大樹のほとり

自作小説を掲載しているブログです。

腹責め

苦痛のツケ

※腹責めモノ。苦痛系&嘔吐注意。


『不沈の無神経女』。
それが、女子ボクサー・細貝理緒奈のニックネームだ。
相手選手や観客に対し、配慮のない発言を繰り返す様……だけが由来ではない。
理緒奈が、『痛みを感じない人間』でもあるからだ。
彼女はボクサーとしてデビューして以来、ボディで倒れた経験がない。
そればかりか、苦悶の表情を浮かべた事さえない。
どれほどボディを打たれ続けようと、締まりのない笑みを浮かべたまま相手を蹂躙する。
いかにフライ級のパンチといえど、その様は異常極まるもので、過去には幾度も薬物使用の疑いがかけられた。
しかし、検査で異常は出ていない。
ゆえに理緒奈は“無痛覚症”なのか、と噂されている。

種明かししてしまえば、理緒奈は無痛覚症ではない。
世間が暗黙の内に疑っている通り、試合のたびにドーピングを施している。
仕掛け人は、理緒奈のセコンドである谷内。
スポーツ医学の権威でもある彼の開発した薬が、理緒奈に異常な耐久力を与えていた。
谷内の薬は、摂取した者の交感神経を刺激する。
結果としてアドレナリンの過剰分泌が起き、選手の痛覚を劇的に鈍らせる。
試合中のボクサーが一般的に分泌するアドレナリンの6倍もの量だ。
そうなれば、たとえ車に撥ねられようとも痛みを感じない。
品性と引き換えに、一切のダメージを無視できる体となる。

何人ものボクサーが、このペテンの餌食となってきた。
数知れぬ努力の結晶を踏みにじり、理緒奈は今宵、とうとうフライ級のベルトを獲りにかかる。
日本中の大多数が、王者による返り討ちを期待している事だろう。
『ストイック・ヴィーナス』弓木麗佳……。
アイドル級のルックスを有しながらも、比類なきストイックさで自らを鍛え続けてきた古強者。
その試合内容に博打性はない。どのような相手にも、ボディ打ちを基本とした堅実なボクシングをする。
それはまさしくボクサーとしてのあるべき姿であり、ボクシング界の最後の良心ともいえた。

「調子に乗んなよ、このマグロ女!」
「お前なんかが麗佳さんに敵うもんかよ! 選手としての厚みが違わぁ、厚みが!!」
「麗佳ー、そのガキにボクシングの怖さ教えてやれー!!」

途切れることのない怒号が、四方からリングに浴びせられる。
理緒奈はコーナーに背を預けたまま、トップロープ越しにグローブを突き出す。
親指を下にした、『地獄へ堕ちろ』の形で。
ブーイングがいよいよ苛烈さを増し、ドームに響き渡った。
実にふてぶてしい態度だ。半目の柄の悪い目つき、締まりの無い口元。
鎖骨までのダークブラウンの髪は、その性格を示すように緩くカーブを描き、先端のみ淡い朱に染まっている。
体型は至って普通。ただし、“ボクサーとしての普通”ではない。“一般人としての普通”だ。
腹筋はたるみこそ無いが、割れている様子も無い。
その辺りを歩いている女子校生のセーラー服を捲り上げたような、平々凡々な腹部だ。
とても、タイトルマッチに挑めるような肉体には見えない。

その点で言えば、麗佳などはまるで違う。
腹筋はしっかりと六つに割れ、側筋が実に美しい。
手足もアスリート特有のエッジの利いたもので、けれども女性らしさが損なわれていない。
顔立ちは完全にハーフのそれで、化粧栄えのするものだ。
癖のない黒髪は邪魔にならないよう後ろで括られており、実にスポーティーな印象を与える。
どこを取っても優等生という風で、全く嫌味が無い。
常に喧嘩を売り続けるような理緒奈とは、なるほど好対照といえた。

「タイトルマッチだからと言って、気負う必要はないよ。いつも通りにやりなさい」
谷内は理緒奈の額の汗をタオルで拭いながら、淡々と告げる。
理緒奈は、その忠告を聞いているのかいないのか、小馬鹿にするような表情で対面の麗佳を眺めている。
セコンドアウトが命じられ、リング中央に歩み出る間にも、その表情は変わらない。
「ここで負けて、身の程を知りな。小細工で取れるほど、ベルトってのは軽くないんだよ」
麗佳は静かに告げた。
記者からのインタビューには模範的な回答しかしてこなかった彼女だが、内心では思うところがあったらしい。
しかしその決意をぶつけられても、理緒奈の笑みは消えない。
「残念だけど、無理矢理もぎ取っちゃうから。勝てるわけないじゃん、今のあたしに」
妙にギラついた瞳は、完全に薬物中毒者のそれだった。



かくして、ボクシングの威信を賭けた一戦は始まった。
理緒奈は開始直後にビーカブースタイルを取る。
グローブを噛むような鉄壁の頭部ガード。頭は打てないぞ、さぁ腹を打て。そう誘っているかのようだ。
麗佳はボディ打ちの名手と名高く、本人にその自負もあろう。当然、狙いに行く。
「シッ!」
電光石火。相手の正面に踏み入った次の瞬間、右膝を深く沈めて斜め40度の角度でフックを抉り込む。
ドッ、という鈍い音が、観客席後方にも届いた。
リング上で幾度となく叩き込まれてきた、肝臓直撃の殺人ブロー。
それをもろに喰らった相手の反応は皆同じだ。顔を歪め、体をくの字に折って膝をつく。
しかし……理緒奈は違う。
「ふふっ」
両グローブの端から笑みを覗かせ、挑発するように麗佳の瞳を覗きこんでいる。
「くっ……!」
麗佳が表情を強張らせた。噂には聞いていても、実際にパンチが効かないとなると別物らしい。
特に彼女は、直に殴った事で気付いたはずだ。
理緒奈の腹筋が、事実として柔な事に。
脂肪に隠されたしなやかな筋肉……ではなく、素人の腹筋も同然ながら、ボディブローが効かない。
その異常性にはオカルトめいた怖さがあるだろう。
とはいえ、麗佳も歴戦の猛者だ。特殊な相手と戦うのは初めてではない。
一発で倒れないのなら、二発。二発で倒れないのなら、三発。三発で無理なら……百発でも。
相手が限界を迎えるまで殴り続ける覚悟が出来ている。

「フッ、シィッ!……シッ、フゥッッ!!」
麗佳はボディを打ち続けた。
鋭い息を吐きながら、あらゆる角度から、緩急を織り交ぜて。
後のビデオ映像によれば、丸2ラウンドの間、ほぼ2秒に一発という頻度で攻撃がなされていたそうだ。
当然、理緒奈の腹部には変化が表れた。
刻一刻と赤い痣が広がり、繋がりあい、特に良く打たれた部位は赤黒く染まっていった。
そのダメージは放送打ち切りが検討されるほどの凄惨さで、過度の損傷を理由にTKOが宣告されてもおかしくなかった。
そうならなかったのは、憎き理緒奈がさらに苦しむように、という目論見もあったのだろう。
しかしそれ以上に、理緒奈自身が僅かにも闘気を萎えさせていない事が大きい。
「フーッ……フーーッ…………」
理緒奈は、いよいよ病的にギラついた瞳で麗佳を観察していた。
獲物が弱ったところへ襲い掛からんとする獣のように。
「はっ……はぁっ、はぁっ、はぁっ………………!!」
いつしか息の荒さは、攻める麗佳の方が酷くなっていた。
2ラウンドの間打ち続けだった疲労もあるのだろうが、それ以上に精神的な消耗が激しいのだろう。
深呼吸の合間に見られる、左目尻の痙攣……それが麗佳の動揺を如実に表していた。

転機は、3ラウンド中盤に訪れた。
それまで何十と打ち込まれてきた麗佳のフックが、理緒奈の左グローブに弾き落とされたのだ。
疲労の蓄積で甘く入ってしまったのだろう。麗佳は容易に体勢を崩し、体を開いてしまう。
「っ!」
麗佳が顔色を変えた。
男をそそる絶望の表情。
勘の鋭い女性だ、その表情は、自らの置かれている危機的状況を正確に把握した結果だろう。
ドッ、と鈍い音が響き渡った。
疲労を全く感じさせない、憎らしいほどに綺麗なフォームのフック。
それが深々と麗佳の腹部に沈み込んでいた。
「っがァ…………!!」
麗佳の反応は生のものだ。
目を見開き、口を半開きにして苦悶を表す。
体はくの字に折れ、腕で腹部を庇いながら力なく後退する。
『お、おいおい……効かされたのか!?』
『いや、ありえねぇだろ。麗佳の鋼のストマックだぜ……』
観客席からざわめきが漏れた。
麗佳の耐久力は、同階級の中でもけっして低い方ではない。
しかし疲労が溜まった状態でのボディ打ち、それもほぼカウンターで喰らっては、平静ではいられないらしかった。
理緒奈は渾身の一打を打ち終えた後、静かに構え直す。
ビーカブーではなく、ほぼノーガードに近い構え。もはや守りを固める必要なしという意思表示だろう。
そもそも、力なく後退する相手に追撃しない時点で、舐めた態度と言わざるを得ない。

「へーぇ……フツーはボディ喰らったとき、そういう反応するんだ、チャンピオンでも。
 明日からはアタシがチャンピオンだから、参考までに覚えとくよ。
 って言っても、アタシにはそんなみっともないマネ、とても無理だけど」
理緒奈は挑発の言葉を投げかける。
誇り高き王者として期待を受ける麗佳は、その挑発を受け流せない。
「煩い!」
短く叫ぶと、足を使って一気に理緒奈との距離を詰めた。
無論、ただ近づくだけではない。ようやく覗いた相手の顎に向けて、踏み込みつつの右ストレートを放つ。
しかし、その動きは万全ではなかった。疲労と腹部のダメージが、1割ばかり彼女のスピードを奪っていた。
ほんの1割、されど致命的な1割。
理緒奈は上体を傾けて悠々とストレートをかわしつつ、斜め下から突き上げるように右拳を振り上げる。
ドッ、と先ほどより重い音がマイクに拾われた。被弾箇所は臍の真上だ。
「うう゛---っ!!」
絶望的な呻き声が上がる。アイドル顔負けとされる桜色の唇から、漏れだした声。
『うわぁあーーっ、麗佳ぁっ!!』
どこからか悲痛なファンの声が響き渡る。
その直後、二度目の悲劇が襲った。動きを止めた麗佳に対し、理緒奈が返す刀の左拳を抉り込んだのだ。
防御を捨てた代わりに、相手を痛めつける技術だけは面白半分に鍛え上げたのだろう。
二発目の理緒奈の左拳は、一発目と寸分違わぬ場所……麗佳の優美な臍の真上を抉り上げた。
不意を突かれて力を込め損ねたのか、それとも疲労で力が入らないのか。
6つに割れた健康的な腹部には、理緒奈のグローブが半ばほども沈み込んでしまっている。
『そんな…………!!』
観客の声が先に響き渡った事を考えると、実被害までには一瞬の猶予があったのだろう。
「おご、っが…………ァ………………!!!!」
麗佳はとうとう、顔一面に苦悶の余波を広げた。
目はこれ以上なく大きく開き。
口は女の拳がそのまま入ろうかというほどに開かれ、舌と下部の歯並びを綺麗に覗かせ。
たとえば四肢の一本を失うときでも、人間はもう少しまともな表情をしているのでは。
そう思わせるほどの壮絶な顔つきだった。

ダ、ダン、と耳障りな音がドームに響く。
それは麗佳の右膝、そして左膝が、わずかな時間差でマットに叩きつけられた音だ。
「ダ………………ダウン!!」
レフェリーが、苦虫を噛み潰したような表情で宣言する。
彼も、本心では麗佳の側だろう。ボクシングに真摯な麗佳が、不真面目な理緒奈に制裁を加える事を望んでいるのだろう。
しかし現実には……自らの言葉で、英雄の不利を告げているのだ。なんという皮肉だろう。
『ひぃいいっ、立ってくれぇ麗佳!!』
『う、ウソだろ! あんなに鍛えまくってるの、テレビでやってたじゃねぇか。効かねぇよなあ、なぁ麗佳っ!!』
狂乱が場に渦巻いていた。
その状況を、ニュートラルコーナーの理緒奈は満面の笑みで眺め回す。
「ひひひ、啼いてる啼いてる…………」
デビュー戦で期待のホープを血塗れにして以来、理緒奈には常にブーイングが付き纏ってきた。
そして、それを完勝で黙らせる事を、全ての試合でやり遂げてきた。
今回もそれは同じ。そして今日それが為された時、自分は全国一の強者という称号を得るのだ。
笑いが止まらないというものではないか。
「うう、ぅふぅううぅぐっ…………うふぅっ………………」
麗佳はカウント5が過ぎても、左手で腹部を押さえ、右手でマットを掴みながら這い蹲ったままでいた。
青コーナー最前列からなら、腕の間の表情が覗ける。
右目は閉じ、左目はやや上を向いており、口からは3本の濃密な涎の線がマットと繋がっていた。
目頭から鼻の横を通って流れ落ちる涙の線が、妙に女性らしさを感じさせた。
もう無理なのでは……表情を見た人間の何人かは、早くもそう感じたらしい。

しかし、麗佳はカウント8でマットを押しのけて跳ね起きる。
ボクサーとしての性か。たとえ内股気味であろうとも、確かなファイティングポーズを取る。
『おおおっ、あっさり立ったぞ!?』
『わざとカウント8まで休んでたって訳か。流石だぜ!!』
客席から歓喜の声が上がる。レフェリーもまた安堵の表情を浮かべた。
「ボックス!!」
その掛け声で、闘いが再開される。
肉体的損傷は、比べるまでもなく理緒奈の方が大きい。
しかし現実に表情を歪めているのは麗佳の方だ。
その不釣合いさが、理緒奈というボクサーの異常性を改めて観客に認識させる。
恐怖からか、その余裕すらなくなったのか、いつしか理緒奈へのブーイングは聴こえなくなっていた。
代わりに、希うような悲痛な麗佳への声援ばかりが搾り出されている。
「はぁっ!!」
麗佳はそれに応えようとする。応えることを義務付けられている。
しかし、その動きはいよいよ精彩を欠くものとなっていた。

