! 突っ込まれるだけで、んくっ、深い中イキが……来るっ!!」
里奈自身の告白を裏付けるように、カチューシャ型の測定器は赤く光り続けていた。暗くなる瞬間がないのは、常に絶頂状態にある証だ。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ……!!」
分泌液の糸を引きながら、子宮口から一旦バイブが抜かれた時、里奈は完全に息が乱れていた。額の汗も尋常ではない。
翔子はそんな里奈に、あえてバイブの先端を見せつける。もちろんカメラにも真正面から映る位置でだ。
バイブの先には、白い物が付着していた。
「これが何だかお解りでしょうか?」
翔子に問われても、里奈はすぐには答えられない。頭は答えを導き出しているが、それを咄嗟に口に出せない。
「これは、冴草さまの子宮内膜にこびりついていた滓です。このバイブの先が間違いなく子宮頸部を通り抜け、子宮体部にまで達していたという証拠ですわ」
翔子は高らかにそう宣言し、しっかり撮れと言いたげにカメラを観る。押しも押されぬトップ女優の子宮滓など、確かにそうそう見られるものではなく、記録的な価値があるのは確かだ。しかし、里奈当人としては恥辱の極みでしかない。
「……そう。道理で気持ちよかったわけね」
「それは良うございました。これよりウテルスセックス前の慣らしとして、子宮頸部の拡張を行いますので、この輝かしい世界をたっぷりとご堪能くださいませ」
翔子はあくまでにこやかに笑いながら、子宮責めを再開する。
「あひっ、ひぃっ、ひぎィィっ!! ひぎィッ、んひぃいィっ!!」
機械の駆動音と呼応するように、尋常ならざる呻き声が漏れはじめる。並のサディストであれば、この反応だけで充分に満たされることだろう。しかし安西 翔子という稀代の悪女は、惨めな人間を見ると追い打ちを掛けたくなる性分だ。学生時代の宏尚にリンチで泣きを入れさせた挙句、便器まで舐めさせたように。
「ああ申し訳ありません、うっかりしておりました。そろそろそのバイブにも子宮が馴染んで、刺激が足りなくなってきた頃でしょう」
白々しくそう告げながら、子宮のバイブを引き抜いてより太い物と交換する。
「あ、ひぎあああ゛あ゛っ!! ふ、太い゛ぃ゛、ふどいいい゛っ!!」
子宮口をこじ開けられ、白い歯を食いしばって悶絶する里奈。
『58305』
『58721』
『59127』
手足の拘束具が騒々しく音を立て、モニターのEPが増えていく。その様を見守る翔子は、事務的な能面顔の下で笑いを堪えるのに必死だった。
「刺激的ついでに、このようなトッピングもいかがでしょうか」
翔子は淡々と告げながら、マシンに追加命令を打ち込む。細いアームが計4本里奈に迫る。うち2本は搾乳器、1本は尿道バイブ、1本はクリトリスブラッシング用のものだ。
「んお゛ぉっ!? そんな、この状況でクリと尿道もなんて!! おあお゛お゛お゛っ……あ゛イグ、イグ、イグっ!!」
異質な五ヶ所責めで、脳波測定器がより鮮やかに輝く。翔子はそれを見てほくそ笑み、最後の命令ボタンを押し込んだ。
「では、ご堪能ください」
その言葉の直後、里奈の目元は機械で覆われた。Sコースで用いられるこれは、ただ視界を閉ざすだけのものではない。強い光の明滅で被験者の脳をシェイクし、快感にトリップしやすくする悪夢の機能だ。
「ああなにこれ、眩しいっ!! ああおっぱい吸われ……あっああっ、おしっこの穴、そんなに……!! ぁだめ、子宮でもイクっ……クリやめて、そんなに擦られたらっ…………!!」
「ああ、凄い反応。今の状況を解説していただきたいところですが、この様子では難しそうですね。もはや彼女は、自分が今どこで絶頂しているのかもわかっていないはずです」
パニックに陥る里奈を、翔子は面白そうに見つめていた。内心で評価してはいる。以前に翔子自身があの五ヶ所責めのモニタリングを行った際、あまりの刺激に泣きだし、やめて、止めて、としか叫べなくなった。混乱気味とはいえ、各部の刺激に一つずつ向き合おうとする里奈は、貪欲で、生真面目で、強かだ。
(なら、こういうのはどう? お強いAV女優サマ!)
翔子はさらに設定を弄り、今度は里奈の姿勢を変えさせる。宙吊りのまま、両脚でMの字を作るように。自然と下半身が力むその体勢は、里奈からいよいよ余裕を奪うに違いない。
いつしか翔子は、ハイな気分になっていた。自分より上等なメスをイジメ潰してやろうという気持ちも変わらずある。しかしそれ以上に、冴草 里奈という女の示す反応そのものが面白くて仕方ない。
(ほらほら、頑張れー! あたしはこの辺で泣き入れてギブしちゃったけど、アンタならその先に行けるでしょ? これ以上やったら女がどうなっちゃうのか、カメラとあたしに見せてよ!)
心の中で野次を飛ばしつつ、外面ではあくまで事務的にキーボードを叩く。我ながら良い性格をしている、と翔子は自嘲した。
ガコガコと音を立てながら、通常膣に使われるものと同じバイブで子宮内を蹂躙される。
その上の尿道も親指大のバイブがこじ開け、薬液で疑似排尿を強いながら入り口と陰核脚を刺激する。
肥大したクリトリスは微細な振動を浴びながら、無数の繊毛に磨きぬかれる。
勃起した左右の乳頭は変形するほど吸引され、延々と母乳を絞り出される。
幾重もの無慈悲な責めに、里奈の反応は刻一刻と変化していった。
「ッオ゛、オ゛オ゛オ゛オ゛……ほおイグっ、イクっイクううううっ!!」
重苦しい呻きと共に絶頂する。最序盤のその反応ですら、充分に異様ではあった。
「おあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! ああア゛っ……あ゛ーーっ!! あ゛ーーっ!! あ゛ーーっ!! あ゛ーーっ!!」
2分が経った頃、喘ぎ方が変わる。呼吸はより苦しくなっているはずだが、どういう訳か、喘ぎ声の種類が『お』から『あ』の濁音に変わる。その理屈に合わない行動が、ますますもって異様だ。
(おー、いいカンジに狂ってきたじゃん。あたしは速攻でギブしちゃったけど、どんな感じかは分かるよ。子宮・尿道・クリ・乳首……女の急所5点責めとか、ふざけんなって感じだよね。目の機械のせいで意識かき乱されるのもヤバいし。あの女、マジで狂っちゃうかも。まーでも、そうなったらそうなったでいい宣伝になるか。『ご利用は計画的に』、ってね)
翔子は無表情の裏でほくそ笑む。『この撮影で里奈に何かが起きても、責任は一切問わない』──店と撮影側でそういう契約を交わしているため、責めている方としては気楽なものだ。
「ああ゛あ゛あ゛……ッがあ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! ぉうっ、ふうっ、お゛ーっ……ぉほっ、イいい゛い゛ぐ、ッッグ!! あッ!? あ゛っあ゛っあ゛っあ゛っあ゛っあ゛ーーっぁイグィグイグイギゅる゛ッ!!! ふゥーッ、ふゥーッ、うう゛ーッ!! がはあっ、あ゛あ゛あ゛あ゛うはぁあ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」
さらに数分が経つと、里奈の反応はいよいよ一貫性を失った。身を捩って絶叫したかと思えば、腰を痙攣させながら歯を食いしばる。かと思えば完全な泣き声を響かせ、明瞭に絶叫をアピールしたかと思えば、言葉に成りきらない悲鳴を吐き散らす。秒単位で目まぐるしく変化するその様は、まさに狂乱という表現が相応しい。
肉体の反応も、ありふれたセックスでは見られないものがいくつもあった。一切責められていない肛門が喘ぐように開閉し、そこに尿道と膣からの白く濁った愛液が流れ込んで、ふとした瞬間にびゅっと勢いよく噴きだす様などは特に壮絶だ。
(これ流石にヤバい? 流石にヤバいやつだよね? あーもうわっかんない! せめてヒトの言葉喋れっつーの!)
翔子は焦りつつ、マシンに責めの中止を命じる。狂ってもいいと思うのと、実際に狂いゆく様を放置するのとでは、やはり大きな隔たりがあった。
責め具が引き抜かれると、里奈の肉体は分かりやすいほど弛緩する。引き絞られていた四肢の拘束具も久々に緩み、モニターのEPも加算が止まる。その数値はいつの間にか8万の大台に乗っており、里奈がどれほど暴れたのかを如実に物語っていた。
「んんっ……」
目元の機械が外れた瞬間、水漏れのように大量の涙がこぼれ落ちる。その源である瞳は眩しそうに瞬き、揺らぐ瞳孔が落ち着くのに数秒を要した。
しかし──ついに焦点の合った宝石のような瞳は、なおも光を失っていない。
「はーっ、はーっ、はーっ……あ、あははは、最高だわ! 私もまだまだ無知ね、こんな世界があったなんて……!」
絶叫マシンを体験した直後のように、息を切らせながら笑う里奈。その姿は、撮影スタッフと宏尚と、そして翔子に衝撃を齎した。
(マジ? こいつ、あれに耐えんの? しかも笑ってるとか……これがAVって業界の頂点ってわけ?)
改めて突きつけられたその事実に、翔子が眉をしかめる。
「素晴らしいです、冴草さま。これならばこの先のテストにも存分にご協力いただけそうですね。ただし、あまり羽目を外しすぎないようにご注意ください。冴草さまのEPは、すでに8万を超えておられますので」
※
「おごお゛お゛お゛お゛っ、お゛お゛お゛っ!! ん゛はっ、お゛お゛お゛っ!! ぉ゛イグっ、イっぐううう゛う゛お゛お゛お゛!!!」
マシン内部のスピーカーからは、壮絶な声が漏れ続けていた。その声だけを聴けば、恥知らずな品のない女に思えるだろう。しかしモニターに目を向け、卵型のカプセルの中で何が起こっているのかを認識したなら、その評価は変わるはずだ。あそこまでやられているなら仕方ない……と。
里奈は直立姿勢に戻され、下から突き上げる形で子宮を責められていた。グッポグッポという空気の攪拌音が、絶え間なく響いている。猛烈なピストンを繰り返すバイブは発光するタイプで、強い光が肌越しに透けて見えるため、どこまで入り込んでいるのかが一目瞭然だ。
目視できる子宮姦は、映像的なインパクトのみならず、説得力という点でも優れている。
「あうう゛っ、ふぐう゛……ううう゛っ、ぃひぐふう゛ん゛っ……!!」
里奈がまた“泣き”のサイクルに入った。俯いたままボロボロと涙を零し、爪先立ちになった脚を痙攣させる。串刺しにされたまま感電しているようだ。子宮へ入り込むバイブが視認できるならば、そんな姿にも納得だった。
ただし、それに同情の念を感じるのは人間だけだ。機械に慈悲などない。プログラムの実行タイミングが来れば、対象が泣いていようが失禁していようが、一切考慮せず責めを課す。
バチンッ、バチンッ、と肉を打つ音が響いた。凹凸付きのパドルが太腿や尻を打ち据える音だ。
「いやいい゛い゛い゛っ!!!」
肌に赤い跡を残すほどの容赦ないパドリングは、通常時であれば泣くほどの痛みを、絶頂続きの極限状態であれば震えるほどの快感をもたらす。実際に里奈も、無駄肉のない皮膚を波打たせながら、必ずと言っていいほど潮噴きに至っていた。
しかし今回に限っては、その痛みに悶えたことが仇となる。逃げようとした脚が床の愛液で滑り、一瞬とはいえ子宮だけで全荷重を受け止める杭打ち状態となる。そしてその一瞬が、里奈を残酷に突き崩した。
「わ゛ああ゛あ゛あ゛ーーーーっ!!」
開き切った口から喉を震わせるほどの悲鳴が上がり、全身が痙攣する。
「あ゛ーーっ!!! あ゛ア゛ーーーっ!!!」
地に着いた足で必死に踏ん張るが、痙攣と絶叫は止まらない。むしろますます酷くなる。その一連の反応は、彼女が薄氷に乗るがごときバランスで正気を保っている事実を伺わせた。
「ふ、はッ、はッ、はッ、はッ、はッ…………」
かろうじて姿勢と呼吸を整えても、里奈には休む暇もない。翔子がその暇を与えない。
「大丈夫ですか、冴草さま。凄いお顔ですよ」
「……だ、だっで、ずっど子宮でイってるがらっ……!!」
「そうですか、子宮で。ああ、そういえば体外からのポルチオ刺激を失念しておりました」
翔子はとぼけた口調でそう告げると、見るからに強力なマッサージ器を里奈の下腹部に押し当てる。
「あやっ!! お、お゛っ……おおおお、イグ、イグイグイグっ!!! あああ子宮がげいれんぢでるううう!!!」
里奈が身を捩ると、手足の拘束具が軋みを上げる。涙に塗れた視界では、モニターのEPが9万目前にまで迫っていた。今の増え方を考えれば、10万ポイントまでの猶予など無いに等しい。
追い込まれている。あらゆる点で。
「あらあら、ステキなお声。すみません、もっと早く気持ちよくして差し上げられたのに」
翔子はにこやかに笑いつつ、責めの命令を更新する。
里奈の身体は再び宙吊りにされ、Mの字を描くその脚の中心に、改めてバイブがねじ込まれた。ただし、このバイブも先ほどまでのものとはやや違う。発光機能はそのままに、二回り太さが増したものだ。
「がああ太ッ……あ、あ゛ーーっイグううッ!! お゛っ、おん゛っ、おん゛っ、ほおおお゛お゛お゛お゛ーーーッ!!」
これ以上はないというほど目を見開き、全身を震わせる。手足でも切り落とされているかのような表情だ。しかしその声色は濃密な快感を孕んでいるし、脳の測定器は鮮やかな赤に輝き続けている。
「盛り上がってきたところで、この映像をご覧の方にコメントをどうぞ」
翔子が唐突にリポートを要請した。勿論、辛いタイミングだと判断した上でだ。
「おっ、ほぉっ、ほぉっ……ははは、クレイジーで最高ね。けど皆、くれぐれも遊び半分でこのコースを選んじゃ駄目よ! あそこをグチャグチャにされてしまうわ!!」
里奈は楽しそうな笑みを浮かべた。時間的にもそろそろ撮影のクライマックスだ。このPRビデオに陰惨なイメージを残さないためにも、快感に喜んでいる画を多く撮らせた方がいい。そう判断した上での笑顔だ。しかしその笑みも、すぐに歪んだ表情で上書きされる。
あそこをグチャグチャにされるからやめておけ──その発言は、彼女自身の性器が壊れそうだという告白に等しい。
「あそこだけ、ではありませんよね?」
翔子は薄笑みを浮かべながら、乳房の器具を作動させた。乳腺マッサージと搾乳機能が同時に働き、里奈の胸を甘い快楽で包み込む。
「あああ胸っ、あああ゛あ゛あ゛ーーっ!!」
意識していない箇所への快感に、里奈はあえなく絶頂し、盛大に母乳を噴きこぼす。あまりにも顕著なその反応に、翔子はくすっと笑いを漏らした。
「失礼ながら。そのように気持ちよさそうな反応をなさると、あまりお言葉の説得力が……」
「あ、当たり前じゃない! 子宮でイカされつづけて、甘い快感が体中に巡ってるのよ! 乳首にだって……あ、あダメ、乳首だめ! 繋がる……あそこと、電気繋がるぅっ!!」
里奈はそう絶叫し、俯きかけたままで動きを止める。
目の前に、星がチカチカと瞬いていた。
辺り一面が仄暗い。それなのに、何もかもが白い。
この空間は心地がいい。まるで、天国……………………
『 里奈さん!! 』
「……っ、ぶはああっ!!!」
脳裏に響いた声で、里奈は意識を取り戻す。激しく噎せかえり、その勢いで吐瀉物を思わせる黄褐色の唾液がびしゃびしゃと胸に垂れ落ちた。
(あ、危なかった! 息するの、忘れてた……!!)
里奈の心臓が激しく脈打つ。窒息寸前だった事よりも、脳が警鐘を鳴らさなかった──すなわち、甘美な死を受け入れていたという事実がショックだ。
よく助かったと思う。さっきの声のおかげだ。
あの声には聞き覚えがある。それこそ今朝も、窒息しそうなほどのキスの後で囁かれた。
『出かける前にちゃんとマーキングしとかないと。『ドリーミィ・カプセル』だかなんだか知らないけど、機械なんかに僕の里奈さんは渡さない』
すっかり大人びた少年の声。
(そっか…………シュンくんが引き戻してくれたんだね)
そう思い至り、里奈はふっと笑みをこぼす。
「っ!?」
翔子が目を見開いた。
(何あいつ……笑ってる? あたしの責めがヌルいっての!?)
翔子には、里奈を追い詰めている自信があった。AV女優としてのプライドで頑張ってはいるようだが、それでも翻弄できていると確信していた。
今の笑みは、その翔子のプライドを打ち砕くものだ。
(ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!! AVクイーンだか何だか知らないけど、あんただって所詮は只の女だろ!? あたしが泣き入れさせられたこのマシンに屈服しないなんて、あるわけないんだよ!!)
