大樹のほとり

自作小説を掲載しているブログです。

その他

村の親友

※リハビリを兼ねて久々の更新。
 ネットで見かけた怖い話を元にしたフィクションです。よってホラー注意。
 元ネタは『一つの村が消えた話をする』でググると出ますが、あくまでも閲覧は自己責任でお願いします。



俺は子供の頃、相当な田舎で暮らしていた。
若い人間は皆が皆村を離れていってしまうから、村の人間の大半は中年か年寄りばかり。
子供はたった3人……俺と、柚衣と、浩太だけだ。
柚衣は神主の娘で、小さい頃からいわゆる巫女として育てられていた。
まさに利口さの塊という感じの子で、頭も良ければ行儀も良く、おまけに可愛い。
当時の俺は都会の女子の容姿なんて全く知らなかったけど、それでも柚衣の可愛さは片田舎では珍しいレベルだと漠然と感じていた。
今になって思い返しても、この認識は全く間違っていないと思う。
もう一人の幼馴染である浩太は、柚衣の真逆で豪快だった。
ガタイが良くていつも大声で笑う、ひどく頼りがいのある奴だ。
小さい頃、俺に襲い掛かってきた子イノシシ相手に取っ組み合いをし、追い払ってくれた事は今でも忘れない。
俺はいつもこの2人と一緒に勉強をしたり、川遊びをしたりして過ごしていた。

ここまでなら、山あいの田舎ではごくありふれた話だと思う。
ただ、うちの村には昔から、少し変わった祭があった。
祭は『慈心祭』と呼ばれ、毎年村全体の規模で行われる。
文字通りに読めば心を慈しむ祭、となるけど、この場合の心というのは“腹”を指すらしい。
数百年昔、この村ではひどい飢饉があったらしく、それに伴って悲劇が続発した。
それを弔い、二度と災いが起こらないように祈願するのが祭の目的らしい。
そして、この祭には二つの「禁」がある。
一つ。
慈心祭の前日である八月十四日は、神主の一族を除き、村の奥にある「深穢ヶ池」には近づいてはならない。
二つ。
慈心祭当日の八月十五日は、村人はけして村の外に出てはならず、また外の人間を村に招き入れてはならない。

俺自身、小さい頃に親から教え込まれ、この禁は絶対に破ってはならないと言われてきた。
禁の中に出てきた深穢ヶ池というのは、村に古くから伝わる池で、祭の元となった飢饉の際に悲劇の中心となった場所らしい。
柚衣の一族が代々神主として管理してきた場所こそ、この深穢ヶ池と、その周りに鬱蒼と茂る森だ。
要するに、池とその周辺はこの村の中で最も特別な場所といえる。

俺がこれから話すのは、俺達が十五歳、中学三年だった夏の話。



慈心祭も近くなってくると、村全体が独特な空気に覆われる。
親戚が集まって、酒を呑みながら延々と何か深刻な話をしているような、ああいう空気だ。
その疎外感に加え、学校が休みという開放感、そして柚衣が巫女の修業であまり遊べなくなるもどかしさ、
そういうものが合わさって、俺達は毎年調子を狂わされる。
だからこの時期は決まって、普段はしないような遊びをしたものだった。
普段は行かないような山道の探検、真夜中の肝試し。そういうスリルのある遊びを。
十五の夏、浩太がした提案も、おそらくはその延長線上だったんだろう。

「俺さ、一度やってみたい事あんだけど。聞いてくれるか?」
浩太にしては珍しく潜めた声に、俺と柚衣は一瞬顔を見合わせた。
不審、とは違う。むしろどっちかといえば期待が大きい。
こういう切り出し方をする時の浩太の話は、決まって面白いから。
当然、俺も柚衣も、「いいよ」と言葉を揃えた。
「いいか、これ誰にも言うなよ。
 ……あのよ、八月十四日の夜にさ、深穢ヶ池の裏の森に3人で行ってみねぇか」
その提案に、一瞬柚衣の表情が強張った。
柚衣は神主一族の娘だ。当然、俺以上に口酸っぱく祭の禁を言い聞かせられてきたことだろう。
「それって、でも、禁を破る事になるよ」
やや神妙な面持ちで柚衣が言う。
「そうだ。それに、そもそも無理じゃないか? 祭の前日って、森の辺りを柚衣ん家の人が見回ってるし」
俺も柚衣に続いた。
でも、そのぐらいの反論は浩太も承知だったんだろう。
「ま、当然そうなるよな。でもよ、無理って訳じゃねぇんだ。
 ゆうべ、森を覆ってる金網の一部に、こっそり穴を開けといたからよ。
 ちょうど大人の見回りの死角になるとこだから、明かりさえ点けなきゃバレっこねぇ。
 それにさ。俺、どうしても気になる噂聞いちまったんだ」
浩太は目を開かせながらそう言うと、逸る気持ちを抑えるように唾を飲み込んだ。
ここからは、そんな浩太が上ずった声で語った内容だ。

金網を越えて森を進み、池に向かう獣道からやや外れた場所に、ある祠があるらしい。
その祠は誰も起源を知らないほど古くからあり、その祠の中にある石に触れると、
「見える」ようになるという。

「そんな話、お父さんからもお母さんからも、聞いた事ない」
浩太が語り終えた後、柚衣は小さくそう呟いた。
不満か、戸惑いか。俺は柚衣の表情から、そう心境を読んだ。
でも正解は、そのどちらでもない。
「…………けど、本当だったら気になるかも」
柚衣は、僅かな好奇心を瞳に映しながら顔を上げる。
その瞳で、柚衣も俺と同じ気持ちだったんだと理解できた。
俺自身、浩太の話に興味がある。
村の仕来りを軽んじる気はないけど、やるなと言われればしたくなるのが子供だ。
産まれてから十数年、つつがなく祭が終わってきた事で、『所詮は迷信。何も起こるわけがない』と高を括る気持ちもあっただろう。
それにさっきの話によれば、池に向かう道を途中で逸れるはず。つまり、池に近づきすぎるわけじゃない。
「確かに気になるな。じゃあちょっと怖いけど、行ってみるか?」
「おお、やっぱそうなるよな! な!!」
俺が賛同すると、浩太は目を輝かせて俺の肩を掴んだ。
「んー……でも、なぁ…………」
流石に柚衣はその後また渋りはじめたものの、数十分の問答の末、最後には行くことを決める。
俺と浩太が結託して盛り上がった末に柚衣が引き摺られるのはいつものことだし、
そもそも一度でも興味を覗かせた以上、結局は行くことになったと思う。

つまり、この運命はどうやっても変わらなかったんだ。
浩太がどこからか祠の話を耳にし、俺達に打ち明けた時点で。



祭が近づくにつれ、村には徐々に人の姿が増え始めた。村から離れていた人達が帰ってきたんだ。
とはいえ、元から村にいた人数と合わせても百は超えない。
つまりはこれが、今のこの村の総人口なんだろう。
若い労働力も得て、慈心祭の準備は着々と進んでいく。
神社の参道から森へと通じる道が掃き清められ、いくつもの注連縄が運ばれ、露店の枠組みができ。
そういう光景を目にすると、ああ今年も祭の季節が来たんだなと実感する。
俺達は祭の準備を手伝いながら、さりげなく計画に支障がないかのチェックをした。
森周辺の見回りは往年通りか。金網の穴は塞がれていないか、などだ。

祭もいよいよ目前に迫ったある日、村の全員が神社に集められた。
慈心祭についての説明だ。
大半はもう聞き飽きた内容だったものの、最後に重要な知らせがあった。
神主の娘――つまり柚衣が、今年の厄払いの神楽を舞うという。
確かにこの村の巫女は代々15歳で一人前とされ、初めての舞を披露する。
今年は巫女としての修業がやけに長かったけど、こういう訳だったんだ。
「よっ、楽しみにしてるぜ!」
「あの小ちゃかった柚衣ちゃんもすっかり大人っぽくなって、こりゃいい舞が見れそうだ!!」
村の大人達はもう満面の笑みで、柚衣に向けて拍手喝采を送る。
勿論神主さんもホクホク顔だ。
「…………っ!!」
俺の傍で話を聞いていた柚衣は、顔を真っ赤にして照れていた。
正直、物凄く可愛かった。

そして迎えた八月十四日、祭の前日。
俺と浩太は昼前から柚衣の屋敷に上がっていた。
柚衣が一足先に、祭で披露する神楽を見てほしいというからだ。
代々の巫女が着けていた簪や衣装を纏い、扇や榊を手に舞う柚衣は、綺麗だった。
幼馴染をまじまじと見る機会なんて滅多にないけど、改めて見れば、柚衣は結構スタイルがいい。
舞の動きの中で不意に見える鎖骨や、袴から覗く足首、脛。
そういう部位が、思春期の心をくすぐった。
「ね、どうだった? 変じゃなかった!?」
やや息を切らせながらそう聞かれた時、俺は正直ドキッとした。
今の今まで見惚れていた美少女が、鼻に息のかかるほどの近くまで顔を寄せてきてるんだから。
「や、最高だったよ」
「ああ。フツーに感動した」
俺と浩太は笑顔で拍手した。多分どっちの言葉にも嘘はない。
そして、鼓動が早まっているのも一緒だ。同じ男だからこそ、横にいてもそれが感じ取れた。
ちなみにこの日、俺と浩太は良くない事をした。
柚衣が巫女衣装から着替えるといって奥の間に引っ込んだ後、ほんの少し開いた襖の間から、その着替えを覗き見たんだ。
普段だったらまず覗かない。散々見慣れた幼馴染の着替えなんて。
それでもこの時こういう行動に出たのは、2人共が柚衣を女の子として意識していた証拠だろう。
柚衣の指が手際よく帯を解き、赤い袴を脱ぎ捨てる。
するとショーツが丸見えになった。
上部分にレース、正面にピンクのリボンがついた可愛いショーツ。
普段穿きの物とは全然違う。多分、ハレの日用の特別品だ。
いつの間にかそんな大人びたショーツを買うようになった幼馴染を前に、俺と浩太は生唾を飲み込んだ。
意外に大きく思えたその音で覗きがバレるかと思って、俺達は顔を見合わせ、抜き足差し足その場を後にする。
2人揃って、らしくないにやけ顔を浮かべたまま。

そして、夜。
夕飯の後、俺は親に「浩太の家に忘れ物を取りにいく」と言って家を出た。
別に珍しい話じゃない。田舎の幼馴染ともなれば、お互いの家は第二の自宅みたいなものだ。
今でこそ頻度は低くなったけど、柚衣の布団の上で夜中まで遊び、そのまま3人雑魚寝、なんて事もよくやった。
そんなだから浩太の家に行くことに、親が一々反応することはない。
どうせ次の日はお祭りなんだから、そのまま泊まることがあっても不審がられはしない。
これは浩太にしても同じことだ。
唯一の問題は次の日に大役が待っている柚衣だけど、こっちはこっちで心配いらない。
何しろ柚衣は、俺達の中で一番頭がいいんだ。
悪戯を大人に見つかった時、柚衣の機転で不問になった事は一度や二度じゃない。
そんな彼女だから、何か理由をつけて数時間家を空ける事ぐらい簡単だろう。
事実、集合場所に行くと、まず柚衣が待っていて、すぐに浩太も合流した。
夏だから当たり前だけど、2人とも軽装だ。
特に柚衣の、水玉キャミソールにハーフパンツという姿は、女性として意識した後だとやけに露出が多く見える。
今まで嫌というほど見てきた生足が眩しい。
「さ、揃ったし行こっか!」
柚衣が小声で、でも興奮を抑えきれない感じで言った。
最初は流されるまま渋々ついてくるのに、いざ決行となれば一番張り切るのは相変わらずだ。
この性格を、何度『ダメ男に引っ掛かる典型』とからかったことか。
「ああ。ライト点けられんねぇから、くれぐれも足元気ィつけろよ」
浩太もいつも通りのリーダーシップを発揮し、先陣を切って歩き出す。
小さい頃から変わらない、いつも通りの3人だ。

当然、金網に辿り着くまでの道は、何人もの大人が巡回していた。
でも事前のシミュレーションは万全だし、普段から隠れる遊びをよくする事も功を奏して、難なく金網まで辿り着く。
苦戦したのは唯一、金網をくぐる時だ。急ごうとするあまり、服の背中が鉄線に引っ掛かってしまう。
それでも何とか3人とも穴を抜け、森に入った。
「まずはこのまま、獣道に出るまで真っ直ぐ行くぞ」
先頭の浩太が懐中電灯を点けながら言う。
俺は明かりを点ける事に一瞬不安を感じたものの、深い森だ、外に光が漏れることもないだろう。

どこかで山犬が遠吠えし、周囲の小枝が小動物に踏まれて音を立てる。
その上、足元には蛇や虫。
いかに山育ちとはいえ、夜の山中は愉快とは言い難かった。
特に柚衣は、森に入って間もない頃からずっと俺の袖を掴んでいる。そういう所はやっぱり女の子だ。
ほとんど密着しているから、シャンプーの匂いが直に香って、変に胸がざわついたりもする。
しかし、それにしても長い。軽く30分は歩き続けているはずだ。
いくら深い森とはいえ、30分歩いて獣道にすら出ないなんて不自然すぎる。
「なあ、まだ道に出ないのか? 方向間違えてるんじゃないか?」
俺は先頭の浩太に訊ねた。
浩太はやや息を切らしながら振り返る。
「や、方角は合ってる筈なんだ。ちゃんと方位磁針で見てっからさ」
「でも、流石に長すぎるだろ」
「だよね。けど、今から変に帰ろうとしても余計迷うだけだよ。
 どこかの道に出るまで、このまま歩いてみるしかないんじゃない?」
3人で話し合い、結局はもう少し歩いてみようという事になった。
それから、数分後。
ある時、急に茂みが薄くなり、そこを抜けるとあっけなく獣道に出る。
「出たっ!」
「おー。なんだ、後ちょっとだったんだ!」
「よかったぁ!!」
救いを得たというような浩太の声に続き、俺と柚衣も歓声を上げる。
いわばようやくスタートラインに立ったようなものなのに、この時は茂みから抜けた事が嬉しくて仕方なかった。

獣道にさえ辿り着けば、後は池に向かう道を途中で曲がるだけ。
俺達はそう気分を軽くして歩を進めた。ただ、ここでようやく致命的な事が発覚する。
なんと俺達の誰一人として、深穢ヶ池の正確な位置を知らなかったんだ。
「なぁ、柚衣。池ってどっちだ?」
「えっ……。浩ちゃん、道知らないの?」
浩太に道を訊かれた柚衣が、逆に浩太に尋ね返した。
「お、おお。てっきり柚衣が知ってると思ってよ。だってホラ、ここらってお前ん家の管轄だし……」
「そりゃ管理はしてるけど、あくまで外から見守るのがうちの仕事で、池まで行くわけじゃないもん。
 お父さんなら、行った事あるかもしれないけど…………」
そう。おかしなことに、3人の誰もが池の場所を知らなかった。
禁を恐れずという感じで冒険してる俺達だけど、きっと心のどこかで、池の存在をタブー視する部分があったんだ。
だから入念な確認をしなかった。そう納得するしかない。
今思えば、こんな重要な事を前もって確認していない時点で、すでに何かがおかしかったんだろうけど。

進むべき方向も解らず、ただ道なりに獣道を進むうち、俺達はある事に気がついた。
「なぁ、何か静かすぎねぇか?」
「確かに」
さっきまで煩いほど繰り返されていた遠吠えや獣の声が、全くしなくなっている。
そして、俺の斜め後ろを歩く柚衣にも元気がない。
「どうした、柚衣。疲れたか?」
俺が訊ねると、柚衣は小さく首を振った。
「…………なんか、寒い」
なるほど、確かに夏とはいえ夜の山は冷える。キャミソール姿の柚衣は寒いだろう。
俺はそう思って、着ているシャツをたくし上げようとした。するとその腕を、柚衣の手が掴む。
「いい、違うの。肌寒いんじゃなくて、もっと別の……心に直接来るような寒気なの」
青ざめた表情でそう語る柚衣の顔を、俺も、浩太も、しばし黙って見つめた。
確かに、嫌な感じはさっきからしている。
言葉にこそ出さなかったものの、獣の声が聞こえなくなったのも、生き物の存在しない世界に迷い込んだようだと思っていた。
そこへ来ての、柚衣のこの言葉。
巫女として育てられただけに、俺より霊感が強いのかもしれない。この一帯には、何かあるのかもしれない。
「あ、でも、大丈夫。歩けるから。ここで止まっててもしょうがないし、行ける所まで行こ?」
固まる俺達に配慮したのか、柚衣はぎこちなく口元を吊り上げて言う。
ここ一番のウソが上手い柚衣なのに、この時の無理は見え見えだった。
でも今は、その無理に甘えるしかない。
「悪ィ」
前を向き直しながら、浩太が呟いた。
こんなに肩を落とす浩太を見るのも初めてだ。いつだって自信満々で、大人に説教されている時でさえ真正面に胸を張る悪童ぶりなのに。
「行こう。こうやって地に足つけて登ってけば、そのうち絶対見慣れた所に出るって!」
俺は自分に言い聞かせるように叫ぶ。
いくら不気味な空間だろうと、靴で踏む土の感触は間違いなく現実なんだ。
その現実が続いた先には、見慣れた村の地面があるはずなんだ。
俺のその思いが励みになったかは解らないけど、ほんの少し2人の雰囲気が柔らかくなる。
「……ははっ、そりゃそうだ。所詮はクソ狭い日本の山ン中なんだもんな!」
「そうそう。案外もう、麓の方まで来てるかも!」
「あはは、なんか変なの。去年やった肝試しより、今年のがよっぽど肝試しっぽいよ」
「へー。去年のって、漏らしたアレよりか?」
「だから、漏らしてないし! あれ、上から水が垂れてきただけなんだってば!」
恐怖を紛らわせるために絶えず喋りながら、俺達はさらに歩き続けた。

そして、数分後。
「ん?」
先頭を歩く浩太が、何かに気付いたような声を上げた。
「どうした?」
俺が訊くと、浩太は前を指差した。
「何か小屋あるぞ。ちっとあそこで休んでかねぇか?」
浩太が指す方を見ると、確かに草木に覆われた小屋らしきものが見える。
不思議とその時は、そこに小屋がある事に違和感を覚えなかった。
「そだな。柚衣も疲れてそうだし、ちょっと休もう」
俺が言うと、浩太は小屋へ近づいて扉に手を掛けた。
鍵は掛かっていないらしく、扉は耳障りな軋みを上げながら開いていく。
まず浩太が中に入り、俺と柚衣もそれに続いた。この間、柚衣はなぜか一言も発さなかった。

小屋は薄暗いものの、朽ちた壁から漏れる月明かりでかろうじて中が見渡せる。
中は荒れ果てていた。床板は所々抜け、ボロボロの籠や包丁なんかが散乱していて、何より匂いがひどい。
粘土を顔に押し付けられたような、粘りのある異臭。長いこと嗅いでいるとえづきそうだ。
「んだこれ、キノコでも生えてんのか? くっせぇな……」
浩太は俺と同じ感想を漏らしながら、入口近くを物色していた。
俺もそれに倣って、小屋の中を見て回ることにする。
中は外観以上に広く、ちょっとした田舎の一軒家ぐらいはあるように思えた。
物が散乱する土間付近から角を曲がると、異臭がより強くなる。
俺は妙にその異臭が気になり、突き当たりの扉に手をかけた。
すると、背筋に嫌な感じが走る。一瞬体が強張るものの、好奇心に負けて扉を開いてしまう。
中は汲み取り式の便所だった。思った通り、異臭の発生源もここらしい。
正直俺は、なんだ、と思った。異臭も元が解れば興味も沸かない。
そして俺が便所から出ようとした、その瞬間。

「アア……アアア…………ァアァァ゛ア゛」

異様な声が背後から聞こえた。
まるで首を絞められた人間が、今際の声を絞り出しているような声。
それを耳にした瞬間、俺は声の主がこの世のものではない事を直感で理解した。
足が竦んで動かない。かといって、振り返るなんてとても出来ない。
何かの気配がすぐ後ろに迫っているのが解る。もうダメだ、と俺は観念しかけた。
「おい、何やってんだ!?」
浩太の声が響き渡ったのはその時だ。
その声が鼓膜を震わせたと同時に、後ろの声も消えた。
俺は走り寄ってきた浩太に腕を引かれ、便所から引きずり出される。
同時に浩太は足で思い切り扉を閉めた。
「おい、大丈夫か? 何なんだよお前ら2人して。
 お前は便所で漏らしながら突っ立ってっし、柚衣も何か変だしよぉ!!」
浩太のその言葉で、俺は自分が失禁している事に気がついた。
俺は今見たことを浩太に話す。浩太は訝しそうな顔をしつつも、とりあえずここ出た方が良さそうだな、と呟いた。
小屋を出ようと入口近くまで戻るものの、柚衣の姿が見当たらない。
「あれ、柚衣は?」
「ん? そこに……って、あれ、居ねえ」
浩太が入り口近くの茣蓙を見て眉を顰めた瞬間、少し離れた場所で床の軋む音がした。
さっきの便所側とはまた別の方向だ。
「あいつ、具合悪そうなくせに何フラフラしてんだ?」
浩太が様子を見に向かい、そのまま足を止める。
「何止まってるんだよ」
俺は浩太の横に並び、同じく立ち尽くした。
通路の先にあったのは、金属でできたボロボロの扉。
赤錆に覆われた扉の縁は、数十ものお札でびっちりと隙間なく閉じられている。
扉の両端には盛り塩がなされ、その塩は真っ黒に変色してもいた。
どう見てもやばい。
「…………まさか…………柚衣のやつ、この先に行ったのか?」
浩太が強張った声で言う。
動揺するのも解る。あの利口な柚衣が、軽々しくこんな場所に入るとは思えない。
でも、状況からいってそうとしか考えられないのも事実だ。
さっきの足音はこっちから聞こえた。
そしてその先にある扉は、ちょうど淵に沿ってお札が破れ、明らかに開けられた跡がある。
「やばい。やばいって。ここはやばい」
浩太は歯を打ち鳴らしながら、狂ったように呟き始めた。彼がここまで錯乱するのは初めてだ。
「落ち着け。たぶん柚衣はここにいるんだ、行くしかないだろ!!」
俺は浩太の肩を掴んで叫ぶ。
するとその叫びで正気を取り戻したのか、浩太は何度か強く瞬きした。
そして自分を鼓舞するように頬を叩き、力強く前へ踏み出す。
「っし、いくぞ!」
そう叫ぶと同時に、浩太は思い切り扉を蹴飛ばした。
反動でよろめき、尻餅をつく浩太。その横では扉が綺麗に開き、中が覗く。
果たして、そこに柚衣はいた。ただ、様子がおかしい。
じっとこっちを見つめたまま、両腕を真横に上げている。
「柚衣!!!」
咄嗟に駆け寄ろうとした瞬間、柚衣の背後から何か黒い影のようなものが現れた。
さっきの声の主だ。まず肌がそう理解する。
形は大人の男に近い。けれどもその赤く濁った眼は、絶対にまともな人間のそれじゃない。

「アアァア……アアア゛ア゛…………ァアアア゛ア゛………………」

首を絞められたような呻き上げながら、影はゆっくりとこっちに迫ってくる。
尻餅をついていた浩太が跳ねるように起き、走り出した。
「逃げろ!!」
「でも、ゆ、柚衣がまだいるんだぞ!!!」
浩太の叫びに、反射的に叫び返す。その瞬間、黒い影の一部が俺の頭を覆った。
「ぐぅいおおあぁぁおああっ!!!!」
俺はこのとき、自分が何と叫んだのか解らない。声になっていたのかも解らない。
ただ感じたのは、このままこの黒い影と接触しているとやばいという事。
ただの一瞬で、俺の顔からはあらゆるものが噴き出した。
汗、涙、鼻水、鼻血、そして異常なほどの涎。
それを知覚した瞬間、情けないことに、俺の身体は無意識に逃避行動に移っていた。
柚衣から離れる方向に走っていた。
これはもう理屈じゃない。死の危機に瀕しての反射だ。
浩太もそんな俺を見て、いよいよ血相を変えて逃げ始める。
「うわああああああっ!!!」
俺と浩太は入口の方へ逃げながら、落ちている物を手当たり次第に影に向かって投げつけた。
すのこに、茣蓙に、何かの破片、そして包丁。でも影はそれらをすり抜けながら近づいてくる。
俺と浩太は影に追い立てられるようにして、ドアを蹴り開けて外に出た。
そして、地面に足をつけた瞬間。

「きゃああああああぁぁっっ!!!」

金切り声のような柚衣の悲鳴が響き渡る。
「柚衣!?」
「くそっ、くそおおぉぉっ!!!」
悲鳴を聞いて小屋へ戻ろうとするものの、黒い何かは相変わらず迫ってきている。
結局俺達は、そのまま小屋に背を向けて逃げ出した。
獣道を半狂乱で駆け下って、何度も転んだ。どこをどう走ったのか、正直全く覚えていない。
その末にようやく見覚えのある破れた金網の所まで辿り着き、外の大人に助けを求めた。
巡回役の大人達は、俺達の状況からおおよそを察したらしく、すぐに俺達を神社の本殿へと運び込んだ。

本殿には俺と浩太の両親、そして柚衣の親族が集められ、異様な雰囲気だったのを覚えている。
「まずはお前達に憑いたものを祓う、つらかろうが覚悟しておけ!」
神主さん……つまり柚衣の親父さんがそう一喝し、俺と浩太に酒や酢を飲ませた。
次に身体中に塩をかけ、何度も背中を思い切り叩かれる。
正直、折檻されているのではと思えるほど辛かった。
穢れ祓いが一通り済むと、俺達は村の皆に睨まれながら、森で何をしていたのかを話した。
話が進むにつれ、俺や浩太の親、そして柚衣のお母さんの嗚咽が聞こえ始め、居たたまれなかった。
俺達がすべてを話し終えると、神主さんは深く息を吐く。
そしてしばらく押し黙った後、静かに口を開いた。
そこから神主さんに聞かされた話は、俄かには信じがたいようなものだった。

まず、俺達が辿り着いたあの小屋。あれは、村の古い伝承に出てくるような代物らしい。
噂自体は何代も前から語り伝えられていて、村の大人にも子供の頃にその小屋を探そうとした者はいた。
ただこの小屋、確かに実在はするものの、小屋自体から『招かれ』なければ辿り着けないんだそうだ。
逆に小屋に招かれたものは、他の目的があっても無意識に小屋に吸い寄せられてしまう。
俺達がどうやっても深穢ヶ池や祠に辿り着けなかったのはこのせいだ。
そして、あの小屋にいた影の正体。
あれは元を辿れば、百年以上前にこの村に住んでいた男らしい。
大飢饉が村を襲った時、村人が血眼になって作物を探す中で、そいつはどさくさに紛れて村の女をあの小屋に監禁した。
そしてそこで女を繰り返し強姦した挙句、奴隷のような状態にしたという。
やがて女が消耗して死ぬと、飢えていた男はその女を解体して食べた。
この時に人肉の美味さを知った男は、それからも次々と村の女を小屋に連れ込み、弄んだ挙句に貪り食ったそうだ。
こうして村には若い女がいなくなり、先の飢饉も合わさって、村の人口は減る一方になった。
でもある時、この男の凶行が攫われた女の許婚によって突き止められ、男は小屋の中で私刑の末に殺された。
両目を抉り出され、体中が黒く鬱血するまで殴打され、ついには縊り殺されたその男の末期は無惨なものだった。
そうして男が息絶えたのが、八月十四日の深夜から、八月十五日の明朝にかけてのことだそうだ。
男は間違いなく絶命したが、その怨念は更なる欲を満たすためか、現世への恨みからか、その後も悪霊として度々村に姿を表した。
そこで村人は、小屋の一室に封印を施し、小屋のある山一帯を神主の管轄とした。
そして特に因縁の深い八月十四日から十五日にかけては、鎮魂の祭を行いつつ、けして森に近づかないよう禁を定めた。
実のところ、深穢ヶ池は事件の被害者の骨を水葬にしただけの場所で、いわば小屋の存在を隠すためのブラフなのだという。

おおまかにはこんな所だ。ただ、細かい部分は覚えていない。
俺はこの話を聞いている最中、猛烈な気分の悪さに襲われて、そのまま気絶するように意識を失ったからだ。
後で聞いた話では、俺は四〇度近い高熱を三日三晩出し続け、生死の境を彷徨ったんだそうだ。
頭痛もひどく、その痛む場所は、ちょうどあの黒い影に触れられた場所だった。
このまま死ぬかもしれない、という恐怖は正直あった。でも同時に、柚衣の事が心配で堪らなかった。
柚衣はあの異臭立ち込める小屋の中、黒い影と今も一緒にいるんだろう。
ほんの一瞬触れただけで生死の境を彷徨わせるようなあれに囚われて、どうなってしまっているんだろう。
そう考えれば、いつまでも半死半生ではいられない。
正直、俺が4日目にはっきりと意識を取り戻したのは、その気持ちがあったからじゃないかと思う。

俺の意識が戻ると、神主さんが俺と浩太を呼びつけた。
本来、禁を破った俺と浩太の家族は村を追放される所だが、今回それは大目に見る。
その代わり、もう一度あの小屋に赴き、娘――柚衣を助け出して欲しい。
柚衣がまだ生きているという保証はどこにもないが、もし助けられるとすれば、小屋に呼ばれた俺達しかいない。
話の内容はこうだった。
正直、願ってもない話だ。俺達にとっても柚衣はかけがえのない幼馴染なんだから。
俺と浩太がやる意思を伝えると、神主さんは清めの塩を俺達に手渡した。
「もし柚衣の傍にあの黒い影が現れたなら、『ヤァタ』と真言を唱えるといい。一瞬怯ませる効果はあるだろう」
神主さんの言葉に、俺達は強く返事をした。
山の入口まで連れ添われ、そこからは俺と浩太だけで獣道へ向かう。
この時、俺の母親が堰を切ったように泣き出した。このまま村を追放でもいい、息子を危ない場所に行かせないでくれ、と。
村の大人からは詰りの言葉が飛んだけど、母親としては当然の感情なんだろう。
実際、生きて帰れる保障はないんだから。
でも、行かないわけにはいかなかった。俺達が行かない限り、柚衣が帰ってくる事はないんだから。