理緒奈は余裕ある動きで麗佳の攻撃をかわしつつ、積極的に攻勢に出る。
最初の2発で麗佳の動きを止めた後は、小気味良いリズムで左右のフックを繰り出していく。
「ウっ、くぶっ、ン、う゛っ…………!!」
麗佳は左右の脇腹に叩き込まれるフックを受けてよろめき続けた。
そしてコーナーに追い込まれる寸前、尻餅をつきそうになるのをロープに手を掛けて防ぐ。
しかし、素直にダウンしていた方がまだ良かったのかもしれない。
眼前に迫る理緒奈に対し、麗佳はその痛んだ腹部を晒す格好になったのだから。
ギヂッ、とロープが痛々しく軋んだ。
中心から大きくしなったロープ。しならせているのは、腹部に痛烈なストレートを叩き込まれた麗佳だ。
打ち込みは今度も絶望的に深い。
「むぐぅっ………………!!」
右頬の奥を噛みしめ、凛とした表情で前方を睨み据える麗佳。
しかし一見力強いその視線は、どこか焦点がおかしい事に気付くだろう。
強靭なロープが元に戻り、麗佳の肉体を理緒奈の拳に押し付ける方向へと作用する。
そこに生まれるエネルギーを前に、麗佳の体内は耐え切れなかった。
「ぶふゅっ」
その小さな破裂音が麗佳の唇から漏れた。
続いて、しかと引き結ばれていた右唇から、一筋の液体が零れ落ちる。
白いそれは、初めは唾液かと思われた。しかしその一瞬後、誤魔化しようもないほど濃い黄線が上書きされる。
『きゃーっ、吐いてるっ!!』
『うっわマジかよ!?』
『オォイ、マスコミは映すのやめてやれよ、あんなトコよ!!』
場が一気にざわついた。
『ストイック・ヴィーナス』弓木麗佳の嘔吐。そんなものは、今まで有り得なかった。
スクープ性こそあるだろうが、けして公の場に晒されてはならないものだった。
なにしろ、アイドル顔負けのルックスを持つ日本チャンプだ。その広告塔の放送事故など、あってはならない。
数台のカメラが慌てて中継を切る中、麗佳はさらに幾筋かの吐瀉物を吐き出していく。

理緒奈は、それを冷静に観察していた。
そしてちらりとセコンドの合図に目をやった後、追撃として拳を放つ。
しかし、力はない。拳は、軽く麗佳の顎を叩く。失神さえしない程度の軽さで。
『え…………?』
麗佳と観客が、一様にその行動に疑問符をつける。
ヒントは理緒奈の表情にあった。麗佳を見下すような、嘲るような表情に。
そう、彼女は舐めているのだ。本来ならここで仕留められた、けれども慈悲で活かしておいてやる……そう言っている。
その真意に気付いた瞬間、誇り高い王者は激昂した。
「っあ゛あぁ゛ぁ゛っっ!!!」
荒々しい咆哮と共に理緒奈に殴りかからんとする。
しかしその動きは、あろう事かレフェリーによって遮られた。
「くッ!?」
なおも暴れる麗佳に、レフェリーは同じ言葉を繰り返す。
「…………まれ、止まれ! 弓木、ゴングだ、止まれ!!!」
その言葉を認識した瞬間、麗佳は唖然とした表情で動きを止めた。
試合中にゴングを聞き逃すなど、初めてのことだ。
理緒奈の嘲笑が響き渡った。
「あっはっはっ! 基本ルールぐらい守ってよね、チャンピオン。
 あとゲロ臭いから、ちゃんと口ゆすいで次始めてよ?」
タブーに躊躇なく踏み込みながら、『不沈の無神経女』理緒奈はコーナーに戻っていく。
場は完全に彼女に掌握されていた。
観客席から失意の溜め息が漏れたのは、けして気のせいではないだろう。


この試合における麗佳の戦いぶりを、蔑むファンはいないだろう。
チアノーゼの症状をありありと顔に浮かべながら、麗佳は果敢に前へと出続けた。
ポイント勝ちに逃げず、あくまで理緒奈の強みである腹筋を攻略して勝とうとする。
それはボクサーとしての、いや人間としての尊厳に満ちた姿だった。
しかしその勇敢さが、麗佳を刻一刻と崩壊へ導く。

6ラウンド中盤、状勢は決定付けられた。
それまで懸命に打ち合いに応じていた麗佳の拳が、むなしく空を切る。
入れ替わりに理緒奈の強烈な一撃が入った。
縦拳の形で接触し、内へと捻り込むように打つ、コークスクリューブロー。それが麗佳の下腹部に突き刺さる。
麗佳の身体がよろめいた。
ロープへ肩を預けるように倒れ、目を半開きにしたまま、グローブで腹部を押さえている。
明らかに様子がおかしい。
「弓木、大丈夫か? ……弓木?」
レフェリーが麗佳の顔を覗き込み、はっとした表情を見せる。
「ふう゛っ…………!」
麗佳は涙を零していた。
優美な顔をこれ以上ないほど歪め、止め処なく涙を零していた。
黒い瞳に宿るのは絶望。自らの身体ゆえに、現在の損傷の度合いもよく解るのだろう。
それでも、諦めない。
ほとんど立っているのがやっとの状態。両の脚を痙攣させながらもなお、麗佳はファイティングポーズを取る。
「やれるのか、弓木!?」
レフェリーは縋るような声で告げた。
本来であればストップも已む無しという状況にありながら、麗佳の勝利を諦めきれない様子だ。
「う……うぅ…………ぁぁ…………あ!!」
麗佳はその期待に応え、猛然と前へ突き進む。
しかしその道の先には、獰猛な肉食獣が大口を開けて待ち構えていた。

麗佳のファン達は、幾度同じ光景を目にしただろう。
麗佳の研ぎ澄まされた打撃が防がれ、逆に理緒奈の拳が優美な腹筋に叩き込まれる光景を。
スタンスを広く取り、十分に力を乗せてのボディ。
それは、麗佳の片足を僅かにマットから浮かせるほどの威力があった。
「う゛っ、ぐぅう゛うっっ!!!」
もはや麗佳に声を抑える余裕などない。
凄絶に顔を顰めながら倒れる麗佳は、その勢いで仰向けに寝転がる。
「はっ、はひっ……ひっ…………!!」
形のいい胸を病的なほど上下させる、痛々しい寝姿だ。
「ダウン!」
レフェリーが苦々しく宣言し、理緒奈へコーナーに戻るよう指示を出した。
しかし。
「ったく、しつっこいなぁ」
理緒奈は苛立ちも露わに告げ、麗佳の傍らに歩み寄る。
「何をしてる。早くコーナーに…………」
レフェリーがなおも告げた、直後。
「さっさと…………落ちろ!!」
理緒奈のグローブが振り上げられた。狙いは、無数の赤い陥没が残る王者の腹筋。
「ッ!? よせっ!!」
レフェリーの空しい叫びと同時に、拳は風を切る。
鈍い音が響き渡る。
そのとき、場の皆が目撃した。六つに割れた麗佳の腹筋へ、グローブが根元まで埋没する様を。

「…………ごっ……ッォぉおおお゛っ…………ッあ………………!!」
えづき声と共に、麗佳のすらりとした右脚が宙へ投げ出される。
焦点を定めず見開かれた瞳、舌を突き出した大口……深刻なダメージが表情から見て取れた。
「ッハァ!」
嬉々として2打目を狙う理緒奈。
それを、レフェリーが突き飛ばすようにして止める。
「もうやめろ! ダウン後の攻撃は反則だ!!」
ロープ際で指を突きつけて注意を与えるが、理緒奈の顔に反省の色は見られない。
レフェリーは思わず減点を宣告しようとする。

そのやり取りの最中、レフェリーの背後では、王者の最後の意地が燃えていた。
腹部を抱えて苦悶しながらも、麗佳は徐々に身体を起こす。
「負け………………る……か………………ッ!!!」
完全に2本足での直立を成した瞬間、麗佳は猛然と駆けた。
レフェリーを押しのけるようにして、全力で拳を突き上げる。
執念の拳は、見事に理緒奈のボディに突き刺さった。
「んっ」
理緒奈が小さく呻く。
さらに一撃、さらに一撃。理緒奈の身体は左右に揺れ、観客席から歓声が沸き起こる。
効いていない筈がない。死力を振り絞った麗佳の連打は、そう思わせるほどインパクトのあるものだ。
けれども理緒奈は、その連打の中で反撃を試みた。
鋭いフック。麗佳は素早く後ろへ下がってそれをかわし、しかしそこで呼吸の限界を迎えてしまう。
「ハッ……はっ、はっ…………ハァッ、はぁあっ…………!!」
顔中に汗を浮かべ、苦しげな呼吸を繰り返す麗佳。
理緒奈は口元に笑みを浮かべ、悠然と歩を進めて彼女に止めを刺そうとする。
しかし、ここで初めて理緒奈に異変が起きた。
歩みだした足がもつれ、そのまま膝から崩れ落ちたのだ。
「ダ……ダウン!」
レフェリーが信じがたいという様子で叫ぶ。客席からの歓声はいよいよ会場を揺るがす程のものとなる。
それもそのはず。これが理緒奈のキャリアにおいて、初のダウンなのだから。
やはり麗佳はこれまでの相手とは違う。ならばこのまま、逆転もありえるのでは。
理緒奈がキャンバスに膝をつく光景は、観客にそうした希望を持たせるに十分なものだった。
けれども……現実は残酷だ。
大多数の人間がどれほど切実に願おうと、結果を決めるのは事実の積み重なりでしかない。
勝利を期待される麗佳に、もはや追撃の余力はなく。
敗北を期待される理緒奈は、生涯初のダウンを奪われた屈辱で、その相貌を獣のように歪める。
「…………よくも………………この……このォアマアァァアッッッ!!!」
理緒奈が吼え、ヒステリックな音を立てながら麗佳に迫った。
「くうっ…………!!」
麗佳はとうに力の全てを出し切っており、構えを保つだけで精一杯だ。
力ないガードは怒り狂う理緒奈の拳によって突き崩され、悪意の塊が臓腑を抉る。
割れんばかりだった歓声がぷつりと途絶えた。
「ごあ゛っ!!!」
痛々しい悲鳴が響き渡る。
麗佳の腹筋は、すでに内臓を守る鎧としての用を為さない。
ただ薄いだけの柔肉となって、暴虐の拳がもたらす衝撃をそのまま内へ伝えてしまう。
「お゛っ、おう、う゛んっ!!」
腹部への連打を受けて後退を続ける麗佳の体は、ついにコーナーへと追い込まれた。
いけない―――!
誰もがそう思っただろう。そしてその直感の通り、そこから王者への残虐な処刑が始まる。

「ぐごぉおお゛あえ゛っ!!!」
拳が深々と腹部へ埋没し、麗佳は喉を潰したような叫びを上げる。
あまりの苦痛に身を捩って逃れようとするが、コーナーに追い込まれては碌に身動きが取れない。
理緒奈の片手で首をコーナーに押し付けられ、もう片手で連打を浴びる。そればかりだ。
「がぁおおお゛ぼっ!!!」
王者の肉体が痙攣し、マウスピースが口から零れ出た。
唾液を纏いつかせたマウスピースは、キャンバスを空しく転がりまわる。まるで、応援する者の感情のように。
本来であれば、即座に試合を止めるべき一方的な展開だ。
しかし、それは麗佳の負けを決定付ける事を意味する。
誰もが麗佳の負けなど望んでいなかった。それがあってはならないと思い続けてきた。
ゆえに、レフェリーも判断に迷う様子で状況を見守っている。
誇り高い王者の公開処刑を。

理緒奈の拳は雨あられと降り注ぎ、元より傷ついている麗佳の腹筋を徹底的に叩き潰した。
ボゴリボゴリと腹が蠢く様からして、表皮だけという事はありえない。
恐らくは内臓までが、跳ね回る水袋のように蹂躙されている事だろう。
「ごお゛っ、おぼぇ゛ええ゛っ!!! があ゛っ、ごッ、おぶぇっ……!! お゛っ、ぉおおお゛お゛お゛っ!!!」
泣き崩れるような麗佳の表情からは、感情を読み取ることができない。
王者としての屈辱か、それとも単純に、死に瀕する者としての恐怖か。
間近で見守るものには、麗佳の美しい腿を、黄金色のせせらぎが伝い落ちていく様が見て取れた。
それはやがてキャンバスに滴り、より多くの肉眼とカメラに捉えられる。
左右の拳は、それでも麗佳の腹部を叩き続けた。
麗佳はただ、その美しい脚を強張らせ、シューズで空しくキャンバスを擦るばかりだ。
その無力な有様は、スラムの路地裏で強姦される娘と何も変わらない。
『同階級の男性ランカーより強いのでは』……そう噂されたフライ級絶対王者は、そこにはいない。
「らあぁっ!!!!」
理緒奈が殊更力を込めて打った一撃が、強かに麗佳の腹部を抉る。
「お゛、げぼ、がっ…………あ゛げ…ごぼぉ゛…………………っっ!!!」
その一撃で、とうとう麗佳は人の姿を失った。
見開かれた瞳の中で、天井のライトを凝視するようにぐるりと黒目が上向く。
身体中の痙攣がとうとう頚部にまで行き渡り、顎と、頬が膨らみ、一秒後。大量の吐瀉物が吐き出される。
その様を見て客席から悲鳴が上がり、レフェリーが頭上ですばやく両手を交差させた。
ゴングがけたたましく打ち鳴らされ、強制的な試合の幕引きを世に示す。
その瞬間、理緒奈は拳を止めて高く振り上げた。
暴虐からようやく開放された麗佳の肉体が、理緒奈に縋りつくようにズルズルと崩れ落ちる。
理緒奈はそれを汚らしそうに押しのけ、麗佳を文字通り“キャンバスに沈めた”。
自らの吐瀉物に塗れながら、尻だけを高く突き上げ、乱れた黒髪を放射状に拡げる醜態。
それは、レフェリーや観客達の理想が敗北した姿だ。

「はっはっはっはっは! さて、あたしがこいつに敵わないとか、ボクシングの怖さ教えてやるとか言ったお馬鹿は誰?
 必死に必死に、極限まで教科書通りの鍛え方した結果、あたしに全く歯が立たなかったねぇ!
 これで分かったでしょ、このあたしが、ボクシングの常識なんかより遥かに上だって事がさぁ。
 このミジメなザマをよーく目に焼き付けときなよ。あんたらの硬い頭が祀り上げた、スケープゴートの成れの果てをさ!!」