翔子の指がキーボードの上で激しく踊る。
里奈の膣から男根型のバイブが引き抜かれ、入れ替わりで再び八股の密着型バイブが挿入された。
「あっ、これは……!? ひッい、いいいイ゛グッ!! しっしっしっ、子宮でえっ!しきゅうでイってるうう゛う゛う゛っ!!!」
同じ責めの繰り返しでは断じてない。挿入を経て子宮頸部をほぐしきった上でのポルチオ刺激だ。里奈の両脚は大きく開いたまま強張り、刺激を嫌うようにバタバタと暴れはじめる。
(ほらオバサン、EPがどんどん増えてくよー? 『92126』、『92335』……あーあー、もう10万オーバーとか時間の問題じゃん。プロの誇りにかけて耐えきってみせるとか啖呵切っといて、結局ダメでしたーじゃカッコつかないでしょ)
翔子が心中で嘲笑う中、里奈の腹筋が痙攣しはじめ、瞳はぐるりと上を向く。
「ぇおえっ、ごぼっ……!!」
里奈はまたしても激しく噎せ、唾液と涎、吐瀉物の混じった粘性の液体を吐き出した。
彼女の意識はそこで一旦途切れたが、翔子には休息を取らせるつもりなどない。ポルチオバイブの出力を上げ、身の内から揺さぶることで強引に覚醒させる。
「ごほお゛っおお゛お゛っ!! おおお゛ぉ゛イぐ、イぐイぐふうううん゛っ!!」
確かならぬ声で覚醒した直後、里奈の股間からはチョロチョロとせせらぎが漏れた。根元まで押し込まれた尿道バイブを無視する失禁だ。
「あらあら、嘔吐どころかお粗相までなさって。残り時間はまだ40分ほど残っていますが、もう終わりにされたいですか?」
翔子は諭すように里奈に告げた。口調こそ優しいが、『逃げるのか』という問いだ。
窒息に苦しんでいた時の里奈なら、あるいはそれを魅力的だと思ったかもしれない。しかし、今は違う。
「……冗談じゃない。こんな刺激的な体験なんてそうそうできないもの、残さず味わい尽くさせてもらうわ」
AV界を代表する女優として、駿介が憧れるAVクイーンとして、里奈は綺麗に笑ってみせた。
※
「んぎいいい゛い゛い゛い゛っっっ!!!」
断末魔のような悲鳴が、撮影部屋を震わせる。その声と同様、里奈の現状も壮絶だ。
彼女の身体はいくつもの拘束具に捉えられたまま、完全に宙へ浮いていた。膝が肩につくまで持ち上げられた、いわゆる『マングリ返し』の体位。女性にとって最も屈辱的なその格好をキープさせたまま、総決算のような責めが里奈を襲っていた。
乳頭は乳腺開発と共に搾乳され、クリトリスは激しくブラッシングされ、尿道にはマジックペンサイズのバイブが埋め込まれている。子宮を抉るアタッチメントはもはや男根を模したものですらなく、いわゆる触手に近い形状をしている。肛門にも嫌がらせのような極太の触手型バイブがねじ込まれ、実に40段におよぶ蛇腹でS状結腸を扱き続けていた。
不自然な体勢でそこまでの責めを受け、じっと耐えられるはずもない。少し前までの里奈なら、拘束具のワイヤーを引きちぎらんばかりに暴れ、手足合わせて500近いEPを叩き出していたはずだ。
ところが今は、その増加量が極端に少なかった。
『97566』
それが現在のEPだ。背水の陣という状況ではあるが、残り時間も少ないことを考えれば、追い込む翔子も悠長には構えていられない。翔子は鬼気迫る表情でキーボードを叩き、責め具の動きを激化させる。
「ああああ゛あ゛凄いっ、気持ちよすぎる゛っ!! 前もっ、うしろも゛、抉られてっ……い、イギっぱなしで、おがしくっ……ああああまたぐるっ、まだぐるう゛う゛う゛っ!!」
リポートする里奈の声が乱れはじめた。時に濁り、時に掠れ、時に裏返る。顔はチアノーゼで青ざめ、口の端からは泡にまみれた涎が垂れ続けてもいる。それでも機械に慈悲はない。
「はぎィいいい゛っ、んがぁ!! んごおおお゛お゛お゛っ! オ゛ぉイッぐ、ああオ゛ーーっ!! ずっどイッでる、ずっどイッでるうう゛っ!! いぎっ、いぎできあいっ……ふぁあああぁあんっ!!!」
壮絶な悲鳴の合間合間に、泣いているようにしか聞こえない声が混じる。手足が暴れ、EPも加算されていく。
(無駄な足掻きだって。耐えきれるわけないじゃん、そんな無茶苦茶な責め)
翔子はそうほくそ笑む。しかし、それも僅かな間だけだ。
「ぐ、うううう゛っ……!!」
里奈はすぐに持ち直し、累積EPを『97894』に食い止めた。
「なっ……!」
自分の常識を超える根性に、翔子の顔が引き攣る。
しかし、彼女にもまた意地がある。彼女はマシンに関する知識を総動員し、EPの残り2000ポイントあまりを削りにかかった。
最強のAVクイーン相手に、AVの真似事をしても無駄だろう。ゆえに、人間相手では実現できない責めを叩き込んでいく。
挿入からの疑似射精をひたすら繰り返し、子宮内部はおろか膣さえも飽和させて腹部をぽっこりと膨らませ、その状態でアソコに栓で密封する。その状態で激しくアナルにピストンを仕掛ける。これは相当に効いた。
「ぎぃいい゛っ、しぬ゛っ、しぬう゛っ!! げほっ、おお゛え゛っ!! も、もう、もう゛……っ!!!」
『死ぬ』と嘔吐を繰り返し、その果てに『もう』という言葉を繰り返す。『もうやめて』『もう許して』……そうした哀願の言葉を漏らしかけているのは明らかだった。
それでも、里奈は凌ぎきる。何度となくアナルアクメを繰り返しながら、膣の栓を吹き飛ばした時点で、EPは『98752』。
「くっ……!!」
もはや翔子には、態度を繕う余裕などない。モニターの中の里奈を睨みながら、悪意ある設定を叩き込んでいく。
膣に触手型のバイブを3本突っ込み、後ろの穴にも蛇腹バイブを2本挿しして、苛烈な抜き差しを繰り返す。乳首や下腹はもちろん、腋にさえ電気パッドを装着して刺激する。そしてついには、口にさえ触手型のバイブを突っ込み、喉奥を激しく蹂躙する。まさに体中、穴という穴を蹂躙するハードプレイだ。
「もごっ、ほもっごぉおお゛お゛っ!! むぐおお゛お゛っ、ィいお゛え゛ッ!! おっお゛お゛、もおごろえお゛おお゛エ゛っ!!!」
喉奥を蹂躙され、粘ついた汁を掻き出されながら、里奈は着実に追い詰められていく。
(なるほど、これは人間相手じゃ味わえないわね。ファンタジーの世界で強姦されてる気分だわ……!)
ぼやけた頭でそう思考する間にも、膣は3本の触手に蹂躙され、テニスボールほどもある先端部分が代わる代わる子宮口を突破してくる。肛門の2本の触手は、無数の蛇腹で直腸をイジメ抜きながら結腸にまで侵入し、それぞれ別方向に蠢いて強引に門を開きにかかる。その際に生じる便意に似た何かは、人間の尊厳を根こそぎ消し飛ばすかのようだ。尿道、クリトリスの刺激とて馬鹿にはできない。本来ならその刺激だけで泣かされ、屈服させられかねない強烈さがある。腹部、内腿、上腕、腋……そこに取り付けられたパッドからの刺激も、今や絶頂に直結する。
しかもそれらの刺激は、各所独立しているわけではない。それぞれがそれぞれと結びつき、影響しあって、里奈の全身を高圧電流のように駆け巡る。
それでも、里奈は耐えた。暴れようとする手足に力を籠め、逃げようとする腰を押しとどめ、折れようとする心を鼓舞し続ける。
(……うそ。ウソ、ウソ、ウソだ!!)
時計を睨みながら、翔子は歯噛みする。しかし、現実は覆らない。残り時間は刻一刻と減り、4時間におよぶコースの終了時間が迫る。
「んぐううう゛う゛っ、はおおお゛お゛お゛ーーーっっ!!!」
口からバイブが引き抜かれると、里奈はすぐに喘ぎを漏らした。そこへ快感の高波が襲えば、ここぞとばかりに全身を仰け反らせて快感を訴える。
「お゛っ、お゛っ、おおおおお゛イグううう゛っ、イグの見てえええーっ!!」
恥じらいのない痴女に見えるかもしれない。しかしこれはAV女優としてのプライドだった。苦しくても辛くても、撮影から逃げずに快感に浸る演技をしてみせる。それこそがAV女優・冴草 里奈のあるべき姿だ。
「ああああそうよ、突いて、抉って、滅茶苦茶にして! あなたは最高よ……このマシンは最高よぉーーーーっ!!!」
里奈は高らかにそう叫ぶと、母乳と潮を噴き散らしながら、反った全身を痙攣させる。その絶叫と絶頂を最後までカメラに収めきったところで、タイマーが鳴り響いた。
終わってみれば、すべてが里奈のシナリオ通りだった。
撮影の締めはPR動画として文句なし。そして最終的なEPは『99994』。
「……ふふ、結構ギリギリだったのね」
並んだ数字を見てにこりと笑う里奈を見て、翔子は悟った。
(こいつまさか……狙ったの? 最後のあの痙攣まで含めて、ギリギリ10万以下になるように? でもそんな、あと6キロの負荷でアウトだったのに……)
撮影終了後の弛緩した空気の中、翔子の血だけが冷えていく。そんな中、マシンの中から助け出された里奈は、硬い表情の翔子に笑いかけた。
「なんとか10万ポイント以内に収めたけど、正直勝った気がしないわ。随分と恥を晒してしまったもの。何度か気絶もしちゃったし」
「……このマシン相手では当然かと。人間の耐久力にも限界はあるんですから」
「いいえ、身体の限界じゃないわ。このままじゃ狂っちゃう、死んじゃうって思って、自分から暴れたり意識をシャットダウンしたのよ。つまり気持ちで負けたの。たとえ皆がよくやったって褒めてくれたとしても、私自身が逃げたことを解っちゃってる」
里奈は心底悔しそうだった。無慈悲な機械にあれだけ無茶をされたら、逃げたいと思って当然だろうに。なんというストイックさ。まるで一流のアスリートだ。
「またプライベートでリベンジさせてね。次も手加減なんていらないわ」
里奈はそう言って翔子に握手を求める。汗と鳥肌に覆われたその手を前に、翔子はゴクリと喉を慣らした。
「……お待ちしております、冴草さま。ただし、次回来店される時はまた機能がアップデートされているかもしれませんよ? 今回のテストで、『最高のAV女優』のデータがたっぷりと採取できましたので」
「望むところよ」
互いに笑みを浮かべながら、がしりと握手を交わす里奈と翔子。どこまでか悪意で、どこまでが敬意なのかわからない。
「……女って、こえー……」
蚊帳の外ですべてを見届けた宏尚は、しみじみとそう呟いた。
終わり
機械姦注意。また微スカトロ(ドナン浣腸とゼリー排泄、失禁)要素があります。ご注意ください。
────AM7:30 エステ『ドリーミィ・カプセル』バックヤード────
「なによ宏尚(ひろなお)、あんたこんな朝っぱらからAV観てんの?」
店のモニタールームを覗き込んだ安西 翔子が、意外そうに目を丸くした。
「な、なんだよ……悪ぃか?」
宏尚はバツの悪そうな顔で応じる。
「別に悪いとは言ってないでしょ。でもあんた、『店の映像で女のハダカなんていくらでも見られるんだから、AVなんて観る気しねー』とか言ってたじゃん」
「ぐっ……!」
確かに思い当たるフシがあり、宏尚は言葉に詰まった。
女性用性感マシン『ドリーミィ・カプセル』は、その名の通り女性に夢のような体験をさせる機械だ。人間相手では実現しえない、機械ならではの責めの数々で来店者を悶え狂わせる。そのサービスを提供する裏で、宏尚はマシン内部の映像を個人的に堪能する趣味があった。話題につられて来店した若く美しい女性が、機械の無慈悲な責めにのけぞり、痙攣し、ついには涙ながらに哀願さえする無修正映像は、一般的なアダルトビデオよりもよほど刺激的だった。
「うるせーなあ。AVっつっても、この人のだけは別なんだよ!」
「はいはい、キレんなってモジャブタ」
憮然とした表情でモニターを示す宏尚。翔子はその態度を鼻で笑いながら、モニターに視線を向ける。小馬鹿にしたようなその表情は、しかし、徐々に驚きへと変わっていった。
究極──そんな言葉が翔子の脳裏に浮かぶ。
その映像の中に、半端なものは一つとして存在しなかった。老いを感じさせる色黒のAV男優の巧みな前戯。雄々しい巨根によるスムーズな3穴責め。人並み以上にセックス経験のある翔子には、それらがどれだけ『たまらない』かが良く理解できる。ほんの数分ばかり映像を見ただけで、思わず股間が疼くほどに。
その責めを一身に受ける女優もまた、凡庸ではなかった。激しく喘ぎ、乱れながらも、美しいという印象が崩れない。ルックスも女優顔負けのレベルだが、何より身に纏うオーラが異質だった。アダルトビデオなどには縁遠い良家の令嬢にも見える。逆にAV女優こそ天職の淫魔にも見える。綺麗さ・可愛さ・純真さ・妖艶さなど、女性としての魅力の全てを兼ね備えた、まるでヴィーナスの化身だ。
「…………っ!!」
今度は翔子が絶句する番だった。
翔子もルックスには自信がある。最上級の織物のような長い黒髪。 猫のようにくっきりと開いた吊り眼。スペイン系クオーターゆえの完璧すぎる鼻筋。 見事な八頭身のスタイル。その暴力的なまでの見目の良さで、高校時代は男子人気を独占し、女王のように君臨していた。だが、もし高校時代にあの女優がいたなら……ルックスの良さで翔子と競り、独特のオーラを放つあんな同級生がいたなら、翔子が牙城を築くことなどできなかっただろう。
「ふーん。まあ綺麗めだけど、今どきのAV女優でこれぐらいのルックスなんて普通でしょ」
翔子はそう捨て台詞を吐くのが精一杯だった。しかしその渾身の恨み節にも、宏尚は動じない。むしろ、にやりと笑ってみせた。
「普通かあ。でも、だとしてもヤバいぜ。だってこの人、このAVん時で32だし」
「さんっ……!?」
翔子はまたしても絶句する。改めて画面を見ても、悪い冗談としか思えない。見た目の印象、雰囲気、肌の艶や汗の弾かれ方……どれもがせいぜい女子大生レベル、下手をすればティーンのそれだ。今まさに喉奥まで咥え込まされて噎せ、ふっと上を向いた顔などは、幼い少女にすら見える。
「信じられねーだろ。でもホラ、もう10年以上AV出てる大ベテラン!」
宏尚はそう言ってモニターデスク横のラックを開く。そこには同じ女優名のビデオがずらりと並んでいた。その数は数百にも及ぶ。あのヴィーナスの魅力がそんなにも世に発信されているという事実に、翔子は眩暈がする思いだった。
「あれ、つか待って。この人、『冴草 里奈』って……?」
「お、気付いた? そ、今日AVの撮影したいってオファーがあった女優。あのAVクイーンにナマで会えるって思ったらテンション上がってさあ、コレクション観返してんだよ!」
アダルトビデオのパッケージを撫でながら、デレデレと頬を緩める宏尚。そんな姿を前に、翔子は冷ややかな視線を浴びせる。
「ま、そういう訳だから。よろしく頼むよ、『助手』クン!」
「……お前、マジでまたイジメんぞ?」
超人気エステ『ドリーミィ・カプセル』に冷ややかな空気が立ち込める。その原因となった冴草 里奈は、その頃……
────AM7:50 マンション『リーゼロッテ朝陽』205号室────
「よく飲むねーユウくん。ママのおっぱい、好き?」
夢中で母乳を吸う息子に、AVクイーン・冴草 里奈は愛おしそうな笑みを向ける。彼女が撮影で見せてきたどんな表情とも違う、慈しみと希望に満ちた笑顔だ。
「はーあ、離れたくないなー。一日が100時間くらいあればいいのに。そしたら90時間はユウくんと一緒にいられるよ」
満腹になった息子をあやす動作も、すっかり板についていた。
「一日が100時間もあったら、子供なんてあっという間に大きくなって抱っこできなくなるよ」
「んー、そっかぁ。シュンくんが言うと説得力あるね。ちょっと前まで子犬みたいだったのに、グングン大きくなっちゃってさ」
里奈は背後から近づく男を見上げる。男……駿介は里奈が抱く子供の父親だ。以前は里奈の後をついて回るだけの子供だったが、それから2年経って18歳となった今では、軽く里奈の背丈を越えていた。
「僕だってもう一児の父親なんだから、子供のままじゃいられないって」
駿介はポンポンと息子の頭を撫でると、デスクに座って仕事に勤しみはじめた。
駿介は高校生でありながら凄腕の動画編集者だ。表立っては言えないが、ここ最近の里奈のAVのモザイク処理や編集・PR等はすべて駿介の手で行われており、その手腕は古参のファンからも高い評価を受けている。将来的にはAV監督になり、『冴草 里奈』という最高の逸材をプロデュースする夢を持っているが、それは里奈本人にも話していない密かな野望だ。
「そういえば、母さんもうすぐ来るって」
駿介はふと思い出し、里奈の方を振り返った。愛息子の額にキスをしていた里奈は、その言葉にびくりと肩を震わせる。
「そ、そっか。お義母さんにはいつもお世話になりっぱなしで申し訳ないなぁ」
「別にいいでしょ、母さんも好きでやってるんだろうし。やりたくないことは意地でもやらないタイプだから」
「そうは言ってもねぇ……」
いつも自分の哲学に沿ってハキハキと話す里奈だが、珍しく歯切れが悪い。しかしそれも当然だった。なにしろマンションの隣に住む高校生に手を出し、子供まで設けたのだ。その母親に対して頭が上がらないのも無理はない。
とはいえ、駿介の両親は諸々の事実を伝えられた時、一言も里奈を責めなかった。自分たちは冴草里奈という人間を信頼しているし、息子もまた一時の感情で告白するような子供とは思っていない。当事者の2人が本気で愛し合っているなら、こちらも全力で応援する。そう宣言し、実際に母親は忙しい里奈に代わって孫の面倒を積極的に見ていた。
「……あ、そろそろ出ないと」
「っ!」
里奈が時計を見て呟くと、今度は駿介の顔が強張る。
今日の里奈の撮影は、『ドリーミィ・カプセル』と呼ばれるマシンの体験ドキュメンタリーだ。オファーを受けてネットで情報を調べたところ、かなり強烈な代物であることがわかった。ドリーミィと名がつく通り、そのマシンは女性を夢見心地にする。しかしそれはメルヘンチックな意味とは程遠い。一度『ドリーミィ・カプセル』の快感を知った女性はその味を忘れられず、夫や恋人を放置して足しげく店へ通うようになるという。ネットには、マシンに最愛の女性を“寝取られた”男達の怨嗟の声が渦巻いていた。
『まるでホスト狂いか、ドラッグの依存症ね。そんなに凄いのかしら』
青ざめる駿介の横で、里奈は興味深そうにそう呟いた。冴草里奈という女性は知識欲の塊だ。高学歴な才媛でありながらAVという世界に身を置いているのも、性への飽くなき探求心があればこそだ。そんな里奈が、『ドリーミィ・カプセル』に興味を示さないはずがなかった。予約殺到の店だけにAV撮影の日取りが決まるまでは数か月かかったが、里奈はずっとその日を心待ちにしていた。だからこそ駿介は行くなとは言えない。かといって、心配するなというのも無理な話だ。
「……里奈さん、待った」
駿介は椅子から立ち上がり、靴を履きかけの里奈を抱きしめる。そして、自然な流れで唇を奪った。
「ん……っ」
高校生とは思えぬほど巧みなキスだ。唇は生き物のように蠢き、口内に侵入した舌先は里奈の歯茎、舌の付け根、そして上あごの粘膜を丹念に舐めまわす。
「んんっ、んんんんっ……!!」
里奈はゾクゾクと身を震わせ、たまらずに駿介の胸を押しのける。唾液の糸を引きながら口が離れた時、里奈の頬は紅潮しきっていた。
「はあっ、はあっ……もう、シュンくんっ! キスだけでイカせるつもり!?」
「そうだよ? 出かける前にちゃんとマーキングしとかないと。『ドリーミィ・カプセル』だかなんだか知らないけど、機械なんかに僕の里奈さんは渡さない」
笑顔でそう言い放つ駿介。里奈は口元を拭い、やや悔しげにその顔を睨み上げる。
「あんのチビちゃんめぇ。ホント、やってくれるわ……!!」
外は日和も良く、朝から少し蒸し暑い。しかし里奈が手うちわで顔を扇ぐのは、また別の理由らしかった。
※
「よ、ようこそ、お待ちしてました」
事前にシミュレーションを重ねたにもかかわらず、宏尚は初めの挨拶を噛んだ。満を持して対面した本物の『冴草 里奈』に呑まれたからだ。AV業界のトップタレントだけに引き連れるスタッフの数も多く、大物感が増しているのもある。しかし何といっても、里奈本人の纏うオーラが一般人とは明らかに違った。
(……なんなの、この女……!?)