道のない道をしばらく行くと、獣道に辿り着く。
そして更に歩き続けると、やがて動物の声が全くしなくなる。あの時と同じように。
「…………やっぱ、お前とじゃないとダメなんだな」
獣の声が止んだ瞬間、それまで押し黙って前を歩いていた浩太が呟いた。
「どういう事だ?」
「俺さ、いっぺん山入ったんだ、お前がまだ熱出して寝込んでる時。
 今日と同じように、入口まで神主さんに付き添って貰ってさ。でも、そん時は小屋に行けなかった。
 普通に深穢ヶ池に着いちまったんだ。拍子抜けするくらい、すげぇ近かったよ」
そう言ってまた、浩太は押し黙る。
沈黙は重苦しい。けど、何と答えたらいいのか解らない。
「そろそろだな」
「ああ」
三日前の感覚を元に、俺達は獣道を抜けた。あの夜の小屋が姿を表す。
改めて見ると不気味だ。普通の感覚なら入ろうなんて思わない。
やっぱりあの夜は、この小屋に呼ばれてたんだろう。
「いいか、作戦決めとくぞ。入ったらまず、俺があのバケモンを引きつける。その間にお前は柚衣探せ。
 見つけたら、即抱えて逃げろ」
「なっ……!!」
俺は言葉を詰まらせた。これじゃ、あまりに浩太のリスクが大きすぎる。
そう反論すると、浩太はそれまで見せたことのないような荒々しい表情を作った。
「馬鹿、当たり前だろ。元々こんな馬鹿話持ちかけて、お前ら巻き込んだのは俺だろうが。
 村じゃ2人纏めて怒られたけどよ、どう考えても俺が一番悪ィだろ。
 だから、ヤバイ役は俺がやる。大体お前、あのバケモン相手にヤれんのか!?」
浩太にこう凄まれると、二の句が継げない。
覚悟が凄いんだ。何を言っても引かないという意思が、その目にはっきりと刻まれてる。
こういう時の浩太には、どんな交渉も効かない。俺は、それを誰よりよく知っている。
「……………………わかった」
俺は短く応えた。
「っし、行くぞ!!」
浩太は唸る様に言うと、荒々しく小屋の扉を蹴り開ける。
左右を睨みながら素早く中に入り込んだ浩太に続き、俺も小屋の中に足を踏み入れた。
小屋の中は俺達が抵抗した時のままで、何かの破片や包丁が壁際に散乱している。
あの黒い影の姿はない。
俺達は静かに進み、例の札の貼られた扉の前で止まった。
行くぞ、と浩太が顎で合図し、思いっきり扉を蹴り破る。
「柚衣!!」
俺達2人は同時に叫びながら、部屋に転がり込んだ。
部屋の中には…………柚衣がいた。
丸裸のまま、両手首を天井から吊るした縄で縛られ、足も同じく縄で床に固定されて。
「柚衣っ!!!」
俺はもう一度叫んだ。
「………………ん………………」
柚衣が薄く目を開く。生きている。
俺達はすぐに柚衣の駆け寄った。幼馴染の裸を直に見ていても、性的な気持ちは全く沸かない。
それよりも、ただ単純に、柚衣が生きていた事が嬉しかった。
俺は万が一のために用意したナイフをポケットから取り出し、柚衣の手首を縛る縄を切りに掛かる。
ただこの縄、汗を吸っているのか変に滑って切りにくい。かといって思いっきりナイフを引くと、柚衣の手首を傷つけかねない。
何度も姿勢を変えながら悪戦苦闘する。
両足のポジションを変えるたび、靴で変なものを踏んでしまって気色悪い。
滑りやすい透明な汁、ニチャニチャと靴底にくっつく液……。
多分、床が所々腐って湿っているせいだろう。
何とか手首の縄を切った所で、俺は一瞬ぎょっとした。
柚衣の手首周りが、ナイフで切り裂いてしまったかと思えるほど真っ赤になっていたからだ。
どんな縛られ方をすれば、これほどくっきりと縄の痕が残るんだ。

 ――女を奴隷のように弄び――

神主から聞かされた男の所業が頭を過ぎる。でも、いや、まさか。まさか。
柚衣はただ裸に剥かれて、縛られているだけじゃないか。こんなのはただの儀式なんだ。
そう考えながら、俺は柚衣の足首を縛る縄に取り掛かる。
今度は手首に比べれば大分やりやすい。それでもある程度時間が掛かりそうだ。
俺が必死に縄を切ろうとしていると、突然柚衣が足をばたつかせ始めた。
縄が食い込んだりして痛いのかと思ったけど、どうやらそうじゃない。
柚衣の目は、部屋の遠くの一点を凝視して怯えている。
「やめ、てっ…………はや…………にげ、て………………。
 …………あ、アイツが…………アイツが、くるっ………………!!!」
アイツ。その言葉が何を指すのかは明らかだった。
「貸せっ!!」
部屋を見張っていた浩太が叫び、俺からナイフを奪って素早く縄にこすり付ける。
力が強いせいか縄はあっけなく切れる。それと同時に、俺の頭上で“あの声”が響き始めた。
「アァ……アアア゛ア゛…………ァアア゛ア゛…………」
拷問の果てに縊り殺される人間の断末魔。見上げなくても解る、あの黒い影だ。
「ヤァタ!!」
浩太はすかさず神主さんに教わった真言を唱える。一瞬、俺の頭上で影が止まったようだ。
そう感じた瞬間、俺は柚衣の手を引いて部屋から駆け出した。
とにかく早く外へ。俺達が逃げ遂せないと、浩太だって逃げられない。
無我夢中で走り、小屋の扉を肩から当たって押し開ける。
背後では、浩太が真言を唱えながら清めの塩をばら撒いて応戦している。
ただ、それで影が怯む様子はもうない。
「あがあがうぅううああおおあっ!!!」
俺達が小屋からまろび出た直後、浩太の絶叫が響いた。俺があの黒い影に触られた時と同じような声だ。
振り返りたかったが、そんな事をしては意味がない。
俺は獣道をひた走った。途中、浩太も小屋の扉を開けて飛び出してきたのが解った。
浩太も俺を追うようにして獣道を下っている。ただし、あの黒い影も一緒に。
浩太は影に上半身を覆われながら、何かを叫び続けていた。
正直、何を叫んでいるのか解らない。人間の発する声ではないように思える。
そしてその声は、黒い影の発する奇声と一体となって、俺達のすぐ近くにまで迫ってきていた。
村まではあと少しのはずなのに。
「ヤァタ!!」
俺は無我夢中で真言を叫んだ。一度じゃなく、二度も、三度も。それでも影は止まらない。
そして、とうとう声が首筋にまで迫り、追いつかれると覚悟した時。
「ヤァタッ!!!」
驚くほどの大声で、柚衣が真言を叫んだ。その瞬間、黒い影が千切れるように浩太から離れ、地面に落ちる。
効いたのか。女性の、柚衣の唱える真言なら効くのか。
禍々しい気配は変わらないものの、黒い影の追い足は今、明らかに弱まっている。
「浩太っ!!」
俺は背後を振り返り、絶句した。
浩太は、数日前の俺とは比較にならないほどひどい有様になっていた。
顔中からあらゆる体液を噴出すのは勿論、その毒々しく赤らんだ目は、あの影にそっくりだ。
俺の一瞬の接触とは違い、何度も、何度もあの影を足止めしたせいか。
「だ、だい、じょうぶだ…………さきにいへ……い、そげ…………!!」
浩太は泥酔するような状態ながらも、俺の後を追って獣道を駆け下りてくる。
柚衣も繋いだ手の先で、脚の痛みに耐えながら必死についてきている。
そしてそのまま走り続け、俺達はついに、神主さん達の待つ森の入口に辿り着いた。



村へ帰った俺と柚衣、浩太は、神社の本殿へと通され、身の穢れを祓うための禊を受けさせられた。
受けた穢れの重さが違うため、当然禊も一人一人違う。
俺は今回ほとんど穢れを受けなかったため、背中にお札を貼られ、全身に塩を浴びせられる程度で済んだ。
ところが、これが柚衣となると訳が違う。
柚衣はまず神主の親族十数人が大声で真言を唱える中で、延々と体内を清められた。
全裸に白装束だけを着た状態で、清めの水や酒、酢を延々と飲まされる。
ある程度飲ませると、女の人が柚衣の喉の奥に指を突っ込んで、胃の中の物を完全に吐き戻させる。
これを延々と繰り返すんだ。
細い両腕をそれぞれ大人の男に抱えられ、身動きを封じられたまま喉奥を弄繰り回され、
聞くに堪えないようなえづき声を上げながら嘔吐する。
この繰り返しははっきり言って、傍目には拷問にしか映らなかった。
他にも滝行やら、男子禁制の社での儀式やら、色々とやらされていたようだ。
そして浩太に至っては、それよりもさらに高度な穢れ祓いが課せられるらしい。
しばらくは会う事さえ禁じられているから、実際どういう内容なのかはまったく解らない。
でも、なるべく苦しい方法でない事を祈るばかりだ。
俺達を庇った事が原因でさらに苦しむなんて、親友にしてほしくない。

清めが終わった後、俺は神主さんに呼ばれ、柚衣の事について教えてもらった。
薄々解っていた事だが、神主さんは人間の穢れた部分が目に見えて解るらしい。
その神主さんが禊の中で見た限り、柚衣の穢れは身体の至る所――つまりは、『あそこ』の中にさえ存在したという。
「恐らくあの子は、小屋に監禁されると同時に、強姦に近い行為を何度もさせられていたんだ」
神主さんは、怒りに手を震わせながらそう語った。
俺は、この一言に頭を殴られたような衝撃を受けた。
勿論、まったく考えなかったわけじゃない。柚衣が裸で縛られているのを見た時点で、“そういうこと”の可能性は脳裏にあった。
でも、まさかあの柚衣が。そう思って、頑なに認めずにいたんだ。
「…………何で、その話を俺に?」
しばらくの沈黙の後、俺はどうしても気になってそう訊ねた。
すると神主さんは、どこか遠くを見るような目をした後、その瞳を俺に下ろす。
「いずれ、君が柚衣を支えることになるからだ。
 その時は、どうか柚衣の身を第一に案じ、幸せにする決断をしてくれ。今度こそ、ね」
真っ直ぐ俺を見つめて発される神主さんの言葉は。
そこには、この人なら先の何かが見えているのかもしれない……そういう説得力があった。



結局、この年の慈心祭は俺達のせいで取りやめとなり、村の人から微妙に監視されながら日々を送った。
あまり外で遊ばない方が良さそうだったので、この間は3人でトランプなどをしているばかりだった。
禊が効いたのか、柚衣も浩太もいつも通りだ。特に浩太は心配だったけど、特に変なところはない。
俺は、いつも通りの日常が戻ってきた事が素直に嬉しかった。
ただ、何もかもが前の通り、ってわけじゃない。

 ――小屋に監禁されると同時に、強姦に近い行為を何度もさせられていたんだ

神主さんの言葉を思い出す。
目の前には、夏服から覗く柚衣の膝小僧が見える。
夏の日差しの下で毎日駆け回ってるのがウソみたいな白い膝。
白――白。
そうだ。あの時は夢中だったからほとんど意識してなかったけど、俺は小屋に突入した時、柚衣の裸を見てるんだ。
「!!」
俺はこの時、ヤバイ感覚を感じて座りなおした。
「どしたの?」
柚衣が澄んだ瞳で見てくる。何も知らないという風だ。
「いや、ち、ちょっとトイレ…………」
俺は半笑いになりつつ、なるべく柚衣達に正対しないように立ち上がって廊下へ出た。
部屋の明かりが漏れる廊下に出た瞬間、柚衣と浩太の笑い声が聴こえてくる。
どうやらバレなかったみたいだ。俺が、勃起していることは。
トイレに入ってパンツを下ろすと、たちまち硬くなった物が弾け出た。
痛いぐらいガチガチに勃起してる。
もしあのまま妄想を続けてたら、きっとパンツの盛り上がりで柚衣にも知られていただろう。
柚衣。
柚衣の、ハダカ。
縛られた柚衣を見つけた時の光景は、その時の嬉しさのせいか、はっきりと網膜に焼きついてしまっている。
柚衣の胸は結構あった。なんとか手の平に乗せて持ち上げられるくらいには。
これまで柚衣を女として見ることなんてなかったから、まずそれが衝撃的だった。
あそこの毛も薄くだけど生えていた。
俺自身も生えているから何も不思議ではないんだけど、女の子の毛は妙にいやらしくみえた。
そして、肌。
柚衣はボロ小屋に監禁されていただけあって、肩とか背中とか足とか、全身が薄汚れてたんだけど、
それでも元の肌が綺麗なのははっきりわかった。
正直、エロかった。ものすごく。
そんな柚衣が………………犯されたのか。
あの粘土みたいな異臭のする小屋で、赤い目のバケモノに。
そう思うと居たたまれない。でも同時に、俺は相も変わらず勃起していた。
俺は、改めて自分がクズだと思った。

あの時の事は覚えてない。柚衣は俺達にそう言った。
俺達がちょうど小屋を見つけた辺りから、助け出される前後までの記憶がすっかり抜け落ちていると。
それが本当なら、まだ救いがある。嫌な記憶なんてないに越したことはない。
でも本当かは解らない。だって柚衣は、ここ一番のウソが上手いから。
実は全部覚えていて、俺達や家族に変な気を使わせないようにと黙っているだけかもしれない。
いずれにせよ、当事者の柚衣が言わない限り、何が起こったかは永遠に闇の中だ。
その、はずだった。



夢を見ている。
なんとなく、最初からそれが解った。
あの事件から何日かは、疲れすぎてたせいか全く夢を見なかったから、本当に久しぶりだ。
そんな分析ができるほどの冷静ささえあった。
窓のない部屋の中なのか、辺りは暗い。それでも目を慣らすまでもなく、壁が木で出来ていることが見て取れる。
さすがは夢の中、都合がいいことだ。
そんな事を思いながら、さらに部屋の中を見回して、俺は凍りついた。

柚衣がいる。
水玉のキャミソールに、ハーフパンツ。あの事件があった日の格好のままだ。
「柚衣!!」
俺は声を出そうとしたが、上手くいかない。掠れた息が喉から出るだけだ。
柚衣は俺には全く気付かないのか、こっちに身体の横側を見せる形で立ち尽くしていた。
腕を横に上げたまま。
それに気付いた瞬間、俺の背筋をゾクッと冷たいものが走る。
その不自然なポーズには見覚えがあった。
いきなり姿を消した柚衣を、お札の部屋で見つけた時の格好だ。
「柚衣!柚衣!何してるんだよ、おいっ!!」
俺は堪らず叫ぶ。柚衣がその格好を取っているのはまずい。なぜかそう確信していた。
でも柚衣は気付かない。
そうこうしているうちに、俺の恐れていた事が起こり始める。

『アアァア……アアア゛ア゛…………ァアアア゛ア゛………………』

忘れられない。忘れられるわけがない。
あの首を絞められたような声が、部屋のどこかから聴こえてくる。
その声を耳にした瞬間、俺は完全に固まってしまった。
もう声も出ない。出したくない。これが夢だって事は解ってる。でも、夢の中だろうと怖いものは怖い。
しばらくあの奇声が続いた後、柚衣のすぐ横にあの黒い影が姿を表した。
薄暗い部屋の中でもはっきりと見える。
火事の時に充満する真っ黒い煙が、人型に留まっているような感じだ。
そして相変わらず、目に当たる部分だけは異様に赤く光っている。
改めて見ても寒気が止まらない。これが元人間なんてとても信じられない。
性質の悪い強姦魔の成れの果て。それが柚衣の傍にいる。
『逃げろ、柚衣!』
そう叫びたかったけど、やはり声は出なかった。
「………………」
影に真横まで近づかれても、柚衣は何も反応を示さない。
ただ虚ろな様子で、正面にある扉の方を見ているだけだ。
まるでマネキンのようなその顔は、黒い影とはまた種類の違う不気味さがあった。
黒い影は人型を保ったまま、腕らしき部分でその柚衣に触れる。
俺は思わず息を呑んだ。
影の一部が柚衣の胸の辺りを往復し、それにあわせてキャミソールに皺が寄る。
胸を揉んでるんだ。やっぱりあのバケモノには、女を強姦しまくっていた頃の記憶が残っているらしい。
そのうち、胸を揉む方とは逆の腕が、柚衣の下腹を通ってハーフパンツの中に入り込む。
ハーフパンツのボタンが凄い力が加わったように弾け飛び、膨らんだショーツが覗く。
上部分にレース、正面にピンクのリボンがついた可愛いショーツ。
見覚えがある。間違いなく、あの日柚衣が穿いていたものだ。そこにバケモノの手が入り込んでいる。
性的な知識がろくにない俺でも、柚衣のあそこに触っているんだとわかった。
そのまま、どのくらい経っただろう。ほんの数十秒ほどかもしれないし、もっとかもしれない。
「!!」
それまでされるがままだった柚衣が、ある瞬間に、いきなり目を見開いた。
そして自分に纏わりつく影を見て、顔を強張らせる。
俺が知る柚衣らしい反応だ。

「きゃああああああぁぁっっ!!!」

金切り声のような悲鳴。これには聞き覚えがある。俺達が小屋から逃げ出した時、後ろから聞こえてきた悲鳴だ。

俺はここで目を覚ました。薄い掛け布団を跳ね飛ばした身体には、ぐっしょりと汗を掻いていた。
悪い夢にもほどがある。
最後の悲鳴には確かに聞き覚えがあるけど、聞こえた状況が違う。
あれは俺達がいなくなった柚衣を見つけた後、黒い影に追われながら耳にしたものだ。
柚衣が黒い影に襲われる中で発したなら、状況が矛盾する。
でも単なる気のせいで片付けるには、あまりにもリアルだった。
あれは、本当に柚衣の声なんだろうか。俺はその日の昼に柚衣と遊んだ時も、延々とそれを考えていた。
なんか変だよ、と言われたけど、考えずにはいられない。
あの悲鳴と、柚衣の喋り声。やっぱり似ている気がする。何だかモヤモヤする。
今思えば、浩太も何か思うところがあったのか、この日はいつもより妙に口数が少なかった。

そして俺は、この日から毎晩、黒いバケモノと柚衣の夢を見るようになる。


薄暗い部屋。
そこにいる事がわかった時点で、俺はあの夢の続きなんだと直感的に理解した。
部屋の中央に柚衣とバケモノの姿がある。
柚衣は震えながら後ずさり、バケモノと距離を取ろうとしているらしかった。
でもすぐに壁にぶち当たる。
影は揺れるような動きで柚衣に迫り、輪郭の定まらない腕で掴み掛かる。
柚衣の着ていた水玉のキャミソールは、一瞬にして引き裂かれた。
信じられない力だ。改めて、バケモノがこの世のものでないことを認識させられる。
「ひ、ひぃっ…………」
柚衣は可愛そうなぐらい怯えきって、零れ出た胸を手で隠した。
でも影はその柚衣にさらに襲い掛かり、ハーフパンツさえ奪いに掛かる。
ボタンが弾け跳んでいるから、柚衣がいくら内股気味に抵抗しても、脱がされるのはあっという間だった。
「やめっ、やめてぇっっ!!」
その声が聞こえた時には、ショーツさえ膝下までずり下ろされてしまっている。
俺はもう居てもたってもいられず、後ろから影に飛びつこうとした。
でも金縛りというやつか、柚衣達とは逆側の壁際に座り込む状態のまま、指一本さえ動かせない。
その代わり意識だけはハッキリしていて、暗がりの中での視力も、衣擦れの音を聞く聴力も、普段以上に鋭い。
まるで、目の前の情報をムリヤリ脳へ伝えられてるみたいに。

「いやーっ、いやーーっっ!!」
柚衣は尻餅をついた状態で、必死に影に抵抗していた。
でも暴れているのは腰から上だけで、影の手に掴まれている足はピクリとも動かせていない。
影はそんな柚衣に大きく足を開かせ、腰を近づけていく。
俺は、ヤラれるんだ、と絶望的な気持ちでそれを見つめていた。
黒い影と柚衣の体が密着する。見た目には裸の柚衣が煙に包まれているみたいだ。
そして直後、いきなり柚衣の右脚が大きく跳ね上がった。
「痛い!!」
柚衣は叫びながら、両足の裏で床を蹴ったり、影の肩の辺りを引っ掻いたりしながら暴れ始める。
柚衣は処女だったんだ。だから破瓜の痛みで叫んだ。
でも当時の俺にそんな知識がなかったから、あそこが裂けたんじゃ、と思ってハラハラしていた。
影は腕で柚衣の膝下を押さえつけるようにしながら、さらに腰を打ちつけていく。
「いたい、いたいぃ…………!!」
柚衣は悲痛な声で泣いていた。その弱弱しい声には覚えがある。
小さい頃、山で追いかけっこをしていた時に、転んだ拍子で柚衣の足に木の枝が刺さってしまったことがある。
幸い傷は大したことなかったけど、その時の柚衣も血を流しながら、今とまったく同じ調子で泣いていた。
こんな悪夢を現実だとは思いたくない。
でもこの柚衣の反応は、本物の柚衣とあまりにも似すぎている。
いや、気のせいだ。そもそも夢っていうのは、現実に経験した事を形を変えて見るもの。
だからこれも、神主さんから聞いた『柚衣が暴行された』という話を、俺の脳が勝手に想像した結果に違いない。
俺は無理矢理にそう納得しようとする。
でも、しきれない。
柚衣の漏らす苦しそうな声。荒い息遣い。手足の指や筋肉の細かな動き。
それはただの夢にしては生々しすぎた。
おまけに夢にありがちな、気がついたら場面がまったく違っているという事もない。
ただ延々と、柚衣が犯される光景が続いた。

次の日に柚衣と顔を合わせるのは、前以上に気まずかった。
まともに柚衣と視線を合わせられない。
あれが夢か現実かはともかく、セックスしている所を見てしまったんだから。
「ねえ、大丈夫?」
そんな俺を、柚衣の顔が覗き込んだ。
少し首を傾ければ、そのままキスができそうな距離だ。
シャンプーの良い匂いが鼻腔一杯に広がる。
幼馴染だからこその距離感のなさに、今更ながらに困惑してしまう。
正直、たまらない。
いくら普通を装って柚衣と笑いあったって、どうせまた夜に眠ると、彼女が犯される夢を見てしまうんだから。



「あっ、あっ、ああっ…………」

暗闇の中、荒い息に混じって、生々しい喘ぎ声が聴こえてくる。
15年のつきあいで、柚衣のこんな声は聞いた事もない。
走った時に息が荒くなるのは何度となく聞いたけど、今目の前で吐かれている息は、そういう類の喘ぎとはまた違う。
もっと真剣というか、切羽詰っているというか、無関係の人間が踏み入れない感じの呼吸。
リアルだ。
多分現実世界の枕の匂いか何かだろうけど、独特の臭いまで嗅げてしまう。

柚衣は、もう痛いとは言わなくなっていた。
片脚を抱え上げられたまま、横倒しになる格好で犯されている。
薄い茂みの下に、黒い影のモノが出入りしているのが丸見えだった。肉のビラビラが捲り上がるのが何度も見えた。
抜き挿しのたびに、にっちゃ、にっちゃ、と粘ついた音が立つ。
そしてその音がする度に、目を閉じた柚衣が眉を顰める。
その頬は灰色に汚れていた。頬だけじゃなく、胸も脇腹も、床に触れた部分全部が煤けている。
せめて柚衣の全身が白いままなら、目の前の情景をウソだと切り捨てられるのに、刻一刻とリアルに薄汚れていく。
ここまで細部が再現され、理屈の通った夢は経験がない。きっとこれは夢じゃない。
俺はいい加減、その事実を心の中で認めはじめていた。
そうなると本当につらい。幼馴染が犯されているという『現実』を、金縛りに遭ったままで見続けないといけないんだから。

柚衣は犯されて苦しそうにはするものの、段々と抵抗をしなくなっていった。
唯一嫌そうな素振りを見せるのは、影の物を咥えさせられる時だ。
影は柚衣を犯した後、必ず不気味に直立し、柚衣にあそこを舐めさせようとする。
柚衣はそこで必ず黒髪を振って拒絶した。今の今まで自分の中に入っていた物なんて、口に入れたい筈がない。
でも結局は頭を掴まれ、強引に咥えさせられるんだ。
「ん、んんっ…………んむっ、ううっ……んっ…………」
鼻を抜けるような苦しそうな声がする。
その声と同調するように、膝立ちのままの柚衣の太腿が何度も強張り、背中に黒髪が揺れる。
正直それは、セックスとはまた違う刺激があった。

影はしばらく柚衣に自分の物をしゃぶらせると、また足を掴んで犯し始める。
その時の体位は様々だった。
正面から抱き合う格好、後ろから腰を打ちつける格好、互い違いに交わる格好、柚衣を自分の上に乗せて腰を振らせる格好。
アダルトビデオすら見た事のない当時の俺にとって、この光景は刺激的だ。
股間が熱く、ズボンを突き破りそうなほど勃起しているのが自覚できた。
翌朝、俺は自分が射精している事に気付いて、ひどい自己嫌悪に陥った事を覚えている。
柚衣と話していると変に緊張するようにもなってしまい、逆に浩太と話す時は気楽でいられた。
だから3人で遊んだ後も、浩太の家に上がり、2人で馬鹿話をする事が多かった。
そんなある日、ちょうど会話のネタも尽きて沈黙が下りた所で、浩太が急に声のトーンを変えて言ったんだ。
「なぁ。お前最近、変な夢見ないか?」
「な……何だよ、変な夢って」
「気のせいならいいんだけどよ。最近のお前見てっと、多分俺と同じ夢見てんじゃねぇかと思ってさ」
そこから浩太が語り始めたのは、驚くことに俺と見たものと全く同じ内容の夢だった。
こうなるとさすがに偶然とは思えない。
「やっぱあのバケモンが、あの小屋で起こってた事を俺達に見せてんのかな」
浩太の言葉に寒気が走る。
あのバケモノが俺達を恨んでしてる事だとすれば、夢が最後の場面までいった後、どうなるんだろう。
またあの影が現れて、取り殺されるんじゃないか。
そんな気がした。
でも、だからといって神社にお札などを貰いに行く気にはなれない。
もしそれをすれば、神主さんの一族から、どんな夢を見たのか全て話すよう言われるだろう。
それは嫌だったんだ。
柚衣の受けた凌辱を知っているのは、せめて俺達だけにしておきたかった。
それに、その夜の最後、別れる前に浩太が言ったんだ。
「大丈夫。俺らの前に、あのバケモノは来ねぇよ」
俺の目を見ながら、浩太ははっきりとそう言い切った。
根拠なんてある筈もないのに、不思議と俺は、その言葉を聞いて安心した。
不思議なぐらいあっさりと、大丈夫という親友の言葉を信じたんだ。

その夜も、その次の夜も、俺は柚衣が犯される夢を『見せられた』。
「あっ……ああっ……ああぁ、ああっ…………」
にちゃにちゃという音に混じって、柚衣の喘ぎが響く。
柚衣は体中を床の埃で薄汚れさせながら、完全にされるがままになっていた。
夢で犯されている時間は、多分もう十数時間にもなる。疲れ切っているんだろう、と俺は思った。
でもどうやら、それだけじゃないらしい。
最初に異変に気付いたのは、柚衣が両脚を掴み上げられ、閉じた脚の間へと挿入されている時だ。
「ああぁっ…………ふぅっあ、ああっあ、あっ………………!」
柚衣は相変わらず苦しそうな喘ぎを漏らしていた。
薄く開いた目は潤んでいて、泣いているように見える。でも一瞬、その目がひどく蕩けているように映ったんだ。
「!?」
俺は目を疑った。でも一度気付いてしまうと、柚衣が快感を得ているようにしか見えなくなる。
潤んだ目も、上気した頬も、閉じない唇も。
投げ出された手が時々内に握り込まれるのも、真上に上げた足がぴくぴくと痙攣しているのも。
全部、『気持ちいい』からじゃないのか。
その仄かな疑惑は、段々と確信へ変わっていく。

「はあっ…………ぁう、くっ……んぁあっ、はぁ…………っあっ…………!!」
柚衣はバケモノの上に跨って腰を振りつつ、歯を食いしばって何かに耐えていた。
「ふ……っぁ」
風邪を引いたようなその顔は、そのうち目の焦点を結ばない無表情に変わる。
その度に柚衣ははっとしたように頭を振り、何かを追い払う。
それでも刻一刻と無表情の時間が多くなっていき、ついには口の端から涎まで垂れ始めた。
村の皆から利発そうだと言われる普段の柚衣では、絶対に考えられないことだ。