理緒奈は拳を振り上げながら、目に映る全てを侮辱し続けた。
絶望の溜め息、すすり泣く声…………それが場内を覆いつくしていた。
「ふふ、くくくっ…………くっくっくっくっく………………!!」
ただ1人、理緒奈のセコンドである谷内の忍び笑いを除いては。





その日の深夜。
一夜にしてヒーローとなった少女は、ショーツ一枚という姿で拘束されていた。
手足には鎖で繋がれた枷を嵌められ、凧のように身を開いている。
窓のない部屋は極めて無機質だ。
少女と男が一人、カメラが一台…………その殺風景さが、異様な雰囲気に拍車を掛ける。
「さて。心の準備はいいかな、女子フライ級新チャンピオン」
男……谷内は、何とも愉快そうな口調で切り出す。
一方の理緒奈は、そんな彼を敵意むき出しの視線で睨み据えていた。
「やるならさっさとしなよ、ゲス野郎」
理緒奈から悪意ある発言をされても、谷内は微塵も動じない。
「そうだな。私もいい加減、お預けの限界だ」
涎も垂らしそうな言い方でそう告げると、懐からひとつの錠剤を取り出す。
理緒奈から痛みを奪った薬の、解毒剤だ。
「さ、口を開けなさい」
谷内は理緒奈に命じ、開かれた口の中に解毒剤を放り込む。
ごくり、と理緒奈の喉が鳴った。
そこから、ほんの数秒後。理緒奈の雰囲気が変わる。
「…………あれ………………あ、あたし………………?」
そこにいるのは、理緒奈と同じ肉体を持ちながら、リングでの理緒奈ではないもの。
膨大なアドレナリンに支配されていない、臆病で繊細な少女だ。
「落ち着いてきたようだね。今の気分は、どうだい?」
谷内は、ひどく優しい口調で語りかける。
しかし理緒奈の瞳に映る表情には、一かけらも情らしきものが見当たらない。
それは、薬を投与したマウスを見守る研究者の目だ。
理緒奈は優しげな垂れ目を惑わせ、素人そのものの肉体を震わせはじめた。
薬が解毒されれば、まずは攻撃的な気分が消え、その後1分ほどで麻痺していた痛みが感じられるようになる。
リングの上で感じているはずだった痛みが、全て襲い掛かってくる。

「あ、あたし……こっ、怖い。ドクター。あたし、怖くて、たまらない!
 あのチャンピオンの人、ものすごく鍛えてた。凄く強かった」
「ああ。強かったね」
「あたし、そんな人のパンチを、避けずに何発も何発も受けちゃって…………
 最後の方には、意識とは無関係に膝までついちゃった。
 あたしの身体、どれだけボロボロになってるんだろ。どんな痛みが、この後来るんだろ。
 ね、ドクター…………あたし、死なないよね? この後も、生きてられるよね!?」
「……ああ、大丈夫だ理緒奈。おまえの脳は、痛みの許容力が極めて大きい。
 だからこそ、実験のパートナーに選んだ。
 だからこそ、あの捨て置けば死んでいた状態から、二度目の生を与えたんだよ」

理緒奈と谷内の会話はそこで途絶えた。
谷内は嬉しげに笑みを深める。逆に理緒奈は、恐怖で顔を歪ませた。




「ああぁぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!!」
咆哮とも呼ぶべき、凄まじい悲鳴が密室に響き渡る。
手足を繋ぐ鎖が煩く鳴り散らす。
痣だらけの理緒奈の腹部が、ひどく蠢いていた。
痛みを感じたゆえの反射的な反応なのだろうが、傍目には不可視の何かに殴打され続けているように見える。
「あがあぁあああ゛っ、げぉっ、ふげぇええお゛ごごごおごごぇえ゛ぐっ!!!」
目を剥き、大口を開き、唾液を垂らし。
まるで鍛えていない素人同然の腹部は、プロのパンチに耐えられる代物ではない。
本来リングの上で見せているはずだった醜態が、今この場で遅い再現を見せているのだ。
「ふふふ、いいぞ。いい表情だ、理緒奈。
 これが表の世界では、フライ級王者というのだから傑作だな。
 愚民どもは、痛みを感じないターミネーターのようにお前を見始めるだろう。
 真実を知るのは私だけだ。回ってきた“ツケ”に苦しむお前を見られるのは、この私だけなのだ」
谷内は恍惚とした表情でビデオカメラを回す。
そのフレームの中で、理緒奈は地獄の苦しみを味わい続けていた。

幾度も幾度も、ボクサーとして試合をする度に繰り返されてきた事ではある。
しかし、麗佳は強かった。パンチ力もさる事ながら、打たれても打たれても諦めず戦い続けた。
最後には、身に残った全ての力を振り絞って理緒奈からダウンをももぎ取ったのだ。
そのダメージの総量は、今までの相手の比ではない。
何人もの犠牲の果てに築き上げられた『ベルトの重さ』が、それを愚弄した理緒奈を押し潰す。

「げぼっ、おおぉええ゛っぼっ!! あああっ、もうイヤ゛ぁーーっ!!
 ギブアッぶ、ギブアップしますうっ、ご、ごめんなざいっ、もうイヤッ、もうぐるじいの……ごぶぅ゛ぇっ。
 んん゛もぉ゛ぉえ゛っ、げぼごろっ、ウ゛……っ……!! う゛っ、んん゛ごお゛お゛ぉォお゛っっ…………!!!」

祝勝会で口にしたものを余さず吐き戻しながら、理緒奈は赦しを請い続ける。
すでに全てが過去の事。
どれだけ泣き叫ぼうが、今さら赦される事などないと知りながら……。


                            終
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Water boarding

※水責め&腹責めモノ。嘔吐・失禁注意。


Water boarding……それは世界中で最も重宝されている拷問の一つだ。
いわゆる水責めの一種だが、頭を逆向けにしたまま水を飲ませるため効果が高い。
人間の脳は、頭を下にして水を飲んだ場合、即座に溺死の危険を察知するようにできている。
反射的なパニック状態からの自白率は極めて高い。
そのため各国特殊部隊では、こぞってWater boardingの訓練を行っている。
某国においては特殊部隊のみならず、軍属の者すべてがこの特訓への参加を義務付けられているほどだ。
この風潮にほくそ笑むのがバドという男だった。
階級は中尉ながら、態度だけは将官クラスと揶揄される男。
彼は敵地にてWater boardingの尋問を受け、それに耐え抜いたという逸話がある。
実際には、今まさに尋問を受けようとしていたところを救出されただけなのだが、真実は彼のみぞ知るところだ。
このように虚偽と欺瞞で自身を塗り固めたバドには、眼の敵にしている同僚がいた。

レスリー・リセント。
バドと同じ中尉でありながら、こちらは物が違う。
レスリーには華があった。
やや垂れ目気味ではあるが眼光は鋭く、意思の強さが顔つきに表れている。
顎までの長さで切り揃えられた金髪は陽によく煌めく。
首から上は映画女優と言っても違和感がない。
しかし、鎖骨から下に視線をやれば、その煌びやかなイメージは一変する。
現役軍人さえ目を見張る、鍛え抜かれた肉体がそこにある。
弛みのないボディラインが美しい。
特に腹筋の発達は顕著であり、酒宴の後でさえしっかりと8ブロックに分かれているほどだ。
自分を甘やかさず、面倒見もいい彼女は部下からの人望も厚い。
バドもまたレスリーに惚れた一人だ。
『貴様はマシな女だ。特別に今のうちから、私の傍に置いてやろう』
この調子で高圧的に交際を申し入れ、あえなく一蹴された経緯がある。
それはバドのプライドを傷つけた。
以来バドは、いつでもレスリーへの報復を画策し続けている。
とはいえ真正面から争って敵う要素はバドにはなく、歯軋りする日々を過ごしていた。

その折に飛び込んできたWater boarding訓練は、彼にとってまさに天からの恵みだ。
彼はここぞとばかりに上層部に訴えかけ、自らの逸話を元に訓練教官の座を勝ち取った。
教官の肩書きがある限り、訓練中に限ってはバドが部隊の最高権力者となる。
レスリーとて一時的に指揮下へ入らざるを得ない。
たとえ、どのような仕打ちを受ける破目になろうとも……。



Water boardingの特訓に大掛かりな仕掛けは必要ない。
対象者は傾いた台へ頭を下にして寝かされ、身体の各所を拘束される。
その際両手は体前部のどこかに置き、薄い円状のプレートを握る。それだけだ。
水責めに耐え切れなくなった被験者は、ギブアップの印としてプレートを落とす事になっている。
プレートを離せば溺死の恐怖から開放される訳だ。
鍛えに鍛えられた特殊部隊の男といえど、この『溺死の恐怖』を平然と乗り切る者など居はしない。
顔に布が被せられ、水が注がれはじめてからプレートが落ちるまでの平均タイムは僅かに4秒足らず。
しかしこれを不甲斐ないと思うべきではない。
貼りついた布が顔から引き剥がされた時、被験者の顔は一様に恐怖に引き攣っているものだ。
目と口を裂けんばかりに開いたその表情は、Water boardingという拷問の恐ろしさを見る者に焼き付ける。
レスリーはこの拷問を、数十人分に渡って見せ付けられた。
彼女の順番は最後の最後。
名目上は上官であるゆえだが、その実は残り時間を気にせず嬲り者とするためだ。
「…………っ」
膝の上へ乗せられたレスリーの手に、刻一刻と力が篭もる。
いかに気丈な女軍人といえど、圧し掛かる恐怖が尋常ではないのだろう。
単に水責めへの恐怖だけではない。
大勢の部下が見守る前だ、無様など晒せない。ギブアップ制度など無いに等しいと思うべきだ。

「……さてレスリー、私が誰か解るかな?」
台に横たわったレスリーを見下ろしながら、バドは下卑た笑みを見せる。
レスリーは嫌悪の表情を作った。
「ええ、教官殿。盗撮とボディ・タッチが御趣味だそうね」
レスリーの言葉で、どこからか笑いが漏れた。
バドは顔を見る間に赤らめ、目を剥いて周囲を威圧しながら続ける。
「ふん、いいだろう。ともかく、とうとう貴様の番だ。
 散々見て知っているだろうが、ギブアップなら宣言の代わりにプレートを投げろ。
 もっとも、それを投げる行為が『仮想敵への屈服』を意味する事は忘れんようにな。
 上官たる貴様が、もしもそのような不甲斐ない姿を晒した場合……教育的指導をせねばならん」
バドの顔に再び歪んだ笑みが浮かぶ。
言動共にいやらしい男だ。
「言われなくても、理解してるわ」
レスリーの眉間に皺が寄る。
バドは満足げに頷きながら、周囲の男達にレスリーを台へ拘束するよう命じた。
男達はバドお抱えの隊員だ。
バドも下衆として知られる男とはいえ、それはそれで同じ人種からの人気がある。
特にあのレスリー・リセントを嬲れるとあれば、その気のある者は嬉々として馳せ参じる。

太い拘束帯がレスリーの鳩尾へと巻きつけられた。
これにより、レスリーの女らしい胸が否応なく強調される。
支給のタンクトップは深く皺を作り、肩口からインナーが覗く。
すべて白一色の無味乾燥なものではあるが、女気のない特殊部隊においては充分すぎる興奮材料だ。
「へへへ……中尉殿の胸に、こんだけのボリュームがあったとは驚きだ」
「ああ、いやらしく上向きに突き出してやがる。もっと早くから拝んどくべきだったぜ」
「仕方ねえだろう。真面目な中尉殿の胸なんぞ覗けば、どんなお叱りを受けるか解ったもんじゃねえからな」
男達はレスリーを前に辱めの言葉を口にする。
「お前達、誰の事を言ってるつもり? 随分と良い根性してるじゃない」
レスリーから貫くような視線を向けられてもなお、臆する素振りはない。
まるでこの特訓の後も、レスリーに叱責される恐れはないと確信しているかのごとく。


男達はさらにレスリーの腰周り、そして腿の付け根を手際よく固定していく。
身動きを封じるよう厳重に拘束する中、腹部にだけは拘束帯を巻かないのは、特別な意図あってのことだろう。
訓練を監視すべき軍医がひとつ欠伸をする。
本来ならば拘束段階から神経を張り詰めておくべきところだが、彼もすでに買収済みという事らしい。
初めからレスリーに勝ち目などない勝負、しかし退けない。
レスリーを慕う部下達が、遠巻きにこちらを見ているのだ。
彼らの前で無様を晒すわけにはいかない。バド相手に降伏の意思を示すことさえ恥だ。
レスリーは、今まさに手の上へ乗せられたプレートを強く掴んだ。決して離すことのないように。
「さあ、しばし空気とお別れだ」
男が下卑た笑みを浮かべつつ、レスリーの顔へと赤い布を被せた。
すかさず別の一人がその端を押さえつければ、布地は隙間なくレスリーの顔面を覆う。
今は布が乾いているため、布越しの呼吸もかろうじて可能だ。
しかしそれが一度水を含んだが最後、たちまち未曾有の地獄が襲い来ることとなる。

バドが舐めるような足取りでレスリーに近づいた。
「どうだレスリー、まさか怖いのか? そう硬くなるな、私でさえこの尋問を耐え抜いたのだ。
 その私をあろうことか軟弱などと罵った貴様なら、何の問題もなかろう」
陰湿にそう囁きかけ、レスリーが布越しに唇を噛みしめると、傍らの男へと合図を送る。
「やれ」
男はすかさず水を垂らした。
まずはタンクトップの胸の部分……フェイントを兼ねた性的な嫌がらせだ。
「!!」
レスリーの身体がびくりと反応し、バド達の笑いを誘う。
タンクトップは水に触れた分だけ透け、余った水は一筋の流れとなってレスリーの首を伝う。
「へ、興奮するぜ」
ペットボトルを握る男は喉を鳴らしながら、再度レスリーの上でボトルを傾けた。
今度は頭の上でだ。
銀色に光る流れが、顔を覆う布の表面で弾けていく。
一秒。二秒。三秒。
恐ろしく長く思える時間の中、刻々と男達の限界タイムが近づく。
当然、レスリーも苦しみを隠せない。
下腕が持ち上がって拘束帯を軋ませ、布の張り付いた顎が喘ぐように尖りを見せる。
「止めろ」
五秒経過時、バドの号令で給水が途切れた。
そして素早く顔の布を取り去れば、そこにはかろうじて溺死を免れた、生々しい女の顔がある。
「ぷはっ……!! はぁ、はっ……は、あ゛っ…………!!」
目を見開き、奥歯さえ見えるほどに口を開いて短く空気を求めるレスリー。
しかしその鬼気迫る表情にも、やはり凛々しさが残っている。少なくとも今までの男とは別物だ。
「死地から舞い戻った気分はどうだ?」
「…………そのニヤケ面を見るぐらいなら、布があった方がマシね」
見下ろすバドの問いに、レスリーは憎々しげな表情で告げた。
元より負けん気の強い性格が、バドを前にしてさらに頑なになっているようだ。
しかしその気丈さがまた、バド達の嗜虐心をくすぐる。
「ほう、そうか。ならば続けよう。水は、まだいくらでもある」
バドは満面の笑みを浮かべたまま、再び布でレスリーの視界を奪った。