撮影陣を迎え入れた安西 翔子も、同じく舌を巻く。学生時代は学園のマドンナ、社会人になってからはスーパーモデルとして男の視線を釘付けにしてきた自分が、一瞬にして脇役に成り下がったのを感じる。ルックス云々の話ではない。もっと根本的な部分が違う。
「お忙しい中、お時間を頂き有難うございます。今日は色々と勉強をさせていただきます!」
カリスマAV女優は、そう言って恭しく頭を下げた。場慣れしているがゆえの社交辞令に違いない。実際には擦れた人間で、撮影が終われば煙草をふかしながら「生意気なガキ共め」と陰口を叩くに決まっている。しかし里奈の人懐こい笑みを見ていると、本当にこちらを尊重してくれているのでは、という気分になってくる。
(ウラの業界に長く居座ってるだけはあるね。人誑しの女狐が)
早くも鼻の下を伸ばしているパートナーの後ろで、翔子は無表情のまま毒づいた。
「……なるほど、だから暗いカプセルの中でも肉眼に近いレベルで撮影ができるのね。スマホのアプリと似た感じに思えるけど、あっちは動きの激しい物の撮影は上手くいかないと聞いたわ」
「さすが、よくご存じですね。そこには勿論改良を加えていて……」
「……ああ、なるほど! 凄いわねぇ、よく考えられてるわ」
撮影の準備が整うまでの間、里奈は積極的に宏尚に話しかけた。システムに関する質問を次々に投げかけ、宏尚の答えに一喜一憂する。宏尚はそんな里奈の姿に見惚れた。自然とタメ口になっているが、不快感はない。むしろ距離を詰めてくれたことが嬉しくさえある。
(なんていうか……魅力の塊って感じの人だな)
宏尚は呆けた頭で思う。様々なものに興味を持ち、くるくると動く瞳は愛らしい。納得して頷く姿は理知的であり、ふとした瞬間に見せる表情は聖母のようだ。
こんな彼女の妊娠が公表された時、ファンの受けた衝撃は相当なものだった。芸能アイドルの熱愛報道すら凌ぐ反響があった。しかし冴草 里奈はアイドルではない。貪欲な彼女は妊娠さえプラスに捉え、妊婦物AVというジャンルに飛び込んだ。妊娠初期から出産間近な時期までに、各レーベルから発売された作品は実に22本。瑞々しくも妖艶なAVクイーンが腹部だけを歪に膨らませ、母乳を噴きながら絶頂するそれらの映像は、多くのファンに新しい扉を開かせた。
『完全にやられた。もう経産婦じゃないと抜けねえ』
『あれ見た後に19歳の処女喪失モノ観たけど、味のしないガムみたいだった』
里奈の非公式ファンサイトには、連日こうした感想が書き込まれていた。そして衝撃を受けたのはファンだけではない。カリスマ男優として業界内で里奈と双璧を為し、長らくのパートナーでもあった増谷準が、妊婦物作品を最後に里奈との共演NGを表明した。
『恥ずかしいハナシだけどさ。今さら完全に惚れちゃったんだよね、あの子に。男優ってあくまで役者だから、女優に入れ込んじゃダメなんだよ』
AV産業を黎明期から支え、現人神とまで呼ばれた増谷準。それを篭絡せしめた今の里奈は、名実共に最高のAV女優といえる。
「冴草さま。まもなく撮影の準備が整うとのことです」
翔子が事務的な口調で里奈を呼ぶ。
「分かったわ、ありがとう。店長さんも、色々教えてくれてありがとう!」
里奈は宏尚に満面の笑みを向ける。宏尚は一回りほども年上の相手を、思わず愛らしいと思った。
「あ、いえ! 里奈さんも、その、実験する側がこういう事言うのもアレなんですけど……頑張ってください!」
「ええ、AVクイーンの意地を見ていてちょうだい。……みんな、最高の映像を作るわよ!」
宏尚に改めて笑いかけ、プロの顔になってスタッフへ檄を飛ばす里奈。その姿を宏尚はボーッとした視線で追った。斜め前に立つ翔子の、苛立たしげな歯噛みにも気付かずに。
※
宏尚が初めて目にするアダルトビデオの撮影現場は、なんとも落ち着かないものだった。『ドリーミィ・カプセル』本体を映す三脚つきのカメラが2台、機械内部の映像を映し出すモニターの正面にもカメラが1台。他にもマイクを構えたスタッフや照明機材も存在するため、部屋が狭く感じる。普通の撮影ならばそこに男優まで加わるのだから、さぞや騒々しいことだろう。
そんな中で最初に行われたのは、予約特典用の動画撮影だった。
シャワーブースの戸を開け放ったまま、艶めかしく身体を洗う里奈を映したものが<店舗予約特典>。
風呂上りの里奈にM字開脚をさせ、クスコで開いたプレイ開始前の膣内状態を撮影したものが<WEB予約特典>。
この2つの撮影風景を見ているだけでも、宏尚は鼓動が早まった。笑みを湛えたまま羞恥プレイを強いられる里奈の姿が、実験動物のように思えた。これがよく知らない女性なら、純粋に興奮できたのかもしれない。だが今の宏尚は、客観視するには里奈に入れ込みすぎていた。里奈との絡みをNGにした増谷のように。
予約特典の撮影後、改めて里奈にメイクが施され、撮影用の紐パンツを着用させた上で、ようやく本番シーンの撮影が始まる。
「当店のコースには、S、A、B、Cの4コースがございます。Cは性経験なし~初心者様向け、Bはセックス経験10回以上を目安とした中級者様向け、Aは上級者という自負のある方向け。そしてSは、Aコースでもご満足いただけなかった超上級者様向けのスペシャルプランです。冴草さまはプロのAV女優とのことですので、コースはS、時間は最長の4時間コースとさせていただきます」
白衣を着た翔子が、淡々とコースの説明を行う。説明役ならば店長である宏尚こそが適任のはずだが、画面映えの関係で翔子が抜擢された。翔子もまた、高校の教師すら誑し込むほどの美貌の持ち主だ。視聴者にとっては眼福だろう。
「もう一点。アダルトビデオの撮影ではありますが、ドリーミィ・カプセルのモニタリングでもあるため、過剰に喘いだり身体を揺らしたりといった演技は不要です。……もっとも、そのうち演技などする余裕すらなくなるでしょうが」
翔子は真顔のまま解説を続けつつ、最後の一言で口の端を吊り上げる。そこには隠しきれないサドの気が滲み出ていた。
「自信満々ねぇ。いいわ、相手にとって不足なしよ」
里奈はにっこりと微笑み返す。悪意をまともに受け止めるほど幼稚ではない。だがその余裕のある態度は、翔子にとっては面白くないだろう。
「では、始めさせていただきます」
翔子はそう言って、『ドリーミィ・カプセル』の正面にあるデスクに腰かけた。かつては機械の操作はリモコンで行っていたが、現在はプログラムも複雑化しているため、パソコン上の専用システムであらゆる動作を管理している。
翔子の指がキーボードを叩くと、卵型のカプセルの蓋が開いた。
「……っ!」
機械の中を覗いた里奈が、一瞬顔を強張らせる。大小様々なモニターと配線に囲まれたコクピットのような座席は、ほとんどの女性に馴染みがないものだ。そこに閉じ込められる未来を想像して、躊躇しない人間などほとんどいない。
しかし、そこは好奇心旺盛な冴草 里奈だ。たじろいだのはほんの一瞬で、次の瞬間にはふわりと宙を舞いながら機械内部に降り立っていた。乗り方ひとつにしても、これまでのモニターとは華が違う。
里奈がシートに腰かけた瞬間、翔子の指が躍る。その直後、シートが変形し、里奈の手足にも拘束具が取り付けられる。
「あいつ……!」
宏尚は眼を見開いた。
拘束の仕方は設定者……つまり翔子が自由に決められる。それが悪意に満ちていた。腕は両腋を晒す万歳のポーズ、脚は出産時のような大開脚だ。
「これはまた……随分と恥ずかしい格好させてくれるじゃない」
里奈は苦笑するが、AV撮影という目的を考えれば不適切とは言えない。それよりも気になるのは手足の拘束具だ。
(ずいぶん厳重ね)
腕や脚に食い込まないよう、内部にクッションはあるものの、巨漢に掴まれているような圧迫感がある。対象が激しく暴れることを想定した拘束だ。
「冴草さま。そのまま手足を動かしてみてください」
翔子がパソコン横のマイクに向かって告げる。その声は肉声でも聞こえるが、カプセル内部のスピーカーからも流れた。カプセルの密封後も、このスピーカーから指示が受け取れるようだ。
「んっ! く……っ!!」
里奈は指示通り、拘束された四肢を内に閉じようとする。しかし、ほとんど動かない。高負荷のペクトラルフライやヒップアダクターのように、少し動かすにもかなり力がいる。体型維持のためにジムで鍛えている里奈は、一般的な女性よりも筋力があるはずなのに。
「んっ……ガッチリ拘束されてるわね。ほとんど動けないわ」
そう言って一息ついた里奈は、目の前のモニターに緑色の表示が出ていることに気が付いた。英数字の『63』。乗り込んだ時にはなかった表示だ。
「お気づきになったようですね。その数字は『EP(エスケープポイント)』。平たく申し上げれば、手足をバタつかせて逃げようとする強さの指標です」
エスケープ。その言葉に里奈がピクッと反応する。逃げるというのは、里奈がもっとも嫌う言葉の一つだ。特定のジャンルで一流と呼ばれる人間が、押し並べてそうであるように。
そんな里奈の胸中を知ってか知らずか、翔子はマイクに向かって囁きつづける。
「冴草さまの測定値は63。これは63キロの強さで手足の拘束具が引っ張られたということです。参考までに申し上げれば、成人男性の背筋力が平均140キロ、トップアスリートでも200キロ台と言われています。ところが……絶頂して暴れている女性は、なんと300キロ台を記録することもままあるのです」
「へえ……火事場の馬鹿力ってやつね」
「その通りです。今回冴草さまには、このポイントを一定数以下に抑えるというチャレンジに挑んでいただきたく存じます。SコースをMAXの4時間体験された場合、一般的なお客様であれば平均して20万ポイント程度を記録されますから、冴草さまにはその半分以下……10万ポイント未満で耐えていただきます」
翔子の声色は、ここで明らかに笑いを孕んだ。事前の取り決め通りのルールではある。しかしこれがどれほど無謀な試みかは、宏尚や翔子にしかわからない。人間には限界がある。一日4リットルの水が必要な環境を2リットル以下の水で凌ぐことなど自殺行為だ。宏尚も一応その説明はしたが、この撮影を取り仕切る黒田という監督は、無茶なぐらいでいい、里奈がまた壁を超えられると笑っていた。
「では、冴草さま。カメラに向けて意気込みをどうぞ!」
翔子がコメントを求めると、里奈はにこりと笑みを作る。宏尚にとっては見慣れた綺麗な笑顔だが、彼女の様々な素顔を知った後ならば、それが繕われた外向けの笑みであることがよくわかった。
「冴草 里奈よ。このマシンはどんな女でも狂わせるって触れ込みだけど、プロの誇りにかけて耐えきってみせるわ!」
※
蓋が閉じられると、カプセル内部は棺か石牢かという雰囲気に変わる。宏尚曰く、希望すれば日焼けマシンのようにライトアップすることも可能らしいが。
「入り心地は如何ですかー?」
カプセル下方のマイクから翔子の声がする。今やそれが唯一の外界との繋がりだ。
「うーん、少し怖いわね。暗くて計器の光ぐらいしか見えないし、何より密閉されてるから圧迫感があるわ。ある意味、快感に集中しやすい環境とも言えるけど……これ、ちゃんと私の姿映ってるの?」
「はい。冴草さまは現在、向かって右側のモニターをご覧になっておられますよね?」
翔子の言葉通り、里奈の動きはしっかりと把握されているようだ。
アームの駆動音が響き、頭にカチューシャ状の何かが取り付けられた。
「当店オリジナルの脳波測定器です。常に被験者の脳波を探り、時にはエクスタシーへの最短経路を弾き出し、時には絶頂の際で刺激を遮断します。また、対象が絶頂状態を検知して発光する機能もございます。冴草さまが絶頂しておられない今は黒色ですが、絶頂へ近づくほどに鮮やかな赤へと変わっていき、深い絶頂状態となれば散光式警光灯……いわゆるパトランプのような眩い赤となります。映像をご覧の方は、ぜひ頭の測定器にもご注目ください」
淡々とした解説に、キーボードを叩く音が重なる。次の責めの合図だ。
『 リンパ マッサージ 』
正面上部のメッセージウィンドウにそのカナ文字が出力され、同時に機械音声が流れた。その直後、里奈の太腿の付け根付近に大量の電気パッドが取り付けられる。
「あっ」
ヒヤリとしたその感触に、里奈は思わず声を上げた。直後にパッドを通して電気刺激が与えられると、やはり声が出てしまう。
「如何ですか、冴草さま?」
「んっ、ビリビリするわ。筋肉が勝手に動いちゃう感じ……」
「下半身を電気で刺激し、血流を良くすることでオーガズムを迎えやすくします。膣分泌液の量も増えるようです」
翔子の解説の最中にも、里奈の太腿は意に反して強張り続けていた。最初こそむず痒さが勝っていたものの、次第に太腿全体にじんわりとした熱さが生まれはじめる。
「んっ……。これは、中々のテクニシャンね」
ピクッ、ピクッ、と太腿が反応する中、里奈は顔が綻んでいくのを感じた。小さな電気パッドによる刺激は、小人が一生懸命に凝りをほぐしてくれているようだ。
「上手い上手い。偉いぞー」
里奈はパッドに向けて囁く。マイクに拾われない程度に囁いたつもりだったが、あらゆる音を逃さない高性能な集音マイクは、その囁きをしっかり外部へと発信した。
「ふふっ」
カリスマ女優らしからぬ愛らしい行動に、スタッフから笑みがこぼれる。宏尚も思わず破顔した。そんな空気の中で、翔子だけはあざといとも取れる里奈の行動に鼻白む。
「ああ冴草さま、申し訳ございません。せっかくのSコースだというのに、ついソフトな前戯から始めてしまいました。改めてSコースの責めをご堪能ください」
その言葉の直後、里奈の足の間に台座がせり上がってくる。角度がやや鈍角、かつ背の丸い三角木馬という風だ。股割りの危険はなさそうだが、それはショーツ越しにしっかりと股座へ食い込んだ後も上昇を続ける。脚がピンと伸び切り、足首の拘束具が下に引かれてもなお止まらない。
「ぐっ、うっ……!」
爪先立ちでも足先がカプセル底部につかなくなり、完全に宙へ浮く形となったところで、ようやく台座は上昇を止めた。
「く……」
里奈は股間の痛みに唇を結ぶ。だが直後、台座が強烈に振動を始めれば、すぐに我慢は利かなくなった。
「あああああっ!!」
刺激は強烈だった。クリトリスと割れ目すべてに電気マッサージ器……いわゆる『電マ』を押し当てられているようだ。普通であればたちまち感覚が麻痺しそうなものだが、ショーツ越しというのが絶妙だった。薄い布を噛ませることで刺激はやわらぎ、同時に快感は布を伝って広く伝播する。ショーツに覆われている場所……デルタゾーンや臀部にまで。
「ご覧ください皆さま。冴草さまの脳波測定器がピンク色に変色しているのがお分かりでしょうか。明確な絶頂には至っていないものの、着実にそこへ近づいているという証明です」
翔子の声が高らかに響く。自信に溢れたあの声色がウソだとは思えない。他人には里奈の絶頂度合いが見えているのだろう。しかし、当事者である里奈だけがカチューシャの色を視認できない。それがもどかしい。
「くうう、うっ……!!」
振動が始まってから、5秒で陰唇が痙攣しはじめた。10秒でショーツが濡れているのを自覚し、20秒で内腿にまで愛液が垂れるのを感じた。そして間もなく30秒を迎えようという今、陰唇からはじまる戦慄きは内腿にまで伝播し、愛液はどぷどぷと吐かれつづけて台座の斜面を流れ落ちていく。
「うーん……測定器の色が点滅していて、絶頂しているのかその間際なのかハッキリしませんね」
その翔子の言葉に、キーボードの打鍵音が続く。直後、里奈の両足首の拘束具が下に下がりはじめた。木馬の背はいよいよ食い込み、濡れたショーツを膣内に押し込みながら性器全体をぐちゅりと潰す。
「はぐううううっ!!!」
数百本のアダルトビデオに出演した身といえど、局部の一点にここまで負荷を受けた経験はほとんどない。
(さすがは最上級コース、まるで拷問ね……!)
里奈は唇を噛み締めながら思う。
拷問というのは言い得て妙だ 機械の中は狭く、暗く、地下牢か何かを思わせる。匂いが籠もるのも無視できない問題だ。汗の匂いと愛液の匂いが混ざり合い、メスの匂いとでもいうべきものになっている。
(心の弱い子なら病みかねないわ、こんな状況)
そうも思うが、すぐにその考えの馬鹿らしさに気付く。心の弱い娘がこんなコースを選ぶはずもない。これを選ぶような人間はよほどの好き者だ。
本来であれば、里奈もこうした刺激を堪能するのは吝かでない。しかしそれは、悦びを素直に発露できればの話。今それはできない。EP(エスケープポイント)という制約があるからだ。
「はあっ、はあっ、はあっ……あイク、イッく、イクッッ……!!」
里奈は喘ぎながら絶頂を宣言する。見ている人間に絶頂をアピールするAV仕草だ。
「冴草さま? 過剰な演出は不要とお伝えしたはずですが。冴草さまが絶頂されているのは脳波測定器の赤さでハッキリと解りますので、口頭での追加報告は不要です」
翔子の嗜めがユーモラスな空気を作ったのか、撮影スタッフの笑い声がスピーカー越しに聴こえてくる。
「……わかったわ」
里奈は声を抑えようとした。しかし、長年の習慣はそう簡単には変えらない。
「あ゛イグ、イグッ!!」
『電マ』系列の刺激にたまらず絶頂し、その事実をマイクに伝える。
「冴草さまー?」
待っていたとばかりに呼びかけられる。だが今の里奈には、それを恥じる余裕すらなかった。
(く、苦しい……! 電マでこんなにイカされちゃ、息ができないわ……!!)
強烈な刺激で立て続けに絶頂させられ、腹筋が異常に力んでいる。その苦しさを和らげるために手足をひきつける動きをすると、その度に真正面の英数字が増えていく。
『581』
『657』
『738』
力むたびにこの調子でEPが増えていくものだから、里奈は手足をなるべく脱力させているしかない。そして勿論そうなれば、逃げたくなるほどの刺激を性器だけで受け止める結果となってしまう。
そんな地獄がいったい何分続いただろう。酸欠で嘔吐感を覚え、視界が狭まりはじめた頃、ようやく台座の振動が少し弱まる。
「……ぶはっ、はあっ!はあっ!はあっ!!」
里奈は溜めていた息を吐き出し、激しく酸素を求める。久々に水面から顔を出せたような気持ちだ。
しかし、休憩が長く続かないことも里奈は理解していた。またしてもキーボードの打鍵音が響き、宙吊りになった身体の左右側面から何かが迫る。
まずは、電極。吸盤のついた電極が乳房の各部に吸い付き、電気マッサージの要領で揉みほぐしてくる。 太腿のそれと同様、この刺激も緻密に計算されつくしており、プロの男優が行う愛撫と何ら遜色がない。
「如何ですか、冴草さま。このマシンの乳腺開発は気持ちいいでしょう」
「そ、そうね……こっちも中々のテクニシャンだわ」
「嬉しいお言葉でございます。ですが、本番はここからですよ」
翔子の声に続き、今度は胸の先に“何か”が近づいてくる。
「え? 何……!?」
幾度もの絶頂で屹立した乳頭。そこに取りついたものは、肉眼では捉えられない。髪の毛の1/20の細さしかない端子が無数に乳頭に取り付き、乳腺へと入り込む。
「んああっ!? な、なにこれ……!?」
人力を超えた未経験の乳腺マッサージは、AVクイーンから不安げな悲鳴を絞り出した。
「胸の中を直接揉まれているようでしょう? 実は私もこのサロンに初めてきた時、それを体験したんです。よくわからない感覚なのに信じられないぐらい気持ちよくて、泣きたくなりました。あの頃の私でもそうなんですから、出産をご経験されている冴草さまなら、もっと気持ちがよろしいんでしょうねぇ」
翔子は昔を懐かしみながらクスリと笑う。しかし、里奈は笑うどころではない。電極によるマッサージと直接的な乳腺開発の相乗効果で、母乳がぶしゅぶしゅと飛沫いている。しかもそれが気持ちいい。肩まで震え上がるほどに。
「くふうぅンっ……!!」
下唇に歯を立て、未曽有の快感に耐える里奈。しかし翔子がそんな状態を許すはずもなかった。
「母乳が出る方には、こういったサービスも行っております」
おそらくはカメラに向かってそう言うと、里奈の乳頭に取りついた端子を抜き去り、入れ替わりに透明な搾乳器を取り付ける。
「!!」
未来を予見した里奈が覚悟を決めるよりも一瞬早く、吸引が始まった。諸々の刺激で屹立しきった乳頭がさらに引き延ばされ、どぷどぷと母乳を噴きだしはじめる。
「くああああっ!!」
搾乳のもたらす快感はあまりにも甘く、里奈は仰け反りながら絶叫する。そう、この刺激は甘い。脳髄にまで染みるような危険な甘さだ。
(なにこれ、こんなの知らない……! これ、さっきの刺激より……っ!!)