疑惑が決定的になったのは、犯される体位が後背位に移ってからだった。
腰を高く掲げさせ、大股開きの両足をピンと伸ばさせたまま、背後から犯す。
影はこういう誰かに見せ付けるような体位をよく選んだ。
すらっとした脚の間から、床に肘をついた柚衣の上半身が覗くので、確かにひどく刺激的だ。
他のどんな体位より、15歳のまだ細い身体が犯されている、という事実が伝わってくる。
床に黒髪を広げたまま、叫ぶように口を開ける柚衣の表情まで見えて、心が痛む。
でも今は、それ以上に衝撃的な事がある。
黒い影が腰を打ちつけるたび、結合部から、ぽたっ、ぽたっ、と雫が垂れているんだ。
雫の源は、間違いなく柚衣のあそこだった。
時々粘膜を覗かせる割れ目がひくつくたび、両の内腿へ透明な筋が伝い落ち、同時に茂みからぽたぽたと垂れていく。
それが何を意味するのかは、流石の俺でも理解できた。
「………はーっ、はぁーっ……あっ、あっ………や、やめてっ、奥……もぉ、おくは…………んっ!
 …………がまん、できなっ………………お、おかしくなっちゃう………………っ!!!」
柚衣は薄く目を閉じ、たまらないという風に呟いている。
がくがくと痙攣するその細長い脚は、まだまだ俺達と同じく青さの残るものだ。
でもその間に隠された女の部分は、影によってすっかり成熟させられてしまったらしい。
その事実に俺は、金槌で頭を殴られたようなショックを受けた。
涙まで出た。
柚衣が、俺達の大切な幼馴染が、変えられてしまったんだ。あんな得体の知れないバケモノの手で。
それが悔しく、恐ろしく、そしてただただ悲しい。

金縛りのまま泣く俺を嘲笑うように、影はその後も柚衣と交わり続けた。
この辺りから柚衣の反応も、いよいよ余裕のないものになっていく。
「っああーーっ!! ああぁあぁっああああーーーーっ!!」
大股開きのまま正常位で犯されながら、何度も天井を仰ぎ、裏返った声で叫ぶ事もある。
そしてそういう反応を見せた後は、決まって潮を噴いた。
「んんーーーーーっ…………!!」
影が物を抜いた瞬間、唇を結んでたまらなそうな声を出しながら、小便のようなものを撒き散らすんだ。
量はごく僅かに飛沫くだけの時もあれば、太い放物線を描くときもある。
当時の俺はそれを“お漏らし”だと思ったけど、どっちにしろ異常なことには変わりない。
その異常は、それからも延々と続いた。
「いやぁ、いや……いや………………いやぁぁああっ………………!!」
柚衣は薄汚れた腕で目を覆いながら、ひたすらそう繰り返すようになった。
犯されて感じる事が嫌でたまらないのに、どうしようもないんだろう。
影はそんな柚衣に対して容赦しない。
それどころか、縄で柚衣の手足を縛り、不自然な格好で楽しむ事までしはじめた。
柚衣はその不自然な格好でのセックスで、さらに余裕をなくしていく。

俺が熱を出して寝込み、ようやく回復して柚衣を助けに行くまでに3日以上。
それと同じだけ、柚衣は俺の夢の中で犯され続けたんだ。
改めて、自分の不甲斐なさに腹が立つ。
あそこで倒れたりせず、這ってでも救出に向かっていれば、柚衣の苦しみも少なくて済んだのに。
全部の夢を見終わった後、俺は浩太にそう胸の内を語った。
すると浩太は首を振る。
「いや。お前が元気になってからでなきゃ、そもそも柚衣をあの小屋から助け出せてねぇよ。
 這うようなザマで行ってたら、お前まであのバケモノにやられてたって」
親友のその言葉に、俺は少し救われた気がした。
何でだろう。確かに浩太の言葉は昔から頼もしかったけど、今はそれとはまた違う迫力を感じる。

「――――俺よぉ」
浩太はどこか遠くを眺めながら、呟くように言った。
「ガキの頃から、柚衣が好きだったんだ」
「!!」
突然の告白に、俺は思わず度肝を抜かれる。
何で今、急に。いや、あの夢を2人して見た今だからこそ、なのかもしれない。
「ま、どこが好きかって聞かれても困るんだけどな。ただいつの間にか、何となく好きになってた。
 でも、俺らの関係壊したくもなかったしさ。ずーっと……黙ってた」
浩太はそこで俺の方を向く。なぜか、ひどく寂しそうな目で。
「お前は?」
「…………お、俺も、同じだよ」
浩太の問いに、俺はそう答えた。嘘じゃない。
これまであんまり意識した事もなかったけど、犯される柚衣を見て涙を流しながら、ようやく気付いた。
俺もずっと前から、柚衣が好きだったんだ。
「だよな」
浩太は頷きながら言った。
「要するに俺らは、恋のライバルってわけだ?」
俺はやや冗談めかして笑った。浩太なら空気を読んで、おう負けねぇぞ、なんて返してくれるはずだった。
でも、浩太はここで押し黙る。
「…………ああ。ライバル、“だった”」
「“だった”?」
発言の意図が掴めず、俺は聞いたままを繰り返した。
「俺は、ここで身を引く。柚衣を幸せにすんのは、お前に譲る」
「な…………何言ってんだよ!?」
俺はひどく戸惑った。負けず嫌いな浩太の言葉とは思えない。
木登りだって駆けっこだって、絶対に俺に負けるかと意地を見せてたじゃないか。柚衣の見ている前だと特にそうだった。
そんな浩太が、どうしてこんなにあっさりと引き下がるんだ。
「んな目ェすんなよ。柚衣を幸せに出来んのはお前だけだって思うからだよ」
聞き覚えのある言葉。

『いずれ、君が柚衣を支えることになるからだ。
 その時は、どうか柚衣の身を第一に案じ、幸せにする決断をしてくれ。今度こそ、ね』

禊を終えた後、神主さんに諭された時のことを思い出す。
なんだ、2人して。俺をからかっているのか。なんで、俺だけが柚衣を支える事になるんだ?
混乱の最中、浩太が俺に背を向ける。
「………………なぁ。絶対、柚衣を幸せにしろよ。絶対、絶対、守ってやれよ。
 じゃねーと俺、お前を許さねぇから」
その言葉を残して、浩太は建物の影に消える。
「ちょっ、待てって!」
納得しきれない俺が後を追おうとした、その時。

『――ア゛ア゛…………ァアア゛ア゛……』

首を絞められたような呻きが耳を掠める。
「っ!!!」
俺は思わず固まった。そして、震えながら辺りを見回した。
でも、あの影の姿はない。声も一瞬で止んでしまった。後になってみれば、気のせいだったとも思えるほどに。
「何だ、今の…………?」
思わず独り言を漏らしながら、足早に浩太の消えた角を曲がる。
そこに浩太の姿はなかった。見通しがよく、かなり歩かなければ身を隠せるような物さえない畔道なのに。
何なんだ、一体。何かがおかしい。もしかして、こっちが本当の夢なのか。
一瞬そう思ったけど、サンダルで踏みつけた石は間違いなく鈍い痛みを足裏に与えてくる。
これは現実だ。夢よりも不可解だけど、現実なんだ。



この翌日から、浩太は俺達の前に姿を見せなくなった。
家に行ってみても、扉が開かないどころか、人が居る気配すらない。
うちの親や柚衣の家の人に聞いてみても、示し合わせたように『病気で寝てるんだろう』というばかり。
あの浩太が、病気ぐらいで俺達の呼びかけに応えないはずがない。
何かあるんだ。
「浩ちゃん、大丈夫かな…………」
俺の部屋でトランプをしながら、柚衣が言った。
柚衣に変わった様子はない。まるであの悪夢が、本当にただの夢だったんじゃと思えるぐらいに。

俺も柚衣も、本当ならちょくちょく浩太の様子を見に行きたかったけど、すぐにそれどころじゃなくなった。
それぞれの家が、慌しく村を出る準備を始めだしたからだ。
最初は訳が解らなかった。
でも大人達はみんな真剣で、反対できるような感じじゃなかったし、原因が俺達のしでかした事なのは何となくわかったので、大人しく従った。
とりあえず新居の目処がつくまでは、県外にある俺の親戚が運営するホテルへ。
移動するのは、俺と柚衣の家族だけ。
「浩太は?」
そう聞いても、まともに答えてくれることはない。
唯一叔父さんだけが、ぼそりとこう呟いただけだ。
「浩太はもう、あの家にはいない」
俺は引越し準備の合間に、この話を柚衣にした。
すると柚衣も驚いてはいたけど、俺みたいに訳が解らないという感じじゃなく、どこか『やっぱり』という感じだった。

その理由が明らかになったのは、俺達が村を出てから一ヵ月後のことだ。
村に残ることを決めた親戚から神主さんを経て、俺達にある報せがあった。
浩太の遺書が見つかった、と。
桐箱に収められた遺書は、八枚以上あった。そしてその八枚に、びっしりと字が書き込んであった。
最初は、俺達3人の子供の頃の想い出が綴られている。
忘れられない大事件や、よくこんな事を覚えてたなという小さな事、そしてちょっとした秘密の暴露。
柚衣はそれを読みながら何度も涙を拭っていたし、俺も柚衣の目がなければそうしただろう。
でも、俺達の子供時代を追体験するようなその文章は、段々と感じが変わる。
柚衣の発育を性的に捉えるような描写が多くなり、それがどんどん病的になっていく。
そして最後には、柚衣をどういう体位で犯したいか、尻肉の掴み心地はどうか、あそこのしまりはどうかという異様な内容ばかりが並び、
そのあちこちがペンでぐしゃぐしゃに消されていた。
「いやあああっ!!!」
それを目で追ううち、柚衣は頭を抱えて泣き始めた。
俺は思わず遺書を裏返す。こんなのは普通じゃない。
どこか精神的に不安定だったとか理由はあるんだろうけど、あの浩太にこんな事を書かれて、ショックじゃない訳がない。
俺はそう考えて柚衣を慰める。
でも柚衣はしゃくりあげながら、違う、と繰り返した。

ようやく落ち着きを取り戻した柚衣から聞いた話は、次の通りだ。
まず、俺が見た夢。あれはやっぱり夢じゃなく、すべて現実にあったことらしい。
柚衣はあの小屋で延々とバケモノに犯され、そしてその間中、卑猥な言葉を囁かれ続けていた。
俺にはいつもの呻きにしか聞こえなかったけど、柚衣には不思議と理解できたそうだ。
その囁きがまさに、浩太の遺書の後半に書かれていたような内容。
「じゃあまさか、浩太はあのバケモノに…………?」
俺が震えながら言うと、柚衣は静かに頷いた。
正確には、もうずっと前……俺が最初に小屋から逃げ帰り、熱を出して寝込んでいる頃には、半ば憑かれた状態だったと。
俺がまだ倒れている間に、浩太は一人であの小屋に行くと言い出したらしい。
神主さん達は一人じゃ危ないから俺の回復を待てといったけど、浩太は元々俺のせいだからと聞かなかった。
そして例の獣道まで一緒に付き添った神主さんによれば、戻ってきた浩太は、すでに雰囲気が違ったらしい。

『俺さ、いっぺん山入ったんだ、お前がまだ熱出して寝込んでる時。
 今日と同じように、入口まで神主さんに付き添って貰ってさ。でも、そん時は小屋に行けなかった。
 普通に深穢ヶ池に着いちまったんだ。拍子抜けするくらい、すげぇ近かったよ』

あの時の浩太のこの言葉は、半分本当で、半分嘘だったんだ。
浩太は多分、一度目も小屋に辿り着けていた。そこで何かが起きたんだろう。
そして柚衣を助け出して山を下りた時には、もうほとんど浩太は浩太じゃなくなっていた。
俺と柚衣は禊でなんとかなったけど、浩太はもう無理だった。
あのバケモノに憑かれたが最後、神主さんでも為す術がない。
だからしばらく様子を見て、いよいよ危険となれば俺と柚衣を逃がそう、と決めたらしい。

俺はこの話を聞いて、いきなり信じることができなかった。
だって俺にしてみれば、浩太はいつも普通だったんだから。禊が終わった後も、毎日3人で遊んで――
「毎日、じゃないよ」
俺の言葉を遮るように、柚衣は言った。怖いぐらい真剣な表情で。
「…………え?」
「毎日じゃない。浩ちゃんがいないこともあったんだよ」
そう。俺は毎日3人で馬鹿話をしていると思ってたけど、実は柚衣と2人の事もあったらしい。
俺がいかにも浩太がいるように振舞ってたから、柚衣も察して何も言わなかった。
言われてみれば、柚衣が俺にしか話しかけない日があったような気がする。
例の夢のせいで上の空だったから気付かなかったけど、確かにあった。
「浩ちゃん…………ずっと、頑張ってたんだね」
柚衣はそう呟きながら、もう一度遺書を見返し始める。
俺は、その姿を見ながらようやく理解していた。
これだったんだ。神主さんと浩太自身が言った、柚衣を幸せにしてやってくれ、という意味。
浩太は自分がやれない分、柚衣を幸せにする事を俺に託したんだ。多分、最後の最後に残った自我で。


それから、さらに二ヵ月後。俺と柚衣は付き合い始めた。
俺が気持ちに整理をつけた上で告白し、柚衣もそれを受け入れてくれた。
幼馴染だった頃や小屋の件を意識して、変にぎこちなくなる事も多いけど、きっと幸せにしてみせる。
多分今もあの村にいる、俺の大切な親友に誓って……。



                             終

向こう岸の彼女 最終話(GOOD-END)

※ こちらはGOODEND。
  DVDを見終えるシーンまではBADEND側と共通です。
  2人に幸あれ。



覚悟はしてたんだ。
手紙の内容とは裏腹に、刑務所の門を出ても、そこに和紗の姿はない…………その最悪の事態への覚悟は。
でも、いざそれが現実になった時、僕はただ呆然と立ち尽くしてしまった。

  ――なぜ?

その二文字が、真っ白になった頭を数限りなく通り過ぎる。
なぜ、いない。出所前に貰った手紙には確かに、門の前で待ってると書いてあるのに。
待ち合わせ場所が違うのか? どこかに裏門でもあって、和紗は間違ってそっちで待ってるのか?
そんな事を考えては、すぐに有り得ないと打ち消す。
彼女に限って、刑務所の正門を間違えるようなバカをやるもんか。
むしろ間違えるとすれば僕の方で、彼女はいつもそんな僕を笑いつつ、正しい方へと手を引いてくれていたじゃないか。
和紗。いつでも優しく、頼もしく、愛おしい僕だけの宝物。
立ち尽くしたままその笑顔を思い出すうち、不意に僕の目からは涙があふれ出した。
ようやく出所という日に往来で泣くなんて、惨めこの上ない。でも、涙が止まらない。
そうして涙を溢していると、ふと横から肩を叩かれた。顔を向けると、そこには守衛さんの顔がある。
守衛さんは素早く左右に視線を配りながら、僕の手に紺色のハンカチを押し込んできた。
「返さなくていい」
一言そう告げて、守衛さんは素早く僕から離れる。
僕はしばし呆然として、直立不動に戻った守衛さんを眺めていた。でもまた涙があふれて、思わずハンカチで目元を抑える。
他人のハンカチを暖かく感じるのは2度目だ。前に拭ったのは嬉し涙だったけど、今度の涙はひどくつらい。

涙を拭いた僕は、和紗を待つことをやめ、足早に家路を辿りはじめた。
和紗はきっと、何か事情があって家で待っているに違いないんだ。
逮捕から約2年ぶりに見るマンションは、宅配ポストの苗字が半分近く変わっていた。
いよいよ湧き上がる不安を抑え込みつつ、僕らの部屋である202号室へ。ドアノブを掴み、回す。
…………開かない。
ガスメーター下の小さなタヌキの置物を拾い上げ、お腹の部分を開ければ、案の定見慣れた鍵が出てくる。
その鍵で開いた先の空間からは、なぜか懐かしさは感じなかった。
家具も内装も、僕がいた頃のままだ。
和紗と協力して組み立てたクリスマスツリーが、季節外れにもかかわらず出たままになっている。
それどころか、電話の上のカレンダーすら、2年前の12月22日…………僕が逮捕された日のまま捲られていない。
まるで僕が逮捕されたあの日以来、時が止まってしまっているみたいに。
でも。
あの頃にはなかったものが、さっきから視界の真ん中に入っている。
リビングの机の上、テレビの正面に積み重ねられた、大量のDVDの山だ。
僕は旅館の額縁裏にお札を見つけた時みたいに、そこから嫌な気配を感じて仕方がなかった。
そして“それ”から逃れるように、家の中を見て回る。
「和紗、いるの?」
声を掛けては見るものの、返事が無いことはわかっていた。
けして広いとはいえない我が家。妻がいるかどうかを知るには、リビングからぐるりと見回せば十分だ。
床のホコリの無さから考えて、何年も人が居なかったという訳でもないらしい。むしろ、つい最近まで居たに違いない。
じゃあ、いつまで居たんだ?
僕は、ふとそれが気になりはじめた。どうでもいい事なんだけど、たぶん現実逃避の一種なんだろう。
今の状況を受け止める覚悟がないから、些細な事を考えて気を紛らわせようとしてるんだ。
ゴミ箱が目に留まる。
ゴミ。そうだ、レシートでもあれば、和紗がいつまでここに居たのか判るじゃないか。
僕はそんな事を考えながら、ゴミ箱の中に手を突っ込む。
がさり、と紙の束が手に触れた。それを勢いよく引き抜き、丸まった紙を開いて…………息を呑む。
ゴミ箱に捨てられていた、くしゃくしゃの紙。それらはすべて、塀の中に入っていた僕へ宛てた手紙だった。
ただし、ひとつとして最後まで書かれたものはない。
最初は几帳面な字での挨拶から始まり、何気ない話に話題が移り、でもそこからどんどん字が崩れて、最後には殴り書きみたいになる。
罫線を大きくはみ出し、ペンでぐしゃぐしゃと塗り潰す書き方は、どう見ても普通じゃない。


      ごめんなさい     ごめんなさい
           ごめんなさい
    ごめんなさい ごめんなさい    ごめんなさい 

        ごめんなさい      ごめんなさい


ペンのインクがまだ新しい手紙の中には、そうして延々と謝罪の言葉が並んでいるものが多かった。
一体和紗は、何をそんなに謝ってるんだ。そんなに謝らなくちゃいけない事をしてたのか?
それに、僕が塀の中で和紗からの手紙を貰ったのは一度きりしかない。
こんなにも沢山の手紙を書こうとしておきながら、どうして僕の元には最後の一通しか届かなかったんだ?
僕はいよいよ混乱しながら、ゴミ箱をひっくり返す。
そして床に広がった何十という紙の束を、震える手で片っ端から開いていく。
そこに書かれていた事に目を通せば通すほど、僕の手の震えはひどくなった。
手紙には、この2年近くの和紗の心境が、生々しく書かれていたからだ。

この家から僕がいなくなって、胸に穴が空いたように寂しくいこと。
何度もカレンダーを捲ろうとしたけど、どうしても日付を前に進められないこと。
毎日のように英児に身体を求められること。
休日に丸一日中イカされ続けて、本当に頭が変になりそうだったこと。
乳の出が悪くなってきたこと。
英児と外出すると、周りからの視線を物凄く浴びること。
膣の奥を突き上げられる時に、頭の中がドロドロになる感覚をよく味わうこと。
バックスタイルで力強く犯されると、情けない声と涎がどうやっても止められないこと。
僕が背を向けて去る夢をよく見ること。
朝からぶっ通しの甘いセックスで前後不覚になって、知らぬ間に英児とのキスを受け入れてしまっていたこと。
もう、自分が本当に自分なのかがわからないこと。

それらを読み進めるうち、僕はとうとうその場にへたり込んでしまう。
ゴミ箱横にあったベッドに、かろうじて肘をつく。と、その肘に当たる感触が一部おかしい。
身を起こしてベッドシーツを撫でると、原因がわかった。
ゴワついてるんだ、シーツの一部が。まるで何か粘ついた液体が染み込んで、そのまま乾燥したみたいに。
いっそ、僕の頭が子供なら良かった。それが示す意味を理解できないぐらい、未熟なままなら良かった。
でも僕の脳は、起きた現実をしっかりと分析してしまう。
足元に散らばる手紙の内容が、リビングの“あの”DVDによって裏付けられるだろう事も――――。



DVDの表面にはそれぞれ日付が記されていた。
一番古いものは、3年前。僕らが死産の悲しみに暮れていたはずの頃だ。
僕はその一枚を手に取り、デッキに差し込む。
ゴクリ、と喉の鳴る音がした。
テレビに映し出されたのは、まだお腹の大きい和紗。
画質といい、手ブレ具合といい、いかにもホームビデオという風だ。
和紗は小さな赤ちゃんを腕の中に抱きつつ、喪服のような黒いブラウスを捲り上げて乳をあげていた。
この時点で、僕の頭はフリーズする。
なんだ、あの赤ん坊は。子供ながらにハンサムさを感じさせる、クッキリとした二重瞼。
どこかで見た覚えがある。そう。ちょうどこのビデオの背景と同じ、目も眩むような高層マンションで。

『ほら、何固まってんだ。もっとあやしてやれよ。俺とお前の、可愛いガキだろ』
映像の中から声がする。聞き間違える訳もない、英児の声だ。
『あなたと望んで子作りをした覚えなんて、ない』
カメラに不機嫌そうな視線を向けながら、和紗が告げる。
 ――俺とお前のガキ?
  ――望んで子作りをした訳じゃない?
それってつまり、レイプされたって事か。和紗が、僕の“親友”に。
どういう事だ。和紗が喪服のような格好で出掛けていた本当の理由は、石山に脅されていたからじゃないのか?
『だが結果的にゃ出来ちまったんだ。要はお前のカラダが、あの腑抜けの遺伝子じゃなく、俺のDNAを欲しがったんだよ』
腑抜け。英児がそう表現する対象は、状況からして僕以外に有り得ない。
英児は本当に、僕の親友じゃなかったっていうのか。
あんなに優しくて、頼もしくて、いつでも僕を助けてくれた彼が、心の中ではいつも僕を……。
『そんな言い方、やめて!』
和紗はいよいよカメラを睨みつけて叫ぶ。その気迫で腕の中の赤ちゃんが泣き出すと、和紗は困り顔で腕を揺すり始めた。
なんだろう。ひどく手慣れている感じがする。まるでその赤ん坊を、もう何度もあやしているみたいに。

『チッ、つれねぇな。まあいい、お約束の時間といこうぜ』
英児の声がそう言った後、カメラが一歩ずつ和紗に近づいていく。
そして目の前にまで迫ると、画面下部から現れた赤黒い何かが和紗の頬を叩いた。
先の太い独特の形状。
同じ男の僕には、それが勃起したペニスだとすぐに判る。
ただ、大きさが僕の常識と違った。まるで外人のペニス。太さだって長さだって、僕の最大時より2周りは上だ。
おまけに血管の脈打つ様子からは、かなりの逞しさまで備えている事が伝わってくる。
まさに須永英児という人間を象徴するような男性器だ。
『んっ!!』
そのペニスを鼻先に突きつけられ、和紗は嫌そうに顔を背ける。でも、英児らしい影が動きを止める事はなかった。
『今さら拒否ンなよ。そのガキを家に置いた上、養育費を払ってんのは誰だと思ってんだ?』
その言葉で、和紗が目を見開く。
大方の事情が見えてきた。
どのタイミングかは判らないが、和紗は英児からレイプされ、身篭ったんだ。多分、僕らの愛でていたお腹の子がそうだったんだろう。
そしていざ産んでみれば、あからさまに英児の血を引いた子供。当然、僕には話せない。
だから和紗は、死産を装いつつ密かに英児に預け、その交換条件として体を要求されているんだ。
芳葉谷にいた頃から子供好きだった和紗のこと。たとえ英児との子だったとしても、見捨てたくなかったに違いない。
だとしたら、なんて卑劣なんだ、英児は。
その英児に踊らされていた自分が情けない。本当の敵はすぐ傍にいたってのに、石山なんかに敵意を向けさせられて、その陰でこれか。
一体、僕のこの2年近くの獄中生活は何だったんだ。

『しっかり咥え込めよ?』
英児の低い声がする。前なら惚れ惚れしたような低音。今は悪魔のそれにしか聴こえない声。
映像の中には、喉奥まで剛直を咥え込まされた和紗の顔がアップで映っていた。
英児の視点とほぼ同じ位置から、見下ろすように撮影しているらしい。
片手でカメラを構え、片手で和紗の黒髪を押さえつける英児の影。
和紗はまだ授乳の最中だ。当然、その細まった目にも垂れた眉にも、迷惑そうな色しかない。
でも英児は、それを微塵も気にしていないようだった。脚の長さを活かし、ソファに座る和紗の口へ真正面から腰を打ち込んでいく。
『ああ、いいぜ。上手くなってきたじゃねぇか』
刻一刻と唾液に塗れていく逸物が、しっかりとカメラに映されていた。
顎を縦一杯に開き、ほとんど泣くような顔で咥え込む和紗の様子も。
時々唾液の糸を引きながら口から吐き出させ、また咥え込ませる。何度も、何度も。
『俺のペニスの味はどうだ? 色んな女が嬉しそうに舐めてきたシロモノだぜ。
 お前にゃ、特に念入りに憶え込ませてやっからな』
英児の言葉が、一々僕の心臓を鷲掴みにする。
そうしてたっぷり数分をかけて和紗の口内を蹂躙したあと、英児はついに射精を始めた。
『んん、んんん、ンっ……!!』
和紗の頬が膨らみ、咳き込み、唇の端から白濁した液が滴り落ちていく。
笑い声と共に、揺れるカメラがそれを映し、そこで1枚目のDVDは終わった。

テレビ画面が真っ暗になった瞬間、ドッと疲れが来る。
覚悟はしていた。覚悟はしていたけど、実際に親友が妻を穢す映像を目にすると、胸やけに近い吐き気がこみ上げてくる。
刑務所から出たら食べようと思い焦がれていたアレもコレも、今は喉を通りそうにない。
目の前には、依然として山のようなDVDがある。今と同じような、白昼の悪夢を収めたDVDが。
見たくはないけど、見ないわけにはいかない。タンスの裏に逃げ込んだゴキブリを、放っておくわけにはいかないように。



2枚目を再生する。
日付は1枚目の数ヵ月後。ずっと喪服のようだった和紗の格好が、カジュアルなものに一変した後だ。
そのカジュアルな服が、ベッド周りに散乱している。
カメラはどこか台のような所に置かれ、ベッドの上の痴態をブレることなく淡々と映していた。
お腹もへこんでモデル体型に戻った和紗を、背後から英児が愛撫する。
カメラに向けて大股を開く格好だから、恥ずかしい部分はモザイクすら無しで丸見えだ。
真っ白な和紗の肉体。生々しい性器。
禁欲を重ねた僕にとっては目の毒だ。ズボンの中で勃起が始まってしまう。
映像内に他の男の姿さえなきゃ、すぐにでも気持ちよく抜けるのに。

英児の愛撫は見るからに巧みだった。
乳房を揉みしだくにしても。クリトリスを指先で転がすにしても。膣の中を2本指でくじり回すにしても。
何十という女性相手に経験を積んできた説得力がある。
和紗だって女だ。そんな巧みな愛撫を延々と受け続けて、何も感じずにいられる筈がない。
『はぁっ、はぁっ、はーっ……はっ、ハッ、は…………』
荒い息を吐きながら、時に緩く目を閉じ、時に薄目を開けてカメラを意識している。
その頬は刻一刻と赤らみ続けていた。
胸の蕾も硬くしこり勃ち、乳房を揉みあげられるたびにミルクを噴き出すようになる。
Mの字になった脚は何度も内股に閉じかけ、腰を突き出すようにして堪らなそうに跳ねる。
そして一番変化が解りやすいのは、何といっても秘裂そのものだ。
最初は慎ましく閉じていたピンクの割れ目が、いつしか充血して開き始めている。
晒された粘膜から次々と愛液があふれているのが、カメラ越しの肉眼でも確認できる。
音もぬちゃぬちゃといやらしい。僕のいるリビングを覆い尽くしそうな水音だ。
『カメラの前で、こんなに濡らしやがって』
英児がそう呟きつつ、和紗のアソコから手を離す。浅黒いその指は、5本全てが透明な粘液で濡れ光っていた。
自分の愛液を見せつけられた和紗は、ただ恥ずかしそうな顔で喘ぐばかり。
何も言わないけれど、女として発情しきっていることは確かだ。

『さ、そろそろ本番いくぜ。また過呼吸にならねぇように、今のうち深呼吸しとけ。
 壮介のヌルいセックスとは次元が違うって、いい加減思い知ったろ?』
英児はそう言い放ちながら、ベッドの上で和紗を押し倒した。
和紗の表情が強張る。あんなに真剣で、あんなに怯えている顔は、僕の前で見せたことがない。
筋肉質な英児の肉体が、すらりとした和紗の脚の間に入り込む。
茂みの下にピタリと宛がわれるのは、僕のよりずっと立派な男の象徴。
英児は体を前傾気味にして調節したあと、グッと腰を押し込んだ。
『あぐっ…………!!』
和紗の唇から悲鳴が漏れる。
悲鳴――いや、果たしてそうだろうか。嬌声じゃないのか。
経験のない処女ならともかく、和紗はある程度セックスを知っている人妻だ。
その人妻が、あれだけドロドロに濡らされた上で、逞しい逸物に貫かれたら――漏れるのは嬌声じゃないのか?
その僕の不安は、映像が先に進めば進むほど、ハッキリとした輪郭を持ちはじめた。
ベッドが激しく軋む。
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、と肉のぶつかり合う音もする。
英児と和紗、男女の理想とも言えるプロモーションを持った2人がセックスをする音だ。
和紗の左脚を英児が肩に担ぎ上げての交わり。それを受ける和紗は、右手でシーツを掴んで何かに耐えていた。
両目は閉じられたまま開かない。でも、その瞼の動きが雄弁だ。
『っふぅうんん…………!!』
唇から漏れる艶かしい声も、主がどういう状況かをわかりやすく伝えてくる。
英児はそういう反応に薄笑いを浮かべ、いよいよ和紗の左脚を抱え込むようにして結合を深めた。
抽迭のストロークも長くなる。和紗の腰がゾクゾクと反応し、英児に担ぎ上げられた脚の先が空を掴むように蠢く。
それは異常なほど官能的で、僕の勃起をいよいよ強める。
『ヘッ。お前、今またイッただろ。だんだんイキやすくなってきたなぁオイ?
 壮介しか知らなかった頃は、いっぺんイカせるまでにえらく手間掛かったってのによ』
英児のその言葉にも、和紗は唇を噛みしめるだけだ。どうやら全てが事実らしい。