数分が経ってもなお、レスリーは良い見世物となっていた。
引き締まった健康的な身体をしているだけに、苦悶する様子も見応えのあるものだ。
中でも目を惹くのがやはり腹部だった。
日々100回×6セットの腹筋を自らに義務付けているというだけあり、均等に8つに割れた腹筋。
それが捲れたタンクトップの裾から覗いている。
ちょうど拘束帯の隙間にある白い肌は、下手に露出が多い格好よりもよほど性的に映った。
おまけにその腹筋は、溺死の苦しさを表すように、激しく上下に形を変えるのだ。
「この腹、やっぱ堪らねぇな」
男の一人がついに我慢の限界を迎えたらしい。
レスリーの腹部に手を近づけ、臍周りを軽く押し込む。
直後、レスリーの腹部が激しく震えた。唐突に触れられた驚きか、あるいは苦悶の動きの延長だったのか。
いずれにせよ、その反応がバド達を刺激してしまう。
「ふふふ、良い反応をするな。……そうだ、名案を思いついたぞ。
 よく鍛えているこの女には、ただの水責めなどでは手ぬるかろう」
バドは芝居がかった口調で呟きながら、レスリーの腹の上で拳を握りこむ。
彼の目はちらりと軍医を見やったが、軍医が表情を変えることはない。
ただ新調した金縁眼鏡を拭いているだけだ。

なんと残酷な事だろう。
バドが腕を振り上げる瞬間と、レスリーの顔から布が取り去られる瞬間はまったく同じだった。
幾度目かの溺死から開放されたレスリーは、激しく咳き込みながら視界にバドを捉える事だろう。
今まさに振り上げた太い腕を、自らの腹部へと振り下ろすバドを……。
「ぐぅうええ゛お゛!!」
状況把握もできぬまま、レスリーから苦悶の声が搾り出される。
一方のバドは恍惚の表情を禁じえなかった。
充分な弾力のある、ゴムタイヤのような腹筋が己の拳を受け止めている。
拳が弾かれる感触は異常な心地よさだ。
おまけに眼下では、憎きレスリーが苦しみ悶えている。
右目を細めて左目を見開き、大口を開けた、『当惑』そのものの表情で。
それはバドの歪んだ心をよく満たした。
自分よりも有能で、人望があり、強い女を苦しめる……その望みが叶っているのだと実感できる。
堪らない。
バドは再度拳を握り締めながら、周りの男達に合図を送った。
混乱の渦中にあるレスリーの瞳が、再び赤い布に覆い隠されていく。
その後にバドが拳を叩きつければ、赤い布は歪な形での尖りを見せた。
「お゛ぁああ゛……っ!!」
発声の不自由そうな悲鳴も漏れる。
これから彼女が徐々に水を飲んでいけば、その悲鳴と腹部の感触はどう変わっていくのか。
バドはそれが気になって仕方がない。
「ああ愉しみだ……レスリー、まだまだお前の肉を叩いてやる。
 女だてらに生意気に鍛え上げた腹部を、殴って殴って、メス本来のやわらかい肉に戻してやるぞ!!」
下劣な本性を剥き出しにしながらバドが吼えた。
その横暴を止められる者はいない。
軍内部の上下関係は絶対だ。レスリー自身も、それを慕う部下達も、訓練教官であるバドに抗議などできない。





拳が打ち込まれるたび、明らかに腹筋は張りを失っていった。
ただでさえ水を飲まされている最中だ。
胃の中へ少しずつ飲み下した水が溜まっていき、体力の消耗も著しい。
いかに鍛えた肉体とて、いつまでも腹筋の硬度を保っていられるはずはない。
「ぼはぁあっ!!」
レスリーの口から水が吐き出され、赤い布を通して染み出てくる。
布越しに目をきつく瞑っている様子が透けて見えた。
しかし、レスリーはけして手にしたプレートを離そうとはしない。
むしろ苦しくなればなるほど、指先が白くなるほどに強く握り締める。
「しぶとい女だ。そうでなくてはな」
バドは嬉しげに腕を振り上げた。
ドツン、とでも形容すべき音と共に、彼の拳はレスリーの腹筋を突き破る。
腹筋は、拳を緩やかに内へと呑み込むような動きを見せた。
レスリーの均整の取れた身体が痙攣する。
布の下から妙な音も聞こえた。排水溝が詰まったような音。
「ほう?」
バドはその変化を聞き逃さない。
打ち終えたばかりの肉体を酷使し、素早くもう一打をレスリーに見舞う。
ドブ、と鈍い音が響いた。
鈍い音、しかしそうであればあるほど効果がある事を、兵士達は日々の格闘訓練で知っている。
今のはまずい……多くの者がそう感じただろう。そしてその予測は正しい。
「も゛ごぉおう゛っっっ!!!」
レスリーの上げた呻きは、それまでのどんなものよりも苦悶に満ちていた。
拘束された膝下が暴れて拘束台を軋ませる。
腹筋が左右に揺れながら痙攣する。
ここまでは今までどおりながら、今度はとうとう喉元までが激しく蠢いている。
「お゛は……っ!!」
レスリーが発したその“音”の意味を、誰もが一瞬のうちに理解しただろう。
嘔吐。
どれほどの美女でも醜男でも、その音は同じだ。
かくして、レスリーの顔を覆う布から一筋の吐瀉物が流れ出す。
大量に水を飲んでいるため、ほとんど水に等しい薄黄色の流れだ。
それがレスリーの美貌を横切り、陽に煌めく金髪の合間へと伝い落ちていく。
「ひゃはははは、こいつとうとうゲロ吐きやがった!!」
「ああ。実技訓練の時、おもっくそ腹に蹴り入れても平気で反撃してきやがる女がな。
 まったく水責め様様だなぁ、いいもん見たぜ!」
「貴様等、私の拳の威力だとは考えんのか? ……まぁいい」
バド達は鬼の首を取ったように騒ぐ。
逆にレスリーを慕う者たちは、怒りと嘆きをそれぞれの表情に宿している。

「教官、もう止めましょう! 中尉は嘔吐までしているんですよ!?」
兵士の一人が堪らず叫んだ。
それに対し、バドは蔑みの視線を寄越す。
「何を言うか。実際にこの拷問を受けた時、嘔吐した程度で解放されると思うのか?
 貴様等雑兵は溺死体験だけで済ませたが、この女は違う。
 階級の高い人間は、重要な機密を知らされて作戦に臨むものだ。
 当然、自白によって我が軍が被る損害は、貴様等などとは比較にもならん。
 ゆえに訓練とはいえ、より実践的なものにせねばならんのだ。
 それとも、どうだ中尉、もう降参か。貴様にはその権利もある。
 私の時は……そのような物はなかったがな」
バドは建前を並べ立てた上で、巧みにレスリーを挑発する。
その物言いをされては、レスリーに選択肢などない。
「ひっ、ひっ、は、はひっ、ひ……ひっ、はっ……まさか!!」
短い呼吸を繰り返しながら、気丈に叫ぶレスリー。
涙と汗、そして吐瀉物に塗れているとはいえ、美貌は崩れていない。
むしろその穢れた美女の顔は、いよいよバド達のサディズムに火を点けていく。
「中尉は続けて構わんそうだ」
バドが命じるまでもなく、取り巻きの男はレスリーの顔に布を被せ直していた。
空気を遮断されるその直前、レスリーは決死の表情で大きく息を吸う。
恐怖はあるだろう。
しかし、降伏を示すプレートは未だ固く握られたままだ。
見守る者の中には、その姿に涙を浮かべる者さえ現れていた。
そして、満面の笑みで拳を握り締める男も。

バドは足を肩幅に開いたスタンスで、大きく肩を引き絞る。
斜めになったレスリーの腹部へ、垂直に近い角度で拳を打ち込めるように。
一方彼女の頭部付近では、やはり容赦のない水責めが再開されていた。
「おら、たっぷり飲めよ」
満面の笑みを湛えた男が、布を被せられた口周りにペットボトルを宛がう。
水は静かに布へと染みこんでいく。
「っ!!!」
声にならない叫びと共に、レスリーの顎が左右に揺れた。
男はそこで一旦ペットボトルを離し、布を押さえる役が位置を調節する。
そしてまた男がペットボトルを宛がい、注ぐ。
何度も何度も、飽きるほどに繰り返されている地獄。
レスリーの豊かな胸が激しく上下し、溺死の苦しさを訴える。
そこからさらに足までが暴れ始めれば、そこでおおよそ五秒だ。
「ぶはぁっ!!」
顔を赤らめたレスリーが、布のどけられた口で大きく息を吸う。
バドはまさにその瞬間、彼女の腹部へと拳を打ち込んだ。
「ん゛ごはぁああ゛っ!ぐ、くくっ…………!!!」
当然、レスリーはあられもない声を上げて身悶える。
唇からは新たな吐瀉物が溢れ、地面に飛び散っていく。
瞳はきつく閉じられ、開くと同時に目尻から一筋の光を流す。
それでもなお、プレートを持つ手だけは微動だにしない。
矜持は穢させないと、見る者すべてへ示すように。
「生意気な女だ」
追い込む立場にあるバドは、余裕の表情で再度拳を打ち込んだ。
それはちょうど水責めの始まったタイミングであり、レスリーの喉から激しく水を逆流させる。
「げほっ、げえぇほっ、うえ゛あはあっ!!!!」
まさに悶絶というべき有様で、レスリーは首から上を暴れさせた。

「……もう、やめてくれよ…………!!」
一人が痛切な声と共に頭を抱える。
その横に立つ兵士もまた、辛そうに目を伏せていた。
ドン、ドンという打撃音が、鳴るたびに彼等若き兵士の肩を震わせる。

レスリーの腹部は、一打ごとに拳を深く受け入れるようになっていた。
各所が赤く窪んだ腹筋は、もはや鎧としての役目を果たさない。
水を注がれるタイミングで殴られれば、混乱と共に多くの水を飲まされ。
布のないタイミングで殴られれば、飲んだ分以上の水を吐瀉物として吐き零す。
レスリーは人形の如く、これら2つの動作を不規則に繰り返していた。意思とはまったく無関係に。
「ごほ、がはっ……!!おおお゛うう゛う゛え、あ゛げええ゛お゛っっ!!!」
かつて誰か一人でも、レスリーのそのような汚い姫を聞いた事があっただろうか。
少なくともマーシャル・アーツの模擬戦においてすら、彼女はそのような声を上げた験しがない。
まさに極限に近づいている人間特有のえづき声に、場はいよいよ騒然となる。
悲喜交々の歓声が上がっていた。
「へへへ、美人ぶりが見る影もねぇな。ゲロやら涙やらでズルズルだぜ」
「ずっと蛙みたいに喘いでるばっかりだしな」
男達はレスリーの顔の布を剥がしながら、獲物が刻一刻と限界に近づく様を愉しんでいる。

またしても、強烈に肉を打つ音が響く。
バドはもはや、目の色すら変えてレスリーの腹筋を叩き続けていた。
「ぐぅっ、ごぼぉっ!!ご、がは……あ゛ぐお゛お゛ぉっ!!!」
レスリーからは絶え間ない悲鳴が上がる。
とうに腹筋は張りを失い、内臓を直に叩かれている状態だ。
地獄のような苦しみだろうが、幾重もの拘束帯を全身に巻かれては身を捩ることすらできない。
「どうだ、苦しいか。苦しかろう、ええッ!
 貴様の腹を叩き潰しているのは、私の腕だ。『鍛錬が足りん』と貴様の言い放った、私の腕だ!!」
バドが肩を入れて放った打撃が、今一度レスリーの腹部に沈み込む。
「がぁああ゛ああ゛っ!!!」
台ごと軋むような衝撃を受け、レスリーの肢体が痙攣する。
そして拳が引き抜かれた瞬間、ズボンの尻の部分がかすかに変色しはじめた。
染みは次第に濃く広がり、台を伝って背中の方へと流れだす。
「ふん、失禁か。あわれなものだな!」
バドは笑みを深めながら、なお打ち込みを続けた。
たっぷりと身を仰け反らせてのテレフォンパンチ。通常では当たるはずのない、最大限に体重を乗せた一打。
それが今だけは、易々とレスリーの腹部を叩き潰す。
拘束台が生命を持ったかのように暴れ回る。
一撃、一撃。また一撃……。
「ご、あがっ!!あがあげっ、ごがっ…………!!っぐ、げぇっ……!!!
 ぐ、ぐるじ……が、ああっ……いぎ、がっ…………むうう゛っ、むげごあぁあ゛っっっ!!!!!」
レスリーはいよいよ危険な声を発しながら悶え狂う。
涙を流し。唾液を零し。空嘔吐を繰り返し。 挙句には口から泡があふれ出す。
ついに意識が途切れたのだろう。
それまで頑なに握り締められていたプレートは、とうとうレスリーの指の間から滑り落ちた。
回転しながら落下するプレートは、キン、と冷たい音を立てて地面に転がる。
「おーお、とうとう落としちまいやが…………」
女軍人の陥落に、水責めを繰り返していた男達が喜びに湧きかけ、そのまま固まる。
その沈黙を破るように、重い打撃音が響き渡った。