口を開閉させて涎を止めつつ、涙さえ滲む目で前方を見やり……里奈は目を疑った。
『2502』
モニターの英数字が、文字通り桁違いに増えている。何故? そう考えかけ、直後に答えは出た。
左右の乳頭が吸引されると同時に、頭上でガシャンと音が鳴る。そして直後、モニターの数字が『2687』に変わる。その差185キロ。トップアスリートの背筋力に匹敵するほどのEPが叩き出されてしまっている。先ほどの『電マ』責めよりも苦しくはないのに。
いや、だからこそだ。人間は苦痛ではなく、快楽でこそ堕落する。この甘すぎる刺激は、いともあっさりと人間の自制心を壊すのだ。
「ああだめ、どんどん出てるっ! ゆ、ユウくんのミルクがっ……!!」
里奈は首を振って叫びながら、なんとか手足に力を籠める。そうすればかろうじてEPの増加は緩やかにできた。だがそんなものは一時凌ぎだ。翔子がその気になれば、好きなように里奈を追い込める。たとえばそう、このタイミングで股座の台座を再び振動させれば……。
「ふぐっ!? あ、は……はああああああっ!!!」
驚愕、そして焦り。ベテランのAV女優といえど、この状況下では生の声を上げるしかない。上半身を仰け反らせ、下半身を痙攣させながら。
「はーっ……、はーっ……、はーっ……はーーっ……」
ようやく台座責めから解放された頃、里奈は気を失う一歩手前の状態だった。目は虚ろで、鼻と口からは汁が垂れ、全身が汗で濡れ光っている。木馬の背でいじめ抜かれたショーツは完全に透けて、割れ目の形が浮き彫りになっていた。
「如何でしたか、冴草さま?」
「…………気持ち……よかったわ…………」
性感マシンのモニター役としてそう答えはするものの、里奈はどこか悔しそうだ。血の通わない機械に無理矢理イカされるなど、AV女優としてのプライドが許さないのだろう。しかし諸々の痴態を見られた以上、否定するのも滑稽だ。
「それは良うございました」
かつて『ドリーミィ・カプセル』の責めを受けた翔子には、里奈の悔しさも苦しさもよく解る。解るからこそ、ほくそ笑む。彼女はけして褒められた性格をしていない。
「では、次に参りましょうか」
※
2本のアームが、器用に里奈の下着を取り去った。
「本格的な責めへ移る前に、腸内洗浄を行います。いかに経験豊富なご職業の方といえど、ここからの責めを受ければ粗相をされる可能性があるためです」
翔子のその宣言通り、上部モニターには『 カンチョウエキ チュウニュウ 』 のカナ表示がされた。 それと同時に、拘束された里奈の肛門へとノズルが近づき、先端を突き刺してくる。
「以前はゼリーを塗布してから浣腸液注入ノズルを挿入していましたが、ノズルの先を哺乳瓶の飲み口のように改良した結果、ゼリー無しでのスムーズな挿入が可能となりました」
どこか懐かしむような声色で、翔子が解説を加える。
(哺乳瓶か。朝授乳してきた私が、今度はお尻から何かを飲まされるだなんて、変な因果ね)
里奈はそんな事を思って苦笑するが、すぐにそれどころではなくなった。
「え? 何なのこれ……!?」
腸に入ってくるものが、一般的なグリセリン溶液とは明らかに違う。にゅるにゅるとしたゼリー状であり、それが腸粘膜へ触れると、強い酒でも煽ったようにカアッと熱くなる。
「凄いでしょう。塩化マグネシウムとグリセリンを混ぜて作ったゼリーです」
「塩化マグネシウム……?」
「ええ。AV業界に長くいらっしゃるなら、『ドナン浣腸』ってご存じありません?」
翔子のその言葉に、里奈が目を見開いた。
年の行った緊縛師から、噂話として聞かされたことがある。ドナン浣腸──かつては重度の便秘患者に対し、便秘治療薬として使われていたという最強の浣腸だ。だがその効果が強烈すぎるあまり、泣きを入れる患者が続出したことで使用禁止になったのだという。浣腸をするという流れは聞いていたが、まさかそんな代物を持ち出してこようとは。
しかも、その注入量がまた多い。
「うそ、まだ入ってくるの!? お腹が膨れちゃうわ!」
里奈が不安がるのも無理はない。事実、細くくびれていた彼女のウエストは、明らかに起伏がなくなっている。
呆れるほどの量が注がれた頃、ようやく薬液タンクが閉まる音がし、モニターの表示が切り替わった。
『 シバラク オマチクダサイ ...About 20 minutes. 』
「にじゅ……っ!?」
里奈の表情が引き攣る。この浣腸を20分も耐えろというのか。
「おい、その設定はさすがに無茶だろ!」
見かねた宏尚が声を上げる。20分間の我慢など、グリセリン溶液でさえ無理のある設定だ。それをドナンで、しかも量を入れてとなれば刺激が強すぎる。しかし翔子は、そんな宏尚の非難を涼しい顔で受け止めた。
「なにを言ってるんですか、店長。これはSコースですよ? 上級者向けのAコースですら物足りないとおっしゃる変態の方用のコースじゃないですか。手加減なんて有り得ません。ましてや、『AVクイーン』とまで呼ばれる女性に」
AVクイーン。その部分に特に力を籠めて力説する。そういう言い方をされれば、里奈も引けない。
「……ええ、遠慮なんていらないわ。どんな事されたって耐えきってみせるから」
不敵な笑みを浮かべたまま、そう啖呵を切ってみせる。
しかし実際のところ、勝ち目の薄い勝負だった。
「…………ッくんんっ!!」
強烈な腹鳴りを伴う便意に、里奈は唇を噛んで耐える。かろうじて波を乗り切れた。だがもう数秒もすれば、次はもっと大きな波が来る。これまでもずっとそうだったように。
「冴草さま。今どんな感じか、“プロとして”解説していただけませんか?」
プロとして。その言葉を強調しながら、翔子が煽る。
「はーっ、はーっ……こ、これは……凄いわ。ええと、まず、そうね。とにかくうんちがしたくて堪らないの。体中から嫌な汗が噴き出して、なのに凍えるみたいに震えちゃって。特に脚なんかもう……ンッ! あ、ちょっと待っ、ごめんあさ……ん、んんッ……ふゥんんんんッ!!!」
必死に考えを纏めながら、律儀に状況を語る里奈。だがその最中にも便意が襲ってくる。ダンサーのように見事な腹部が脈打ち、万歳の形で拘束された腕には力瘤が盛り上がり、足は片方ずつ爪先立ちを繰り返す。おそらくは観る者すべてに経験があるだろう、『便意に耐える』生々しい動き。
「っぶはっ! はぁッ、はぁッ……ご、ごめんなさい。今ちょっと、“波”が来ちゃって。この波を乗り切るのも大変なのよね、はぁっ、疲れたわ。あはは」
重い空気になりすぎないよう、軽いノリで笑うのもAV女優の仕事だ。だがその表情はすぐに真剣なものに戻り、悪夢のリポートを続ける。
「……ええと、どこまで話したかしら。ああそう、身体が震えちゃうのよね。ほら見て、膝がもうガクガク。とにかく、便意が強くてね。お腹の中も、煮え滾ったマグマが渦巻いてるみたいよ。お尻がずっとヒクヒクしてて、勝手に開きそうになるけど、んっ……栓のせいで、出せないの……ッ!! このコースを選ぶ子はきっと、プレイの要望を出せると思うけど、このドナン浣腸の選択は慎重になった方がいいわ。私のこの映像を、どうか参考にして! 生半可な気持ちで選ぶと、こっ、後悔するわよ……っ!」
里奈はかろうじてそこまで言いきり、唇に深々と歯を立てた。ぐぐぐ、と顎が浮いたかと思えば、こめかみの汗が首にまで流れ、泡まみれの涎がそれを追う。
今まさに地獄にいる里奈の言動は、いずれも生々しく切実だ。
浣腸液の催便作用はあまりにも強烈だった。グリセリン単体によって引き起こされる蠕動運動など比ではない。意思とは無関係に肛門が捲れかえり、腸内の異物を一刻も早く吐き出そうとする。にもかかわらず、変形した注入ノズルはがっぷりと肛門の内外に食らいついて外れない。
「ふふふ、大変リアリティのある解説でした。有難うございます」
翔子は苦悶する里奈を安全圏から眺めつつ、自分の過去を思い出していた。
『はっ、はっ……何よ、これっ…………全然、抜け……な……い…………!! うんち、したいのに…………これのせいで、でな…………!!!』
腹を鳴らし、呼吸を乱し、喉をすり抜けるような甲高い呻きを漏らしながら、解放されることのない苦しみに身悶えた。しかもその苦悶を外の宏尚に楽しまれていたものだから、本当に耐え難い屈辱だった。
そう、これは自分も通った道だ。自分にあれだけの恥辱を与えた宏尚に、今さらストップをかける権利などあろうはずがない。むしろああして止めようとした罰として、もっとこの女を追い込んでやろう。翔子はそうほくそ笑み、キーボードを叩く。すると、カプセルの中から「ぐうっ」とうめき声がした。
翔子の咥えた設定は、肛門栓であるノズルの振動。限界ギリギリの肛門に対し、この振動はあまりにも辛い。
「如何です? 肛門栓の振動がすごく気持ちいいでしょう? その刺激だけで達してしまわれるお客様もおられるんですよ」
翔子が白々しく言葉をかける。よほど設定のきつさに自信があるらしい。
「…………そうね、最高だわ」
里奈が珍しく嫌味で返すと、翔子も陰湿に笑った。
「最高は言い過ぎかと。排泄管理の快感には、更に上の段階がいくつも存在するのですから」
里奈の指がキーボードの上を滑る。
『 膣内 マッサージ 』
上部モニターにその表示が表れ、マシン内部でアームが動きだす。アームは里奈の目の前で止まり、細いバイブが束になったアタッチメント部分を見せつけた。
「な……っ!」
里奈は息を呑む。絡み合ったバイブが別方向にウネウネと蠢く様は、ファンタジー世界の触手さながらだ。刺激の種類がイメージできない。人間の指ともペニスとも明らかに違うのは確かだが。
「如何です、冴草さま? 今からこれを貴女の膣に挿入して、じっくりとほぐして差し上げます。ドナン浣腸を我慢しながらの膣責めは皆さん大層悦ばれて、大量に潮をお噴きになるんですよ」
翔子のこの宣言には、責め苦の宣告以外にも意味がある。他の人間も耐えたんだから泣き言を言うな……そういう仄めかしだ。
「そう、楽しみね」
里奈の反応は、半ば強いられたものだった。そんな里奈の前で、アームはゆっくりと下降し、無防備に開かれた秘裂へと入り込む。
「はあ゛っ!!」
里奈が目を見開いた。極限の便意に晒され、肛門に全神経を集中させねばならない今、膣への刺激はあまりにまずい。顔だけを庇って腹がノーガードになったボクサーが、ボディブローをまともに喰らうようなものだ。しかも翔子の選択したボディブローは、軽い一撃などでは断じてない。相手が備えていたとしてもダウンをもぎ取れるような、必殺の一撃だ。
「あっ、あ……!? こっ、これ、まさか、全部一気に……っ!?」
アタッチメントが動きはじめた直後、里奈はこう叫んだ。余裕がないゆえに不十分な言葉だが、宏尚と翔子にはその意味が瞬時に理解できた。
「さあ冴草さま。今どのようなご状況なのか、今一度リポートをお願いいたします」
「い、今……はあああそこっ!! あああ裏も……あきゅうっ!! はッはッはッ……これ、これは、そんな、信じられな……くああああっ!!」
翔子はあえて里奈自身での解説を促すが、里奈は激しく見悶えながら、奇声と支離滅裂な発言を繰り返すばかりだ。
「冴草さまー?」
翔子は改めて呼びかけ、里奈が答えられない状態だと証明しつつ、やれやれと首を振る。
「どうやら、リポートの余裕はないようです」
翔子にとってはわかりきった結果だった。ドナン浣腸とあの極悪アタッチメントの併用……それが対象からあらゆる余裕を奪い去ることは、彼女自身が誰よりよく知っている。
監督の指示を受け、ここでカメラの一台が翔子の方を向いた。事前の取り決めで、カメラが向いている時には翔子が機械の解説を行うことになっている。
「女性の膣内には数多くの性感スポットが存在します。最も有名な『Gスポット』を基準にお話しすると、少し奥にある『アダムGスポット』、真裏にある『裏Gスポット』、その奥側の『Kスポット』、膣奥上側の『Hスポット』……比較的知名度が高いものはこの辺りですが、実際にはそれ以外にも感じる場所は様々に存在するのです。あのアタッチメントは、それらの性感帯を同時に刺激します。その結果……」
翔子はそこで言葉を切り、カメラにカプセル内部の映像を追わせる。
「ああぁぁあぁ感じる、感じちゃうっ!! 奥でも、下でも、はぁう……うん、あああ我慢できなっ……んはぁあうあううっ!?」
そこには悲鳴に近い声を上げながら、ヘコヘコと腰を上下させる惨めなAVクイーンの姿があった。頭頂部のカチューシャは秒以下の間隔で濃い赤と淡いピンクの明滅を繰り返している。
「ご覧いただいた通り、“ああ”なります」
翔子は憎らしいほどの澄まし声でそう告げ、カメラの注意を再度自分に向けさせる。
「あのアタッチメントは、複数名の女性にご協力いただきながら改良を重ねて参りました。より的確に、より無慈悲に、膣の性感スポットを虐め抜けるよう」
翔子の言葉に嘘はない。しかし彼女は意図的に事実を隠した。他人事のように語ってはいるが、最も積極的にアタッチメントのモニターとなったのは翔子自身だ。機械特有の無慈悲さで膣内のスポットを徹底的に責め抜かれ、何千回と絶頂を繰り返した。失禁は勿論したし、失神と覚醒を繰り返しもした。
『ウオオォーーーーーッ!!!!』
手足の拘束具を鳴らし、エビのように仰け反りながら、若い女が絶対に発するべきでない獣のような叫びを上げ、記録係である宏尚に爆笑されたこともある。
それでも翔子は、妥協なくマシンの性能向上に勤しんだ。それも偏にサディズムゆえだ。どうせ一度は恥を掻いた身ならば、掻きっぱなしでいるのは損でしかない。いつか他の女にも、自分以上の恥を掻かせてやろう。その一心で恥辱の塗り重ねに耐えた。
(踊れ踊れ、淫乱年増のAVクイーン! 聖母だなんだと持て囃されてる、その化けの皮を剥いでやるからさあ!!)
翔子は内心で悪魔の笑みを浮かべ、しかし表面上はあくまで無表情にキーボードを叩き続ける。そしてそのタイピングの一つ一つが、里奈をより窮地へと追い詰めていく。
「ふぉおおおぅおっっ!?」
今までの撮影で出したことのない声。それと共に、里奈は潮を噴き散らす。そうなるのも無理はない。そうなるための条件が整いすぎている。
まずは、何といってもドナン浣腸だ。あまりにも強い便意に、全身から脂汗が噴きだし、膝が笑う。思考力も含めてあらゆる余裕を奪い去られるため、これ単体でも相当につらい。
しかもこの浣腸は、ただ便意を催させるだけに留まらなかった。熱い。腸内を爛れさせるような熱さが、じわじわと粘膜の内部に浸透し、気付けば膣にまで影響している。膣にアタッチメントが挿入される前の時点で、膣内部はトロトロに蕩け、喘ぐように開閉を繰り返していた。
そこへきてのこの膣責めだ。膣内の複数スポットを、シリコン製のバイブが的確に責め立てる。こんな真似は、世界最高の技術を持つと言われる『ゴッドハンド』増谷準ですら成しえない。まさに機械にしか実現できない悪夢の責めだ。
「ふふふ……意地が悪いわねぇ。女が我慢できないように、効率よく女を壊せるように、計算され尽くしてる。こんなの……」
そこまで言葉に出し、そこで里奈はハッと我に返った。次に自分は、何を口にしようとしているのか。
『こんなの、もう耐えられない』?
まさか。AV業界の代表として、そんな言葉を軽々しく口にできるものか。耐える。耐え抜いてみせる。意地でも。
「こんなの……何でしょう、冴草さま? こんな凄いの初めて、という意味でしょうか?」
翔子はそう言いながら、キーボードで指示を出す。アタッチメントの位置はそのまま、バイブレーションを『強』に。
「あは、はかっ……! は、激しっ……あイク、イクイクっ!!」
ヘコヘコと上下していた里奈の腰が、ガクンガクンと大きく揺れはじめる。腹部からは雷轟のような音が轟き、膝はいよいよ笑いはじめる。誰の目にも明らかな限界だ。
「如何です、冴草さま? こんなのは初めて?」
翔子は、余裕をなくした里奈に囁きかける。その言葉はするりと里奈の脳へ入り込み、幼児のように同じ言葉を反復させる。
「こ、こんなの初めてっ、こんなの知らないわっ!! あ、あ゛あ゛あ゛っ……あオおおおおっ!!!」
里奈は仰け反りながら絶頂する。頭のカチューシャが鮮やかに光り、秘裂からは視認できるレベルの潮がびゅっ、びゅっと二回飛ぶ。響いた悲鳴は獣のそれだ。経験値の差か、あるいは人柄の差か。かつて翔子が上げた叫びよりは幾分人間寄りではあるものの、麗しいと形容される女性が出すべき声では断じてない。
「すっげぇアクメだな……」
「ああ。あそこまでなんのって初めてじゃね? 少なくともオレの入った現場じゃ無かったわ」
男のスタッフは小声で囁き合い、監督の黒田も口を窄めて驚いている。宏尚もまたモニターから目を離せない。
里奈の絶頂は男性陣に驚きをもたらしたが、最も心躍ったのは翔子だ。
(アハハハ、最ッ高! あの女イジメんの、めっちゃ楽しい! さて、浣腸の残り時間は……っと、よーしよし、まだ9分もあるじゃん)
心の中で存分に素のしゃべりを発した後、翔子は能面顔を繕い直す。
「ご堪能いただけているようで何よりです。まだ浣腸の残り時間もございますので、もう一段階上の快楽をお楽しみください」
その言葉で、里奈の視線が上を向き、凍りつく。
(可愛い顔でちゅねー、里奈ちゃん。やっと時間を思い出した? こんだけやってようやく折り返しとか、マジかーって感じだよね。でもこっからの時間は、一秒がもっと長く感じるよー。さすがのあたしも、コレいっぺんに受けるのはゴメンだな。ウザイ他人にしかやれないよ、こんな無茶苦茶な同時責め)
内心でほくそ笑みながら、追加の設定を終える翔子。態度こそ淡々としているが、決定ボタンを押し込む強さに感情が滲み出ていた。
(あいつ完全にハイになってんな。つか、この上でまだ何か追加すんのか? マジで里奈さん、ぶっ壊れるんじゃ……)
部屋の隅で見守るしかない宏尚は、不安から爪を噛む。カプセル内から悲鳴が上がったのは、その直後だった。
「うそ、そんな! このタイミングで……!?」
里奈の声色には余裕がない。何が起きているのかとモニターを見れば、状況は一目瞭然だった。
尿道だ。尿道開発用のマドラーのようなアタッチメントが、真正面から里奈の割れ目の上部に送り込まれている。
「凄いでしょう、冴草さま。さあ、感想をどうぞ」
翔子は女狐だ。内心はどうあれ、抑揚の乏しい事務的な喋りを崩さない。
(いくら一番きついコースだからって、こんな! 他人事だからって滅茶苦茶やってるわね、あの子……!)