このセックスの映像は、そこから40分以上に渡って続いた。
体位は少しずつ変わり、最後の方は、英児が上から和紗を押し潰すようにして腰を打ちつけている状態だ。
『うう、ぅあっぃ…………あ、あっ……ッぃ、ふぅうううんんっ…………!!!』
和紗は両手で枕を握り締めながら、必死に言葉を噛み殺していた。
『いく』という言葉を。
彼女が何度も達しているのは、映像で冷静に見ている僕には嫌というほどわかる。
映像は抽迭の果てに英児が中出しし、勝ち誇った笑みでビデオを拾い上げる所で終わりを告げた。
でも、こんなものは氷山の一角だ。悪夢のDVDはまだまだあるんだから。



3枚目、4枚目、5枚目、6枚目にも、同じく英児のマンションでの交わりが記録されていた。
内容に大きな差はない。でも、そうした行為が繰り返されているという事自体が問題だ。
どの映像を見ても、和紗は英児にセックスの快感を仕込まれている。“イキ癖をつけられて”いる。
それは、全身の皮膚の下で毛虫が這い回るような感覚を僕にもたらした。
危機感。焦燥感。そうした物が体表面を駆け回る。
すぐにでも外に駆け出して叫びたい気分だったけど、かろうじてそれは思いとどまった。
7枚目のDVD。その表面に記された日付は、僕が塀の中に入って以降のものだと気付いたからだ。
僕の存在を気にすることなく、一日中和紗を独占できる状況。そこには、どんな光景が広がっているんだろう。
その興味が何にも勝り、僕の指を動かした。

7枚目は、台所に立つ和紗を背後から撮影しているシーンから始まった。
和紗は擂り鉢で何かを擂り潰しているようだ。
格好は乳白色のニットセーター。和紗がセーターを着ると、胸のふくらみが強調されるせいか母性が増して見える。
セーターの上にエプロンをつけた和紗は、本当に良妻って感じなんだ。
ただ……今は違う。今の彼女は、下半身に何も穿いていない、ひどく屈辱的な格好だ。
カメラはその和紗の真後ろに寄ると、何かを弄りはじめる。
『んっ!……ちょっと、やめて。あの子の離乳食作ってるんだから』
和紗はカメラの方を振り返り、困ったような表情で告げた。でもさらにカメラが揺れると、腰がビクッと反応する。
『何がやめてだ。丸出しで料理しながら、密かに期待してたんだろうが』
『そ、そんな訳ないでしょ!』
『だったら、この濡れ具合は何だよ? もう俺の手首にまで垂れてきてるぜ。欲しくて仕方ねぇって感じだ』
その会話の後、カメラは下を向いた。
台所の木目の上に、透明な雫が滴り落ちていく。クチュクチュ、という水音に呼応するタイミングで。

床を映したところで一旦映像が途切れ、数秒後、次の場面が始まる。
映ったのは、騎乗位で激しく腰を振る和紗の姿。
セーター越しに乳房を揺らしながら、額の汗を散らして上下に揺れている。
『おおおスゲー、絞り取られるみてぇだ。やっぱオマエいい締まりしてるわ』
英児の上ずった声が和紗を褒める。
和紗はその英児の胸板と太腿に手を置きながら、一心不乱に腰を振り続けていた。
『はぁ、はぁっ…………は、早くイって…………。時間が、もう時間がないよ!』
和紗は壁の時計を見上げながら言う。何か急ぎの用事でもあるんだろうか。
『だったら、俺を早くイカさねぇとな。愛する旦那様のツラ拝むチャンスが潰れちまうぜ?』
英児はいよいよ性悪そうな口調で答えた。
ああ、そうか。これは、僕が逮捕されてから初めての面接の日なんだ。
確かにこの乳白色のセーターには見覚えがある。そしてあの日、和紗が妙に顔を赤くしていた理由もこれで解った。
あれは緊張のせいなんかじゃなかった。
僕に面会するその少し前まで、英児とセックスしてた名残だったんだ……。



次のDVDには、ベビーカーを押したまま街を歩く和紗の姿があった。
ビデオの中に道行く人達の姿が映りこむ。誰もが撮影者と和紗を見て、表情を綻ばせる。
なんてお似合いの夫婦なんだ―――そう言いたげに。
和紗は専らベビーカーに乗った赤ちゃんの世話を焼いていた。
英児に話しかけられると一瞥し、短く言葉を返す。
和気藹々という感じじゃない。でも、気のせいだろうか。DVD1枚目の頃にあった刺々しい雰囲気が、弱まっているように思えるのは。
日差しを避けるように入った店のテラスで、3人は食事を摂りはじめる。
赤ちゃんに柔らかいリゾットのようなものを与える和紗と、それを傍で見守る撮影者。
これじゃまるで、新婚の夫婦じゃないか。早々に暗雲たちこめた僕との生活よりも、ずっとそれらしい。
胸が痛む。
僕が塀の中で現世と切り離されているうちに、こんな事が起きていたなんて。
「やめてくれ、和紗、もうやめてくれ……。
 英児の傍から離れるんだ、そんな所に居ないでくれっ!!」
僕はテレビに向かって叫ぶけど、当然、そんな独り言が届くわけもない。
和紗はその後も英児の傍にいて、皿に盛られた山盛りのパスタを分け合っていた。
店を出て英児がベビーカーを押し始めると、命じられて渋々の事とはいえ、その姿をビデオで撮り始めもした。
時にハリウッドスターさながらの笑みが画面一杯に映り、背後では若い女の子が黄色い声を上げる。
傍から見ればまるで映画の撮影だろう。でも僕にはその笑みが、僕に的を絞った勝利宣言にしか見えない。

  ――――見てるかよ、マヌケ。奪い獲ってやったぜ?

そう宣言しているようにしか。



今から4ヶ月前の日付が記された3枚組みのDVDでは、和紗が延々と絶頂に追い込まれていた。
『今日は、徹底的に快感を覚えこませてやる』
映像の冒頭、英児は和紗にそう宣言する。そしてその宣言通り、執拗に和紗を昂ぶらせはじめた。

数十分に渡り、英児が開脚させた和紗の股座に顔を埋めている映像が続く。
指と舌で丁寧に陰唇の性感を目覚めさせているらしい。
『んん、んんっ…………ぁ……』
和紗は困ったような視線を下に向けつつ、ただされるがままになっていた。
何故だろう。やっぱりその瞳には、今ひとつ敵意の類が感じ取れない。ただ“困っている”だけだ。
わからない。困るって一体、何を。気持ちでは受け入れたくないのに、身体が期待している、とでもいうのか。
僕の中で不安が膨らんでいく。
映像に大きな変化はない。でも僕に見えない部分で、刻一刻と、何かが熟成されていってるのは確かだ。
『………………っっ!!!!』
そして。ある時ついに、和紗の喉から声にならない声が絞り出される。
モデルのような下半身がピクピクと痙攣を始めて、両手が所在なさげにシーツの上を彷徨って。
と、そこで英児の両手が動いた。和紗の開いた足の脇を通り、彷徨っていた両手をしっかりと握りこむ。
和紗の瞳が見開かれ、手の方を向いた。
英児はそれに余裕の笑みを返しつつ、舌を使っての愛撫を続ける。
見た目にはただ手を繋いだだけ。でも、それには大きな意味があったみたいだ。
『……くぅ、く……んっ…………ぅうんっ!!』
子犬のような鼻に掛かった泣き声と共に、和紗が身を震わせる。
それまで彷徨うばかりだった両手に、しっかり英児という支えを伴って。
手が固定されたぶん、震えは下半身に凝縮されたように思える。太腿から下が、何度も、何度も筋張っては弛緩していく。
まるで、小さな絶頂を繰り返すみたいに。
『んん、ふっ、くぅぅうんっ…………!!』
とうとう和紗の頭が、枕を深く沈ませながら左を向いた。
顔はくしゃくしゃだ。アナウンサーを思わせる小奇麗さは名残もない、生々しい表情。
快感を必死に堪えてきたけど、もう限界。そう訴えるかのようだ。
そしてそんな変化を、百戦錬磨の英児が見逃すわけがない。
『頃合いだな。そろそろハメてやる』
英児は和紗と手を繋ぎ合わせたまま、和紗の身体を持ち上げ始めた。
腰を浮かせてから、180度回転させ……後背位に。

 ――バックスタイルで力強く犯されると、情けない声と涎がどうやっても止められない

和紗の手紙にあった一文が脳裏を過ぎる。
そして英児は、和紗の腰に両手を宛がい、力強く挿入を果たした。
『はぁ、うっ…………!!』
和紗の声は大きい。蕩けに蕩けきった膣内へ、英児の特大の逸物をねじ込まれたせいだ。
『嬉しそうな声出しやがって。おまけにまた、よく締めやがるっ……!』
英児の勝ち誇ったような声が憎い。
和紗が。僕の和紗が、ヤられている。今さらになってその実感が強まり、じっとりと脂汗が滲んでくる。
『あ、あああ……ああぅっ、うっsあぁぁっ!!』
最初こそシーツに手をついていた和紗は、すぐに腕を枕にするようになり、やがて完全に突っ伏す格好に変わる。
腰だけを英児に向けて突き出したまま。
『ハ、ハァッ……どうだ、感じてんだろ!?』
腹の底から出た英児の雄の声が、動画内に響き渡る。
和紗は返事をしない。いや、絶え間なく喘いでいるから出来ないのか。
でも、その顔を見れば十分だ。カメラの正面に映された和紗の顔は、目を半開きにし、口を大きく開けただらしないものだ。
よく見れば、その口の端からは涎のようなものすら見える。
泥酔したか、危ないクスリを使ったのか。そう思えるほど、快感に蕩けきっている。
まだ、セックスは始まったばかりだっていうのに。
『フッ、フッ、フゥッ!!!』
英児は鋭く息を吐きながら、片膝を立てて猛烈に突き込み続ける。さっきまでの無言の舐りとは正反対だ。
その獣のような犯しぶりを受け、和紗の頭上で腰が跳ねる。
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、というキレのいい音。ぐちゃっ、ぐちゃっ、という濃厚な水音。ベッドの軋む音。
それが不協和音のように混ざり合う。
『あうっ!』
無限に続く突き込みの最中、和紗は急に叫んで顔を上げた。
相変わらず半開きの瞳の中、視線が上の方を彷徨う、明らかに余裕のない顔。
『はぁ、はっ…………あ…………い、いっちゃう…………!!』
その事実を告げた後、和紗は少し固まった。そして項垂れ、恥らうような表情を作る。
『ああ、イけよ。どんどんイけ! 一日中イカせてやる』
英児はそう言いながら、さらに腰を振るペースを早めた。
右手を和紗のお尻に、左手を背中に宛がったまま、リズミカルに抽迭を繰り返す。
当然、その中で和紗は新たに何度も達していた。何かを振り払うように頭を揺らし、でもその動きが止まった瞬間、唇が動く。
いく、と。
そして、さらに十分あまり。和紗の身の震えが大きくなってきた所で、英児は和紗の抱き方を変えた。
後背位はそのままに、両脇の下を抱え込むようにして結合を深める。
『あひぃっっ!!!』
和紗は眉を垂れ下げながら叫んだ。
脱力していた上半身を無理矢理に引き起こされ、それまで以上の深さで挿入されてるんだ。それは悲鳴も上がる。
僕だったら絶対にしない、和紗への配慮を欠いた荒々しすぎるセックス。
でもそれは間違いなく、和紗に深い快感を与えているみたいだった。
『いや、だめっ! か、体が、こわれるっ…………!!!』
口の端から唾液を、乳房や腿から汗を散らしつつ、和紗は叫んでいた。その声量は、いつの間にか英児並みに大きくなっている。
僕とのセックスの時はいつも淑女みたいだった彼女が、本能を晒す獣みたいになっている。
和紗は何度も、何度も悲鳴を上げ、その果てに強く歯を噛み合わせた。
『ふぐぅぎぎ、ぃぃぅううんっ…………!!』
快感に必死に抗おうっていうのか。そうだ、頑張れ和紗。そんな愛のないセックスに溺れるな!
その僕のエールは、でも、届かなかった。
和紗はその直後、噛み合せていた歯を開く。そこに表れるのは、ぐずって泣く女の子の表情。

『…………やだ、やんだ…………こんなの、おっかねぇ………………!!!』

その一言を聞いた瞬間、僕は身が硬直した。
とうとう、出てしまった。本来の田舎訛りが。都会じゃ僕しか聞いた事の無かったはずの、彼女の素の喋りが。
それは彼女があらゆる殻を壊しつくされ、『鵜久森 和紗』としてのすべてを曝け出したに等しい。
『おっ、何だそりゃ。地元訛りか? はは、いいじゃねぇか。スゲェ可愛いぜ』
英児は上機嫌に笑いながら、後背位でのラストスパートをかける。
和紗の腋の下を抱え込みつつ、ズン、ズン、と腰を打ち付けていく。
『あひぃっ、ひいいっ…………んんっぐぅうううんっ………………!!』
和紗は表情をぐるぐると変え、時には舌を出し、時には歯を食い縛ってスパートに耐えている。
そして数十秒後、とうとう英児が射精を始めた。
『あぁ、スゲー出てる』
奥の奥まで繋がったままく足を筋張らせ、ドクドクと音も聴こえそうなほどに長く。
和紗は放心状態でそれを受け、ようやく身体を開放されると、ドサリとベッドの上に転がった。
快感の余韻に浸っているのか、身体中を細かに痙攣させながら。
英児は息を荒げ、膝立ちのままそれを見下ろしている。
悔しいけど、筋肉質な身体をしとどな汗に塗れさせたその様は、戦いを終えた戦士みたいだ。
そして、戦いはまだ終わっていないらしい。
『今日は、これで終わりじゃねぇぞ。シャワー浴びたらまた続きだ』
その宣言に、和紗が顔を上げる。
目を見開いた愕然とした表情……に見える。でもその眼にはかすかに、何かを期待するような色が見て取れた。
英児がそれを笑いつつ、カメラの方に歩いてきて、DVDの1枚目は終わる。
でも、この日の分は他に2枚あるんだ。
徹底的に快感を覚えこませる。その英児の言葉を裏付けるように。

事実、2枚目、3枚目には、快感を刷り込まれる和紗の様子がまざまざと映し出されていた。
時々素の方言を出しながら、まさに限界という感じで絶頂を続ける和紗。
英児は驚異的な精力でもって、その和紗を愛し続けていた。
四十八手というのがあるけど、それの殆どをやってるんじゃないかってぐらい、色々な体位で。
特に衝撃的だったのは、3枚目が始まってから約一時間後の光景だ。
胡坐を掻くような格好の英児の上に、和紗が乗っている。
細い両腕を英児の逞しい肩に回し、すらりとした足をしっかりと英児の腰に絡めて。
『おーおー、自分から腰振りやがって』
英児は悪魔のような笑みを浮かべながら言った。
その言葉がウソでないのは、彼の手が膝に置かれている事実で証明されている。
いくら英児でも、女性の腰を掴まずに抽迭するのは無理だろう。
つまり、英児自身は微動だにせず、和紗が自発的に動いているとしか考えられない。
『はっ、はっ、はっ…………』
英児と抱き合うと子供のように見える和紗は、ひたすらに短い喘ぎを繰り返していた。
喘ぎの感覚の短さは、そのまま興奮の高まりを表す。
『……あ、いく。…………ぃく、また いくっ………………!!!』
まるでうわ言のようにそう告げ、身体を震わせる和紗。勿論、手も脚も、しっかりと英児に絡みつかせたままだ。
もう否定のしようがない。
動画の中の和紗は、完全にイキ癖をつけられている。
繰り返し繰り返し快楽を覚えこまされ、少し奥を突かれただけでも絶頂に至ってしまうように。
すでに理性なんてほとんど残ってないんだろう。そう、きっと、だからなんだ。
『ん、んむっ…………』
英児がキスを求めると、和紗は嫌がる気配すら見せずにそれを受け入れる。
それはきっと、判断力がなくなっているせいなんだ。
心の中でそう繰り返しつつも、僕は不安で仕方なかった。
DVDの最後の1枚。ほんの2日前の映像を記録したその中で、和紗はちゃんと元に戻っているのか。
それを知るのが怖いんだ。



最後の1枚が再生される。
映像はクリームやファンデーションの隙間から、暗い寝室を覗く形で始まった。
隣の部屋には明かりがついている。
狭いリビング。和紗と英児が洋酒を酌み交わしている姿がかろうじて見える。
いつもの広々としたマンションじゃない。モヤシやアロエが栽培されている、所帯じみたキッチンを奥に臨むリビング。
――間違いない。
これは、ウチだ。今僕がDVDを鑑賞している、このマンションの部屋だ。
和紗と英児は、淡々と何かを話しているようだった。
目を凝らせば、2人とも少し頬が赤くなっているのが解った。眼をトロンとさせたその雰囲気は、どこかいやらしい。
『そろそろ、始めるか』
会話の最中、英児が妙にハッキリとした口調で告げる。
『……うん』
和紗が頷く。
何をだ。一体何を。そこは、僕らの家なんだぞ。僕は嫌な予感をひしひしと感じ取りつつ、画面を凝視する。
2人はキッチンの椅子から立ち上がり、カメラが正面に映す方……寝室へと足を踏み入れる。
そして、お互いに服を脱ぎ始めた。
他の映像で和紗の裸はさんざん見たけど、脱ぐところを見るのは久し振りだ。
和紗の下着は昔と違っていた。
僕と住んでいた頃は、居酒屋のバイト時代に買った、モスグリーンやブルーのシンプルな下着ばかり。
でも今は、真っ赤な生地に黒いレースのついた、扇情的かつ高価そうな下着だ。まるで、一流の娼婦がつけてるような。
『なかなか似合ってるじゃねぇか』
英児はその下着に満足げな笑みを見せつつ、脱がしにかかる。
和紗は恥ずかしそうに目線を下げたけど、抵抗する素振りはない。

お互いがモデル級の裸を晒す段階になると、英児が和紗を抱き寄せた。そして、キスを迫る。
和紗は、最初少し身を強張らせているようだった。でも英児の手がうなじを撫でると、ゾクッとしたように震える。
そうなれば、キスももう拒まなかった。
何度も何度もキスをして、ハグを交わして、そのまま2人はベッドへと倒れこむ。
ベッドの上でもする事は同じ。ひたすらに英児が和紗の身体中を愛撫し続け、和紗もそれに控えめに応える。
長い、長い前戯。
見ている方はつまらないけど、当事者2人は刻一刻と燃え上がっているのがわかった。
何しろお互いの背中や肩が、汗びっしょりになっていってるんだから。
英児はたまに顔を上げて柱時計を確認しつつ、前戯を続けていた。
それを見るうち、僕も彼がやろうとしている事に気付く。
“ポリネシアンセックス”だ。
前に和紗とのセックスを模索している時、ネットで見かけた。
スローセックスっていって、大きな動きをせずゆっくりと交わると、そのうち断続的な絶頂状態になるらしい。
普通のセックスとは比べ物にならないほどの幸福感や興奮が得られるとも書いてあった。
僕も一度、和紗と試してみた事がある。
でも僕だとどうにも勃起力が持続できなくて、ただイチャイチャした後で普通にセックスするだけの結果になった。
英児は今からそれをやろうとしてるんだ。

『どうだ和紗。ダンナと毎晩のように愛し合ったベッドで、こうしてんのは。興奮すンだろ』
英児は愛撫を続けながら、和紗の耳元に囁きかける。
和紗は顔中を汗に塗れさせたまま、困ったように眉を下げた。
『い、言わないで。罪悪感が凄いんだから』
『よく言うぜ、その罪悪感をオカズにして興奮する変態のくせに。
 憶えてっか。すぐそこの駐車場でカーセックスした時のよ、お前の締め付けは凄かったよな。
 石山の取り巻き共に、公園でマワされてた時もだろ?
 そういう女なんだよ、お前は』
カーセックス。その単語が僕の頭を殴りつける。
まさか、帰りの遅い和紗を待つのに疲れ、一人で晩酌したあの晩か。
だとしたら、僕はあの晩、妻が寝取られている現場でオナニーをした事になる。
『んんんっ…………』
和紗は甘い吐息を漏らした。相当に昂ぶっているみたいだ。
その和紗の髪を撫でつけつつ、英児はキスを迫った。そしてそのまま、ゆっくりと挿入を果たす。
『くぅっ』
挿入の瞬間に出た声は、和紗と英児のものが重なって聴こえた。
そしてそのまま、しばらく声は聴こえなくなる。いつもの挿入後のように、ベッドがギシギシと軋む事もない。
ただ、深呼吸の音だけが聴こえてくる。
英児が上になり、和紗が下になった格好のまま。
僕にはその光景が耐えがたかった。和紗という宝物が、英児に密着されている時間だけ汚染されていくみたいで。
離れろ。早く離れろ。
僕は今日だけで何十回、テレビに向かってそう念じたことだろう。でも、それが実を結んだ事はない。実を結ぶ訳がない。
これはあくまで、過去に起こったことの記録なんだから。

『んっ…………』
何分が経った頃だろうか。和紗の小さな呻き声が、ようやく画面から聴こえてきた。
とはいえ、動きはほとんどない。
『噂通りスゲェな、これ。俺がちっと体動かすだけで、下半身がピクピクしてんじゃねぇか』
英児が状況を解説する。僕には知りようのない状況を。
『はーーっ、はーーっ、な、何か変…………はーっ、はーー、変だよ………………』
和紗は深呼吸を繰り返しながら、うわ言のように呟いている。
『ああ、変だよな。なんつーか、興奮して頭爆発しそうだ。あと、いつも以上にスゲーお前が可愛く見えてきた。
 なんかクスリやってるみてー』
英児も疲れたような半笑いだ。
この頃になると、英児の汗の量も半端じゃなくなっていた。
もう単に背中がテカっているって段階じゃなく、全身から滝のような汗が噴き出している。まるでバスケットの試合の最中みたいに。
そんなに興奮してるのか。それほどのエネルギーが生まれているのか。
僕はそう考えて愕然とする。
和紗だって普通じゃない。荒い息遣いはまったく変わってないけど、目が虚ろだ。
『おい、大丈夫か?』
たまに英児がそう尋ねても、ハッキリとした返事は返さない。泥酔した時みたいに、う゛ー、と呻くばかりだ。
僕の心配をよそに、そんな状態がさらに数十分は続いた。
そしてその最中、急に英児の腰が跳ねる。
『うあ゛っ…………!?』
その低い呻きの後、和紗、英児の両方が目を見開いて、結合部を見つめている。
『あああ、ヤベェ何だコレ…………動いてねぇのに、いきなりスゲェ出た…………』
『な、何で、急に…………?』
『急にったって、お前の膣内がグニグニ動くからよ、さっきからスゲーやばかったんだって。
 ああ、こんな出たの初めてかもしんねー。しかも全然萎えねぇし。こりゃマジで半端ねぇぞ』
英児は和紗と言葉を交わしながら、小さく腰を動かし始めた。本当に小さく。目を凝らさないと解らないぐらいの腰の引きで。
でも、その効果は絶大らしい。
英児も和紗も、下半身どころか全身を痙攣させ、何度となく絶頂に浸っていた。
『ああ、だめ、だめこんなのっ……おかしくなる、おかしくなっちゃう…………!!』
特に和紗のハマり具合は異常だ。手足を英児の体に絡みつかせながら、艶々とした黒髪を乱して感じ続ける。
その様子は、最愛の彼女が英児の手で“作りかえられた”事を、よく物語っていた。



すべてのDVDを見終え、僕はしばし放心する。
いつの間にか窓の外は夜になろうとしていた。ほぼ丸一日、妻の痴態を眺めていたらしい。
ふと下半身に違和感を覚え、ズボンをずり下げる。
射精していた。
情けなくて涙が出る。いくら刑務所暮らしで禁欲生活が続いていたとはいえ、妻が寝取られる映像で達するなんて。
そう、僕は妻を寝取られたんだ。ずっと無二の親友だと思っていた男に。
これから、どうすればいいんだろう。
こういう場合、妻を奪われたといって民事訴訟でも起こすのが普通だろう。
ちょうどお誂え向きに、ここには大量の証拠DVDだって残されている。
でも、どうにもその答えじゃしっくり来ない。
この映像を見る前なら、いや、この家に帰ってくるまでなら、その方法も魅力的だっただろう。
でも今は、和紗に訪れた変化を知ってしまっている。
もしも英児を相手に裁判を起こし、勝ったとして…………その結果、和紗が僕を捨てて英児について行ったらどうする?
そうなれば僕には、もう何も残らないじゃないか。
何より、裁判なんかで第三者に結論を下されたって、僕自身が納得できない。
相手はあの英児なんだ。直接奴に会って、決着をつけてやる。





2年ぶりに訪れた親友のマンションは、相も変わらず豪華な限りだ。
今になって考えれば、奴がこんな所に住んでいる事自体を怪しむべきだった。
明らかに社会人1年目が住めるような代物じゃない。引っ掛けた女の子に金を出させているとか、何か裏があるに違いない。
「僕だ」
英児の部屋……1805室のインターホンを押し、そう告げる。
いくつものセキュリティを通り抜け、重い金属製のドアを開いた先には、懐かしい顔があった。
かつては頼もしく見えた笑顔。今は、何よりも憎むべき敵の顔。
「君があんな人間だったなんて、思わなかったよ。…………ずっと、僕を騙していたんだな」
僕は心からの恨みを込めて言った。
何人もの人間が、こういう病的な僕を見て顔を強張らせたものだ。でも、英児は笑みを消さない。
心の底から僕を下に見ている感じだ。
「何だよ、おっかねぇ顔しやがって。俺の事も刺すのか、犯罪者? 今度は初犯じゃねぇ分、勤めは長ぇぞ」
確かにそうだ。
世間一般から見れば、僕は前科者、英児は善良な市民だ。理不尽だけど、それが事実。
でも、だからといって退いたらここまで来た意味がない。
「もし裁判になったら、全部話すさ。ウチにあったDVDの事も含めて、全部だ」
僕は燃え滾る怒りを抑えつつ、静かに告げた。
普段怒り慣れていないせいか、声が震えているのが解る。
英児は、それでも顔色を変えない。むしろ、嘲りの色を濃くするだけだ。
「フン、バカかお前」
「…………なんだと?」
「冷静に今の自分の立場を考えてみろよ。人をブッ刺してムショ入りして、出てきたその日にまた傷害。
 おまけに襲った相手はどっちも、昔からの知り合いときてる。
 本人がどういう事情を喚こうが、傍目にゃあただの気が狂った猟奇殺人者だぜ?」
確かにその通りだ。でも。
「それでも、お前を野放しにはしておけない!」
「野放しにせずに、どうするってんだ? 俺が入院するなり死ぬなりして、お前はムショに逆戻り。
 そうすっと和紗のやつは、たった1人で子守しながら働き口を探すことになる。それがお前の思いやりって奴なのか?」
一理ある。
確かに和紗は、子守をしていて大変な時期のはずなんだ。
英児を刺さずに裁判で決着をつけたとしても、その結果として残るのは、前科一犯で職もない夫との生活。
元通りの生活だなんてとんでもない。石山を刺した時点で、僕の運命は決したんだ。
そして僕が石山を刺すように誘導したのは、多分英児で間違いない。
つまりは全部、英児の手の平の上だったってことか。
 ――まったく、もう笑うしかないな。
僕は項垂れながら自嘲する。
「な、解ったろ。変な気を起こさずに丸く治めんのが、一番和紗の為になるんだ」
英児は宥めるように僕の肩を叩いた。
そして僕が何も言わずにいると、勝ち誇った笑みを湛えながら服の内ポケットを弄り始める。
何か切り札的なものを取り出そうっていうのか。
でも、無駄だ。
僕には初めから、このゲス野郎と交渉なんてする気がないんだから。

「ナメるなよ、英児ッッ!」

僕は俯いたままそう言うと、ズボンの背中側に隠していたナイフを引き抜く。
そしてそのままナイフを構えて突進し、英児を

……………………

刺せ、ない。

僕の突進は英児にあっさりとかわされ、逆に手首を絞り上げられてしまう。
まるで、行動を読まれていたみたいに。
「おー、危ねぇ危ねぇ。残念だったなァ。
 石山ン時みてぇにいくと思ったか? 自惚れんなよ。あんなもん、不意打ちのマグレだ。
 正面切ってのケンカで、テメーが俺に勝てる訳ねぇだろ」
折れそうなぐらいに僕の手首を握りこみながら、英児は笑う。
「テメーが何かしてくる事ぐれぇ、解りきってんだよ。
 テメーみてぇなバカが今選べる道は、俺の言う通りにするか、自暴自棄になって暴れるかしかねぇからな」
「ぐ、アっ!!!」
英児の言葉と共に握りが強まり、僕はとうとうナイフを取り落としてしまう。
「さーて、んじゃあ正当防衛開始だ。
 テメーがナイフ持って襲ってきたとこは、キッチリ撮影してあっからよ。
 とりあえず俺に半殺しにされてから、ムショん中で好きに喚けや。
 誰も聞きゃあしねぇだろうが、な!!」
英児の拳が、アッパー気味に僕の腹部を抉る。
「ごぇえっ!!!」
今まで出した事もないような低い呻きが出た。
唾液の濃いものが口からあふれ出す。肋骨が折れたように痛む。
この一発で解ってしまう。勝てない。実際にケンカをすると、僕と英児じゃ、こんなにも差があったのか。
でも、退けない。
僕は昔、誓ったじゃないか。和紗を笑顔にするって。ここで英児に屈したら、和紗を笑顔にすることなんて二度とできない。
バカだから理屈は解らないけど、本能がそう叫ぶんだ。
「ぐ、ぅ……ぁあああアっ!!!!」
渾身の力を込めて、肩で英児の身体を押し返す。
「なっ……テメェ!!!」
英児の身体の軸がぶれた。でもそれはほんの一瞬。すぐに英児は足を踏み変え、強烈なフックで僕の顎の辺りを殴りつけてくる。
「ぐぶふゅっ……!!!」
鈍く痺れるような痛みに続き、口の中に血の味が広がっていく。視界も揺れる。
でも、英児から離れない。
「死にてぇのか、このグズがっ!!」
英児はこめかみに青筋を立てながら、僕の身体中を殴りつけてくる。
多分急所を打たれてるんだろう。一発一発が僕の脳に警鐘を鳴らさせる。鼻から血がどんどん溢れ、体がふらついて壁際に押し込まれる。
鳩尾にまた良いのを貰ってしまった。息がつまり、あらゆる行動が止まる。
もう、限界だ。ここで死ぬかもしれない。
そんな考えが脳裏に浮かぶ。
その朦朧とした状態の中で、僕は見た。リビングの奥……ベッドルームの扉が静かに開くのを。
そしてそこからネグリジェ姿の女の人と、銀色に光る何かが飛び出して――