「お、おいおい……」
さしもの男達も顔を引き攣らせる。
その視線の先では、無我夢中でレスリーの腹部を殴りつけるバドがいた。
瞳は赤く凹凸の出来たレスリーにしか向いておらず、足元に転がるプレートを意に介していない。
病的な集中力でレスリーの腹部を叩き続けている。
「ごぁああ゛っ……!!?」
哀れなレスリーは、腹部への更なる打撃で無理矢理に覚醒させられた。
そしてまず手にプレートが無いことに驚愕の表情を見せ、
続いて、なおも視界で暴れ狂うバドの拳を見て顔を歪める。
「ま、待って、もう…………!!」
必死に訓練の終了を訴えようとするが、その言葉を言い切る暇は無い。
「いいぞ、柔らかくなってきた……いい女の肉になってきたぞ。心地良い……心地良い!!」
歯止めのきかないバドの拳が、すぐにその腹部を抉りこむからだ。
「あ゛あぁあああ゛っ!!がふっ、げぶっ!!あごろろえげぇえあぁああ゛っっ!!!!」
まさに悲鳴と呼ぶべきものが迸った。
口から夥しい量の水を吐き零しつつ、レスリーは溺死さながらに悶え狂う。
傍観者の誰もが、しばし固まるほどの光景だった。
危険を察した者達がバドを止めに入るまで、追加で10発以上が叩き込まれていた事がその証明だ。

すべてが終わった時、レスリーはその美貌が見る影もなくなっていた。
完全に白目を剥き、半開きの口から泡を噴き、鮮やかな金髪には垂れた吐瀉物が絡み付く。
全体としての表情は溺死の恐怖に引き攣っている。
腹部には余す所無く赤い陥没ができ、何かの事故に巻き込まれたかのような有様だ。
仮にも現役の軍人が何十発も殴ったのだから、当然といえば当然なのだが、
レスリーを信奉する者達にはさぞや衝撃的だろう。
「フウ、フウ…………結局この女も、私のようにWater boardingに耐え抜く事はできなかったな。
 貴様等も証人としてよく憶えておけ。この女は、この程度が限界だった。
 よって今から、腑抜けたこの女の性根を叩き直す事とする。誰も私のテントに近づくなよ」
荒い息を吐きながら、バドは目を輝かせた。
状況はどうあれ、彼はついにレスリーを屈服させたのだ。
レスリーを慕っていた男達が膝から崩れ、バドに従う男達が下卑た笑みでレスリーの拘束を解いていく。
その様は、実に対照的なものだった。


以来、レスリー側だった若き兵士達は耳を塞いで夜を越すようになる。
指を離せば聴こえてくるからだ。

「やめて、もうやめてっ!…………お願い、休ませてよ…………!!」

あの逞しく美しいレスリーが、バドの思うままに弄ばれている様。
狂気じみたスタミナで夜毎犯され、殴られ、苦悶の声と共に果てる様が。
テントの周りは“お零れ”に与らんとするバドの側近達が固めている。
加えてテントの主は『絶対的な』上官だ。
レスリーを慕う兵士に、乱交を止める術はない。
たった一つの命と引き換えにでもしない限り……。



                       終
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腹肉萌芽

  
打ち放しのコンクリートに、簡素なパイプベッド、椅子と机。
室内にあるのはその程度で、およそ生活臭というものはない。
獄中の独居房の方が、まだ柔な印象を受けるほどだ。
それが女……特にまだ20前後の若い女の部屋だとは、にわかには信じがたい。

その殺風景な部屋に、これもまた風変わりな人影が踏み入る。
着古した作務衣に、鼻緒の変色した下駄、拳へ幾重にも巻かれた包帯。
背は低く寸胴な体型だが、作務衣より覗く身体の部位は鋼のように鍛え上げられている。
眼光も人を射るほどに鋭く、何らかの武の心得があることは疑う余地もない。
その男の姿を目にした瞬間、部屋の主である女は目を見開いた。
そして、額を床へ付ける。

「申し訳もございません、竹ノ谷先生。」

女は平伏したまま、言葉を続けた。

「この美冬、碑功流空手の名を…………汚しました」

竹ノ谷と呼ばれた男は、その言葉には反応を示さない。
ただ頭陀袋を灰色の床に落とし、静かに唇を開く。

「服を脱げ」

短く一言を紡いだ。
男が女に脱衣を命じる。本来性的な意味を孕むそれが、この鋼の肉体を持つ益荒男から漏らされれば、意味が異なって聞こえた。
事実、命ぜられた女も嫌な顔一つせず、すくと立ち上がって服の裾に手をかける。
白いシャツが、煤けたジーンズが、淡色の下着が床へ落ち、なま肌が露わになっていく。
江園美冬。それが彼女の名だ。
名は体を表すと言うが、彼女の容姿もまた名を意識させるものだった。

顔立ちは端整だが、どこか陰のある幸薄そうな表情が、彼女を実年齢以上に大人びて見せた。
肌は美しく、雪のように白く透き通っている。
身体は細く絞り込まれ、随所によく鍛えられた跡が見えながらも、女の柔らかさを失っていない。
特にうっすらと六つに割れた腹筋は、雪の積もる石畳のように芸術的だ。
竹ノ谷は、その身体つきを静かに観察していた。


「ふむ、よく鍛えてあるようだな。肉体的には問題ない……となれば心だ。お前は、あの野試合に心で負けた」

竹ノ谷はそこで、かつて美冬を襲った悲劇を思い出す。
竹ノ谷が教え込んだ一子相伝の『碑功流』空手を以って、最大流派である顕武会を次々に破って大会制覇を果たした美冬。
しかしその一週間後、顕部会女子部の数名に襲われ、背後から羽交い絞めにされた上で執拗に腹部を打ちのめされた。
用いられた凶器は拳ではなく、木製のバットだったという。
胃液と血を吐くほどに殴られ、二度と大会に出ない事を誓約させられ、栄養剤の瓶で純血さえ奪われた悪夢のような夜。

後に美冬は、その首謀者を一人ずつ捜し当てて屈服させたが、それで心の傷が完全に払拭された訳ではない。
深層心理に腹部殴打への恐怖が刷り込まれており、無意識に腹部を庇う戦い方を選んでしまう。
先日、路上で行われた賭け試合では、その癖を利用されて腹部以外を滅多打ちにされた。
そうして消耗した挙句に、必死に守ってきた腹部のガードをこじ開けて散々に打たれ、大観衆の前で泣き喚きながら敗北を宣言する醜態を晒してもいる。
これが52戦を通して初の敗北であり、公での『碑功流』不敗神話が音を立てて崩れ去った瞬間だった。

「人間、戦っていればいずれは負ける。だが、あの一敗はそうした類の物とは違う。
 原因を根絶せん限り、何度でも繰り返される敗戦だ。
 お前はまず何よりも、腹への打撃に対する恐れを克服する必要がある。
 叩かれても耐えられる……という程度ではぬるい。叩かれる事そのものを悦楽と感じるまで、振り切れさせる」

竹ノ谷はそう諭しつつ、胸元から縄を取り出して美冬の手首に巻きつける。
美冬は表情を強張らせながらも、師のする事に黙して服従していた。
両手首が錠にかかったように縛められた後、彼女の身体は床に寝かされる。
豊かな弐つの乳房を天に向け、縛められた手首を頭上に奉げる様にして。
その姿を見下ろしながら、竹ノ谷は拳に厚く巻かれていた包帯をゆっくりと解きはじめた。
一巻き剥かれるごとに、岩塊のような拳の隆起が浮き彫りになっていく。
そうして露わになった拳は……およそ人間の肌色ではなかった。真紫と深紅が混ざり合ったように爛れている。
それを目の当たりにし、美冬も冷徹な相貌を崩して目を剥いた。

「……この拳を見せるのは、弟子であるお前が初めてだ。
 以前、毒手というものを教えた事があっただろう。数種の毒を混ぜた壷と、擂り潰した薬草の入った壷を交互に突き続け、
 長い年月をかけて徐々に拳そのものを毒の塊と化す修練法があると。
 これはその亜種だ。人間の精を高める強壮剤を数百種に渡って配合した薬を突き続け、活法の極みとするはずの拳だった」

竹ノ谷はそう告げながら、歪に変形した拳を撫でる。

「もっとも、半ば失敗したがな。中和の必要性を軽んじ、連日強壮剤を取り込んだ果てに、精嚢が膨れ上がって腐り落ちた。
 だがその代わり、この拳で肉を打てば、痛みと同時に性的な高揚を呼び覚ます事が出来る。
 漢方由来だけに、薬物検査にもまず引っかかる事はない。
 毒手ならぬ“艶手”とでも名づけたい所ではあるが……外法に名を付ける事そのものが馬鹿げているか。
 この拳で、一晩をかけてお前の腹を打つ。痛みと共に多大な快楽を刷り込み、トラウマを残らず払拭してやる。
 もはや闘士としてお前が再起するには、これしか手はない。そう自覚して耐え忍べ」

竹ノ谷の刺す様な眼光に覆い被さられながら、美冬はいよいよ表情を凍りつかせる。
しかし、数秒ばかりの沈黙の後、彼女は静かに頷いた。



「もっと口を開けろ。奥の歯で噛め」

丸めた手拭いを噛ませながら、竹ノ谷が言う。
美冬は歯の奥で強く手拭いを噛み、頭上で縛られた手を握り締めて耐える姿勢を作る。
竹ノ谷は、その手首を縛る縄にさらに縄を通し、パイプベッドの脚に括り付けた。
そうして準備を整えてから、ようやく竹ノ谷は美冬の側方に膝をつく。
腹部に手の平を当て、円を描くように撫で始める。
撫で回し、感触を確かめるように押し付け、そして揉む。
岩のような指でなされる揉み込みは、容易に美冬の力の込められた腹筋を変形させてゆく。

「ん゛っ」

美冬の眉がかすかに顰められた。
痛みもあり、またそれとは別に、じわり、じわりと赤紫の手から薬の成分が滲み出てもいるのだろう。
竹ノ谷は腹部を撫でていた手を止め、離す。
表皮の下に軽く薬が浸透したのか、それともこれから行われる事への恐怖からか。
六つに薄らと分かれた美冬の腹筋は、、かすかにうち震えていた。
その腹部へ、とうとう岩のように固められた拳が宛がわれる。
拳は力強く引き絞られ、音も鳴るほどに握り締められ…………打ち下ろされた。

「ん゛む゛ぅうっ!!!」

美冬の目が見開かれ、手拭いの奥から呻きが漏れる。
伸びやかな右脚は苦しげに膝を上げた。
その様子を視界の端に捉えながら、再び拳を引き絞った。そして、叩きつける。

「ふんくぅうう゛うっっ!!!」

二度目の拳は、深々と美冬の腹直筋を抉りこんでいた。
陥没が物語る、竹ノ谷という男の拳の重さ。
竹ノ谷は二度目に拳を引いたところで、一旦膝立ちを改め、そこからいよいよ本格的な突きを繰り出し始めた。
美冬は手拭いを噛みしめ、目をきつく閉じて耐え忍ぶ。

肉を打つ音が、響く。



「…………傑物と言われる人間には、色気というものがある。
 男の色気は無骨さだ。片目を失い、利き腕を失い、女を失い、それでも道を求める男などは色気の極みだ。
 だが、女の場合となれば話は違う。女は無骨さでは輝かん。
 女の色気とは、『艶』そのものだ」

重い突きを打ち込みながら、その合間に竹ノ谷は言葉を漏らす。
口数の多い男ではないだけに、その言には重みがあった。
美冬は苦悶しながらも、言葉を受けるたびに薄目を開いて反応を示す。
彼女の腹部は随所が赤く変色していた。
鋼のような肩と背筋を使い、岩塊の如き拳を叩きつけられているのだ。
いくら鍛え上げられた腹筋とはいえ、無傷でいられる道理もない。

作務衣の生地が擦れる音に続き、肉を打つ鈍い音が響く。
短いながらも悲痛な呻きが漏れる。
手首の縄が軋み、すでに初期位置から斜めにずれていたパイプベッドをさらに僅か揺り動かす。
両のふくらはぎが、踏みとどまるような強張りを見せる。

美しい顔にも変化が見られた。
柳眉は顰められ、瞳がかすかに潤んだような色を孕んでいた。
手拭いを噛む唇からは、顔の傾斜に合わせ、右にだけ細い唾液の筋が伝い落ちていた。
額といい鼻の下といい、細かな汗の粒が霧吹きで吹きつけたように張り付いている。
苦しげだ。
しかし同時に、それは女が性的快感を得た時の表情にも見えた。
丹念に愛撫を続けられ、挿入を心待ちにするかのように。
そう思って見れば、彼女の発する呻きも違った印象を与えるものだ。
その呻きが異常に聴こえるのは、鼻にかかっているゆえ。そしてそれは、女の甘い鳴き声にも共通する。

「どうだ、苦しいだけではなくなってきただろう」

竹ノ谷は一旦拳を緩め、手の平を美冬の腹部へ押し当てる。
熱い。温飲料の缶を思わせるほどに温まり、そして呼吸による上下とはまた違うリズムで細かく痙攣してもいる。
拳に打ち据えられた紅色の部分以外も、入浴したように桜色に上気しており、異常に血色が良い。
地の肌が雪のごとく白いだけに、その艶やかさは格別だ。

ふと竹ノ谷の太い指が動き、美冬のデルタゾーンよりさらに下へと滑り降りた。
肉感的な太腿は一瞬内股になって抵抗を示したが、手の甲が煩そうにそれを払うと、静かに左右へと開いていく。
茂みの奥、桜色の淡いへと太い指が入り込む。
ちゅち、と水音がした。
別の手は、美冬に噛ませた手拭いを取り去る。手拭いは濃厚な唾液に塗れ、中空で数度煌く。

「この様子では、かなり感じていたようだな」
「……禁欲が足りず、汗顔の至りです。二度ばかり、絶頂に至るような感覚に見舞われておりました」

竹ノ谷の問いに、美冬は喘ぎながら答える。
未亡人のような陰のある美貌を持つ彼女が、頬を染めながらそう告白する様は、何人の男を狂わせることだろう。


竹ノ谷の拳が唸り、再び腹筋を打ち据え始める。

「ぐはっ!!……っあ、あぶぐっ……は……っぐっ…………!!」

美冬の苦悶の声も再開する。それは苦しげな呻きではあったが、同時に色香を漂わせる喘ぎでもあった。
か弱く泣くような、ある人種にとっては大変に嗜虐心を煽る声。
拳が振り下ろされるたび、美冬の腹部は幾度も陥没する。
上半身が跳ね上がっては豊かな乳房が揺れる。
脚の動きもいやらしく、伸ばしきったまま親指を重ね合わせて気丈に耐えている事もあれば、ブリッジのように爪先立ちにもなる。
また膝を合わせたまま、無意識に腹部を庇うように動く事もある。
そのいずれもが、彼女の苦悶を実に解りやすく反映していた。