悪感情をなるべく排すようにしている里奈でも、さすがに翔子の悪意には閉口した。ただ、アダルトビデオの撮影とはプロレスのようなものだ。責めがハードであればあるほど、それを堪えきった時に観る者を沸かせられる。だからこそ流れ次第で多少の無茶は飲むし、それから逃げてはいけない。弱音も極力控えるべきだ。
ただ、そうは言っても肉体の反射までは殺しきれない。
「おほっ!」
尿道に深く器具が入り込めば、自然と口が窄んで声が出る。ハードコア女優としても名を馳せる里奈にとって、尿道責めも初めてではない。が、ここまで別に危険因子のある状況となれば、ろくに受ける覚悟すら固められない。
「はぁ、う……っ、うはっ……はあ、は……っあ、んはっ…………」
尿道姦は、アナルセックス以上に『異質』だ。絶対に使ってはいけない場所を犯されている──その事実にまず脳がパニックを起こし、口がパクパクと開く。視線は尿道付近に釘付けとなり、抜き差しされる棒と噴き出す尿だけが視界で動く。
「良い顔をなさっておいでですね、冴草さま。お加減は如何ですか?」
もはや定番となった翔子の呼びかけに、里奈は歯を食いしばってから笑みを作る。
「んんんっ……なんだか、感動すらしているわ。排泄管理されながらだと、ここまで違うのね。正直、初めて尿道開発された時より余裕がないわ。お尻に意識を向けてると、尿道が無防備になっちゃうし。尿道責めを堪えようとしたら、うんちが我慢できない。おまけに、んっ……膣もまだ刺激されてるから……あははは、頭ぐちゃぐちゃ……!」
人懐こい笑顔で、あくまでバラエティの空気を作ろうとする里奈。だがその和やかさとは裏腹に、下半身の様相はシリアスそのものだ。
下腹部は狂ったように蠢き、ぎゅるるるる、ぐぎゅるるるる、という腹を下した時の音を鳴り響かせている。がに股に開いた脚は限界まで力み、凍えるように痙攣を繰り返している。
(わかるよー、里奈ちゃん。尿道責めって凄いし怖いんだよねぇ)
モニターを横目に見ながら、翔子は内心でほくそ笑む。
『何よこれ、そこ、おしっこの穴じゃない! やめてよっ、垂れ流しになっちゃう!! あ、敦美の言ってた通り、これ、すごい深くまで……来る…………。』『…………やだ、もぉ…………なんで、感じるの…………おしっこ漏れてるのに、何でそれが、いいの…………?』
宏尚から散々見せられた初プレイ時の映像では、翔子は泣きべそを掻きながらも快感に酔っていた。耐え難い醜態だ。
とはいえ、快感を得るのも無理からぬことだった。翔子が来店した当時から、マシンの尿道責めはハイレベルだった。ノズルは尿道への抜き差しに無理のないよう設計されている。その球状の先端部からは定期的に鎮痛剤が奥へ浴びせられ、痛みを和らげると共に擬似排尿を強いる。そして抜き差しの動きそのものも、快感を得やすいように計算されたものだ。
それを踏まえてSコースとしての苛烈さを演出するなら、異物を詰めて排泄させるのも悪くないが、やはり責め具自体を強化するのが一番良い。
「そろそろ慣れてこられたと思いますので、バイブを変更させていただきます」
翔子はそう言ってキーボードを叩き、マドラー状のバイブを引き抜く。そして入れ替わる形で、数種類の尿道バイブを喘ぐ里奈の視界に晒した。凹凸のついたもの、螺旋状にねじれたもの、イボのついたもの……それぞれ特徴的なバイブを見せつけた上で、最後にある一本を選択する。幹の太さは親指ほどもあり、先端にはさらに二周り大きい円錐形の傘がついた、もっとも凶悪な尿道バイブだ。
いきなり突っ込めば尿道が傷つきかねないサイズだが、細い一本で慣らした後ならばどうにか“入ってしまう”。それは翔子自身の身体で実験済みだ。
「…………ステキね」
汗だくの里奈の顔に、さらに一筋汗が伝う。
直前の尿道責めの余韻か、あるいは膣内のスポットを刺激されているせいか。彼女の尿道は喘ぐように開閉していた。そこにバイブの先が宛がわれ、一息に押し込まれる。
「ほぉっ、お、ぉっ、おっ、おおっ…………!!」
興味深いことに、挿入時の反応は翔子のそれと完全に一致していた。目を見開き、口を尖らせたまま、『お』行で細切れに喘ぐ。バイブの太さのせいか、形状のせいか。いずれにせよ、誰でも似たような反応をしてしまうようだ。
(やめてよ。シンパシー感じちゃうじゃない)
翔子は心の中でそう思う。しかし、だからとて責めの手は緩めない。疎ましければ疎ましいなりに、可愛ければ可愛いなりに、いずれにせよ責めて平伏させる。それが安西 翔子という人間の性だ。
ピストンのルートと速度を細かに設定する翔子。被験者を追い詰めるならAI任せでも充分だが、それでは妙味に欠けるというものだ。
安西 翔子の指が軽やかに決定ボタンを押した瞬間、冴草 里奈のさらなる地獄が始まった。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……!!」
親指サイズのバイブが尿道へ出入りするたび、『あ』という声が絞り出される。感覚としては搾乳の時に近い。尿道を引きずり出されそうな感覚の中、意思とは無関係に尿が噴きだしていく。
S級女優の断続的な失禁は、それだけで衝撃映像だろう。だがモニターの映像にはもう一つ異変が映っているはずだ。表面上はただ一ヶ所だけお預けを喰らっているはずのクリトリスが、硬く屹立しているという事実が。
「冴草さま、クリトリスが勃起しておいでですね」
翔子はやはり勃起の事実を見逃さない。その上で体の変化に話を振るのは、状況をリポートしろというメッセージだ。
「はっ、はっ……ええ。クリトリスは、表面に見えているのはほんの一部で、大部分は内側に根を張っているの。尿道の奥を弄られると、その根っこの太い部分を、薄皮越しに刺激されるから……こうして勃っちゃうのよ」
里奈は笑顔で解説しながらも、羞恥で脳が焦げそうだった。クンニリングスで陰核が勃起したのなら、今さら恥ずかしくもなんともない。しかし亀頭部には一切触れられず、尿道責めだけで勃起させられるのは、まったく別次元の恥ずかしさだ。フェラチオで勃起させられるのは平気な男優でも、往々にして前立腺での勃起は恥じるように。
(こんな露骨な弱点、あの子が見逃してくれる筈ないわね)
そう考える里奈の耳に、案の定キーボードの音が届く。
『 クリトリス ブラッシング 』
正面上部のモニターにその文字が表示され、細いアームが伸びてくる。アームの先についている器具は搾乳器に似ていた。違う点と言えば、透明なカップの中に洗車機と見紛うばかりのブラシが密集していることだ。
「え、待っ……!」
里奈は反射的に拒絶した。しかしその言葉も終わらないうちに、カップはクリトリスに吸い付き、有無を言わさずブラッシングを開始する。極上の筆先を思わせる約4000本あまりの繊毛が、触れるか触れないかという絶妙な具合で陰核の表面を撫で回す。
「ッはひッいい!!」
即座に情けない声が出た。恥や外聞を気にする暇すらなかった。そして里奈は、ここが我慢の限界だと悟る。
「イああ゛あ゛あ゛!! あァあ゛、ひあ゛あ゛あ゛あ゛ァァッッ!!!」
全身が暴れた。特に足は地団駄でも踏んでいるようだ。限界の限界。分水嶺が見えてしまうと、それ以上の我慢は難しい。いかにベテランといえど……否、キャリアが長ければこそか。
「おねがいっ、おねがい出させて!! うんち、させてッ!!!」
里奈の顔からふっと笑みが消え、真剣な表情で解放を訴える。しかし翔子は取り合わない。
「我慢なさってくださーい」
なだめるように告げながら、冷酷に設定を弄る。音を上げた仕置きとばかりに、ブラシ奥のバイブを起動させたのだ。繊毛によるソフトタッチと、小さくとも力強いバイブの振動。その複合責めは、尿道責めで性感を目覚めさせられた陰核をいよいよ固くしこり立たせ、うち震えさせていく。かつて翔子から涙ながらの哀願を引きずり出した時のように。
「出したい、出したい゛出しだい゛ッッ!!!」
「残り時間は2分42秒です。もうしばしご辛抱くださーい」
「あ、あど2ふんは無理ぃ゛ぃっ!! もう無理なの゛、限界超えてるのっ!! 出したい、出したい出したい゛出したい゛い゛ーーッッ!!」
幼児のように泣き喚き、単純な言葉を繰り返す里奈。理知的で清楚な里奈がそんな風になるのは、宏尚が知る限り初めてのことだった。事実、里奈と付き合いが長い黒田監督やメイク係の山瀬も驚いた表情を見せている。
「その苦しさもSコースの醍醐味です。ご辛抱くださーい」
不穏な空気を察してか、翔子はそう牽制を掛ける。Sコース……その魔法の言葉を持ち出されれば、皆黙るしかない。それを無碍にすることは、この撮影そのものをひっくり返すに等しい。唯一止められるのは監督である黒田のみだが、これまで里奈の無茶に付き合ってきた悪友でもある彼は、腕組みをしたまま白い歯を覗かせているのみだ。
里奈の手足の枷がガチャンガチャンと鳴り続けていた。当然、それに比例してEPも加速度的に増えていく。
「冴草さまー、モニターをご覧ください。EPがもう2万を超えておられますよー」
翔子が呼びかける。この序盤からそんなに力んでいて大丈夫か、という煽りだ。しかしもはや里奈には、そんな言葉に耳を貸す余裕などない。
「ねえ出させて、おかしくなりそうっ!! おねがい、おねがいい゛い゛っ!!」
体液を撒き散らしながら全身を暴れさせ、哀願する。最初に決められた20分のリミットが、しっかりと経過しきるまで。
「はい、時間です。お疲れさまでしたー」
翔子は事務的な口調でそう告げ、キーボードを叩く。機械本体の表示が『アナルプラグ カイホウ』へと変わり、里奈の足元にバケツ状の受け皿が設置される。
直後、里奈を苦しめたアナルプラグはあっさりと抜けた。
「ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
絶叫と重なるように、排便の音が響き渡る。限界の限界まで我慢を重ねたため、音がひどい。
「見ないで、見ないでえええ゛ッ!!!!」
里奈は誰にともなく絶叫していた。スカトロ系のビデオは80本以上撮っている。マングリ返しの格好で4リットル浣腸され、顔を含めた全身に汚物を浴びた事すらある。しかし今のこれは、その記憶を上書きするレベルで屈辱的だ。
特に駿介には見せたくない。この映像の編集は、どうにか他の人間にさせなければ。もっとも、データは編集で消せたとしても、この現場にいる人間の記憶までは消せないが。
(いつまで出るの……? もういい加減にしてっ!!)
ゼリーに消臭効果があるのか、匂いはしない。しかし地獄には違いない。爛れた肛門が外へ捲れかえっているのが解る。そしてその穴から、次々と生暖かなゼリーが溢れ出し、びとびとと重量感ある音を立てながら汚物入れに溜まっていく。いつまでも、いつまでも、いつまでも。出しても出しても排便が終わらない。膝が笑っていて、足をハの字にしているのもつらいのに。
※
ゼリーが滴らなくなり、汚物入れが回収された頃、里奈の反応はすっかり薄くなっていた。渋り腹の中身を出しきるため、上体は前に傾き、腕の拘束も後方へ引き絞る方法に変わっている。里奈はその状態のまま動かない。股間と俯いた顔から、透明な雫が滴り落ちていくだけだ。
機械内部には後方視点のカメラも存在するが、今はそちらの情報量が多い。ドナンの効果で開ききり、菊輪が外にめくり返ったアナル。一切の刺激がなくなってなお、喘ぐように開閉しながら、とろりと愛液を吐きこぼす割れ目。顔から滴っているのは、薄く開いた口からの涎と鼻水らしい。
意識が定まっているようには見えない。しかし気を失っているわけでもないようだ。
「冴草さま」
翔子が呼びかけると、頭がピクリと反応する。
「お疲れのところ恐れ入りますが、腸内洗浄を行わせていただきます」
翔子はそう言って、マシンに次の命令を飛ばす。
『腸内洗浄』
モニターにそう表示され、ブラシが回転しながら里奈の肛門へと侵入していく。
「ぐっ」
ブラシが深く入ると、里奈から久々に声が漏れた。
ハード・鬼畜を旨とするSコースでは、性器の洗浄方法も大雑把だ。ブラシの芯の部分から薬液が腸内に浴びせられ、ブラシの回転で泡立てながら汚れをこそげ取る。
通常ならば屈辱を強く感じるところだが、ドナン浣腸の後だけは違う。ドナンで爛れた腸内は、薬液ブラシで擦られるほどに疼きはじめる。まるで山芋か漆でも塗りつけられたようにだ。
「あああ痒い、かゆいっ!!」
里奈ははっきりとした声を上げ、足をばたつかせはじめた。
「直腸内を洗浄中のため、お静かに願いまーす」
翔子は言い聞かせるように告げながら、里奈の反応を堪能する。
(あっははは、気持ちよさそー! あんなに腰振っちゃって。アナルレイプの本番はこれからだぞー、淫乱女)
ブラシ洗浄など1分もすれば充分だが、里奈の反応があまりにも面白く、翔子は3分あまりも命令を解除しなかった。しかしその2分間は、彼女の想像以上に里奈を追い詰めていた。
薬液を滴らせながらブラシが引き抜かれた後、モニター表示が『アナルファック』に変わる。その直後に里奈の背後へ近づいたバイブを見て、スタッフ一同が目を疑った。
「ちょ、おまっ……!」
宏尚も翔子に何か言いかける。
それは、洋物ビデオのペニスを模した責め具だ。サイズはXL……500mlのペットボトルよりも太く、全長は30センチに達する。しかもその表面には、刺激を増すためにイボ状の突起をびっしりと施した。
ドナンで弛緩しきった里奈の肛門ならば、そのジョークグッズだろうと受け入れてしまうだろう。しかし……さすがに易々とではない。
「あぐううううっ!!!」
肛門が押し開かれた瞬間、里奈は白い歯を食いしばった。そこからバイブがミリ単位で侵入するたび、尻肉がピクピクと痙攣する。
(え、な、何!? 何が入ってるの!? ビール瓶!? 金属バット!?)
フィストまで経験済みの里奈も、この異物挿入には焦りを隠せない。太く長いだけではなく、しっかりと硬さまであるのが凄まじい。挿入されただけで僅かにだが失禁してしまった。
「あぁ、あ゛ッ! ああ、あっ、あ゛!!」
腸を変形させる勢いでピストンが始まれば、堪えようとしても息と声が押し出される。
「すごい声を出されていますね。満を持してのアナル挿入の感想はいかがですか?」
翔子の問いかけに、里奈は躊躇う。
すぐに抜いて──そう正直に言えたらどれだけ楽だろう。しかし里奈に求められている感想は、実のところ忌憚のない意見ではない。機械姦の凄さと気持ちよさをPRするのが仕事だ。そのためにはウソもいる。
(私としたことが……。余裕がなかったとはいえ、浣腸責めで音を上げたのはマズかったわね)
ここのサービスを非難することは、店のイメージ低下に繋がりかねない。ここからは気を引き締め直し、拒絶なしのスタンスで挑むべきだ。
「このバイブは凄いわね。太くて、硬くて、イボだらけで……このタイミングでこんなの突っ込まれたら、誰だって骨抜きにされてしまいそうだわ」
カメラを意識しながら、うっとりとした表情を作り上げる。その雰囲気の変化は、わかる人間にはすぐにわかった。
「……そうですか。では、存分にご堪能ください!」
一瞬気後れしかけたのが悔しく、翔子はピストンモードを『ハード』に変える。里奈の背後でアームが唸りを上げ、ガシャンガシャンという音を響かせはじめる。
「ひっ、ひぃいいいっ!!」
ハードピストンの開始直後、里奈は生の反応を引きずり出された。しかしそれを意志の力で抑え込み、笑みを作る。
「あはっ、良いわ、凄い!! お腹の奥に、ガンガン届いて……機械って、すごくパワフルね!!」
プロとして失敗は挽回しなければならない。ここで快感に目覚めた姿を演じれば、浣腸責めでの渋い態度も含めて、客受けのいいストーリーを演出できる。
しかし、それはあくまで“演技”であるべきだ。素で快楽に溺れるようであれば、それもまたプロの有り様ではない。
そしてそれが困難であることを、里奈は薄々気付きかけていた。
「あはぁっ……ぁ、ひ、ぐっ! ひぃっ……ぐひっ! んぐ、んぐっ!!」
甘い演技をしようとしても、すぐに本気の声が表れる。
「ぃ、いぐっ、いぐっ!!いぐっ!!」
ふと気づけば、自分が発しているのは素の喘ぎと素の表情。絶頂を口にしつつ歯を食いしばり、堕ちたくないと顔を強張らせる。こんなものは素人の反応だ。
「如何ですか? 当店自慢のバイブのお味は」
女の勘か。翔子はいつも、里奈が余裕をなくしたタイミングで問いを投げる。
「ああああ゛っ……! んっ、そうね……少し慣れてきて、もっと良くなったわ」
「ほう、どのような感じです?」
「んっ……その、ずっとうんちが出てる感じ、かしら……。さっきの浣腸と洗浄で腸がむず痒い感じになってたから、そこを擦られるのが気持ちよくてたまらないわ。本当によく考えられて…………んンおッ!?」
里奈が卒なく語り終えかけていた、その刹那。翔子は満を持して、アナルバイブのピストン設定を意地悪く変えた。
『ストローク:S』
これの意味するところは、奥の奥までの挿入。直腸のさらに先、S状結腸までを蹂躙せよという指示だ。
「はっ、あがっ、あがあっ!!」
さすがに演技をする余裕などない。里奈は眼を見開き、大口を開けて喘ぐ。
形状的にも長さ的にも、人間のペニスでS状結腸を突破することは困難だ。アナルセックスの経験が豊富な里奈とて、外国人男優相手に一度か二度あったかというレベルだ。ましてや、ペットボトルをも上回る直径でえぐられた経験などあるはずもない。
しかし、その悪夢は実現した。アナルバイブは、シリコンのような硬さにもかかわらず柔軟に曲がり、易々とヒューストン弁を突破していく。
「お、おほっ!!」
二回目の結腸侵入で、出してはいけない声が出た。下品で野性的なケダモノの声。あまりにもウソのない快感の声。
「冴草さま、どうされました?」
ここで、翔子の問いが来た。解説の時間だ。
(良い性格してるわ……こうなるように設定しておいて!)