「むぐ、ぅっ…………!!?」

直後、英児の口から妙な声が漏れた。
何事かと奴の顔を見上げると、その口から薄く血が流れ落ちてくる。
そして英児は震えながら背後を振り返り、目を見開いた。
「テメェ…………っか、和紗………………!!!」
そう。
そこにいたのは、間違いなく和紗だ。
和紗が手にした刺身包丁を、深々と英児に突き刺している。
「はーっ、はぁーーっ…………」
和紗は恐怖に慄くような顔で包丁を離し、壁に寄りかかった。
同時に、僕の手首を掴む英児の手から握力が消える。
英児は顔面を蒼白にしたまま、力なくその場にへたり込んだ。
「ああ、あああ……っ、痛ぇ…………いってぇ…………。
 ち、畜生………………刺しやがった……刺しやがっ、たな…………!」
傷口を押さえる英児の手も、徐々に赤く染まっていく。
和紗は少し怯えている様子だったけど、すぐに口元を引き締め直した。
そして左手から指輪を抜き取り、英児の目の前にそれを落とす。
大粒のダイヤを冠したリングは、その重さの分、ひどく寂しい音で床を跳ねる。
「刺したよ。もう、逃げるのはやめたの。
 夫の為だとか、子供の事を想ってだとか、そんなの全部ただの言い訳。
 本当は不甲斐ない自分から目を逸らしたくて、あなたとのセックスの快感に逃げてただけ。
 でも、こうしてまた壮介が命を張ってくれてるの見て、目が覚めた。
 私だってもう逃げない。
 警察と救急車はもう呼んでるよ。そろそろ来る頃だろうから、命が惜しいならじっとしてたら?」
和紗は凛とした様子で言い放って、立ち尽くす僕に向き直った。
ネグリジェの内側から白濁した雫が滴り落ちる。そしてその脇で握り締められた手は、かすかに震えている。

「…………ごめん、壮介。
 今から自首するから、せめて途中まで、一緒にいてくれないかな」

久し振りに聴く彼女の声は、手と同じく震えていた。
つらいんだろう。僕には、その心境が解る。僕だって2年前、同じように震えた夜があったから。

「ああ。もちろんだ」

僕はそう答えて、血まみれの妻の手を取った。
和紗がどきりとした様子で手を引こうとするけど、離さない。
もう、絶対に離さない。

「テメェ和紗…………自分が何したか、わぁってんだろうな!
 テメェはこの俺の秘書なんだぞ。そのテメェが事件を起こして、全部バラしてみろ。マスコミ共のいい餌食だぞ?
 そうなりゃ、これから一生その汚名は消えねぇ。この先ずっと母子揃って、後ろ指差されながら生きてく事になる!
 な、逃げないとか自分に酔ってる場合じゃねぇだろうが。
 この傷はそこのバカがやった事にしてよ、サツに口裏合わせて――」

腰を抜かしたまま、英児が何か言っている。和紗はすぐにその言葉に反論しようとした。
でも僕は、その和紗を手で制する。これ以上、和紗には一言だってコイツと話してほしくない。
「――英児。君はやっぱり、僕らをナメてるよ」
僕がそう言うと、英児の表情が一変した。
「なっ!?……テ、テメーにゃ訊いてねぇんだよ、すっこんでろ!!」
「その手はもう食わないよ、英児。君は僕らに上からモノを言えるほど、絶対的な人間じゃない」
予想外の言葉なのか、凍りつく英児。
僕はさらに続ける。
「君は確かに、何かを得るって事に関しては、僕らよりずっと優れてるんだろう。でも、何もかもが上って訳じゃない。
 君は得ようとする事に躍起になるあまり、捨てることに無頓着すぎた。
 君の『捨てる』覚悟は――僕らの足元にも及ばない!!」
そう。
お互いがお互いの為に自分を捨てる覚悟を決めた僕らに、もう失うものなんて何もない。
英児の土俵に立ってやる事なんてないんだ。
「……………………ッッ!!!!!」
英児は眼を見開いたまま僕を見上げ、一言も返せずにいた。
頭は良い奴だ。失うことを恐れない人間相手には、どんな交渉も無意味だと悟ったんだろう。
「行こう、和紗。」
僕は愛する妻の手を握り直し、精一杯の笑みを浮かべた。







「おばちゃーん、団子まだーー?」
「はいはい、ちょっと待ってね。
 壮介ぇー、悪ィけどこっちーお茶くなんしょーー!!!」
いつもの子供の声に続き、和紗の声が響きわたる。
子供達は聞き慣れない言葉を、くなんしょ、くなんしょ、と繰り返しながら笑っていた。
和紗をおばちゃん呼ばわりってのも気になるところだ。
もっとも、あれぐらい小さな子にとっては、20代後半で甘味処をやっている女性はおばちゃんに見えるのかもしれないけど。
「お待たせしました」
僕は淹れたてのお茶を縁側のお客さんに配って回る。
「おお、おお、今日も頑張っとるの」
常連のおじいさんが労いの言葉をくれる。どこか和紗のおじいさんを思わせる雰囲気だ。


あれから、5年。
和紗は言葉通り自首し、裁判ですべてを明らかにした。
石山をも利用した英児の自己中心的な所業は、女性裁判官を大いに憤慨させ、刑期はたったの半年で済んだ。
急成長を続けるベンチャー界の超新星、と呼ばれていた英児は、彼自身が予想していた通りの大スキャンダルに巻き込まれた。
笑えるのは、彼に捨てられた数知れぬ女の子達が、英児の破滅をきっかけとして一斉にマスコミへのリークを始めたことだ。
これによって英児は連日週刊誌の記事を賑わせる事になった。
世間の反応が英児=絶対悪、となっていく様子はおかしくもあり、恐ろしくもあった。
彼が今どうしているのかは知らない。体面がすべてみたいな男だから、子供を連れて海外へ逃亡でもしたんだろうか。
案外、恨みを持つ女の人に殺されているかもしれない。
でもどっちにせよ、今の僕らには関係のない話だ。
僕らは今や東京から遠く離れ、この長閑な山奥で新しい生活を始めているんだから。

「いんやー、今日もお客さん多かったべー」
ようやく後片付けを終えて、和紗がちゃぶ台に突っ伏す。
「ふふ。お疲れさま」
僕はそんな和紗の背中を撫でた。
「壮介おめ、なしてそんなに元気なんだ? 昔ゃ逆だったのに」
「ん? うーん……そうだなぁ。和紗と一緒に働いてるから、なのかな」
何気なくそう言うと、ちゃぶ台の上で和紗の顔がみるみる赤くなっていく。
そして和紗はむくりと起き上がると、僕の肩を小突き始めた。
「だ、だーからっ、そういうこと真顔で言うなよー!!」
あ、共通語になった。これはいよいよ照れている証拠だ。
「あははっ、ごめんごめん」
僕はそう言いながら、和紗を優しく抱きしめる。
すると和紗の猫のような叩きもピタリと止み、華奢な身体を預けてくる。
僕はそのまま、慣れた手つきで和紗の和装を脱がしに掛かった。
ブラジャーのホックも外し、ショーツも曲げた脚から抜き取って、いよいよ和紗を生まれたままの姿にする。

何十度となく目にしてきた和紗の身体。
でも最近は妙に忙しくてご無沙汰だったから、つい興奮で頭がクラクラしてしまう。
もう30手前だっていうのに、和紗のプロポーションは昔とほとんど変わらない。
せいぜい妊婦時代に比べて、乳房の張りが収まったぐらいか。
まぁ体型が若いままなのは僕もなんだけど、これも山の幸の力なのかな。
「綺麗だよ、和紗」
僕は和紗の唇に軽くキスしつつ、本心からそう囁きかけた。
今さらという気もするけど、毎回欠かさず言っている。言うべきことはすぐに言う。それが大切だって知ってるから。
「ありがとう」
和紗はそう笑いつつ、深いキスを返してくる。
人肌より暖かい舌が絡み合う、濃厚なキス。お互いの息がお互いの肺を通り抜け、興奮を増していく。
ほのかに香るいい匂いに、僕の分身も硬さを増してきた。
「んっ! ……ふふふ」
股座に異物が当たるのを感じたのか、和紗がキスの合間に笑う。
外向きとは違う、子供のように天真爛漫な笑い。僕の大好きな顔だ。
「そろそろ、いいかな」
僕はまた囁きかけた。
久しぶりのディープキスのせいか、僕の理性は爆発寸前だ。下半身に血が巡って仕方ない。
「もちろん。…………とっくにだよ」
和紗は蕩けるようなとびきりの笑みをくれる。
それが最後の引き金となって、僕は彼女を畳の上に押し倒した。

愛を込めて黒髪を撫でつつ、身体中を愛撫していく。
まだまだ張りを失っていない、手に吸い付くような珠の肌。
でも胸の先端には、かすかな傷跡が残っている。英児によって開けられたピアスの穴だ。
せっかく綺麗なピンクの蕾だっていうのに、残酷な事をする。
そこに触れると、未だに和紗は肩を強張らせる。でも僕は、あえてその傷跡も含めて愛撫する。
逃げてるだけじゃ、新しい今は作れないから。
僕は精一杯の愛情と共に、和紗の胸の蕾を甘噛みし、舌でくるんで転がした。
「ん、んんっ…………っふ、んんっ…………!!」
それほどの時間も要らず、和紗の唇から甘い吐息が漏れ始める。
その間隔も、身体を重ねるごとに段々と短くなってきているみたいだ。
我ながら充分と思えるほど愛撫してから、和紗の恥じらいの場所に触れる。
驚くほどによく濡れていた。
「挿れるよ」
「うん」
僕は和紗と顔を見合わせたまま、ゆっくりとお互いの粘膜で繋がりあった。
ぬるりとした締め付けが僕自身を包み込む。
なんて気持ちいいんだ。久しぶりだから、余計に脳髄への刺激がビリビリくる。
「…………気持ちいい」
僕の心を代弁するようなその一言が、和紗の唇から囁かれた。
僕はそれに、心の底から安堵する。
最初の頃は、和紗の締め付けは殆どなかった。すっかり英児のサイズに慣らされていたせいだ。
だから僕の物を奥まで入れても、和紗は明らかに演技と解るぎこちなさで快感を訴えるだけだった。
それが今は、こんなに真心を込めて囁いてくれる。
ようやく彼女の奥深くも、英児という呪縛から開放されつつあるんだ。
「好きだよ、壮介…………大好き」
和紗は潤んだ目で囁きながら、伸ばした左手で僕の頬を撫でた。
薬指にかすかな冷たさが感じられる。僕の左手に光る、慎ましい愛の証と同じものが。

僕らは結婚してから随分と長い間、川の対岸に居たような気がする。
一人で必死に泳いでもとても届かないほど、黒く、大きな川だ。
でもその川だって、2人で泳げば手を取り合える。2人で力を合わせれば、どんな困難だって乗り越えられる。
それが結婚という行為の、本当の意味なんだ。
僕は2度と和紗を離さない。これから一生、彼女を笑顔にし続けてみせる。

『向こう岸の彼女』は、もう、終わりだ。




                       ~ FIN ~

向こう岸の彼女 最終話(BAD-END)

※ こちらはBADENDルートです。


覚悟はしてたんだ。
手紙の内容とは裏腹に、刑務所の門を出ても、そこに和紗の姿はない…………その最悪の事態への覚悟は。
でも、いざそれが現実になった時、僕はただ呆然と立ち尽くしてしまった。

  ――なぜ?

その二文字が、真っ白になった頭を数限りなく通り過ぎる。
なぜ、いない。出所前に貰った手紙には確かに、門の前で待ってると書いてあるのに。
待ち合わせ場所が違うのか? どこかに裏門でもあって、和紗は間違ってそっちで待ってるのか?
そんな事を考えては、すぐに有り得ないと打ち消す。
彼女に限って、刑務所の正門を間違えるようなバカをやるもんか。
むしろ間違えるとすれば僕の方で、彼女はいつもそんな僕を笑いつつ、正しい方へと手を引いてくれていたじゃないか。
和紗。いつでも優しく、頼もしく、愛おしい僕だけの宝物。
立ち尽くしたままその笑顔を思い出すうち、不意に僕の目からは涙があふれ出した。
ようやく出所という日に往来で泣くなんて、惨めこの上ない。でも、涙が止まらない。
そうして涙を溢していると、ふと横から肩を叩かれた。顔を向けると、そこには守衛さんの顔がある。
守衛さんは素早く左右に視線を配りながら、僕の手に紺色のハンカチを押し込んできた。
「返さなくていい」
一言そう告げて、素早く僕から離れる。
僕はしばし呆然として、直立不動に戻った守衛さんを眺めていた。でもまた涙があふれて、思わずハンカチで目元を抑える。
他人のハンカチを暖かく感じるのは2度目だ。前に拭ったのは嬉し涙だったけど、今度の涙はひどくつらい。

涙を拭いた僕は、和紗を待つことをやめ、足早に家路を辿りはじめた。
和紗はきっと、何か事情があって家で待っているに違いないんだ。
逮捕から約2年ぶりに見るマンションは、宅配ポストの苗字が半分近く変わっていた。
いよいよ湧き上がる不安を抑え込みつつ、僕らの部屋である202号室へ。ドアノブを掴み、回す。
…………開かない。
ガスメーター下の小さなタヌキの置物を拾い上げ、お腹の部分を開ければ、案の定見慣れた鍵が出てくる。
その鍵で開いた先の空間からは、なぜか懐かしさは感じなかった。
家具も内装も、僕がいた頃のままだ。
和紗と協力して組み立てたクリスマスツリーが、季節外れにもかかわらず出たままになっている。
それどころか、電話の上のカレンダーすら、2年前の12月22日…………僕が逮捕された日のまま捲られていない。
まるで僕が逮捕されたあの日以来、時が止まってしまっているみたいに。
でも。
あの頃にはなかったものが、さっきから視界の真ん中に入っている。
リビングの机の上、テレビの正面に積み重ねられた、大量のDVDの山だ。
僕は旅館の額縁裏にお札を見つけた時みたいに、そこから嫌な気配を感じて仕方がなかった。
そして“それ”から逃れるように、家の中を見て回る。
「和紗、いるの?」
声を掛けては見るものの、返事が無いことはわかっていた。
けして広いとはいえない我が家。妻がいるかどうかを知るには、リビングからぐるりと見回せば十分だ。
床のホコリの無さから考えて、何年も人が居なかったという訳でもないらしい。むしろ、つい最近まで居たに違いない。
じゃあ、いつまで居たんだ?
僕は、ふとそれが気になりはじめた。どうでもいい事なんだけど、たぶん現実逃避の一種なんだろう。
今の状況を受け止める覚悟がないから、些細な事を考えて気を紛らわせようとしてるんだ。
ゴミ箱が目に留まる。
ゴミ。そうだ、レシートでもあれば、和紗がいつまでここに居たのか判るじゃないか。
僕はそんな事を考えながら、ゴミ箱の中に手を突っ込む。
がさり、と紙の束が手に触れた。それを勢いよく引き抜き、丸まった紙を開いて…………息を呑む。
ゴミ箱に捨てられていた、くしゃくしゃの紙。それらはすべて、塀の中に入っていた僕へ宛てた手紙だった。
ただし、ひとつとして最後まで書かれたものはない。
最初は几帳面な字での挨拶から始まり、何気ない話に話題が移り、でもそこからどんどん字が崩れて、最後には殴り書きみたいになる。
罫線を大きくはみ出し、ペンでぐしゃぐしゃと塗り潰す書き方は、どう見ても普通じゃない。


      ごめんなさい     ごめんなさい
           ごめんなさい
    ごめんなさい ごめんなさい    ごめんなさい 

        ごめんなさい      ごめんなさい


ペンのインクがまだ新しい手紙の中には、そうして延々と謝罪の言葉が並んでいるものが多かった。
一体和紗は、何をそんなに謝ってるんだ。そんなに謝らなくちゃいけない事をしてたのか?
それに、僕が塀の中で和紗からの手紙を貰ったのは一度きりしかない。
こんなにも沢山の手紙を書こうとしておきながら、どうして僕の元には最後の一通しか届かなかったんだ?
僕はいよいよ混乱しながら、ゴミ箱をひっくり返す。
そして床に広がった何十という紙の束を、震える手で片っ端から開いていく。
そこに書かれていた事に目を通せば通すほど、僕の手の震えはひどくなった。
手紙には、この2年近くの和紗の心境が、生々しく書かれていたからだ。

この家から僕がいなくなって、胸に穴が空いたように寂しいこと。
何度もカレンダーを捲ろうとしたけど、どうしても日付を前に進められないこと。
毎日のように英児に身体を求められること。
休日に丸一日中イカされ続けて、本当に頭が変になりそうだったこと。
乳の出が悪くなってきたこと。
英児と外出すると、周りからの視線を物凄く浴びること。
膣の奥を突き上げられる時に、頭の中がドロドロになる感覚をよく味わうこと。
バックスタイルで力強く犯されると、情けない声と涎がどうやっても止められないこと。
僕が背を向けて去る夢をよく見ること。
朝からぶっ通しの甘いセックスで前後不覚になって、知らぬ間に英児とのキスを受け入れてしまっていたこと。
もう、自分が本当に自分なのかがわからないこと。

それらを読み進めるうち、僕はとうとうその場にへたり込んでしまう。
ゴミ箱横にあったベッドに、かろうじて肘をつく。と、その肘に当たる感触が一部おかしい。
身を起こしてベッドシーツを撫でると、原因がわかった。
ゴワついてるんだ、シーツの一部が。まるで何か粘ついた液体が染み込んで、そのまま乾燥したみたいに。
いっそ、僕の頭が子供なら良かった。それが示す意味を理解できないぐらい、未熟なままなら良かった。
でも僕の脳は、起きた現実をしっかりと分析してしまう。
足元に散らばる手紙の内容が、リビングの“あの”DVDによって裏付けられるだろう事も――――。





DVDの表面にはそれぞれ日付が記されていた。
一番古いものは、3年前。僕らが死産の悲しみに暮れていたはずの頃だ。
僕はその一枚を手に取り、デッキに差し込む。
ゴクリ、と喉の鳴る音がした。
テレビに映し出されたのは、まだお腹の大きい和紗。
画質といい、手ブレ具合といい、いかにもホームビデオという風だ。
和紗は小さな赤ちゃんを腕の中に抱きつつ、喪服のような黒いブラウスを捲り上げて乳をあげていた。
この時点で、僕の頭はフリーズする。
なんだ、あの赤ん坊は。子供ながらにハンサムさを感じさせる、クッキリとした二重瞼。
どこかで見た覚えがある。そう。ちょうどこのビデオの背景と同じ、目も眩むような高層マンションで。

『ほら、何固まってんだ。もっとあやしてやれよ。俺とお前の、可愛いガキだろ』
映像の中から声がする。聞き間違える訳もない、英児の声だ。
『あなたと望んで子作りをした覚えなんて、ない』
カメラに不機嫌そうな視線を向けながら、和紗が告げる。
 ――俺とお前のガキ?
  ――望んで子作りをした訳じゃない?
それってつまり、レイプされたって事か。和紗が、僕の“親友”に。
どういう事だ。和紗が喪服のような格好で出掛けていた本当の理由は、石山に脅されていたからじゃないのか?
『だが結果的にゃ出来ちまったんだ。要はお前のカラダが、あの腑抜けの遺伝子じゃなく、俺のDNAを欲しがったんだよ』
腑抜け。英児がそう表現する対象は、状況からして僕以外に有り得ない。
英児は本当に、僕の親友じゃなかったっていうのか。
あんなに優しくて、頼もしくて、いつでも僕を助けてくれた彼が、心の中ではいつも僕を……。
『そんな言い方、やめて!』
和紗はいよいよカメラを睨みつけて叫ぶ。その気迫で腕の中の赤ちゃんが泣き出すと、和紗は困り顔で腕を揺すり始めた。
なんだろう。ひどく手慣れている感じがする。まるでその赤ん坊を、もう何度もあやしているみたいに。

『チッ、つれねぇな。まあいい、お約束の時間といこうぜ』
英児の声がそう言った後、カメラが一歩ずつ和紗に近づいていく。
そして目の前にまで迫ると、画面下部から現れた赤黒い何かが和紗の頬を叩いた。
先の太い独特の形状。
同じ男の僕には、それが勃起したペニスだとすぐに判る。
ただ、大きさが僕の常識と違った。まるで外人のペニス。太さだって長さだって、僕の最大時より2周りは上だ。
おまけに血管の脈打つ様子からは、かなりの逞しさまで備えている事が伝わってくる。
まさに須永英児という人間を象徴するような男性器だ。
『んっ!!』
そのペニスを鼻先に突きつけられ、和紗は嫌そうに顔を背ける。でも、英児らしい影が動きを止める事はなかった。
『今さら拒否ンなよ。そのガキを家に置いた上、養育費を払ってんのは誰だと思ってんだ?』
その言葉で、和紗が目を見開く。
大方の事情が見えてきた。
どのタイミングかは判らないが、和紗は英児からレイプされ、身篭ったんだ。多分、僕らの愛でていたお腹の子がそうだったんだろう。
そしていざ産んでみれば、あからさまに英児の血を引いた子供。当然、僕には話せない。
だから和紗は、死産を装いつつ密かに英児に預け、その交換条件として体を要求されているんだ。
芳葉谷にいた頃から子供好きだった和紗のこと。たとえ英児との子だったとしても、見捨てたくなかったに違いない。
だとしたら、なんて卑劣なんだ、英児は。
その英児に踊らされていた自分が情けない。本当の敵はすぐ傍にいたってのに、石山なんかに敵意を向けさせられて、その陰でこれか。
一体、僕のこの2年近くの獄中生活は何だったんだ。

『しっかり咥え込めよ?』
英児の低い声がする。前なら惚れ惚れしたような低音。今は悪魔のそれにしか聴こえない声。
映像の中には、喉奥まで剛直を咥え込まされた和紗の顔がアップで映っていた。
英児の視点とほぼ同じ位置から、見下ろすように撮影しているらしい。
片手でカメラを構え、片手で和紗の黒髪を押さえつける英児の影。
和紗はまだ授乳の最中だ。当然、その細まった目にも垂れた眉にも、迷惑そうな色しかない。
でも英児は、それを微塵も気にしていないようだった。脚の長さを活かし、ソファに座る和紗の口へ真正面から腰を打ち込んでいく。
『ああ、いいぜ。上手くなってきたじゃねぇか』
刻一刻と唾液に塗れていく逸物が、しっかりとカメラに映されていた。
顎を縦一杯に開き、ほとんど泣くような顔で咥え込む和紗の様子も。
時々唾液の糸を引きながら口から吐き出させ、また咥え込ませる。何度も、何度も。
『俺のペニスの味はどうだ? 色んな女が嬉しそうに舐めてきたシロモノだぜ。
 お前にゃ、特に念入りに憶え込ませてやっからな』
英児の言葉が、一々僕の心臓を鷲掴みにする。
そうしてたっぷり数分をかけて和紗の口内を蹂躙したあと、英児はついに射精を始めた。
『んん、んんん、ンっ……!!』
和紗の頬が膨らみ、咳き込み、唇の端から白濁した液が滴り落ちていく。
笑い声と共に、揺れるカメラがそれを映し、そこで1枚目のDVDは終わった。

テレビ画面が真っ暗になった瞬間、ドッと疲れが来る。
覚悟はしていた。覚悟はしていたけど、実際に親友が妻を穢す映像を目にすると、胸やけに近い吐き気がこみ上げてくる。
刑務所から出たら食べようと思い焦がれていたアレもコレも、今は喉を通りそうにない。
目の前には、依然として山のようなDVDがある。今と同じような、白昼の悪夢を収めたDVDが。
見たくはないけど、見ないわけにはいかない。タンスの裏に逃げ込んだゴキブリを、放っておくわけにはいかないように。



2枚目を再生する。
日付は1枚目の数ヵ月後。ずっと喪服のようだった和紗の格好が、カジュアルなものに一変した後だ。
そのカジュアルな服が、ベッド周りに散乱している。
カメラはどこか台のような所に置かれ、ベッドの上の痴態をブレることなく淡々と映していた。
お腹もへこんでモデル体型に戻った和紗を、背後から英児が愛撫する。
カメラに向けて大股を開く格好だから、恥ずかしい部分はモザイクすら無しで丸見えだ。
真っ白な和紗の肉体。生々しい性器。
禁欲を重ねた僕にとっては目の毒だ。ズボンの中で勃起が始まってしまう。
映像内に他の男の姿さえなきゃ、すぐにでも気持ちよく抜けるのに。

英児の愛撫は見るからに巧みだった。
乳房を揉みしだくにしても。クリトリスを指先で転がすにしても。膣の中を2本指でくじり回すにしても。
何十という女性相手に経験を積んできた説得力がある。
和紗だって女だ。そんな巧みな愛撫を延々と受け続けて、何も感じずにいられる筈がない。
『はぁっ、はぁっ、はーっ……はっ、ハッ、は…………』
荒い息を吐きながら、時に緩く目を閉じ、時に薄目を開けてカメラを意識している。
その頬は刻一刻と赤らみ続けていた。
胸の蕾も硬くしこり勃ち、乳房を揉みあげられるたびにミルクを噴き出すようになる。
Mの字になった脚は何度も内股に閉じかけ、腰を突き出すようにして堪らなそうに跳ねる。
そして一番変化が解りやすいのは、何といっても秘裂そのものだ。
最初は慎ましく閉じていたピンクの割れ目が、いつしか充血して開き始めている。
晒された粘膜から次々と愛液があふれているのが、カメラ越しの肉眼でも確認できる。
音もぬちゃぬちゃといやらしい。僕のいるリビングを覆い尽くしそうな水音だ。
『カメラの前で、こんなに濡らしやがって』
英児がそう呟きつつ、和紗のアソコから手を離す。浅黒いその指は、5本全てが透明な粘液で濡れ光っていた。
自分の愛液を見せつけられた和紗は、ただ恥ずかしそうな顔で喘ぐばかり。
何も言わないけれど、女として発情しきっていることは確かだ。

『さ、そろそろ本番いくぜ。また過呼吸にならねぇように、今のうち深呼吸しとけ。
 壮介のヌルいセックスとは次元が違うって、いい加減思い知ったろ?』
英児はそう言い放ちながら、ベッドの上で和紗を押し倒した。
和紗の表情が強張る。あんなに真剣で、あんなに怯えている顔は、僕の前で見せたことがない。
筋肉質な英児の肉体が、すらりとした和紗の脚の間に入り込む。
茂みの下にピタリと宛がわれるのは、僕のよりずっと立派な男の象徴。
英児は体を前傾気味にして調節したあと、グッと腰を押し込んだ。
『あぐっ…………!!』
和紗の唇から悲鳴が漏れる。
悲鳴――いや、果たしてそうだろうか。嬌声じゃないのか。
経験のない処女ならともかく、和紗はある程度セックスを知っている人妻だ。
その人妻が、あれだけドロドロに濡らされた上で、逞しい逸物に貫かれたら――漏れるのは嬌声じゃないのか?
その僕の不安は、映像が先に進めば進むほど、ハッキリとした輪郭を持ちはじめた。
ベッドが激しく軋む。
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、と肉のぶつかり合う音もする。
英児と和紗、男女の理想とも言えるプロポーションを持った2人がセックスをする音だ。
和紗の左脚を英児が肩に担ぎ上げての交わり。それを受ける和紗は、右手でシーツを掴んで何かに耐えていた。
両目は閉じられたまま開かない。でも、その瞼の動きが雄弁だ。
『っふぅうんん…………!!』
唇から漏れる艶かしい声も、主がどういう状況かをわかりやすく伝えてくる。
英児はそういう反応に薄笑いを浮かべ、いよいよ和紗の左脚を抱え込むようにして結合を深めた。
抽迭のストロークも長くなる。和紗の腰がゾクゾクと反応し、英児に担ぎ上げられた脚の先が空を掴むように蠢く。
それは異常なほど官能的で、僕の勃起をいよいよ強める。
『ヘッ。お前、今またイッただろ。だんだんイキやすくなってきたなぁオイ?
 壮介しか知らなかった頃は、いっぺんイカせるまでにえらく手間掛かったってのによ』
英児のその言葉にも、和紗は唇を噛みしめるだけだ。どうやら全てが事実らしい。

このセックスの映像は、そこから40分以上に渡って続いた。
体位は少しずつ変わり、最後の方は、英児が上から和紗を押し潰すようにして腰を打ちつけている状態だ。
『うう、ぅあっぃ…………あ、あっ……ッぃ、ふぅうううんんっ…………!!!』
和紗は両手で枕を握り締めながら、必死に言葉を噛み殺していた。
『いく』という言葉を。
彼女が何度も達しているのは、映像で冷静に見ている僕には嫌というほどわかる。
映像は抽迭の果てに英児が中出しし、勝ち誇った笑みでビデオを拾い上げる所で終わりを告げた。
でも、こんなものは氷山の一角だ。悪夢のDVDはまだまだあるんだから。