しかし打ち据える方とすれば、その脚の暴れようが邪魔になったのだろう。
竹ノ谷は汗に塗れた拳を止め、胸元から木炭を取り出す。
そして軽く膝を曲げたままで美冬に脚を止めさせ、その足裏の形に添って木炭で縁取りをしていく。

「今描いた線から足の裏が出ないよう、踏み堪えろ」

竹ノ谷は、美冬の瞳を覗き込みながら命じた。
美冬はその残酷な命令に顔を強張らせながらも、はい、と気丈に返事をする。
そして再び、岩のような拳は腹筋を叩き潰しにかかった。
切ない呻きが上がり、手首の縄が軋み、身動きを禁じられた脚の腿からふくらはぎにかけてが、尋常でない筋肉の躍動を見せる。
下半身に力が篭もれば、それだけ腹筋を固さを増した。
今までの打撃で散々に蕩かされていた腹筋が、しかし、遠目にもはっきりと解るほどの弾力を取り戻している。
パンッと音もしそうなその隆起を打ち込むのは、さぞかし心地の良いことだろう。
竹ノ谷は感情の動きをあまり見せない男だが、その彼でも所作でもって腹責めへの熱中振りを示した。

「ごぉっ!!が、あっぐ……!!い、いがっ……!!あ、ああ゛、おああ゛……あ゛っ!!!」

美冬の声が絶え間なく続く。それは竹ノ谷の打撃に切れ間がない事を表してもいる。
筋肉質な男の身体が蠢き、女の体内に熱を叩き込む。
女はそれを受け入れながら喘ぎ、脚線に尋常でない筋肉の躍動を見せて悶える。
それはまるで、人間の性交にも見まごうほどの濃密な繋がりだった。


「……………………!!」

汗とほのかな湯気に塗れながら、竹ノ谷は目を見張る。
そして桜色に上気しきった腹筋に指を添えた。
二つの腹直筋に挟まれるようにして存在する『白線』を上からなぞり、その左右の盛り上がりを愛でる。
それはまるで、ふっくらと膨らみを増した陰唇を撫でるかのようだった。
腹肉に紅く咲く花。

「はぁっ、はっ……あっ、ふぅ、う…………ッ!!」

その持ち主である美冬自身も、首をもたげて自らの腹筋を信じがたいように凝視していた。
表皮下の筋繊維の一つ一つまでが、発情しきったようにうち震えているのが自覚できるのだろう。
その腹部にほど近い子宮も存分に熟し、卵巣は子種を吐くべく、ふくふくと活性化しているに違いない。
竹ノ谷は親指を下腹部に宛がった。
恥骨の外側……まさに卵巣の部分へ。

「あっ、せ、先生そこは……っ!!か、堪忍して頂けないでしょうか……
 く、あッ……、んァアあんっぐうう゛う゛っ!!!!」

嘆願の言葉も終わらぬうちに、節ばった指が卵巣を押し込み始める。
充分すぎるほどに蕩けている状態だ。美冬は不自由な格好で身もだえ、動かす事を禁じられた踵を上下させる。
性的な信号が生々しい身体中から発せられる。
そうして極まりへ至ろうとしたまさにその瞬間、竹ノ谷は鋭く拳を振るった。
快感にひくつく腹筋の、その中心部へ。

「ごぉおおおおああぁあおお゛お゛っ!!!!!!!」

痛み、苦しみ、悦楽。それまでのあらゆる感覚を総括するような、凄まじい叫びが沸き起こった。
美しい唇からは唾液と共に胃液があふれ出し、力なく崩れた脚の間からは、透明な飛沫が噴き上がって壁を染める。
絶頂。その言葉がはっきりと想起されるような反応だ。



数度大きく酸素を求めた竹ノ谷は、ゆっくりと立ち上がって美冬の顔を覗き込む。
美貌は、快感に焼ききれたかのように白目を剥いていた。
竹ノ谷が数発頬を張ると、美冬は激しく咳き込みながら意識を取り戻す。

「気分はどうだ、美冬。腹を殴られる恐怖はあるか」

そう問いかけると、蕩けきった瞳を向けながら唇を開いた。

「…………いえ……。……とても……暖かいです………………」

異様なほど妖艶なその顔は、さしもの竹ノ谷でもしばし硬直するほどのものだった。
彼は美冬の手首の縄を解きながら囁きかける。

「とりあえずは感じたようだが、これで終わらせるつもりはない。
 明日もまた同じ事を繰り返すぞ。せいぜい休息をとっておけ」

そう言い終えて縄を解いた瞬間。彼は肩を強張らせた。
自由になった美冬の手首が、彼の手を掴んでいたからだ。
その美しい指の主は、蕩けた瞳の奥を爛々と光らせて師を見上げている。

「…………あし、た…………?……嫌です、先生。今日、もっと……もっともっと、私のお腹を抉って下さい!
 もっとわたしを…………私の身体の奥を、満たして下さい………………先生!!」

竹ノ谷は、弟子の顔から、その身体から、視線を外せずにいた。
その『色気』は、彼自身をも拳から侵食し、理性のない一匹の獣へと変えていくようだった。
彼は躊躇する。
そこへ落ち込めば、正気を取り戻せるのがいつになるのか……否、そもそも元へ戻れるのかすら、定かではないからだ。

「ね、先生ぇ……?  はやく、 はぁやくぅ………………っっ!! 」

雪の積もった石畳のようだった腹部は、今や世にも鮮やかな桜色に染まっている。
まるで雪の下に、一面の朱の華が咲き誇っているかの如く……。


                      
                                    終わり

壊れた関係

※ 腹責めモノです。若干の嘔吐描写注意。


今しみじみ思い出しても、あれは妙な体験だった。

その日僕は、彼女である大里真美と町の祭りに参加していた。
田舎町の、神社と公園にかけて屋台が並ぶ小規模な祭りだ。
真美は大学のサークルの先輩で、とにかく押しの強い人だった。
子供の頃から空手をしていて、僕よりもよっぽど腕っ節が強い。
僕と付き合っていたのも、けして好き合ってではなく、丁度いい遊び相手だったからに過ぎないんだろう。

その真美から、殆ど飲めないビールを何倍も勧められ、その時の僕はかなり酔っていた。
もう帰ると何度もぐずりながら、真美に追い回されていた最中。
まるで喧騒から外れるように建つ、一件のサーカス小屋のような青いテントに辿り着いた。
暗闇の中にひっそりと浮かび上がるそこはどうにも不気味で、普段の僕なら関わろうとはしなかっただろう。
けれどもその時は酒の勢いもあり、追ってくる真美から身を隠すにはうってつけという計算もありで、テントの中に踏み入った。

入った瞬間に鼻を突いたのは、酸い汗の香り。
そして、聞き慣れない女性の荒い息遣い。
外から見るより広さのある内部には、手足を枷でX字に拘束された女性が数人いた。
健康的に日焼けした上半身にはスポーツブラを着け、下半身には迷彩色の長ズボンを履いている。
足には、たまに危険な工事現場で見かける、ブーツタイプの安全靴を着用しているようだ。
そして何より印象的なのは、そのくっきりと割れて盛り上がった、逞しい腹筋だった。
それらの情報から、僕はそこにいる女性達が自衛隊員であると判断した。

「いよぅ、お客さんかい」

僕にそう声を掛けたのは、たった今導き出した答えを肯定するような、ガタイのいい男だった。
頭は清潔感のある角刈りに整えられ、タンクトップの下には浅黒い筋肉が盛り上がっている。

「ここって、何の店なんですか」

酒の力とは恐ろしい。
普段なら怖気づくような状況も、この時の僕はあっさりと受け入れていた。
逞しい男が笑みを見せる。



「ここはな兄さん、悪ーいオトナの為の出し物よ。
 あそこに繋がれてる女の中から一人を指名して、この球を投げつける」

男は、分厚いゴムで包まれたボーリング球大の物を拾い上げて言った。

「これを思い切り腹に投げつけて、制限時間の三十分以内に参ったと言わせればお客の勝ち。
 ああして屈服させた女を好きにできるって寸法よ」

男がそう目配せした先には、薄いカーテンで区切られた急ごしらえの寝室がある。
煎餅布団に膝を突くようにして、男の尻が蠢いている。
さらにその尻を挟み込むようにして、毛のない女のものと思われる足が揺らめいている。
薄いカーテンから透ける、布団に背をつける一人と、それに覆いかぶさる一人の上半身。
部屋へ入った瞬間に感じた、汗の匂いや聞き慣れない声も、どうやらそこが元凶のようだ。

それがセックスである事は、さすがの僕でも知っている。
ではそれを先程から目にしている、あの女性達はどんな反応だろう。
僕は急にそれが気になって、例の拘束された女性達を見やった。
案の定、彼女らも痴態を横目に見やりながら頬を染め、脚を内股にもじつかせている。
ただ一人を除いては。
その唯一の例外である中央の女性は、痴態から全く目を逸らさない。
かといって凝視している訳でもなく、ただ真正面を向いたままきりりと表情を引き締めていた。
瞳を正面から覗き込まなくとも、それが並ではなく気の強い女性である事が解った。
なぜなら僕は、日常的にそれと似た女性を目にしているからだ。
粗暴で、豪快で、性根が悪くて……

「へぇー、面白そうじゃん」
「ひあっ!!」

突如、真後ろから掛けられた声に、僕は頓狂な声を上げた。
ゼンマイ仕掛けのように寸刻みで振り向くと、そこには満面の笑みを湛えた真美がいた。
彼女はずかずかとテントの中に踏み入り、中央の女性を指しながら財布を取り出す。

「じゃ、あたしコイツね」

初対面の、それも恐らくは年上であろう女性自衛官をコイツ呼ばわりとは。
角刈りの男も苦笑いだ。

「あー……嬢ちゃん、こういうのも何だが、その女は止めといた方がいいぜ。
 どいつも仕事柄よく鍛えちゃいるが、そいつは別格だ。
 訓練の合間でも暇がありゃ腕立てと腹筋を繰り返してるような、病的な筋トレマニアでな。
 今まで泣きを入れた例がねぇ。
 もっととんでもねぇ化け物が挑戦するってんならともかく、姉ちゃんの細腕じゃ……」

彼の言う通り、真美の目の前で吊り目をぎらつかせる女性は、見たこともない腹筋をしていた。
それは人間の筋肉というより、皮膚の下に六つの金塊を潜り込ませたという風で、僕が殴った所で手を傷めるだけに思える。
けれども真美は、さも可笑しそうに唇を曲げるだけだった。

「だから面白そうなんだってば。あたし以上のS女とか許さないし。絶対屈服させて、嬲り者にしてやるんだから」

肩を怒らせてゴムボールを掴む彼女に、角刈りの男は肩を竦める。

「やれやれ、やんちゃな彼女だな。しゃあねぇ、特別だ。兄さん、御代はいいから加勢してやんな。
 二対一なら、ちっとは希望も見えるだろ」

彼はあろう事か僕の肩に手を置き、ゴムボールを握らせる。
その瞬間僕は、自分が傍観者の席から引きずり下ろされた事を知った。



手にしたボールは、トイレのスッポンのように分厚いゴムに包まれていた。
形は完全な円ではなく、一方が吸盤状になっている。
何となく思いつく事があって、僕はその吸盤面が当たるように壁へ投げつけてみる。
ボールが壁に吸い付いてひしゃげ、中の球はたぶん慣性の力に従って壁へぶつかった。
ごぼん、と鈍く重い音がする。

「ふぅん、グローブ着けてぶん殴るようなもんね」

真美が僕に目配せして言う。
遊びと称して僕をボクシンググローブで叩いた経験があるから、という意味が一つ。
それと、逃げた罰として後でぶん殴る、という意味もあるだろう。
このとき僕の喉から出たしゃっくりは、酔いではなく、後々の恐怖からのものだった。

「ま、とにかく始めるわよ」

真美はボールを胸元に抱えて告げる。
そして足を大きく開いて踏ん張り、充分に肩を入れて押し出すようにボールを投げた。
素人目にだけれども、中々のフォームだと思う。
ボールは真っ直ぐに飛び、拘束された女性の逞しい腹筋に沈み込む。

「ふむ゛っ……!!」

女性は口元を引き締めて堪えた。
彼女の腹筋はボールの侵入を浅くしか許さず、まるで弾き飛ばすように押しのける。
ごどん、と床に重く鈍い音が響く。
鍛え上げられた腹筋は見掛け倒しじゃなく、実際に鉄壁のようだ。

「へぇ、やるじゃん」

真美は呟きながら、僕に指で『すぐに続け』と指示を出した。
間髪入れずに責められるのは、二人でプレイする最大の利点だ。
自衛官の女性には悪いけれども、真美の機嫌を損ねるのはもっと悪い。
僕はボールを両手で握り締め、叩きつけるように放り投げる。
ボールが手を離れる瞬間、世界がスローになって女性の顔がはっきりと見えた。
真美の一発を耐えしのぎ、空気を求めていた所への追撃に驚愕する顔が。

「お゛ごっ!?」

金塊のような腹筋が布団のように沈み込む。
ボールの中身が移動し、さらにその窪みを深める。
女性の眉間の皺も一気に深まった。

「げはっ、えほっ……!!えはぁっ!!」

女性は苦しげに呼吸していた。
角刈りの男が驚いたような声を上げているのが聴こえた。
そして、真美が満面の笑みで床を踏みしめる音も。


「ぐっ!!」

女性は真美の二発目を、歯を食い縛って耐え忍んだ。
ちっ、と舌打ちする僕の彼女。そしてそれを正面から睨み吸える迷彩ズボンの女性。
僕はそれを見た時、妙に気分が高揚するのを感じた。
だいぶ酔いが回ってきたんだろうか。
僕はそれから何度か、真美の指示によって投擲した。
けれども四回、五回と投げるうちに、真美の指示もない内から投擲のモーションに入っている自分がいた。

迷彩ズボンの女性は逞しく、こちらの球を盛り上がった腹筋で幾度も弾き返す。
凛々しい表情も保ったままだ。
けれども上手く時間差で責めてやれば、面白いように悶絶してしまう。

「ぐぬぅうううっ……!!」

例えば今、真美の一発が唸り声と共に止められた。
けれどもその球が腹筋を押し込んでいる丁度その後ろから、もう一発をお見舞いするとどうだろう。

「っ!?え、う゛ろぁ゛っっ……!!!」

女性の顔が天を仰ぎ、大きく開いた口からうがいをするような音が漏れる。
そして驚いた事に、迷彩柄のズボンの股部分に、かすかなシミができ始めてもいた。
真美がそれを目敏く見つけ、僕に報告してくる。
僕は普段なら引いてしまうそんな情景を、この時ばかりはより一層の興奮状態にしていた。
この強そうな女性が悶絶している。真美の一発より、明らかに僕の一発の方が効いている。