里奈は心中で恨み節を吐きつつ、頭の中を必死に纏める。
「け、結腸よ! 私、今、S状結腸まで犯されているわ! こんなこと人間相手のセックスじゃ絶対できない。これは、貴重な記録よ!」
陵辱行為を非難せず、その特異性をアピールする。咄嗟にしては悪くない手だが、自らの反応に注目が集まる諸刃の剣でもある。
今また、長大なバイブの先が結腸へと達した。
「あああああ入ってくるぅっ!!! す、すごい。アナルでここまでイクの、初めて……!!」
里奈は悲鳴を歓喜の声に寄せ、にいっと口元を吊り上げる。無理のある笑みだ。だが顔以外はもっと無理を押し通している。
(結腸ばっかりほじくられて、頭がおかしくなりそう……!)
あまりの刺激に膝が笑う。直腸側からの刺激で子宮が疼き、どぷどぷと愛液が吐き出されていく。だが、それ以上に気がかりなのは脳の方だ。
アナルセックスでは肛門に力が入り、異物に抵抗するような感覚がある。しかしS状結腸に入り込まれた瞬間、それが消し飛ぶ。肛門も脳も開きっぱなしになる感覚……。
「ッんん!!」
里奈はぶんぶんと頭を振る。頭の“何か”を振り払わずにはいられない。もしそれに脳髄まで侵食されたら、自我を失うことが本能でわかる。
「お゛っ、おほ……お゛っ! はぉっ、ぉ、おお゛っ……!!」
里奈が舌を突き出し、涎を垂らしながらぼうっとしはじめたのは、いつ頃からだろう。
「里奈さん……」
宏尚は憧れの女優の表情に言葉を失う。里奈がアナルセックスしている動画は散々見た。イチジク浣腸を50本入れたまま、規格外のペニスを誇る黒人男優に代わる代わる犯されるハードな企画モノも。それでも、こんな顔を見るのは初めてだ。
(すごっ。XLバイブで結腸抉りまくったら、この女でもこんなになっちゃうんだ。あーあー、ケツが気持ちいいからってジタバタしちゃって。EP3万超えちゃってるよー?)
翔子はモニターを観ながら考える。同情する気持ちも無いではないが、嗜虐心や探求心はそれを遥かに上回った。
※
疲労困憊の状態で摂取する水分は、まさに生命の水だ。万事が拷問じみたSコースでは、水分補給さえ口に管を突っ込まれて経口補水液を流し込まれるやり方だったが、それでも里奈はかなりの気力と体力を取り戻せた。
マシン内部は比較的静かだ。
ヴーヴヴッ、ヴッヴッヴッヴッ、ヴーヴヴッ……
こうした独特のリズムの機械音と、荒い呼吸、拘束具の軋む音。拾われる音といえばその程度のものだった。
上部モニターに表示されているプレイ名は『 ポルチオマッサージ 』。ただし、その文字表示は点滅している。これは寸止めを示す表現だ。
「ふんんっ、んんっ……! んっ、んんっ……!」
里奈が艶めかしい声を漏らし、ぶるっと全身を震わせた。骨盤の形が何度も浮き上がり、艶めかしく腰が躍る。腰が力強く浮き上がり、ブルブルッと痙攣する。
「ぁぁイッ、くっ…………!!」
今まさに、絶頂へ至ろうというその瞬間。それまで続いていた機械音が消えうせ、里奈の表情は切ないものに変わる。
彼女はもう何分にも渡って、延々と焦らしを受けていた。
局部はスケルトンカバーのファッキングマシンで覆われ、下腹部にも腹筋に沿うようなシックスパッドが貼りついている。そうして内外からポルチオ──つまり子宮口付近に刺激を与えられるが、絶頂には至れない。
「この焦らしモードでは、絶頂の際まで追い込むものの、決して一線は超えられないようにプログラミングされています。そして性感の波が引きはじめた頃を見計らって、再び絶頂の際まで追い込むのです」
かつて同じく焦らし責めに苦しんだ翔子は、嬉々としてそう解説した。
焦らし責めはAVでもよくある。電気マッサージ器を押し当てては離すことを繰り返し、女優に挿入を乞わせるシチュエーションなどが一般的だ。しかし『ドリーミィ・カプセル』の焦らしは追い詰め方の精度が違った。カチューシャ状の脳波測定器が対象の感度を随時測定し、絶頂に至る寸前で機械の動きを和らげる。 あとコンマ一秒同じ刺激が続けば絶頂できた、というレベルの寸止めだ。この精度は熟練のAV男優でも真似できるものではない。
しかもマシンは、寸止め後も完全に停止するわけではなかった。神経を集中させれば感じとれる程度の、ごくごく微細な振動は続いている。そのせいで被験者は、常に絶頂寸前の状態のキープさせられる。
「キミはなかなか意地悪だねぇ」
里奈は足元の機械に向けて囁く。対話ができるとは思っていないが、気を紛らわせる必要があった。この焦らし責めはじっと耐えるには辛すぎる。
両腋を晒したままでの直立姿勢を強いられているが、延々と寸止めを繰り返されると次第に股が開き、がに股でクイクイと腰を前後させてしまう。撮られ慣れているとはいえ、さすがに羞恥心を煽られる格好だ。
(ひどい恰好……こんなの、シュン君には見られたくないわね)
里奈は苦笑する。
オイルでも塗ったように汗まみれの肌。焦らし責めの快感だけでひとりでに屹立した乳首。ファッキングマシンがスケルトンカラーなため、ヒクつきも愛液を吐きこぼす瞬間も丸見えの局部。単三電池がそのまま入りそうな窪みを作りつつ、絶頂を乞うように戦慄く内腿。正面のカメラには、その全てが記録されているに違いない。
そして、気になるのは目に見える部分だけではなかった。静かな責めにじっと耐えていると、機械内部に籠もる匂いが再び気になってくる。濃密なメスの匂い。寸止め焦らしという極限状態下では、そうした自分の体臭でさえ発情する要素になりえた。
焦らしが始まってから、何分が経ったのだろう。へひっへひっという短い喘ぎ、ぐぅぅっという苦しげな呻き。それを延々と繰り返した果てに、とうとう里奈の膝が笑いはじめた。そして翔子はそれを見逃さない。
「冴草さま、どうされました? もう脚に力が入らなくなってきましたか?」
その物言いは、『AV女優といってもそんなものか』と煽っているも同然だ。
「……まさか。まだまだ頑張れるわ」
プロの意地で不敵に笑ってみせる里奈。すると、珍しく翔子も笑みを浮かべた。
「左様ですか、安心いたしました。良い機会ですので、その状態でどの程度思考力が残ってるかテストさせていただきます。冴草さまは、セックスにおける四十八手はご存じですよね?」
「四十八手? ええ、当然知ってるけど……」
里奈はそう答えながら訝しむ。
(今日の流れに四十八手クイズなんてあったかしら? だったら事前に復習しておきたかったわ。AVクイーンなんて呼ばれてる身で、間違えたら赤っ恥だし)
思案に耽る里奈の正面に、ある映像が映し出された。若い男女の絡みだ。どちらも体型は理想的で、まさに美男美女が織りなす美しいセックスだが、体位は少し変わっていた。対面座位で繋がったまま、女優の片足を男優が肩に担ぎ上げて動いている。高く上げた女性の足が船の帆のような、見栄えのする体位だ。
「これは何という体位でしょうか?」
「“帆かけ茶臼”よ」
「……お見事、正解です!」
里奈は淀みなく答え、翔子もあっさりと正解を出す。
(なんだ、本当にただの四十八手じゃない。大江戸四十八手でも持ってくるのかと思ったけど。いくら焦らされながらだって、これなら楽勝だわ)
里奈はほっと胸を撫でおろすが、やはり何か引っかかる。
『あああっ、太いのが奥まで入ってる! 気持ちいいよおっ!!』
動画の中では、女優が甘い声を上げ、掲げた脚を痙攣させていた。そしてその直後、全身を痙攣させながらぶしゅっと潮を噴く。
それを目の当たりにした瞬間、里奈の下腹部が疼いた。
「っ!」
下腹部のパッドと局部のバイブがまた唸りはじめる。もう飽き飽きするような刺激のはずだが、子宮の疼きを自覚した今は、先ほどまでに輪をかけてつらい。
(……なるほどね。ダイエット中の人間の前で、ケーキを貪るノリってこと?)
里奈は苦笑する。これは、なかなか精神に来る嫌がらせだ。
「この体位は」
「“理非知らず”」
「こちらは」
「……“浮き橋”よ」
「では、こちらは……」
「…………“時雨茶臼”、ね…………」
クイズに答えること自体は造作もない。しかし、その度に男女の濃密な絡みをじっくりと見せられ、女優が心地良さそうに絶頂する姿を目の当たりにすると、これが本当に堪らない。ダイエット中のケーキどころか、砂漠で乾涸びかけている前でゴクゴクと水を飲まれているに等しい。
「……ふうーっ……、ふううーっ……!!」
脚の踏ん張りが利かなくなり、腰が深く落ちていく。その末に、里奈の姿勢は蹲踞に近いものとなっていた。正面のモニターでは“撞木ぞり”が行われているが、男に跨る女優のその体位は、今の里奈の姿勢に瓜二つだ。
「はっ…………はっ…………はっ…………」
男女のセックスなど見飽きているはずだ。だが今の里奈は、逞しいペニスが出入りする結合部から視線を離せない。
『あはああ、気持ちいいっ!!』
下からの力強い突き上げに、女優は笑いながら絶頂へと近づいていく。子宮口を刺激されている里奈もまた、自然とその気持ちにシンクロする。
しかし。
『あああイクっ、イックううーーーっ!!!』
女優が幸せそうに絶頂する一方で、里奈の方は最後の最後で刺激が消えうせた。夜明け前の暗闇の中に、一人取り残された。
「く、うううう゛っ……!」
未練の声が絞り出され、手と腰が暴れる。もどかしい。これまでに経験してきた何千というセックスが里奈の頭を巡り、下腹部を戦慄かせる。
「彼女、そろそろ限界ですね」
様子を見守る翔子がクスリと笑った。
「眼の光が無くなっているでしょう。寸止めの繰り返しで、身体が絶頂を強く望んでるんです。もうそれしか考えられないぐらいに」
彼女は意図的にマシンへの指示を止めている。焦らしなど程々でも構わない。マシンの性能をアピールするなら、早々にバイブを突っ込んで激しくピストンした方がいい。
それでも翔子は、里奈に哀願させたかった。自分に僅かでも劣等感を植えつけた女に、解放を惨めたらしく乞わせたかった。
(ほら、正直に言ってみな女王さま。たまんないんでしょ? 機械のチンポくださいって可愛くおねだりできたら、気持ちよーくしてあげるよ? 代わりにアンタの面子は丸潰れだけどね)
そんな翔子の魂胆は、里奈も察している。
(また寸止め……! ああ、イキたい、イキたい、イキたいっ!!)
冷酷な焦らしに顔は歪み、腰は痙攣し、晒された秘唇はヒクヒクと開閉を繰り返す。脚の真下に広がる愛液溜まりからは、燻煙のようにメスの匂いが立ち上っている。
そんな状況下でも、冴草 里奈はじっと耐え続けた。妙に長い焦らしシーンに撮れ高の心配がされ、『次のシーン行ってください』というフリップが出されるまで。
「流石ですねぇ、このギリギリの焦らしをそこまでお耐えになるなんて。お喜びください、ここからはご褒美の時間です」
翔子は内心で舌を出しつつ、薄笑みを浮かべてキーボードを叩く。
秘部を覆うカバーが外されると、里奈のひくつく割れ目からはとろりと透明な雫が滴り落ち、床まで途切れることのない線を引く。そうして涎を垂らす里奈の前に、また別のマシンが姿を現した。やや太いアームの先に、瓜のような形のアタッチメントがくっついている。その瓜は訝しむ里奈の目の前で口を開き、8つの鉤爪を形成した。
「っ!?」
見慣れない形状の責め具に、里奈が眉を顰める。
「ご覧のように、このバイブは先端が8つに分かれて子宮口にフィットします。その刺激の正確さは、ただ漫然と当たる丸い先端とは比べ物になりません」
翔子はどこか誇らしげにそう語る。それを耳にした里奈は、身が震える思いだった。以前の撮影で、先端が二股に分かれたポルチオバイブを使われたことがある。そのフィット感とそれに伴う刺激は確かに通常バイブの比ではなく、たまらず腰を逃がしたことを覚えている。それが8股となると、どれほどのものか想像もつかない。
「では、ご堪能ください。良きPRを期待しておりますわ」
翔子の言葉と共に、一旦口を閉じたバイブが里奈の割れ目へと入り込み、奥で改めて花開く。焦らしで蕩けきった子宮口付近に、8つの鉤爪がしっかりと食い込むのを感じる。しかも爪の内側には、ごく微細な凹凸が無数についてもいるようだ。ポルチオを刺激する事にとことんまで特化したバイブといえる。
「はっ、はっ、はっ……!!」
AV界の女王といえど、この整いすぎた状況には緊張を隠せない。
バイブが唸りを上げはじめる。市販の『電マ』よりも明瞭で重苦しい駆動音。それはそのまま刺激の強さとなり、掴んだ鉤爪ごと子宮を揺さぶる。
「あっ、あっ!?」
ファーストコンタクトで、里奈は瓦解を確信した。この類の刺激は長くもたない。ましてや今のコンディションでは。
「いかがですかー、冴草さ……」
「ぁイっ、イグうううっ!!!」
翔子の呑気な問いを遮る形で、里奈は絶頂を宣言した。腰が震え、背中が仰け反る。ブルブルッ、ブルブルッ、ブルブルッ、と立て続けに子宮口が痙攣し、熱い蜜が吐かれる。乳頭がまたしこり勃って痛む。待ち望んだ絶頂に、体中の細胞が歓喜しているのを感じる。
「……っがはっ、かはっ!! あはっ!!」
絶頂の波が過ぎた時、里奈は止めていた息を吐き出した。長いキャリアの中でも上位にランク入りするほどに深い絶頂だった。
「あああまたイクっ、また……かはあっ!! あ、ああイクっ、イグイグ、イグうううっ!!」
二度目、そして三度目のエクスタシー。絶頂したばかりの敏感な子宮口をさらに刺激され、里奈の頭のカチューシャが何度も赤く光る。
「駄目っ、まだイッてる途中っ……アああああ゛ッ!! イグ、イグ、まだイグうううううっ!」
制止の要求すら言いきれず、何度目かの絶頂に追い込まれる里奈。深く落ちていた腰は絶頂を嫌がるように浮き上がり、ガニ股に戻って、カメラへ見せつけるように腰を振りつつ痙攣する。その割れ目からはとうとう潮が噴きだし、ほぼ同じタイミングで母乳を噴きだしはじめた。
しかし、機械は無慈悲だ。対象者がどれだけ酷い有様を晒したところで、責めの手を緩めることは一切ない。
「だ、だめ、死んじゃう、息できないっ!! ああ゛ばだイグ、イグッ、ずっどイッでるのおおう゛ぉ゛っっ!!!」
里奈はカメラへ叫んだかと思えば天を仰ぎ、感電したように痙攣する。その声色は普通ではないが、動きもまた尋常ではない。足首に重厚な拘束具がついているというのに、それを感じさせないほど激しく足を暴れさせる。
「あら凄い、タップダンスかしら」
翔子が嘲る通り、もはや踊りの域だ。そしてその無茶な動きは、ガシンガシンと拘束具に音を立てさせる。腕の拘束具も鎖を引きちぎらんばかりの勢いのため、EPの上がり幅は極めて大きい。今の増加幅は360キロ。それを360キロの背筋力と換算できるなら、トップアスリートの記録200キロの実に1.8倍だ。
※
「あうっ……はぅう、う゛…………へっへひ、へっひぃっ…………」
鉤爪のようなバイブが引き抜かれた後も、里奈は不自由な呼吸を繰り返しながら、なおも絶頂の余韻から逃れられずにいた。
彼女の頭の測定器は、何度深紅に輝いただろう。全身は細かな痙攣を続け、顔や胸はセックスフラッシュの紅潮を見せ、乳輪は粟立ち、二の腕や太腿には鳥肌すらも立っている。モニターに記録されている5万超えのEPも、駆け巡った快感の強烈さを物語っていた。
しかし、それでも里奈に休息は与えられない。口にチューブを突っ込んで経口補水液を流し込み、強制的に里奈の意識を定めさせると、次の責めの準備に入る。
ポルチオ刺激は効果こそ強烈だが、画として地味という欠点があった。対して今度の責めは、映像的なインパクトが抜群だ。
『 ディルドウサイズ:XXL カリ ゴクブト / バイブレーション:EX / シンジュ:オオツブ 28コ 』
かつて安西 翔子に泣きを入れさせた責め具に、魔改造を繰り返したもの。サイズXXLは身近な物で例えるなら、2リットル入りのコーラのペットボトルほどの大きさだ。形は人間のペニスを模してはいるが、握り拳ほどの亀頭は嫌がらせのように傘を張り、その下の雁首は同じくエラを張ったまま4つ連なり、起伏の激しい肉茎部分はびっしりと真珠状の突起で覆われているなど、とにかく“えげつない”作りをしている。とりあえず改造はしたものの、ふと正気に戻ったところで2人して顔を見合わせ、外人なら喜ぶかもと冗談を言い合った代物だ。
「こちらは、当店で最も刺激的な一品です。ぜひご自身の眼でお確かめください」
翔子はそう言ってキーボードを叩き、カメラに映る責め具の異様さを里奈自身にも視認させる。
「…………ッ!!!」
里奈が目を見開いた。当然の反応だ。
「怖いですか、冴草さま?」
挑発するようにそう問われれば、里奈も表情を変えざるを得ない。
「まさか。私は馬とだってしたことがあるのよ。あれに比べたら可愛いものだわ」
堂々とそう宣言し、不敵な笑みを湛えてみせる。
馬相手のセックスビデオを撮った経験があるのは事実だ。しかし馬姦の初挑戦時、彼女は終始顔を歪めていたし、撮影後には膣が裂けて入院した。その後はフィスト撮影などを経てリベンジを果たしたものの、当時のトラウマは残っているはずだ。
「左様ですか、では遠慮は不要ですね。優秀なモニター様に感謝いたします」
翔子はにこやかに笑いながら、里奈の両膝に拘束帯を巻きつけ、完全ながに股を強制する。絶頂の余韻から抜けきれていない里奈の脚は、がに股になった時点でかなりの力みをみせた。その脚の間で、拷問具が突き上げられる。
「んおおおおッ!!!」
里奈の喉から壮絶な声が吐き出され、両足にくっきりと筋肉が隆起する。
そうなるのも納得の光景だった。コーラのボトルのようなディルドウは、いきなりその半分以上が膣に埋没している。しかも規格外の大きさのせいで、入り込んだ分だけ里奈の下腹がボコリと盛り上がってもいる。並の女性ならば反射的に泣いたかもしれないし、吐いたかもしれない。それを悲鳴だけで済ませているところは、さすが百戦錬磨の強者だ。
しかしディルドウが下に引かれた瞬間には、その強者の腰もぶるりと震え上がった。
「くあああああっ!!」
挿入時と遜色のない悲鳴も上がる。
「お味は如何でしょうか、冴草さま。ご感想をお願いいたします」
「ふっ、ふっ……これはまた、とんでもない物を作ったわね。とにかく太いし亀頭も大きいから、突っ込まれた瞬間は息が止まりそうになるわ。でも、それ以上にたまらないのが抜かれる時よ。3つ……いえ、4つもある雁首が膣襞を擦っていくから、潮を噴かされそうになるわ。そんな状態のあそこをまた抉られて、どんどん追い詰められる。真珠のせいで刺激が増してるのも肝ね」
里奈が冷静に解説する間も、ディルドウは振動しながら上下に動き続けた。その刺激に菱形を作る脚はガクガクと震え、愛液がディルドウに伝いはじめる。
「あら、お褒めの言葉を有難うございます。これは感謝のサービスですわ」
翔子は意地の悪い笑みを浮かべたまま、機械に新たな命令を打ち込んだ。里奈の足首と膝の拘束具が位置を変え、宙吊りのまま180度の開脚を強いる。
「こ、これは……!」
里奈はその意味を瞬時に悟った。しかし四肢を拘束された状態ではどうにもできない。カメラに全てを晒したまま、唸るディルドウを受け入れるしかない。
「おほっ、おごおおおおっ!!」
破格のサイズが膣を強引に押し開く。下腹がコーラのボトルと同じ太さに膨れ上がる。しかも今度は脚で体重を支えられないため、その刺激を100%膣で受け止めざるを得ない。
そして無論、その状況でも機械が慈悲をくれることはなかった。指定された通りにプログラムが動き、過不足なく膣を突き上げる。
「おお゛お゛う゛っ、ほぉおお゛お゛う゛っっ!!」
腹部に負担が掛かるため、漏れる声は自然と『お』行に限られた。太腿から足指の先にまで痺れが入り、痛いほどに勃起しきった両乳首までピリピリと痺れる。強すぎる刺激につい脚が閉じかけ、すぐに拘束具で引き戻される。
「あらすごい、EPが5万3000ポイントを超えましたよ?」
「……っ!」
翔子の声に、里奈はぐっと脚を開き、胸を張る。
「素晴らしい姿勢ですね。ではどうぞそのままで、たっぷりとご堪能くださーい」
翔子は薄笑みを浮かべ、ディルドウの動作パターンを変化させた。激しい出し入れから、長大さをアピールするようなストロークの長い突き込みに。傍目には刺激が減ったように見えるが、一概にそうとは言えない。
「んぁ、ぁあ……ああぁっ……! おっ、ぉぉっ、ぉっ……!!」
ゆっくりと時間をかけて引き抜かれれば、4つの雁首で膣襞を刺激される時間も増える。
「う、んんんっ……あぁああ、んはぁぁっ…………!!」
じっくりと押し込まれると、拡張される刺激を余さず味わえて声が抑えきれない。
(この教え込むような動き……危険ね)
里奈は経験からそう悟る。無理のありすぎるサイズに、さしもの里奈の膣も驚いて縮こまっているところがあった。しかしこうして緩い責めを挟まれれば、膣も自然と落ち着いてディルドウにしっとりと纏わりつく。そんな状態で激しく突かれれば──。
里奈のそんな危惧を見透かしたように、ディルドウは再びピストン速度を上げはじめた。
「お゛っ、う、うんっ! んぁっ、あっ、あっ……おっ! お゛おぉっ、お゛ぉっお、お゛っっ!!」
素材の味を覚え込まされた上での蹂躙。里奈の口は自然と窄まり、顎が浮く。
「あっ、あはっ、太い! すごい、奥まで……っ!」
喘ぐばかりでは芸がないと笑ってみせるものの、内心で里奈は焦っていた。彼女の中で最もインパクトのあった、アフリカ系黒人とのファックをも上書きするほどの強烈な体験。
(気をしっかり持ってないと、簡単に失神(ト)びそう……。こんなの経験したら、人間相手のセックスを物足りなく感じても仕方ないわ。このマシンの中毒になる子が多いわけね)
里奈の脳裏に駿介の姿が浮かぶ。もちろん里奈は、容易く快感に流されるほど初心ではない。しかしながら、生物である以上は快感を無視もできない。
「ほっ、ほーっ、ほーっ……おほぉォッ!」
三浅一深のリズムで膣奥を貫かれ、里奈は仰け反りながら絶頂に至る。全身がぶるぶると痙攣し、乳房の先端から母乳が噴きだす。その状態でさらにピストンを浴びれば、もはや余裕は消え失せた。
「おっほ、イグっ……イッグううぅうんっっ!!!」
喉を締めつけてなお殺せない嬌声を響かせ、ガクガクと腰を揺らしながら失禁する。たっぷり5秒ほどかけてようやく降りてきた顔は、壮絶だった。目は虚ろなまま涙を零し、鼻からは汁が垂れ、閉じない口からも泡まみれの唾液が滴っている。
「あらー、幸せそうな顔をなさってますわねぇ」
この翔子の言葉が嫌味であることは、よほど鈍い人間にも伝わるだろう。
(カメラにバカ面晒してるよー、女王さま。無駄に大勢いるあんたのファンが、幻滅しないといいけどね)
絶句する宏尚を横目に見つつ、翔子はマシンのピストンパターンを細かく変える。里奈を刺激に慣らさないように、少しでも新鮮な反応を引き出せるように。
「うあっ!?」
里奈から驚きの声が漏れた。絶え間ないハードピストンから一転、亀頭部分までを完全に抜き去られたからだ。ディルドウは握り拳のような先端で、様々な分泌液にまみれた割れ目をぬるぬると刺激しはじめる。
「あっ! あっ! んっ!」
完全に“出来上がっている”今の里奈からは、それだけで大きな声が漏れた。
(そんな……! 腰が、腰が動いちゃう……!!)