3枚目、4枚目、5枚目、6枚目にも、同じく英児のマンションでの交わりが記録されていた。
内容に大きな差はない。でも、そうした行為が繰り返されているという事自体が問題だ。
どの映像を見ても、和紗は英児にセックスの快感を仕込まれている。“イキ癖をつけられて”いる。
それは、全身の皮膚の下で毛虫が這い回るような感覚を僕にもたらした。
危機感。焦燥感。そうした物が体表面を駆け回る。
すぐにでも外に駆け出して叫びたい気分だったけど、かろうじてそれは思いとどまった。
7枚目のDVD。その表面に記された日付は、僕が塀の中に入って以降のものだと気付いたからだ。
僕の存在を気にすることなく、一日中和紗を独占できる状況。そこには、どんな光景が広がっているんだろう。
その興味が何にも勝り、僕の指を動かした。

7枚目は、台所に立つ和紗を背後から撮影しているシーンから始まった。
和紗は擂り鉢で何かを擂り潰しているようだ。
格好は乳白色のニットセーター。和紗がセーターを着ると、胸のふくらみが強調されるせいか母性が増して見える。
セーターの上にエプロンをつけた和紗は、本当に良妻って感じなんだ。
ただ……今は違う。今の彼女は、下半身に何も穿いていない、ひどく屈辱的な格好だ。
カメラはその和紗の真後ろに寄ると、何かを弄りはじめる。
『んっ!……ちょっと、やめて。あの子の離乳食作ってるんだから』
和紗はカメラの方を振り返り、困ったような表情で告げた。でもさらにカメラが揺れると、腰がビクッと反応する。
『何がやめてだ。丸出しで料理しながら、密かに期待してたんだろうが』
『そ、そんな訳ないでしょ!』
『だったら、この濡れ具合は何だよ? もう俺の手首にまで垂れてきてるぜ。欲しくて仕方ねぇって感じだ』
その会話の後、カメラは下を向いた。
台所の木目の上に、透明な雫が滴り落ちていく。クチュクチュ、という水音に呼応するタイミングで。

床を映したところで一旦映像が途切れ、数秒後、次の場面が始まる。
映ったのは、騎乗位で激しく腰を振る和紗の姿。
セーター越しに乳房を揺らしながら、額の汗を散らして上下に揺れている。
『おおおスゲー、絞り取られるみてぇだ。やっぱオマエいい締まりしてるわ』
英児の上ずった声が和紗を褒める。
和紗はその英児の胸板と太腿に手を置きながら、一心不乱に腰を振り続けていた。
『はぁ、はぁっ…………は、早くイって…………。時間が、もう時間がないよ!』
和紗は壁の時計を見上げながら言う。何か急ぎの用事でもあるんだろうか。
『だったら、俺を早くイカさねぇとな。愛する旦那様のツラ拝むチャンスが潰れちまうぜ?』
英児はいよいよ性悪そうな口調で答えた。
ああ、そうか。これは、僕が逮捕されてから初めての面接の日なんだ。
確かにこの乳白色のセーターには見覚えがある。そしてあの日、和紗が妙に顔を赤くしていた理由もこれで解った。
あれは緊張のせいなんかじゃなかった。
僕に面会するその少し前まで、英児とセックスしてた名残だったんだ……。



次のDVDには、ベビーカーを押したまま街を歩く和紗の姿があった。
ビデオの中に道行く人達の姿が映りこむ。誰もが撮影者と和紗を見て、表情を綻ばせる。
なんてお似合いの夫婦なんだ―――そう言いたげに。
和紗は専らベビーカーに乗った赤ちゃんの世話を焼いていた。
英児に話しかけられると一瞥し、短く言葉を返す。
和気藹々という感じじゃない。でも、気のせいだろうか。DVD1枚目の頃にあった刺々しい雰囲気が、弱まっているように思えるのは。
日差しを避けるように入った店のテラスで、3人は食事を摂りはじめる。
赤ちゃんに柔らかいリゾットのようなものを与える和紗と、それを傍で見守る撮影者。
これじゃまるで、新婚の夫婦じゃないか。早々に暗雲たちこめた僕との生活よりも、ずっとそれらしい。
胸が痛む。
僕が塀の中で現世と切り離されているうちに、こんな事が起きていたなんて。
「やめてくれ、和紗、もうやめてくれ……。
 英児の傍から離れるんだ、そんな所に居ないでくれっ!!」
僕はテレビに向かって叫ぶけど、当然、そんな独り言が届くわけもない。
和紗はその後も英児の傍にいて、皿に盛られた山盛りのパスタを分け合っていた。
店を出て英児がベビーカーを押し始めると、命じられて渋々の事とはいえ、その姿をビデオで撮り始めもした。
時にハリウッドスターさながらの笑みが画面一杯に映り、背後では若い女の子が黄色い声を上げる。
傍から見ればまるで映画の撮影だろう。でも僕にはその笑みが、僕に的を絞った勝利宣言にしか見えない。

  ――――見てるかよ、マヌケ。奪い獲ってやったぜ?

そう宣言しているようにしか。



今から4ヶ月前の日付が記された3枚組みのDVDでは、和紗が延々と絶頂に追い込まれていた。
『今日は、徹底的に快感を覚えこませてやる』
映像の冒頭、英児は和紗にそう宣言する。そしてその宣言通り、執拗に和紗を昂ぶらせはじめた。

数十分に渡り、英児が開脚させた和紗の股座に顔を埋めている映像が続く。
指と舌で丁寧に陰唇の性感を目覚めさせているらしい。
『んん、んんっ…………ぁ……』
和紗は困ったような視線を下に向けつつ、ただされるがままになっていた。
何故だろう。やっぱりその瞳には、今ひとつ敵意の類が感じ取れない。ただ“困っている”だけだ。
わからない。困るって一体、何を。気持ちでは受け入れたくないのに、身体が期待している、とでもいうのか。
僕の中で不安が膨らんでいく。
映像に大きな変化はない。でも僕に見えない部分で、刻一刻と、何かが熟成されていってるのは確かだ。
『………………っっ!!!!』
そして。ある時ついに、和紗の喉から声にならない声が絞り出される。
モデルのような下半身がピクピクと痙攣を始めて、両手が所在なさげにシーツの上を彷徨って。
と、そこで英児の両手が動いた。和紗の開いた足の脇を通り、彷徨っていた両手をしっかりと握りこむ。
和紗の瞳が見開かれ、手の方を向いた。
英児はそれに余裕の笑みを返しつつ、舌を使っての愛撫を続ける。
見た目にはただ手を繋いだだけ。でも、それには大きな意味があったみたいだ。
『……くぅ、く……んっ…………ぅうんっ!!』
子犬のような鼻に掛かった泣き声と共に、和紗が身を震わせる。
それまで彷徨うばかりだった両手に、しっかり英児という支えを伴って。
手が固定されたぶん、震えは下半身に凝縮されたように思える。太腿から下が、何度も、何度も筋張っては弛緩していく。
まるで、小さな絶頂を繰り返すみたいに。
『んん、ふっ、くぅぅうんっ…………!!』
とうとう和紗の頭が、枕を深く沈ませながら左を向いた。
顔はくしゃくしゃだ。アナウンサーを思わせる小奇麗さは名残もない、生々しい表情。
快感を必死に堪えてきたけど、もう限界。そう訴えるかのようだ。
そしてそんな変化を、百戦錬磨の英児が見逃すわけがない。
『頃合いだな。そろそろハメてやる』
英児は和紗と手を繋ぎ合わせたまま、和紗の身体を持ち上げ始めた。
腰を浮かせてから、180度回転させ……後背位に。

 ――バックスタイルで力強く犯されると、情けない声と涎がどうやっても止められない

和紗の手紙にあった一文が脳裏を過ぎる。
そして英児は、和紗の腰に両手を宛がい、力強く挿入を果たした。
『はぁ、うっ…………!!』
和紗の声は大きい。蕩けに蕩けきった膣内へ、英児の特大の逸物をねじ込まれたせいだ。
『嬉しそうな声出しやがって。おまけにまた、よく締めやがるっ……!』
英児の勝ち誇ったような声が憎い。
和紗が。僕の和紗が、ヤられている。今さらになってその実感が強まり、じっとりと脂汗が滲んでくる。
『あ、あああ……ああぅっ、うっsあぁぁっ!!』
最初こそシーツに手をついていた和紗は、すぐに腕を枕にするようになり、やがて完全に突っ伏す格好に変わる。
腰だけを英児に向けて突き出したまま。
『ハ、ハァッ……どうだ、感じてんだろ!?』
腹の底から出た英児の雄の声が、動画内に響き渡る。
和紗は返事をしない。いや、絶え間なく喘いでいるから出来ないのか。
でも、その顔を見れば十分だ。カメラの正面に映された和紗の顔は、目を半開きにし、口を大きく開けただらしないものだ。
よく見れば、その口の端からは涎のようなものすら見える。
泥酔したか、危ないクスリを使ったのか。そう思えるほど、快感に蕩けきっている。
まだ、セックスは始まったばかりだっていうのに。
『フッ、フッ、フゥッ!!!』
英児は鋭く息を吐きながら、片膝を立てて猛烈に突き込み続ける。さっきまでの無言の舐りとは正反対だ。
その獣のような犯しぶりを受け、和紗の頭上で腰が跳ねる。
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、というキレのいい音。ぐちゃっ、ぐちゃっ、という濃厚な水音。ベッドの軋む音。
それが不協和音のように混ざり合う。
『あうっ!』
無限に続く突き込みの最中、和紗は急に叫んで顔を上げた。
相変わらず半開きの瞳の中、視線が上の方を彷徨う、明らかに余裕のない顔。
『はぁ、はっ…………あ…………い、いっちゃう…………!!』
その事実を告げた後、和紗は少し固まった。そして項垂れ、恥らうような表情を作る。
『ああ、イけよ。どんどんイけ! 一日中イカせてやる』
英児はそう言いながら、さらに腰を振るペースを早めた。
右手を和紗のお尻に、左手を背中に宛がったまま、リズミカルに抽迭を繰り返す。
当然、その中で和紗は新たに何度も達していた。何かを振り払うように頭を揺らし、でもその動きが止まった瞬間、唇が動く。
いく、と。
そして、さらに十分あまり。和紗の身の震えが大きくなってきた所で、英児は和紗の抱き方を変えた。
後背位はそのままに、両脇の下を抱え込むようにして結合を深める。
『あひぃっっ!!!』
和紗は眉を垂れ下げながら叫んだ。
脱力していた上半身を無理矢理に引き起こされ、それまで以上の深さで挿入されてるんだ。それは悲鳴も上がる。
僕だったら絶対にしない、和紗への配慮を欠いた荒々しすぎるセックス。
でもそれは間違いなく、和紗に深い快感を与えているみたいだった。
『いや、だめっ! か、体が、こわれるっ…………!!!』
口の端から唾液を、乳房や腿から汗を散らしつつ、和紗は叫んでいた。その声量は、いつの間にか英児並みに大きくなっている。
僕とのセックスの時はいつも淑女みたいだった彼女が、本能を晒す獣みたいになっている。
和紗は何度も、何度も悲鳴を上げ、その果てに強く歯を噛み合わせた。
『ふぐぅぎぎ、ぃぃぅううんっ…………!!』
快感に必死に抗おうっていうのか。そうだ、頑張れ和紗。そんな愛のないセックスに溺れるな!
その僕のエールは、でも、届かなかった。
和紗はその直後、噛み合せていた歯を開く。そこに表れるのは、ぐずって泣く女の子の表情。

『…………やだ、やんだ…………こんなの、おっかねぇ………………!!!』

その一言を聞いた瞬間、僕は身が硬直した。
とうとう、出てしまった。本来の田舎訛りが。都会じゃ僕しか聞いた事の無かったはずの、彼女の素の喋りが。
それは彼女があらゆる殻を壊しつくされ、『鵜久森 和紗』としてのすべてを曝け出したに等しい。
『おっ、何だそりゃ。地元訛りか? はは、いいじゃねぇか。スゲェ可愛いぜ』
英児は上機嫌に笑いながら、後背位でのラストスパートをかける。
和紗の腋の下を抱え込みつつ、ズン、ズン、と腰を打ち付けていく。
『あひぃっ、ひいいっ…………んんっぐぅうううんっ………………!!』
和紗は表情をぐるぐると変え、時には舌を出し、時には歯を食い縛ってスパートに耐えている。
そして数十秒後、とうとう英児が射精を始めた。
『あぁ、スゲー出てる』
奥の奥まで繋がったままく足を筋張らせ、ドクドクと音も聴こえそうなほどに長く。
和紗は放心状態でそれを受け、ようやく身体を開放されると、ドサリとベッドの上に転がった。
快感の余韻に浸っているのか、身体中を細かに痙攣させながら。
英児は息を荒げ、膝立ちのままそれを見下ろしている。
悔しいけど、筋肉質な身体をしとどな汗に塗れさせたその様は、戦いを終えた戦士みたいだ。
そして、戦いはまだ終わっていないらしい。
『今日は、これで終わりじゃねぇぞ。シャワー浴びたらまた続きだ』
その宣言に、和紗が顔を上げる。
目を見開いた愕然とした表情……に見える。でもその眼にはかすかに、何かを期待するような色が見て取れた。
英児がそれを笑いつつ、カメラの方に歩いてきて、DVDの1枚目は終わる。
でも、この日の分は他に2枚あるんだ。
徹底的に快感を覚えこませる。その英児の言葉を裏付けるように。

事実、2枚目、3枚目には、快感を刷り込まれる和紗の様子がまざまざと映し出されていた。
時々素の方言を出しながら、まさに限界という感じで絶頂を続ける和紗。
英児は驚異的な精力でもって、その和紗を愛し続けていた。
四十八手というのがあるけど、それの殆どをやってるんじゃないかってぐらい、色々な体位で。
特に衝撃的だったのは、3枚目が始まってから約一時間後の光景だ。
胡坐を掻くような格好の英児の上に、和紗が乗っている。
細い両腕を英児の逞しい肩に回し、すらりとした足をしっかりと英児の腰に絡めて。
『おーおー、自分から腰振りやがって』
英児は悪魔のような笑みを浮かべながら言った。
その言葉がウソでないのは、彼の手が膝に置かれている事実で証明されている。
いくら英児でも、女性の腰を掴まずに抽迭するのは無理だろう。
つまり、英児自身は微動だにせず、和紗が自発的に動いているとしか考えられない。
『はっ、はっ、はっ…………』
英児と抱き合うと子供のように見える和紗は、ひたすらに短い喘ぎを繰り返していた。
喘ぎの感覚の短さは、そのまま興奮の高まりを表す。
『……あ、いく。…………ぃく、また いくっ………………!!!』
まるでうわ言のようにそう告げ、身体を震わせる和紗。勿論、手も脚も、しっかりと英児に絡みつかせたままだ。
もう否定のしようがない。
動画の中の和紗は、完全にイキ癖をつけられている。
繰り返し繰り返し快楽を覚えこまされ、少し奥を突かれただけでも絶頂に至ってしまうように。
すでに理性なんてほとんど残ってないんだろう。そう、きっと、だからなんだ。
『ん、んむっ…………』
英児がキスを求めると、和紗は嫌がる気配すら見せずにそれを受け入れる。
それはきっと、判断力がなくなっているせいなんだ。
心の中でそう繰り返しつつも、僕は不安で仕方なかった。
DVDの最後の1枚。ほんの2日前の映像を記録したその中で、和紗はちゃんと元に戻っているのか。
それを知るのが怖いんだ。



最後の1枚が再生される。
映像はクリームやファンデーションの隙間から、暗い寝室を覗く形で始まった。
隣の部屋には明かりがついている。
狭いリビング。和紗と英児が洋酒を酌み交わしている姿がかろうじて見える。
いつもの広々としたマンションじゃない。モヤシやアロエが栽培されている、所帯じみたキッチンを奥に臨むリビング。
――間違いない。
これは、ウチだ。今僕がDVDを鑑賞している、このマンションの部屋だ。
和紗と英児は、淡々と何かを話しているようだった。
目を凝らせば、2人とも少し頬が赤くなっているのが解った。眼をトロンとさせたその雰囲気は、どこかいやらしい。
『そろそろ、始めるか』
会話の最中、英児が妙にハッキリとした口調で告げる。
『……うん』
和紗が頷く。
何をだ。一体何を。そこは、僕らの家なんだぞ。僕は嫌な予感をひしひしと感じ取りつつ、画面を凝視する。
2人はキッチンの椅子から立ち上がり、カメラが正面に映す方……寝室へと足を踏み入れる。
そして、お互いに服を脱ぎ始めた。
他の映像で和紗の裸はさんざん見たけど、脱ぐところを見るのは久し振りだ。
和紗の下着は昔と違っていた。
僕と住んでいた頃は、居酒屋のバイト時代に買った、モスグリーンやブルーのシンプルな下着ばかり。
でも今は、真っ赤な生地に黒いレースのついた、扇情的かつ高価そうな下着だ。まるで、一流の娼婦がつけてるような。
『なかなか似合ってるじゃねぇか』
英児はその下着に満足げな笑みを見せつつ、脱がしにかかる。
和紗は恥ずかしそうに目線を下げたけど、抵抗する素振りはない。

お互いがモデル級の裸を晒す段階になると、英児が和紗を抱き寄せた。そして、キスを迫る。
和紗は、最初少し身を強張らせているようだった。でも英児の手がうなじを撫でると、ゾクッとしたように震える。
そうなれば、キスももう拒まなかった。
何度も何度もキスをして、ハグを交わして、そのまま2人はベッドへと倒れこむ。
ベッドの上でもする事は同じ。ひたすらに英児が和紗の身体中を愛撫し続け、和紗もそれに控えめに応える。
長い、長い前戯。
見ている方はつまらないけど、当事者2人は刻一刻と燃え上がっているのがわかった。
何しろお互いの背中や肩が、汗びっしょりになっていってるんだから。
英児はたまに顔を上げて柱時計を確認しつつ、前戯を続けていた。
それを見るうち、僕も彼がやろうとしている事に気付く。
“ポリネシアンセックス”だ。
前に和紗とのセックスを模索している時、ネットで見かけた。
スローセックスっていって、大きな動きをせずゆっくりと交わると、そのうち断続的な絶頂状態になるらしい。
普通のセックスとは比べ物にならないほどの幸福感や興奮が得られるとも書いてあった。
僕も一度、和紗と試してみた事がある。
でも僕だとどうにも勃起力が持続できなくて、ただイチャイチャした後で普通にセックスするだけの結果になった。
英児は今からそれをやろうとしてるんだ。

『どうだ和紗。ダンナと毎晩のように愛し合ったベッドで、こうしてんのは。興奮すンだろ』
英児は愛撫を続けながら、和紗の耳元に囁きかける。
和紗は顔中を汗に塗れさせたまま、困ったように眉を下げた。
『い、言わないで。罪悪感が凄いんだから』
『よく言うぜ、その罪悪感をオカズにして興奮する変態のくせに。
 憶えてっか。すぐそこの駐車場でカーセックスした時のよ、お前の締め付けは凄かったよな。
 石山の取り巻き共に、公園でマワされてた時もだろ?
 そういう女なんだよ、お前は』
カーセックス。その単語が僕の頭を殴りつける。
まさか、帰りの遅い和紗を待つのに疲れ、一人で晩酌したあの晩か。
だとしたら、僕はあの晩、妻が寝取られている現場でオナニーをした事になる。
『んんんっ…………』
和紗は甘い吐息を漏らした。相当に昂ぶっているみたいだ。
その和紗の髪を撫でつけつつ、英児はキスを迫った。そしてそのまま、ゆっくりと挿入を果たす。
『くぅっ』
挿入の瞬間に出た声は、和紗と英児のものが重なって聴こえた。
そしてそのまま、しばらく声は聴こえなくなる。いつもの挿入後のように、ベッドがギシギシと軋む事もない。
ただ、深呼吸の音だけが聴こえてくる。
英児が上になり、和紗が下になった格好のまま。
僕にはその光景が耐えがたかった。和紗という宝物が、英児に密着されている時間だけ汚染されていくみたいで。
離れろ。早く離れろ。
僕は今日だけで何十回、テレビに向かってそう念じたことだろう。でも、それが実を結んだ事はない。実を結ぶ訳がない。
これはあくまで、過去に起こったことの記録なんだから。

『んっ…………』
何分が経った頃だろうか。和紗の小さな呻き声が、ようやく画面から聴こえてきた。
とはいえ、動きはほとんどない。
『噂通りスゲェな、これ。俺がちっと体動かすだけで、下半身がピクピクしてんじゃねぇか』
英児が状況を解説する。僕には知りようのない状況を。
『はーーっ、はーーっ、な、何か変…………はーっ、はーー、変だよ………………』
和紗は深呼吸を繰り返しながら、うわ言のように呟いている。
『ああ、変だよな。なんつーか、興奮して頭爆発しそうだ。あと、いつも以上にスゲーお前が可愛く見えてきた。
 なんかクスリやってるみてー』
英児も疲れたような半笑いだ。
この頃になると、英児の汗の量も半端じゃなくなっていた。
もう単に背中がテカっているって段階じゃなく、全身から滝のような汗が噴き出している。まるでバスケットの試合の最中みたいに。
そんなに興奮してるのか。それほどのエネルギーが生まれているのか。
僕はそう考えて愕然とする。
和紗だって普通じゃない。荒い息遣いはまったく変わってないけど、目が虚ろだ。
『おい、大丈夫か?』
たまに英児がそう尋ねても、ハッキリとした返事は返さない。泥酔した時みたいに、う゛ー、と呻くばかりだ。
僕の心配をよそに、そんな状態がさらに数十分は続いた。
そしてその最中、急に英児の腰が跳ねる。
『うあ゛っ…………!?』
その低い呻きの後、和紗、英児の両方が目を見開いて、結合部を見つめている。
『あああ、ヤベェ何だコレ…………動いてねぇのに、いきなりスゲェ出た…………』
『な、何で、急に…………?』
『急にったって、お前の膣内がグニグニ動くからよ、さっきからスゲーやばかったんだって。
 ああ、こんな出たの初めてかもしんねー。しかも全然萎えねぇし。こりゃマジで半端ねぇぞ』
英児は和紗と言葉を交わしながら、小さく腰を動かし始めた。本当に小さく。目を凝らさないと解らないぐらいの腰の引きで。
でも、その効果は絶大らしい。
英児も和紗も、下半身どころか全身を痙攣させ、何度となく絶頂に浸っていた。
『ああ、だめ、だめこんなのっ……おかしくなる、おかしくなっちゃう…………!!』
特に和紗のハマり具合は異常だ。手足を英児の体に絡みつかせながら、艶々とした黒髪を乱して感じ続ける。
その様子は、最愛の彼女が英児の手で“作りかえられた”事を、よく物語っていた。




すべてのDVDを見終え、僕はしばし放心する。
いつの間にか窓の外は夜になろうとしていた。ほぼ丸一日、妻の痴態を眺めていたらしい。
ふと下半身に違和感を覚え、ズボンをずり下げる。
射精していた。
情けなくて涙が出る。いくら刑務所暮らしで禁欲生活が続いていたとはいえ、妻が寝取られる映像で達するなんて。
そう、僕は妻を寝取られたんだ。ずっと無二の親友だと思っていた男に。
これから、どうすればいいんだろう。
こういう場合、妻を奪われたといって民事訴訟でも起こすのが普通だろう。
ちょうどお誂え向きに、ここには大量の証拠DVDだって残されている。
でも、どうにもその答えじゃしっくり来ない。
この映像を見る前なら、いや、この家に帰ってくるまでなら、その方法も魅力的だっただろう。
でも今は、和紗に訪れた変化を知ってしまっている。
もしも英児を相手に裁判を起こし、勝ったとして…………その結果、和紗が僕を捨てて英児について行ったらどうする?
そうなれば僕には、もう何も残らないじゃないか。
何より、裁判なんかで第三者に結論を下されたって、僕自身が納得できない。
相手はあの英児なんだ。直接奴に会って、真実を問い詰めてやる。





2年ぶりに訪れた親友のマンションは、相も変わらず豪華な限りだ。
今になって考えれば、奴がこんな所に住んでいる事自体を怪しむべきだった。
明らかに社会人1年目が住めるような代物じゃない。引っ掛けた女の子に金を出させているとか、何か裏があるに違いない。
「僕だ」
英児の部屋……1805室のインターホンを押し、そう告げる。
いくつものセキュリティを通り抜け、重い金属製のドアを開いた先には、懐かしい顔があった。
かつては頼もしく見えた笑顔。今は、何よりも憎むべき敵の顔。
「君があんな人間だったなんて、思わなかったよ。ずっと、僕を騙していたんだな」
僕は心からの恨みを込めて言った。
何人もの人間が、こういう病的な僕を見て顔を強張らせたものだ。でも、英児は笑みを消さない。
心の底から僕を下に見ている感じだ。
「何だよ、おっかねぇ顔しやがって。俺の事も刺すのか、犯罪者? 今度は初犯じゃねぇ分、勤めは長ぇぞ」
その言葉に、僕はギクリとする。
確かにそうだ。世間一般から見れば、僕は前科者、英児は善良な市民だ。理不尽だけど、それが事実。
でも、だからといって退いたらここまで来た意味がない。
「そうだな、刺すかもしれないな。それでもし裁判になったら、全部話すさ。ウチにあったDVDの事も含めて、全部だ!!」
僕はそうまくし立てた。舐められっぱなしでいられるか。
でも英児は、それでも顔色を変えない。むしろ、嘲りの色を濃くするだけだ。
「フン、バカかお前」
「なんだと!」
「冷静に今の自分の立場を考えてみろよ。人をブッ刺してムショ入りして、出てきたその日にまた傷害。
 おまけに襲った相手はどっちも、昔からの知り合いときてる。
 本人がどういう事情を喚こうが、傍目にゃあただの気が狂った猟奇殺人者だぜ?」
確かにその通りだ。でも。
「それでも、お前を野放しにはしておけない!」
「野放しにせずに、どうするってんだ? 俺が入院するなり死ぬなりして、お前はムショに逆戻り。
 そうすっと和紗のやつは、たった1人で子守しながら働き口を探すことになる。それがお前の思いやりって奴なのか?」
「っ!!」
そう言われ、僕は言葉を詰まらせる。
そうだ。確かに和紗は、子守をしていて大変な時期のはずなんだ。
英児を刺さずに裁判で決着をつけたとしても、その結果として残るのは、前科一犯で職もない夫との生活。
元通りの生活だなんてとんでもない。石山を刺した時点で、僕の運命は決したんだ。
そして僕が石山を刺すように誘導したのは、多分英児で間違いない。
つまりは全部、英児の手の平の上だったってことか。
「な、解ったろ。変な気を起こさずに丸く治めんのが、一番和紗の為になるんだ」
英児は宥めるように僕の肩を叩いた。

次の言葉に迷って立ち尽くす僕を前に、英児は服の内ポケットを弄って名刺を取り出す。
「そういや、紹介が遅れたな。俺いま、こんな仕事してんだわ」
手渡された名刺の肩書きは『社長』。僕は顔を上げて英児を見上げた。
「ベンチャーだけどな、将来性のある良い会社だぜ。昔のよしみだ、お前も雇ってやろうか?
 今のお前にゃ、ロクな働き口がねぇだろ」
英児は僕に自信満々な顔を向けて言った。確かにベンチャーの社長って感じだ。
でも、僕は首を縦には振れない。和紗の為にも。
「……お、お断りだ! よくも僕に対して、身分を名乗れたもんだな。マスコミにリークしてやる!」
勇気を振り絞ってそう叫んだ。でも英児は、相変わらず余裕を崩さない。
「ほー、そりゃあ残念だ。ところでよお前。和紗が今、何の仕事してるか解るか?」
「なに?」
何か嫌な予感がする。英児はその僕の悪寒を増幅させるように間を置いてから、口を開いた。

 ――俺の、秘書だよ。

僕は最初、その言葉の意味が理解できなかった。
でも一度理解できたが最後、冷たい汗が止まらなくなる。
そうだ。なんで気付かなかった。英児は面会の時、僕に対して堂々と宣言してたじゃないか。
会社を立ち上げようと思ってる。そしてその時には、美人の秘書をつける、と。
「マスコミな。結構だよ、好きにやれ。でも俺がスキャンダルになったら最後、和紗もマスコミのいい餌になるぜ。
 連中はネタになりそうな事ならとことんまでしゃぶり尽くす。
 お前のリーク行為は、嫁を全国の笑い者にする事に直結するわけだ」
ああ。詰みだ。
もう何も打開策が浮かばない。
何をやっても、英児の謀略の糸に絡め取られてしまう気がする。
昔からそうだった。英児と僕とじゃ、要領のよさも、頭の出来もまるっきり違ったじゃないか。
単細胞な石山ならともかく、この親友を敵に回そうだなんて、僕はなんて分不相応な思い上がりをしていたんだろう。
「もう一度、一緒にやろうぜ。なあ親友?」
そう言って、英児は手を差し伸べてきた。
その手は大きく、逞しい。その笑顔は、太陽のように眩しい。
僕なんかじゃ、逆立ちしたって敵わないぐらいに……。







あれから、数年が過ぎた。
僕は今、英児が社長を勤めるベンチャー企業で働いている。
まだまだ平とはいえ、前科持ちが正社員になれただけでも有り難い話だ。
けれど。
「あ、篠弥先輩。社長がお呼びでしたよ」
事務の女の子に呼び止められ、僕は喉を鳴らす。
「そ、そう。ありがとう」
かろうじてその言葉を搾り出し、トイレに向かう。
水を勢いよく出して、何度も何度も顔を洗い、覚悟を決める。