『僕が』苦しめているんだ。

そう感じたとき、僕のボールを握る手は、音がするほどに強く握られていた。
唇の端から涎を垂らす迷彩ズボンの女性に向けて、嗜虐心を迸らせる。

「え、ちょっと……それは不味くない? ね、ね、ちょっとぉ……」

真美の当惑か歓喜か解らない、上ずった声がする。
その声を聞いてやっと、僕は自分の行動に気づく。
まるでハンマー投げのように、ボールを掴んだまま脚を軸に回転しているんだ。
角刈りの男と真美が、こちらへ両の掌を差し出しながら腰を引くポーズを取っている。
まったく妙な応援の仕方だ。
僕はしばし、身体が勝手に織りなす心地良い回転に身を任せていた。
高揚した気分がさらに高揚していく。
気分までもが錐揉みして上昇していくみたいだ。
最後に、拘束された迷彩ズボンの彼女が目を剥いている姿が見えた瞬間、僕は笑った。


「   ぶ ち 壊 し て や る よ ォ  ・・・・   」


誰のものかも解らない低い声が耳元でした直後、僕は肩の筋肉を盛り上がらせる。
爽快なまでに腕を伝って走り抜けていくエネルギーが、空中へと放り投げられる。
それは痙攣する肌色の壁へ、迷いなく吸い込まれた。
女性の左目が固く閉じられ、唇が歪にへし曲がる。
自ら腰を壁へ押し付けるように身を折っている。
そしてその血色の良い唇から、吐瀉物があふれ出して……僕はそれを、とても綺麗だと感じていた。





気がついた頃には、僕は神社の境内で横になっていた。
祭りはとうに片づけまでもが終わっていて、辺りには誰もいない。
若干の頭痛と酒臭さから、ビールをかなり飲んだ事だけは確かだけれども。

こんな風だから、僕はこの時の妙な経験を、今でも夢か何かだと考えている。
この地域の自衛隊は、確かに昔から変わった訓練をするという噂もあったけれど、
それにしたってあんな屋台があるのは現実的じゃない。
だからきっと、夢なんだ。

ただ一つだけ気になるのは、その日を境に真美の態度が激変した事だ。
一日前までは僕を見かけるたびに酷くからかい、笑いながら殴ってきた彼女。
それが今ではすっかり淑やかになり、常に僕の機嫌を伺うように下から覗き込むような仕草をし、
お気に入りだった臍だしルックも一切やらなくなった。
それどころか、僕と居る時はそれとなくお腹を隠すように抱える事すらある。
これについて言及しても、真美は『泥酔させて放置したのは、さすがに悪かったから』と弁明するばかり。

真相は未だ、闇の中だ。



                  終わり
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エレクトリカル・ソルジャー

※ 腹責めモノ、ややハードな暴力表現あり


サイボーグ開発が滞り始めた頃、その実験は水面下で俄かに影響力を増していった。
電磁式超兵士……通称“エレクトリカル・ソルジャー”。
人間の体に特殊な薬品と電気ショックを施す事で、一時的にではあるがその身体能力を劇的に強化する計画だ。
この計画には未だ改善点も多く、現在はまだ初歩的段階での実験に留まっている。

その実験には、しばしば性的な趣向が加えられた。
同じ実験をするにせよ、ただ淡々と作業を進めるよりも、関係者やスポンサーの目を愉しませた方が得だからだ。
実験のサンプルは、主として捕虜になった若く美しい女兵士。
最近は専ら、内乱で暴れ回った威勢のいい女ゲリラに人気が集まっている。
何故か。簡単なことだ、単純に見目が良い。
彼女……フィア・マフェリーは、捕らえられてから僅か一昼夜で62人の兵士に犯された記録がある。
これこそ、彼女が男の目を惹くものであった証拠となるだろう。

肩を覆うまでに伸びた、上質な木を思わせるダークブラウンの髪。
直視が躊躇われるくっきりとした強い瞳、すっと通った鼻筋、ハキハキと物を喋りそうな赤い唇。
胸はさほどある訳ではないが、肩や手足の肉付きや、細く絞り込まれて健康的な腹直筋を浮かび上がらせたボディは、
戦う女の美しさというものをその気のない者にさえ目覚めさせる。
およそ戦場の最前線で出会う女に、あれ以上の物はあるまい。それが輪姦した兵士達の共通認識だ。




フィアは今日も丸裸のまま、分娩台を思わせる拷問用の椅子に拘束されていた。
その周りを、下卑た笑みを湛えた研究員達が取り囲んでいる。
彼らの視線は一片の容赦もなくフィアの裸体へと注がれていた。
フィアはその屈辱的な状況にありながら、しかし視線を傍らに投げたまま無反応を貫いている。
意地を見せているのか、あるいは連日の実験で羞恥すら麻痺してしまったのか。

「…………ほう、これが例の実験体か。
 兵士共のマドンナだというから期待して来たが、なるほど征服欲をくすぐる女だ」

実験の出資者の一人、ロニー・バルフがおもむろに姿を現す。
片手に髭を撫でつけ、もう片手を腰に当てて、人を見下す態度が板についているものだ。
しかし事実それなりの権力はあるようで、研究員達は一様に彼に敬礼の姿勢を取る。
ロニーはフィアの視線へ先回りする形で拘束台を横切り、噂の女ゲリラの顔を覗き込む。
そして、それでも態度を崩さないフィアに満足げな笑みを向けた。

「ふふ、まるで氷の女だな……面白い。
 早速実験を始めてくれ。早くこの女の狂乱する様が見たい」

ロニーの指示が飛ぶと、待ちかねたとばかりに研究員達がフィアの手足や腹部の各部に電極を取り付ける。
そうして物々しいコードでフィアの身体を覆い尽くすと、いよいよ機械のスイッチが入れられる。
巨大なレバーを手前に引き、さらにスイッチの要領で強く押し込む。
その瞬間。

「あ゛あ゛あああああぁぁぁああああ゛あ゛あ゛っっ!!!!」

日常生活ではおよそ耳にしないような、非日常の悲鳴が響き渡った。
先ほどまで平然としていたのが嘘のように、フィアは目を剥き、大口を開けて狂乱していた。
身体は跳ね上がっている。
手足は台に強く拘束されている為、ブリッジをするような格好だ。
首の筋と鎖骨周り、腹筋に腿の筋肉が、肉体標本さながらに盛り上がっており、異常性を増している。

「お、おお……こ、これは……何と言うやら、凄まじいな。オカルトめいた物さえ感じる。
 あの気丈な女でも、電気を流されればこう成らざるを得んという訳か」

ロニーは、筋肉を強張らせたまま痙攣と絶叫を繰り返すフィアを、呆然と眺めていた。
一旦電流が切られると、フィアの肉体が大きな墜落音を立てて台に沈む。

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!!」

フィアは目を見開いたまま、小刻みに息を発していた。
その顔に余裕などと呼べるものは全くない。
良く見れば、顔といい身体といい、至る所が霧吹きで吹きかけたような汗で濡れ光っていた。

「もう一度だ」

研究員の一人が告げ、再度電流のスイッチが入れられる。

「っあ゛あ゛あぁああはああぁあ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!!!!」

再度響き渡る奇声。
艶かしい女の肉体が反り返り、身体中を緊張させながら電気の命じるままに悶え狂う。
それはある種、一人の女が電気に陵辱されている様に等しかった。

「24……27……30%エキストラクト」

研究員の一人は計器の数値を読み上げ、ある一人は微細に電流を調整し、またある一人は面白そうに実験体の顔を覗き込む。
その異様な実験は、幾度にも渡って、嬲るように長い時間続けられた。



「オール・エキストラクト。実験成功です」

計器を観測する研究員が告げると共に、電流のスイッチが切られた。
もう何度目になるのか、重々しい音で台に落下するフィア。
改めてその肉体に視線を這わせ、ロニーは生唾を飲み込んだ。

雪のようだった肌が、湯上りのような桜色に上気している。
乳首ははっきりそれと解るほどの円筒状に勃ち上がり、秘部もしとどな蜜に濡れている。
そしてその筋肉は、始めに目にした小娘の身体からバルクアップし、女らしくありながらも逞しく張っていた。
まるで人間の持つ官能と肉体美が、極限まで引き出されたかのようだ。
この身体を前にしては、ミロのヴィーナスでさえ無駄の多い俗物にしか映らない。それほどの逸品だった。

「なんだ、乳首が隆起しているな。あれで感じおったのか」
「……さて、どうでしょうかな。
 要は筋肉を極限まで活性化させる訳ですから、マッサージの要領で快感を得る可能性はあります。
 まぁ電流で自律神経がバカになり、闇雲に性的反応を示しているだけでしょうが」

ロニーと研究員の一人が語らいながら、フィアの顔を覗き込む。
涙や鼻水、涎、その他ありとあらゆる体液に塗れたフィアは、それでも刻一刻と元の気丈な瞳を取り戻していた。

「ご気分は如何かな?愛蜜まみれの超兵士殿」

ロニーは嘲りを含めた口調で問いかけながら、フィアの顎を摘みあげる。
しかしその瞬間、フィアの眉が吊り上がった。
そして間髪入れず、口内に溜まった唾液をロニーの顔面へと吐きかける。

「ふぬ゛っ!!」

突然の事に反応できず、左目に唾液を浴びるロニー。
彼は数秒の間呆然としていたが、すぐに血管を浮き立たせながら拳を握りこんだ。

「…………き、貴様ッ!女の分際で、男の顔に唾を吐くか!!!」

プライドのみで生きる男の放心は、すぐに激怒へと変わり、拘束されたフィアへ殴りかかる動きとなる。

「お、お止めください!!」

研究員が静止するが、怒り狂うロニーに止まる気配はない。

「何そう慌てるな、ただの性能実験よ。仮にも強化兵士を作る実験だ、この程度で悶絶していては話にもならん。
 スラムに放り捨ててくれるわ!!」

怒りに震える唇を歪に曲げ、言葉を搾り出すロニー。
その拳は、充分な溜めを伴って振り下ろされた。拘束され逃げ場もない、フィアの腹部へと。
そして一瞬の後、拳と腹筋が触れ合う。

ごりっ、という音がした。
それは人間の皮膚と皮膚が触れ合ったにしては、あまりに異質な音といえた。
手の甲の半ばまでが腹部にめり込んだロニーの拳。
しかし凄絶な笑みと共にロニーがその拳を引き抜いた瞬間、その真に意味する所が明らかになる。
ロニーの拳は、指の根元からがひしゃげていた。
腹筋に拳が埋没していたのではなく、腹筋はその形を変えぬまま、拳の方が押し潰されていたのだ。

「ふぁぐあああっ!?」

事情を呑み込めぬままに拳を抱えて蹲るロニー。
その彼を、ほんの一瞬嘲笑を浮かべた後に研究員が抱え起こす。

「大丈夫ですか……ですからお止め下さいと申しましたでしょう。
 実験段階とはいえ、遊びではない。貴方の仰る通り、これは強化兵士を作る実験なのです。
 今この女の筋肉は、鉄にも等しい耐久性を有している。
 仮に我々の誰かがショットガンを手に相手をしても、生身のこの娘に敵うか疑わしいものですよ」

研究員はどこかに誇らしげな響きを含ませながら、ロニーを諭した。
ロニーは先ほどまでの怒りが消えうせ、自らの身を以って知った女兵士を恐ろしげに見やる。
その彼を尻目に、フィアは他の研究員によって拘束を解かれていた。

「へへっ、相変わらず実験後は筋肉パンパンだな。動物の背中触ってるみてーだぜ。
 流石にチチだけはやらけーままだけどな」
「さ、強化テストも無事終わったんだ、早速いつもの模擬戦といくか。
 ここまでいい調子で勝ってるが、今度ばかしは厳しいかもなぁ。
 何せ今日の相手は、こないだ捕まえた特殊部隊所属のスパイだからよ。
 ただ誰が相手にせよ、一度でも負けたらゲリラのお仲間を殺すって条件は同じだ。
 せいぜい頑張らないとなあ、オイ?」

フィアの身体中を弄くり回しながら、研究員達が囁いている。
フィアは明らかな憤りを瞳に宿しながらも、ただされるがままになっていた。
今や超人的な力を得ている彼女が、その力を以ってしても覆せない弱みを握られており、
そしてその弱みによって恒常的に戦いを課せられている事は、もはや疑う余地もなかった。





模擬戦の施設は、全面が強化ガラスでできた水槽のような場所だった。
扉は二箇所の通用口にしかなく、そこも試合開始と同時に閉ざされるため、逃げ場所はない。
そこへフィアが姿を現す。
肩にかかるダークブラウンの髪を靡かせ、桜色の肌を晒したままで。
見れば見るほどに、良く引き締まった素晴らしい身体つきだ。
立った状態で見れば、腹筋から太腿、ふくらはぎへ至る筋肉のラインが本当に芸術的だ。
蹴りを放てば強かろうし、抱けば鮮烈な締め付けが味わえる事だろう。
しかしながら、フィアの対面に当たるドアから姿を現した女も、いかにも並ではなかった。

全体にエジプト系の女を思わせる。
後ろで短く纏めた黒髪に、褐色の肌。目の色は碧で、何とも感情が読みづらい。
胸は男の心を躍らせるほどに豊かで、ボディラインもベリーダンスを期待してしまうほどに素晴らしい。
そしてそのどこか踊るような足捌きは、魅惑的であると共に底知れない武の経験を匂わせていた。

「……あの女も、只者では無さそうだな」

手の治療を終えたロニーが、ガラス越しに女二人を見やりながら呟く。
研究員が深く頷いた。

「彼女……カーリーは格闘のスペシャリストと言って差し支えない存在ですからね。
 素の戦闘力で言えば、所詮アマチュアに過ぎないフィアでは及びもつかんでしょう。
 とはいえ、あっさり試合が決まらないよう、カーリーには関節技・絞め技の全般を禁じています。
 それに初陣のカーリーに対して、フィアはこれでもう十三戦目。
 強化兵としての戦いには、彼女に一日の長があります。
 彼女の抱えている事情を鑑みても、一戦たりとも落とす事は許されませんしね。
 ……もっとも、だからこそ負けた時がミジメなんですが」