里奈は驚愕する。秘裂がひくつき、乳首がわななき、全身が挿入を願っている事実に。流されるまいと頑張っていたが、肉体はしっかりとこの凶器の虜になっているようだ。
充分に焦らしたところで、ディルドウはまた根元まで一気に挿入される。
「ッかああああ!!」
里奈の全身が仰け反り、太腿から足指の先までが病的に痙攣する。EPも加算されるが、今度は脚を閉じようとした結果ではない。むしろその逆、ディルドウへ腰を押し付ける形で限界以上に股を開いたせいだ。
その甘えを翔子は見逃さない。奥の奥まで挿入した上でさらに押し付け、グリグリと膣奥を“練る”。まるで熟練男優のテクニックだ。
「ぐひっ! ひぅっ、ひ……ァひッ!!!」
どれだけ壮絶な事をされているのか、それをまともに呑み込めばどうなるのか。それを瞬時に悟ったのだろう。里奈は咄嗟に歯を食いしばり、眉も鼻もグシャグシャに中央へ寄せる壮絶な顔で抗った。しかしAV女優のそれほどの本気をも、機械責めは嘲笑うかのように突き破る。
「ッッおお゛お゛ぉ゛お゛お゛っ!!! おほっ、んお゛っお゛、お゛っ、おお゛ぉお゛お゛っ!!!」
無理に我慢をするほど、その反動は大きい。里奈は、聖母のイメージを覆す喘ぎ声を繰り返し吐きながら、緩く背を反らした。仰け反りが甘いため、その表情の遷移──ぐるりと白目を剥き、舌を突き出し、唾液を散らし、鼻水を噴きだす、その全てが余さず記録されてしまう。
「……はあっ、はあっ、はあっ……! す、すごいわ……カラダ中が、熱い……。感電してるみたいに、ビリビリして……余韻だけで、んんんっ、またイケちゃう……」
駆動をやめたディルドウがようやく引き抜かれた頃、里奈の有り様は壮絶だった。母乳がどくどくと腹部を覆い、全身が汗で濡れ光っている。
翔子はそんな里奈の有様をしばしカメラに収めさせてから、4本のアームを操作した。アームの先についたフックが里奈の小陰唇に引っ掛けられ、性器を4方向に押し拡げる。
ぐっぱりと開かれた里奈の膣では、濡れ光る膣壁が妖しく蠢いていた。しかし、本当に衝撃的なのはその奥だ。膣の突き当たりに位置する子宮口が、その口を大きく開いていた。指の二本程度ならばそのまま入りそうなほどに。
「うわ……!」
モニターを凝視していた宏尚は、思わず声を上げた。
理屈は解る。さんざん焦らした上、子宮口に密着する例のバイブで子宮口をほぐした。さらに巨大な亀頭で繰り返し子宮口を圧迫した。ここまでお膳立てを整えれば、翔子でも小指の先ほど外子宮口が開いたものだ。
だが、里奈の開き具合はその比ではない。さすがは経産婦というところだろうか。
「…………凄いでしょう。それとも羨ましいかしら? 何度も中イキした結果よ。女の性の到達点ね」
開閉する子宮口を撮影される。その未曽有の屈辱の中でなお、里奈は笑みを浮かべてみせた。一方で翔子も笑う。クスッ、と冷ややかに。
「お言葉通り、素晴らしい仕上がりです。しかし冴草さま、まだ到達点というには早いのでは?」
「え?」
「人間相手のセックスではここがピークだと思われますが、我々は“その先”をご用意しております」
翔子のこの言葉からは、嘲りの意図が透けて見えた。AVクイーンなどと胸を張ったところで、所詮は人間しか経験がないんだろう、という。
(その先……? 一体何をする気なの?)
里奈の頬に冷や汗が伝う。事前に撮影の流れは打ち合わせているが、この辺りのシーンは里奈側に知識がないのもあって『最終シーンまで延々マシンファック、責め方は店のおまかせで』と丸投げしたため、何をされるのかは全く未知だ。しかし、だからといって逃げられない。
「ふーん、面白いわ。なら教えてちょうだい、その新しい世界を」
「ええ、承知しました」
無機質な機械を隔てて、女の意地がぶつかり合う。
※
4つのフックで膣を開くのはそのままに、また別のバイブが里奈に迫る。
今度の責め具はずいぶんと小ぶりだった。初心者が膣やアナルを慣らすのに使う細いバイブという風だ。当然、このSコースでそんなものが膣に使われるはずもない。また尿道責めかと身構える里奈を嘲笑うように、バイブはまっすぐ進んでいく。膣の中央……開いた子宮口の中へと。
「がっ……!」
未知の刺激に、里奈は眼を見開いた。
「なっ、子宮!? 新しい世界っていうのはウテルスセックスのこと!?」
「さすが、よくご存じで。冴草さまは出産経験がお有りとのことですので、子宮頸部から先への挿入も問題なく可能と思われます」
私なんて、産んだ経験もないのに突っ込まれたんだからさ──翔子は心の中でそう毒づきながら、宏尚をジロリと睨む。
「ひっ、ひぃいっ! はっ、は……はあぁっ! はあぁっ! はあああっ!!」
里奈は全身に冷や汗を掻いていた。子宮口に赤子を通した経験があるとはいえ、それはあくまで内から外の話だ。尿道や肛門がそうであるように、出すために作られた場所へ異物が入り込んでくる違和感は大きい。ましてやポルチオは女性最大の性感帯だ。突かれるだけで絶頂するそんな場所へ直に挿入されて、平然とはしていられない。
頭に血が上る感覚の後、ふっと視界が明度を落とし、目の奥で光が迸った。
(あれ、これ……? この快感、ダメかも……)
里奈はそう直感する。
プロの男優相手に中イキを経験すると、目の前で火花が散るような感覚を覚えることがあった。いわゆる『目がチカチカする』状態だ。しかし今のこれは、それよりも遥かに鮮明だった。車のハイライトを直視した時の、思わず立ち竦むような眩さ……それが目の奥に閃いた。
「さあ冴草さま、子宮に挿入されたご感想を」
「はぁっ! はぁっ !はぁっ! こ、これは、初めての感覚よ……! 子宮が痺れて、熱い!! 突っ込まれるだけで、んくっ、深い中イキが……来るっ!!」
里奈自身の告白を裏付けるように、カチューシャ型の測定器は赤く光り続けていた。暗くなる瞬間がないのは、常に絶頂状態にある証だ。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ……!!」
分泌液の糸を引きながら、子宮口から一旦バイブが抜かれた時、里奈は完全に息が乱れていた。額の汗も尋常ではない。
翔子はそんな里奈に、あえてバイブの先端を見せつける。もちろんカメラにも真正面から映る位置でだ。
バイブの先には、白い物が付着していた。
「これが何だかお解りでしょうか?」
翔子に問われても、里奈はすぐには答えられない。頭は答えを導き出しているが、それを咄嗟に口に出せない。
「これは、冴草さまの子宮内膜にこびりついていた滓です。このバイブの先が間違いなく子宮頸部を通り抜け、子宮体部にまで達していたという証拠ですわ」
翔子は高らかにそう宣言し、しっかり撮れと言いたげにカメラを観る。押しも押されぬトップ女優の子宮滓など、確かにそうそう見られるものではなく、記録的な価値があるのは確かだ。しかし、里奈当人としては恥辱の極みでしかない。
「……そう。道理で気持ちよかったわけね」
「それは良うございました。これよりウテルスセックス前の慣らしとして、子宮頸部の拡張を行いますので、この輝かしい世界をたっぷりとご堪能くださいませ」
翔子はあくまでにこやかに笑いながら、子宮責めを再開する。
「あひっ、ひぃっ、ひぎィィっ!! ひぎィッ、んひぃいィっ!!」
機械の駆動音と呼応するように、尋常ならざる呻き声が漏れはじめる。並のサディストであれば、この反応だけで充分に満たされることだろう。しかし安西 翔子という稀代の悪女は、惨めな人間を見ると追い打ちを掛けたくなる性分だ。学生時代の宏尚にリンチで泣きを入れさせた挙句、便器まで舐めさせたように。
「ああ申し訳ありません、うっかりしておりました。そろそろそのバイブにも子宮が馴染んで、刺激が足りなくなってきた頃でしょう」
白々しくそう告げながら、子宮のバイブを引き抜いてより太い物と交換する。
「あ、ひぎあああ゛あ゛っ!! ふ、太い゛ぃ゛、ふどいいい゛っ!!」
子宮口をこじ開けられ、白い歯を食いしばって悶絶する里奈。
『58305』
『58721』
『59127』
手足の拘束具が騒々しく音を立て、モニターのEPが増えていく。その様を見守る翔子は、事務的な能面顔の下で笑いを堪えるのに必死だった。
「刺激的ついでに、このようなトッピングもいかがでしょうか」
翔子は淡々と告げながら、マシンに追加命令を打ち込む。細いアームが計4本里奈に迫る。うち2本は搾乳器、1本は尿道バイブ、1本はクリトリスブラッシング用のものだ。
「んお゛ぉっ!? そんな、この状況でクリと尿道もなんて!! おあお゛お゛お゛っ……あ゛イグ、イグ、イグっ!!」
異質な五ヶ所責めで、脳波測定器がより鮮やかに輝く。翔子はそれを見てほくそ笑み、最後の命令ボタンを押し込んだ。
「では、ご堪能ください」
その言葉の直後、里奈の目元は機械で覆われた。Sコースで用いられるこれは、ただ視界を閉ざすだけのものではない。強い光の明滅で被験者の脳をシェイクし、快感にトリップしやすくする悪夢の機能だ。
「ああなにこれ、眩しいっ!! ああおっぱい吸われ……あっああっ、おしっこの穴、そんなに……!! ぁだめ、子宮でもイクっ……クリやめて、そんなに擦られたらっ…………!!」
「ああ、凄い反応。今の状況を解説していただきたいところですが、この様子では難しそうですね。もはや彼女は、自分が今どこで絶頂しているのかもわかっていないはずです」
パニックに陥る里奈を、翔子は面白そうに見つめていた。内心で評価してはいる。以前に翔子自身があの五ヶ所責めのモニタリングを行った際、あまりの刺激に泣きだし、やめて、止めて、としか叫べなくなった。混乱気味とはいえ、各部の刺激に一つずつ向き合おうとする里奈は、貪欲で、生真面目で、強かだ。
(なら、こういうのはどう? お強いAV女優サマ!)
翔子はさらに設定を弄り、今度は里奈の姿勢を変えさせる。宙吊りのまま、両脚でMの字を作るように。自然と下半身が力むその体勢は、里奈からいよいよ余裕を奪うに違いない。
いつしか翔子は、ハイな気分になっていた。自分より上等なメスをイジメ潰してやろうという気持ちも変わらずある。しかしそれ以上に、冴草 里奈という女の示す反応そのものが面白くて仕方ない。
(ほらほら、頑張れー! あたしはこの辺で泣き入れてギブしちゃったけど、アンタならその先に行けるでしょ? これ以上やったら女がどうなっちゃうのか、カメラとあたしに見せてよ!)
心の中で野次を飛ばしつつ、外面ではあくまで事務的にキーボードを叩く。我ながら良い性格をしている、と翔子は自嘲した。
ガコガコと音を立てながら、通常膣に使われるものと同じバイブで子宮内を蹂躙される。
その上の尿道も親指大のバイブがこじ開け、薬液で疑似排尿を強いながら入り口と陰核脚を刺激する。
肥大したクリトリスは微細な振動を浴びながら、無数の繊毛に磨きぬかれる。
勃起した左右の乳頭は変形するほど吸引され、延々と母乳を絞り出される。
幾重もの無慈悲な責めに、里奈の反応は刻一刻と変化していった。
「ッオ゛、オ゛オ゛オ゛オ゛……ほおイグっ、イクっイクううううっ!!」
重苦しい呻きと共に絶頂する。最序盤のその反応ですら、充分に異様ではあった。
「おあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! ああア゛っ……あ゛ーーっ!! あ゛ーーっ!! あ゛ーーっ!! あ゛ーーっ!!」
2分が経った頃、喘ぎ方が変わる。呼吸はより苦しくなっているはずだが、どういう訳か、喘ぎ声の種類が『お』から『あ』の濁音に変わる。その理屈に合わない行動が、ますますもって異様だ。
(おー、いいカンジに狂ってきたじゃん。あたしは速攻でギブしちゃったけど、どんな感じかは分かるよ。子宮・尿道・クリ・乳首……女の急所5点責めとか、ふざけんなって感じだよね。目の機械のせいで意識かき乱されるのもヤバいし。あの女、マジで狂っちゃうかも。まーでも、そうなったらそうなったでいい宣伝になるか。『ご利用は計画的に』、ってね)
翔子は無表情の裏でほくそ笑む。『この撮影で里奈に何かが起きても、責任は一切問わない』──店と撮影側でそういう契約を交わしているため、責めている方としては気楽なものだ。
「ああ゛あ゛あ゛……ッがあ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! ぉうっ、ふうっ、お゛ーっ……ぉほっ、イいい゛い゛ぐ、ッッグ!! あッ!? あ゛っあ゛っあ゛っあ゛っあ゛っあ゛ーーっぁイグィグイグイギゅる゛ッ!!! ふゥーッ、ふゥーッ、うう゛ーッ!! がはあっ、あ゛あ゛あ゛あ゛うはぁあ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」
さらに数分が経つと、里奈の反応はいよいよ一貫性を失った。身を捩って絶叫したかと思えば、腰を痙攣させながら歯を食いしばる。かと思えば完全な泣き声を響かせ、明瞭に絶叫をアピールしたかと思えば、言葉に成りきらない悲鳴を吐き散らす。秒単位で目まぐるしく変化するその様は、まさに狂乱という表現が相応しい。
肉体の反応も、ありふれたセックスでは見られないものがいくつもあった。一切責められていない肛門が喘ぐように開閉し、そこに尿道と膣からの白く濁った愛液が流れ込んで、ふとした瞬間にびゅっと勢いよく噴きだす様などは特に壮絶だ。
(これ流石にヤバい? 流石にヤバいやつだよね? あーもうわっかんない! せめてヒトの言葉喋れっつーの!)