「篠弥です。失礼します」
社長室の扉をノックし、中に入ると、予想通りの光景があった。
大きな窓を背に、社長椅子に深く腰掛け、仕立てのいいスーツに身を包んだ英児がいる。
そしてその足元には、こちらも高級なスーツに身を包んだ女性が屈みこんでいた。
行っているのはフェラチオだ。両手で逞しい男性器を包み込み、唾液をたっぷりと塗しながら、丹念に奉仕している。
「遅かったじゃねぇか。おい、茶でも出してやれ」
英児が髪を撫でると、奉仕していた女性はスチュワーデスもかくやという顔を上げた。
見間違える筈もない。僕の愛する妻、和紗だ。
「承知しました」
綺麗な共通語のイントネーションでそう告げ、社長室の端へと向かう和紗。
「…………では、報告を始めさせていただきます」
僕は、震える手で資料を掴みながら、日課とされている業務報告を始めた。
その最中、和紗が困り顔で戻ってくる。英児は片手を挙げて僕の報告を制した。
「なんだ」
「すみません、社長。実はもうお茶の葉が…………」
和紗が英児の耳に手を当て、ヒソヒソと耳打ちする。
英児の口元に笑みが広がる。
「そうか、運のない奴だ。じゃあ、さっき俺に出した分の出涸らしでいいだろ。
 何も一介の平社員にわざわざ一番茶を出してやる義理はねぇ。それでいいよな、篠弥?」
「…………勿論です」
そう答えるしかない。
彼と対等だったのは、もう昔の話。今は一企業の社長と平社員、天と地ほどの立場の差があるんだから。

「どうぞ」
和紗が他人行儀な様子で茶を差し出してくる。
ここで僕の視線を縫い付けるのは、出涸らしの薄い茶じゃなく、社長秘書の左手薬指だ。
僕の買ったものとは値段の桁が違うだろう、大粒のダイヤがあしらわれた婚約指輪。
会社にいる間は、それを着ける事になっている。
「今日の報告は、さっきの分まででいい。その茶ァ呑み終えたら、仕事に戻れ」
英児は机に頬杖をつきながら、僕に黒い笑みを向けた。
さっさと出て行け、という意味だ。
僕は火傷しそうになるのを堪えて茶を飲み干し、足早に席を立つ。
「し、失礼します!」
扉を閉める瞬間、僕はいつも和紗の方を見ようとしてしまう。でも、結局はしない。
その時の和紗の表情を知るのが、怖いから。

僕が扉を閉めてから数秒後。社長室の中からは、何かが軋む音が聴こえてくる。
オフィスから分厚い扉を3つ隔てたこの社長室に、立ち寄る人間はまずいない。英児はアポなしじゃ誰とも会わない。
だから、この痴態を知るのは僕だけだ。
ギシッ、ギシッ、と音が鳴り、甘い喘ぎ声が漏れ始める。
「どうだ、気持ちいいか?」
「は、はい…………」
「アイツよりも?」
「…………あ、あの人とするより、良い……ですっ………………!!」
その言葉に、僕は拳を握り締める。そして音が立たないよう、ひっそりと扉を開けてオフィスに戻った。

定時は和紗の方が早い。
僕が残業まみれというのもあるけど、買い物の時間を含めても、和紗が先に帰っている事がほとんどだ。
ウチに帰ってきているならば。
マンションが見える位置まで辿り着くと、まずは部屋の電気が点いているかを確認する。
そして点いていれば、走って帰る。和紗を抱きしめるために。
「ちょっと、痛いよ」
和紗は困ったように笑い、僕の腕の中でもがいた。
僕も笑みを作りながら、彼女の香りを胸いっぱいに嗅ぐ。そのまま愛撫に移る事もしばしばだ。
「んふっ、もう!」
和紗は怒りつつ、僕の顔じゅうにキスを降らしてくれる。
家では完全に妻の顔だ。昼間の秘書の顔とはまったく違うし、仕事の話も一切しない。
でも、意識してしまう。
指輪もネックレスも服も時計も、身に着けている物はすべて英児が買い与えたものだ。
俺の社長秘書ともあろう者が、半端な物を身につけるな、と言われたらしい。
悔しいけど僕の薄給じゃ、とても代わりの物は用意してあげられない。
それが悔しくて、僕は半分泣きながら和紗の服を脱がせる。
そして左手薬指を見て、固まる。
「あっ! うっかりしてた、ゴメンなさい!!」
和紗ははっとした表情になって、大粒のダイヤがあしらわれた指輪を外し、欠片のようなダイヤの方に付け替える。
いつもは僕に気を使わせないよう、知らない間に替えてくれているようだ。
でもこうしていざ付け替える場面を前にすると、みすぼらしい気持ちが拭いきれない。

そして僕の英児の差は、ダイヤばかりじゃなかった。
和紗と愛撫をかわし、いざ挿入という段階になって、またしても英児の影がちらつく。
緩いんだ。僕より2周りは大きいペニスに慣らされた和紗の膣は、今やほとんど締め付けが感じられない。
そしてその物足りなさは、和紗にしたって同じだろう。
「ねぇ、焦らさないで。早く入れて」
僕と熱く口づけをかわしながら、和紗が言う。でもその誘いの言葉が、何より僕の心を抉る。
だって僕はさっきから、とっくに挿入を果たしてるんだから。
「う、うん。じゃあ、いくよ」
そう言って腰を突き込み、必死に角度をつけて存在をアピールすると、和紗も何かを察したように目を見開く。
「んっ……ふふ、奥まで来た。気持ちいいよ、壮介」
和紗はいつもそう言ってくれる。でも、そんな訳がない。
まるで風俗嬢が客にするような、白々しい演技だ。
「本当? 本当に気持ちいいの?」
嘘とは知りつつ、僕はどうしてもそう訊いてしまう。せめてもの慰めが欲しいから。
すると、和紗も泣きそうな目でこっちを見てくる。
「ほ、本当だよ。壮介としてるとね、心が気持ちいいの。繋がってるだけで幸せな気分になれるの。
 私が愛してるのは、壮介。壮介だけだよ…………!!」
そうは言うものの、いざセックスが佳境に入った時に横を向く物憂げな視線は、明らかに僕じゃない誰かの面影を追っている。

僕だって、本当はいい加減わかってる。
和紗が僕の事を好きだと言ってくれるのは本当だろう。本当だって信じたい。
でも和紗の身体はもう、英児なしには満足できなくなってるんだ。
和紗の心を満たせるのは僕。
でも、和紗の身体を満足させられるのは英児。
これは多分もう、一生変わらない。
和紗の心が体に引きずられ、英児に靡いてしまわない限りは。

毎朝、和紗は僕と英児の両方のお弁当を作る。
社長に対してなんだから当たり前とはいえ、英児の方が豪華で、丁寧な造りだ。
「今日は、どっちに泊まるの?」
和紗と向かい合って朝食を摂りながら、僕は尋ねる。
「今晩は、あの子の傍に居てあげたいから…………ごめん」
「そっか」
「夜はあったかくして、風邪引かない様にしてね。またお腹出して寝たりしちゃダメだよ」
そんな会話を交わしながらも、僕の心にはドス黒いものが湧き続けている。

 ――あの子と一緒にいたい?
    本当は、あの人と、じゃないのか?

その不信感が渦巻いてしまう。
どうしてだろう。
塀の中と外で隔てられていた時の方が、よほど彼女との繋がりが感じられた。
今は、こんなに近くにいるのに、手を伸ばせば抱きしめられる距離なのに、
彼女は川の向こう岸にいるような気がする。

僕ごときには生涯渡り切る事の叶わない、どす黒い奔流の向こう岸に……。




                          ~END~

向こう岸の彼女 十四話

※ここからはまた壮介視点。いよいよ次でラストです。


【 壮介サイド 】

僕が刑務所に入る日が来るなんて、思ってもみなかった。そういう世界とは一生縁がないと思ってた。
でも、現実としてここは塀の中。
会社をクビになった代わりに、今は刑務所内での作業に従事する。
視界に映る左手薬指に、和紗との愛の証はない。入所当日に没収されてしまったきりだ。

夕食後には、雑居房内の全員が壁に向かって正座して、5分間の反省をする。
本来は被害者への謝罪をするべき時間だけど、僕はどうしても石山に謝る気になれない。
僕を虐めてたりしたのは別にいいんだ。でも、和紗を、僕の最愛の人を辱めた事だけは許せない。今でも刺した事に後悔はない。
だから謝罪の相手は、まず英児。
せっかくの忠告を無視し、失望させ、それでも残された妻を養ってくれている。その事に感謝の念が尽きない。
そして次は…………和紗。
たった5分の反省時間の中、僕はいつも走馬灯のように、彼女との思い出を頭に過ぎらせる。
記憶の中の和紗は、初めの頃、いつだって笑顔だ。
初めて甘味処で知り合った時も。
オーバーオールを着て、泥だらけになりながら畑仕事をしている時も。
壮介、といきなり呼び捨てにされたのには戸惑ったけど、今考えれば、あの時からすでに打ち解けてくれていたんだ。
いつもボソボソと喋り、表情も暗かったあの頃の僕に。
それから少し経って恋人同士になったら、和紗はいよいよ僕に素敵な笑顔をくれるようになった。
まだ共通語に慣れてない頃で、たまに地元の方言を出しては恥ずかしがるのも可愛い。
特にお腹が膨れた時なんかは素に戻りやすいみたいで、幸せそうな『んめかったぁ~』は外食時に何度も聞いた。

この頃の僕らは初々しかったけど、言い方を変えれば青臭かった。
僕が『鵜久森 和紗』という女性の本当の魅力に気付いたのは、彼女と結婚してからだ。
畑仕事をする和紗は可愛かった。居酒屋でバイトしている和紗も魅力的だった。
でも、台所でエプロンをつけて料理をしている彼女には及ばない。
いかにも『良妻』といった感じのその後姿を見ているだけで、心から彼女を妻に迎えてよかったと思える。
彼女の作る料理は絶品だった。
元々料理が得意だった上に、居酒屋のバイトで何年も調理場を任されてたんだから、ほとんどプロ並みだ。
特にブリ大根の出来は抜群で、僕は一口目を噛みしめた後、感動のあまり言葉を失ってしまった。
今じゃすっかり、一番の好物はブリ大根だ。
そう。和紗と結婚できたのは、僕にとって本当に喜ばしい事だった。
僕を想ってくれる和紗のためなら、どんな苦しい仕事にだって耐えられた。彼女を笑顔にするためなら、何だってできた。
……でも。
和紗の笑顔は、僕らの悲願だった子供の出産日を境に消える。
あの日以来、和紗は一度も笑っていない。笑う表情を作ってはいても、眼が笑っていた事はない。
彼女の笑顔を毎日見てきた僕だからこそ、それが痛いほど判った。
そりゃ、笑えるわけもない。彼女は僕の知らない所で、石山相手に恥辱を受け続けていたんだから。

『俺じゃねぇよ。あ、あの女から誘ってきたんだ。
 つまんねー旦那に愛想が尽きたから、変わったやり方で抱いて欲しいっつってよ!』

激昂した僕に殴られながら、石山はそう叫んだ。
姑息なあいつの事だ、そう言えば僕が動揺すると思ったんだろう。
そんな見え透いたウソをついたって、相手の神経を逆撫でするだけなのに、そんな事も判らないんだろうか。
つくづく相手の気持ちを察せない、独りよがりな奴だ。
その点、和紗と英児は真逆と言っていい。彼らはいつだって僕の気持ちを汲んでくれた。
一日も早くここから出て、また2人の元に戻りたい。僕はその一心で、黙々と日々の刑務作業をこなし続ける。
僕のような刑期の短い受刑者に、仮釈放は許されない。ただひたすら、1年8ヵ月を勤め上げるしかない。

英児や和紗との面会が、この灰色の生活での癒しだった。
英児はいつも明るい。身の回りの出来事や社会で起きている事件を、冗談交じりに教えてくれる。
この一年あまりで仕事も覚えて人脈も広がったから、自分で会社を立ち上げての独立を考えているそうだ。
美人の秘書を横に置こうと思ってる、なんて冗談めかして言ってたけど、英児ほどモテる人間が認める美人なんているんだろうか。
何しろ高校時代から、校内のめぼしい女子はみんな英児にツバをつけられてる、なんて噂があったぐらいだ。
そして僕は、その噂がまったくのデタラメじゃない事を知っている。
英児と遊園地にでも遊びに出かけようものなら、クラスの一番人気や、ひとつ下の学年で抜群といわれる女子が必ずついてきた。
一応は3人で一緒に遊んでたけど、傍から見れば完全に、美男美女カップル+冴えない男だ。
おまけに英児は、そんな学年のアイドル達とさえ、一ヶ月ももたずに別れていた。
『なんか、飽きちゃってよ。もう一緒にいても刺激がねぇ』
別れた理由はいつもそれだ。
その英児の眼鏡に適う女性なんて、そう簡単に見つかるとは思えない。
もっともそんな英児だからこそ、いつまでも僕の親友でいてくれるのが有り難いんだけど。

「和紗は、元気にしてる?」
一通りバカ話を終えた後、僕はいつもこう訊く。一番の気がかりは、なんといってもそれだ。
「ああ、少なくとも俺の前じゃあな。人前でわんわん泣くタイプの娘じゃねぇだろ」
英児の答えも大体同じ。
確かに、最近の和紗はそうだ。芳葉谷で初めて会った頃は、すぐ感情を表に出していたのに。
東京で暮らし始めて落ち着いたのかな。それとももしかして、僕に影響されたんだろうか。
和紗。
僕の大切な人。
その和紗が面会に来るときは、いつも頬が赤い。額には汗もうっすらと滲んでいる。
少しぎこちない笑みの陰では、かなり緊張してるんだろう。
せっかくの貴重な面会時間なのに、僕と和紗の会話は少ない。
交し合う一言一言のすべてが、お互いの胸の内を探っているように感じてしまう。
妻なのに。この世の誰よりも、心の距離が近い相手のはずなのに。
その理由はきっと、僕らを隔てるアクリルの壁だ。放射状に穴のあいたこの壁が、僕らに普通の会話をさせないんだ。
だから今は、お互い元気でやっている事を確かめられればそれでいい。本当の会話は、ここを出てからの楽しみにしよう。
そうすれば僕は、もっと頑張れるから。



僕には面会の他にもう一つ、心の支えがある。たまに英児から送られてくる、和紗の写真だ。
公園、街中、僕らのマンションのリビングと、様々な場所を背景に撮られたもの。
『これ見て元気出せ』という英児のメッセージがあたたかい。
僕はそれを大切に保管し、雑居房の他の人間が寝静まった後でこっそりと眺めていた。
でもその行為は、房内の誰かに見られてしまっていたらしい。
「お前、いっつもコソコソ何見てんだよ?」
元々いじめられっ子気質な僕だ。ここでもそれは例外じゃなく、ある夜、眺めていた写真を取り上げられてしまう。
「どれどれ…………って、うお、ちょっ、何だよこの美人!?」
「ンだよ、俺にも見せてくれよ……うおっ、マジやべぇ! よぉ、これ何て名前のアイドルだ?」
群がり始めた雑居房の人間から、次々と驚きの声が上がる。でも、それを喜ぶような心の余裕はない。
何しろこの房に纏められてる人間は、全員が犯罪者だ。
強盗、強姦、恐喝……。殺人犯まではいないにしろ、ガラの悪い人間なのは間違いない。
「あ、アイドルじゃなくて、僕の奥さんだよ」
周囲の顔色を窺いながら、そう答えるのが精一杯だった。僕に集まる視線が、一気に怪訝なものになる。
「ハァ、嫁? これが、お前の? やー無いわ、その妄想」
「おまえ真面目そうに見えて、何、アイドルヲタこじらせちゃってる系?」
「あれ、でもちょっと待てお前ら。よく見りゃこの背景、写真撮影のセットにしちゃ、やたらナマナマしくね?」
「そういやモヤシとかアロエの葉あったりして、やけに生活観あるリビングだな。つー事ァ、マジでこいつの嫁なわけ? この子が!?」
そう言って大盛り上がりだ。
ちょうどその時、看守さんが扉を開ける音がして、皆一斉に布団で寝たフリを始める。
でも看守さんが立ち去った後は、また起き出して和紗の写真を眺め始めた。

それからだ。和紗の写真が、房内の人間のオカズにされはじめたのは。
刑務所の中は女っ気がない。労働で得た賃金で雑誌は買えるけど、あんまり過激な成人雑誌の購入は認められない。
だからこそ、和紗の需要は高かった。
毎晩のように誰かが和紗の写真を枕元に持ち込み、見回りの看守さんに気付かれないよう自慰に耽る。
その状況には石山の時みたいな黒い衝動が湧き上がるけど、僕は耐えた。
模範囚のまま、一日でも早くこんな所を出るために。

「ヤベェよ壮介、お前の嫁よ、何遍見ても勃起が収まんねぇ。なあ教えてくれよ。この女、締まりはどうだ? キツいのか?」
「ああクソッ、この口にしゃぶらせてぇ。壮介、お前ン家の場所教えろよ。ここ出てから、この女ヨガらせまくってやっからよ」
「ヘッ、強姦魔が懲りてねぇな。お前の武勇伝、久々に聞かせてくれや。この女に重ねてシコるわ」
「お、ンなに聞きてぇかよ。しゃあねぇな。まず俺ァ、狙ってた女の家の裏口に回ったのよ。したらちょうど窓が空いてて、着替えてるところだったからよ。
 シャツをバーッと脱ごうとしてる所に押し入って、腹に思いっきり一発食らわせたんだわ。
 したら悲鳴上げながらぶっ倒れてよ、ガチガチ歯ァ鳴らしながらビビりだした。
 そっからは逃げようとするたびに『またブン殴るぞ』って脅しながら、近くに落ちてたタオルで手足を縛ってったのよ」
「縛りかぁ。この女、オッパイでけぇし脚すらーっと長ぇし、縛って転がしたらすげえエロいんだろうな。
 んで着てたパジャマのズボンずらしてよ、ピンクのビラビラにぶち込むのよ。
 そん時の声は…………おお、そうだ壮介。この女、声はどんな感じなんだ?高い?低い?似てる芸能人でいうと誰よ?」
 
夜毎、そんな会話が僕の周りで交わされる。
新しい写真が送られてくるたびに、房内のヒエラルキー順にその写真が回ってきた。
僕の元に届くのは一番最後。何人もの男の精液が跳ねて、表面がカピカピになった後でだ。
それはまるで和紗本人を穢されているようで、僕の心に渦巻くドス黒さがいよいよ濃さを増していく。
でも、僕は耐えた。何週間も、何ヶ月も…………一年が経っても。
その甲斐あって、釈放の時は着実に近づいてくる。
そんなある日、また一枚の写真が届けられた。
写真はいつものように奪われ、房内のボス格3人が僕に先んじて眺め回す。
「うひゅっ、今回のもまた良いな。家でリラックスしてる若妻って感じでよ」
「ああ。しっかし本当、イイ女だよな。今風の格好も、和服も、こういう家の普段着も、何着ても全部似合ってやがる。
 スタイルいい上に、芯の強そうな顔が服の存在感に負けてねぇからだろうな。
 チクショウ。壮介の野郎、ここ出たらナマのこの女と好きなだけ乳繰りあえんのかよ!」
「つか、この女の写真もそろそろ見納めなんだよな。アイツ釈放されたら……」
3人はいつになく真剣な目で、奪い合うようにして写真に見入っていた。
そんな扱いをされれば、当然写真は揉みくちゃになる。そしてその末に、写真の端が捲れてしまう。
「あっ!!」
1人が叫び、他の2人も焦ったような顔になった。僕も思わず彼らの手元を覗き込んだ。
やっぱり写真の端は捲れていた。でも、何か変だ。写真表面が台紙から剥がれた、という風じゃない。
元々あった写真の上に、薄いカバーのような物が貼り付けてあり、それが剥がれたという感じだ。
「何だ、これ…………?」
1人が呟いた。そして僕を含めた3人と目を見合わせ、喉を鳴らす。
全員が異常に気付いていた。

 ――何故わざわざ、写真を重ねるような事を?

写真を持つ1人が、捲れた部分を震える指先で摘み、ゆっくりと引き剥がしはじめる。
少しずつ、少しずつ、下に隠された画像が現れていく。
まず見えたのは、白い生足。すらりとしたその脚線には、ひどく見覚えがある。
片膝を立てたまま伸ばされた両足がすっかり露わになると、次はその根元が見えはじめた。
ショーツは見当たらない。足と同じく真っ白なデルタゾーンに、黒い茂みがかすかに見て取れる。
そしてその茂みの中には、よく日焼けした男の手が潜り込んでいた。
写真はさらに捲れていく。
次に僕が見たのは、くびれた腰と、水風船のように豊かな乳房。これも見覚えがある。
まったく英児も悪趣味だ。こんなよく似た女優の裸を、和紗の写真の下に隠しておくなんて。
僕はそう考えて不安を誤魔化そうとした。でも、そんなものは一秒と続かない。
完全に写真が捲り切られた時。そこにあったのは、正真正銘、和紗の顔だったんだから。
ドクン、と心臓が脈打つ。
全身の筋肉が強張り、火照るような背中に生暖かい汗が伝っていく。
「うおぉおおおっ、何だこれ!」
「ハメ撮りかよ、気持ちよさそうな顔してんなー!!」
そんな周りからの声もひどく遠い。
そう。映っているのは和紗だ。和紗に間違いない。でもどうして、こんな写真が?
石山にやられた時の写真か?
いや、違う。あの頃とは、若干とはいえ髪型が違う。
それに、和紗の股座に潜り込んでいる腕は…………この色の黒さと逞しさは、英児のものだ。
他の誰が間違ったって、僕が間違える事はありえない。僕はずっと、ずっと、その逞しい腕に憧れていたんだから。
なぜ。どうして。
その疑問に答えを出せないまま、気付けば僕は房の荷物入れを漁っていた。
小さな木箱を開け、今まで英児から届いた写真を一枚ずつ取り出す。
この間届いた写真。端を爪で引っ掻くと、僅かに捲れる。
その前に届いた写真。同じく、端が捲れる。
結局、全てではないにしろ、半分近くの写真に和紗の痴態が隠されていた。
黒々とした怒張を咥え込む和紗を、ほぼ真上から撮影した一枚。
ベッドの上に突っ伏す格好の和紗を、背中側から撮影した一枚。
愛液に濡れ光る指と、見覚えのある女性器のアップ……。
「へへっ。こりゃあすげぇや!」
「送ってきた奴もよく解ってるじゃねぇか。こりゃ最高のオカズだぜ!!」
僕が取り落とした写真の束に何人かが群がり、歓声を上げる。その中心で、僕はただ立ち尽くしていた。
全身に震えが走る。

実はドッキリのジョークで、よく似た女性の裸に和紗の顔を合成しただけ?
 ――違う。

僕が寂しがってると思って、普通の写真の下に和紗の裸を写したものを隠してくれた?
  ――違う。

何か、やむにやまれぬ事情があって?
    ――違う!

僕はどこまでお人好しなんだ。いい加減ストレートに認めろ。
英児の手で送られてきた写真に、和紗とのセックスの様子が収められていた。セックスの相手は明らかに英児だ。
この事実から導き出される結論はひとつしかない。
英児は、和紗とセックスをしている。僕が塀の中にいる間に。
英児も和紗も人間だ。それも、お互い精力を持て余した若い男女だ。
百歩譲って、英児が和紗の面倒を見るうちに良い雰囲気になり、間違いを犯す事があったとする。
でもそれならどうして、その痴態の証拠をわざわざ僕に送りつけた?
そしてなぜ英児は、和紗は、もう何ヶ月も前からぱったりと面会に来なくなった?
こうもあからさまにやられて、それでも気付かないほど僕も馬鹿じゃない。
これは、僕の『親友』からの宣戦布告だ。
嫁を寝取られている事実に気付けるか? 気付いた所で、俺を相手に行動できるのか?
英児はこの写真を通して、僕にそう問いかけてるんだ。

きっと今この瞬間も英児は、僕の妻を抱いている。
問題は、その抱かれている相手…………和紗が、何故それに応じているのかだ。
僕を待つのに疲れたのか?
男としてより優れた英児に養われるうち、心変わりしてしまったのか?
それとも何らかの弱みを握られて、不本意ながらに身体を差し出しているんだろうか?
僕は、常にその疑惑に駆られながら日々を過ごす事になった。
注意力散漫だと作業を監視するセンセイに何度も怒鳴られたけど、考えずにはいられない。
刑期を勤め上げさえすれば、また和紗との幸せな生活が送れる――そう信じられていた頃が懐かしい。
そんな中、出所まであと一週間と言うところで、和紗から一通の手紙が届いた。
送り元住所は、僕と住んでいたマンションだ。

『もうすぐ出所だね。早く壮介に会いたいな。出所の日には、門の前で待ってるからね』

罫線に触れる事を怖がるかのように、小さく纏まった『鵜久森さん』の字。
文通していた頃のことを思い出す。
あの頃の僕らは純粋だった。何の邪魔もなく、隔たりもなく、ただただお互いの事を好きでいられた。
今は 違うんだろうか?
僕と和紗が、お互いの事を純粋に好きでいられる機会は、もう無いんだろうか?
それを確かめるには、和紗本人に訊ねるしかない。
たとえそれが、どれほど怖くても…………。



                              続く

向こう岸の彼女 十三話

※英児視点は今回で終了です。


和紗は、羞恥心や背徳的な感情があるほど濡れる。
これがハッキリした所で、俺は石山の奴隷になるよう和紗に命じた。
理由は4つある。
1つは、石山自身が和紗に気があるって事だ。
俺が首を突っ込んで以来、表立っては行動してないらしいが、あの強欲野郎が簡単に諦めるとも思えねぇ。
となれば当然、和紗の方から誘いをかけられて断ることは有り得ない。
2つ目に、石山には、相当マニアックな性癖があるらしい。
自己顕示欲旺盛なヤツにありがちな事だが、とにかくアブノーマルなプレイを好む。
SMやら、スカトロやら、輪姦やら。実際に捕まったのは未成年の頃の1回だけだが、強姦も常習犯って噂だ。
そういうゲスに変態プレイをやらされりゃあ、繊細な和紗は確実に『作り変えられる』。
それに、人間ってのは不思議なもんでよ。選択肢が2つしかなくて、その片方が比較的マシだった場合、そっちに無意識に好意を抱くらしい。
たとえ、元々はマイナスの感情を持ってる相手にでもな。
和紗の場合、実際に肌を重ねるプレイ相手は俺と石山だ。石山の変態的なプレイに対し、仮にも俺は和紗を感じさせてやる。
欲望が先行してた最初の頃はともかく、今はきっちりムードも作ってやるし、愛撫も心を込めてやる。
比較対象がその2つなら、当然俺の方が『マシ』だろう。石山のオモチャにされた後で俺に抱かれれば、少しは心が和らぐはずだ。
3つ目は、石山なら俺が仕事に行っている間にでも調教をやれる事。
この街でロクデナシの頭も同然の石山は、舎弟が巻き上げた金やら、自作AVの売り上げやらで荒稼ぎしてるらしい。
当然本人はやりたい放題で、仕事なんぞしちゃいねぇ。だから、平日だろうが関係なく和紗を調教するだろう。
週末中心の俺の調教と平行でやらせる事を考えりゃ、こんな適材はいねぇ。
そして、4つ目。
石山を選ぶ最大の理由は、使い潰しても良心の呵責がねぇってことだ。
俺も他人のことを言えた義理じゃねぇが、あの石山ってデブはかなりゲスい。
犯罪と名のつくことはマジで何でもやってやがる。ここいらじゃヤクザより性質が悪いなんて話すらある。
それでも、実際にスゲェ奴なら文句はねぇ。だがアイツは、所詮俺から逃げ回る程度の雑魚だ。
そういう雑魚が御山の大将気取りでデケェ面してんのが、前々から気に入らなかった。
だから、潰す。執着してる和紗から誘惑され、好き放題のプレイをして、幸せの絶頂にいる所で叩き潰す。
そこに後悔はいらねぇ。石山からこれまで虐げられてきた奴、これから不幸にされる運命だった奴を助ける事になる。
勿論、そういう連中から俺がヒーローとして崇められる褒美つきでな。
美味い話だぜ。石山がドス黒く肥え太れば肥え太るほど、それを喰らう俺はラクに名を上げられるって訳だ。
そしてそこには、必ず壮介の奴が絡んでやがる。
まったくヤツは、俺にとっての福の神だよ。『俺に吸われるための』って前置きをつけるなら、人徳があるってのにも素直に賛同してやれる。
和紗にそんな事を漏らしゃ、またスゲェ形相で切れるんだろうけどな。
もっとも、それも今だけだ。計画通りに調教が進みゃあ、そうして俺に悪意を抱くこともなくなる。
何故あんな不甲斐ない男に熱を上げていたかと、酔いの醒める日が来る。



嫌がる和紗を脅しすかし、石山の所へ抱かれに行かせた次の日。石山の取り巻きに潜り込ませてるダチから、早速1本の動画が送られてきた。
その手の早さにゃ、驚く以上に笑えてきちまう。
映像はあからさまに盗撮って感じで、鞄の中からなんだろう、チャックの合間から部屋を覗く視点だ。
場はすでに祭りの真っ只中。いかにもガラの悪そうな連中が、思い思いに叫びまくってやがる。
『やー、しかし本当エロいわ。これで一児のママかよ?』
『顔は女子アナ級だし、スタイルもいいなー。これでよく今まで石山クンにツバつけらんなかったよな。中学とかどこよ?』
『バカ、中学ン頃の話は地雷ワードっつったろ。ほじくり返すと、マジで石山クンに殺されんぞ』
聴こえるのは、そんな頭の軽そうな会話。
その連中がたむろする中央には、すでに丸裸に剥かれた和紗の姿がある。