研究員はそう言って低く笑う。悪魔じみている、という形容が相応しい笑みで。



一目で相手の力量を悟ったのか、険しい表情で臨戦態勢を取るフィア。
逆にオーソドックスに構え、一切の感情を見せないままのカーリー。
その二人が睨み合う中、引き締まった裸体の構えを充分にギャラリーが堪能した所で、
開始の合図であるブザーが鳴り響く。

「はッ!!」

先手必勝とばかりに飛び掛ったのはフィアだった。
目にも止まらない速さで踏み込み、相手の顔面の位置を拳で打ち抜く。
しかしカーリーはそれを瞬きもせずにかわし、逆に鋭い膝蹴りをフィアの腹部へ見舞う。
グッ、という低く硬質な音が響いた。
しかしフィアは、膝という硬い部位で腹を打たれたにも関わらず、それを全く問題としない。

「シッ!!」

懐へ入り込んだ位置をそのままに、鋭いフックを放つ。
ガラス内部の音を拾うスピーカーは、そのフックがバットのスイングと同じ音をさせている事実を示した。
人間の限界ともいえる背筋や腹筋を以って放った一撃は、それほどの威力を得るのだ。
しかしカーリーは、その豪打を全く問題としない。
巧みにフィアの攻撃をかわし、いなしながら、着実にその腹部に打撃を叩き込んでいく。
その都度、ゴグ、ゴグ、と石を打ち付けあうような音が響く。

「生身の人間の戦いとは思えん音がしているな……。
 妙な迫力はあるが、しかしあれは決着がつくのかね?
 まるで大岩同士をぶつけ合っているようなものだ。それはその内には壊れるかもしれんが、何時間先になる?」

ロニーが疑問を投げかけると、研究員の一人が面白そうに試合を凝視したまま答えた。

「……確かに、今の彼女達の手足は金属のように強固で、並大抵では壊せません。
 たとえ、同等の硬さを持つものでもね。しかし、それは手足に限っての話。
 実のところ、これが現状一番の課題なのですが……実は、腹筋の強度に関しては絶対ではないのです。
 生身の人間でも、試合で疲労が溜まると腹筋がウィークポイントとなりがちですが、強化兵士もまた然り。
 試合が長引いてスタミナが切れてくると、決まって腹をズドンとやられて悶絶してしまうのです」

研究員は自らの腹部を殴る真似をし、二人の女へ指を向けて続ける。

「フィアは今までの経験からそれを知っていて、当然腹筋を狙っている事でしょう。
 しかし面白いのは……初陣のカーリーですが、あれもどうやらフィアの腹筋破壊を狙っているようです。
 生身の人間への対処が偶然当てはまったのか、あるいは事前に試合を目にしていたのか……。
 いずれにせよ、狙いが同じで戦闘力に差があるこの状況は、フィアにとって哀れという他ありませんな」


研究員の言葉通り、二人の女の狙いは共に互いの腹部のようだった。
しかしながら、攻防の技術に差がありすぎる。
フィアの鋭いストレートを紙一重でかわし、カーリーの膝蹴りが腹部へ叩き込まれる。

「っ!!」

一瞬息を詰まらせたフィアは、それでもやや距離の空いた位置から後ろ回し蹴りを狙った。
カーリーは冷静に屈んでそれを避け、ガードの空いたフィアの腹部へ腰の入った拳撃を叩き込む。

「グ、ぼッ……!」

フィアが、ここでついに左目をしかめた。
先ほどまで、どれほど硬い部位で殴られても眉一つ動かさなかったというのに。

「おやおや、フィアの方は体力が無くなってきたようですよ。所詮、ゲリラの小娘ですからね」

研究員が面白そうに言う中で、カーリーの膝がまたしてもフィアの腹部を狙っていた。
フィアはかろうじてそれを避け、膝蹴りが模擬戦場のガラスに激突する。
瞬間、厚いガラスには放射線状の亀裂が走った。それを見て、ロニーが顔色を変える。

「……馬鹿な……あ、あれは、グレネードランチャーの直撃にも耐える防弾ガラスだぞ……。
 俺が予算を出したから覚えてる、間違いない!」

ロニーはこの時ようやくにして、ガラスの中で戦っている裸体の女が人間兵器である事を認めた。
砲撃にも勝るほどの一撃を数限りなく応酬して、それがあの硬く重い音だったのだ。
ではそれを、強度の落ちた腹部で受ければどうなるのか。
フィアが脇腹を押さえながら苦しげに美貌を歪める理由を、ロニーは充分に理解した。

しかし、フィアにはこの試合に勝たなければならない理由がある。
強化兵士としていくつもの模擬戦を勝ち抜いてきた、先達としての意地もある。
ゆえにフィアは逃げ続ける事をしなかった。

「せあッ!!」

決死の覚悟でカーリーに向かってハイキックを見舞おうとし……、その蹴り足を、掴まれた。

「遅い……」

カーリーはそう呟き、片腕でフィアの膝裏を抱えたまま大きく持ち上げる。
それにより、フィアは右膝を曲げた上下開脚をする格好になる。当然、恥部も丸見えだ。

「ぐっ……!!は、はなっ…………!!」

流石に羞恥が勝ったのか、もがくフィア。
しかしカーリーはそのフィアを容易く御し、片脚立ちのままでガラスへと押し付けた。
更には殴りつけようとするフィアの左手をも右手であっさりと掴み上げ、完全に抵抗を封じてしまう。
そして、空いた左手を握りこんだ。

「お゛っ!!」

フィアの口から苦悶の呻きが漏れる。
その腹部には、カーリーの拳が深々と突き刺さっていた。
ロニーの場合とは違い、今度は腹筋が引き攣れて内へ捲くり込まれている様がよく見える。
カーリーが拳を引き抜くと、硬質なフィアの腹部にはっきりと赤い陥没が出来ていた。
その同じ場所を狙い、カーリーは今一度深く拳を抉りこむ。
そして素早く引き抜き、また抉りこむ。
引き抜き、抉り込む。
女の細腕が繰り出す打撃ながら、その一発の威力は自家用車が高速で衝突するに等しい。
それを受けるフィアの肉体も鉄の塊のようなもので、彼女が背をつけるガラスには、霜が降りたような細かなひび割れが見え始めていた。

「あ゛っ!!がはっ!!ごえ、ぐふぅう゛っ!!!」

痛烈な一撃を幾度も見舞われて悶絶するフィア。腹部はあちこちが痛々しく赤らんでいる。
それでもその瞳は、まだ死んではいない。

「あああっ!!」

一瞬の隙を突き、彼女は背後のガラスを蹴りつけた。
そしてその反発力を利用し、カーリーの身体を一気に押し戻す。
カーリーは足裏でガラスを削り取りながら、場の中央でその突進を止める。
そのまま二人は、両の手を互いに握り合わせ、腰を深く落としての力比べに入った。
凄まじい力のやり取りがなされている事が、互いの腕の痙攣で見て取れる。
カーリーは静かな瞳のまま、フィアは目を剥いて歯を食いしばる決死の形相で。
体力を削る根競べ。
次第に、二人の肉体は電流責めの時と同じような汗で濡れ光り始めた。


「ぐぐ、あううううっぐっ…………!!」

ここでペースを掴もうと必死に力を込めるフィアだが、カーリーの表情は変わらない。
誰の目にも明らかに、体力の限界を迎えているのはフィア一人だけだ。
そして、彼女は競り負ける。
歯を食い縛っていた口は苦悶にゆがみ、その手の平は、カーリーの握力に負けてへし曲がるように開かされてしまう。

「うあ゛!!」

フィアの口から悲鳴が漏れた瞬間。
カーリーの蹴り上げが、まともにフィアの腹部を打ち抜く。
その瞬間、ギャラリーには彼女の肉体が数センチ浮き上がったのが見て取れた。

「……っか…………!!」

呆然と目を見開いたまま力なく着地し、内股を閉じた『女の子立ち』になるフィア。
膝からぺたりと地面にへたり込み、前に突っ伏して噎せ返る。

「う゛っ、げぼっ!!げほっ、えおオ゛っ!!げあ、あえ゛ろ゛……ア゛ッ!!!

フィアはきつく目を閉じ、口から涎と僅かな吐瀉物を吐きこぼす。
へたり込む時、垂れ下がった彼女の手足はガラスに当たって重く硬い音を鳴らした。
その手足は、今も変わらず鋼鉄兵のそれだった。
けれども腹部は、彼女の臓腑を護る装甲は、もはや鋼鉄ではない。
破城槌の数撃で打ち砕かれる、木の柵に過ぎない。

「ぐう、うっ……!!」

それでもフィアは、諦める事をしなかった。
瞳をぎらつかせながら、手足でガラスを殴りつけて無理矢理に身体を起こす。
しかし肝心の腹部に力が入らず、腰から折れるようにして再び這い蹲る格好となる。

「ははは、まるで生まれたての小鹿だぜ!」
「プリプリの尻突き出しやがって、さっさと負けてぶち込んで欲しいって意思表示かよ」

研究員達はバドワイザーを片手に頬を染め、その姿を笑いものにした。
そしてカーリーにも容赦はなく、なおも立ち上がれずにいるフィアの腹部を横から蹴り上げる。

「う゛ぶっ……!!」

目を見開いたまま胴を頂点にくの字に折れ、ガラスへと胸から叩きつけられるフィア。
その姿にまた、研究員の嘲笑が集まった。


ゲリラの一兵士と、特殊部隊の女。
それは多少のハンデを着けたところで、初めから勝負になどならない事は明らかだった。
幾度にも渡って、残る力を振り絞ったフィアの攻撃は空を切り、カーリーの痛烈なカウンターがフィアの腹部を抉った。
フィアはその都度凄絶に顔を歪め、腹部を抱えて悶絶した。
しかしその度に、震える脚を叱咤して立ち上がる。

「ぐうっ…………ま、負け、る……訳に……は…………」

目も虚ろなまま、ガラスに片手をついて堪えるフィア。
それを見つめるカーリーの瞳は、相も変わらず冷ややかだ。
彼女は硬い音を鳴らして踏み荒らされたガラスの上を歩み、フィアに近づく。
そして反射的に放たれたフィアの右腕を、無造作に打ち払った。

「あ……」

その瞬間、フィアの目が見開かれた。
右腕の肘が、何かに巻き込まれたようにあらぬ方向へ折れ曲がっている。

「はぐぅあああああっ!!!」

フィアは腕を抱えて崩れ落ちた。
カーリーがその身体を蹴りで上向かせ、上から覆い被さる。
太腿を固定するように尻を乗せ、無事な左腕を片手で押さえつけて。


「 ……お疲れさま、お役御免のロートル・ソルジャー 」


カーリーは表情ひとつ変えずに呟き、もう片手を高く振りかぶった。

「や、やめ……っ!!」

右腕の痛みに涙を零すフィアは、その動作を絶望的な瞳で捉えていた。
彼女の腹部は、散々に蹴りつけられたトタン板のような有様だ。
そこへ、力の限り振りかぶった鋼鉄兵の一撃を見舞われれば、とても耐えしのげる道理はない。
しかし、これは戦争のシミュレーションだ。
フィアはこれまで、生き残るために相手に容赦は『しなかった』し、当然『される事もない』。
一撃は無慈悲に振り下ろされた。
地上遥か高いビルの屋上から、鉄骨が滑り落ちたような絶望感を伴って。

衝突の音は、もう硬質ではなかった。
むじゅり……という、血の通う何かが決定的に損傷した音が響いた。

「あ゛あ゛ぁああぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!」

男好きのするフィアの肢体が跳ね上がり、腹部のみを釘打ちされた裏返りの傘のようになる。
太腿が暴れるが、カーリーの両脚はガラスに突き刺さったかのように微動だにしない。
そのまま、さらに豪打の雨が降る。
むちゅり、みちゅりと肉を叩き潰す音が響き、肉感的な身体を跳ねさせる。

「ああああ゛あ゛ぁ゛っ!!!はあぁあああああぁあ゛あ゛っっ!!!」

フィアは散々に叫び、暴れていた。初めは折れた右腕で弱弱しく抵抗もしていたが、
その右腕が連打に巻き込まれて三重に折れると、両の手をガラスに横たえたまま、ただ胸を上下させて嗚咽する。
健康的に腹直筋の盛り上がっていたその腹部は、拳が叩き込まれるたびにクレーターを形成していた。
拳が引き抜かれる瞬間、その溝の淵から赤い血がかすかに吹き出ているのも視認できた。
その痛みを訴えるかのように、フィアの口からかすれた叫びが上がる。
ロニーはそれらの状況を見るうちに、膝が笑い始めていた。
強化された女兵士が殴りあう、そこに興味を覚えてぶらりと見物に来ただけだったからだ。

「お、お、おい、あれは……流石に、ま、まずいだろう……大丈夫なのか、おい!
 あの呼吸や苦しみようは、肋骨も内臓も、潰れてるんじゃないか。
 死ぬぞ、じきに壊れるぞあの様子では。いいのか、貴重な実験サンプルだろう!?」
「……おや、自分の顔に唾を吐きかけるような実験体に同情ですか?寛大ですな」

震えながら問いかけるロニーに、研究員が冷ややかに答える。
彼はバドワイザーを呷りながら試合を眺め、時おり記録紙に何事かを書き入れていた。

「別に構わんでしょう、あの娘がどうなった所で。
 たしかにゲリラの民兵にしては、ここまで十二勝と予想外の戦果を残した。
 しかし、もうデータとしては充分なのでね。
 あれは所詮プロトタイプ、これからはあの馬乗りになっている“後継機”の時代ですよ。
 カーリーこそは本当の逸材だ……ゲリラ女なぞとはモノが違う」

フィアの絶叫が音割れさえ起こしてスピーカーから鳴り響く。
彼女はもう、深紅に染まった腹部を相手の爆撃に晒しながら、口から血と吐瀉物を溢れさせるのみだった。
その視点はすでに定まらず、まるで本当の無機物のように、虚空を眺めるばかりとなっている。

「…………そろそろダメですな、あれは。
 いい加減身体にも飽きが来ましたし、手足の筋力だけを奪って、ストレス解消のサンドバックにでもしましょうか。
 どうです貴方も。筋肉の硬さは様々に変更できますし、殴った娘が悲痛な叫びを漏らす様は、色々と満たされますぞ」

研究員は記録紙をファイルに綴じながら、ロニーに向けて微笑んだ。




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