翔子は焦りつつ、マシンに責めの中止を命じる。狂ってもいいと思うのと、実際に狂いゆく様を放置するのとでは、やはり大きな隔たりがあった。
責め具が引き抜かれると、里奈の肉体は分かりやすいほど弛緩する。引き絞られていた四肢の拘束具も久々に緩み、モニターのEPも加算が止まる。その数値はいつの間にか8万の大台に乗っており、里奈がどれほど暴れたのかを如実に物語っていた。
「んんっ……」
目元の機械が外れた瞬間、水漏れのように大量の涙がこぼれ落ちる。その源である瞳は眩しそうに瞬き、揺らぐ瞳孔が落ち着くのに数秒を要した。
しかし──ついに焦点の合った宝石のような瞳は、なおも光を失っていない。
「はーっ、はーっ、はーっ……あ、あははは、最高だわ! 私もまだまだ無知ね、こんな世界があったなんて……!」
絶叫マシンを体験した直後のように、息を切らせながら笑う里奈。その姿は、撮影スタッフと宏尚と、そして翔子に衝撃を齎した。
(マジ? こいつ、あれに耐えんの? しかも笑ってるとか……これがAVって業界の頂点ってわけ?)
改めて突きつけられたその事実に、翔子が眉をしかめる。
「素晴らしいです、冴草さま。これならばこの先のテストにも存分にご協力いただけそうですね。ただし、あまり羽目を外しすぎないようにご注意ください。冴草さまのEPは、すでに8万を超えておられますので」
※
「おごお゛お゛お゛お゛っ、お゛お゛お゛っ!! ん゛はっ、お゛お゛お゛っ!! ぉ゛イグっ、イっぐううう゛う゛お゛お゛お゛!!!」
マシン内部のスピーカーからは、壮絶な声が漏れ続けていた。その声だけを聴けば、恥知らずな品のない女に思えるだろう。しかしモニターに目を向け、卵型のカプセルの中で何が起こっているのかを認識したなら、その評価は変わるはずだ。あそこまでやられているなら仕方ない……と。
里奈は直立姿勢に戻され、下から突き上げる形で子宮を責められていた。グッポグッポという空気の攪拌音が、絶え間なく響いている。猛烈なピストンを繰り返すバイブは発光するタイプで、強い光が肌越しに透けて見えるため、どこまで入り込んでいるのかが一目瞭然だ。
目視できる子宮姦は、映像的なインパクトのみならず、説得力という点でも優れている。
「あうう゛っ、ふぐう゛……ううう゛っ、ぃひぐふう゛ん゛っ……!!」
里奈がまた“泣き”のサイクルに入った。俯いたままボロボロと涙を零し、爪先立ちになった脚を痙攣させる。串刺しにされたまま感電しているようだ。子宮へ入り込むバイブが視認できるならば、そんな姿にも納得だった。
ただし、それに同情の念を感じるのは人間だけだ。機械に慈悲などない。プログラムの実行タイミングが来れば、対象が泣いていようが失禁していようが、一切考慮せず責めを課す。
バチンッ、バチンッ、と肉を打つ音が響いた。凹凸付きのパドルが太腿や尻を打ち据える音だ。
「いやいい゛い゛い゛っ!!!」
肌に赤い跡を残すほどの容赦ないパドリングは、通常時であれば泣くほどの痛みを、絶頂続きの極限状態であれば震えるほどの快感をもたらす。実際に里奈も、無駄肉のない皮膚を波打たせながら、必ずと言っていいほど潮噴きに至っていた。
しかし今回に限っては、その痛みに悶えたことが仇となる。逃げようとした脚が床の愛液で滑り、一瞬とはいえ子宮だけで全荷重を受け止める杭打ち状態となる。そしてその一瞬が、里奈を残酷に突き崩した。
「わ゛ああ゛あ゛あ゛ーーーーっ!!」
開き切った口から喉を震わせるほどの悲鳴が上がり、全身が痙攣する。
「あ゛ーーっ!!! あ゛ア゛ーーーっ!!!」
地に着いた足で必死に踏ん張るが、痙攣と絶叫は止まらない。むしろますます酷くなる。その一連の反応は、彼女が薄氷に乗るがごときバランスで正気を保っている事実を伺わせた。
「ふ、はッ、はッ、はッ、はッ、はッ…………」
かろうじて姿勢と呼吸を整えても、里奈には休む暇もない。翔子がその暇を与えない。
「大丈夫ですか、冴草さま。凄いお顔ですよ」
「……だ、だっで、ずっど子宮でイってるがらっ……!!」
「そうですか、子宮で。ああ、そういえば体外からのポルチオ刺激を失念しておりました」
翔子はとぼけた口調でそう告げると、見るからに強力なマッサージ器を里奈の下腹部に押し当てる。
「あやっ!! お、お゛っ……おおおお、イグ、イグイグイグっ!!! あああ子宮がげいれんぢでるううう!!!」
里奈が身を捩ると、手足の拘束具が軋みを上げる。涙に塗れた視界では、モニターのEPが9万目前にまで迫っていた。今の増え方を考えれば、10万ポイントまでの猶予など無いに等しい。
追い込まれている。あらゆる点で。
「あらあら、ステキなお声。すみません、もっと早く気持ちよくして差し上げられたのに」
翔子はにこやかに笑いつつ、責めの命令を更新する。
里奈の身体は再び宙吊りにされ、Mの字を描くその脚の中心に、改めてバイブがねじ込まれた。ただし、このバイブも先ほどまでのものとはやや違う。発光機能はそのままに、二回り太さが増したものだ。
「がああ太ッ……あ、あ゛ーーっイグううッ!! お゛っ、おん゛っ、おん゛っ、ほおおお゛お゛お゛お゛ーーーッ!!」
これ以上はないというほど目を見開き、全身を震わせる。手足でも切り落とされているかのような表情だ。しかしその声色は濃密な快感を孕んでいるし、脳の測定器は鮮やかな赤に輝き続けている。
「盛り上がってきたところで、この映像をご覧の方にコメントをどうぞ」
翔子が唐突にリポートを要請した。勿論、辛いタイミングだと判断した上でだ。
「おっ、ほぉっ、ほぉっ……ははは、クレイジーで最高ね。けど皆、くれぐれも遊び半分でこのコースを選んじゃ駄目よ! あそこをグチャグチャにされてしまうわ!!」
里奈は楽しそうな笑みを浮かべた。時間的にもそろそろ撮影のクライマックスだ。このPRビデオに陰惨なイメージを残さないためにも、快感に喜んでいる画を多く撮らせた方がいい。そう判断した上での笑顔だ。しかしその笑みも、すぐに歪んだ表情で上書きされる。
あそこをグチャグチャにされるからやめておけ──その発言は、彼女自身の性器が壊れそうだという告白に等しい。
「あそこだけ、ではありませんよね?」
翔子は薄笑みを浮かべながら、乳房の器具を作動させた。乳腺マッサージと搾乳機能が同時に働き、里奈の胸を甘い快楽で包み込む。
「あああ胸っ、あああ゛あ゛あ゛ーーっ!!」
意識していない箇所への快感に、里奈はあえなく絶頂し、盛大に母乳を噴きこぼす。あまりにも顕著なその反応に、翔子はくすっと笑いを漏らした。
「失礼ながら。そのように気持ちよさそうな反応をなさると、あまりお言葉の説得力が……」
「あ、当たり前じゃない! 子宮でイカされつづけて、甘い快感が体中に巡ってるのよ! 乳首にだって……あ、あダメ、乳首だめ! 繋がる……あそこと、電気繋がるぅっ!!」
里奈はそう絶叫し、俯きかけたままで動きを止める。
目の前に、星がチカチカと瞬いていた。
辺り一面が仄暗い。それなのに、何もかもが白い。
この空間は心地がいい。まるで、天国……………………
『 里奈さん!! 』
「……っ、ぶはああっ!!!」
脳裏に響いた声で、里奈は意識を取り戻す。激しく噎せかえり、その勢いで吐瀉物を思わせる黄褐色の唾液がびしゃびしゃと胸に垂れ落ちた。
(あ、危なかった! 息するの、忘れてた……!!)
里奈の心臓が激しく脈打つ。窒息寸前だった事よりも、脳が警鐘を鳴らさなかった──すなわち、甘美な死を受け入れていたという事実がショックだ。
よく助かったと思う。さっきの声のおかげだ。
あの声には聞き覚えがある。それこそ今朝も、窒息しそうなほどのキスの後で囁かれた。
『出かける前にちゃんとマーキングしとかないと。『ドリーミィ・カプセル』だかなんだか知らないけど、機械なんかに僕の里奈さんは渡さない』
すっかり大人びた少年の声。
(そっか…………シュンくんが引き戻してくれたんだね)
そう思い至り、里奈はふっと笑みをこぼす。
「っ!?」
翔子が目を見開いた。
(何あいつ……笑ってる? あたしの責めがヌルいっての!?)
翔子には、里奈を追い詰めている自信があった。AV女優としてのプライドで頑張ってはいるようだが、それでも翻弄できていると確信していた。
今の笑みは、その翔子のプライドを打ち砕くものだ。
(ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!! AVクイーンだか何だか知らないけど、あんただって所詮は只の女だろ!? あたしが泣き入れさせられたこのマシンに屈服しないなんて、あるわけないんだよ!!)
翔子の指がキーボードの上で激しく踊る。
里奈の膣から男根型のバイブが引き抜かれ、入れ替わりで再び八股の密着型バイブが挿入された。
「あっ、これは……!? ひッい、いいいイ゛グッ!! しっしっしっ、子宮でえっ!しきゅうでイってるうう゛う゛う゛っ!!!」
同じ責めの繰り返しでは断じてない。挿入を経て子宮頸部をほぐしきった上でのポルチオ刺激だ。里奈の両脚は大きく開いたまま強張り、刺激を嫌うようにバタバタと暴れはじめる。
(ほらオバサン、EPがどんどん増えてくよー? 『92126』、『92335』……あーあー、もう10万オーバーとか時間の問題じゃん。プロの誇りにかけて耐えきってみせるとか啖呵切っといて、結局ダメでしたーじゃカッコつかないでしょ)
翔子が心中で嘲笑う中、里奈の腹筋が痙攣しはじめ、瞳はぐるりと上を向く。
「ぇおえっ、ごぼっ……!!」
里奈はまたしても激しく噎せ、唾液と涎、吐瀉物の混じった粘性の液体を吐き出した。
彼女の意識はそこで一旦途切れたが、翔子には休息を取らせるつもりなどない。ポルチオバイブの出力を上げ、身の内から揺さぶることで強引に覚醒させる。
「ごほお゛っおお゛お゛っ!! おおお゛ぉ゛イぐ、イぐイぐふうううん゛っ!!」
確かならぬ声で覚醒した直後、里奈の股間からはチョロチョロとせせらぎが漏れた。根元まで押し込まれた尿道バイブを無視する失禁だ。
「あらあら、嘔吐どころかお粗相までなさって。残り時間はまだ40分ほど残っていますが、もう終わりにされたいですか?」
翔子は諭すように里奈に告げた。口調こそ優しいが、『逃げるのか』という問いだ。
窒息に苦しんでいた時の里奈なら、あるいはそれを魅力的だと思ったかもしれない。しかし、今は違う。
「……冗談じゃない。こんな刺激的な体験なんてそうそうできないもの、残さず味わい尽くさせてもらうわ」
AV界を代表する女優として、駿介が憧れるAVクイーンとして、里奈は綺麗に笑ってみせた。
※
「んぎいいい゛い゛い゛い゛っっっ!!!」
断末魔のような悲鳴が、撮影部屋を震わせる。その声と同様、里奈の現状も壮絶だ。
彼女の身体はいくつもの拘束具に捉えられたまま、完全に宙へ浮いていた。膝が肩につくまで持ち上げられた、いわゆる『マングリ返し』の体位。女性にとって最も屈辱的なその格好をキープさせたまま、総決算のような責めが里奈を襲っていた。
乳頭は乳腺開発と共に搾乳され、クリトリスは激しくブラッシングされ、尿道にはマジックペンサイズのバイブが埋め込まれている。子宮を抉るアタッチメントはもはや男根を模したものですらなく、いわゆる触手に近い形状をしている。肛門にも嫌がらせのような極太の触手型バイブがねじ込まれ、実に40段におよぶ蛇腹でS状結腸を扱き続けていた。
不自然な体勢でそこまでの責めを受け、じっと耐えられるはずもない。少し前までの里奈なら、拘束具のワイヤーを引きちぎらんばかりに暴れ、手足合わせて500近いEPを叩き出していたはずだ。
ところが今は、その増加量が極端に少なかった。
『97566』
それが現在のEPだ。背水の陣という状況ではあるが、残り時間も少ないことを考えれば、追い込む翔子も悠長には構えていられない。翔子は鬼気迫る表情でキーボードを叩き、責め具の動きを激化させる。
「ああああ゛あ゛凄いっ、気持ちよすぎる゛っ!! 前もっ、うしろも゛、抉られてっ……い、イギっぱなしで、おがしくっ……ああああまたぐるっ、まだぐるう゛う゛う゛っ!!」
リポートする里奈の声が乱れはじめた。時に濁り、時に掠れ、時に裏返る。顔はチアノーゼで青ざめ、口の端からは泡にまみれた涎が垂れ続けてもいる。それでも機械に慈悲はない。
「はぎィいいい゛っ、んがぁ!! んごおおお゛お゛お゛っ! オ゛ぉイッぐ、ああオ゛ーーっ!! ずっどイッでる、ずっどイッでるうう゛っ!! いぎっ、いぎできあいっ……ふぁあああぁあんっ!!!」
壮絶な悲鳴の合間合間に、泣いているようにしか聞こえない声が混じる。手足が暴れ、EPも加算されていく。
(無駄な足掻きだって。耐えきれるわけないじゃん、そんな無茶苦茶な責め)
翔子はそうほくそ笑む。しかし、それも僅かな間だけだ。
「ぐ、うううう゛っ……!!」
里奈はすぐに持ち直し、累積EPを『97894』に食い止めた。
「なっ……!」
自分の常識を超える根性に、翔子の顔が引き攣る。
しかし、彼女にもまた意地がある。彼女はマシンに関する知識を総動員し、EPの残り2000ポイントあまりを削りにかかった。
最強のAVクイーン相手に、AVの真似事をしても無駄だろう。ゆえに、人間相手では実現できない責めを叩き込んでいく。
挿入からの疑似射精をひたすら繰り返し、子宮内部はおろか膣さえも飽和させて腹部をぽっこりと膨らませ、その状態でアソコに栓で密封する。その状態で激しくアナルにピストンを仕掛ける。これは相当に効いた。
「ぎぃいい゛っ、しぬ゛っ、しぬう゛っ!! げほっ、おお゛え゛っ!! も、もう、もう゛……っ!!!」
『死ぬ』と嘔吐を繰り返し、その果てに『もう』という言葉を繰り返す。『もうやめて』『もう許して』……そうした哀願の言葉を漏らしかけているのは明らかだった。
それでも、里奈は凌ぎきる。何度となくアナルアクメを繰り返しながら、膣の栓を吹き飛ばした時点で、EPは『98752』。
「くっ……!!」
もはや翔子には、態度を繕う余裕などない。モニターの中の里奈を睨みながら、悪意ある設定を叩き込んでいく。
膣に触手型のバイブを3本突っ込み、後ろの穴にも蛇腹バイブを2本挿しして、苛烈な抜き差しを繰り返す。乳首や下腹はもちろん、腋にさえ電気パッドを装着して刺激する。そしてついには、口にさえ触手型のバイブを突っ込み、喉奥を激しく蹂躙する。まさに体中、穴という穴を蹂躙するハードプレイだ。
「もごっ、ほもっごぉおお゛お゛っ!! むぐおお゛お゛っ、ィいお゛え゛ッ!! おっお゛お゛、もおごろえお゛おお゛エ゛っ!!!」
喉奥を蹂躙され、粘ついた汁を掻き出されながら、里奈は着実に追い詰められていく。
(なるほど、これは人間相手じゃ味わえないわね。ファンタジーの世界で強姦されてる気分だわ……!)
ぼやけた頭でそう思考する間にも、膣は3本の触手に蹂躙され、テニスボールほどもある先端部分が代わる代わる子宮口を突破してくる。肛門の2本の触手は、無数の蛇腹で直腸をイジメ抜きながら結腸にまで侵入し、それぞれ別方向に蠢いて強引に門を開きにかかる。その際に生じる便意に似た何かは、人間の尊厳を根こそぎ消し飛ばすかのようだ。尿道、クリトリスの刺激とて馬鹿にはできない。本来ならその刺激だけで泣かされ、屈服させられかねない強烈さがある。腹部、内腿、上腕、腋……そこに取り付けられたパッドからの刺激も、今や絶頂に直結する。
しかもそれらの刺激は、各所独立しているわけではない。それぞれがそれぞれと結びつき、影響しあって、里奈の全身を高圧電流のように駆け巡る。
それでも、里奈は耐えた。暴れようとする手足に力を籠め、逃げようとする腰を押しとどめ、折れようとする心を鼓舞し続ける。
(……うそ。ウソ、ウソ、ウソだ!!)
時計を睨みながら、翔子は歯噛みする。しかし、現実は覆らない。残り時間は刻一刻と減り、4時間におよぶコースの終了時間が迫る。
「んぐううう゛う゛っ、はおおお゛お゛お゛ーーーっっ!!!」
口からバイブが引き抜かれると、里奈はすぐに喘ぎを漏らした。そこへ快感の高波が襲えば、ここぞとばかりに全身を仰け反らせて快感を訴える。
「お゛っ、お゛っ、おおおおお゛イグううう゛っ、イグの見てえええーっ!!」
恥じらいのない痴女に見えるかもしれない。しかしこれはAV女優としてのプライドだった。苦しくても辛くても、撮影から逃げずに快感に浸る演技をしてみせる。それこそがAV女優・冴草 里奈のあるべき姿だ。
「ああああそうよ、突いて、抉って、滅茶苦茶にして! あなたは最高よ……このマシンは最高よぉーーーーっ!!!」
里奈は高らかにそう叫ぶと、母乳と潮を噴き散らしながら、反った全身を痙攣させる。その絶叫と絶頂を最後までカメラに収めきったところで、タイマーが鳴り響いた。
終わってみれば、すべてが里奈のシナリオ通りだった。
撮影の締めはPR動画として文句なし。そして最終的なEPは『99994』。
「……ふふ、結構ギリギリだったのね」
並んだ数字を見てにこりと笑う里奈を見て、翔子は悟った。
(こいつまさか……狙ったの? 最後のあの痙攣まで含めて、ギリギリ10万以下になるように? でもそんな、あと6キロの負荷でアウトだったのに……)
撮影終了後の弛緩した空気の中、翔子の血だけが冷えていく。そんな中、マシンの中から助け出された里奈は、硬い表情の翔子に笑いかけた。
「なんとか10万ポイント以内に収めたけど、正直勝った気がしないわ。随分と恥を晒してしまったもの。何度か気絶もしちゃったし」
「……このマシン相手では当然かと。人間の耐久力にも限界はあるんですから」
「いいえ、身体の限界じゃないわ。このままじゃ狂っちゃう、死んじゃうって思って、自分から暴れたり意識をシャットダウンしたのよ。つまり気持ちで負けたの。たとえ皆がよくやったって褒めてくれたとしても、私自身が逃げたことを解っちゃってる」
里奈は心底悔しそうだった。無慈悲な機械にあれだけ無茶をされたら、逃げたいと思って当然だろうに。なんというストイックさ。まるで一流のアスリートだ。
「またプライベートでリベンジさせてね。次も手加減なんていらないわ」
里奈はそう言って翔子に握手を求める。汗と鳥肌に覆われたその手を前に、翔子はゴクリと喉を慣らした。
「……お待ちしております、冴草さま。ただし、次回来店される時はまた機能がアップデートされているかもしれませんよ? 今回のテストで、『最高のAV女優』のデータがたっぷりと採取できましたので」
「望むところよ」
互いに笑みを浮かべながら、がしりと握手を交わす里奈と翔子。どこまでか悪意で、どこまでが敬意なのかわからない。
「……女って、こえー……」
蚊帳の外ですべてを見届けた宏尚は、しみじみとそう呟いた。
終わり