和紗は、ソファに深く腰掛けていた。
両脚は大股開きのまま、腿とスネを縄で巻いて動かなくされてやがる。緊縛ってヤツか。
石山一派がSM好きって噂は、どうやら本当らしい。
和紗はそうして恥ずかしい場所を晒したまま、不良連中に好きに嬲られていた。
一番熱心に指やらマッサージ器が群がってんのは胸だ。連中、産後の美人妻ってのがよっぽど珍しいらしい。
浅黒い腕が競い合うように胸を揉みしだいたり、乳首をこね回したりして、白い乳を飛沫かせている。
その一方で、勿論アソコも放っておかれちゃいねぇ。
縛られた太腿をソフトに撫で回すヤツもいれば、マッサージ器がビラビラを舐めるのに合わせて、クリトリスを摘むヤツもいた。
さすが何本もAV撮ってるだけあって、集団での責めに慣れてやがる。
常に何人かが群がって責めているにも関わらず、お互いがお互いの邪魔をしない。
時には交互に時には同時に、女の急所を絶え間なく責めやがる。
そんな責めを受けて、和紗も平然としていられる訳がねぇ。
『ん、ん、んん……んんっん!! あっ……あはっ、ああ、あ…………ああぁあんっ!!』
責められ方によって微妙に声を変えながら喘ぎ続ける。
勿論、喘ぐだけじゃねぇ。首を上下左右に揺らめかし、M字の脚をゾクッと跳ね上げて、本当に気持ち良さそうに反応してもいる。
そういう反応ってのは、当然責める側にゃ最高のご褒美なんだよな。
連中はいよいよ嬉々として、和紗を責め立てる。

『石山さーん、ホントに俺らだけで楽しんでいいんスかぁ?』
そんな騒ぎの中、1人がバカでかい声を出した。
『おう、俺ァ昨日、散々ヤッたからよ。今日はテメェらに貸してやる』
石山らしい声が返ってくる。その言葉の直後、和紗の表情が明らかに強張った。
その表情からして、かなり執拗に犯された事が窺える。デブは絶倫って話を聞くが、やっぱりそうなのか。

石山に気兼ねする必要がなくなって、責めが再開される。
膣にマッサージ器を押し当てたまま、指でクリトリスをしばらく摘み、和紗が甘い声を上げ始めた所で指を離す。
これを何度も繰り返すと、そのうち和紗は頭を振りまくって半狂乱に近い状態になる。
『ああうっ、あうっ!! ああっハッハッはぁっ……はぁあうううんっ…………ああうんんっ!!!』
『アハッ。なんか、赤んぼ産むみてぇな息だな。まーた産まれんの、ママさん?』
和紗のハイペースの息を、そう茶化すヤツもいる。
和紗はそれに対して悔しそうな表情を見せた。だがその一方で太腿周りは、カメラから見える範囲だけでも濡れ光りまくってる。
感じてんのは、誰の目にも明らかだ。
効果があると解ってる限り、サドの責めが緩む筈もねぇ。マッサージ器を持つヤツは、薄笑いを浮かべて責めを続行する。
そのサポート役も中々鬼畜だ。
『あっ、ああ、あっあ…………あああダメっ、あんっ! ンんっんっ……っ、いくっ、いくいくイクぅっ…………!!!』
立て続けにイカされまくる段階になると、苦しい和紗は当然脚を閉じようとする。
だが背後から和紗の膝を掴む一人が、そのタイミングを読みきって強引に足を開かせる。
そうなると和紗は足を閉じたくても閉じられねぇもんだから、腰をガクガク上下させながら深く深くイクしかねぇ。
中々勉強になるもんだ。

『ああああだめっ、だめいくっ!! だめっダメ、ぁあぁあ……あぁああイクぅっ…………はぁっイクぅっ…………!!』

和紗は何度も何度も、ソファに頭を投げ出すようにして天を仰いだ。
内腿に深く筋をつけながら、ある時はソファを深く踏みつけ、ある時は足の裏が完全に見えるまで振り上げ。
拘束された身体中で快感を訴えながら、何度もイッた。
石山と、その舎弟連中に嘲笑われながら。
そして俺の予想通り、その極限ともいえる羞恥の中でも、和紗はひたすらに感じまくっていた。
最後にゃあ立て続けに3回潮を吹き、カメラにまで飛沫をぶっ掛けやがった。
たった2日でこの狂いぶりとは、やっぱり石山と絡ませるのは効果がある。

和紗の肉体開発を目的としたこの『スワッピング』にゃ、嬉しいオマケが付いてきた。
調教の様子を事細かに記録した映像だ。
よっぽど見せびらかしたいんだろうな。石山の野郎、和紗の映像を会った次の日にはサイトに乗っけやがる。
いつどんな調教が行われたのかを視覚的に確認できるのは有り難ぇ。
そしてそれ以上に、映像そのものが極上の強壮剤だ。
元々ナマの女と同じぐらいAVが好きな俺だが、和紗の調教記録ほど抜けるものは過去になかった。
そりゃそうだ。なんせ女優が、てめえの普段抱いてる女なんだからな。
肌触りも匂いも、締まり具合さえ知ってる女の痴態ってのは、リアリティが半端ねぇ。
映像の向こうの出来事にも関わらず、つい目と鼻の先で繰り広げられてる事みてぇに思えてきちまう。
四段腹の石山から、えづき汁塗れでイラマチオを仕込まれたり。
ガッチリ拘束されたまま、アナルだけでイけるようになるまで延々と調教されたり。
四方八方から迫る不良連中に輪姦されて、獣みてぇな声で悶え狂ったり。
そういう光景が、一々心臓に来やがる。

映像を見ながらさんざんシコって、その中で俺はふと考えた。
やろうと思えばいつでも和紗を好きにできる俺でさえ、この衝撃なんだ。
だったら、壮介のヤツがこれを見たら…………?
そう思いついたが最後、歪んだ笑いが止まらなくなった。
そうだ。アイツの性格からして、散々無駄に思い悩んだ挙句、そろそろ俺を頼ってくる頃だろう。
“親友”の俺はそれをにこやかに受け入れる。そして、この映像サイトを見せてやるんだ。
さすがのアイツも発狂するか? それとも、燃え尽きたみてぇに放心するか?
どっちにしろ面白ェ。出来の悪い人間が苦悩する様ってのは、羽をもがれた虫が這いずる姿以上に傑作だ。
今回もそれをじっくり堪能させてもらうとしよう。
すぐ傍で、かつ、とびきり残酷なシチュエーションでな。





「よっ、久し振り。何かスゲー大変だったみてぇだけど、余裕できたのか?」
ドアを開けるなり、俺は壮介に言った。
湛えるのは“親友”の笑み。だが少し気を抜くと、その顔がニヤケちまいそうになる。
室内に施した悪趣味な『仕掛け』を思い出しちゃ、黒い笑いもこみ上げるってもんだ。
「遠慮なく上がれよ」
そう言いながら、俺の城に壮介を招き入れる。
都心直通の20階建て最上階、4LDK。どんな一流企業に入ろうが、入社一年目の若造が借りられるような代物じゃねぇ。
ましてや壮介じゃ、一生あくせく働いた所で縁のない場所だろう。
だが、俺はそこに住める。キープの女共から、月100万単位で金を引っ張ってこられる俺ならな。
「ま、実は結構無理してんだけどな。ダチ家に呼ぶなら、それなりに見得張らねーとさ」
そんな見え透いたウソをついてみるが、壮介が疑う様子はねぇ。
そうだ。こいつは俺の事だけは、全く疑わねぇんだ。疑えない、と言ってもいい。そうなるように洗脳してきたんだからな。

このマンションにはベッドルームが2つある。
メインベッドルームがちょうどリビングの隣。ゲスト用はそれよりかなり奥だ。
「色々見てぇかもしれねぇが、ゲスト用は立ち入り禁止だ。まだ引越しン時の荷物が散乱しててよ、見せっとウチのに怒られちまう」
俺は、息を吐くようにまたウソをつく。
立ち入り禁止、ってのだけは本当だ。だがその理由は、荷物が散乱してるからじゃねぇ。ウチの、なんて女もいねぇ。
和紗に心奪われて以来、それまで可愛がってた女は全てキープ以下になったんだからな。
俺は壮介をメインベッドルームに案内した。
ベビーベッドの置かれた部屋……この数ヶ月、和紗と嫌というほど交わってきた部屋だ。
「うわぁ……可愛いなぁ」
壮介が、ベビーベッドの中を覗き込んで呟いた。
「俺に似てハンサムだろ?」
俺も同じく覗き込んで笑う。心の中では、バカめと舌を出しながら。
ヤツには思いも寄らないだろう。まさか目の前にいる赤ん坊が、俺と和紗のガキだなんてよ。
テメーらが誕生を心待ちにしてた愛の結晶が、『それ』なんだぜ。
「うん、全くだ。でもこの子、いつ生まれたのさ。言ってくれればよかったのに」
壮介のこの言葉だって空しいもんだ。誕生しそうって報告はちゃんとあったぜ。テメーから、俺にな。
「ん、何言ってんだ? ちゃんとハガキ送ったろ、超気合入ったやつ」
「えっ!?」
俺がついた三度目のウソに対して、壮介は慌てながら目を泳がせる。
本当に抜けたヤツだ。自分が見てねぇなら見てねぇ、はっきりそう思っときゃいいじゃねぇか。
ま、こういう人間だから好きに操れるんだがな。
「ご、ごめん! 最近バタバタしてて、よく見てなかったよ」
「ハハッ、そういう事か。まあしゃあねぇって。こっちも新生活始めたばっかだからよ、ちっと面倒臭がるとすぐこの有様だ」
俺はそう言って、ベビーベッドのすぐ脇に落ちていた布を拾い上げる。
一見赤ん坊の小便を拭いた布のようでいて、その実、たっぷりと“愛液”を吸い込んだ布を。
「嗅いでみるか? 可愛い顔の割に、結構キツいぜ」
この言葉、何も間違っちゃいない。
そう。可愛い顔してる割に、時間が経つと結構匂うんだよ。『和紗の愛液』は。
壮介は半笑いしていたが、ここでよく嗅げば気付けたんじゃねぇかな。何せ、四六時中頭にある嫁の匂いなんだ。
それともご無沙汰すぎて、もうその匂いすら思い出せねぇのか。
俺はその僅かなヒントを、ビニール袋に放り込んで密封する。

「あれ。そういえば、奥さんは?」
テメェの嫁の匂いにも気付かない鈍い夫は、ここで俺の家庭事情に踏み込んできた。
もっとも、和紗の為に用意した女物の化粧品やらがそこら中に置いてあるから、気になって当然なんだがな。
「ああアイツな、今は出掛けてんだ。俺なんかよりよっぽどの仕事人間でよ。
 っつーかまず、嫁ですらねーんだけどな。結婚まだだから」
今回はさっきとは逆。嫁ですらねー、この部分だけが真実だ。そう、和紗はまだ俺の嫁じゃねえ。俺のモノじゃねえ。
今は、まだな。
「え、そうなの?」
「ああ。もしやるって決まったら、流石にお前にも直で電話するしさ」
「そっか。呼ばないと怒るぞ?」
「ははっ、怒るのか? それはそれで見てみてーな」
軽い調子の会話に、壮介は笑みを溢す。この会話に込められた真の意味が判ったなら、まかり間違っても笑えねぇだろう。
だが、壮介はその真実には気付かない。ヤツは今、それどころじゃない。
「………………それにしても、子供って……可愛いよね」
ヤツはベビーベッドを見つめながら、そう呟いた。
「なんだよ、しんみりしちまって」
俺は同情するフリをしつつ、ガキをベビーベッドから抱き上げて差し出した。
手馴れている俺とは違い、壮介はまるで熱い焼き芋を手の中で転がすような抱き方だ。
抱き方ひとつにしても、どっちが正統な父親かがハッキリしている。
だが、なぜだ。
「あふぇ、ふぇへへぇ…………」
ガキは、感極まったように泣く壮介を指差して笑った。俺が抱いている間は、不機嫌そうにグズってやがった癖に。
いや、深く考える必要はねえ。ボロ泣きしてる壮介の面が、たまたま赤ん坊の面白がる類だっただけの話だ。

 ――彼は優しいの、あなたとは違って。

和紗の言葉が、なぜか脳裏を過ぎりやがる。
ふざけんな。こんなヤツが、俺に勝っている訳がない。俺こそがオスとしての優位種だと証明してやる。

その後、ようやく壮介が切り出した相談内容を、俺は神妙な顔をして聞いた。
しばらく沈黙し、熟考している演技もする。そう、演技だ。話の流れは最初から決まっている。
和紗の現状について壮介の不安を煽り、俺も助力すると話す。
そうすりゃ、壮介は涙ながらに感謝してくる。
何せ高校入学以来、ヤツのあらゆるトラブルを解決してきてやった俺だ。助けてやる、という言葉の重みが違う。

壮介の帰りを見送った後、俺はゲスト用ベッドルームの扉を開け放った。
むっとする匂いが鼻をつく。
もし扉を開けたのが壮介なら、部屋内の光景に絶句した事だろう。
ベッドの四隅からの縄で大の字に拘束され、猿轡を嵌められたまま、アソコに極太のバイブを咥え込まされた和紗。
それが視界に飛び込んでくるんだからな。
「ンン…………!!」
和紗は視線をこっちに向け、猿轡の下で何か言いたげに呻いた。
俺はそれを無視し、和紗のアソコから半ばはみ出たバイブを掴む。そして小さな羽音をそのままに、ゆっくりと奥へ叩き込んだ。
「ふうんんんっ!!!」
呻き声と共に、ぬちゃっという水音が立つ。
朝に呼び出してから、壮介のヤツが来るほんの30分前まで、徹底的に焦らし責めしてやったからな。あの時点でも相当に濡れてたもんだ。
おまけにこの状況。恥ずかしい格好で拘束され、すぐ近くの廊下から愛する旦那の声がする。
背徳的な状況に弱い和紗が、それで濡れない筈がない。
実際、和紗のすらっとした美脚の間は、小便を散らしたように青いシーツが変色してやがる。
俺はそれを見てほくそ笑みつつ、和紗の口枷を解いてやった。
「ぷはっ…………はぁっ、はぁっ! も、もう限界……あの人きっと、私達の事に気付いてるよ!」
荒い呼吸のまま、和紗は叫んだ。まるで旦那に浮気がバレた女房だ。
俺に心酔してる壮介が、俺らの関係に勘付くなんて事はありえねぇ。第一、すぐにヤツはそれどころじゃなくなる。
「大丈夫だ。もうすぐアイツの意識は、別の方に向くからよ」
「別の方?」
「まぁいいじゃねぇか。それより、もう堪らねぇんだろ?
 ダンナのいるすぐ傍でバイブ唸らせてよ。ホラ、ドロドロじゃねぇか」
俺はそう言って、バイブの振動を強めた。近づいてかろうじて聴こえる程度の羽音が、力強い重低音になる。
「んんっ……あぐうううっ………………!!」
バイブに角度をつけてGスポットの辺りを捉えると、すぐに和紗は顔を歪めた。
そのまま浅い所で小刻みに動かせば、数秒と経たず下半身を痙攣させてイく。
「だっ、ダメッ、だめえぇえっ…………!!!」
さらに角度を変えて裏Gスポット、緩く奥まで押し込んでポルチオと刺激してやりゃ、いよいよ黒髪を振り乱して狂い始める。
この数ヶ月、俺や石山達から散々調教された結果がこれだ。
和紗に関わる男の誰もがこのエロさを知ってるってのに、実の旦那だけが除け者ってのは笑える話だよな。
まぁ、ヤツもすぐに和紗の身に起きた事の一部を知ることになる。
なんつっても、石山のあのえげつない調教動画を目にするんだからな。



『進展アリ。日曜にウチで話す。ウチのが出かける3時以降に来てくれ』

約二週間後の木曜、俺はそのメールを壮介に送りつけた。木、金、土と、たっぷりヤツが焦れるように。
当日の日曜日、俺は昼過ぎに和紗を呼び出し、ゲスト用ベッドルームでたっぷりと愛した。
「今日また、アイツがここに来るぜ。嬉しいだろ?」
背後から愛撫しつつそう言うと、和紗はこっちを睨んでくる。だが、できる抵抗はそこまでだ。
その後は悔しそうな顔で、手馴れた俺にイカされるしかねぇ。
たっぷりと愛撫してから3回ほどイカせたところで、玄関のチャイムが鳴る。
「おっと、お出ましだ。大人しくしとけよ」
俺はそう言って愛液に塗れた顔を拭き、壮介を迎え入れる。
入ってきたのは、期待通りの亡霊みてぇな面だ。あの平和的なボンボン顔が、変われば変わるもんだよな。

石山が動画を上げている投稿サイトをノーパソで開き、壮介に見せる。
「…………正直、コレをお前に見せるべきか迷ったんだけどよ。
 隠してもしょうがねぇと思って、見せる事にした」
必死に厳しい表情を作って。
壮介は生唾を飲み込み、何度も強く瞬きして覚悟を決めていた。早くしろ、と俺の心が唸る。
もっとも、テメェの嫁に関わる重大報告なんだ。そりゃ覚悟もいるわな。
意を決したらしく、壮介の眼が画面内に食いつく。
画面に表示されてんのは、いかにもなエロサイトだ。壮介は最初それに訝しげな表情を作り、しばらくして顔面を蒼白にする。
その変化は劇的で面白ぇ。他人の不幸は蜜の味だ。
「……え、えい、英児。ま、まさ、まさかこの中に、か、和紗が…………?」
壮介が震える声でそう訊いてきたが、俺はあえて答えねぇ。笑いを堪えるついでに、気まずそうな表情で目を伏せる。
壮介の愕然とした気配が伝わってきた。
そこからの壮介は必死だ。我を忘れたように俺のパソコンを操作し、目を見開きながら画面を追っていく。
動画のひとつをクリックし、コメント欄に目を通すうち、奥歯を鳴らしはじめもする。
俺にゃその苦しみぶりは滑稽で仕方ねぇ。
「……俺は席外すわ。何かあったら呼んでくれ」
部屋を出る時にそう声を掛けても、空返事が返ってくるだけだ。明らかにいつものヤツじゃなくなってる。傑作だぜ。

ゲスト用のベッドルームへ戻ると、和紗に神妙な面持ちで迎えられた。
壮介への罪悪感からか、ベッドの上で背筋を伸ばしたまま正座してやがる。いい嫁だよ、全く。
「彼に、何を話したの?」
和紗が口を開いた、その直後。

『ああ、ウソだろ!? やめろ、やめてくれっ!!』

壮介の悲痛な叫びが、リビングから漏れ聴こえてくる。
その叫びに目を見開いた和紗は、答えを急かすように俺を睨み上げる。
沈黙。
心地いい沈黙だ。衝撃の告白をする直前ってのは、いつでも全身の毛が逆立っちまう。
「今アイツは、お前が石山に調教されてる映像を見てるぜ」
俺は、あえてさらりと言った。和紗の表情が一瞬固まり、数秒後に引き攣りはじめる。
「…………え…………? 映、像…………石山の、って、…………え…………??」
その反応を見る限り、石山とのプレイを盗撮されてた事実にすら気付いていなかったらしい。
「そうだ。お前が石山にされた事ってのは、全部撮られてネットに流れてんだよ。
 ヤツは今、そのページを覗いてる最中ってこった。一体どんな顔してんだろうなぁ?」
「………………っ!!!」
補足して説明すると、和紗の目の見開きはいよいよでかくなる。そして終いにゃ、両手で顔を覆いはじめた。
「そう嘆くなって。これで壮介の関心は石山に向く。俺とお前の関係にゃ、もう疑いすら持たねぇよ」
俺はフォローしつつ和紗の肩に手を置くが、その手はすぐに払いのけられる。
「触らないでっ! …………あ、あなたって、つくづく人でなしなんだね」
和紗は絞った声量で、だがハッキリと敵意を込めて俺を糾弾した。
だが、それが何だ。この俺に限り、罵られたぐらいで揺らぐようなヤワな自我はしちゃいねぇ。
「ああ、そうだな。とっくに解ってたろ?」
俺はそう言ってベッドの上に和紗を押し倒した。そして同時に、その秘裂に指をねじ込む。
アソコの粘膜はさすがに乾き始めてるが、こうして愛撫してりゃ、すぐにまた内からあふれてくる。今の和紗はそういうカラダだ。
「ん、んっ!!」
和紗は俺の腕を掴みつつ、感じているとも嫌がっているとも取れる声を出した。
「オイオイ、あんま声出すなよ。もしこんな所をアイツに見られでもしたら最後、お前まで“人でなし”の仲間入りだぜ?
 なんせアイツは、今疑心暗鬼の真っ只中だからよ。ま、それがお望みなら止めねーがな」
俺がそのカードを切ると、和紗の抵抗が徐々に弱まっていく。
「よーし、そうだ」
俺はただ身を強張らせるだけになった和紗を堪能する。
見惚れるようなレースクイーン級の脚の間に指を入れ、延々と水音を立ててくじり。
全身をくまなく愛撫しながらシックスナインの体勢になって、物をしゃぶらせつつ秘裂を舐め回す。

『畜生、やめろよ畜生ォっっ!!!』

遠くからまた、壮介の悲痛な叫びが聴こえてきた。相当ショックな光景でも見たか。
その瞬間、俺のモノを舐める和紗の舌遣いもピタリと止まる。だが俺が喉奥まで押し込んで催促すると、またおずおずと再開される。
こういうシチュエーションのもたらす影響ってのはデカい。
もう何十篇も抱いてる身体だってのに、まるで憧れの女を今日初めてモノにしてるみてぇな新鮮さがある。
密集した襞を掻き分けて刺激するのが、もう楽しくて仕方ねぇ。次から次へとあふれ出てくる愛液すら、やけに美味く感じちまう。
この俺が全身全霊をかけて愛撫している以上、和紗は哀れなほどに濡れていった。
下半身の至るところが筋張っては弛緩し、愛液に塗れていく。
その段階になって、俺は和紗の口からモノを抜いた。そして180度姿勢を変え、顔の見える正常位にもっていく。
「おねがい……やめて、やめて…………!!」
和紗は口周りを唾液で濡らしながら、何度も首を振って哀願してきた。
だが、ここまでヤル気になった男が今さら退く訳もねぇ。壮介のようなヘタレならともかくな。
俺は嫌がる和紗を力で抑え込み、正常位での挿入を開始した。
みっしりと重なり合った襞が、石のように固くなった俺の亀頭によって割り開かれていく。
ギンギンになったモノの周りに、生暖かく粘膜が握るように押し寄せる。キツいが、一方で潤滑も申し分ねぇ。
まったく女の膣ってなぁ、つくづく男を悦ばせるようにできてるもんだ。
おまけに、見下ろす光景も最高ときてる。
下唇を噛んだ屈辱的な美貌。乳を一筋垂らす、母性たっぷりの豊乳。そしてモデル級のくびれが戻った腰。
エロいと同時に神々しくさえあり、これ以上なく征服欲が満たされる。
「…………っ、………………っっ!!!」
ギシッ、ギシッとベッドを鳴らし、俺達の結合はリズミカルに続いた。
和紗は右手で口を押さえ、目を固く瞑りながら声を殺しているらしい。
「目を開けろ」
俺はあえてそう命じた。逆らえない和紗は、怯えるように薄く目を開きはじめ、数秒をかけて俺を睨み上げる。
敵意に燃えた瞳。その中に映る俺。その光景がまた、たまらねぇ。
俺は和紗の左脚を上げさせ、肩に担ぐようにして挿入を深めた。俺はこの体位が好きだ。
胸板に柔らかな女の脚が感じられ、抜き差しのたびに開いた結合部から女の匂いが立ち上る。
さらに身体を倒しながら奥まで突き込めば、快感に溺れる女の顔が間近にあるという、最高の体位だ。
「!!!!!」
和紗としても堪らないんだろう。
シーツをへこませるほど天を仰いだかと思えば、次の瞬間には逆に顎を引く。
その次には左右に頭を沈めたりと、必死に快感を堪える方法を探っていやがる。
「オラどうだ?善がり声上げてもいいんだぜ? 俺はよ」
俺は和紗の耳元でそう囁きかけながら、すっかりほぐれてきた子宮をゴリゴリと責め抜いた。
抱え込んだ和紗の左脚が暴れ、筋張る。かかとの部分が俺の鎖骨にめり込んでくる。
和紗の小さい両手がシーツを握り締め、皺だらけにする。
その変化を見て、俺はさらにスパートをかけた。俺自身の射精感もそろそろ限界一杯だ。
「う、うう、ううううーーーっ!!!」
目を閉じ、歯を食い縛って必死に耐える和紗。だがその眼が薄く開かれると、ほとんど白目を剥きかけているのが判る。
ガンギマリってやつだ。
「へへ、いい顔してんじゃねぇか」
俺はそう囁きつつ、和紗にキスを迫った。今までキスだけは拒否されっぱなしだったが、今ならいけそうな気がしてよ。
「!!」
だが和紗は寸前でそれに気付き、顔を背ける。俺の口づけは空しく逸れた。
後一歩だったが、惜しいこった。だが、陥落は決して遠くねぇ。こうして極度の快感に浸し続け、思考力を奪ってやりゃあ。
俺はほくそ笑みながら、堪えに堪えた快感を放出する。
腰が痺れ、どくどく、どくどくと何秒も射精が続いた。自分でも驚くほどの量が、和紗の中に注ぎ込まれていった。
肉体的な快感もすげぇが、精神的な充足も相当だ。何せ壮介のいるすぐ傍で、嫁を犯してやったんだからな。
「…………はぁっ…………はっ………………ひどい、こんなに……………………」
すっかり放心状態の和紗が、片目から涙を溢して呟く。
それを尻目に俺は身体を拭き、ベッドルームを後にした。

「…………入って、いいか?」
遠慮がちな雰囲気でリビングに舞い戻り、壮介の様子を伺う。
憔悴しきった様子のヤツの前に、水の入ったコップを置く気遣いも忘れない。
そう。ヤツの前ではあくまで、俺は気遣いのできる面倒見のいい親友なんだ。今は、まだ。
壮介は俺の渡した水を一気に飲み干し、その途中で盛大に噎せかえる。挙句にゃ鼻からも水を噴出しながら、女みてぇに泣き喚きはじめた。
つくづく鈍臭く、格好の悪い男だ。こんなグズが和紗を独占するなんざ、元からあっていい筈がなかったんだ。

壮介が落ち着いてから、俺はヤツと改めて話をする。
パソコンの動画を証拠に警察に行けば、という壮介に対し、俺はあくまで首を横に振る。
そして、諭した。下手な真似をするな、証拠が揃うまで待て、と。
だが実は、これこそが壮介に発破をかける策略だ。
高校入学から8年強。そんだけ付き合やぁ、壮介の思考パターンなんざ読めちまう。
ヤツは俺に全幅の信頼を置いてるが、その一方で忠告は聞き入れねぇ。
『自分らしさを大切にしろ』と何度言っても、中途半端に俺の真似をしちゃ挫折を繰り返してたようにだ。
頭が悪い癖に、肝心な所でゴチャゴチャ余計な事を考えちまうのが壮介ってヤツなんだ。
俺が静かに待てと言ったところで、まず言う通りにはしねぇ。熱くなった頭で散々思い悩んだ挙句、必ず勝手に『やらかす』。
だからこそ、俺はヤツに動くなと釘を刺した。
笑えるぜ。
それからわずか一週間後、壮介は案の定石山と接触を図り、その挙句に野郎をブッ刺した。
蜥蜴の尻尾を自ら切り落とし、肝心の黒幕の存在にゃ気付きすらしないまま、1年8ヶ月のムショ暮らしだ。
面会室で俺に深々と頭を下げるお人好しぶりにゃ、呆れるを通り越してもう笑っちまうしかねぇ。


「俺のことは、ヤツに言ったのか?」
数日後。面会を終えて出てきた和紗に、俺は訊ねた。答えは判りきってるがな。
「…………言う訳ないでしょ」
「何でだ?」
「何でっ、て…………今のあの人を、これ以上追い込めるわけない!」
ニヤけながら言う俺を、和紗は強い眼力で睨み上げる。俺がいつか一目惚れした、実にいい眼だ。
今からはこの和紗を、この俺が独占できる。そう思うと、どうしたって顔が綻んじまう。
「そんな事言って、本当は俺との関係を壊したくないからだろ?」
俺は和紗を物陰に引き込み、胸元を肌蹴させた。
白い乳房の頂点に、金色のピアスが光っている。昨日の晩に俺がつけさせたものだ。
壮介との面会中も、このピアスはノーブラのままの乳輪を挟み込んでいた。
和紗の事だ。夫に気付かれないかと、面会の間中さぞ顔を赤くしてたろうに、見られなくて残念だ。
俺はピアスを服越しに弾き、和紗の恥じらいを楽しむ。
「ち、違うわ。私の心は、いつだってずっとあの人だけのものよ。
 あなたがどれだけ私を求めたって、私はただ、あの人が帰ってくる日を待つだけ」
徐々に怪しい雰囲気を露わにしながら、和紗はまた俺を睨む。
その気丈さが堪らねぇ。
「へっ、ならやってみろ。これからヤツがシャバに戻ってくるまでの間、たっぷりと快感を仕込んでやる。
 時間ならいくらでもあるからな、俺の執念とテクを、丸々そのカラダに注ぎ込んでやるよ。
 せいぜい逃げ出すんじゃねぇぞ。もし逃げたら、そん時ゃあ獄中で潰れかけてるアイツに全部バラすぜ?」
悔しげな和紗の顎を掴みあげて宣言しつつ、ミニスカートの中に手を差し入れる。
シルクの下着の中からは、ぐちゅりと濃い水音がした。



                                      続く
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